副 腎 皮 質 ホ ル モ ン に よ るTietze氏
病 の
新 治 療 法 に つ い て
岡山大学医学部砂田外科教室(指 導:砂 田輝武教授)
松
浦
梅
春
安
原
五
郎
佐
藤
実
〔
昭和38年5月27日
〕
緒 言 Tietze氏 病 は1921年Tietzeが4例 の上 部 肋 軟骨 部 の有 痛性 腫 脹 を呈 す る疾 患 と して 報告 した もの で ある. Tietzeは 本 疾 患 を 炎症,肉 芽 増殖, 新 生物 な どで はな く,肋 軟骨 部 の 栄 養障 害 によ る もの と して い る.そ の 後1952年Chantraineが14例 を報告 して よ り多 数 の本 疾 患 が 発 表 されて い る.し か し本 疾 患 の原 因 は現 在 尚不 明 で あ り,そ の診 断 も 肋骨 カ リエ スな どと の誤 診 が 多 く,又 その 治療 も外 科 的肋 軟 骨部 の 切 除 を は じめ,理 学 的 療 法 な ど いろ いろ行 なわ れ て い るが いず れ も効 果 を期待 しえ な い. われわ れ は砂 田外科 教 室 で 昭 和30年 以 降, 12例 の 本 疾患 を経 験 したが,そ の 中特 に最 近 の6例 に副 腎皮 質 ホル モ ンの局所 注 射 を行 い著 効 を 認 め たの で 報告 し,あ わせ て多 少 の文 献 的考 察 を加 え た. 症 例 症 例1 藤○ な ○ 56才 女 現病 歴 約8年 前 よ り気 管支 喘息 あ り,年 に数 回 発作 を く りか え して いた.結 核 はな い. 昭和35年4月 上 旬 頃 よ り右 前 胸 部 に鶏 卵 大 の 腫脹 に気付 いた.軽 度 の疼 痛 あ り.某 医 で肋 骨 カ リエ ス を疑わ れ 当科 に紹 介 され た. 初診 時 全 身所 見:体 格 栄 養 良 好,咳 嗽,喀 痰,発 熱 な どな くその 他 特 に異 常 を 認 め な い. 局 所所 見:図(1)の 如 く右 第3肋 骨 で 胸 骨 よ り約2 横指 外方 に鶏卵 大 の 比 較 的硬 い腫 瘤 あ り,著 明 な 圧 痛を 認む.表 面 平 滑 皮膚 との癒 着 な く下 部 組織 と固 定す.局 所 熱 感,発 赤等 炎 症 症 状 は な い. 臨床 検査 成 績:血 沈12/22mm,胸 部X線 像 で は 喘息に よ るEmphysemaと 右 第4肋 骨 の 萎 縮 お よ び 石灰 沈着 を 認 む る以外 異 常 な し. 治 療:昭 和35年4月10日 よ りHvdrocortisone 50mgを 週1回 腫 脹 部骨膜 内 お よび その 周 囲 に注 射 した と ころ, 3回 の注 射 で腫 脹 疼 痛全 く消 失 しそ の 後 約3ケ 年 後 のFollow upで も再 発 を 認 めな い, (図2). 症 例2 清 ○ 光 ○ 50才 女 現 病 歴:昭 和34年12月 頃 よ り誘 因 な く右 前胸 部 に鳩 卵 大 の有 痛性 腫 脹 に気 付 い た.軽 度 の 自然痛 と 著 明 な圧 痛 あ り,外 科 医で 穿 刺 を う けたが 何 も出な か つ た.咳 嗽,喀 痰 な どな く結 核 の 病歴 もな い.腫 脹 は特 別 増 大 もせ ず 疼痛 も消褪 す る ことな く続 い て い た. 初 診 時 全 身所 見:特 に異常 を認 め な い. 局 所 所見:右 第4肋 骨 胸 骨 よ り約2cm外 方 に鳩 卵大 表面 平 滑 な る腫 瘤 あ り,皮 膚 との癒 着 な く下 部 組 織 と固定 し著 明 な圧 痛 あ り,局 所 炎 症所 見 は認 め ない. 臨床 検 査 成 績:血 沈8/15mm,胸 部X線 像 異 常 な くそ の他 著 変 を 認め な い. 治療:昭 和35年4月2日 よ り 前述 の ごと くHy dracortisone 25mgの 局 所 注 射 に よ り2回 の 注 射 で 疼痛 及 び腫脹 全 く消 失 しそ の後 現 在 に いた る も再 発 をみ な い. 症 例3 坂 ○ 禎 ○ 26才 女 昭 和36年4月 上 旬 頃 よ り誘 因 な く左 前 胸部 第2肋 軟 骨 部 に著 明 な圧 痛 あ る腫脹 に 気付 い た.某 医 に よ り肋 骨 カ リエ ス の診 断 で手 術 を すす め られ 当科外 来 を 訪 れ た.結 核 の病 歴 な し. 初 診 時 全 身所 見:体 格 栄 養良 好 著 変 な し. 局 所 所 見:左 第2肋 軟 骨 部 に超 鶏 卵大 の表面 平 滑 比較 的 硬 い腫 瘤 あ り圧 痛 著 明 で あ る.局 所 炎 症症 状 は認 め な い.頸 部 腋 窩 リンパ 腺 種 脹 な し. 臨 床 検 査成 績:血 沈12/20mm,胸 部X線 像 正 常,518 松 浦 梅 春 ・安 原 五 郎 ・佐 藤 実 (図1)治 療 前 (図2)治 療 後 血 液像,肝 機能 な ど異 常 な し. 治 療:昭 和36年4月19日 よ りPredonine 10mgを 局 所 注射 した とこ ろ劇的 効 果 を奏 し, 1週 間後 に来 院 せ る時 に は腫脹 ほ とん ど消失 し,疼 痛 な らびに圧 痛 は全 く認 め な かつ た. その 後 約2年 後 のFollow upで も再 発 を認 め ない. 症例4 沖 ○ イ○ 62才 女 昭 和36年5月 中旬 頃 よ り誘 因 な く左 前 胸部 に軽 度 の腫 脹 と疼 痛 に 気 付 い た.圧 痛著 明で あ り,同 時 に右 肩 お よび右 上腕 に神 経痛 様疼 痛.お よ び軽 度 の しび れ感 を 訴 えた.癌 を恐 れ て直 ち に来 院 した. 初 診 時 全身 所見:体 格 中等度,栄 養 良好, そ の他 と くに著 変 を認 め な い. 局所 所 見:左 第2肋 軟骨 部 胸 骨 よ り約2横 指 外方 に拇 指 頭大 の腫 瘤 あ り,表 面 平滑 硬度 比 較的 硬,皮 膚 と癒着 な く下 部組 織 と固定 す. 圧痛 は著 明 で あ るが.発 赤,局 所 熱感,な ど な し.な お左 上 腕 神経 にそ い圧 痛 著 明で あ る. 臨 床検 査 成績:血 沈13/35mm,血 圧130/ 70mmHg胸 部X線 像 で は,多 少 の石灰 沈着 像 以外 異 常 な く,血 液,糞 便.尿 な ど異常 な し. 治療:昭 和36年5月26目 よ り. Predonine 7.5mgを 週1回 局 所 注 射 した.な お本 症 例
で は左 上腕 神 経痛 を訴 え た の で. Salbro 20cc+Ali namin 10mgを 併 用 した. 4回 の 注 射 に よ り疼 痛 全 く消失 し.腫 張 もほ とん ど縮 少 した.そ の後再 発 を み ない. 症 例5 内 ○時 ○ 48才 女 生 来健 康.胸 部 疾 患 な し,昭 和36年5月 上 旬 頃. 階段 か ら転 落 し右 肩 前 胸 部 な どを 打 撲 したが.当 時 X線 検査 で骨 折 を 認 め ず.対 症 的 治 療 で約1週 後 に は治癒 して い た.約1ケ 月 後 頃 よ り.右 前 胸 部 に疼 痛 を感 じ るよ うに な り, 1週 後 に軽 度 の 腫 脹 に気 付 いた.同 時 に右 下 前胸 部 に も,呼 吸 に際 し神 経痛 様 疼痛 を訴 え る よ うに な り驚 い て来 院 した. 初 診 時全 身所 見:特 に異 常 を認 め な い. 局所 所 見:右 前 胸 部 第2肋 軟 骨 部 胸骨 よ り約1横 指外方 に,拇 指 頭 大 有 痛性 腫 脹 を 認 め.著 明 な圧 痛 あ り.表 面 平 滑,硬 度 硬,皮 膚 との癒 着 な く,局 所 炎症 所見 を認 め な い.右 第6, 7肋 間 神 経 に そ い著 明な圧 痛 を認 む. 臨 床 検査 成 績:血 沈8/17mm,血 圧140/90mmHg 胸部X線 像 そ の他 異 常 を 認 め な い. 治療:昭 和36年6月6日 よ り,週1回Predonine 5mgの 局所 注 射 を 行 い,な お 肋 間神 経 痛 に 対 して Salbro 20cc+Alinamin 10mgを 併 用 した. 2回 の 注射 で腫 脹 消 失 し,疼 痛 も完全 に治 癒 した.そ の後 現 在 まで 再 発 を認 めな い. 考 按 な らび に文 献 的 考察
Tietze氏 病 は1921年, Prof. Alexander Tietzeが 肋軟 骨部 の有 痛性 非 化 膿 性腫 脹 を呈 す る疾 患 と して, 4例 を記 載 した の に始 ま る.そ の 後1952年 にChan
traineが14例 を記 載 し, Karonが13例, Dubenが 10例 を報告 して い る. 1956年Kayserは159例 の 本 疾 患 につ い て詳細 な報 告 を な して い る.砂 田外 科 教 室 で は昭 和30年 以 降7年 間 に, 12例Tietze氏 病患 者 を経 験 して い る. 原 因:不 明 で あ る. Evansは ビ タ ミンBお よ びC 欠乏 のた め と し, Guarnerは あ る種 の ア ミノ酸 欠 乏 に よ ると して い る.外 傷 が 本 症 の誘 因 で あ る と もい われ, Geddesは22例 中3例 に, Gukelbergerは10例 中8例 に,機 械 的Stressを 認 め て い る.砂 田 外科 教 室で も12例 中, 2例 に外 傷 を 認 めて い る.肺 結 核 さ らに肋骨 カ リエ ス と の関 係 も考 え られ た が, Kayser の119例 中 で も, Active tuberculosisは1例 もな か つ た,わ れ われ の 症 例 で も1例 も 認 め られ なか つ た.激 しい 咳 嗽 に よ る 肋 軟 骨 お よびCostchondral
junction,あ る い はInterarticular sternocostal liga
mentな ど へ のStressも 注 目せ られ て い る .わ れ わ れ の 症 例 で も2例 に,喘 息 の 既 往 歴 を 認 め た. 病 理 組 織 学 的 所 見:本 症 で は 特 別 な 所 見 は な い. 年 令: Kayserに よ る と 平 均32.3才 で あ り, 11才 か ら79才 ま で で あ る. 20才 台 が 最 も 多 い と 報 告 し て い る.し か し わ れ わ れ の 症 例 で は20才 よ り62才 ま で で あ り,平 均45才 で 比 較 的 老 人 に も多 い こ と は 注 目 す べ き で あ る. 性 別: Kayserは119例 中59人 が 男 性 で60人 が 女 性 と 報 味 し て い る が 砂 田 外 科 教 室 で は12例 中11例 が 女 性 で あ つ た. 地 理 的 分 布:西 ヨ ー ロ ッパ や 東 部 ア メ リカ,日 本 な ど で 多 く み ら れ る. 発 病 時 期:冬 に 多 い が,春 先 よ り初 夏 に か け て も 発 生 す る. 病 巣 部 位: Kayserに よ る と単 発70%,多 発30%, で あ り,単 発 巣 で は 第2肋 骨 が 最 も 多 く69.7%,第 3, 4,肋 骨 に そ れ ぞ れ9.1%,第1肋 骨7.6%,第 7肋 骨3.0%,第10肋 骨1.5%で あ る.わ れ わ れ の 12例 で は 図(3)の 如 くで,第1肋 骨8.0%,第2肋 骨54.0%,第3肋 骨23.0%,第4肋 骨15.0%で あ つ た. (図3)病 巣 部 位 臨床 症 状:主 訴 は 前胸 部 の疼 痛 と腫 脹 で あ る.疼 痛 は一 般 に病 巣 部 に限 局 す るが,時 には腕 に放 散 す る.腫 脹 は漸 進 的で あ るが,大 体 鶏 卵大 位 まで で あ る.炎 症 症状 はな く,表 面 平滑 で 硬 度 は軟 よ り硬 ま で あ る.圧 痛 は著 明 な場 合 が多 い が,比 較 的早 く消 失 し,腫 脹が あ とま で残 る場合 が 多 く, 3∼5年 間 もつ づ い た報 告 もあ る.
520 松 浦 梅 春 ・安 原 五 郎 ・佐 藤 実 X線 所 見:特 異 な変 化 は み られな い .時 として石 灰 化沈 着 を示 す 程度 で あ る. 診 断:特 有 な る臨床 像 で 容 易 であ る.膿 瘍 化 以 前 の 肋骨 カ リエ ス とよ く混 同 され るが,肋 軟 骨 部 の腫 脹 があ り,疼 痛 以 外 に結 核性 所 見 の な い こ とで 容易 で あ る.骨 変 化 お よ び リンパ 腺 腫 脹 もな い. 鑑別 診 断:前 胸部 に発 生 す る炎 症性 疾 患,お よ び 良性 悪 性 腫 瘍 が あ るが,い づ れ も本疾 患 の 存 在 を知 つ て お れ ば鑑 別 は容 易 で あ る.す なわち胸痛を主訴 とす る患 者 で は,ま ず 胸 壁 の視 診 お よび触 診 を行 う べ きで あ る. 治 療:現 在 まで 特別 な治 療 法 がな く,鎮 痛 剤,安 静,光 線療 法,な ど対 症 療 法 の域 を 出 なか つ た.難 治 例 で は 肋軟 骨 の 完全 又 は部 分 的切 除 術 も行 われ た が,効 果 的で なか つ た. 一 般 に 骨 に は変 化 を 認め な い.最 近A・Celioお よ びH・Nigstは, Hydrocortisoneの 局所 注射 療 法 を 推 賞 して い る. わ れ わ れ は 昭和30年 以 降7年 間 に12例 のTietze 氏 病 患者 を経 験 したが,そ の 中特に 最近 の6例 に対 して,前 述 の 如 くHydrocortisoneお よびPredonine の 局所 注 射 療 法 を お こな い,そ の5例 にお い て,い づ れ も極 めて 著 効 を認 めた.他 の1例 は,途 中患 者 が 治療 を中 止 した ため,効 果 を 追求 出来 な かつた. わ れ わ れの 経 験で は,注 射 に よ る局 所 の反 応性 疼痛 を 考慮 し,週1回 のHydrocortisone 25∼50mg,あ るい はPredonine 5∼10mg使 用 し,良 好 と 思 われ た,注 射 時,激 痛 を訴 え る ことが あ るので, 2%キ シ ロカ イ ンで腫 脹 部 の局所 麻 酔 を お こなつ て か ら, ス テ ロ イ ドホル モ ンの注 射 を行 うの が よい.な お注 射後1∼2日 間 はZenol湿 布 を行 うと良 好 で あ る. 注射 の 方 法 は,ま ず 腫 脹 部肋 軟 骨 に あ た るまで針 先 を進 め,骨 膜 下 お よ び少 し手 前 の周 囲結締 組織 な ど の腫 脹 部 に,薬 剤 を注 入 すれ ば よ い. 結 論 われ わ れ は 砂 田 外 科 教 室 に おけ る過 去7ケ 年 の Tietze氏 病12例 に検 討 を加 え,そ れ らの中 と くに最 近 の6例 にHydrocortisoneお よびPredonineの 局 所 注 射 療法 を お こな い,そ の5例 にお い て極 めて顕 著 な効 果 を認 め た ので こ こに報 告 した. 本 論 文 の要 旨は,第22回 岡 山 外科 会 に おい て発 表 した.稿 をお わ る に際 して,終 始,御 懇 篤 な る御 指 導,御 校 閲 の労 を賜 わ つ た思 師砂 田教 授 お よび稲 田 助教 授 に深 甚 の 謝意 を表 します.