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公正価値会計の意義と限界

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公正価値会計の意義と限界

木下 裕一

Fair Value Accounting

― its Significance and Limitations ―

Yuichi Kinoshita

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要 旨  今回の金融危機の発端は、2007年夏に表面化したサブプライムローン問題およびヘッ ジファンド危機と捉えるのが妥当であろう。とりわけ、前者の問題がその影響の範囲が世 界的に拡大している現実から考えて重要性が高いと考えるのが妥当なところであろう。 2008年になると、9月にリーマン・ブラザーズが破綻し、金融危機は我々の前にその姿を 明確な形で現し、その状況の厳しさを脳裏に焼き付けたのである。  このような状況を背景として、金融商品の公正価値測定およびその保有目的区分の変更 を巡って、様々な議論が2008年秋以降活発に行われるようになったことは周知のとおりで ある。本論稿においては、国際会計基準審議会、米国財務会計審議会および我が国企業会 計基準委員会の対応を中心として、公正価値会計の意義と限界を明らかにする。その考察 結果を踏まえて、公正価値会計の今後のあるべき姿を探究することとする。 キーワード: 公正価値、時価、出口価格、入口価格、包括利益、稼得利益 処分可能利益(分配可能利益)、当期純利益、その他の包括利益 資産時価評価、費用時価評価、実現主義、注記、所有目的区分の変更 会計の透明性

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Ⅰ はじめに

 本年2009年3月以降、日本経済新聞において取り上げられた公正価値会計(Fair Value Accounting)あるいは時価会計(Current Cost Accounting)に関する記事のうち主要なもの は、以下のとおりである。  「時価会計見直し論再燃」 2009年3月12日朝刊    一部の金融商品 米議会で緩和策議論も  「米 時価会計凍結で応酬」 2009年3月13日夕刊    議会に賛成続々、政府は反対論    会計基準審 3週間以内に新指針  「米 時価会計3つの選択肢」 2009年3月14日朝刊    全面凍結 緩和 現状維持    公的資金論にも影響  「米の時価会計 緩和議論大詰め」 2009年3月19日朝刊    会計審、銀行の裁量拡大提案    業界団体「なお、不十分」  大機小機「時価会計見直しは正しい選択」 2009年3月31日朝刊  「米、時価会計を一部緩和」2009年4月3日朝刊    証券化商品など適用除外拡大    金融機関に裁量    市場の不信増す懸念も  「時価会計の緩和措置利用」 2009年4月6日朝刊    欧州銀、損失2兆円回避    08年適用 透明性低下に懸念  「時価会計と “みなし” 損益」 2009年5月7日朝刊    対象拡大すると混乱も  十字路「負債の評価益」 2009年5月21日夕刊  「GM再生と会計改革」 2009年6月2日朝刊  「負債の時価評価」 2009年6月4日朝刊    “格下げで利益” に戸惑い  これらの記事に共通しているものは、公正価値会計適用緩和の影響力の大きさである。 それに対して、我が国の会計学者は、このような動きを肯定的に捉えているというのが大 勢と理解して間違いはないであろう。はたしてこのような反応で良いのであろうか。経済 雑誌で取り上げられた記事のなかで注目すべきものは、ニューズウィーク日本版(2009年 4月15日)で取り上げられた「時価会計の緩和 4つのポイント」である。当該記事によれば、 銀行が時価会計ルール緩和を米議会に訴えてきたが、4月2日にその望みがかなえられた。

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時価会計について押さえておくべきは、次の4つの事実であるという。すなわち、  ① 銀行によると時価会計の評価損は数十億ドル規模  ② キープレーヤーはコネティカット州の大物会計士5人  ③ 新しいガイドラインと問題点  ④ 新ルールはうまく機能するか? 以上の4点について簡単に説明すると、次のようになる。①については、銀行は、現在の相 場で売却する意思が無いのに、なぜ売却を前提に評価しなければならないのかと主張する。 ②によれば、銀行は時価会計ルール廃止を連邦議会に働きかけた。議会は、財務会計基準 審議会(FASB)に圧力をかけた。その結果、FASBはルール緩和を決定した。③によれば、 銀行は資産評価に大幅な自由裁量が認められるようになった。問題は、不良債権を隠蔽し やすくなったことにあるという。④によれば、銀行は評価損の計上を避けられたが、根本 的な解決にはならないことにあるというものである。  以上の報道内容から明らかになったことは、100年に1度と表現されている今回の金融 危機の影響を少しでも緩和することが、会計報告の果たすべき役割であるかのように考え ているという一点にある。この考え方は、明らかに不可解である。国際会計基準、国際財務 報告基準およびアメリカの財務会計基準審議会基準書における金融商品会計基準を中心と した公正価値会計の展開は、会計報告の透明性の見地がその基盤を形成していたはずであ る。ところが、今回の金融危機が世界恐慌という事態に拡大することを恐れるあまり、そ の回避の方策として会計報告を歪めることが推奨されている。さらには、負債の評価益に よる利益創出というものまでが盛り込まれてしまっている。会計理論的には議論の対象と して取り上げられ得る可能性があるとはいえ、利益の本質から説明し得ないようなものを 使ってまで利益のかさ上げが行われようとしている。企業利益とは何なのかという根本的 な問いかけが行われなければならない状況へと進んでしまっているのである。本稿におい ては、公正価値会計の意義を明らかにした上で、その限界を明確に受けとめ、今後のある べき姿を提起することとする。 Ⅱ 公正価値会計の意義  公正価値会計を議論する場合、先ず取り上げなければならないものは、2002年9月のノー ウォーク合意である。本合意は、国際会計基準審議会(IASB)とアメリカ財務会計基準審 議会(FASB)とが、国内および国際的な財務報告に使用しうる高品質で比較可能な会計基 準の開発を目的とするものである。2006年2月には、IASBとFASBは両会計基準のコンバー ジェンスに向けて覚書を公表し、その後2008年4月には、2011年6月までにプロジェクト の完成を目指すこととした。  当該プロジェクトにおいて最も重要度が高いものは、公正価値測定である。2006年9月 に公表された財務会計基準書第157号(以下SFAS157と略称する)「公正価値測定」(Fair

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Value Measurement)においては、公正価値概念は、par.5において次のように定義されてい る。すなわち、「公正価値とは、測定日において市場参加者間の秩序ある取引により資産を 売却して受け取り、または負債を移転するために支払うであろう価格である。」この定義の 特徴は、第1に資産および負債の公正価値測定を定義の中核に据えていることにある。第2 に、その測定は出口価格すなわち出帳価格によってなされることにある。第3に、市場参加 者の観点すなわち市場を基礎にした公正価値による測定であることが強調され、秩序ある 取引でなければならないと明記されていることである。第4に、負債の移転が明記されて おり、決済でない点が極めて重要である。第1の特徴は、言うまでもなく資産・負債アプロー チの立場を明確にしている。しかしながら、この観点が今回の金融危機に端を発した1929 年の世界大恐慌以来の経済危機において弱点としてその姿をさらけ出すこととなったこと は皮肉な結果である。この問題は、特徴の第2すなわち出口価格の採用にも引き継がれて いく。そして第3の特徴である市場参加者間の秩序ある取引というもので決定的な弱点を 露呈することとなった。今回の金融危機によってある時期、取引が秩序あるものにならな い事態が現出したことは事実である。これを称して適正な時価ではなく投げ売り価格と捉 えることは妥当な判断と言えるであろうか。第4の特徴は、以上の3つの特徴とその本質を 異にしている。これは、負債とりわけ社債の評価に伴っての信用リスクの低下による評価 益の計上問題となってその異常性を表面化させることとなったのである。  以上の議論をさらに複雑化させているのが、par.18において規定されている公正価値の 評価技法である。当該評価技法には、3つのアプローチがある。すなわち、マーケットアプ ローチ、インカムアプローチおよびコストアプローチである。マーケットアプローチは、 同一または同等の資産・負債(事業を含む)を包含する市場取引によって生成される価格 またはその他の関連情報を使用する。インカムアプローチは、将来の金額(例えば、キャッ シュ・フローまたは利益)を、割引後の単一の金額に変換して算定する方法である。コス トアプローチは、ある資産の給付能力を取り替えるために現在要求されるであろう金額(多 くの場合、現在の取替原価)を基礎として算定する。先ず問題とすべきは、公正価値評価技 法として複数のアプローチが認められていることである。本来単一のアプローチが提案さ れるべきであるが、少なくとも主たるアプローチを明確にすべきである。さらに問題とな るのは、コストアプローチが採用されていることである。公正価値は、その定義によって 出口価格すなわち出帳価格であるべきことを主張していることからすると、入口価格すな わち入帳価格である現在の取替原価すなわち取替時価の使用を認めることは矛盾すること になるのは明らかである。  SFAS157号では、par.22において、公正価値の階層化を規定している。公正価値の階層 は、レベル1からレベル3までの3階層となっている。最高の優先度を与えられたレベル1は、 同一資産または負債の活発な市場における価格である。レベル2は、次のような価格の場 合である。すなわち、同種の資産・負債の活発な市場における価格および同一資産の活発 でない市場における価格である。金利などの場合には、市場において直接観察可能なもの、

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あるいは直接観察可能ではないが、他の観察可能な市場データによって裏付けを得られる ものである。レベル3は、市場で観察不能なインプットである。  レベル1における活発な市場とは、「当該資産または負債の取引が、継続して価格決定の 情報を提供するために十分な頻度および取引量をもたらす市場」(par.24)である。ここで の価格は、公正価値のうち最も信頼できるものであり入手可能であれば常に使用されなけ ればならないものである。と同時に、このレベル1が維持できるのであれば、問題が生じる こともない。レベル2においては、同種資産・負債の活発な市場における価格および活発で ない市場における市場価格が採用される。活発でない市場とは、par.28によると次のとお りである。すなわち、取引量が少ない、最新の市場価格がない、時点により価格が著しく異 なる、または相対取引の場合のように情報がほとんど公開されない市場である。このレベ ルにおいては、主観的判断および見積りが含まれるため、客観性の観点から問題となり、 恣意性排除が大きな課題となる。レベル3においては、観察不能なインプットの使用が認 められる(par.30)。このような測定値は、信頼性において問題であり、財務諸表の利用者を 誤った方向へ導くことが懸念される。レベル3の存在自体に疑問を抱くとともに、一見精 緻化されているように見える公正価値の階層化が公正価値概念そのものの存在意義を低下 させる結果をもたらすことになってしまっているのである。このことは十分に理解されな ければならない。  これまで論述してきた公正価値概念が適用される公正価値会計は、どのような経緯に よって現代会計の中心的な存在になったのであろうか。そのさいに常に主張されるのは、 次のようなものである。すなわち、「世界の経済基盤は、いまや産業経済から金融経済、また、 更には知識創造社会へと大きく移行しつつある。このような経済構造の変化と背景のもと に、拠って立つビジネスモデルも自から変化せざるを得ない。機械設備等の生産手段を中 心とした20世紀マニュファクチャリング型ビジネスモデルに対して、21世紀型ビジネス モデルでは、情報技術(IT)の発達とともに、デリバティブ等の金融商品や技術・ノウハウ・ 特許といった無形資産が企業の価値創造のリソースとして重要視されるようになり、それ が企業評価の尺度となる。これら有形財と金融財および無形財との三者間の共振関係の上 に成立する企業体に共通する評価尺度が、“公正価値” である。つまり、公正価値は21世紀 型ビジネスモデルに共通する評価尺度であり、新時代の会計理論と制度構築のコア・コン セプトをなすのである。」(1)  公正価値会計は当初その適用範囲を売買目的有価証券等に限定されていた。そこから、 すべての金融商品に適用範囲を拡大した公正価値会計は、さらにその適用範囲を投資不動 産という言わば金融財に準ずる財貨に拡大し、有形固定資産等生産財にまで適用範囲を拡 大してきている。これは、公正価値会計の全面適用が間近であることの証左であろうか。 そうではなさそうである。「1970年代以降の金利・為替の自由化、企業活動のグローバル化 等を契機として、為替リスク・エクスポージャーはますます増大し、リスク・ヘッジのため の新型金融商品の導入が促進され、世界の主要な資本市場において金融イノベーションが

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もたらされた。」(2)「このような金融経済の発展を背景として、そこで想定されるファイナ ンス型会計理論(以下、F理論と略す)とは一体どのようなものとなるのか、プロダクト型 会計理論(以下、P理論と略す)対比し」(2)その特徴を浮き彫りにすると、以下の諸点のよ うになる。(3)すなわち、 (1)前提となる取引市場の特性 ① P理論:安定性が高く流動性が相対的に低い市場を想定 ② F理論:変動性(ボラティリティ)と流動性の高い市場を想定  したがって、前者では、収益認識にとって販売=実現が重要になるのに対して、後 者においては、実現概念にはとらわれない。 (2)会計目的 ① P理論:物財ないしリアル資産を主たる対象とし、責任遂行・利害調整と操業活 動の業績評価 ② F理論:金融財ないしバーチャル資産を主たる対象とし、リスク管理と財務活 動の業績評価 (3)利益計算 ① P理論:分配可能利益あるいは業績利益の算定 ② F理論:経済的利益の計算  前者の特徴は、過去指向的計算であるのに対して、後者のそれは、将来志向的計算 (4)利益決定アプローチ ① P理論:収益費用アプローチ ② F理論:資産負債アプローチ  前者はフロー概念を、後者はストック概念を重要視する。 (5)資本維持概念 ① P理論:名目貨幣資本維持あるいは貨幣的実体資本維持 ② F理論:現在市場収益率で算定された成果資本維持あるいは清算的貨幣資本維持 (6)資産評価基準 ① P理論:取得原価あるいはカレント・コスト ② F理論:公正価値  筆者は、これらのまとめかたに全面的に同意するものではない。しかしながら、ここで の特徴の要約においてそれ以上に重要なことは、企業会計をプロダクト型会計とファイナ ンス型会計に二分していることにある。もし企業会計をこのように二分することを受け入 れる場合には、どちらの会計を主体として企業会計全体を構築するかがキーとなる。現時 点では、圧倒的に後者すなわちファイナンス型会計を主とし、前者すなわちプロダクト型 会計を従とする考え方となっている。その拠り所になっているのが、金融商品とりわけ金 融資産の金額が膨大なものになっていることにある。この考え方は、企業活動の全体像を 的確に捉えているとは言い難い。企業会計は再構築されなければならないというのが、筆

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者の主張である。  公正価値会計は、当初金融商品会計に導入され、その適用範囲を実物資産会計の一部に 拡大させている。しかしながら、公正価値会計を企業会計全体に全面適用するという段階 には至っていない。さらに、金融商品会計に限定しても、当該会計全体に公正価値会計が 全面適用されているわけでもない。金融商品会計の中心をなすのは、言うまでもなく有価 証券である。有価証券の評価においてさえも、公正価値会計が全面適用されていない。周 知のとおり、グローバルスタンダードにおいては、有価証券は3つに区分されている。すな わち、売買目的有価証券、満期保有目的の債券および売却可能有価証券である。これら3種 の有価証券は、決算日において次のように評価される。先ず、売買目的有価証券は公正価 値で評価され、評価差額は当期損益に算入される。次に、満期保有目的の債券は、原則とし て償却原価によって評価され、評価差額は当期損益に算入される。最後に、売却可能有価 証券は公正価値で評価され、評価差額はその他の包括利益を構成し、当期損益には算入さ れない。このように3種3様の会計処理となる。その結果、これら3種間での区分変更は原 則として禁じられている。これに対して、日本の企業会計基準すなわち平成11年1月22日 に企業会計審議会から公表され、平成20年3月10日に企業会計基準委員会によって最終改 正された企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」では、有価証券を4つに区分 している。すなわち、売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社・関連会社株式およ びその他有価証券であり、それぞれの有価証券の属性に応じた評価および損益の計上が定 められている。これら4種の有価証券のうち、最初の2つの会計処理についてはグローバル スタンダードと同様である。3つ目の子会社・関連会社株式については、取得原価によっ て評価する。4つ目のその他有価証券は時価によって評価し、全部純資産直入法あるいは 部分純資産直入法によって処理する。これらの会計処理は、区分および会計処理に一部グ ローバルスタンダードと相違する部分もあるが、既に拙稿において論じているので本論稿 ではこれ以上立ち入らないこととする。(4)ここで問題となるのは、有価証券の区分そのも のである。これらの区分は、有効なものとなっているのであろうか。この問題を含めて、次 節においては公正価値会計の問題点について論及することとする。   Ⅲ 公正価値会計の限界  前節において考察を進めてきた公正価値会計における公正価値概念は、その階層化に よって概念の精緻化がなされた結果、従来使用されてきた時価概念より進化した概念と受 けとめられているように見受けられる。そのような公正価値概念に対する評価の是非を本 節において考察することとする。前節において論及してきた 公正価値概念とは、不公正す なわちアンフェアーに対する公正すなわちフェアーという意味合いを持つ概念であること は明白であるが、そもそもどのような歴史的経緯を持っている概念なのであろうか。公正 価値概念は、「19世紀末の公益事業料金設定をめぐる訴訟、裁判において生まれたもので

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あり、---FASB会計基準は、公正価値という、古くから成立していた法的概念と同じ 用語を採用しているが、その内容は決定的に違っている。古くから成立している法概念と しての公正価値は、市場価値のことであり、検証可能性を持った概念である。これに対し、 FASBによる公正価値は、割引キャッシュフロー・モデルによる見積もり評価など、検証可 能性を全く欠如した評価方法を包含した会計概念である。」(5)公正価値概念の階層化は、評 価方法を市場価格すなわち時価に限定しないという見地から採用されたと考えるのが妥当 であろう。FASBの公正価値概念は、「特定の評価方法によって得られた市場価値にあらざ る(とも言える)ものを、市場価値に準ずるものであるかのようにしてこれを包摂し合理 化している。」(6)という主張は傾聴に値するものである。2001年に破綻したエンロンの会 計実務においては、「“レベル3の公正価値” は当初、“mark- to- market accounting” と喧伝さ れていた。---“mark - to - market accounting” と喧伝された会計実務は、次第にマーキ ングすべき市場がないことがあからさまになってくると、いつしか “fair value accounting” という呼び名に代わっていった。」(7)このような経緯を有する公正価値概念をFASBが採用 した裏に何があるのか、それが生み出している会計制度上の効果を明らかにしなければな らない。「その効果とは、従来の取引価格ベースの会計の場合よりはるかに大きく会計の弾 力性を拡大させたことにある。公正価値概念の設定により、検証可能性を持たない評価方 法が、あたかも投資家の企業評価に役立つ情報提供を行うものであるかのようにして、全 面的に合理化された。検証可能性を持たない会計評価が生み出す弾力性は、会計利益の拡 大計上も縮小計上も可能とさせる。公正価値概念は、取引価格ベースの会計の拘束を解き 放ち、全面的に会計の弾力性を推し進めこれを合理化する制度効果を果たしている。」(8) れらの指摘は厳しいものであると同時に的確なものである。公正価値会計は、もともと資 産の期末評価を問題の中心におくものとして登場してきた会計理論である。それが、現在 では負債の期末評価にまで拡大してきている。そのことだけでも問題を複雑にしているの であるが、さらに次のような問題点が浮上してきている。それは、会計目的として投資者 の意思決定有用性という課題を解決すべく取得原価で貸借対照表に計上されていた資産を 価値によって表示しようとしたことにある。その結果、「価値という実体のないものを測定 することの困難に直面し、価値が公正価値と同義語になり、認識対象と測定尺度が同一視 されたまま、公正価値およびその変動そのものの表示が財務報告の目的であるかのように 考えられるようになった」(9)とも指摘されている。  以上の考察から明らかなように一般的・抽象的概念としての公正価値には、様々な問題 点が内包されているのである。このようなことに起因するのであろうか、ファイナンス型 会計理論において測定基準としての公正価値が売却時価と限定されている見解も見受けら れるのである。(10)ファイナンス型会計理論に限定したとしても公正価値が売却時価と概 念的に一致するならば、公正価値会計は当然従来時価会計と称されてきたものの一つと同 義になるはずである。この点でも、公正価値会計の危うさが浮き彫りにされることとなる。  今回の世界規模での金融危機に伴って生じたさらなる問題は、公正価値会計が金融商品

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に全面的に適用されているのではなく、多様な会計処理が要求されていることに起因する。 この問題については我が国を含めてグローバル規模で対応が検討されたが、その内容は共 通するところが多いので、本稿においては我が国の対応に限定して考察を進める。企業会 計基準委員会は、平成20年(2008年)10月28日付けで実務対応報告第25号「金融資産の時 価の算定に関する実務上の取り扱い」を、そして平成20年(2008年)12月5日付けで実務 対応報告第26号「債券の保有目的区分の変更に関する当面の取り扱い」を公表した。  前者すなわち実務対応報告第25号においては、その公表目的を明らかにしている。それ によれば、金融商品の会計処理および時価の算定は国際的な会計基準と同一レベルにある と自らを評価している。その上で、今般の金融危機による混乱を背景とした国際的な対応 との関係で、金融資産の時価の算定について質問が寄せられている。それらの確認のため に本実務対応報告が公表されたという。質問の第一は、時価とはどのような概念かという ものである。その回答によれば、時価とは、金融商品に関する会計基準(以下「金融商品会 計基準」という)第6項の規定にあるとおり、「公正な評価額をいい、市場において形成さ れている取引価格、気配又は指標その他の相場 (以下「市場価格」という。)に基づく価額 をいう。市場価格がない場合には合理的に算定された価額を公正な評価額とする」とされ ている。金融資産の公正な評価額は、基本的には市場価格であるとすることには異論はあ り得ない。そのうえで、市場における取引が活発でないため等市場価格が金融資産の公正 な評価額を示していない場合を想定し、合理的に算定された価額も公正な評価額に含まれ るとしている。質問の第二は、市場価格がある場合には、市場価格に基づく価額を時価と しなければならないかというものである。その回答によれば、金融資産の取引が活発に行 われている市場における市場価格は、当該金融資産の公正な評価額を示していると考えら れるので、市場価格に基づく価額を付すこととなる。これについても異論があり得ようは ずはない。質問の第三が、これまでの考察から明らかなように問題となる。すなわち、市場 価格がない場合あるいは市場価格を時価とみなせない場合の対処である。それらの場合は、 経営者の合理的な見積りに基づいて時価を算定する。その方法として次の3つのものが示 されている。すなわち、 (1) 取引所等から公表されている類似の金融資産の市場価格に、利子率、満期日、信用リ スクおよびその他の変動要因を調整する方法 (2) 対象金融資産から発生する将来キャッシュ・フローを割り引いて現在価値を算定す る方法 (3) 一般に広く普及している理論値モデルまたはプライシング・モデルを使用する方法 以上3つの方法いずれにも恣意性を排除した合理的なものでなければならないという要件 が付加されている。当然といえば当然のことではあるが、この要件を満足させなければな らない困難さもよく知られているところである。  本実務対応報告において使用されている時価という概念が、グローバルスタンダードに おいては公正価値という概念であるということは明白に認識されなければならない。日本

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においては、公正価値概念と時価概念が混同されている状況が明らかな事実となったので ある。それにもかかわらず、本実務対応報告が、第163回企業会計基準委員会に出席した委 員12名全員の賛成によって承認されていることをどう理解したらよいのであろうか。  後者すなわち実務対応報告第26号において明らかにされた公表目的は、次のとおりであ る。すなわち、金融商品会計基準では、債券の保有目的区分を厳格にすることにより判断 の恣意性を排除することとし、原則として取得当初の保有目的を変更することを認めてい ない。しかしながら、金融危機における混乱を背景としたIASBの対応に追随すべきという 意見に従って本報告が公表された。その会計処理は、以下のとおりである。  売買目的有価証券からその他有価証券への振替は、現行規定では正当な理由がなければ 変更できない。しかし、今回のような想定し得なかった市場環境の著しい変化によって流 動性が極端に低下したことなどから、保有する債券を公正な評価額である時価で売却する ことが困難な期間が相当程度生じている稀な場合においては、第5項において、当面の間、 売買目的有価証券からその他有価証券への振替を認めるとしている。第6項においては、 その時点(振替時)の時価をもって振り替え、振替時に生じる評価差額は、当期損益として 処理するとしている。ここでの会計処理に関連して注目すべきは、その注2におけるトレー ディング目的の分類についての説明が、当期純利益を通じて公正価値で測定する分類とい う表現によって、突如公正価値概念によってなされている点にある。ここでもその説明に おいて、首尾一貫性が欠けたものになってしまっているということを指摘しておく。売買 目的有価証券から満期保有目的の債券への振替も現行規定では認められていない。しかし、 この振替についても第9項において、当面の間という限定付きながら認めている。第10項 において、その時点(振替時)の時価をもって振り替え、振替時に生じる評価差額は、当期 損益として処理するとしている。その他有価証券から満期保有目的の債券への振替も、現 行規定では認められていない。しかし、第9項との関連において、この振替についても第 14項において、当面の間という限定付きで認めている。第15項において、その時点(振替時) の時価をもって振り替えるが、振替時に生じる評価差額は、その他有価証券に係る評価差 額として純資産の部に計上し、満期までの期間にわたって償却原価法の処理に準じて損益 に振り替えることを要求している。以上すべてのケースにおいて振替を認めているのであ るが、第20項によれば、本実務対応報告は、第167回企業会計基準委員会に出席した委員 14名のうち12名の賛成によって承認されている。逆に言えば、2名の委員が反対している のである。この2名の委員の反対理由に共通しているのは、経営者のモラルハザードに関 する懸念である。さらに、1名の委員からは、会計基準設定主体への信頼性を著しく損な うおそれがあることが指摘されている。これらの懸念および指摘は極めて重要であること を強く認識すべきである。

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Ⅳ おわりに  以上の考察から明らかなように公正価値概念は、時価概念を精緻化することを意図して いることは理解できるのであるが、いくつかの問題点を包含する結果となっている。第一 に問題として取り上げなければならないのは、公正価値概念の階層化である。公正価値概 念は第1レベルから第3レベルまでの階層化を導入した結果、取引価格以外の評価額が導 入されることとなった。そこでは、検証可能性が問われ、その検証が実効あるものとなら なければならない。それとの関連においては、恣意性排除という課題が浮上してきている。 会計学という社会科学の一角を占める学問は、その特質としてあるいはその宿命といって もいいのであるが、絶対的真実を追求することは出来ないことは周知のとおりである。会 計学が追求するのは相対的真実である。そのような見地から会計基準を構築しようとする 場合、恣意性排除が課題となるような評価基準は極力避けるべきである。近時、グローバ ルスタンダードは多様な会計処理を単一の会計処理に向けて収斂する努力を重ねてきて いる。公正価値概念の導入は、このような動きとは軌を一にするものではないというより は逆行するものであるといっても過言ではない。「公正価値という概念が規則的で客観的 に検証可能な尺度から解釈を必要とする曖昧な評価尺度へと置き換えられてしまった」(11) のである。今回の金融危機による緊急対応措置に関連して、「公正価値は公正ではなく、幻 影である」(12)とまで厳しい指摘がなされている。  時価概念から裁量に依存した公正価値概念への移行が行われただけではなく、今回の金 融危機が世界大恐慌へと拡大するのを阻止するという錦の御旗を掲げることによって会計 処理基準変更さえも世界的規模で進められたのである。このような対処は、有価証券等の 金融資産に関連する巨額な評価損計上を出来る限り回避することを目的としていること は明らかである。銀行等の金融機関を救済することによって金融危機の深刻な影響を緩和 できると考えているのである。このような会計学の役割に対する過大評価はあってはなら ない。会計学はオールマイティではないし、当然会計学がそして会計理論に基づいた会計 処理が、景気の変動に影響を及ぼすこともないのである。会計処理の変更によって有価証 券等の金融資産に対する巨額な評価損計上が避けられたとしてもそれは一時凌ぎでしかな い。企業の実態が変るのではないのであるから、この会計処理が金融危機の影響を緩和で きる訳がないことは明白である。それ以上に、会計処理の変更が会計の信頼性を失墜させ ることになりかねない可能性が高くなることを明確に認識することが肝要なのである。会 計学の存在意義が問われかねない事態が招来される可能性があるのである。このような会 計処理の変更をもたらしたのが、金融資産の中心的存在である有価証券の保有目的区分に よる分類にあることは明白である。有価証券の保有区分による分類を変更して、有価証券 全体の評価基準を単一のものとすることによってこのような事態は避けられるのである。 その評価は、単一の評価基準すなわち時価基準によってなされればよいのである。有価証 券に対して全面時価会計が導入されれば、公正価値会計が目指していた会計の透明性が確

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保されるのである。  以上のような私見に対して、予測される批判は次の様なものである。すなわち、全面時 価会計が導入されると、利益のボラティリティ(変動性)が増幅されるというものである。 しかしながら、公正価値会計導入の主旨は、会計学においてボラティリティを把握するこ とにあったはずである。それにも拘らず、このような反論があること自体、不可解である。 逆に言えば、それほど利益金額が企業のトップマネジメントおよびその他のステークホル ダーにとって関心の高い存在である証左でもある。しかしながら、このようなことを考慮 するならば、有価証券に代表される金融資産の評価損益は、オン・バランスにこだわらず、 オフ・バランスにその会計処理方法を変更することが考慮に値するものになると考える。 すなわち、有価証券等のすべての金融資産の取得原価、時価および評価損益を、注記事項 として開示することを筆者は提起するものである。このような見解に対しての批判は、金 融商品会計において導入されたオン・バランスとしての会計処理をオフ・バランスとして の会計処理すなわち財務諸表における注記事項に変更することは、会計基準の後退である というものであろう。そのような批判に対する反論は、次のようなものになる。すなわち、 企業の利害関係者である財務諸表の利用者は会計の最低限の知識を有していると考えるの が妥当である。この前提が成立するならば、有価証券評価差額がオン・バランス処理され ようが、オフ・バランス処理されようが重大な問題ではないのである。そのこと以上に重 大なのは、有価証券を中心とする金融商品会計において保有目的区分に基づく分類が採用 されていることである。この結果、稼得利益概念すなわち当期純利益概念(厳密な定義よ れば、両概念は相違する。しかしながら、ここでの議論においてはその点はさほど重要で はない。したがって、ここではそれは考慮外におくこととする。)に加えてその他の包括利 益概念の導入が主張されている。それら2つの概念の上位概念として包括利益概念が存在 する。ここで確認されなければならないことは、利益概念の本質である。筆者は利益概念 を処分可能性の面から捉えることを主張してきた。(13)この観点からすると、処分可能では ないその他の包括利益部分を財務諸表本体で表示しようが、その部分に相当するものを注 記事項として取り扱うことになろうが、特別な差異はない。さらに指摘すべきは、100年 に1度の金融危機とはいえ(実際には10年に1度の金融危機であると主張する論者も存在 する。そうであれば尚更)、会計処理を変更しなければならないような会計基準であっては ならないと考えている。現時点において、保有目的区分による分類を二分類にすることが 議論されている。しかしながら、それによっても会計処理の複雑さの面からは解決しなけ ればならない問題が残存するばかりではなく、根本的な解決にはならないのである。会計 処理は企業のトップマネジメントの恣意性が入る余地を極力排除するような簡潔なもので なければならないことを強く主張するものである。以上の観点からすると金融商品に関す る評価差額等の注記事項として財務諸表に掲げることは現行規定からの後退ではないとの 結論となる。この結論が受け入れられることになれば、実現概念(実現基準あるいは実現 主義)の復権すなわちその重要性の再認識が大きなテーマともなるのである。ただし、こ

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のようなことが議論されるということには、資産時価評価に拘泥するということに根本原 因があると筆者はかねがね考えている。費用時価評価を会計学の中核に据えれば、会計学 は新しい局面を迎えることになることを強調しておく。(14)  大多数の会計学者に共通しているのは、今回の会計基準の変更を肯定的に捉える(15) ともに、金融商品会計の実物資産会計に対する優位性を主張している。しかしながら、次 のような主張が会計学者以外の専門家によってなされている。すなわち、「株式市場はなぜ 生まれたのか。--- それは企業が発行する株式の流動性を高め、事業に必要な資金の調 達を円滑なものとするため、である。いわば、株式市場は実体経済のための従属物だ。しか し、どこかでその関係が逆立ちしてしまった。上場企業はマネーゲームの従属物となって しまったのである。」(16)この指摘からも明らかなように、企業の本来の活動は、財貨ある いは用役の生産および販売活動である。このことを再認識すれば、会計理論の新たな展開 が招来されることとなることは明白であることを指摘して本論稿を閉じることとする。 注 (1)古賀 智敏「国際会計基準と公正価値会計」会計 第174巻第5号(2008年11月号)1頁~2頁 (2)古賀 智敏編著「ファイナンス型会計の探究」2003年12月 中央経済社 17頁 (3)古賀 智敏編著 前掲書 17頁~18頁参照 (4)拙稿「包括利益概念否定論」 経営政策論集 Vol.5 No.1 (2005年12月)参照 (5)村瀬 儀祐「会計概念としての公正価値」会計 第174巻第4号(2008年10月号)14頁~15頁 (6)村瀬 儀祐 前掲論文 18頁 (7)村瀬 儀祐 前掲論文 20頁~21頁 (8)村瀬 儀祐 前掲論文 23頁 (9)藤田 晶子「会計基準論のパラダイム変革と会計測定」会計 第175巻第1号(2009年1月)19頁 (10)古賀 智敏「会計理論の変容と経済的実質主義」会計 第172巻第3号(2007年9月)5頁参照 (11)木下 勝一「ドイツ商法における公正価値評価の導入問題― “企業会計法現代化法”(政府草案) のもとでの公正価値概念―」産業経理 Vol.69 No.1(2009年4月)9頁 (12)木下 勝一 前掲論文 10頁 (13)拙稿「資本と利益の区分―平成13年6月商法改正の功罪―」経営政策論集 Vol.2  No.1(2003年 3月)参照 (14)拙稿「時価評価の二面性 ―資産評価と費用評価の結合―」桜美林大学産業研究所年報 第19 号(2001年3月)参照 (15)たとえば、安藤 英義「世界同時不況下の会計ルールの変更」産業経理 Vol.69 No.1(2009年4 月)3頁参照 (16)高橋 篤史「兜町コンフィデンシャル」2009年5月 東洋経済新報社 295頁

参照

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