• 検索結果がありません。

第3章

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "第3章"

Copied!
61
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

第3章

外国援助・開発による クミッラ県ダウドゥカンディ郡農村居住者 へのインパクト-貧富格差のダイナミクス-

第1節 はじめに

第2節 貧困層の生活状態

第3節 富裕層(既得権益集団)の生活状態 第4節 章括

第1節 はじめに

この章では、前章で見た日米主導に援助や農村開発が、クミッラ県ダウドゥカンディ郡農村居住者の 生活状態にどのような影響を及ぼしているのかということを現地での実態調査から明らかにする。前章 で見たように、クミッラ県はアメリカ主導による「コミラモデル」によって「緑の革命」がいち早く導 入された地域である。それに伴い、化学肥料・農薬のほか、地下水揚水灌漑設備が他県に先駆けて普及・

拡大している。また、こうした近代農法のみならず、コミラモデルの一環として導入されたRural Works

Programmeによって橋梁・道路建設も他県に先駆けて実施されている。さらに、日本ODA(無償資金

協力)によって首都ダッカとクミッラ県を結ぶ「メグナ橋、メグナ・グムティ橋」が建設され、当該地 域での交通が至極便利になったことから交通量は激増している。その後、日本 ODA(無償資金協力)

によって供与された「モデル農村開発計画」は、これまでの日米による援助・開発の延長線上にあると 考えられるが、その主たる対象地域として選定されたダウドゥカンディ郡の状況を見ると、開発がより 積極的に行われたユニオンほど近代農法の普及・拡大に力が注がれている。

しかしながら、こうした外国主導による援助・開発は、当該地域に居住する貧困層のwell-being実現 に向けて何らかの形跡を残してきたのであろうか。外国主導の援助・開発により富を独占しているのは、

一部の既得権益集団のみとなっているのではないだろうか。これまでの先行研究を見る限りでは、この ような視点からの研究・調査は実施されてこなかった。よって本章では、クミッラ県ダウドゥカンディ 郡に居住する貧困層から行った聞き取り調査と、既得権益集団から行った聞き取り調査・アンケート調 査を通して、外国援助・開発による農村居住者へのインパクト、とりわけ貧富格差のダイナミクスを実 証したい。

第 2 節 貧困層の生活状態

2.1 近代農法普及による雇用機会の喪失

2.1.1 ダウドゥカンディ郡の特徴-援助・開発と農作物栽培状況

ダウドゥカンディ郡の人口は、1996年7月時点で52万5000人、世帯数は8万8000と推定されて おり、26ユニオン、273モウザ、476 村からなる1。この郡の特徴は、アメリカ主導によるコミラモデ ルのみならず、日本ODA(無償資金協力)による「モデル農村開発計画」によって近代農法が普及・拡大 してきたということである。それらは、農村居住者の生活状態を左右する農作物の生産状況にどのよう な影響を及ぼしているのであろうか。基本統計より概観してみよう。

1 BBS, 2001b:p.18. なお、総面積、農地面積、河川面積、標高は第2章で見たとおりである。人口(1981 年、1991年)、人口増加率、人口密度、土地なし農民の割合、就学率、識字率、病院数についても、バングラ デシュ平均との比較から第2章で考察している。

(2)

表3-1は、ダウドゥカンディ郡と同郡26ユニオンの耕作地面積及び農作物別総生産量(1996年1~

12月)について見たものである(各群の場所は、地図3-1参照)。郡全体の農作物の中で生産量が最も 多いのは米で、全体の50.8%を占めている。これに続いて、じゃが芋、小麦、ジュート、菜種油、香辛 料となっている。これらの中で、じゃが芋やジュートの生産量は、近代農法導入以降減少していると言 われている。バングラデシュ独立以前からこの郡の状況を見てきたA氏の話では2、外国主導の援助や開 発によって近代農法が普及・拡大される以前、同郡ではジュート栽培と手織機が盛んに行われており、

中でもルンギやサリーの需要が多く見られた。こつこつと機を織る人々は、それらを、豊富な漁獲量を 誇っていたエビや魚と交換するなどして生活を営んでいた。しかしながら、近代農法の導入以降、ジュ ート栽培は徐々に減少させられていった。また、輸入の自由化や貨幣経済の浸透が急速に進められる中 で、大量生産されたインド製品が手織機製品よりも安価で流通するようになり、人々はそちらを購入す るようになっていった。こうした背景から、手織機製品への需要は激減し、この地域での手織機の時代 も終わりを告げた。そして今日、バングラデシュ全土を見ると、既製品は主として工場で生産されてい るが、その数も減少傾向にある。

一方、じゃが芋の栽培に関しては、化学肥料や農薬を大量投入するようになってから栽培コストがか さむようになっており、利益は少なくなっている。また、冷蔵倉庫などを所有している既得権益集団は、

じゃが芋が市場に安く出回る乾季にそれらを買占め、じゃが芋の値段が上がる雨季にそれらを市場に出 して利益を得ている。後述するように、同郡では雨季の労働需要が少ないのであるが、このような近代 的投入物による価格の高騰は、貧困層の生活状態をより困窮化させている。

さて、米の多収穫新品種の内訳を見ると、雨季に作付けされるアウス稲(12.2%)、アモン稲(11.4 %)

の生産量と比較して、乾季に作付けされるボロ稲(76.4%)の生産量が圧倒的に多くなっていることが 分かる。こうした数値からも、雨季の農業における労働需要が減少していることを伺い知ることができ る。ただし、こうした生産比は、各ユニオンによっても多少の違いが見られる。

つまり、1口にダウドゥカンディ郡と言っても農作物の生産状況は各ユニオンによって異なっている。

中でもHYVボロ稲の生産量が圧倒的に多いのは、ユニオン-1(1,393トン)、ユニオン-6(1,492トン)、

ユニオン-8(1,440 トン)、ユニオン-9(1,089 トン)、ユニオン-10(1,470 トン)、ユニオン-13(1,288 トン)、ユニオン-19(2,132 トン)の計7ユニオンである3。これら7ユニオンでの総生産量は1万303 トンで、郡全体の総生産量に占める割合は62.4%にも達している。つまり、ダウドゥカンディ郡で生産 されるHYVボロ稲の6割以上が、これら7ユニオンで生産されている。

これに対して、在来種による作付け状況を見ると、郡の北に位置するユニオン-4(2,333トン)、ユニ オン-12(1,714 トン)や南に位置するユニオン-18(1,988 トン)のほか、ユニオン-20(1,704トン)、 ユニオン-26(1.668トン)の生産量が圧倒的に多くなっている。

ここで両者を比較すると、鮮明な違いが明らかになる。それは、①外国主導による援助・開発との関 係、②交通網、③耕作地面積に対する農作物の生産性、④豆生産量への影響である。この4点について、

HYVボロ稲生産量の多い7ユニオンから考察してみよう。

先ず、7ユニオンのうち5ユニオンには、モデル農村開発計画と密接に関係している既得権益集団が 居住している。彼らは、援助によるさまざまな開発を誘致するうえで強い影響力を持っている。つまり、

HYV ボロ稲が普及・拡大した背景には、外国主導による援助・開発と密接に関係している既得権益集 団の存在があると考えられる。その他、ユニオン-19 にも某富裕層が居住している(彼はユニオン評議 会議長を務めているが、居住者に高額な税金支払いを要求している)。

次に、援助との関係で整備された交通網との関係である。同郡が日本ODAによって建設された「メ グナ・グムティ橋」に隣接しており、この橋が完成してから交通が至極便利になったこと、車輌が激増 していることは前章で述べたとおりである。そのうえ特筆すべきことは、HYV ボロ稲の生産量が多い

2 2005年12月29日の聞き取り調査による。

(3)

7ユニオンのうち、4ユニオンがダウドゥカンディ郡を東西に横断する主要幹線道路に隣接していると いうことである。その他、2つのユニオンも、日本ODAによるモデル農村開発計画と関連している。

ユニオン-10 では、モデル農村開発計画による小学校供与に伴い、主要幹線道路から小学校に至るまで の道路が整備されている。同様の状況は、ユニオン-1でも見てとれる。前章でも述べたように、ダウド ゥカンディ郡北に位置しているホムナ郡には、モデル農村開発計画の一環として小学校が1校供与され ている。それに伴い、主要幹線道路からホムナ小学校に至るまでの道路及び橋梁が建設されているが、

この道路は、ユニオン-1と隣接するユニオン-14から北に伸びており、なおかつ、ユニオン-1を横断し ている。こうした状況から、多収穫新品種の普及・拡大は、道路・橋梁建設の整備・拡大とも密接に結 びついているということが分かる。こうした手法は、近代農法の普及・拡大のみならず、Rural Works

Programme によって道路及び橋梁建設に力が注がれてきたコミラモデル同様の手法となっている。

ところが、耕作地面積を1とした場合の農作物の生産性は、10- ユニオンの1.5倍が最高値であり、

ほかのユニオンでは、1.1 倍から1.3 倍の範囲内に止まっている。これは、多収穫新品種が普及・拡大 した地域において農作物の生産性が低くなっていることを示している。また、これら7ユニオンでは、

豆の生産量が激減している。というのも、多収穫新品種と豆の同時栽培が出来ないからである。

こうした状況に対して、在来種の生産量が多いユニオンは、主要幹線道路から離れた場所に位置して いる。とりわけ、その生産量が最も多いユニオン-4は、ユニオン-12と隣接して同郡の最北端に位置し ている。そのうえ、両郡は河川に囲まれるようにして位置しているため、雨季には地の利が悪く、船を 乗り継いで移動しなければならない。こうした背景から、外国主導による援助・開発が入りにくい条件 下にあると考えられる。そして、在来種の生産量が多いこれら5ユニオンの耕作地面積に対する農作物 の生産性は1.8~2.0倍となっており、高い数値を示している。その他でも、在来種による生産量が多い 各ユニオンでは、耕作地面積に対する生産性が高い。これらの基本統計から、在来種の作付けを維持し てきたユニオンは、多収穫新品種を普及・拡大してきたユニオンよりも高い生産性を維持しているとい うことが分かる。また、豆の栽培によって地力は培養されると言われているが、在来種の生産量が最も 多い5ユニオンでは、豆の生産量も多くなっている。

以上見たように、HYVボロ稲の普及・拡大は外国主導による援助・開発と密接に関係しており、それら は農作物の生産性や豆生産量に悪影響を及ぼしている。さらに、HYVボロ稲を推進してきた地域では、

雨季の水稲栽培を減少させる傾向があるが、中でもユニオン-8のN村では、2004年12月時点で雨季の 水稲栽培を全く行っていない。この村でHYVボロ稲栽培を積極的に推進してきたのは、モデル農村開発 計画とも関係の深いW氏である。彼は、農地、屋敷地の他、池、果樹木、動力ポンプを所有しており、

常時住み込みのメイドを雇用している。彼によると、HYVボロ稲栽培に要する諸経費は年々かさんでお り、農地1カニ当たりの必要諸経費は、少な目に見積もって化学肥料に 500~1,000 タカ、灌漑用ポン プの賃貸料に30~40タカを要するということであった。そして、こうした投資を行っているにも関わ

らず、HYVボロ稲の生産性は年々落ちていると言う。そのため、化学肥料に依存しない農業方法を模索

し始めているが、消耗した農地を回復させるにも経費と時間を要するということであった4。このことに ついて、現地で実際に多収穫新品種の作付けに関わってきた複数の人々から聞き取り調査を実施したが、

いずれも「化学肥料の大量使用に伴う土壌の悪化」を生産性低下の原因として指摘している。とりわけ、

コミラモデル導入以降から長期に及んで化学肥料や農薬を投入し続けてきた農地ほど土壌の悪化が進ん でおり、それらの投入量は増加の一途を辿っている。そのため、各農家での支出も膨らむ一方であり、

近代的投入物に要する費用が生産高を上回ることもあると言う。

そのうえ、同郡では、早い時期から灌漑設備を使用してきた地域ほど地下水の砒素による汚染が深刻 となっているが、HYV ボロ稲生産を推進しているユニオン-6、ユニオン-8、ユニオン-9、ユニオン-10 で使用できる井戸を探すことは容易ではなかった。そのため、農村居住者の多くは、生活排水の全てが 注ぎこまれる池や川の水を使用せざるを得ない状況下におかれている。

4 N村でのW氏からの聞き取り調査による(2000年8月、2002年8月、2004年12月、2005年1月)。

(4)

表3-1 : ダウドゥカンディ郡-26ユニオンの耕作地と農作物収穫量(1996年1~12月)

耕作地面積:エーカー、農作物生産量:トン 地域

農作物

郡全体 ユニオン

-1

ユニオン

-2

ユニオン

-3

ユニオン

-4

ユニオン

-5

ユニオン

-6

ユニオン

-7

ユニオン

-8 耕作地面積(エーカー) 56,500 1,712 1,919 1,998 3,184 2,110 2,391 1,820 1,663

農作物総生産量(トン) 87,454 2,095 2,966 2,711 5,681 2,600 2,988 2,966 1,752

耕作地対総生産量 1.5 1.2 1.5 1.4 1.8 1.2 1.3 1.6 1.1

2,641 3 50 3 40 14 19 5 0

2,460 5 57 122 146 92 7 75 5

HYV ①アウス

アモン

ボロ 16,508 1,393 543 698 434 128 1,491 811 1,440

HYV合計①~③) 21,609 1,401 650 823 620 234 1,517 891 1,445

在来種 22,739 131 436 466 2,333 1,112 160 321 46

米合計(HYV+在来種) 44,348 1,532 1,086 1,289 2,953 1,346 1,677 1,212 1,491

小麦 10,180 166 376 406 889 451 201 198 74

6 0 0 5 0 0 0 0 0

じゃが芋 10,568 40 217 109 195 148 195 372 18

野菜 2,188 2 109 28 162 105 260 95 22

スパイス 5,578 126 509 373 549 245 65 120 39

豆 1,709 1 99 27 342 12 2 20 4

菜種油 5,850 93 265 118 418 168 151 477 61

サトウキビ 71 2 3 1 1 0 5 6 2

ジュート 6,721 132 294 351 165 119 417 344 41

コットン 7 0 1 0 1 0 1 0 0

地域 農作物

ユニオン

9

ユニオン

10

ユニオン

11

ユニオン

12

ユニオン

13

ユニオン 14

ユニオン 15

ユニオン

16

ユニオン 17 耕作地面積 1,443 3,615 1,113 2,346 1,904 1,223 1,668 2,471 1,598 総生産量 1,812 5,378 1,554 4,123 1,965 1,824 3,028 3,867 2,807 耕作地対総生産量 1.3 1.5 1.4 1.8 1.0 1.5 1.8 1.6

7 95 13 1 1 97 3 3 1

17 20 17 18 23 78 25 496 6

HYV ①アウス

アモン

ボロ 1,089 1,470 247 563 1,288 11 145 374 351 HYV合計①~③) 1,113 1,586 277 582 1,312 186 173 873 358

在来種 247 859 581 1,714 228 1,004 1,456 1.240 1,234

米合計(HYV+在来種) 1,360 2,445 858 2,296 1,540 1,190 1,629 2,113 1,592

小麦 27 633 287 545 175 4 431 522 361

0 0 0 0 0 0 0 0 1

じゃが芋 83 731 72 237 90 302 189 141 171

野菜 178 52 16 79 27 2 110 400 400

スパイス 62 298 156 323 47 30 201 154 154

0 30 17 256 7 4 123 66 66

菜種油 24 465 46 301 61 264 247 45 45

サトウキビ 0 4 2 1 0 0 1 0 0

ジュート 76 712 96 83 19 25 91 16 16

(5)

コットン 0 0 0 0 0 0 0 0 0

地域 農作物

ユニオン -18

ユ ニ オ ン

19

ユ ニ オ ン

20

ユ ニ オ ン

21

ユ ニ オ ン

22

ユ ニ オ ン

23

ユ ニ オ ン

24

ユ ニ オ ン

25

ユ ニ オ ン

26 耕作地面積 4,055 3,443 2,251 1,831 2,502 2,052 1,768 1,802 2,620 農作物総生産量 7,611 4,164 4,416 3,334 3,590 3,048 3,088 3,337 4,749 耕作地対総生産量 1.9 1.2 2.0 1.8 1.4 1.5 1.7 1.9 1.8

284 4 38 15 768 1,119 20 16 23

504 27 184 48 10 14 78 132 253

HYV ①アウス

アモン

ボロ 668 2,132 51 8 11 3 526 297 337

HYV合計(①~③) 1,456 2,163 273 71 789 1,136 624 445 613

在来種 1,988 319 1,704 1,466 331 247 569 880 1,668

米合計(HYV+在来種) 3,444 2,482 1,977 1,537 1,120 1,383 1,193 1,325 2,281

小麦 810 481 573 379 290 181 317 553 752

0 0 0 0 0 0 0 0 0

じゃが芋 1,920 139 1,010 254 1,369 697 493 512 864

野菜 53 142 31 49 9 8 44 92 32

スパイス 217 244 211 480 119 70 202 170 235

71 15 95 24 12 9 33 50 135

菜種油 431 263 215 197 213 276 360 274 215

サトウキビ 9 3 2 7 9 4 3 3 2

ジュート 621 376 285 371 446 416 439 350 224

コットン 1 0 0 0 0 1 1 1 0

注1: HYV総生産量、米総生産総量、耕作地対総収穫量はデータに基づき算出している。

2:1996 年時点のユニオン総数は 26 で、ユニオン名は、1-Ziarkandi、2-Balarampur、3-

Karaiakandi、4-Barakanda、5-Bitikandi、6-Uttar Daudkandi、7-Dakshin Daudkandi、

8-Uttar Elliotganj、9-Dakshin Elliotganj、10-Goalmari、11-Kalakandi、12-Gobindapur、

13-Jinglatali、14-Gauripur、15-Uttar Jagatpur、16-Dakshin Jagatpur、17-Lutar Char、

18-Maruka、19-Majidpur、20-Paschim Mohammadpur、21-Narayandia、22-Purba Panchgachhia、23-Paschim Panchgachhia、24-Barapara、25-Sundalpur、26-Mohammedpur Purbaである。その後18-Marukaユニオンが2つに分かれ、Butesharユニオンが誕生している。

なお、各ユニオンのスペルは、出典や年度によっても異なる。

出所: Bangladesh Bureau of Statistics, Zila Series Comilla, Census of Agriculture-1996, May, 2001, pp.539-546.より作成。

(6)
(7)

このように、外国主導によって導入・普及してきた近代農法は生態系にも影響を及ぼし、農村居住者 の生活に影響を及ぼしている。そして近年では、「コミラモデル導入以降の外国主導による援助・開発が、

農作物の生産性に悪影響を及ぼしてきた」と認識している既権益集団も見られる。彼らの中には、外部 から押し付けられた近代農法から離れ、伝統農法に戻らなければならないほどに緊迫した事態がさし迫 っていると認識している人もいる。そのため、化学肥料や農薬に依存しない農業方法を模索し始めてい る人もいるが、上述した W 氏が言うように、近代的投入物によって悪化の一途を辿ってきた農地を回 復させるにも相当な時間と経費を要する。

いずれにしても、乾季のHYVボロ稲栽培には、農地はもちろんのこと、化学肥料、農薬、灌漑用ポン プ等相当な経費が必要となる。そのため、こうした近代農法は、自らの農地を所有しない貧困層になし 得るものではない。既得権益集団の中には、日傭の農業労働者のことを「必要とされる時だけ労働して 日当を得るのみの人たち」ととらえている人もいる5。しかしながら、前述したように、HYVボロ稲栽 培を推進している地域では雨季における農業労働の需要が減少傾向にある。そのうえ、外国援助によっ て導入される農業用機械によって、貧困層の雇用機会はますます狭められているのである。

2.1.2 ダウドゥカンディ郡の7村-30世帯・210人

(2000年8月個別訪問調査、2004-06年追跡調査)

(1)調査方法-貧困層に到達するまでの経緯

2000年8月、クミッラ県に滞在してダウドゥカンディ郡7村に居住する貧困層30世帯を個別に訪問 し、聞き取り調査を実施した。これら貧困層の全員が読み書きを苦手としており、アンケート調査6は不 可能であった。

調査対象地域は、原則としてこれまでに実施されてきた外国援助と関係のある地域とし、この条件に あった6村を前JICA専門家のK氏とTCCAインスぺクターのS氏(K氏による紹介)が選定した。

K氏は初日(8月12日)のみ、S氏は村への道案内として農村での全調査に同行している。S氏は、仕 事柄ダウドゥカンディ郡の村々を回っており、なおかつ既得権益集団との親交が厚い。そのため、各村 に通じる道の他、既得権益集団それぞれの居住先から生活状態に至るまでの詳細を把握している。だが、

S氏、K氏とも貧困層に知人がいないということであった。そこで、K氏のアドバイスから、各村で調 査目的を説明し貧困層の居住先を尋ねるという方法を採ったが、貧困層に到達するまでにはいくつかの 段階を経なければならなかった。また、3 ユニオン評議会で貧困層の多い村を尋ねたが、いずれも「P 村」という回答であったことから、当初予定にはなかったP村を調査対象地域として追加した。

先ず、農村での聞き取り調査初日、1999年に訪問したV村KSSマネージャーを尋ねた。彼は2度目の 訪問を歓待し「先ず自宅へ」と招待してくれたが、今回の調査では貧困層の生活状態を把握したいとい うことを伝えた。同様の状況は他の村でも見られたため、再三に渡って調査目的を説明しなければなら なかった。既得権益集団の多くは、わざわざ日本からバングラデシュ農村に足を運ぶのみならず、貧困 層宅にまで出向くという行為に、違和感、もしくは可不思議な感情を抱いているようであった。そこに は、雨季の8月にあって、暑くて暗い貧困層の家屋内に客を招き入れるのは忍びない、という気遣いも あった。また、バングラデシュでは大学教員自らが農村の実態調査に出向くことは極めて稀なことでも あった7。何よりも、当該地域では、外国援助・開発による農村居住者へのインパクトについて、農村の

5 現地での調査による。

6 識字の有無に関わらず、大規模なアンケート調査にはいくつかの問題点が見られる。例えば、統計学的見地 から示されたデータのみを通して現状を考察・分析する際に被調査者の声がないがしろにされてしまう。そ の他、アンケート調査における問題点については、チェンバーズ、1995年:98-148頁を参照されたい。また、

調査に際して、チェンバーズがアウトサイダーと農村の貧困全般との接触を妨げるものとして指摘している 6バイアス(場所、プロジェクト、人、乾季、外交、専門領域)を参照している(チェンバーズ、1995年:

19-64頁, Chambers, 1983:pp.1-27.)。

7 「バングラデシュの大学教員は何をしているのか分からないが、自らが農村の現地調査になど出向くことは

(8)

貧困層から聞き取り調査が実施されてこなかった。

こうした状況の中で、多くの貧困層は、生まれて初めて見る外国人への好奇心と「自分たちの生活状 態を1軒1軒聞き歩くことが不思議でならない」といった様子を露にしていた。だが、訪問を拒否され たり、不信感や警戒心を抱かれたりすることはなく、どの地域においても、遠方からの客を迎え入れる 温かさがあった。人々は協力的で、風通しの悪い屋内を避け、戸外で調査が出来るようにと、どこの村 でも近隣同士が協力してゴザや椅子を用意してくれた。また、屋内であっても、戸外であっても、調査 は大勢に囲まれて行うのが常であった。当該地域の貧困層は近隣関係が密であり、それぞれの生活状態 を相互に把握している。そのため、各家族への個々の質問に対して複数の回答が飛び交うということも よく見られた。とりわけ、農村に居住する子どもたちは実に人なつこいもので、徒歩で移動するたびに 子どもの数が膨れ上がるのである。そこには、見ず知らずの外国人に対する警戒心は微塵も感じられな かった。また、調査中に、子どもたちが物珍しさから筆者の鞄等に触れようしただけで「人の物に触っ てはならない」と大人たちが叱責する。さらに、子どもたちが押し合うと大人たちが注意するのである が、その声のほうが騒々しいこともまま見られた。なお、調査項目等の詳細は、以下の調査内容を参照 されたい。

(2)調査内容-貧困層・家族成員の生活状態

表3-2は、上述した7村に居住する30世帯に対して行った個別訪問調査内容について見たものであ る。それぞれの調査項目ついて、以下考察したい。

① 年齢と識字・就学状況

農村に居住する貧困層の中で、自分と家族成員の年齢を正確に把握している人はいなかった。そのた め、人々にとって印象深い年、すなわち、記憶に新しい大洪水(1998年)、10年前の大洪水(1988年)、 独立・解放戦争(1971年)を手がかりとし、「1971年にこのお子さんは生まれていましたか。10年前 の大洪水のときに一緒に生活していた子どもは誰と誰ですか」等への回答からそれぞれの年齢を推定し た。そうした中で「この子はいくつに見えますか」という質問を受ける機会は多くあったが、農村に居 住する子どもたちはおおむね身体的成長が遅れており、容易には検討がつかなかった。そのうえ、就学 中の子どもたちも自分の年齢を把握していない8。よって、年齢を確認するだけでも相当な時間を要した。

こうした事情から、表3-2に記載した年齢は全て推定年齢となっている9

では、父母の識字・就学状況はどのようになっているのであろうか。先ず父親の識字・就学状況を見 ると、30人のうち11人が就学経験を有している。その内訳を見ると、クラス5が4人(事例1、事例 めったにない。にも関わらず『忙しい』と口にする。一体全体何に忙しいのだろう」という例を引く人もい た。

8 調査中あるいは徒歩での移動中、傍にいる子どもたちに年齢を尋ねたが、首を横に振り「分からない」と言 うのみであった。このとき、子どもたちの多くがうつむき加減であったことから、次年度以降の農村調査で はこのような方法は避けている。

9 年齢を把握できていないということの背景には非識字による問題もあるが、いくつか留意しなければならな いことがある。その1つは、バングラデシュ社会では日本ほど年齢を重視していない側面もあるということ である。日本に留学経験のあるA氏は「日本人はよく年齢を問いますが、私の年齢も推定になっています。

バングラデシュは日本ほど年齢を重要視する社会ではありませんから」と話していた(2004年12月)。また、

成人女性に年齢を聞くのはタブーとされていることから、年齢について考える機会も少ないということであ る。一方、子どもの労働が禁止された衣類縫製品工場では、雇用主や職を失えない子どもたちが年齢を偽る こともある。2003年8月26日に訪問した衣類縫製品工場では、確かに年齢よりも幼く見える子どもたちも 労働していた。また、子どもたちに年齢を尋ねると、スタッフが代わりに回答するのが常であった(その場 に応じて年齢を使い分けているという側面もある)。

(9)

2、事例7、事例12)、クラス4が2人(事例19、事例20)、クラス3が1人(事例30)、クラス2が

3人(事例15、事例16、事例21)となっている。つまり、就学経験のある人々でも初等教育レベルに

止まっており、中等教育に進学した人は見られなかった。これら10人のうち、1人は既に他界している。

他9人の識字について確認すると、事例7の父親は簡単な読み書き算が理解できていないようであった。

一方、事例 19 の父親は調査対象者の中で唯一の被雇用者であり、労働条件や借金の総額・利子等を正 確に把握している。だが、その他の人々は、自分の名前を書くことができる以外は、ごく簡単な計算が できる程度である。

次に、母親の識字・就学状況を見ると、就学経験があるのは僅か2人で、クラス4が1人(事例11)、

クラス2が1人(事例16)となっている。この2人の識字について確認すると、事例16の母親は自分の 名前を書くことができるが、事例 11 の母親は「学校に通ったのは随分前のことなので、読み書きにつ いては覚えていない」と言う。就学経験のない女性たちは、簡単な計算さえ分からず、殆どの人が自分 の名前さえ書いたことがないということである。このことは、男性と比較して女性の就学機会が剥奪さ れてきたことを示している。事実、農村に居住する成人女性たちは「貧しかったので就学どころではな かった」と回答している。

いずれにしても、識字・就学に関する聞き取り調査から明らかになったことは、農村に居住する成人 男女の非識字による問題がいかに深刻であるかということである。これらの人々は、経済的理由から就 学機会を喪失した人々である。そのため、借金に対しての利子計算が出来なかったり、自分でサインが 出来なかったり、記載されている数字が読めなかったり、といった状況を余儀なくされている。このよ うな、読み書き算ができないという貧困層の弱みにつけこみ、借金に対して不当な利子を請求したり、

数字をごまかしたりする高利貸しも存在している。多くの貧困層は、こうした生活上の不利を味わって いるがゆえに「自分の子どもには教育を受けさせたい」と回答している(第4章参照)。一方、こうした 読み書き算数を苦手とする貧困層は、生活するうえでの知恵を何ら持っていないというわけではない。

また、子どもを育てるうえでは、伝統的に受け継がれてきた知識等の伝授も含め、家族や近隣が協力し あっていることから、無知によるネグレクト等の問題は見られなかった(この点に関しては、孤立した 状況下での子育てを余儀なくされがちな日本とは大いに異なっていると言えよう)。

② 就業状況

個別訪問調査を行った30世帯の中で、母子世帯は6、父子世帯は0、その他24が父母のいる世帯と なっている。これらの中で、保護者が現金収入を得ているのは 20 世帯となっている。それらは全て父 母のいる世帯となっているが、そのうちの19世帯は父親のみが現金収入を得ている。ほか1世帯(事例 14)は父親が複数の自己雇用や雑業を行っており、母親が農作業の季節労働に携わっている。

先ず、雇用形態別に見ると、上述したように1人(事例19)のみが常勤雇用となっている。その職種は トラック運転手で、給与は1ヵ月の固定給が1,000タカ、それにダッカ-チッタゴン間の移動1回につ き200タカが加算されている。そうすると1ヵ月の平均給与は5,000タカ前後になるということで、自 己雇用や日雇い労働による収入よりも多くなっている。だが、交通法規などないも同然の社会で車輌が 急増し、交通事故が頻発していることから10、家族は常に父親の帰りを案じている。

その他19人は自己雇用と日雇い労働となっており、職種は、リキシャ引き-7人(1人は兼業)、日 傭の農業労働-4 人(2人は兼業)、建設作業(補助を含む)-3人(1 人は兼業)、魚行商(漁獲を含 む)-3人、茶店-2人、レンガ割り(1人-兼業)、アイスクリーム行商(1人-兼業)、サリー行商

-1人、薬草関係-1人となっている。既に他界している男性たちの職種は、日傭の農業労働-3人、竹 細工-1人、ジュート行商-1人、不明-1人であった。

これらの中でも、リキシャ引きは長時間・重労働となっている。彼らは、おおむね早朝6時から仕事

10 外国援助・開発は、車輌増加を先導していると言えよう。道路や橋梁建設はその最たる例である。また、

先進諸国の援助関係者は、よりボディの強い高価な車輌を好む。交通事情を憂慮しての選択ではあるが、大 多数の貧困層の生活状態とはあまりにも乖離している。

(10)

を始める。昼食を兼ねた休憩をとってはいるが、労働は深夜21~22時頃にまで及ぶ。日当は乾季で80 タカ前後、陸路での移動が制限される雨季には 50タカ前後となっている。また、リキシャ引きの多く は自らのリキシャを所有していないので、収入の中からリキシャの賃借料金を支払わなければならない。

この長時間・重労働であるリキシャ引きは、貧困層の生活を維持するうえでの最終手段と言われている。

男性たちは、「何もなくなったらリキシャを引くしかない」と口にする。実際に、7人のリキシャ引きの 中で5人(事例5、事例12、事例13、事例14、事例15)は農地を全く所有していない。だが、車輌増 加による影響を受け、リキシャへの需要も減少しつつある。また、貧困女性はその最終手段に足を踏み 入れることさえ出来ない。

次に、日傭の農業労働について見てみよう。調査内容から明らかなように、日傭の農業労働者が雇用 されているのは乾季のみとなっている。このことは、近代農法に力を入れてきたがゆえに雨季の労働需 要が減少し、貧困層の雇用機会がより狭められているという事実を示している。日当は、男性の場合お おむね 50 タカが支給されるほか、食事が提供されている。労働時間は早朝から日没までとなっている が、中には15時から16時前後に1日の労働を終了させる雇用主も見られるということである。さて、

日傭の農業労働者4人の中で、農地を所有しているのは1人(事例18)のみである。彼は数カニの農地 を四男とともに耕作して農作物を栽培し、自家消費の一部にあてている。また、2 人は農地を全く所有 していないが、そのうち1人(事例1の父親)は建設作業、他1人(事例14の父親)は自己雇用や雑 業を兼業している。さらに、事例9の父親は1カニの農地を借用しているが、そこで使用する種子や肥 料も借金して購入している。彼は、日傭の農業労働だけでは生活できないと考え、知人を頼って一時期 単身でダッカに行き、工場で住み込みの労働をしていた。1日の労働時間は早朝6時から13時、さらに 夕方18時から翌朝1時までの長時間に及び、収入は2つの時間帯を合わせても1日75タカにしかなら なかった。そのうえ、故郷や家族と離れての生活は大変であったという。彼のように、農村に家族を残 して単身でダッカに移動し、出稼ぎ労働している人は多く見られる。しかし、その多くは居住空間を確 保することさえままならず、スラムを形成して生活している。そして、これまでも述べたように、バン グラデシュ政府は、1999年以降スラム強制撤去を繰り返し行っている。そのうえ、未登録のリキシャ及 びベビー・キャブ(2006 年現在CNG)11使用者の摘発にも力を注いでいる。それらの中には農村出身 者も多く含まれるが、彼らは即日農村に帰るよう指導されている12

これら日傭の農業労働者に限らず、農村に居住する貧困層は「伝統農法が主流だった頃は雨季でも農 業労働の仕事に就くことができたので、何とか生活することができた。ところが、今では雨季の雇用機 会など容易には見つけられない。また、地域によっては雨季の稲作を全く行っていないところもある。

そのうえ、機械化が進んでいるため乾季でも仕事が年々減少している」と口々に訴えている。先のリキ シャ引きの中にも、かつて日傭の農業労働に従事していたという人も見られるが「リキシャを引くより も日傭の農業労働のほうが労働条件は良かった。しかし、今では日傭の農業労働に就くことも難しくな っていて、地主との特別な縁故関係が必要になっている」と話している。こうした調査内容を見るにつ け、近代農法の普及がいかに貧困層の労働機会を剥奪してきたかということを伺い知ることができる。

11 深刻化する大気汚染問題に対応するため、CNG(Compressed Natural Gas:天然圧縮ガス)の使用が義 務づけられている。

12 ダッカのアガルガオンスラム跡地近くに滞留している貧困層の中にも、農村から単身で移動してきた男性 は多く見られる。その殆どは、既にアガルガオン地区に居住していた同郷の親戚や知人を頼って移動してき た人々で、リキシャ引きで現金収入を得ている。だが、ダッカの大気汚染、警察官の圧力、スラムの不衛生 さ、悪臭、人間関係、元締めへの家賃支払い等、農村では体験しなかったさまざまな生活のしづらさを抱え ており、「ダッカの環境は良いものではない。農村のほうが暮らしやすいが、現金収入につながる仕事が少な いためやむを得ず移動してきた。現金収入の殆どは、農村で生活する家族の生活費にあてている」と回答し ている。また、スラム強制撤去について、「自分たちには、農村に帰る場所がある。家族もそこで待っている。

最も困るのは、農村に何ら土地もなく、世帯ごとここで暮らしている人たちであろう。そして、スラムで家 賃をとりたてている元締めもまた困ることになるであろう」と述べている(アガルガオンスラム跡地に滞留し

(11)

さらに建設作業の日当は、労働年数やそこで積んだ技術によって異なっている。事例2と事例3の父 親は、見習い期間を過ぎて数年以上この労働に携わってきた人たちであり、技術を習得していることか ら、70~120タカ(8-16時)の日当を得ている。そのため、乾季の1ヵ月の平均収入は3,000タカ前後 にもなるということである。この収入は、先のトラック運転手に次いで高額となっている。しかしなが ら、雨季の労働需要は1ヵ月に2週間程度と、乾季よりも少なくなっている。また、事例1の父親はこ の労働に就いてからの年数も浅く、技術を身につけていないことから、日当は60タカとなっている。

一方、川魚を獲り行商している人々の労働時間は、夜明け前から 19 時ころまでと長時間に及んでい る。1日に得られる現金収入は40~50タカ前後であるが、100タカに達することもあると言う。ただし、

雨天時にはこの仕事は行っていない。また、バザールで魚を売る場合、税金として場所代を収めなけれ ばならない。そのうえ、化学肥料や農薬の影響を受け魚の量が激減しているということである。

最後に茶店であるが、今回聞き取り調査を行った2人の男性(事例27、事例28)は、TCCA事務所 やダウドゥカンディ郡オフィスが集中している一角に露店を構え、今ではベンガル人の嗜好品となって いる紅茶(1 杯2タカ前後)の他にクッキーなどを並べて販売している。この場所は役人やTCCAスタ ッフが頻繁に行き来しており、こうした茶店が数件並んでいるが、いずれも就学期にある子ども同伴で 仕事をしている(第 4 章参照)。こうした店を構えるためには資機材等を揃えるための資本金が必要に なるが、2人とも知人から借金をしてそれらを工面している。また、紅茶、砂糖、ミルク、クッキー等 の仕入れに関しては、マハジョン(mahajan;高利貸し)から前借りをしてそれらを購入し、1日の現 金収入から借金を返済している(茶店に限らず、貧困層が空き地やバザールに小さな店を構える際には このような方法に依拠していることが多い)。一方、この地域は砒素汚染が深刻化しているため、水はす ぐ近くにある池から供給している。その池は、子どもたちにとっての恰好の遊び場であると同時に13、 大人たちにとっては洗濯等による社交場にもなっている。そのうえ、男性たちのトイレの役割をも担っ ている。そのため、水の淀みは年々激しさを増すばかりであるが、人々は「砒素に汚染された地下水と は異なり、沸騰させて飲料しているのだから何も問題はない」と違和感を抱いていないようである(こ の事実を知るまでは、筆者も美味しい紅茶としていただいていた。この一角にあるオフィス内での聞き 取り調査では、必ずこの紅茶が添えられる)。

ところで、個別訪問調査を通して1ヵ月の平均収入(概算)を尋ねたが、回等を得られたのは7人のみ であった。その額は、上述したトラック運転手(多くて5,000タカ)と建設作業手伝い(多くて3,000タ カ)を除くと、1,000タカから2,000タカの範囲内に止まっている。その他の人々は、1ヵ月の収入など 計算できないということであった。貧困層の多くは、日当の全てをその日の生活費にあてざるを得ない し、借金がある場合には、その返済にも追われることになる。そのうえ計算が分からないことから、1 週間、1ヵ月ごとの生活費を計算して計画的に使用するという考えにまでは至らないということである。

次に、保護者に何ら現金収入のない10世帯を見てみよう。これらの中で、2世帯(事例16、事例4)

の保護者は高齢であり、既に成人した息子の労働により現金収入を得ている。また、2組の母子世帯(事

例17、事例30)は、就学期にあった子どもたち(現在は成人している子どももいる)が労働して現金収入

を得ることで生活を維持してきた。その他6世帯を見ると、4世帯は物乞い(女性単身世帯3組と高齢世 帯1組)、1世帯はメイドの仕事、1世帯は海外出稼ぎによる失敗から無収入となっている。以下、これ ら6世帯について概観しておこう。

物乞いによって生活を維持しているのは、女性3人(事例11、事例23、事例25)と高齢夫妻(事例

7、父-80歳、妻-55 歳)の計4世帯である。これらの中で、3人の女性はいずれも単身かつ高齢で、

夫は病死している。彼女たちは現金収入を得る術もなく、家族による経済的支援も期待できない。その うえ、マイクロクレジット事業に参加するためのメンバーにもなれず、貧しすぎるゆえに借金をする相 手さえ見いだせない。そのため、物乞いを通して生命をつないでいるが、僅かながらでも支援の手をさ し伸べているのは近隣に居住している人々である。ただし、それらの人々は既得権益集団ではない。

13 木を登って池に飛び込んだり泳いだりというのが一般的である。

(12)

一方、事例7の高齢夫妻についてであるが、夫は2度目の結婚で、前妻の子ども9人は全員下痢等の 病気で他界している。現在夫妻には4人の娘がおり、四女(12-13歳)が同居しているが、労働には出 していない。不就学の四女を仮に労働に出したとしてもメイドのほか仕事はなく、現金収入にはつなが らないと夫妻は考えている。他3人の娘は、結婚して世帯を別にしている。この中で、長女の夫は1995 年に他界してしまった。彼女は SSC を取得しているが、現金収入を得られるような仕事を見出すこと が出来ない。そのため、やむを得ず子どもたちの労働により生活を維持している。その他2人の娘はマ ドラッサでの教育を受けたのみで、読み書き算数は全くできない。いずれにしても、成人した3人の娘 たちに、親を支援できるような余裕はないということである。この高齢夫妻は屋敷地さえ所有していな いため、近隣の人々が僅かな屋敷地と家屋を無償で提供している。夫妻の身体的状態も悪く、近隣の人々 は何かと気をもんでいるが、こうした人々も既得権益集団ではない。

また、事例24の母親(30-35歳)は、幼い子ども2人(長女-6歳・クラス1、長男-4歳)を抱え ている。彼女は近隣でメイド(通い)をしているが、不払い労働であり、なおかつ仕事があるのは1ヵ 月に2週間程度となっている。農村では、成人メイドの労働への対価として本人分の食事のみが提供さ れていることが多いが、彼女の場合、特別に子ども分の食事も提供されている。また、子ども同伴での 労働を好まない雇用主が多いことから、彼女がメイドの仕事をする日は、他界した夫の母親が幼い子ど もたちの世話をしている(この義母は極めて協力的で、亡き息子の妻との関係も良好のようである)。だ が、メイドの仕事から現金収入は得られず、また、生活を維持することも困難であることから、彼女は、

長女を労働に出さなければならないのではないかと憂慮している。というのも、このような貧困家庭に あっては、既得権益集団が「子どもをメイド(住み込み)に出してはどうか」と声をかけてくることが あるからである。後述するように、農村で最も裕福な家族の元に、最貧困層の家族成員(子ども)が住 み込みのメイドとして働くという構造は、まま見られる。このような貧困女性や子どもたちは、外国援 助や開発によって拡げられた格差の末端におかれがちである(第4章参照)。

さらに、事例 20の父親は出稼ぎを目的としてマレーシアに渡っていたが、そこで何ら現金収入を得 られず、また、大変な事態(詳細は話したくないということであった)に遭遇したのちに帰国した。そ れ以降精神状態が悪く、労働に出られるような状態ではない。彼を含む事例19から事例22は4人兄弟 であり、父親の屋敷地内にそれぞれ家屋を建てて生活している。彼らの父親は 12 ショトクの農地を所 有していることから、彼の兄弟3人が交代で米やじゃが芋を栽培しており、自給の一部にあてている。

このように、彼の兄弟は協力的で、労働に出ることの出来ない彼を案じている。だが、3人の兄弟もそ れぞれに就学期の子どもを抱えていることから、経済的援助までは依頼できないということで、彼の世 帯は、生活費のための借金を抱えている。

では、こうした貧困層の食事回数・内容はどのようになっているのであろうか。この質問に対しては、

近隣の手前もあり回答するには抵抗があるという印象を受けた。そのため、回答を得られたのは 22 世 帯である。その中で、3回(1日の食事回数)と回答したのは2世帯のみである。そのほか、2~3回が 9世帯、2回が7世帯、1~2回が1世帯、1回が3世帯となっている。食事の内容は、米、野菜、そ してダール(豆)スープが主となっていたが、先に指摘したように、当該地域では豆の生産量が激減し、

価格が高騰していることから、貧困層の多くはダールスープも摂取できなくなってきたと話している。

まして肉や魚を摂取する機会は殆どない。実際の食事内容を見ると、米にカレー・ルーのみを混ぜただ けの食事を摂取している人が多い。また、米や野菜の価格も雨季には高騰している。労働需要の少ない 雨季に農作物の価格が高騰するため、この時期に生活費が底をつき借金をする貧困層も見られる。雨季 に農作物の価格が高騰するのは、単なる生産量だけの問題ではない。外国主導の援助等によって普及さ れた穀物用の倉庫に余剰農作物が蓄えられ、それらが雨季に高値となって出回っているのである。ここ で利益を売るのは、一定以上の資産を所有している人々であることにほかならない。

このように、農村に居住する貧困層は充分な食事を摂取しているとは言いがたい状況下におかれてい る。極端な例では、現金収入のある日には食料を購入するが、それがない日には玉ねぎだけをかじって いる言う例も見られる(事例14)。この家族は、1ヵ月に1週間は食料を購入できない日があると言う。

(13)

こうした状況に対して、近隣の人々が少しずつ食料を提供しているが、長男、長女は雇用主(既得権益 集団)からの要請によりメイドとして労働している(第4章参照)。

③ 土地所有状況

土地所有は屋敷地と農地に大別されているが、何れも農村居住者の生活を大きく左右している。先ず、

貧困層の土地取得方法は、もっぱら相続による。この相続方法について、イスラーム教の慣習では息子 1に対して娘が2/1を相続することになっているが、農村では、父親から息子たちへと相続されること が多い。個別訪問調査内容を見ても、女性が土地相続をした例は事例27の母親のみとなっている。

次に、農地所有状況について概観してみよう。個別訪問調査内容を見ると、30世帯の中で農地を所有 しているのは4世帯(事例3-0.75カニ14、事例18-数カニ、事例29-1カニ、事例30-2カニ)の みである。この中で、事例 30の母親は農地の貸出を行っており、毎年収穫量の半分を地代として受け 取っている15。その他3世帯では、家族労働により米や野菜を栽培している。また、上述したように、

事例19~22の4兄弟が父親の土地で米とじゃが芋を栽培している16。さらに、3世帯(事例2、事例9、

事例19)が農地を1カニずつ借用しており、米を栽培している。賃借料について見ると、事例2の場合、

1 年につき1万タカを支払っている。こうした状況を見るにつけ、調査対象者の殆どが土地なし農民で あるということが分かる。また、農地を所有している貧困層であっても、そこでの生産量は、家族成員 の自給をまかなうには達していない。

さらに、屋敷地所有について概観してみよう。農村居住者の生活状態を見ると、屋敷地を所有してい ない貧困層の生活状態は極めて不安定である。農村では親戚や近隣同士による相互扶助関係が緊密であ り、仮住まいでもあれば、人々はそこを拠点として何とか生活を維持しようとする。これに対して、農 村からダッカへと世帯ごと移動してスラムを形成せざるを得なかった貧困層の中には、洪水や借金の抵 当で農地はおろか屋敷地さえも剥奪されたという人々が多く見られる17。この点について、1999 年と 2000年に農村居住者から聞き取り調査を行っているが、全居住者は「ダッカに世帯ごと移動する人々は よほどの理由がある人たちだ」と述べている(一方、男性の単身出稼ぎ労働に対して農村居住者が特別 な目を向けることはないが、家族と離れて生活するうえでの困難がつきまとうと言う)。

とりわけ農村から離れたことのない高齢世代の人々は、住み慣れた故郷を離れることはよほど大変な ことだととらえている。事例4の父親18は、1999年8月の聞き取り調査で「この場所で何とか生活でき るうちは良いが、ここで生活できなくなって、追われるようにして家族全員がここを出てゆかなければ ならなくなることが最も深刻な問題だ。そのような人々をこれまで何度も見てきているが、ここを出て からの生活はより大変なものだと聞いている」と話していた。また、現在の生活状態と援助について「子 どもや孫たち、少しの現金収入と少しの農作物に恵まれ、私たちは良い生活をしている。それら全てア

14 土地の単位は、1エーカー=3カニ、12クニ、100ショタンショ、100ショトクとなっており、回答者が 使用した単位を記載している。但し、コトワリ郡では、1エーカー=4カニ、12クニとなっている。また、

カニ、クニは、当該地域で使用されているもので、北部ではビガーを使用しており、3ビガー=1エーカー となっている(ダウドゥカンディ郡とコトワリ郡での聞き取り調査による)。

15 この場合、農地貸出料金は無料であるが、種子や化学肥料に要する費用は小作農民が負担している。

16 この兄弟には姉妹もいるが、別の村で生活しているため父親の屋敷地・農地は使用していない。また、今 後それらの一部を相続する予定もない。

17 ダッカ市内にあるBスラム(1999年8月)と Bスラム跡地(2000年8月、2002年8月、2003年8月、2004 年3月)、さらにAスラム(2004年3月)での居住者からの聞き取り調査による。

18 2人の息子が共同でバザールに茶店(露店)を出しており、1999年8月時点では、息子たちに昼食を届ける のがこの父親(推定65歳)の日課であった。だが、その翌年、彼は病気のため急死した。この父親は就学・

識字への考え方が明確で、生前にその大切さを説いていた。2000年8月、遺された妻は悲しみにくれ、また、

近隣でも評判の良かった父親の死により茶店の人気・売上額が急降下していた。そのため、子どもたちの就 学継続も懸念されていたが、息子たちは父親の思いを継ごうと努力し、やがて売上額も回復したと言う。子 どもたちは就学を継続しているが、何分進級が遅れていると息子たちは苦笑いしている(2004年12月28、

30日)。

(14)

ッラーからの思し召しであり、今の生活状態のままで良い。ほかからの援助は何ら必要ない」と語って いた。そこには資本主義的な利潤の追求とは乖離した伝統的な価値・文化が脈々と流れているように感 じられた。しかしながら、そのような価値・文化に支えられた農村での生活状態が常に保障されている わけではない。

2000年の調査対象者を見ても、物乞いをして生活を維持している3世帯(事例7、事例11、事例25)

と事例29の計4世帯は、屋敷地さえ所有していない。後者については、世帯ごと河横に家を造り仮住 まいをしているが、その床はぬかるんでおり、今にも水が入りそうな状態であった。だが、これらの人々 も、かつては屋敷地もしくは農地を所有していた人々である。そして、これら4世帯のほかにも、貧困 層は徐々に土地を喪失せざるを得ない状況を余儀なくされている。

調査内容よりそれぞれの土地喪失理由をまとめると、表3-3のようになる。これらから、事例11を 除くと、4世帯がダウリー、3世帯がマレーシア出稼ぎ労働の必要諸経費、2世帯が生活費、1世帯が開 発を理由に土地を手放さざるを得なかったということが分かる。開発や多額のダウリー支払い義務が続 く限り、土地は細分化され続けることになる。こうした状況が続く限り、貧困層の土地問題は解決され ないことになる。

また、農村には失業者や不安定就労者が滞留しているが、先に述べたように、近年ダッカでも雇用水 準は上がらず、農村から都市へと移動した貧困層は、農村に帰るよう圧力をかけられ、また、スラム強 制撤去が勢いを増している。そのため、農村に居住する男性の中には、「海外での出稼ぎ労働を通して現 金収入を得たい」と考えている人も見られる19。全調査対象者(保護者と家族成員)を見ると、計5人 がマレーシアでの出稼ぎ労働20と関係している。そのうち1人は、正規のビザを所有していないという 理由から刑務所内での生活を余儀なくされており、残された家族(事例30)の心労ははかり知れないもの となっている。さらに、1人がマレーシアへの渡航準備をしている。こうした海外での労働に就くため には、高額な諸費用を用意しなければならない。それゆえ、彼らの家族が土地を売却したり、借金をし たりしてそれら必要諸経費を工面している。だが、貧困・非識字といった貧困層の脆弱性につけこむブ ローカーも存在する。そのため、現地で何ら現金収入を得られないばかりか、ブローカーから必要諸経 費を剥奪される(事例25、二女の夫)といった事態に遭遇している貧困層も見られる。また、バングラデ シュでは家族間の絆が強いのであるが、当該地域に居住する貧困層の多くは、海外で労働する家族に直 接連絡する術を持っていない(電話連絡もできず、手紙の読み書きさえ出来ない)ため「祈るよりほか になす術がない」と不安な気持ちを抱き続けている。

④ 借金

土地の売却のみならず、生活費のために借金を重ねる人々の生活状態はより深刻なものとなっている。

30世帯の中で、借金を抱えているのは16世帯である。その理由をまとめると、生活費11世帯(食費-10 世帯、食費・衣類-1世帯)、娘の結婚・ダウリー2世帯、茶店開業2世帯、農地借用1世帯、借金返済1 世帯、病気治療1世帯、ジャック・フルーツのビジネスを始める1世帯、船購入1世帯、マレーシア出 稼ぎ諸経費1世帯となっている(表3-1、表3-4参照)。つまり、生命を維持するための食費にもこと

19 農村のみならず、ダッカにも、先進諸国に留学もしくは労働に出たいという人が多く見られる。だが、2001 年9月11日以降、アメリカは国民の約9割がイスラーム教徒であるバングラデシュに対して、衣類縫製品輸 入を制限する等の圧力をかけている。そのため、現地では反米感情が高まっている。こうしたことから、日 本の大学に留学したいという富裕層は多く見られるが、そのチャンスをつかむことも容易ではない。

20 海外出稼ぎ労働者の数は、1997年にはマレーシアが最も多く(15万2844人)、次いでサウジアラビア(10 万6534人)、アラブ首長国連邦(5万4719人)となっていた。2000年には、シンガポール(22万2686人) サウジアラビア(14万4618人)、アラブ首長国連邦(3万4034人)、オマーン(1万1095人)、マレーシア

(5,288人)となっている。マレーシアへの出稼ぎ労働者数は1997年を境に激減しており、シンガポールへ のそれは2000年に急増している。1990年以降の10年間で平均して多いのは、サウジアラビアへの出稼ぎで

(15)

欠き借金をしている貧困層が多く見受けられるが、借金をした時期は労働需要の少ない雨季となってい る。また、先に見た事例14、事例20では相当額の借金を抱えているがゆえ、詳細を聞くことは出来な かった(本人たちが話したがらなかった)。とりわけ事例14では長男・長女が住み込みのメイドとして 労働しているうえ、子どもたち全員が不就学となっている。また、事例8では、食費のために負った借 金返済のための借金を抱えており、三男がクラス4、二女はクラス3で就学を断念した。その他既に成 人した3人の子どもたちも不就学となっている。さらに、事例24(母子世帯)では、借金返済の見通し が立たず、既に抵当に入っている屋敷地(数クニ)を剥奪されそうになっている。

これら貧困層の借入先見ると、マハジョン8世帯、親戚・知人8世帯、NGO1世帯、グラミーン銀行 1世帯、BSS1世帯、BRDB1世帯となっており(複数回答)、計16世帯がマハジョン、親戚・知人か ら借金をしていることが分かる。また、これらの中で、現地NGO、グラミーン銀行といった市民社会 や、BSS、BRDBといった組織を通して融資を受けている計4世帯は、1週間の返済額及び返済方法を 理解している。だが、事例19を除く他の世帯では、借金の利子、借金総額等を正確に理解していない。

そのうえ、正式な借用書がなかったり、あっても文字が読めないために理解できなかったり、といった 状況下におかれているのである。就学機会を喪失し、識字を獲得できなかった貧困層は、このような面 でも不利を被っている。また、貧困層自身は、非識字であるがゆえに不利を被るということ自体も十分 に認識している。中には「字の読み書きができれば、借金をするうえで騙されることもなかったはずだ」

と回答する貧困層も見られた。だが、マハジョンにはそうした抗議さえ出来ないということであった。

こうした事実は、農村内におけるマハジョンと貧困層のパトロン-クライアント関係を象徴していると 言えよう。さらに、物乞いで生活を維持している人々は「お金を貸してくれる人などいるはずもない」

と回答していることから、担保となる資産を所有していない貧困層は、借金も出来ない状態におかれて いるということが分かる。

表 3-1 :  ダウドゥカンディ郡-26 ユニオンの耕作地と農作物収穫量( 1996 年1~12 月)                                                   耕作地面積:エーカー、農作物生産量:トン                 地域  農作物  郡全体  ユニオン-1 ユニオン-2 ユニオン-3 ユニオン-4 ユニオン-5 ユニオン-6 ユニオン-7 ユニオン-8 耕作地面積(エーカー)  56,500 1,712 1,919 1,998 3,184 2,
表 3-2 :  貧困層の生活状態-ダウドゥカンディ郡 7 村(2000 年8月、30 世帯・210 人)  事 例  村  世帯  年齢  就学・識字  職種・労働時間  収入(Tk)(労働日数)     /1日                   /1 ヵ月平均 土地  ①屋敷地  ②農地・作物  (取得方法もし くは喪失理由)  借金 (Tk) ①金額 (借用者)  ②理由③借入先④利子⑤返済額 1 V S      父                母  不明  C5  不明  不就学  日傭の農業
表 3-3:土地喪失理由  事例  番号 喪失理由  土地面積  合計(タカ) 16      ダウリー(娘 6 人分 )  30 万  17  ダウリー(娘 4 人分)  6カニ 9.5 万  18  ダウリー(娘 4 人分)  数カニ  3万 26  ダウリー(娘 1 人)  1/30 カニ  3万 23  マレーシア出稼ぎのための必要諸経費  7万 25  マレーシア出稼ぎのための必要諸経費  屋敷地1カニ 農地3カニ  30  マレーシア出稼ぎのための必要諸経費  農地1カニ  4万 7  生活費(
表 3-5 : P 村に居住する貧困層の生活状態-ダウドゥカンディ郡 P 村(2002 年 8 月、 34 世帯)  事 例  世帯  年齢  識字・就学  職種・労働時間  収入(Tk)  (労働日数)            /1 日                      /1 週                   /1 ヵ月平均  土地  ①屋敷地  ②農地・作物(取得方法もし くは喪失理由 ) 借金(Tk) ①金額(借用者) ②理由  ③借入先 ④利子 ⑤返済額  31  N    父
+2

参照

関連したドキュメント

Q3-3 父母と一緒に生活していますが、祖母と養子縁組をしています(祖父は既に死 亡) 。しかし、祖母は認知症のため意思の疎通が困難な状況です。

の総体と言える。事例の客観的な情報とは、事例に関わる人の感性によって多様な色付けが行われ

自分は超能力を持っていて他人の行動を左右で きると信じている。そして、例えば、たまたま

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

HW松本の外国 人専門官と社会 保険労務士のA Dが、外国人の 雇用管理の適正 性を確認するた め、事業所を同

 「学生時代をどう過ごせばよいか」という問い

まず、本校のコンピュータの設置状況からお話します。本校は生徒がクラスにつき20人ほど ですが、クラス全員が

「学部・学年を超えた参加型ディスカッションアクティビティ」の事例として、With café