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生鮮な人肉をヒメスナホリムシに与える―観音崎産等脚目・端脚目甲殻類4種の飼育事例―

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話題

生鮮な人肉をヒメスナホリムシに与える

―観音崎産等脚目・端脚目甲殻類

4種の飼育事例―

Give fresh human flesh to Excirolana chitoni (Richardson, 1905) —Case study that rearing of

four species of isopod and amphipod crustaceans, collected from Kannonzaki Bay, Kanagawa,

Japan—

川﨑祐介

Yuusuke Kawasaki

はじめに 本稿は本会誌CANCER第26号にご掲載戴いた拙 著『観音崎産コツブムシ亜目・ヘラムシ亜目等脚目 甲 殻 類5種の飼育事例』(川崎,2017c.以下「前 稿」)に引き続く形で,前稿で見送った,観音崎た たら浜~鴨居港周辺(神奈川県横須賀市.以下「同 地」)産ヒメスナホリムシExcirolana chiltoni (Rich-ardson, 1905) / ミ ス ジ ヘ ラ ム シ 属 の1種Pentias sp. /モノノフ(キンダチ)ヘラムシParidotea cf. robusta Nunomura, 1985の飼育知見を報告する.ま た前稿・本稿は等脚目に限る所存であったが,端脚 目ながら等脚目に見紛う特例として,同地で例年み られるカメノコヨコエビ属の1種Pereionotus sp.に 関する別稿も番外的に繰り込むこととした.ご専門 領域を越えてご高閲賜りたい. 恐怖の人体実験 ヒメスナホリムシ 漂着死肉を食い,人体さえ咬むことで一般にも知 られる海の掃除屋ことヒメスナホリムシは同地の汀 線砂中にも多数生息する.が,その割に魚・鵜・ウ ミウシ類等の死骸が浜に残るのはなにか.また筆者 は以前,いつぞや割引購入した冷凍刺身を,半ば古 いがさぞ喜ぶと波際に並べ本種の誘因を試みた事が ある.まるで寄せられず,馬鹿馬鹿しさに泣きぬれ て蟹と戯れたものである(石川,1910).かくして, 本種は肉質を選り好みする?と着想して水槽飼育を 試み,前稿では「古死肉より鮮肉を好む傾向」と触 れたが,今回さらに餌の種類,状態,要因を追っ た.人咬みが現象としてよく知られていても,逆に 餌として生鮮な人肉片を与えた試みは知る限り例が 無い. 多頭の取扱い まず多頭を容易に採る術を紹介する.本種は己の 住環境特性をよく心得ており,水際の浅みを利用し て「すばやく砂中へ潜るので,個体数の多いわりに は発見されにくい」(布村,1995).ところが水と砂 ごと容器に幽閉し高水深下に置くと,そうされるこ とには不慣れなのか,容器底砂へ潜ればよいもの を,潜砂起点とする浅みへの到達に慌てて泳ぎ続け る個体が殆どとわかった.この一辺倒な盲点を突い て虫体と砂とを分離する術だが,内訳は単純極ま る. 準備)砂を広く浅く掬う用具(広口スコップ・ち りとり等),広め深めの角型容器を複数個(プラス チック製ボックス等),持ち帰りの密閉容器等を波 際に持ち込む.1)角型容器に海水を適量汲み置 〒145–0064 東京都大田区上池台5–6–1–206 造形オ フィス狸化室

Design office LIKE-SHIT, 5–6–1–206 Kamiikedai, Ota, Tokyo 145–0064, Japan

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く.2)汀線下の砂を広く浅く(波際から数十cm陸 側,地下数cm程を)掬い,先の角型容器に投入し 水に浸す.3)すると砂中より本種が泳ぎ出すの で,4)水ごと別容器に注ぎ移し,砂は元に返す. これだけである.移動しながら汀線全帯を探るとよ い.炎天下で俊敏極まる虫を追う作業は徒労だが本 術は遥かに効率良く,最盛期なら目を見張る頭数を 捕獲でき,無駄な砂を持ち帰らずに済む.ただし大 型個体は容器底砂中へ逃げることを知っており本術 が効きにくいため容器内で個別に追う.容器を角型 とするのは,内角に集まり水流に乗じる本種の癖 が,容器を傾けて流し移す手際と合うため. 藻屑など夾雑物との分別2術.方法1)ふるいは 不向き.長楕円体型の本種に正方形の編目をくぐら せる格好となり夾雑物と共に留まってしまう.この 点,網目がスリット状のプラスチックざるが向く. 本種の潜砂習性は物体の隙間に挟まりたいところに 本質が在るようである.方法2)広く浅い丸形容器, 吸先を広口に切った大型スポイトを用意.本種多頭 を水ごと丸形容器に入れ,スポイト吐出で流れる プールの如く一定方向に水を強く回す.すると夾雑 物は徐々に中央へ集まるが本種は抵抗して同心円状 に整泳する.この分離が生じた隙にスポイトを素早 く操作して両者を吸い分け,あらかた済ませてから 逃走者を追う.流動と確保をスポイト1本で行える のが利点. 生 体 の 維 持 管 理 に は 工 夫 の 余 地 が あ る. 庄 司 (1951)は「長く水中に棲むことは不可能」と記す が,エア濾過器をかけた常時水中で飼えるようであ る.上記のとおり始めは終日泳ぎ続けるが数日後よ り底砂に潜ることを覚え,そのまま4週間以上生存 させている.汀線を真似た水陸飼育も試みたが観察 しづらく水の腐敗も早いので,陸地は薄い木板の浮 き島で代用した.筆者はそうして水中生活に馴らせ てのち外掛け水槽「サテライト」(スドー社製.優 れ物.詳細は前稿)に移し鑑賞している.底砂は手 芸用の透明樹脂ビーズで,直径4 mm程,軽比重で 本種の潜行負担が軽い.なお本種は付着水分の粘度 を 利 用 し て 垂 直 面 を 登 る こ と が あ り(須 藤 ら, 2011),縁に返しの無い浅型容器では脱出するので 蓋を常設する.多頭の四散は手に負えない.筆者は 過去に注意を怠り浴室をヒメスナホリムシだらけに したことがある. 摂餌と条件 1)様々な食物を与える…鳥獣魚介の肉や内臓な ど軟部を好み,生鮮を好むが解凍品可.のみならず 魚や小エビ等の瀕死体を多勢で襲う.しかし1頭毎 の摂食量は多くないようで,完食見たさに巨塊を与 えても余すので,汚損を避けるため投与は少量ずつ とし残塊は早々に取り除く(カニが喜んで片付ける ので別途飼うとよい).好物でも硬部は食べず,干 物状・ふやけきった状態・腐肉は消極的でほぼ素通 りする.加工食品でも嗜好性が異なり,良反応物は 豚肉生ハム・生サーモン米麹漬け・イカ塩辛など生 食に近いもの.鈍いのは青魚缶詰・魚肉ソーセー ジ・かに風かまぼこ・ランチョンミート・金魚用飼 料等.サバ缶詰は味噌煮より水煮を好み,煮汁の少 量投滴で沸き立つように反応するわりに肉部は残 す.チーズ・卵焼き・納豆はほぼ無関心.ほか,瀕 死の別個体を共食いする,昆虫コオロギも潰すと食 う(前稿),ウミウシ類に触れると一旦静止し速や かに離れる(粘液毒素か),餌を操作棒に縛る輪ゴ ムを咬む(つられて食物と勘違いか.後述図3b), 等の結果を得た.水底で仰向けに静止し食休みする ことがある. 2)ヒト皮膚を咬ませる…自ら実験台となるのが 筋であろう.本種を多頭収容した容器に手を浸して 動向を観察した(図1).すぐに複数頭が手肌に付 着,炭酸水に浸かるようなくすぐる感触があり次第 にピリピリと痛み出す.このとき本種は皮膚に頭部 を突き込み口器で咬み摘んでおり,出血箇所ではな お熱心.大型個体の咬力はチクリとやや強く,海水 浴中に不意に痛む原因のひとつがこれと察する.後 遺症はあっても軽い痒み程度で毒素の体感も無いが 雑菌侵入の危険はあろう.衣服着用や海中に佇まな いことでかなり防御できるはずである.生サバより しめサバを好まぬ結果に従えば,或いは事前薬浴で 咬まれづらくなろうか.この発想は忌避剤開発にも 応用し得る. 3)ヒト皮膚片や血液を与える…筆者の皮膚を刃 物で少量こそげ切り,本種に与えると複数頭が群が り完食した(図2).また鼻血が染みたティッシュ にも誘引された(図3).従って生の人肉は本種の

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食物となり得る.しかし足指や踵の角質のみを削り 与えても関心に乏しい.筆者固有の体臭や食味の良 悪はここでは考えないものとする. 4)隣人に牙をむく瞬間…餌用の生きた小エビで も健常体なら本種は襲わず相互無関与だが,この小 エビを水中に留めたままピンセットで圧したり鋏で 瞬時切断すると直後より本種が多頭取り付いて食 う.別途小エビを傷つけぬようライター着火装置で 瞬時電殺し釣糸を結んで沈め微動させて生時を模し た場合,本種は触れても離れるが,ある1頭が気付 いて齧ると途端に多頭が突撃し同状況となった.ま た別途小エビを砕いて濾紙で漉し,この液に浸けた 綿棒を本種に与えたところ複数頭が飛び付いた. 以上を総すると,本種が食物を捜し食う際,まず は溶出物(の味・におい? 要分析)を感知するら しい.次に発生元を突き止め,到着した実体を齧っ て摂食を検討している.好物では選択判断が瞬時. 柔らかくジューシーな鮮肉への突撃はこれ故と思わ れ,瀕死の負傷エビは嗜好条件に合う.視覚関与は 不明だが「陽性趨進運動」(庄司,1951.明時活発, 暗時鎮静,しかし走光しない習性)は判断に加味さ れるかもしれない.なお満腹時や贅沢給餌下,腐敗 水下,長期飼育下では元来のハングリーな食性を示 しにくくなるので,実験は採集日に近い元気な個体 群を用い,澄んだ水中で,日を跨いて行うとよい. 人間との関わり 人肉での結果によれば,本種が人体を咬むのは摂 食目的であり,威嚇や誤認など他の理由をあてづら い.皮膚臭・柔肌・創傷は誘因摂食の起因となり得 る.このとき我々はつい恐怖と禁忌から ‘海の掃除 屋が本来の食物と勘違いして人間を齧ってしまう’ 図1. 多頭のヒメスナホリムシに筆者を食べさせ る試み.すぐに手肌にまとわりつき(a), 這い回り(b),口器を突き立てる姿勢で熱 心に咬む(c).軽い痛みと出血を伴う. 図2. 筆者の足首を少量こそげ切り(a,実際の写 真),ヒメスナホリムシに与える(b).よく 食べ(c),完食. 図3. 筆者の鼻血に誘因されるヒメスナホリムシ (a,矢印).このとき肉質と間違えてか留具 の輪ゴムを咬む(b,矢印).

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と解釈しがちだが,さにあらず本種の生息域に侵入 すれば人体であれ可食物となるのだろう. 思えば ‘なぜ人間を’ との観点自体が既に驕りであり,ど うせ我々は一塊の生ゴミにすぎぬ.咬まれて悔しい 海水浴客には,科学的に説くよりも,旨そうだった のだと笑わせた方が本質を突く. 実際,海中の人体が小型甲殻類に齧られたとされ る件例報告は複数ある(一例に,錫谷(1983) .後 述)が,各件がどの種の行動かはよく留意せねば冤 罪をなすりかねず,とりわけ2017年にオーストラ リアで発生した負傷例については一抹の疑義を覚え る.これは青年が運動後に夜の潮間帯に佇んだとこ ろ短時間で広範囲に出血した事例で,報道(CNN) によると,後に父親が動物肉を餌に誘因したヨコエ ビ類が犯人であろうとのこと(Scutti, 2017).ヨコ エビも重要な分解者ゆえ一定の同意はするが検証条 件の詳細が定かでなく気に掛かる.条件毎に採集種 は異なろうし複数種の仕業とも考え得る.筆者は上 記実験と負傷速度から類推し,鮮肉食性で素早いス ナホリムシ類の豪州生息と本件関与を疑うととも に,慎重な再検証の必要を感じる(※同疑義はイン ターネット上でも議論された:小川,2017; 川崎, 2017b)結果やはり父親の採集したヨコエビそれ1 種の習性と確かめられれば疑義は撤回するが,筆者 としては種が何であれ,それが皮膚を旺盛に咬む映 像を視聴したいし,叶うなら少し咬まれてもみた い. これら検討は分類学と生態学の狭間に位置し,法 医学的知見も導かれ興味深い.とはいえ人体の臨終 から被食までの凝視は困難であるから事前実験を今 後に期待する.疑わしい小生物を種毎に収容した水 槽で実験動物を(気が進まないが)溺死に至らせ, 生時から骨化までの経過を観察できれば,死亡状況 逆算などに有用なデータが得られるかもしれない. というのもスナホリムシ科Cirolanidae中にさえ種毎 差異があるようで,先のヒメスナホリムシでは前駆 期= 生 時 生 鮮 の う ち の 摂 食 が 目 立 つ が, 錫 谷 (1983)はモルモット死骸をスナホリムシモドキ

(現 ニ セ ス ナ ホ リ ム シ,Cirolana harfordi japonica Thielemann, 1910)に与え「約30分間で骨化」した という.筆者も齧られてみたいものだが,その場 合,骨化後の執筆となろうか. 取り組みと展望 本種については海遊びや自由研究など民間知見が 学術分野に届いていない面が大きいとみている.筆 者は大型イベント「博物ふぇすてぃばる2017」(同 年7月22・23日,科学技術館)に出展し等脚目甲殻 類を多種並べたブースで数千人を迎えたが,ヒメス ナホリムシに咬まれる現象の認知は高く,本種が活 エビを多頭で襲う実演には,海で噛んでくるのはこ れか,私も噛まれたと悲喜愛憎入り交じるご意見を 多数頂戴した.なお出展に際し魚類ガラ・ルファ Garra rufa (Heckel, 1843)で知られるような体験コー ナーも起案したが怪我を伴うため見送った経緯があ る.のち本稿執筆の折,先駆けて茨城県立鉾田第二 高校生物部が本種の行動を追究し成果を発表する快 挙を成した(サイエンスキャッスル2017,同年12 月23日.第20回げんでん科学技術振興奨励賞).鰯 や豚肉のドリップに反応する結果は筆者の知見に合 致し,何より高校生の業績とあって頼もしい.惜し むらくは先行文献参照と,高校生に人体実験はさせ かねるとのこと(顧問,私信).しかしそれでは テーマ「~なぜ人の足を噛むのか」(粕尾・平沼, 2017)の核心に迫れない.なぜも何もこの虫は生き た人間の肉を食う. 波にのたうつ家族の肖像 ミスジヘラムシ属の 1 種 同地潮間帯~潮下帯の褐藻中にミスジヘラムシ属 の1種が多産する.寄主植物はアカモクSargassum horneri (Turner) C. Agardh, 1820, ヒ ジ キSargassum fusiforme (Harvey) Setchell, 1931,オオバモクSargas-sum ringgoldianum Harvey, 1859等.体色は褐藻に似 た黄褐色で若干の個体差.同地ウミセミ採集行では ウミセミ類より容易に見つかり,ついでの飼育中に 脱皮・交尾前ガード・抱卵・幼体放出の観察に至っ ている.傷みつつあるオオバモク葉部を投入すると 嬉々として抱きつき摂食する. 分類と問題点 筆者はこのヘラムシを種同定しあぐねている.布 村・下村(2011)に学び,腹尾節末端の尖り形状か

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2006と推定したが,後の観察で細部形質は同総説 中 ト ガ リ ミ ス ジ ヘ ラ ム シPentias hayi Richardson, 1904の記述に近くも感じられ,後者であったかと も考え得る.東京大学大学院理学系研究科附属臨海 実験所は三浦市から「Pentias sp.」(「三崎の磯の動 物ガイド」2009),トガリミスジヘラムシ(「海の観 察ガイド」2013)を得ており,観音崎はその地から みて半島の裏手に位置することから,ひとまず近似 者らが半島一帯に生息するようではある.なおトガ リミスジヘラムシは近年韓国からも報告があった (Song & Min, 2015).

体長は母体を離れた幼体が3 mm程度,脱皮を経 て25 mm程より抱卵メスが出現.ときに40 mm弱, 筆者は当初これを別種かとみていた.メスは抱卵の ため第3胸節を頂に体幅が広まる笹状体型,オスで は狭くムカデ体型で,同居させるとガード行動を為 す.5~6月頃は各サイズが同所的で,世代交代期 らしい(図4).また腹尾節末端の形状には個体微 差があり,成長に伴う発達か.つまり幼体ほど丸み があり大型個体は鋭く優美である.この点で,布 村・下村(2011)が示す,腹尾節末端の尖りが緩い 「体長は23 mmまで」のトガリミスジヘラムシ図示 は中型個体の可能性があり,‘ホソミヘラムシ’は これの大型個体ではなかったかとの疑念を筆者は捨 てきれずにいる. 筆者の右往左往を含め,このとおり本種周辺は外 見では相違を見出し難いうえ他種とも見紛い易く, 育てて成長を追う検証なきままの断片的な採集記録 がそのまま本種らの在りようと理解される懸念を孕 む.実際,東北大学・浅虫生物アーカイブでは「ホ ソミヘラムシ」が「イソヘラムシに比べて小型(体 長7–20 mm)で細長い.本州に広く分布し,海藻の 間や転石下に」と示され,布村の四国調査(2015) における「クロシオナガヘラムシ」Synisoma pacifi-cum Nunomura, 1974の写真は布村・下村(2010)の図 示よりもミスジヘラムシ属に似る.さらには魚類メ バルの1種Sebastes sp.の胃内容より得られた同属個 体片には既知種との形態差異(森滝,2012)が見出 され,またインターネット上にもしばしば類似者の 写真が掲げられる等,情報は錯綜しきりであり, 各々再確認を要する.それだけ格好の未知領域であ るから,テーマに悩む理学生は果敢に挑まれてはい かがだろうか. 公達〈きんだち〉に化けて武士〈もののふ〉ひ じき干す モノノフ(キンダチ)ヘラムシ 本種は褐藻等の波にそよぐ上方付近で見つかるこ とが多く「ホンダワラ類が海面に達した枝先端付近 から発見された」(布村・下村,2011)に一致する. 飼育中も同傾向があり,基質を登り詰め頭部を水上 に出したまま長時間を過ごすことがあった(図5). 脱出かと筆先で払い沈めたが再び這い上がる.後に 複数個体が似た行動をとったことから本種はどうや ら上方を好むらしく,従って飼育は立体的環境を与 えると落ち着く.考えられる利点は,棲み分け・海 藻に絡む食物の獲得・雌雄の出逢いや放仔効率など 繁殖機会,もし日光や外気に関連すれば発見だがい ずれも類推に留まり理由不明.雑食で,オオバモク 片やエビ肉片を優しく差し出して与えた.春に採集 のメス2個体は抱卵,うち1個体は水槽内で幼体を 放った. 分類と問題点 本種もまたややこしい.当初キンダチヘラムシ Paridotea munda Nunomura, 1988とみたがこれはシ

ノニム説が挙がり(布村・下村,2011),本稿では

これに従った.またイソヘラムシCleantiella isopus との混同が文献(Otake & Kozima, 2012)や標本展 示(国立科学博物館・系統広場.指摘初出は川崎, 2017a)でみられる.両者は外形に有意差があり生 息場所の違いからも判別は容易なはずだが,考える に古くは区別されていなかったかもしれない.なお 両種に似た異種オヒラキヘラムシCleantiella strasse-ni (Thielemann, 1910) と混同されることもあり(Hagi-wara & Nagumo, 2014),かくして界隈は実体と名称 を照合しづらく,筆者も再三誤ってきた.三者の相 違 を示 すに はも はや 実物 を一 堂に 会す ほか ない

(図6).図はいずれも同地産で同所的な磯のヘラム

シであるが,磯で採れたから皆イソヘラムシという わけではない.

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見逃し御免,亀の子忍者の蓑笠隠れ 端脚目カ メノコヨコエビ属の1 種 凪の日は小生物を海面上から目視でき,慣れれば シルエットで簡易同定もできる.しかしオオバモク の茂みに現れる円形の影だけは実体を捉えられずに いた.あれはコツブムシ類に違いないが,捕らえて も網には細かな藻屑のみ.しかしある日その藻屑を 容器中で静観したところ,藻屑の一粒が突如パッと 開いて泳ぎ出し,吸盤のように容器に張り付いた. 図4. 春に同所多産するミスジヘラムシ属の1種 の大小,うち一部を拡大し(矢印),腹尾節 末端の鋭鈍を示す.真に同種かは未知なが ら相互に近似.最小個体は最大相当の親虫 の飼育中に放たれた幼体.仰向けの個体は 抱卵メス. 図5. 水槽底部を好まず(a,矢印),水面から顔 を出して留まるモノノフ(キンダチ)ヘラム シ(b).押し返しても再び戻り,意図不明. 図6. 左から,モノノフ(キンダチ)ヘラムシ,イ ソヘラムシ,オヒラキヘラムシの70%エタ ノール液浸標本,筆者蔵.体長は各々およ そ27 mm, 22 mm, 19 mm.ただし外形差異を 示すに留め,本図の測定値・比率・色彩は 種の特長を象徴しないものとする.

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疾きこと小粒の如く,動かざること藻粒の如き,ヨ コエビ(端脚目)だったのである(図7).シルエッ トで同定などと驕ってはならぬ.2012年に初見, 以降毎年みられる.インターネット上や展示会でも 紹介し手掛かりを募ったが,東京湾内の出現記録や 決定的言及が見つからず方々を辿ることとなった. 観察と取扱い 本種は体側より張り出した底節板を調理器具‘ス テンレス万能蒸し器’のように自在開閉する.これ を基質曲面に添え置いて付着,遊泳時は尾部と共に 大きく開き,沈下時や警戒時は閉じて褐藻断片の如 く静止する.かく遁術に惑わされ,筆者は本種を捕 らえながら実体を認識できていなかった. 体色は褐藻に酷似した黄褐色で疎らな微小輝斑. 色相には僅差,稀に白色の正中1帯や薄紅色の斑 紋.少々揺すっても基質から離れぬため見つけ採り が難しく,筆者は基質株を伐らぬまま細目の手網に よそって荒く漱ぎ,脱落物中から本種を探し広口径 スポイトで吸って捕らえている.手網の布地への付 着見逃しが多々あり要凝視.与えるオオバモクは生 鮮か冷凍ストックを少量でよく,本種付着を再三確 認のち交換する.基質を得られず溺れ死んだり容器 壁面を登り水上で死ぬことがあるため点検し基質に 掴まるよう促す. オオバモクとの関係は調査中だが,1)継続投与 で成長し,与えないと死ぬ傾向にある.2)猫背に 突っ伏したまま口器を基質に当てられる体構造.3) 基質上で頭部を上下に揺らして緩歩し表面に浅痕が 図7. ドンガメヨコエビか近縁種と思われるカメ ノコヨコエビ属の1種Pereionotus cf. holmesi 生体の,背面(a),腹面(b),静止時(c), 遊泳時(d),正面(e),側面(f),後面(g). ヨコエビ分類学の図示慣例はこのような動 的立体物の誌面表現に不向き.体長は,尾 部を畳んだ状態の腹部後端を終点として, 或いは開時を円盤状に見立てた直径として, 約5 mm. 図9. 母体の腹から離した幼体,全長約1 mm.底 節板が未発達で,一見,等脚目ウミミズム シ類と見紛う. 図8. 逃げるメスの後背に乗り掛かりガードする オス.

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みられることから,表皮か由来物を選食している可 能性が高い.また多頭飼育下ではオスがメスを追っ て背乗るガード行動がみられ(図8),乗られたメ スはうまく泳げない.卵は母体の育房内,孵化後の 初期幼体は育房外で保護されるが,この幼体は底節 板 が 未 発 達 で, 等 脚 目 ウ ミ ミ ズ ム シ 類 に 似 る (図9).幼いながら尾部を腹に畳んでいるのがヨコ エビらしくご愛嬌.かくして本種は姿や行動面も等 脚目甲殻類に見紛う. 分類と問題点 比較同定に足る文献が少ないが,ミノガサヨコエ ビ科カメノコヨコエビ属ドンガメヨコエビ

Pereion-otus holmesi (Gurjanova, 1938),或いは近縁種か.一 見 は ミ ノ ガ サ ヨ コ エ ビIphiplateia whiteleggei Steb-bing, 1899に似るがそちらは扁平極まるといい(石

丸,1989),対して本種は背部が湾曲し圧しても扁

平しない.現在までのところ,井口ら(2001)が言

及する生態報告と,山田一之氏ウェブサイト「

Mani-ac Invertebrates Animals World」中ドンガメヨコエビ

の紹介写真(2010)に形質が適合し,筆者の標本も 本種相当かと考えられた. また記録にも工夫を要する.本来「背腹に扁平な 種では,背面から」(富川・森野,2009)図示すべ きだが,本種を背面のみで示せば立体感が伝わりづ らくミノガサヨコエビとの混同を大いに招く.そこ で表裏前後側面と動態をそのまま示した次第であ る.2012年の初見は科としても東京湾内初記録で あったかもしれないが,仮にそうあれ新産地や新近 似種が今後続々見出されようし,元より普通に分布 するものと察する.にも関わらず巧みな遁術によっ て観察者の目を逃れてきたとすれば,これほど立つ 瀬を揺さぶる存在もない. 発展を願って 極力正確な記述に努めたが,後に混乱を招かぬよ う紹介と提起に留め,特に種同定は曖昧とした.誤 認あらばお詫びとともにご教示賜りたい.しかし混 沌はまた必然でもあり筆者にはそれぞ愛おしい.水 槽の虫たちも心得たもので,親身に世話をしている と,学会発表せよと割増の所作をしてみせることが ある.身を削る思いで活動にあたるうち,とうとう カッターナイフで身を削る羽目となった. まったく,生命の謎はいつも概念の外より現れ, 届きそうで届かぬ傍らに悠然と横たわる.些細な凹 凸,節や毛の数,血筋やらペニス長やらで解明せん と渦巻く議論をよそに,今日もスナホリムシは無礼 に人様を齧り,ヘラムシは何を想い天を仰ぐ.亀の 子忍者に至ってはいったい何者か. 謝 辞 血腥く見苦しい内容を陳謝申し上げます.執筆に あたっては観音崎自然博物館学芸員の皆様のお目こ ぼしを賜り,またスナホリムシの生態に関して茨城 県立鉾田第二高校・磯貝のぞみ教諭より,肉食ヨコ エビの分類と知見に関しウェブログ記事を通じて小 川洋氏より,本稿構成については太田悠造本誌編集 長より有益なご助言を賜りました.そして引用参考 文献をご執筆の先達各位に深く御礼申し上げます. 実に多様な分野の先生方の偉大なご功績によって当 該議題が支えられていることを改めて実感致しまし た次第でございます. 文 献 赤坂甲治,2013.海の観察ガイド.東京大学大学院理 学系研究科附属臨海実験所・東京大学海洋アライ アンス海洋教育促進研究センター,神奈川.51 pp.

Hagiwara, A., & Nagumo, A., 2014. A partial sequence of the mitochondrion-encoded 16S rRNA gene of the val-viferan isopod cf. Paridotea robusta (Crustacea: Idoteidae) from Oshoro Bay on the Japan Sea coast of Hokkaido, northern Japan. Report of Systematic Zoolo-gy Lab Practicum, 5: e02. Available from https://www. sci.hokudai.ac.jp/~kazi/ICHU/2014/ICHU2110352. htm. Accessed 2019-02-23 井口隆子,青木優和,蔵本武照,2001.カメノコヨコ エビ類の生態と基質海藻の利用について.筑波大 学生物学類2001年度卒業研究発表.Available from h t t p : / / w w w . b i o l . t s u k u b a . a c . j p / c b s / sotsuken/2001graduation/youshi/980756.html. Ac-cessed 2019-02-23 石川啄木,1910.一握の砂.東雲堂書店,東京,p. 3. 石丸信一,1989.他人の空似―ハマトビムシ上科の

ヨコエビの一種,Iphiplateia whiteleggei Stebbing. 海洋と生物,11(1). [表紙図版解説].

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参照

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