「保守主義会計の発現形態」再論
著者 村瀬 儀祐
雑誌名 同志社商学
巻 58
号 6
ページ 46‑62
発行年 2007‑03‑15
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007363
「保守主義会計の発現形態」再論
村 瀬 儀 祐
はじめに
蠢 FASB概念ステイトメントの理論 蠡 保守主義傾斜の会計基準 蠱 保守主義会計実務の現代的進展 蠶 保守主義会計の発現形態として現代会計
は じ め に
故根箭重男(同志社大学教授)は,今から
45
年前の著書『保守主會計の發現形態』(1961 年刊)において,近代的・動的会計理論のもとで保守主義は「例外の原理」のように扱 われているが,しかしその外形にもかかわらず,保守主義こそ近代会計の「原理的な原 理」となっている,と指摘された。「まこと保守主義こそ企業会計のいわば本質であ り,この本質が,理論的にも実践的にも,企業会計の諸側面に現象・露呈してい1
る」。 近代の企業会計は,理論も実務も,保守主義が発現した形態である。近代会計理論の装 いを生みだしたのは保守主義である,とされた。近代会計の外形に隠れた実態を露呈し て見せた教授の学説は,40年ほど前,会計学を学びはじめた私にとって衝撃的なもの があった。
根箭教授の時代から半世紀をすぎた今,会計の理論と実務は大きく様変わりした。近 代会計から現代会計へと,その装いの変化は,近代会計のあり方を全く一新させるもの があった。しかし現代における会計の様変わりをみるたびに,思い起こされるのは,根 箭教授が半世紀前に提起された近代会計の分析命題,「保守主義会計の発現形態」であ る。「保守主義会計の発現形態」は近代会計ばかりではない。現在,われわれの眼の前 で展開している現代会計も同じく,「保守主義会計の発現形態」とみることが出来るの ではないか,という思いである。
会計における保守主義は,論者によって多様に説明されてい
2
る。ここでは保守主義を
────────────
1 根箭重男『保守主會計の發現形態』ミネルヴァ書房,1970年,1ページ。
2 保守主義は,論者によって,その論証命題から多様に定義されている。
根箭教授は,「すべての予想損失は計上すべきも,予測利益は計上すべからず」の保守主義の一般的 立言から,その現れ方を「合法的・非合法的」,「伝統的・近代的」,「財産計算上・損益計算上」と類型 化されている(前掲書37−45ページ)。
FASBは,保守主義を「企業環境に内在する不確実性とリスクに十分な心配りをするよう求める不確 実性に対する慎重なリアクション」と定義する(FASB Statement of Concepts No. 2,Qualitative Character-
istics,1980)。しかし「慎重なリアクション」がいかになされるかについては一切触れていない。 !
46(250)
貸借対照表上の資産と負債,損益計算書上の費用と収益の計上における会計判断に関わ る概念であるとする。すなわち,保守主義会計は,資産の過大計上と負債の縮小計上を 抑制し,費用計上を早め収益計上を遅らせることによって,利益の縮小計上を果たそう とする会計上の判断である。このような保守主義は,概念ステイトメントに代表される 現代の会計理論において,また現代の会計実務において「原理中の原理」となっている のではないか。無論,現代会計の理論と実務の展開において,保守主義が表立って展開 されることはない。それどころか保守主義とは無縁の装いをとり,さらには保守主義に 対して批判的なスタンスすらとっている。それにもかかわらず,現代会計は,それが生 み出す制度効果においてみると,保守主義の会計判断を合理化するものとなっている。
本稿は,現代会計を「保守主義会計の発現形態」として特徴づけ,その裏付けを行うも のである。
Ⅰ FASB 概念ステイトメントの理論
1
将来志向の価値測定の理論FASB
概念ステイトメントにおいては,取得原価主義と対応・配分の概念に基づいた 近代会計の理論と全く違った理論が展開されている。FASB
は,「財務報告は現在と将来の投資家ならびに債権者,その他の利用者が合理 的な投資と与信,それと同様な意思決定を行うのに有用な情報を提供しなければならな3
い」とする。「有用な情報」とは,「企業に流入が予測される純キャッシュ・フローの金 額,時期,不確実性を評価するのに助けとなる情報であ
4
る」。この「将来キャッシュ・
フロー」の予見は,現金主義によるよりも発生主義による会計情報によってよりよく行 われ
5
る。「将来キャッシュ・フロー」の予見のために,投資家や債権者が関心をもつの
────────────
" Sudipta Basuは,「財務諸表上のバッド・ニュースに対するよりもグット・ニュースに対してより高
い程度の検証を求める会計人の傾向」として保守主義をとらえる。「利益はグッド・ニュースよりもバ ッド・ニュースをより迅速に反映する」として,実際に,回帰モデルを設定して,保守主義会計の傾向 を実証している。(The Conservatism Principle and the Asymmetric Timeliness of Earnings,Journal of Ac- counting Principle and Economics1997, p. 6.)
Ross L. Wattsは,「保守主義とは,利益に対する認識と損失に対する認識に求められる異なった検証
可能性と定義される」として,保守主義の契約プロセスにおける役割を分析している。(Conservatism in Accounting Part I : Explanations and Implications,Accounting Horizons,September 2003, p. 207.)
3 FASB Statement of Financial Accounting Concepts No. 1,Objective of Financial Reporting by Business Enter- prises,1978, par. 34.
4 Financial Accounting Standards Board, Statement of Financial Accounting Concepts No. 7,Using Cash Flow Information and Present Value in Accounting Measurements,February 2000, par. 11.
5 キャッシュ・フロー情報に対する利用者のニーズに対して,発生会計がキャッシュ・フローそれ自体よ りもベターであるとするFASBの主張には「明らかな矛盾」がある。これは「あなたがハンバーガー を欲しているのに,『ホットドッグはハンバーガーよりもあなたの欲求を満たすものだ』として,あな たにホットドッグを提供するようなものだ」とThomas G. Evansは述べている。(Thomas G. Evans,Ac- counting Theory, ContemporaryAccounting Issues,2003, p. 148)。しかしながら,「予測キャッシュフロ!
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は「経済的資源とかかる資源に対する請求権及びそれらの変
6
動」であるから,「ある企 業の資産と負債,および事象がそれらに及ぼす影響ならびに事象が持分に及ぼす影響 は,当該企業の財務諸表における認識の対象に値す
7
る」。資本は資産から負債を控除し て求められ,費用と収益は資産と負債の増減において生じるから,認識の中心は資産と 負債となる。FASBによる概念ステイトメントの理論では資産と負債の定義が中心とな り,収益と費用は資産と負債に従属した形で定義される。
資産:「資産とは,過去の取引又は事象の結果として,将来の他の実体によって取 得またはコントロールされている発生の可能性の高い将来の見積もり経済便 益であ
8
る。」
負債:「負債とは,過去の取引または事象の結果として,特定の実体から将来にお いて他の実体に,資産を引き渡すか用役を提供すべき現在の義務から生じる 発生の可能性の高い将来経済便益の犠牲であ
9
る。」
収益:「収益とは,実体の資産のインフローまたは増加もしくは負債の減少であ
10
る。」
費用:「費用とは,資産のアウトフローまたはその他の費消もしくは負債の発生で あ
11
る。」
FASB
において「有用な情報」とは,「レリバント(relevant)」で「信頼性(reliabil-ity)
」をもった情報である。「レリバント」とは「意思決定において違いの識別をなす 情報の質」であり,「信頼性」は「間違いがなく測定が表示上の誠実性をもっているこ とを確かなものにする情報の質」であ12
る。
このように
FASB
概念ステイトメントの理論においては,会計情報利用者の意思決 定にレリバントな情報を提供する目的から,「予測キャッシュ・フロー」の予見に役立 つ情報提供を説く「将来指向の価値測定(forward-looking measures of13
value)
」の理論が 展開されている。この理論にあっては,取得原価主義と対応・配分の近代会計理論は,「過去志向の数量シンボル(backward-looking symbols of
14
volume)
」の理論となる。この────────────
! ー」概念の導入をもって,現実の会計(発生主義会計)に将来志向性の要素を組み込むためには,この 矛盾は,FASBにとって必要なことであった。理論上の矛盾をあえて犯すのは,FASBによる会計理論 が通常の科学理論ではなく,理論の制度効果を果たすべくして構築されるためである。目論まれた制度 効果(現実の会計に将来指向性要素の拡大導入)が発揮されるものであれば,この矛盾は,FASBにと って全く問題ないものとなる。
6 FASB Statement of Financial Accounting Concepts No. 1, par. 40.
7 FASB Statement of Financial Accounting Concepts No. 5,Recognition and Measurement in Financial State- ments of Business Enterprise,1984, par. 59.
8 FASB Statement of Financial Accounting Concepts No. 6,Elements of Financial Statement,1985, highlights.
9 Ibid.highlights.
10 Ibid.highlights.
11 Ibid.highlights.
12 FASB Statement of Concepts No. 2, Grossary of Terms.
13 R. A. Rayman, Accounting Standards,True or False?,Routlege, 2006, p. 6.
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48(252)
FASB
による理論には全く保守主義のかけらも見当たらない。保守主義とは無縁のもの のように展開されている。しかし過去の近代会計の理論とは違った,FASB による「将 来指向の価値測定」の論理全体が生み出すその理論効果,そのインプリケーションに着 目すると,展開される理論の形式とは裏腹に,そこに保守主義的思考を見出すことが出 来る。FASBによる理論のなかにある保守主義的思考を導き出すために,概念ステイト メ ン ト の 中 心 概 念 で あ る「包 括 利 益(comprehensive income)」と「公 正 価 値(fairvalue)
」の概念について見ていこう。両概念とも,FASB が創出した概念である。なぜFASB
は,「包括」と「公正」という造語をあてたのか,その点に注目して両概念を検 討することにしよう。2
包括利益概念包括利益概念は,FASBの概念ステイトメントにおいて,以下のように規定されてい る。
「包括利益とは,出資者以外の源泉からの取引(transactions)やその他の事象(other
events)および環境(circumstances)から生じる一会計期間における営利企業の持
分の変動であ15
る。」
この包括利益概念の特徴について,Thomas G. Evansは,以下のように述べている。
「(概念)ステイトメントの諸定義のなかで,公表時点で最も議論を呼んだものは 包括利益である。第
1
に,利益決定の幅広い包括主義アプローチに新しい名称がつ けられた。それは収益と費用によってではなく,持分(資産マイナス負債)の変動 によって定義したことに注目されたい。かくしてこの定義は,FASBが概念ステイ トメントのプロジェクトにおいて対応と歴史的原価を廃棄したものであり,さらに 概念プロジェクトを通じて会計へ時価導入を確実なものにしたとして関心を呼ん だ。」「包括利益は,出資者以外の源泉からの取引とその他の事象,環境によって生じ る。取引(価値事象の相互交換と定義される)は,時間と場所にて生起し,はっき りとした明確なものである。このような定義は,伝統的に会計が取引にのみに基づ いてきたために物議をかもした。取引は会計にとっては源素材であり,監査しやす いものである。しかしながら
FASB
は今や,純利益の決定に採用出来るものとし て,『その他の事象』と『環境』を取引につけ加えた。このことは取引にもとづい た対応からの大きな変化(big change)であ16
る。」
────────────
14 Ibid.,p. 6.
15 FASB Statement of Financial Accounting Concepts No. 3 and No. 6, par. 70, 1980, 1985.
16 Thomas G. Evans,Accounting Theory, Contemporary Accounting Issues,2003, pp. 152−153.
「保守主義会計の発現形態」再論(村瀬) (253)49
包括利益概念は,利益概念を純資産の変動(資本取引以外の)に求め,しかもその変 動の認識は「取引」だけでなく「その他の事象」,「環境」から生まれるものも対象に含 めた。この利益概念により,取引価格ベースの対応と配分の会計理論からの離脱が決定 的なものとなった。このようなビッグ・チェンジの効果を生み出した利益概念におい て,FASBはなぜ「包括利益」なる造語を考案しなければならなかったであろうか。
この場合の「包括(comprehensive)利益」は「すべてを含んだ(all inclusive)利益」
(ややこしいが日本語では「包括主義利益」と訳されている)と同じような意味をもち ながら,FASB は,あえて
all inclusive
ではなくcomprehensive
の新しい用語を用い た。その理由についてFASB
は何も表明していないが,当期業績主義(current operatingperformance)利益に対抗する意味をもつ all inclusive
利益にはない意味,すなわち取引 だけでなくその他の事象,環境の変動をも含めた純資産変動(資本取引を除く)を包括 的に認識するという論理を展開するには,新しくcomprehensive
利益の造語が必要であ ったと思われる。さらに包括利益の造語には重要なポイントがある。包括利益概念の設定には,包括利 益の一部となる「稼得利益(earning)」なる概念を設け,「稼得利益」以外の包括利益を 計上する領域を設ける必要性があったからである。FASB自身が述べているように,
「包括利益」という新しい用語を創出したのは,「稼得利益」に「包括利益とは異なった 意味づけを与え,包括利益を構成する一要素とす
17
る」ためであった。「稼得利益」と は,「期間の業績を示したもので,その期に関係しない項目−他の期間に本来帰属する 項目を極力排除したも
18
の」である。この「稼得利益」の設定によって,「稼得利益」に 含まれない包括利益の領域が生み出される。後に
1997
年のFASB
の会計基準(SFASNo. 130「包括利益の報告(Reporting Comprehensive Income)
」)が表明され,「稼得利 益」は「純利益(net income)」に置き換えられ,「純利益」に含められない包括利益は「その他の包括利益(other comprehensive income)」として正式に概念化された。包括利 益概念は,このような「その他の包括利益」の会計領域を生みだすために作られたとい える。
このような包括利益概念が生み出した効果とはどのようなものか。一つには,従来の 取引価格に制約された会計計算を,「取引」ばかりでなく,「その他の事象」,「環境」の 変化をも認識の対象にすることによって,会計計算の「弾力化(
19
flexibility)
」を著しく 拡大させたことにある。利益計算の弾力化のもとで,従来の取引価格主義の枠組みに制 約されることなく,資産の縮小化,負債の拡大化,費用計上の早期化,収益計上の遅延────────────
17 FASB Statement of Financial Accounting Concepts No. 3,Elements of Financial Statements of Business Enter- prises,1980, par. 58.
18 FASB Statement of Financial Accounting Concepts No. 5, par. 34.
19 Thomas G. Evans,ibid.,p. 205.
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50(254)
化の会計判断が出来るようになった。包括利益概念は,保守主義会計を取引価格主義の 制約を解き放し,合理化する効果をもっている。
しかしながら利益計算が取引価格に制約されることなく「物価変動,偶発性(casual-
ties)
,企業間の関係のその他の影響,その経済的,法的,政治的,物理的環20
境」の変化 をも認識に含めるとなれば,この計算システムのもとでは,保守主義会計と違って利益 の拡大計上の方向性も生み出される。ところがこのような利益拡大は,「その他の包括 利益」なる会計領域の設定によって,損益計算書上での計上が抑止される措置が施され ている。FASB は包括利益概念によって「稼得利益」(「純利益」)と「その他の包括利 益」との間を区別したが,FASBは何ら両者の間を区別する規準を設定していない。す なわち「FASBの概念フレームワークは,稼得利益もしくは純利益を定義していない し,また包括利益に含めるが純利益から排除される項目の特性を識別する規準を提供し ていない。その他の包括利益項目として分類している質的特性は,純利益に含められる 項目と概念的に区別されていな
21
い」。しかも「その他の包括利益」を計上する方法につ いて,FASBは,(1)損益計算書内で「純利益」と「その他の包括利益」を表示する,
(2)持分変動計算書において報告された「その他の包括利益」項目に「純利益」を加え て表示する,(3)独立したステイトメントを作成して,損益計算書において確定された
「純利益」と合算して表示する方式を示し,(1)の方式を推奨するものの表示方法につ いては企業の選択に任せている。このもとで,圧倒的に多くの企業が採用したのは,
「その他の包括利益」を持分変動計算書に表示する方式であっ
22
た。このような
FASB
に よる包括利益概念のもとでは,「純利益」領域への組み入れか,「その他の包括利益」領 域への組み入れか,この選択を企業による任意の選択の事柄とした。このような包括利 益概念のもと,例えば,有価証券の評価益のように,「売買(trading)目的」とするか(損益計算書の「純利益」に計上),「販売利用(available for sale)目的」とするか(持 分変動計算書の「その他の包括利益」に計上)の選択は,損益計算書か持分変動計算書 か,包括利益の計上場所の選定を目論んだ経営者の意図によって自由に出来るものとな った。
このように包括利益概念の設定は,利益の計上領域を選択する裁量行為を合理化し,
たとえ利益拡大計上の傾向が生まれたとしても,それを損益計算の「純利益」に組み入
────────────
20 Ibid.,p. 203.
21 FASB Statement of Financial Accounting Standards No. 130, Reporting Comprehensive Income, 1997, dis- sented opinion.
22 Eric D. Hirst and Patrick E. Hopkins, Comprehensive Income Reporting and Analysts, Valuation Judgments, Journal of Accounting Research, Vol. 36, Supplement 1999, p. 49. 1999年の調査では,調査対象企業347 社中,持分変動計算書にその他の包括利益を公表する会社が272社,全体の78パーセントを占めてい る。損益計算書と結び付けてその他の包括利益を公表する会社はわずか14社,全体の4パーセントに すぎない。(AICPA,Accounting Trend and Techniques,1999, p. 401.)
「保守主義会計の発現形態」再論(村瀬) (255)51
れるのを抑止する効果をもっている。このような包括利益の概念的性質に,保守主義会 計の発現形態を見出すことは出来ないか。
3
公正価値概念FASB
は,2006年の会計基準(SFAS No. 157,Fair Value Measurements)において公
正価値を以下のように定義している。「公正価値とは,特定の測定時点での市場参加者間での普通の取引において,資 産の売却によって得られるであろう価格,もしくは負債の転換に支払われるであろ う価格であ
23
る。」
この定義においては,公正価値を資産もしくは負債の交換価格すなわち「市場価値
(market value)」を測定したものであることが強調されている。直接,観察できる市場 価格が存在しない場合でも,「知識や意欲ある無関係の当時者間の仮想取引(hypotheti-
cal
24
transaction)
」を想定し,そこで交換される資産または負債のカレントな価格を多様な評価方法を用いて市場価値を推定する。定義の中心は市場価値の測定である。とすれ ば資産と負債の測定は「市場価値」によるとし,わざわざ「公正価値(fair value)」の 用語を用いずともいいように思われる。「市場価値」ではなく「公正価値」を用いるこ とに,何か特別の理由があるであろうか。
FASB
が「公正価値」なる概念を設定したのは,「公正」の規範的意味を追求したも のでなく,「市場価値」に限定すると「市場価値」とは離れたその他の多元的評価モデ ルを制度的に承認できなくなるからである。市場価値から離れた多元的な評価モデルを も評価方法として承認し,権威づけしなければならない。「公正」は規範概念ではな く,多元的な評価モデルに制度的承認を与えるために,いわば便宜的に選択された概念 である。「公正価値」という用語によって,市場価値にとらわれないその他の要素の組 み入れと合理化が可能となる。FASB自身,「公正価値」の用語を採用した経過を以下 のように述べている。FASB
は1990
年の金融商品の評価基準に関する公開草案において「市場価値」を用 いていた。しかし1991
年の会計基準の設定にあたって「公正価値」の用語に変更し た。その理由とは,「市場価値の用語が金融商品の幅広い範囲を十分に反映するもので はない」こと,「市場価値」という用語によって,「市場価値は活発な流通市場(取引所 やデイラー市場)にて取引される事項のみに市場価値用語を結びつける」傾向があり,このような「混乱を避けるために」公正価値の用語を用い
25
た」としている。すなわち公
────────────
23 FASB Statement of Financial Accounting Standards No. 157,Fair Value Measurements,2006, par. 5.
24 FASB Exposure Draft, Proposed Statement of Financial Accounting Standards, Fair Value Measurements, 2004, par. 5.
25 Ibid.,par. 4.
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52(256)
正価値の概念を採用する主たる理由は,評価基準を市場価格のみに限定させないことに あったのである。
公正価値の用語設定によって,市場価格以外の評価方法も評価基準として認められる ようになる。すなわち
FASB
が主張するように,「公正価値測定の目的は,資産と負債 についての実際の取引が欠如している下で,測定される資産もしくは負債についての取 引価格を推定することである。かくしてその推定は,独立した当事者間の現在の仮想的 な取引を参照して決定され26
る」。さらに現在価値評価を含む「多元的な評価アプローチ」
も「仮想的な取引」のもとでの取引価格を推定する方法である,とする。FASBは,2004 年の公開草案において以下のように述べている。
「活発な市場における同一のもしくは同じような資産もしくは負債の市場価格が 欠如している場合には,公正価値は多元的評価テクニックの結果に基づいて,不当 なコストと労力なくしてこれらのテクニックの適用に必要な情報が利用できる場合 には,推定されるべきである。現在価値評価テクニックは,公正価値の推定に用い られる。現在価値は,経済学とファイナンスの基礎となっているものであり,オプ ション・プライシング・モデルを含むほとんどの資産価値評価モデルの一部となっ ている。さらに将来のキャッシュ・フローの現在価値は,財務諸表において認識さ れた資産と負債の市場価格を含意してい
27
る。」
このように公正価値概念の設定によって,多様な評価モデルによる評価方法も「公正 な価値」測定であるとされる。資産と負債の市場価値評価を顕示する形式の中に,割引 現在価値による評価モデルを「公正」の用語をもって包含させている。
しかしながら割引現在価値モデルは,本質的に将来予測のモデルであり,市場価値を 表すという保証はどこにもない。割引現在価値モデルにおいては,以下の事柄について の予測が含まれてい
28
る。
(1)測定される資産もしくは負債についての将来キャッシュ・フローの予測。
(2)将来キャッシュ・フローに内在する不確実性を表すキャッシュ・フローの金額ま たはタイミングにおけるありうるバリエーションの予測。
(3)無リスクの利率にもとづいて表示される貨幣の時間価値。
(4)キャッシュ・フローに内在する不確実性を生み出す価格(リスク・プレミアム)
(5)その他特殊なケース
割引キャッシュ・フロー・モデルに含まれる個々の事項について,経営者は自ら考え るかぎりの仮定や推定をたてなければならない。経営者は,これら
5
つの要素に関し────────────
26 Ibid.,par. 5.
27 Ibid.,appendix AI.
28 FASB Statement of Financial Accounting Standards No. 157, par. B 2.
「保守主義会計の発現形態」再論(村瀬) (257)53
て,ほとんど自ら立てた仮定に基づいて経営計画を自由に設定することができ,そのた めに,仮定の立て方,予測の仕方次第で思いのままの公正価値額を算出することができ る。しかもこのように予測に基づいた評価額は,検証することが出来ない。
割引キャッシュ・フロー・モデルは,予測のモデルである。スターリング(Robert R.
Sterling)が指摘するように,
「割引価値は測定ではない。それは数学的に修正された予測である。したがって割引価値には,現在の経験を通じて確かめられるような対応物が な
29
い」。市 場 価 格 を 参 照 し て 価 値 評 価 を 行 う こ と は「市 場 価 値 へ の 参 照(mark-to-
market)
」と言われるが,割引キャッシュ・フローによる会計評価は本質的に「モデルへの参照(mark-to-model)」であり,さらに明確に言えば「予測に対する参照(mark-to-
estimate)
」である。予測はいかなる意味においても経験的に検証できない。それが市場価値を評価したものであると検証することはできない。監査を財務諸表数値の経験的な 事象に対する「検証(verification)」の意味においてとらえるならば,「モデルへの参照
(mark-to-model)」(「予測に対する参照(mark-to-estimate)」)は,検証不能な事象に対す る参照となるために,それは監査(検証)不能である。George J. Benston等は,以下の ように指摘している。
「実際のところほとんどの公正価値は(多くの金融商品に対してですら),それら は経営的操作を許す経営者の判断に依拠し,客観的に決定された検証可能な額に基 づくことのない予測から生み出される。そのような公正価値推定は,信頼に足りる 会計システムに採用することができず,監査できないものであ
30
る。」
そのために割引キャッシュ・フロー・モデルは,大きく会計操作を許すものとなって いる。
「公正価値のほとんどは,予測によって得られ,それらは経営上の判断に依拠し て客観的に決定することも検証することもできない金額にもとづくものであり,否 応なしに経営者の操作(managerial manipulation)を許すものであ
31
る。」
FASB
は,投資家などの経済的意思決定に対して「公正価値情報はレリバントであ32
る」とする。レリバント概念が公正価値の正当性を主張する基軸概念となっている。公 正価値を支持する有力な論者である
Mary E. Barth
も以下のように述べている。「資産と負債の測定に公正価値を用いることは,それが有用な財務諸表情報につ いての概念フレームワークの質的特性の多くに適合するために魅力的なものであ る。これらの規準は,投資家やその他の財務諸表の利用者が経済的な意思決定を行
────────────
29 Robert R. Sterling,Toward a Science of Accounting,1979, p. 26.(塩原一郎訳『科学的会計の理論』税務経 理協会)
30 George J. Benston, Michael Bromwich, Robert E. Litan, Alfred Wagenhofer,op. cit.2005, p. 262.
31 Ibid.,p. 266
32 FASB Statement of Financial Accounting Standards No. 157, 2006, par. C 2.
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54(258)
う手助けとなる財務報告の本来の目的に適合して適用されるものである。この規準 には,レリバンス(relevance),比較可能性(comparability),一貫性(consistency), 適時性(timeliness)が含まれる。公正価値は,現在の条件,すなわち情報利用者 が意思決定を行う条件を反映しているためにレリバントであ
33
る。」
このように公正価値はレリバンスの概念のもとにその有用性が主張されている。しか しながら他方,FASB は,もう
1
つの重要な会計情報の質,すなわち「信頼性」をあ げ,「検証可能性」を「信頼性」を支える主要な質的特性としている。しかし公正価値 概念にあっては,そのレリバントな特性が強調されることはあっても,「信頼性」,特に「検証可能性」の質的特性については沈黙する。先の
Barth
の引用を見ても明らかなよ うに,「検証可能性」については「質的特性」から注意深く取り除かれている。もとも とFASB
の概念ステイトメントにおいては,「レリバンシー」概念が「第1
義的な質(primary quality)」とされていたのに対して,「信頼性は客観性のサロゲートであるにも かかわらず,常に第
2
義的なものとされ,明らかにレリバンシーがより重要であるとさ れていた。このことは客観性を会計における第2
義的概念(secondary concept)とする 決定であったと解釈することが出来34
る」。このような「第
2
義的概念」としての「信頼 性」概念の位置は,公正価値概念のもとではますます強まっている。しかしそれでも割 引現在価値の評価モデルは,「信頼性」の質的特性と対抗するものであってはならな い。とすれば「公正価値」の概念をもって,割引キャッシュ・フロー・モデルも市場価 値を評価する方法であるとして,これも検証可能な市場価格に連なる評価方法の一つで あるとして,その「信頼性」を強弁することとなる。市場価値評価を前面に立て,その「信頼性」を誇示しながら,そこに検証不能な割引現在価値評価モデルなどの多元的な 評価モデルを滑り込ませているのである。
現実の資産と負債の評価において,「市場価格への参照(mark-to-market)」が適用で きる実務部面はきわめて少ない。そのために,実務において公正価値評価といえば,実 質,割引キャッシュ・フロー・モデルなどによる予測が中心となっている。一般に「市 場価格への参照」が言われても,実際のところは割引キャッシュ・フロー・モデルなど の評価モデル,推測のモデルへの参照が中心となっている。すなわち,「いわゆる『市 場に対する参照』会計,しかし実際は多くの『モデルに対する参照』と『予測に対する 参 照』を 求 め る(so-called
mark-to-market accounting, but actually requiring much
mark-to- model and mark-to-
35
estimates
)」となっているのが現実である。────────────
33 Mary E. Barth, Including Estimates of the Future in Today’s Financial Statements,Accounting Horizons vol.
20, No. 3, September 2006, pp. 274−275
34 Thomas G. Evans,op. cit.,p. 151.Ibid. p. 262.さらにRoss L. Wattsは,「FASBは情報に対して経営者に よるバイアスが導入されるのを抑止するに必要な検証性(verification)を軽く扱うことがある」(Ross L. Watts,op. cit.,p. 218.)としている。
35 George J. Benston, Michael Bromwich, Robert E. Litan, Alfred Wagenhofer,op. cit.p. 266.
「保守主義会計の発現形態」再論(村瀬) (259)55
以上に見たように「公正価値」なる用語は,割引キャッシュ・フロー・モデルなどの 多様な評価モデルをも「市場価値」評価モデルに連なるものとして合理化する必要性か ら創出されたものと見ることが出来る。また公正価値概念の設定によって,会計評価の 弾力性が増大し,このもとで,資産の縮小,負債の拡大,費用の早期計上,収益の遅延 計上にかかわる保守主義の会計判断がこれまでになく正当化されることにな
36
る。ここに 公正価値概念の基底には,保守主義思考が居座っていると見ることは出来ないか。
Ⅱ 保守主義傾斜の会計基準
FASB
による概念ステイトメントのもと,多くの会計基準が表明されてきた。これら の会計基準の圧倒的に多くは,保守主義に傾斜したものである。Don GivolyとCarla Hayn
は,「一般に認められた会計原則は保守主義傾斜(conservative bias)を組み込んで いる事実は広く認められてい37
る」と指摘し,さらに,「近年,財務報告はより保守主義 的になったことを示している。その証拠として
FASB
のプロナウンスメントがあり,それらは費用と損失の認識を早期化もしくは収益認識の遅延の効果を有するものであ
38
る。」と述べている。
Givoly
とHayn
が「保守主義傾斜」の会計基準として挙げているものは,以下の会計基準である。
試験研究費の会計基準:試験研修費を資本化(資産に計上)せず即時に一括費用 化する(SFAS 68,
Research and Development Arrangements, 1982)
。退職医療給付の会計基準:従業員の退職後の将来時点で支払われる医療給付を評 価し期間に発生した債務(負債)と費用を計上する。(SFAS 106,
Employer’s Account- ing for Postretirement Benefits Other Than Pensions, 1992)
貸付金等の減損の会計基準:回収不能の可能の高いローンについて減損額を費用 計上する。(SFAS 114,
Accounting by Creditor for Impairment of a Loan(1993)
長期命数資産の減損の会計基準:減損の兆候を示している長期命数資産について 減損額(回収可能性のない将来キャッシュ・フロー額)を費用計上する。(SFAS
121, Accounting for the Impairment of Long-Lived Assets and or Long-Lived Assets to be
────────────
36 公正価値は利益の拡大表示を生み出すものであると指摘する論者が多い。たとえばGeorge J. Benston は,「FASBの公正価値会計への移行は,報告純利益を過大報告する手段を機会主義的な経営者に与え る」と述べている(George J. Benston, Corporate Accounting before and after Enron,After Enron, Edited by
William A. Niskanen, 2005, p. 59)。しかし利益拡大の手段は,同時に利益縮小の手段となる。現実の実
務においては,公正価値の利益縮小の保守主義的効果が重要な意味をもっている。
37 Dan Givoly and Carla Hayn, The Changing Time-Series Properties of Earnings, Cash Flow and Accruals : Has Financial Reporting Become More Conservative?Journal of Accounting and Economics29, 2000, p. 317.
38 Ibid.,p. 288.
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
56(260)
Disposed of, 1995,−後に改正,SFAS 144, Accounting for the Impairment or Disposal of Long-Lived Assets, 2001.)
ストックオプションの会計基準:従業員に対する株式購入権の付与時点でオプシ ョン価値を評価し,(報酬)費用と資本(剰余金)に計上する。(SFAS 123,
Account- ing for Stock-Based Compensation, 1995−後 に 改 正,SFAS 123(revised)
,Share-Basedpayment, 2004)
これらの会計基準にさらに以下の会計基準をつけ加えることが出来る。これらの会計 基準は,会計上の判断に大きく依拠して費用の拡大計上(負債の拡大,資産の縮小をと もなう)により,保守主義的な会計処理を促進するものとなっている。
偶発損失の会計基準:発生そのものの不確実性が伴う事象のうち発生の可能性の 高い偶発損失を費用と負債に計上する。(SFAS 5,
Accounting for Contingencies, 1975)
年金会計の会計基準:将来の年金に関わる予測給付債務の増加額を期間の費用と 負債に計上する。(SFAS 87,
Employers’Accounting for Pension(amended
),1985)繰延税資産引当金の会計基準:税効果会計適用によって生じた繰延税資産に対し て将来実現する可能性が
50% の確率でない部分に対して評価引当てを行い費用化
する。(SFAS 109,Accounting for Income Taxes, 1992)
長期資産除却債務の会計基準:長期資産の除却についての将来キャッシュ・アウ トフローを見積もりその現在価値を資産と負債に計上し,以後,減価償却費と利子 費用の費用計上を行う。(SFAS 143,
Accounting for Asset Retirement Obligation, 2001)
のれんの減損の会計基準:取得のれんを企業内の報告単位に割付け,以後,当該 のれんの想定される価値が簿価を下回った場合に減損額を費用計上す
39
る。(SFAS
142, Goodwill and Other Intangible Assets, 2001)
これらの会計基準は,FASBの概念ステイトメントの理論に支持されて設定されてき たものである。これらの会計基準は,資産の縮小,負債の拡大,費用・損失の早期・見 積もり計上を促進する「保守主義傾斜」をもった会計基準である。これらの会計基準 は,FASBによる概念ステイトメントの理論によって,その設定が正当化され,促進さ
────────────
39 Ross L. Wattsは,利益に対して費用・損失よりも高い「検証可能性」を求めことを保守主義概念の基
本としている。そのためにSFAS. 141と142ののれん会計基準は,「将来キャッシュ・フローの経営者 による予測にもとづいた会計『価値』を生み出す」「極度に主観的なものである」ために,検証可能性 を求める保守主義のメリットを損ねるものであるとしている(Ross l. Watts,op. cit., pp. 218−219.)。保 守主義を,費用と利益に対する「非対称的な検証可能性(asymmetric verifiability)」とするのはいい が,しかし本稿では,のれん減損会計基準が「検証不能」な予測を扱うことによって保守主義のメリッ トを損ねた基準であるとはしていない。むしろ検証不能な判断にもとづいて費用の拡大計上ができるそ の弾力的なあり方に,のれん減損会計基準が保守主義の合理化の効果をもった基準であるとみる。
「保守主義会計の発現形態」再論(村瀬) (261)57
れたものである。
Ⅲ 保守主義会計実務の現代的進展
FASB
の概念ステイトメントの理論,「保守主義傾斜」の会計基準のもと,いかなる 会計実務が形成したか。それは会計上の利益を縮小化する作用をもった会計実務,すな わち保守主義会計実務である。HolthausenとWatts
は,会計における保守主義は1940
年代に会計基準が成立する以前からあったものであるが,しかし,保守主義の会計実務 が飛躍的に進行するのは,FASBが会計基準を設定するようになってからのことである と指摘している。「合衆国の上場企業の利益における保守主義はFASB
の時代に大きく 増大し40
た」としている。
FASB
の時代に,それ以前と比べて保守主義が大きく進行したことについては,多く の経験的研究による実証成果がある。その中でDon Givoly
とCarla Hayn
が示した証拠 についてみていこう。Givoly
とHayn
が保守主義会計を検証するにあたって以下の定義を前提とする。「保守主義とは,収益の認識を遅らせ,費用の認識を早め,資産を低く評価し,
負債を高く評価することによって,累積の報告利益(cumulative reported earnings)
を最小限に導く会計原則の間の規準選択であ
41
る。」
Givoly
とHayn
は,「長期にわたった発生の累積の徴候と規42
模」をもって保守主義の 検証を行う。すなわち発生主義のもとでは,ある期の利益縮小は後の期の利益拡大とな って逆戻り(reverse)する傾向が生れる。ある期間,純利益が営業活動のキャッシュ・
フローを下回って計上されても,後の期間にはポジテイブな発生となり,長期的にみれ ば,減価償却前純利益の累積額が営業活動のキャッシュ・フローに収斂する。このよう な,ある期の利益縮小が後の期の利益拡大となり,全体の期間を通じてみれば,減価償 却前純利益の累積額と営業活動キャッシュ・フロー累積額が収斂するような状態におい ては,利益縮小化の会計実務は保守主義の証拠とならない,とする。「ネガテイブな発 生純額の累積割合は,期間を通じて保守主義の規模の変化を示す指標ではあるが,ネガ テイブな発生が長期にわたって一貫して支配していること,これが保守主義の指標とな
43
る」として,以下の経験的証拠を提示している。
Givoly
とHayn
は,1950年から199
年の49
年間にわたった企業の利益とキャッシュ────────────
40 Robert W. Holthausen and Ross L. Watts, The Relevance of the Value-relevance Literature for Financial Ac- counting Standard Setting,Journal of Accounting & Economics,31, 2001, p. 41.
41 Dan Givoly and Carla Hayn,op. cit.,p. 292.
42 Ibid.,p. 292.
43 Ibid.,p. 292.
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
58(262)
・フローのパターンを示している(1950年からの
1998
年代にかけてのサンプル企業896
社)。第1
表にあるように総資産利益率と総資産対営業活動のキャッシュ・フロー の比率の歴史的趨勢をみると,総資産利益率(Return on Assets : ROA)については,1950
年から55
年では8.1
パーセントであったのが,1991年から98
年にかけては2.8
パーセ ントにまで下落している。また損失を計上する頻度(企業数の割合)も増加している。この場合,総資産利益率(ROA)の低下や損失計上の頻度の増が企業の経済業績の実 際の下落に伴って生じたものなのか,それとも会計操作によって創り出されたものなの かが問題となる。そのことをみるために営業活動のキャッシュ・フローの歴史的変化を 見る。営業活動のキャッシュ・フローは,発生主義による会計処理に影響されることな く,企業の営業成績と強い関係をもっている。そこで,「営業活動のキャッシュ・フロ ー対総資産比率(cash flows from operations(CFO)
-to-assets ratio)
」の変化を見ると,そ れは大きく減少することもなく1950
年から98
年の間,9% 前後の水準を維持してい る。利益と比較して,キャッシュ・フローがマイナスになったこともなければ「営業活 動のキャッシュ・フロー対総資産比率」が減少することもなかった。したがって「利益 力の下落は,基礎的なキャッシュ・フローの分配上の変化の結果ではなく,むしろキャ ッシュ・フローと利益との関係の変化,すなわち会計発生における変化から生まれたも のであることを,これらの結果は強く示唆してい44
る」。長期間において見れば,減価償
────────────
44 Ibid.,p. 301.
第1表 総資産利益率,総資産対営業活動キャッシュ・フロー比率の変化
年 度
純利益対総資産 営業活動キャッシュ・フロー対総資産 損失の
頻度
(%)
総資産利益率 マイナスの 頻度
(%)
営業活動キャッシュフロー 対総資産比率
ミーン メデイアン ミーン メデイアン
1950〜1955 1.31 0.081 0.077 11.02 0.097 0.101
1956〜1960 2.55 0.075 0.069 10.57 0.090 0.095
1961〜1965 3.98 0.071 0.066 12.41 0.085 0.090
1966〜1970 5.23 0.066 0.062 17.54 0.066 0.072
1971〜1975 7.68 0.056 0.056 13.60 0.083 0.084
1976〜1980 6.74 0.064 0.067 10.67 0.094 0.095
1981〜1985 13.57 0.049 0.056 10.09 0.104 0.107
1986〜1990 16.54 0.039 0.050 8.19 0.093 0.092
1991〜1998 20.29 0.028 0.043 6.57 0.088 0.089
Givoly, Dan, Carla Hayn, The Changing Time-Series Properties of Earnings, Cash Flow and Accruals : Has Fi- nancial Reporting Become More Conservative?Journal of Accounting and Economics29, 2000, p. 297, p. 302 より作成。
「保守主義会計の発現形態」再論(村瀬) (263)59
却前の純利益額の累積は,営業活動のキャッシュ・フローと収斂すると考えられるが,
最近の
20
年の期間,そのような収斂は全く見られない。営業活動キャッシュ・フロー の水準は変わらないままでの,総資産利益率(ROA)の一方的な下落がつづいている のである。Givoly
とHayn
は,減価償却前利益の累積額と営業活動のキャッシュ・フローの累積額を
1950
年代から1990
年代後半にかけて比較して検討している。その結果,前者の額 が後者の額より低くなる傾向を見出している。普通,発生主義会計のもとでは,減価償 却前利益が縮小計上されると後の期には拡大へと作用するが,しかし会計実務の傾向を 見ると,その「発生(減価償却費を除く)額が期間を通じてキャンセルされていない(すなわちゼロに向かって収斂しな
45
い)」とする。特に,1980年から
98
年にかけての累 積減価償却前純利益額は,累積営業活動キャッシュを下回る傾向,「ネガテイブな発生 額の継続的な累積」が強く見られる。すなわち「最近年における減価償却前利益は組織 的に継続的に営業活動のキャッシュ・フローを下回ってい46
る」としている。
発生会計によって作り出された利益の縮小化の傾向は,一体,どのような会計実務に よることが多いのであろうか。Givolyと
Hayn
は,このことを明らかにするために,「発生」を「営業発生(operating accrual)」と「非営業発生(nonoperating accrual)」に区 分する。「営業発生」とは「運転資本」に相当するもので,以下の公式に示される(△
は変動を意味する)。
「営業発生」=△売掛金+△棚卸資産+△前払費用−△買掛金−△支払税額
そのうえで「営業発生」の範疇に入らない発生,すなわち「非営業発生」についての 期間を通じての累積額の変化を検証している。その結果,「非営業発生の累積は相当に 大きくマイナス額となって,サンプル期間を通じて着実に増加している。ネガテイブな 純額の累積は,より近年になるほど著しいものがある。非営業発生の総累積額は,実に 大きく,その期のサンプル企業の累積売上高の
2.8%,1998
年度末の総資産額の32.2%
となってい
47
る。」これらのマイナスの「非営業発生」累積を生み出した会計実務とし て,Givolyと
Hayn
は,貸倒引当金の繰入れ,リストラ費用の計上,評価の変更に伴う 修正額,資産の売却損益,資産の評価下げ,費用の資本化と費用化,収益の繰延等をあ げている。そして「これらのいくつかはGAAP
によって決められているものである が,そのほとんどについて,計上のタイミングと金額は経営者の裁量に従ったものであ48
る」。かくして「ネガテイブな非営業発生の普及と大規模な累積の傾向は,最近の数十
────────────
45 Ibid.,p. 301.
46 Ibid.,p. 301.
47 Ibid.,p. 304.
48 Ibid.,p. 304.
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
60(264)
年の間に保守主義の報告が増大したことを物語ってい
49
る」とする。
以上,「全体的な結果を考慮すると,この
20
年の間において,より保守主義的な財務 報告が示されてい50
る」として,Givolyと
Hayn
は,「財務報告における保守主義のより 大なる傾向(indication of a greater conservatism in financial51
reporting)
」を実証してみせ た。多くの論者の間では,「利益マネジメント(earning management)」が利益の拡大表 示を狙って行われると指摘されているが,GivolyとHayn
は,このような「利益を過大 表示しようとする経営者のモチベーション」の仮定を「疑いあるも52
の」としている。
以上に見た
Givoly
とHayn
による保守主義会計実務の分析は,1990年代後半までの ものであるが,2000
年代に入っても,保守主義会計の傾向はなおも強まっている。2002 年にサーベンス・オックスリー法(Sarbanes-Oxley Act : SOX)が制定されたこともあ り,「SOX以降,企業は財務報告においておしなべてより保守的になっ53
た」との実証結 果もある。直接的には
SOX
法が保守主義的会計実務の進展を生むきっかけとなったも のであるが,このような実務傾向を可能にした背景には,FASBの概念ステイトメント と会計基準があることを忘れてはならない。Ⅳ 保守主義会計の発現形態として現代会計
FASB
による概念ステイトメントの理論においては,保守主義のかけらも見当たらな い。しかしその理論が生み出す会計上の効果を見ると,その理論の別の面が見えてく る。概念ステイトメントの理論においては,「包括利益」概念の設定によって,取引だ けでなくその他の事象,環境の変化をも認識の対象に含ませ,また純資産変動(資本取 引を除く)を包括的に認識する論理を設定しながら,純利益にあらざる包括利益の計上 領域を作り,本領域を損益計算に組み込ませないようにさせている。さらには「公正価 値」なる概念を設定することによって,検証不能な割引キャシュフローの予測モデルも 市場価値に並ぶものとして正当化しようとする。このような理論が生み出した効果は,対応と配分にもとづく近代会計の理論の場合と比べて,格段に利益計算の弾力化性を押 し進め,これを正当化なものとし,その結果,資産の縮小,負債の拡大,費用の早期計 上,収益の遅延計上の保守主義的な会計選択を促進させた。さらに利益の表示にして も,損益計算書に,ボラテリテイの高い利益を組み込むのを防止する行為を正当なもの
────────────
49 Ibid.,p. 290.
50 Ibid.,p. 317.
51 Ibid.,p. 291.
52 Ibid.,p. 291.
53 Gerald J. Lobo and Jiau Zhou, Did Conservatism in Financial Reporting Increase after the Sarbanes-Oxley Act?
Initial Evidence,Accounting Horizons,2006 March, p. 71.
「保守主義会計の発現形態」再論(村瀬) (265)61
とした。このような概念ステイトメントの理論に合理化されて,多くの「保守主義傾 斜」の会計基準が
FASB
の時代に入ってから設定されるようになった。保守主義会計 実務が,FASBの時代になって大きく普及するようになるのは,このような制度的な理 論と基準によって合理化されているためである。このように見ると,現代会計は,保守 主義とは無縁の姿をとりながら,実は,保守主義が発現した現代的な形態であると見る のが適切であろう。現代会計を「保守主義会計の発現形態」とするのは,本稿が初めてではない。加藤盛 弘教授は,その著『負債拡大の現代会計』において,「現代会計の理論とその理論に支 えられる現代会計基準が最も良く機能するところは,負債の認識領域の拡大であり,そ のことを通しての費用の早期計上であ
54
る」として,「保守主義会計の発現形態」という 言葉こそ用いていないが,まさしく現代会計のなかに保守主義的性質が貫かれているの を見抜かれている。近代会計を「保守主義会計の発現形態」とした根箭重男教授は,加 藤盛弘教授の同志社大学での指導教授であられた。加藤教授の業績から,根箭教授の業 績が思い起され,そこに研究方法の継承と発展があることをうかがい知る。
────────────
54 加藤盛弘『負債拡大の現代会計』森山書店,2006年,4ページ。
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
62(266)