A型肝炎(Hepatitis A)
1 A型肝炎とは
A 型肝炎は、A 型肝炎ウイルス(HAV)によって引き起こされる一過性の急性肝炎を主症状 とする感染症です1), 2)。(1) 原因ウイルスの概要
HAV はピコルナウイルス科に属する外被膜(エンベロープ)を持たない小さな球形の RNA ウ イルスです。このウイルスは酸に強く(pH3 でも生残) 、アルコールなどの有機溶媒に耐性で、 不活化には十分な加熱(85℃1 分以上)、紫外線照射、塩素処理などが必要です1), 2), 3)。 口から体内に入った HAV は、消化管を経て肝臓に到達し、そこで増殖後、胆汁とともに胆管 系を経て、消化管内に排出されます。このウイルスは、胆汁、消化管内タンパク分解酵素に抵 抗性なので、消化管内で不活化されることなく糞便とともに排出され、ヒトは HAV に汚染された 飲食物等を介して経口感染(糞口感染)します1), 4)。(2) 原因(媒介)食品
我が国では、A 型肝炎ウイルスによる食中毒の原因食品が明らかとなっているのは、ウチ ムラサキ貝(大アサリ)5)とにぎりずし 6)による事例だけです。また、感染症発生動向調査による 報告から、A 型肝炎患者の国内感染事例(323 例)では、カキなどの海産物(69%)、寿司(6.2%)及 び肉類(2.8%)等、国外感染事例(108 例)では、海産物(33.3%)、野菜・フルーツ(12%)、水(25.9%)等 が感染源として推定されています7) (2004~2008 年)。 一方、諸外国では、カキなどの二枚貝の他、レタスや青ネギなどの野菜、冷凍ラズベリーや 冷凍イチゴなどの果物による A 型肝炎の集団感染事例も報告されています3)。(3) 食中毒(感染症)の症状
A 型肝炎の潜伏期間は平均 4 週間(2~7 週間)と長く、ほとんどの症例で 38℃以上の発熱 によって急激に発病するのが特徴です。通常、全身倦怠、食欲不振、悪心嘔吐、黄疸、肝腫大フ
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《作成日:平成 23 年 11 月 24 日》
どですが、成人では症状も肝障害の程度も重い傾向にあります。また、A型肝炎に感染すると 症状の有無にかかわらず防御抗体を得ることができます4), 8) , 9)。 A 型肝炎に対する特別な治療法はなく、原則として、急性期には入院し、安静臥床の処置と 症状に応じた対症療法が適用されます1)。A 型肝炎の予後は一般に良く、1~2 か月の経過の 後に回復しますが、高齢者では重症化することが多く、ハイリスク群として注意を要するとされ ています8) , 10)。
(4) 予防方法
A 型肝炎は糞口感染で引き起こされるため、HAV に汚染された飲食物の摂取や感染調理 従事者からの飲食物への二次汚染を防止することが感染予防には必要です。一般的な感染 予防法としては、十分に加熱調理された飲食物の摂取、食事前の十分な手洗いなどがあげら れます。また、A 型肝炎の常在地域となっている国や地域への渡航者は、生水、生野菜などの 非加熱食品の飲食を避けるだけでなく、ワクチン接種による予防も有効です2)、8)。 なお、我が国では 1994 年に成人用(16 歳以上)ワクチンが認可されました。2~4 週間間隔 で 2 回接種し、更に 6 か月を経過した後に追加接種することによって充分な防御抗体を得るこ とができます8)。2 リスクに関する科学的知見
(1) 疫学(食中毒(感染症)の発生頻度・要因等)
HAV は患者の排泄物に汚染された飲食物を摂取すること等によって感染します。先進国で は衛生環境の改善とともにA型肝炎は減少しました。しかしながら、流行が減少する一方で、 抵抗力を持たない感受性者が増加し、A型肝炎流行地への旅行者の感染、HAV に汚染された 輸入食材による感染の散発例や、主に外国では麻薬等のドラッグの不適正使用者間での集 団発生、性感染症としての流行など、従来の食品由来感染症とは異なる側面も見られるように なりました9)。 我が国では、A 型肝炎患者が減少し、日本人の感染機会が少なくなったことから、抗体を持 たない HAV 感受性者が増加しています。2003 年の調査では日本の全人口の 80%以上、49 歳以下の約 98%が HAV 感受性者であることが明らかになりました9)。(2) 我が国における食品の汚染実態
我が国では、2001 年以降の流通食品の調査結果で、生カキなどの二枚貝で 1%程度の汚染 が認められていますが、その汚染量はきわめて少量とされています4)。その他の食品での汚染 実態は不明です。3 我が国及び諸外国における最新の状況など
(1) 我が国の状況
厚生労働省の食中毒統計(食品衛生法に基づく届出)によると 2005 年~2009 年の事例数 及び患者数は、以下のとおりです10)。 年 2005 2006 2007 2008 2009 事例数(件) 0 3 0 0 0 患者数(人) 0 34 0 0 0 また、A型肝炎は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」で四類 感染症に指定されており、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所長を経由して都道府県 知事に届け出ることになっています11)、 12)、 13)。2005~2010 年の報告数は以下のとおりです14)。 なお、この報告では、医師の問診(患者への聞き取り)に基づく経口感染(食品媒介による)の 推定例が多く含まれていると考えられますが、A 型肝炎の潜伏期間が平均 4 週間と長いことか ら、原因食品が特定できず、食中毒として取り扱うことが困難な場合が多いことも推測されてい ます。 年 2006 2007 2008 2009 2010 患者数(人) 320 157 169 115 342(2) 諸外国の状況
① 米国では、全州から食品媒介疾病集団発生サーベイランスシステム(FBDSS)を通じて収集された A 型肝炎の集団発生事例が米国疾病管理予防センター(CDC)で集計されて おり、その報告数は以下のとおりです15)。
年 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
事例数(件) 9 2 6 5 4 1 2
患者数(人) 961 30 99 50 28 22 40
※Foodborne Outbreak Online Database(http://wwwn.cdc.gov/foodborneoutbreaks/Default.aspx) から単一病原物質事例のみ集計 近年発生した A 型肝炎による大規模な食中毒は、ペンシルバニア州で 2003 年 10 月か ら 11 月にかけて約 550 人の感染者を含む集団発生がおこり、3 人が死亡した事例があり ます。原因はレストランで提供されたメキシコからの輸入青ネギと考えられています16)。 ② EU では、加盟国から食品による A 型肝炎の集団発生事例が欧州食品安全機関(EFSA) と欧州疾病予防管理センター(ECDC)で集計されており、その報告数は以下のとおりで す17)。 年 2004 2005 2006 2007 2008 事例数(件) 3 10 39 4 4 患者数(人) 32 34 181 15 104 *2007 年及び 2008 年は確定例のみ。 EU 加盟国数:25 か国(2004~2006 年)、27 か国(2007 年~) 近年では、2004 年 8 月から 9 月にかけて、ドイツ、オーストリアなど 9 カ国にまたがるA 型肝炎の集団発生が起こり(患者数 351 人。上記の表掲載外の事例)、この事例ではエジ プト旅行の際にホテルで提供されたオレンジジュースが原因食品であることが示唆されま した18)。また、2009 年から 2010 年にかけてオーストラリア、オランダ及びフランスで、それ ぞれ半乾燥トマトが原因食品と考えられる A 型肝炎の集団発生が起こっています19)、20)、21)。
4 参考文献
1) 国立感染症研究所.“感染症の話 ◆A 型肝炎“ IDWR 2004, vol. 6, no. 14, p. 12-17 2) World Health Organization, Department of Communicable Disease Surveillance and
Response: Hepatitis A. 2000.
http://www.who.int/csr/disease/hepatitis/whocdscsredc2007/en/index.html 3) Fiore A. E. . Hepatitis A transmitted by food. CID; 38: 705-715, 2004
4) 西尾治. 3 Hepatitis A virus, HAV(A 型肝炎ウイルス). 食品由来感染症と食品微生物. 中 央法規出版(株). p.546-556, 2009. 5) 厚生労働省. 平成 13 年度全国食中毒事件録. 医薬局食品保健部監視安全課 p.78-88, p.124, 2004. 6) 厚生労働省. 平成 14 年度全国食中毒事件録. 医薬食品局食品安全部監視安全課 p.83, 2005. 7) 厚生労働省/国立感染症研究所: A 型肝炎−2006〜2008 年(速報). IDWR; 11(12): 14-20,2009 8) 山本修道編集代表. A 型ウイルス肝炎(A 型肝炎). 感染症予防必携 第 2 版. 財団法人日 本公衆衛生協会. p.24-28, 2005). 9) 清原知子, 石井孝司: A型肝炎 基礎. 臨床とウイルス; 37(4): 283-290, 2009 10) 厚生労働省:食中毒統計 http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html 11) 厚生労働省:健康:結核・感染症に関する情報 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-03.html 12) 国立感染症研究所・感染症情報センターホームページ http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2009/idwr2009-52-53.pdf 13) 国立感染症研究所・感染症情報センターホームページ http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2010/idwr2010-51-52.pdf 14) 国立感染症研究所・感染症情報センターホームページ http://idsc.nih.go.jp/idwr/ydata/report-Ja.html
15) 米国疾病予防管理センター (CDC: Centers for Disease Control and Prevention) : OutbreakNet Foodborne Outbreak Online Database
http://wwwn.cdc.gov/foodborneoutbreaks/Default.aspx
16) Centers for Disease Control and Prevention (CDC): Hepatitis A outbreak associated with green onions at a restaurant--Monaca, Pennsylvania, 2003. MMWR; 28;52(47):1155-7 2003.
17) 欧州食品安全機関 (EFSA :European Food Safety Authority):The Community Summary Report
18) Frank C, Walter J, Muehlen M, Jansen A, van Treeck U, Hauri AM, Zoellner I, Schreier E, Hamouda O, Stark K. Large outbreak of hepatitis A in tourists staying at a hotel in Hurghada, Egypt, 2004 – orange juice implicated. Euro Surveill. 2005;10(23):pii=2720. Available online: http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=2720
19) Semi-dried tomatoes, Victorian Government Heath Information, State Government of Victoria, Australia
http://www.health.vic.gov.au/foodsafety/tomatoes.htm
20) Petrignani M, Harms M, Verhoef L, van Hunen R, Swaan C, van Steenbergen J, Boxman I, Peran i Sala R, Ober HJ, Vennema H, Koopmans M, van Pelt W. Update: A food-borne outbreak of hepatitis A in the Netherlands related to semi-dried tomatoes in oil, January-February 2010. Euro Surveill. 2010;15(20):pii=19572.
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19572
21) Gallot C, Grout L, Roque-Afonso A-M, Couturier E, Carrillo-Santisteve P, Pouey J, et al. Hepatitis A associated with semidried tomatoes, France, 2010 [letter]. Emerg Infect Dis [serial on the Internet]. 2011 Mar [date cited].
http://www.cdc.gov/EID/content/17/3/566.htm 注1)上記参考文献の URL は、平成 23 年(2011 年)9 月 15 日時点で確認したものです。情報を 掲載している各機関の都合により、URL が変更される場合がありますのでご注意下さい。 注2)この食品媒介疾病に関する他の情報については、平成21年度食品安全確保総合調査 「食品により媒介される感染症等に関する文献調査」報告書(社団法人畜産技術協会作成) もご参照ください。 http://www.fsc.go.jp/fsciis/survey/show/cho20100110001