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診療ガイドラインの今・これから

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診療ガイドラインの今・これから

京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 ナカヤマ タ ケ オ 中山 健夫 (受理 平成 29 年 11 月 2 日)

Clinical Practice Guidelines: Present and Future Takeo NAKAYAMA

Department of Health Informatics, Graduate School of Medicine and Public Health, Kyoto University

Clinical practice guidelines (CPGs) are statements including recommendations that assist patients and practi-tioners decision making regarding high priority clinical issues to pursue better clinical outcomes for patients. Based on the body of evidence from systematic reviews, CPGs are developed considering their benefit, harm, and so on. With an increased interest in healthcare among the general public and improved infrastructure of informa-tion, the relationship between a patient and a healthcare professional has been rapidly changing. For CPGs to be adequately recognized and for them to play a larger/better role in society, it is necessary to use current best evi-dence judiciously and to facilitate considerations on multiple aspects including patients values and ethical, legal, and economic issues. Furthermore, discussions by various players, not limited to healthcare professionals, are es-sential. Beginning with the brief history of evidence-based medicine, this article presents an overview of the pre-sent status and the future perspective of CPGs and associated matters.

Key Words: clinical practice guidelines, evidence-based medicine, systematic review

根拠に基づく医療(evidence-based medicine)から診療ガイドラインへ 1.起点としての EBM 診療ガイドラインをめぐる多様な課題を検討する にあたっては,その基盤である「根拠に基づく医療 (evidence-based medicine:EBM)」の理解が鍵とな る.1991 年に誕生した EBM は,質の高い医療を求 める社会的な意識の高まりと共に,臨床の場に広く 普及した1) .EBM が「臨床家の勘や経験ではなく科 学的根拠(エビデンス)を重視して行う医療」と説 明される場合があるが,正しくは「よりよい患者ケ アのための意思決定のために,『現時点の最良の臨床 研究によるエビデンス』,『医療者の熟練』,『患者の価 値観』,そして『患者の臨床的状況と置かれた状況』 の 4 要素を統合すること」である(Fig. 1)2)3) .エビデ ンスを示す研究としては,集団を対象とすることで 人間の多様性・個別性を越える一般論を抽出する疫 学研究(臨床試験を含む)を重視する.そして EBM は医療者の経験を軽視せず,その熟練による専門性 も不可欠とする.「患者の価値観」の尊重は,EBM の定義としてだけではなく,医療全般への問いかけ であろう.第 4 の要因として追加された「臨床的状 況と置かれた状況」は,患者の個々の状態(疾病の 重症度・合併症,複数疾患の併存状態など),すなわ :中山健夫 〒606―8501 京都府京都市左京区吉田近衛町 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 E­mail: [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.88.Extra1_E2

Copyright Ⓒ 2018 Society of Tokyo Women s Medical University

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Fig. 1 Factors affecting clinical decision making Modified from reference 3.

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ち患者の多様性・個別性と,医療機関の特性や医療 の行われる場を考慮することの重要性を意味してい る3) .EBM の実践にはこの 4 要因の統合が求められ るが,現在でも EBM への誤解や「研究によるエビデ ンス」と「総合判断による臨床実践である EBM」の 混 同 が 少 な く な い.EBM の パ イ オ ニ ア で あ る Sackett ら4)

は,1996 年 の British Medical Journal (BMJ)誌で「EBM とは個々の患者のケアに関する 意思決定過程に,現在得られる最良の根拠(current best evidence)を良心的(conscientious),明 示 的 (explicit),かつ思慮深く(judicious)用いること」で あると述べ,ランダム化比較試験の絶対視や,患者 の多様性・個別性を尊重しない cook-book 的な扱い に 警 鐘 を 鳴 ら し て い る.そ の 後 も Haynes ら3) が “Evidence does not make decisions,people do”と強 調し,本来の EBM のあるべき姿の再考を促してい る. 2.診療ガイドラインとは何か? 診療ガイドラインはエビデンスを臨床家に伝え, 実践に役立てる重要な役割を担う.米国医学研究所 (Institute of Medicine:IOM)による「特定の臨床状 況のもとで,臨床家と患者の意思決定を支援する目 的で,系統的に作成された文書」(1990)という定義 は診療ガイドラインの原点と言える5) . 診療ガイドラインにおけるエビデンスの扱いは, 単 一 の 研 究 の 結 果 だ け で な く,近 年 は シ ス テ マ ティックレビュー(systematic review:SR)から得 られる「エビデンス総体(body of evidence)」が強調 されている6) .診療ガイドラインは臨床研究によるエ ビデンスの総体に基づき,後述する他の重要な要因 を総合的に考慮して推奨を決定する.厳密に作られ た診療ガイドラインでも,推奨はあくまで一般論で ある.診療ガイドラインを使う臨床家は,個々の患 者について EBM の 4 要素を確認することで,診療 ガ イ ド ラ イ ン の 示 す 推 奨 を 臨 床 的 疑 問(clinical question:CQ によってはその推奨を行わない場合 もある,ということを含め),より良い医療判断の手 がかりとすることができる. 国内では,1996 年度の厚生省(当時)の「医療技 術評価の在り方に関する検討会」での EBM の紹介 に続き,1998 年度の「医療技術評価推進検討会」で 主要 24 疾患について EBM を用いた診療ガイドラ インの作成が開始された7) .2002 年から公益財団法 人日本医療機能評価機構 Medical Information Net-work Distribution Service(Minds)が,EBM の手法 で作られた診療ガイドラインや関連情報,一般向け 解説などを提供すると共に,診療ガイドライン作成 者向けのワークショップを開催して人材育成も進め ており, 国内の拠点として活動している8)9) (Fig. 2). Minds は「診療ガイドライン作成の手引き 201410) 」に おいて,「診療ガイドラインとは診療上の重要度の高 い医療行為について,エビデンスのシステマティッ クレビューとその総体評価,益と害のバランスなど を考量し,最善の患者アウトカムを目指した推奨を 提示することで,患者と医療者の意思決定を支援す る文書」と述べている.これは診療ガイドラインの 目的と作成上の重要点を明示した有意義な定義と なっている. 診療ガイドラインの作成 1.作成法の発展 EBM 普及前の診療ガイドラインは,根拠とする 文献の選択・入手法,評価法,推奨の決定法など明 確な方法論がなく,“GOBSAT(good old boys sitting around the table)”と称されるように,限られた主導 的臨床医の意見が強く反映されることが一般的で あった.EBM の前身とも言える臨床疫学を活用 したカナダでの定期健診項目の有効性評価(1979 年)11) ,その試みを発展させた米国予防医学タスク フォース報告(1989 年)12) は,根拠に基づく診療ガイ ドラインの草創期の取り組みと言える.1991 年には Guyatt1) によって正式に EBM が提唱され,1990 年 代 に 米 国 Agency for Health Care and Policy Re-search ( 現 Agency for Healthcare ReRe-search and Quality:AHRQ)による根拠に基づく診療ガイドラ インが推進された.英国でも 1999 年,ブレア政権 (当時)による The National Institute for Clinical

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Ex-Fig. 2 The Japan Council for Quality Health Care (JCQHC) Minds (Medical Information Network Distribution Service) commissioned by the Ministry of Health, Labour and Wel-fare (http://minds.jcqhc.or.jp/)

cellence(現 National Institute for Health and Care Excellence:NICE)の発足以降,根拠に基づく診療 ガイドラインの整備が進められた.近年,特に後述 の GRADE システムの提案以後,診療ガイドライン の作成は論文としてのエビデンスの評価の精緻化が 進むと共に,臨床家の経験,患者の視点・価値観を 考慮した総意形成による“evidence-based consen-sus guidelines”が新しい形として確立されつつあ る. 英国は上述の通り,NICE 発足後,診療ガイドライ ンの作成・普及を国レベルで推進しており,国際的 にも一つのモデルとされている.しかし,国営医療 の英国での診療ガイドラインの作成主体が国である のに対し,我が国での主体は臨床系学会である.し たがって我が国における診療ガイドラインの作成 は,学会内での組織作りと方針決定から始まる点が 英国と大きく異なる.Minds では,学会内に診療ガ イドラインの作成・普及・更新の全体的な舵取りを 行う統括委員会を置き,その下に個々の診療ガイド ラインの作成グループと SR チームを置くことを勧 めている10) .ガイドライン作成グループは診療ガイ ドラインの企画書として「スコープ」を作成し,取 り上げるべき CQ を決め,SR チームに SR の実施を 指示する.SR とは「明確に作られた疑問に対し,系 統的で明示的な方法を用いて,適切な研究を同定, 選択,評価を行うことで作成するレビュー」であり, ある CQ に対するエビデンス総体を明らかにする重 要な役割を持つ.その結果を受けて,ガイドライン 作成グループは推奨を決定するためにパネルを構成 して総意形成を進め,診療ガイドライン草案を作成 する. 近年の診療ガイドラインは,エビデンス総体を基 盤としつつ,様々な関係者の視点を反映して推奨を 決める方向性が重視されているため,パネルの構成 は当該の専門医だけでなく,他の医療職や患者も参 加する学際性を向上させることが世界的にも課題と なっている. 米国 IOM は信頼できる診療ガイドラインの要件 として以下を挙げている6) . ①既存のエビデンスのシステマティックレビュー に基づく. ②専門家や関連組織の代表者など知識のある学際 パネルによって作成される. ③患者の中で特に重要な患者グループや患者の希 望を適宜考慮している. ④歪 曲 や 偏 り,利 益 相 反(conflict of interest: COI)を最小化する明示的で透明性の高い過程に基 づく. ⑤ケアの選択肢とアウトカムの関係を論理的・明 示的に説明し,エビデンスの質と推奨の強さの両方 を段階づける. ⑥重要な新エビデンスが現れたら適宜,推奨の更 新を考慮する. 診療ガイドラインの作成主体は学会であることを

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5 考えると,これらの「信頼できる診療ガイドライン」 の要件は,学会に期待されている社会的責任であり, それに応えていくことが専門家集団である学会の示 すプロフェッショナリズムの一つと言えるであろ う. 診療ガイドラインの信頼性を巡っては,EBM の 方法論の発展と共に,COI の適切なマネジメントの 在り方が大きな関心事となっている.日本医学会利 益相反委員会13) は,2017 年 3 月に診療ガイドライン 策定参加資格基準ガイダンスを公表し,関係者の意 識の向上と当該学会の組織的な対応を求めている. 2.世 界 の 潮 流:Grading of Recommendations,

Assessment, Development and Evaluation

(GRADE)システム EBM の精緻な方法論と総意形成を併用した診療 ガイドラインの作成手法として注目されているのが 2004 年の BMJ に発表された GRADE システムであ る14)∼16) .GRADE システムでは,まず重要なアウトカ ムを設定し,SR によりアウトカムごとのエビデンス 総体を明らかにする.そのため個々の論文の質(バ イアスリスク)を評価した上で,対象論文を横断的 に捉え,アウトカムごとにまとめ直して全体を評価 するというアプローチを採る.推奨の強さは「強い・ 弱い」,方向は「する・しない」で示すが,エビデン ス総体の質(確実性)の評価と推奨度の決定を別に とらえ,パネルによる総合的な判断により「質の高 いエビデンスから弱い推奨」や「質の低いエビデン スから強い推奨」を導くこともできる. GRADE システムでは「介入による『望ましい効 果』が『望ましくない効果』を上回るか下回るかに ついて,どの程度確信できるかを示すもの」を推奨 度と定義している.推奨度を左右する要因として, 重要なアウトカム全般に関するエビデンス総体の 質,益と害のバランス,患者の価値観や意向・希望 の多様性,コストや利用可能な資源の 4 つを考慮す る.推奨決定では前述のように,患者の立場の人々 も交えた学際的パネルによる総意形成が重視され る9) .近年では,総意形成の指針として“evidence to decision framework”の 議 論 が 進 み,EtD table が開発されている17) . 診療ガイドラインの評価 診療ガイドラインの評価は「内容が妥当か?」「普 及しているか?」「実際に利用されているか?」「患 者アウトカムを改善するか?」などの視点で行うこ と が で き る.Grimshaw ら18) は 第 4 の 視 点 で レ ビューを行い,59 論文中 55 論文で臨床行為の改善, 患者アウトカムへの影響を検討した 11 論文中 9 論 文でアウトカムの改善を報告している. 一方,Shaneyfelt らの診療ガイドラインの作成法 の妥当性に焦点を当てた先駆的な研究19) は,EBM 時代の診療ガイドライン評価法として注目された. AGREE(Appraisal of Guidelines for Research and Evaluation)共同計画は,そのアプローチを発展さ せ,「1.対象と目的」「2.利害関係者の参加」「3.作成 の厳密さ」「4.提示の明確さ」「5.適用可能性」「6. 編集の独立性」,そして全体評価と「本ガイドライン の使用を勧めるかどうか」から成る評価法を提示し た.2009 年には AGREEII20) ,2016 年にはチェックリ スト21) が発表され,日本語版も含め世界的に普及し つつある.AGREE 法は臨床家の診療内容や患者ア ウトカムの変化ではなく,診療ガイドライン作成の 客観性・透明性などの枠組みを評価するものであ り,診療ガイドラインの利用者にとっては,その診 療ガイドラインの信頼性や限界を判断する手がかり を得ることができる.近年では診療ガイドライン作 成者が,作成法の要所を押さえるため AGREEII を 積極的に活用する事例も増えている. 適切な活用に向けて 1.法的視点から 診療ガイドラインを適切に利用すれば,現場での 臨床判断が円滑・効率化し,患者アウトカムの向上 が期待できる.社会的に見れば臨床行為やその結果 が,臨床家の個人的信念や技能で過剰にばらつくこ とを改善させる.しかし診療ガイドラインは,あく までも一般論であり,現場の経験や裁量に基づく判 断を抑制するものではない22) .診療ガイドラインが カバーする範囲として,Eddy23) は 60∼95 %の患者に とどまると述べ,95 %以上の患者に適応される「ス タンダード」,50 %ほどの患者には一般的な推奨と は異なる「オプション(裁量・選択肢)」が適用され るとしている. Hurwitz24) は診療ガイドラインが存在するという だけで,いかなる状況でもそれに準拠することが妥 当で,しないことが医療過誤となるわけではないこ とを強調しているが,診療ガイドラインが訴訟・裁 判に与える影響に不安を抱く医療関係者は多い.国 内でも Higashi ら25) の関節リウマチ専門医を対象と した調査では,39 %が訴訟の増加を懸念し,そのう ちの 58 %は医療者に対抗的に,30 %は医療者を守 るために用いられると回答している.

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2.医師の「義務」 医師は法的に,その患者に対する注意義務(民法 第 415 条)と説明義務(医師法第 23 条)が求められ る.注意義務では,通常,その時点での医療水準に 照らして医師が適切な医療行為を行っているか否か が問われる.これは十分な臨床研究によるエビデン ス,さらに診療ガイドラインの推奨として,一般論 として確立している医療行為が何かを医師が知悉す る意味での注意義務と言える.同時に臨床の場では, 個々の患者の医学的・社会的な特性・個別性・多様 性を医師が認識した上で,一般論であるエビデンス や診療ガイドラインが,その患者に適切か否かを慎 重に判断し,最も適切な医療行為を選択するという 意味での注意義務もある.「ある患者に対して診療ガ イドラインの推奨と異なる医療行為が行われた場 合」の解釈として,一般的な医療行為の例外で「医 師の裁量」として許容されるというだけでなく,個々 の患者に対する「医師の注意義務」は医師の責任で あると共に,医療の姿だという考え方も成り立つ. 患者の特性・個別性・多様性に注意を払わず,一般 論としてのエビデンスや診療ガイドラインの推奨 を,どの患者にも無批判に適用する行為は,医師の 果たすべき本来の注意義務,そして専門家としての 責務の対極にあるものであろう. 非医療者の診療ガイドラインへのアクセス性向上 と共に,診療ガイドラインの一部分を取り出して拡 大解釈し,訴訟で利用する事例が短期的には増加す る可能性は否定できない.しかし,実際の法的判断 に際して診療ガイドラインの一般論的な記述が当該 事例にそのまま適用されるものではない.関係者の 間で“starting point for discussion”としての「診療 ガイドライン」の位置づけの共有を進める必要があ る. 診療ガイドラインは法律ではないが,“soft law”と する考え方がある.その原理は“Comply or explain principle(その通りにせよ,そうでない場合は,なぜ か説明せよ)”である26) .これは臨床家が診療ガイド ラインの推奨を実施する場合もしない場合も,判断 の根拠として診療ガイドラインをコミュニケーショ ンの基点として役立てる視点につながる.このよう な臨床的判断を,患者や家族の方々に説明し,疑問 や不安に耳を傾け,必要に応じて診療記録に残して おく姿勢が,一層臨床家に期待されるであろう.

EBM における shared decision-making (SDM)の意義 1.SDM がない EBM はエビデンスによる圧政に 転ずる EBM に熱心な医療者に,「常にエビデンスに最も 重きを置いて,個々の意思決定を行うべき」という 考えがみられることがある.EBM の定義によれば, エビデンスは「意思決定のための重要な一要素」で あり,他の要因も含めた総合判断が必要とされてい る.ランダム化比較試験の成果であっても,一般論 としてのエビデンスは患者にとっては(医療者以上 に)選択のひとつの手がかりにとどまる場合もある. 患者は臨床経過の限られた改善より,入院の必要性 や副作用への不安,医療費など,その治療で生じる 負担や,自分自身の社会的な役割や自尊感情,家族 との関係性を重視するかもしれない.ここで注目す べき概念として shaded decision making(SDM)に ついて述べる.Hoffman ら27) は JAMA 誌上で「SDM が な け れ ば EBM は エ ビ デ ン ス に よ る 圧 政(evi-dence tyranny)に転ずる)」ことに警鐘を鳴らし,最 適な患者ケアの実現には,EBM と患者を尊重する コミュニケーションの合流点で SDM が行われる意 義を強調している.特にエビデンスが確立しておら ず,不確実性の高い状況では,SDM は不可欠とな る28)∼30) . EBM は医療者,SDM は医療者と患者の両方を主 体とする概念であるが,共により良い意思決定を目 指すもので,その過程,留意点など多くを共有して いる.不確実性が高い,しかし決断を下さなければ ならない状況に置かれた時,医療者と患者は,立ち 位置と視点は異なるが,何をしたら良いか分からず, 心の中で困惑していることは同じである.そこでで きることは,相手と協力して,その状況に共に向き 合うことと言えよう.臨床家が EBM の知識に加え て,SDM の意識を持って,患者と力を合わせること ができれば,エビデンスを活用することで臨床的な 不確実性を減らし,それでも不可避的に残る不確実 な現実自体は変えられなくても,それに向き合う人 間の力を変えていけるだろう. 2.診療ガイドライン作成への患者参加・協働 診療ガイドラインは,診療における補助的な役割 を示すだけではなく,患者と医療者のコミュニケー ションを促進し得るものである.そのためには,一 定の質が担保された診療ガイドラインを基点とし て,医療者と患者がコミュニケーションを行うよう

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7 になることが臨床の一つの将来像として考えられ る.診療ガイドラインの推奨は,あくまで一般論で ある.推奨の決定過程に患者の価値観や意見が反映 されていれば,個々の臨床現場で,診療ガイドライ ンは医療者だけでなく,患者の意思決定にも役立つ ものになるだろう31) . 先述した診療ガイドラインの評価ツールである AGREE II20) の項目 5 は「患者の視点や希望が考慮さ れたか」を尋ねるもので,診療ガイドラインにおけ る患者参加の重要性が世界的な課題として共有され ていることがうかがえる.国内でも診療ガイドライ ン作成における患者参加のためのガイドラインとし て PIGL(Patient Involvement Guideline)が提案さ れ32) ,Minds でも患者市民専門部会が設置されて本 格的な検討が進められている.顎関節症33) や関節リ ウマチ34)35) ,ANCA 型血管炎36) などの医療者向けの診 療ガイドラインや,日本小児アレルギー学会37) ,日本 高血圧学会38) などの患者向けガイドラインで,患者 参加と協働の試みは徐々にではあるが一歩ずつ進み つつある.患者向けガイドラインは,患者や家族だ けでなく,プライマリケアを担う専門医ではない臨 床家にも大いに役立つ可能性がある.診療において 医療者はその存在を認識し,患者とのコミュニケー ションを促進しうる信頼性の高い情報源として活用 することが望まれる. 3.SDM と推奨の形 SDM の過程で臨床情報を患者と医療者が共有す るのに役立つことを想定した診療ガイドラインの発 展が大きな課題である. 例えば,切除不能な進行肺癌の患者に対して,化 学療法と放射線療法の併用と,放射線療法の単独治 療のどちらが有効かについて,複数のランダム化比 較試験が実施され,すべての試験で同じように「化 学療法と放射線療法の併用療法」の生存期間が長く, 死亡リスクの減少効果が明らかにされたとする.こ の場合,研究デザインは「(複数の)ランダム化比較 試験」で,評価指標は「真のエンドポイント」であ る「全生存期間の延長」である.これはエビデンス 総体としては「確実性は高い(強い)」ので,臨床研 究に拠るエビデンスの議論だけなら,診療ガイドラ インでの推奨は疑いなく「行うことを強く推奨する」 とされる.臨床現場で,この診療ガイドラインを見 た医師は,「確実性の高いエビデンスに基づく,強い 推奨」に従い,「化学療法と放射線療法の併用」に一 直線に向かっていくだろう. しかし,ここで臨床研究によるエビデンスの中味 をもう少し確認してみると,「化学療法と放射線療法 の併用療法」で死亡リスクは減少したのは確かであ るが,患者はもちろん治癒していたわけではなく, 生存期間(中央値)の延長は 2∼3 か月に過ぎなかっ た.さらに追加された化学療法に伴う副作用や様々 な負担は増加していたことも分かった.そうなると, 患者が(2∼3 か月という)生存期間延長に置く価値 について,害や負担を考慮した検討が必要となる. 推奨作成を行うパネル委員の議論の結果,十分なエ ビデンスがあっても,「推奨度は弱い」となることも あり得る.「弱い推奨」は, 「条件付きの推奨(condi-tional)」や「提案する(offer)」と表現されることもあ る.一般論である診療ガイドラインの推奨度決定に, このような視点が取り入れられれば,個々の臨床現 場で医療者は「どのような条件が満たされていたら, 行った方が良いのか,その条件が満たされてない場 合は,行わない方が良いのか」,患者の多様性・個別 性,その医療が行われる場や状況を踏まえた思考を 深め,その結果,患者・家族の希望・意向に,より 配慮できるかもしれない.このような診療ガイドラ インであれば,臨床家の EBM の実践と SDM を共 に推進していくことが可能となるであろう. 診療ガイドラインの新たな役割と可能性 医療の質の向上,医療の社会的期待・責任の視点 から,診療ガイドラインには,これまで以上に多く の役割が期待されている.以下にそれらの概略を述 べる. 1.医療者と患者・家族(支援者・介護者)の支援 伝統的な診療ガイドラインの役割は意思決定支援 である.一般的に「情報は力」とされるが,直接的 な意思決定支援のみならず,より広い意味でのこれ らの利用者を「力づける(エンパワーメント)こと」 も診療ガイドラインの潜在的な可能性と言える. 2.コミュニケーションの基点 様々な医療問題がコミュニケーションの齟齬に起 因している.診療ガイドラインには関係者のコミュ ニケーション・ツールとしての役割も期待される. 想定されるコミュニケーションをミクロ・メゾ・マ クロの 3 次元に分けて述べる39) . (1)対人(ミクロレベル):患者・家族・介護者と 医療者,患者同士,医療者同士(チーム医療) (2)組織・地域(メゾレベル):診療科の連携,臨 床家と研究者の連携(エビデンスの乏しい課題の明 確化.新しい研究の視点提示),地域での病院連携

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(地域連携パスへの展開) (3)社会(マクロレベル):専門家から社会・行政 (アドボカシー),医療者コミュニティと患者コミュ ニティ,一般マスメディアが医療・医学の情報を提 供する際の情報源,政策への展開 このように多様な次元と方向のすべてを一つの診 療ガイドラインに求めることは現実的ではないかも しれない.しかし,診療ガイドラインは,決して医 療の世界の中だけで「専門医だけのためのエビデン スに基づく覚書」にとどまるものではなく,社会的 な責任と役割を担うものであることは十分に留意す べきである. 3.医療者の生涯教育 患者志向の問題意識で専門的知識を継続的に更新 することは専門家であり続けるための要件となるだ ろう.したがって,学会などの診療ガイドライン作 成主体は,診療ガイドラインを生涯教育システムと も連携させて,その普及と適切な利用を「組織とし て」推進することが望まれる.医師の生涯教育の導 入部として,医師の初期教育,さらには卒前教育に おける診療ガイドラインの位置づけについても検討 を進める必要がある. むすび 医療に対する関心の増大,社会の情報環境の充実 と共に,医療における患者と医師の関係の変化は加 速されていく.診療ガイドラインが,臨床現場,そ して社会的にも適切な役割を担っていくためには, EBM を基盤として,患者の視点,倫理・法律,経済 的課題など多角的な検討を進めていくことが求めら れる.その意味で,日本における診療ガイドライン は EBM を起点として,作成主体である学会のプロ フェッショナリズムや組織論として発展し,さらに 医療経済的な議論が加わることでより社会的な広が りを持つことになるだろう. 診療ガイドラインが,限られた資源の中で最良の 医療を実現していくために,医療者の拠って立つと ころの一つとなり,臨床家と患者,そして社会の協 力と信頼関係の構築に役立つことを願い,本稿を終 えたい. この研究は株式会社日本医療データセンター奨学寄 附金および大塚製薬株式会社顧問料を受けて行った.

1)Guyatt G: Evidence-based medicine. ACP Journal Club 114: A―16, 1991

2)Straus SE, Glasziou P, Richardson WS et al: Evidence-Based Medicine ; How to Practice and Teach It, 4 th ed. Churchill Livingstone, London (2011)

3)Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH : Physi-cians and patients choices in evidence based prac-tice. BMJ 324: 1350, 2002

4)Sackett DL, Rosenberg WM, Gray JA et al: Evi-dence based medicine: what it is and what it isn t. BMJ 312: 71―72, 1996

5)Committee on Clinical Practice Guidelines, Divi-sion of Health Care Services, Institute of Medi-cine: Guidelines for Clinical Practice: from Develop-ment to Use, National Academies Press, Washing-ton DC (1992)

6)Committee on Standards for Developing Trust-worthy Clinical Practice Guidelines, board on Health Care Services, Institute of Medicine of the National Academies: Clinical Practice Guide-lines We Can Trust, National Academies Press, Washington DC (2011) 7)「わかりやすい EBM 講座」(厚生省健康政策局研究 開発振興課医療技術情報推進室編),厚生科学研究 所,東京(2000) 8)日 本 医 療 機 能 評 価 機 構:Minds 入 門 イ ン タ ー ネットによる診療ガイドライン活用方法.医事新報 4184:1―16,2004

9)Satoh T, Nakayama T, Sato T et al: Physicians awareness regarding evidence-based medicine, practice guidelines and clinical information re-sources in Japan: needs assessment prior to the in-itiation of Medical Information Network Distribu-tion Service (Minds) . Gen Med 5: 13―20, 2004 10)「Minds 診療ガイドライン作成の手引き 2014」(森實

敏夫,吉田雅博,小島原典子編),医学書院,東京 (2014)

11)The periodic health examination. Canadian Task Force on the Periodic Health Examination. Can Med Assoc J 121 (9): 1193―1254, 1979

12)U. S. Preventive Services Task Force : Guide to Clinical Preventive Services: An Assessment of the Effectiveness of 169 Interventions : Report of the U.S. Preventive Services Task Force, Williams & Wilkins, Philadelphia (1989)

13)日本医学会利益相反委員会:日本医学会 診療ガ イドライン策定参加資格基準ガイダンス(平成 29 年 3 月).http://jams.med.or.jp/guideline/clinical_ guidance.pdf(参照 2017 年 8 月 19 日)

14)Atkins D, Best D, Briss PA et al; GRADE work-ing group : Gradwork-ing quality of evidence and strength of recommendations. BMJ 328: 1490―1497, 2004

15)Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R et al; GRADE Working Group : Going from evidence to recom-mendations. BMJ 336 (7652): 1049―1051, 2008 16)相原守夫:「診療ガイドラインのための GRADE シ

ステム(第 2 版)」,凸版メディア,弘前(2015) 17)Parmelli E, Amato L, Oxman AD et al; GRADE

Working Group: Grade evidence to decision (ETD) framework for coverage decisions. Int J Technol Assess Health Care 33 (2): 176―182, 2017

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lines on medical practice : a systematic review of rigorous evaluations. Lancet 342 (8883): 1317―1322, 1993

19)Shaneyfelt TM, Mayo-Smith MF, Rothwangl J : Are guidelines following guidelines? The methodo-logical quality of clinical practice guidelines in the peer-reviewed medical literature. JAMA 281 (20 ): 1900―1905, 1999

20)Appraisal of Guidelines, Research, and Evalu-ation in Europe (AGREE) Collaborative Group: Guideline development in Europe: An international comparison. Int J Technol Assess Health Care 16: 1039―1049, 2000

21)Brouwers MC, Kerkvliet K, Spithoff K et al; AGREE Next Steps Consortium: The AGREE Re-porting Checklist : a tool to improve reRe-porting of clinical practice guidelines. BMJ 352: i1152, 2016 22)Nakayama T, Budgell B, Tsutani K : Confusion

about the concept of clinical practice guidelines in Japan: on the way to a social consensus. Int J Qual Health Care 15: 359―360, 2003

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29)藤 本 修 平,今 法 子,中 山 健 夫:共 有 意 思 決 定 〈Shared decision making〉とは何か?:インフォー ムドコンセントとの相違.医事新報 4825:20―22, 2016 30)「これから始める! シェアードディシジョンメイキ ング:新しい医療のコミュニケーション」(中山健 夫編著):日本医事新報社,東京(2017) 31)中山健夫:プラタナス 診療ガイドラインの今,こ れから.医事新報 4369:1,2008 32)栗山真理子,北澤京子,中山健夫:診療ガイドライ ン 作 成 に 患 者・支 援 者 が 参 画 す る た め の 提 案: PIGL2016 の骨子について.医事新報 4818:13― 15,2016 33)木野孔司,覚道健治,杉崎正志ほか:顎関節症の診 療ガイドライン作成における“Patient Question”収 集のための患者ボランティアに対する個別面接調 査.日顎関節会誌 22(3):151―157,2010 34)Kojima M, Nakayama T, Kawahito Y et al: The

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35)Kojima M, Nakayama T, Otani T et al: Integrat-ing patients perceptions into clinical practice guidelines for the management of rheumatoid ar-thritis in Japan. Mod Rheumatol 27 ( 6 ) : 924 ― 929, 2017 36)難治性血管炎に関する調査研究班(研究代表者:有 村 義 宏):「ANCA 関 連 血 管 炎 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2017」(厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政 策研究事業(難治性疾患政策研究事業)編),診断と 治療社,東京(2017) 37)「家族と専門医が一緒に作った小児ぜんそくハンド ブック 2008」(「家族と専門医が一緒に作った小児ぜ んそくハンドブック 2008」作成委員会),協和企画, 東京(2008) 38)「一般向け『高血圧治療ガイドライン』解説冊子 高 血圧の話」(日本高血圧学会高血圧治療ガイドライ ン作成委員会,日本高血圧協会,ささえあい医療人 権センター COML 編),ライフサイエンス,東京 (2014) 39)中山健夫:社会と健康を科学するパブリックヘル ス:健康情報学の展開.日公衛誌 58(8):640― 645,2011

Fig. 2 The  Japan  Council  for  Quality  Health  Care  (JCQHC)  Minds  (Medical  Information   Network Distribution Service) commissioned by the Ministry of Health, Labour and Wel-fare (http://minds.jcqhc.or.jp/)

参照

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