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未就学児における利他行動の心理・神経内分泌基盤に関する研究

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Academic year: 2021

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平成 27 年度

学 位 論 文 ( 博 士 )要旨

玉川大学大学院脳情報研究科 論文題目 未就学児における利他行動の心理・神経内分泌基盤に関する研究 氏 名 藤井 貴之 論文要旨 社会生活の中で人々は、困難な状況にある他者への無償の援助や、遠い国の見知らぬ誰かのために募金 活動を行うことがある。近年では、東日本大震災が起きた後、現地の復興を手伝うために多くの人々がボ ランティア活動に参加したことは記憶に新しい。また、駅構内で車両とホームの間に足を挟まれた女性を 助けるために、周囲の乗客が力を合わせて電車を動かしたという出来事も報道され話題となった。このよ うな自身の不利益を顧みず他者の利益を増やす行動の存在は古くから周知の事実であるが、進化的な観点 から考えた場合に、一見すると自己利益を損なう行動傾向が進化の過程で残っていることは謎であると考 えられる。損失を伴って受け手に利益をもたらす行動について“利他行動(altruistic behavior)”という語が 用いられ、その後多くの研究が行われている(Hmilton, 1963; Trivers, 1971; Nowak, & Sigmund, 1998)。 本研究では、これまで成人を対象とした実験で示されてきた、①他者の監視の効果、②オキシトシン、 という利他行動を支える二つの要因について未就学児を対象に検討することで、未就学児の利他行動の特 徴を明らかにすることを目的として2 つの研究を実施した。

研究1 “情けは人の為ならず”という諺が示すように社会生活の中では他者への親切が別の他者から返 報される状況が存在しており、このような関係性は間接互恵性と呼ばれる(Alexander, 1987; Nowak, & Sigmund, 1998)。間接互恵性が成立している状況では、評判が重要な意味を持つと考えられる。

評判はその人物が他者に対してどのように行動するのかを示す情報となるが、人間は他者との協力関係 を形成・維持していくために社会的相互作用の相手を選択するような認知システムを持つと考えられ (Kurzban, & Leary, 2001)、その選択の際に評判の情報が用いられる。実際、第三者に物を貸してあげたり 服の着替えなどを手伝うといった仲間の行動を見た子どもはその後、その仲間に対して向社会的に振る舞 うことが多いことが示されており(Kato-Shimizu, Onishi, Kanazawa, & Hinobayashi, 2013)、また、実験室実 験においても、人々は他者の行動履歴を元にその者へ利他行動を行うかどうかを決めることが示されてい る(Wedekind, & Milinski, 2000)。これらの知見は、人間には行動する際に他者の評判を考慮する傾向が備 わっていることを示している。

一方でこのことは、他者によって情報として用いられるかもしれない自身の行いについての評判を気に することが社会的相互作用の関係形成にとって重要であることを意味する。この考えを支持するように、 社会的承認が協力的に行動する動機を高めること(Rege, & Telle, 2004)、そして人間は他者が見ている状況 では利他的に振る舞うことが報告されている(Izuma, Saito, & Sadato, 2010)。

こうした傾向について未就学児を対象とした研究も行われており、5 歳児でさえ利他行動における監視 の効果が生じることが示され、5 歳児でも評判を気にするという解釈がなされてきた。しかし、5 歳児では まだ評判を理解するうえで必要な二次的な信念の理解は困難であるため、5 歳児の利他行動は評判への関 心とは別の動機が関与していると考えられる。そこで研究1 では 5 歳児の利他行動の動機に注目し、資源 を分配する独裁者ゲームでの直接監視・間接監視の効果と心の理論との関連を検討するための実験を行っ た。幼稚園の年長クラスから42 名(男児 17 名,女児 25 名,平均月齢 70.4 ヶ月)が実験に参加し、独裁者 ゲームと心の理論課題が実施された。実験の結果、5 歳児でも直接監視の効果が見られた一方で、他者がい ない状況である間接監視条件では監視の効果は見られなかった。また、殆どの参加児が二次的な信念を理 解できておらず、間接監視の効果との関連も見られなかった。結果からは、間接監視状況では目の前に他 者がおらず、他者からの直接の反応(例:叱られる)がないため監視の効果が生じないと考えられ、5 歳児 の利他行動においては評判への関心ではなく、罰の回避などの目の前に存在する他者からの直接的な反応 への関心によって動機づけられていることが明らかになった。

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研究2 オキシトシンは視床下部の室傍核、および視索上核で合成され、下垂体後葉から分泌されるホル モンであり(図9)、これまで子宮の収縮や母乳の促進といった出産や育児の際に関与するホルモンである ことが知られてきた(Takahashi, Diamond, Bieniarz, Yen, & Burd, 1980; Grewen, Davenport, & Light, 2010; Galbally, Lewis, IJzendoorn, & Permezel, 2011)。しかし近年、男性においてもオキシトシンは微量に存在し、 脳内においては社会性を調節する役割を持つことも明らかにされてきた(Neumann & Slattery, 2015)。これ までの研究によって、オキシトシンは親の養育行動(Feldman, 2015)、社会的絆の形成(Insel, 2010; Feldman, 2012)のみならず、信頼行動(Kosfeld, Heinrichs, Zak, Fischbacher, & Fehr, 2005; Baumgartner, Heinrichs, Vonlanthen, Fischbacher, & Fehr, 2008)や他者への気前良さ(Zak, Stanton, & Ahmadi, 2007)を促進し、心の 理論の機能を高めるといった結果も報告されている(Domes, Heinrichs, Michel, Berger, & Herpertz, 2007)。 また、オキシトシンには内集団びいきを増長する役割があり(De Dreu & Kret, 2015)、オキシトシン鼻腔 内投与が協力行動に及ぼす効果が男性と女性で異なることを報告している(Rilling et al., 2012; Rilling et al, 2014)。

これらの知見をふまえ、研究2では未就学児の内集団と外集団に対する利他行動と、sOT の関連を検討 することを目的とした。オキシトシンは社会性の中でも、特に内集団に対する利他行動に関わっているた め(De Dreu et al., 2010; Ma et al., 2014; Luo et al., 2015; De Dreu, & Kret, 2015)、未就学児でも同様に sOT は 内集団メンバーに対する利他行動とポジティブに関連することが予想される。さらに、先行研究は社会的 行動におけるオキシトシンの作用について性別ごとに特有な影響があることを示しているため、本研究で もsOT と利他行動の関係の間に性差が見られるのかどうかについても検討を行った。 幼稚園および保育園の年少、年中、年長のクラスから50 名(男児 24 名、女児 26 名、平均月齢 56.9 ヶ 月)を対象に、未就学児の利他行動とsOT との関連を検討するための実験を行った。オキシトシンは 内集団びいきに関わることから、クラスメイトあるいは見知らぬ子どもと自身の間で資源を分配する ゲームを用いた課題と、sOT の測定を実施した。実験の結果、内集団メンバーに対する利他行動につい ては、女児ではsOT レベルが高いほど内集団メンバーに対する提供個数が多いというポジティブな関連が 見られ、一方で男児ではsOT レベルが高いほど提供個数が少ないというネガティブな関連が見られた。ま た外集団メンバーに対する利他行動については、男児ではsOT レベルが高いほど提供個数が少ないという ネガティブな関連が見られた一方で、女児ではそのような関連がないことが明らかになった。これらの結 果はsOT レベルは女児においてのみ内集団メンバーに対する利他行動と関連し、男児では相手が内集団メ ンバーであるか外集団メンバーであるかに関わらず利他行動とネガティブに関連することを示している。 子どもを対象とした先行研究では、自由遊び場面における親との社会的相互作用とsOT レベルとの関連が 示されていたが(Feldman et al., 2013)、子どもにおいて内集団・外集団メンバーに対する利他行動と sOT レベルとの関連を示したのは知る限りでは本研究が初めてである。らに本研究は、内集団メンバーに対す る利他行動におけるオキシトシンの影響には性差が存在することを示している。この結果は、オキシトシ ンが性別ごとに特有の様式で社会的行動への影響に機能しているとの考えを支持する(Rilling et al., 2012; Rilling et al., 2014; Scheele et al., 2014)。

まとめ 本研究では、2 つの研究を通じて未就学児における利他行動の心理的・神経内分泌基盤について の検討を行った。研究1では未就学児の利他行動が成人と同様に監視によって促進される一方で、社会的 刺激としての目の絵による間接的な監視の効果は生じないことを示した。研究2では未就学児の利他行動 には神経ペプチドのオキシトシンが性別ごとに異なって関連することを示した。本研究の知見は、人間に とっての利他行動が持つ意味を進化的に考察する際に、性別で異なる意味を持つ可能性を説明する上で重 要な知見となる。また、そうした性差の原因となっている可能性があるホルモンとしてのオキシトシンの 重要性を示しており、個体の行う利他行動の生起プロセスについての説明に寄与するものと思われる。さ らに、利他行動の発達的な観点においては心の理論の発達との関連を示唆する結果が見られた。今後、本 研究で対象とした年齢よりもさらに年長の、児童期の利他行動を対象とすることで、心理的基盤としての 心の理論の発達との関連を検討すること、そして、神経内分泌基盤としてのオキシトシンが思春期を通じ てそれぞれの性別において示す特徴を明らかにしていくことで、利他行動の発達的変化を示すと同時に、 そうした変化をもたらす生理的機序の解明が進むことが期待される。

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