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循環器病の診断と治療に関するガイドライン (2010 年度合同研究班報告 ) 目 成人先天性心疾患の頻度 4 2. 自然歴 術後歴 4 3. 診断 内科治療 妊娠出産管理 避妊, 妊娠中絶 遺伝 心理的問題 社会的

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(1)

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

成人先天性心疾患診療ガイドライン

(2011年改訂版)

Guidelines for Management of Congenital Heart Diseases in Adults(JCS 2011)

合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本胸部外科学会,日本産科婦人科学会,日本小児循環器学会, 日本心臓病学会 班 長 丹 羽 公一郎 聖路加国際病院心血管センター循環器内科 班 員 赤 木 禎 治 岡山大学病院循環器疾患治療部 市 川   肇 国立循環器病研究センター心臓血管外科 市 田 蕗 子 国立大学法人富山大学医学部小児科学 大 嶋 義 博 兵庫県立こども病院心臓血管外科 角   秀 秋 福岡市立こども病院心臓血管外科 近 藤 千 里 東京女子医科大学画像診断・核医学科 佐 地   勉 東邦大学医療センター大森病院第一小児科 高 橋 長 裕 千葉市立青葉病院循環器内科 福 嶌 教 偉 大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管・呼吸器外科 松 尾 浩 三 千葉県立循環器病センター心臓血管外科 松 田 義 雄 東京女子医科大学産婦人科 協力員 池 田 亜 希 東京女子医科大学画像診断・核医学科 池 田 智 明 三重大学産科婦人科 岩 崎 達 雄 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 麻酔・蘇生学分野 牛ノ濱 大 也 福岡市立こども病院・感染症センター 循環器科 大 内 秀 雄 国立循環器病研究センター小児循環器 診療部 太 田 真 弓 さいとうクリニック小児科 賀 藤   均 国立成育医療センター循環器科 河 田 政 明 自治医科大学心臓血管外科 川 俣 和 弥 愛育病院産婦人科 小 垣 滋 豊 大阪大学大学院医学系研究科小児発 達医学講座小児科学 坂 﨑 尚 徳 兵庫県立尼崎病院小児循環器内科 白 石   公 国立循環器病研究センター小児循環器診療部 城 尾 邦 隆 九州厚生年金病院小児科 高 橋 一 浩 沖縄県立南部医療センター・こども 医療センター小児循環器科 立 野   滋 千葉県循環器病センター成人先天性 心疾患診療部 谷 口   学 岡山大学病院循環器疾患治療部 布 田 伸 一 東京女子医科大学東医療センター内科 宗 内   淳 九州厚生年金病院小児科 八 尾 厚 史 東京大学医学部附属病院循環器内科 安河内   聡 長野県立こども病院循環器科 山 岸 敬 幸 慶應義塾大学医学部小児科 山 岸 正 明 京都府立医科大学附属小児疾患研究 施設小児心臓血管外科 山 村 英 司 東京女子医科大学小児循環器科 芳 村 直 樹 国立大学法人富山大学医学部第一外科 外部評価委員 赤 阪 隆 史 和歌山県立医科大学循環器内科 中 澤   誠 脳神経疾患研究所附属総合南東北病院小児科 松 田   暉 兵庫医療大学 八木原 俊 克 国立循環器病研究センター (構成員の所属は2011年7月現在)

(2)

 内科,外科の発達の恩恵を受け,多くの先天性心疾患 患者が成人となることが可能となり,我が国では,既に

400,000

人以上が成人患者となっている1),2).先天性心 疾患は,生産児の約

1

%に発生するため,日本では年間

1

万人あまりが生まれ,そのうち

90

%の

9,000

人以上が 成人する.したがって,今後,成人先天性心疾患患者数 は,現在の人数の

5

%の割合で増加し続けると予想され る.成人先天性心疾患は,

18

歳以上あるいは

20

歳以上 の先天性心疾患患者とする報告もあるが,このガイドラ インでは,小児期とは医学的問題点が大きく異なり,小 児科から内科へと診療科が異なる

15

歳以上の先天性心 疾患と定義した.

1970

年頃は,先天性心疾患といえば, 子どもの病気だったが,

1997

年には,成人患者数と小 児患者数はほとんど同数になった2).さらに,

2020

年に は,成人患者数は,小児を遙かに凌駕すると予想される. すなわち,先天性心疾患は,既に成人循環器疾患の

1

領 域と考えて差し支えない.  先天性心疾患患者は,成人後も主に循環器小児科医が 継続して診ていることが多いが,管理が循環器内科医に 移行している場合も増えている.小児の未修復手術チア ノーゼ型先天性心疾患は減少しているが,成人では一定 数存在し,長期間継続したチアノーゼの合併症として生 じる系統的多臓器異常に対する加療が必要である.複雑 心疾患術後の成人患者も増加している.先天性心疾患手 術の多くは根治とはなっておらず,合併症,遺残症,続 発症を伴う.このため,生涯にわたっての経過観察が必 要なことが多い.さらに,加療を必要とする場合も少な くない.加齢に伴い,心機能の悪化,不整脈,心不全, 突然死,再手術,感染性心内膜炎,妊娠,出産,高血圧, 冠動脈異常,非心臓手術等により病態,罹病率,生命予 本ガイドラインで用いられる主な略語

ACC

American College of Cardiology

 

AHA

American Heart Association

 

CCS

Canadian Cardiovascular Society

ESC

European Society of Cardiology

NYHA

New York Heart Association

改訂にあたって

改訂にあたって……… 2 Ⅰ.総論……… 4 1.成人先天性心疾患の頻度 ……… 4 2.自然歴・術後歴 ……… 4 3.診断 ……… 18 4.内科治療 ……… 24 5.妊娠出産管理 ……… 34 6.避妊,妊娠中絶 ……… 35 7.遺伝 ……… 39 8.心理的問題 ……… 43 9.社会的問題 ……… 43 10.成人期の手術 ……… 45 11.心臓移植 ……… 47 12.肺,心肺移植 ……… 51 13.非心臓手術 ……… 55 14.麻酔 ……… 57 15.診療体制:診療施設 ……… 59 16.移行・病気に対する理解・病気告知時期 ……… 60 Ⅱ.各論……… 61 1.心室中隔欠損 ……… 61 2.心房中隔欠損 ……… 64 3.房室中隔欠損 ……… 65 4.動脈管開存 ……… 67 5. 右室流出路狭窄性疾患:右室二腔症,肺動脈弁狭窄,   弁下狭窄,弁上狭窄 ……… 68 6. 左室流出路狭窄性疾患:大動脈二尖弁,弁下狭窄,   弁上狭窄,大動脈縮窄 ……… 70 7.Ebstein病 ……… 73 8. 修正大血管転位 ……… 75 9.大動脈拡張性疾患 ……… 76 10.Fallot四徴 ……… 78 11.完全大血管転位 心房位血流転換術後 ……… 83 12.完全大血管転位 動脈位血流転換術後 ……… 84 13. 心外導管手術術後:心室中隔欠損兼肺動脈弁閉鎖,   総動脈幹,両大血管右室起始……… 89 14. Fontan手術後(単心室,肺動脈弁閉鎖,   三尖弁閉鎖,左心低形成) ……… 90 15.チアノーゼ型先天性心疾患,未手術あるいは   姑息手術後 ……… 95 文 献……… 99 (無断転載を禁ずる)

目  次

(3)

後が修飾される.また,就業,保険,結婚,心理的社会 的問題,喫煙等成人特有の問題を抱える3).このため, 成人先天性心疾患全体の約

1/3

を占めるとされる4)重症 度が中等度以上の成人先天性心疾患の多くは,成人先天 性心疾患を専門とする医師を中心とした循環器小児科, 循環器内科,心臓血管外科,麻酔科,産科,内科,看護 師,臨床心理士等を含むチームでの診療を必要とする1) 再手術,内科治療を含む,継続的な診療により,重度と 考えられる患者さんも

QOL

が改善し,長期の生命予後 が期待できる.また,動脈管切離術後は,根治術であり, 経過観察の必要がないと考えられている.  欧米では,

1998

年のカナダの成人先天性心疾患ガイ ドラインに始まり,これまでに成人先天性心疾患に関す るガイドライン4)−6)が公表され,成人先天性心疾患に関 するテキストブック7)−9)も発刊されている.米国は

ACC

AHA

2008

年に成人先天性心疾患ガイドライ ン4)を初めて公表した.

CCS

は,

2002

年に発表,

2009

年に改訂した.さらに,

2010

年は,

ESC

が成人先天性 心疾患ガイドラインの改訂版を公表した.一方,日本で も,成人先天性心疾患に関する日本循環器学会ガイドラ イン9)−13)

2002

年に報告9)され,

2006

年に改訂10)された. また,テキストブック1),14)−16)も刊行されている.  我が国では前回のガイドライン発刊(

2006

年)10)以後, この

5

年間に多くの共同研究がなされ,データが蓄積さ れている.また欧米でのこの分野での研究発表も年々増 加している.そこで,これらの動向を取り入れ,今回の 日本循環器学会ガイドラインの部分改訂版が企画され た.また,軽度から中等度疾患も経過観察が必要であり, 複雑疾患と同様に,解決すべき問題点が多いことがわか ってきた.このため,今回のガイドラインでは,前回の ガイドラインと異なり,これらの疾患に関しても,新た に項目を設けて記載した.また,前回のガイドライン公 表後に報告された論文のデータを可能な限り取り入れ,

updated

な内容にすることを心がけた.特に,疾患各論 に関しては,大きく改訂した項目もある.  それぞれの手技・治療法に関する,「証拠のレベル」 と「推奨の程度」は,

ACC/AHA

のガイドラインの記載 法に従った(表1,2).しかしながら,成人先天性心疾 患の研究分野は,対象症例が比較的少なく,解剖,血行 動態の異なる多くの疾患を含むため,対照を設けた大規 模研究が困難である.このため,前向き研究は行いにく く,後方視的な臨床研究がほとんどを占めている17).し たがって,ランク付けが困難なことが多いため,必ずし もすべての項目において「証拠のレベル」と「推奨の程 度」を記載したわけではない.また,証拠のレベルは, 専門家の合意に基づく場合が多いため,推奨すると記載 した項目の多くは,後方視的な臨床研究に基づいている. この点で,今回のガイドラインは,臨床に即した実際的 な改訂が行われたものと考えている.心機能分類は,チ アノーゼ性疾患を除いて,

NYHA

心機能分類を用いた (表3).  ガイドラインの目的は標準的な診療情報の提供であ り,個々の症例における臨床的診断の決定・責任はそれ ぞれの医師と患者さんにあることを改めてご認識いただ いた上で,このガイドラインを活用いただくことをお願 いしたい. 表 1 証拠のレベル Level A 複数の無作為介入臨床試験やメタ分析で実証されたもの Level B 単一の無作為介入臨床試験や,無作為介入でない臨床試験で実証されたもの Level C 専門家の意見,ケース・スタディー,標準的治療等で意見が一致したもの 表 2 推奨の程度 Class Ⅰ 有用性・有効性が証明されているか,見解が広く一致している Class Ⅱ 有用性・有効性に関するデータあるいは見解が一致していない場合がある Class Ⅱa データ・見解から有用・有効である可能性が高い Class Ⅱb データ・見解から有用性・有効性がそれほど確立されていない Class Ⅲ 有用・有効でなく,時に有害と証明されているか,否定的見解が広く一致している

表 3 NYHA(New York Heart Association)の心機能分類

Ⅰ度 心疾患があるが,身体活動に制限なし,通常の労作で症状なし Ⅱ度 心疾患があり,身体活動が軽度に制限される,通常の労作で症状あり Ⅲ度 心疾患があり,身体活動が著しく制限される,通常以下の労作で症状あり

(4)

総論

1

成人先天性心疾患の頻度

 心臓血管外科治療が行われる以前は,先天性心疾患を 持つ小児が成人になれる割合は生産児の

50

%以下であ った.しかし,半世紀ほど前からの外科治療の発達と, 内科管理の向上により,小児先天性心疾患の多くが成人 を迎えるようになった18)−22).今では,乳児期を過ぎた 先天性心疾患児の

90

%以上は成人となっている18).小 児期には手術方法が未発達あるいは早期診断がなされな かったため,未修復手術(姑息術のみ)で成人となって いるチアノーゼ型先天性心疾患が,多数存在する23).ま た,単心室形態を持ち

Fontan

術後等を含む術後の成人 の先天性心疾患患者数も増加している.これらの複雑心 疾患は,専門の診療医療施設での定期的な経過観察と加 療を必要とする24).したがって,成人となった小児心疾 患患者,すなわち成人先天性心疾患患者数は,飛躍的に 増加していると同時に,診療内容も高度なものとなって きている24).また,成人先天性心疾患はチーム医療を必 要とするため,この分野に携わる人材の育成も行われは じめている25)

1

先天性心疾患の発生頻度

 先天性心疾患患者の出生児に占める疾患の種類とその 頻度は,国,地域,人種により異なるが,全先天性心疾 患の発生頻度は,ほとんど一定している26).欧米,日本 の調査によると,先天性心疾患は生産児の約

1

%内外を 占めるとされる27),28).現在,日本の出生数は減少して いるが,先天性心疾患を持つ出生児は,毎年

10,000

人 近くと推定される18(表4).

2

先天性心疾患の死亡率

 発生頻度の高い心室中隔欠損,

Fallot

四徴等を中心と した先天性心疾患による死亡総数は,

1968

年以降明ら かに減少している.また,年齢別の先天性心疾患死亡数 を検討すると,

1972

年と比べて,

1997

年には,

0

19

歳の死亡数は半減しているが,

60

歳以上は,著明に増 加している19).この事実は,多くの先天性心疾患が,小 児期,成人期を過ぎて,

60

歳を超えて生存していく傾 向を示唆している.

3

成人先天性心疾患の頻度

 

1967

年には,先天性心疾患は,小児が約

160,000

人, 成人は,約

53,000

人だったが,

1997

年には,成人患者 数(約

318,000

人)と小児患者数(約

304,000

人)はほ とんど同数となった.

2007

年には,成人患者数は,約

409,000

人となっている2).このうちの

1/3

は,綿密な経 過観察を必要とする中等度以上の疾患である.また,川 崎病は,

2010

年までに少なくとも

200,000

人が罹患して いる.このうち冠動脈合併症を伴い,成人期も経過観察 を続けなけなければならない人は,少なくとも

18,000

人近くと推測される20),29).米国では,約

900,000

人の成 人先天性心疾患患者がおり,毎年増え続けている24),28) 英国では,少なくとも

150,000

人の成人先天性心疾患患 者がおり,中等度から重度先天性心疾患患者数が,年間

1,600

人の割合で増えている30),31).また,小児期心疾患 の予後が改善するにつれて,成人でも先天性心疾患の病 型別あるいは疾患別頻度が,新生児小児期の病型,疾患 別頻度に近付いている19),32),33)

2

自然歴・術後歴

1

不整脈

 先天性心疾患患者は,その生命予後が改善し,成人期 に達するようになった34).成人先天性心疾患患者では, 手術施行の有無にかかわらず,不整脈が症状,入院,血 栓症等罹病の原因となることが少なくない.また心機能 低下や心不全症例に不整脈が合併すると,心臓突然死を 生じることがある35),36).不整脈は,先天性心疾患患者 の“術後歴”を左右する大きな要素であるといえる.  成人先天性心疾患における不整脈の原因・メカニズム は,形態異常に基因する内在的不整脈基質による場合も あるが,後天的不整脈基質によるものが多い37).手術未 施行の場合は慢性的血行動態異常やチアノーゼによる心 表 4 日本の成人先天性心疾患患者数 日本の人口:127,390,000人(2010.3) 生産児:1,069,000人(2009) 先天性心疾患の生産児に占める頻度:1% 先天性心疾患生産児:10,690人/年 約 95%が成人となる: 10,155人/年 成人先天性心疾患患者数:約 409,000人 成人先天性心疾患患者数増加率:4~5%/年 先天性心疾患の心臓手術:9,202/年(手術死亡:3.6%)

(5)

筋病変が,修復手術後症例の場合は,遺残病変,心機能 低下による心筋病変,手術瘢痕が主な原因(不整脈源性 基質)と考えられる.  不整脈の管理は,基礎疾患のない場合とは異なり,先 天性心疾患に関しての解剖学的・血行動態的知識,手術 方法に関する知識が必要となる38)  

1960

1970

年代に手術を行った先天性心疾患術後患 者は,不整脈を伴うことが多く,予後も悪い.しかし, 手術方法の改善,この

10

年の電気生理学におけるマッ ピングシステムのコンピューター化による不整脈基質の 解明等の進歩により予後は改善している39)−51).遠隔期 死亡の主要原因である心室性不整脈もデバイス治療の発 展が治療効果を上げている52)−54)  基礎心疾患がない場合は血行動態的に大きな影響を与 えないような不整脈が,成人先天性心疾患では血行動態 的に耐容できず,心室機能不全を惹起あるいは悪化させ, 心不全,突然死に至ることもある.不整脈が基礎心疾患 や遺残病変による血行動態の異常,悪化の初期サインの ことがあり,心臓カテーテル検査を含む循環動態の全般 的評価が必要なことがある.その結果,外科的手術の適 応となることもある.また,心房手術後患者では,洞結 節機能不全を合併していることも多く,抗不整脈薬治療 により徐脈が悪化し,ペースメーカが必要になることも ある.  すなわち,成人先天性心疾患の不整脈を管理,治療す るためには,不整脈診断の他に,心機能評価,血行動態 評価が必要である.さらに,不整脈や突然死の危険因子 を検索し,予防を講じることも重要である.先天性心疾 患は,解剖や手術方法が多様であるため解剖や術式に伴 う血行動態についての理解が必要であり,循環器小児科 医,循環器内科医,不整脈専門科医,心臓外科医の協力 が必須である.

①メカニズム

 不整脈の基質は大きく

3

つに分類される(表5)55)−60) 1)先天的で術前から存在する異常  副伝導路を介する房室回帰性頻拍,房室結節回帰性頻 拍,心房頻拍,心房粗動,心室頻拍の他,重複房室結節 による房室回帰性頻拍が含まれる. 2) 先天性心疾患に伴う血行動態的異常(圧・容量負荷) や低酸素による心筋病変によるもの  弁狭窄による圧負荷,弁閉鎖不全や心内短絡による容 量負荷,術後の遺残病変も含む.心筋病変を原因とする マクロリエントリ性頻拍,異所性起源による頻拍が含ま れる. 3)手術により新たに生じた続発症  手術切開線やパッチ閉鎖部位等手術により生じた様々 な障壁に伴うマクロリエントリ性頻拍.  頻脈性不整脈診断の際の注意点として,術後は,先天 的または後天的に脚伝導障害を伴う場合があり

12

誘導 心電図で上室頻拍か心室頻拍かを鑑別することが困難で ある場合がある.これらの不整脈の電気生理学的異常は, 刺激生成,興奮伝導の異常,あるいはこれらの複合によ り生じる.異常自動能,トリガードアクティビティが刺 激生成の要因である.興奮伝導異常には伝導ブロック(洞 結節,房室結節,ヒスプルキンエレベル)による徐脈や 一方向性ブロックによるリエントリーがあり,徐脈性不 整脈も同様に先天性に存在する洞機能異常,房室伝導異 常の他,

2

),

3

)を原因とする刺激伝導路の障害に伴う 洞機能異常,房室伝導異常がある.

②頻度

 先天性心疾患は複雑心疾患ほど不整脈の頻度が高い が,単純なものでも術後遠隔期には不整脈を生じる61)

Fallot

四徴術後は,

17

年で

30

%に上室頻拍62)

35

年で

11

%に高度の心室性不整脈を合併し63),さらに,除細 動器の植込み例が多く54)

10

年で

2

%の頻度で心臓突然 死64)を 生 じ る.

Fontan

術 後,

Mustard/Senning

術 で は,

20

年で

40

%以上に上室頻拍を生じ65),66)

Mustard/

Senning

術では術後

10

年間でほとんどの例で,洞調律を 維持できない67),また,血栓症のリスクも高い68)

2

心不全

 慢性心不全治療ガイドラインによる慢性心不全の狭義 の定義は,“慢性の心筋障害により心臓のポンプ機能が 低下し,末梢主要臓器の酸素需要量に見合うだけの血液 量を絶対的にまた相対的に拍出できない状態であり,肺, 体静脈系または両系にうっ血を来たし日常生活に障害を 生じた病態”とされる69).さらに労作時呼吸困難,息切 れ,尿量減少,四肢の浮腫,肝腫大等の症状の出現によ り生活の質的低下(

Quality of Life

QOL

の低下)が生じ, 日常生活が著しく障害される.また致死的不整脈の出現 も高頻度にみられ,突然死の頻度も高いとされる.  先天性心疾患の自然歴や術後歴として起こる心不全は 主に慢性心不全である.解剖学的に異なる様々な心疾患 があり,二心室修復術後の病態から,体循環心室が右室 である病態,

Fontan

術後や無治療あるいは姑息手術後の チアノーゼ残存,さらには心房中隔欠損等成人期になっ て発見あるいは発症するものまで様々な病態を含んでい

(6)

る.成人先天性心疾患の慢性心不全は,成人心疾患の定 義と合致する.

①評価法

  成 人 心 疾 患 は 一 般 的 に 心 不 全 の 機 能 分 類 と し て

NYHA

機能分類が用いられる.チアノーゼ性心疾患は, 心機能が正常でも,日常生活労作で多呼吸等の呼吸不全 症状が出現する.これは,運動時に右左短絡が増加し, 呼吸中枢が低酸素と酸血症を感知するために運動開始後 早期に呼吸困難が出現するためで,心室機能不全や,心 不全による肺うっ血の結果ではない70)−72)

Fontan

循環 では,心臓の機能障害がなくても,運動耐容能の低下が 認められる.心不全の評価法は病態や治療効果の判定あ るいは予後を予測できることが望ましい.

NYHA

機能 分類が広く用いられている73)が,チアノーゼ性先天性心

疾患の評価は

activity index

ability index

がよいとされ

る74)

②神経体液因子

 心不全を神経体液性因子の異常を示す症候群としてと らえる考え方が定着してきた69)

ESC

は,慢性心不全 の診断に,症状と他覚的な心臓機能障害と同時に,神経 体液性因子である

natriureic peptide

の上昇が必要項目に 加えられている75)

ANP

BNP

が先天性心疾患の心不 全の指標とされている76)−82).神経体液性因子は,成人 先天性心疾患の死亡予測因子の

1

つであり83)−85).平均 年齢

34

歳(平均観察期間

8

年)で,

NYHA

機能分類Ⅱ 度以上の群で,

BNP78

以上,

ANP146

以上が有意な死亡 予測因子との報告がある.

BNP

上昇は

NYHA

機能分類 悪化や体循環心室の機能低下と相関する84).成人心疾患 と同様に

BNP

が先天性心疾患においても心不全の存在 診断,心不全の重症度診断,心不全の予後診断の指標と 表 5 成人先天性心疾患に見られる不整脈と不整脈を生じやすい疾患 / 状況 不 整 脈 先天性心疾患そのものに 不整脈が生じやすい疾患 /状況 合併するもの 血行動態異常や低酸素に起因するもの 手術により術後新たに生じるもの WPW症候群 Ebstein病修正大血管転位 Fontan術(Bjork法) 重複房室結節 内臓錯位症候群房室不一致 心房性頻拍  心房内リエントリー性頻拍  心房粗動,心房頻拍 心房負荷の強い状態  三尖弁閉鎖不全  Ebstein病等 手術による新たな障壁・残存 心負荷による  Fontan術  Fallot四徴  心房位血流転換術 心房細動 心房負荷の強い状態  心房中隔欠損  僧帽弁疾患  大動脈狭窄  単心室  Ebstein病等 接合部頻拍  内臓錯位症候群  Fallot四徴  心室中隔欠損  完全大血管転位  総動脈幹症 心室頻拍  大動脈弁狭窄 Ebstein病  Fallot四徴 周術期心筋梗塞 洞結節機能不全  多脾症候群 洞結節に対する障害を引き起 こしやすい術式  心房スイッチ術  Fontan術後  Glenn術後  静脈洞型心房中隔欠損  部分肺静脈還流異常 房室ブロック  房室中隔欠損 修正大血管転位  多脾症候群 手術による房室伝導の障害  心室中隔欠損  Fallot四徴  大動脈弁置換術

(7)

なり得る.しかし,疾患によって基準値が異なることも 考慮する必要がある.高齢者においては大動脈狭窄にお ける

BNP

は心筋重量や症状と相関するといわれる86)が, 小児期では

BNP

が増加しない場合がある87)

Fallot

四徴 術後の肺動脈弁逆流に関しては

BNP

が容量負荷の指標 となり得るが,狭窄病変との関連性はない88).完全大血 管転位の心房スイッチ術後における体循環右心室不全で は重症度の指標となる89).一方,

Fontan

循環に関して は有用性が認められていない90)

③病態と悪化因子

(表6)  形態異常を有する先天性心疾患の主要な治療は手術で ある.単心室血行動態の心疾患の外科治療は

Fontan

手 術であるが,この機能的根治術に到達できず,姑息手術 のみ行われる場合もある.修復術後も

Fallot

四徴の肺動 脈弁逆流のような続発症を有し,再手術の対象となるこ ともある.さらに形態的異常がほとんどない心房中隔欠 損閉鎖例でも運動耐容能の異常91)

BNP

値の異常92) 認められる.  先天性心疾患の心不全は,出生後から手術までの心負 荷と,術後の遺残症,続発症,合併症による経年的な圧 負荷,容量負荷,張力や血流異常の負荷の結果として運 動耐容能や神経体液性因子の異常が生じる.周術期にお ける心筋障害は長時間の人工心肺運転,大きな人工補填 物の使用や大きな切開創等では起こり得る.このような 先天性心疾患固有の病態による心不全は,頻度は低いが 不可避である.しかし,治療法の進歩による予後の改善 は著しい.米国の集計では,先天性心疾患の心不全死亡 は非チアノーゼ性心疾患では百万人当たり

1

から

0.3

人 と低下し,チアノーゼ性心疾患では百万人当たり

0.1

か ら

0.16

人と不整脈死亡の減少に伴い微増している93) 我が国の報告では

1968

年から

1997

年で,死亡率は百万 人あたり

3.36

から

1.22

に減少している19)  小欠損とされる未手術心室中隔欠損,動脈管開存等の 左右短絡疾患でも加齢により心不全を生じるとの報告94) があるが,これと異なり,心不全はほとんど生じないと する報告95)もある.  成人先天性心疾患は右心不全・左心不全あるいは両心 不全を起こし得る因子を

1

つ以上有している4)

④症状

 慢性心不全ガイドラインでは左心不全として左房圧上 昇と低心拍出,右心不全の症状として浮腫と肝腫大が挙 げられている.左房圧上昇の症状は労作時の息切れから はじまり呼吸困難を呈する.低心拍出の症状として全身 倦怠感,頭痛等の神経症状,食思不振等非特異的なもの も多いとされる.先天性心疾患では低心拍出は左房圧上 昇を伴わずに起こることがあり,右室不全や

Fotan

循環 でも生じる.肺うっ血がなくても労作時の息切れを呈す る.浮腫や肝腫大は右室不全の症状であるが,肝性浮腫, 貧血,腎性浮腫等との鑑別が必要であり,

Fontan

循環で あれば蛋白漏出性腸症も鑑別が必要となる.

ESC

は,症 状として息切れ,安静時あるいは運動時の易疲労感と足 首の浮腫を挙げている75)

ACC/AHA

は,呼吸困難と疲 労で運動耐容能が制限され,あるいは肺うっ血あるいは 体うっ血を呈する水分貯留状態を呈する病態としている96)

⑤ 成人先天性心疾患にみられる疾患別の心不全症

状,修飾因子

(表7) 1)成人先天性心疾患の全体像としての心不全  成人先天性心疾患患者が慢性心不全の急性増悪で入院 する場合の症状は浮腫や体重増加,倦怠感(易疲労感), 呼吸困難,消化器症状,動悸等である97).症状は,基礎 心疾患や加療の内容によって異なる.

1,000

例の追跡調 査で心房中隔欠損や肺動脈弁狭窄を含むすべての心疾患 では

26

37

年間の経過で生存例の

13

%に心不全が認め られた98)

Fallot

四徴まで含む複雑先天性心疾患(非手 術例を含む)においては,平均年齢

33

歳で,

79

%が

NYHA

機能分類Ⅱ度以上を呈した83).この結果から,

30

歳代で

30

70

%に何らかの心不全が起こっていると 考えられる.我が国の報告では,

122

名(

29

歳平均)で,

NYHA

-

Ⅱ機能分類は,

87

%を占めていた99) ① Fallot四徴  

Fallot

四徴術後で成人期に達した患者の有症状例は少 表 6 先天性心疾患における主な慢性心不全の要因 1) 重度の大動脈弁狭窄や逆流,大動脈弁下・弁上狭窄あるいは大動脈縮窄 2) 重度の僧帽弁狭窄あるいは閉鎖不全 3) 未手術心房中隔欠損あるいは不全型房室中隔欠損 4) 修正大血管転位 5) 完全大血管転位の心房位血流転換術後(体循環右室) 6) Fallot四徴の初期手術症例や短絡手術後に長期経過した場合ならびに修復術後の重度の肺動脈弁逆流 7) 単心室 8) Fontan術後

(8)

なく,

7

%(平均年齢

34

歳)100)から

34

%(平均年齢

33

歳)101)である.有症者が

7

%の報告でも,最大酸素消費 量は予測値の

66

%と低値であり,多くは潜在的な心機 能低下があると考えられる100) ② 体循環右室疾患  体循環心室が右室あるいは単心室である病態は,

30

歳前後で有症率

17

%との報告がある102).修正大血管転 位と完全大血管転位の心房位血流転換術後は,

32

歳で 有症率

24

%であり,三尖弁閉鎖不全は右室機能不全と 密接に関連している103).修正大血管転位は平均

34

歳で

32

%が102)

45

歳で

55

%が104)心不全を発症し,合併形 態異常がない場合も

30

歳代で

30

%以上に認める104).完 全大血管転位の

Mustard

Senning

術後

18

23

年(観察 時年齢

21

歳)の遠隔期死亡が

10

18

%と

8

%で,

30

% が心不全死,約半数は突然死である105)

NYHA

機能分 類Ⅱ度以上が

51

55

%で,術後観察時年齢

34

歳で心不 全を

20

%に認める102).右室機能不全は

9

%,三尖弁閉 鎖不全は

15

%である106) ③ Fontan循環  

Fontan

循環は,遠隔期死亡

15

%のうち心不全死は

14

%であり,術後

10

年で有症率が

20

%である107)

321

例の平均術後期間

14

年,平均年齢

21

歳で,

22

例が死亡,

6

例が心移植をしており,合計

8.7

%であった108).運動 耐容能が正常は

4

%以下で,

NYHA

機能分類Ⅱ以上が

58

%, 心 不 全 死 は 全 死 亡 例 の

26

% で あ っ た. 成 人 期

Fontan

術後は

20

58

%に心不全を伴う102) ④ Eisenmenger症候群  我が国では

18

歳以上の平均

12

年の経過観察で心室中 隔欠損,心房中隔欠損あるいは動脈管開存に死亡例はな く,複雑心疾患は

25

年生存率

51

%と不良である109)

Ability index

も経時的に増悪し,低酸素血症よりも心機 能障害が主因と考えられている.海外の報告では生命予 後は

30

歳で

75

%,

40

70

86

%,

50

55

%~

74

%,

60

53

%である110).運動耐容能の低下は平均年齢

26

28

歳で,

80

84

%と有意な低下を示す111),112).E

isenmenger

を含むチアノーゼ性心疾患では

38

歳で

NYHA

機能分類 Ⅲ度以上の機能低下を

36

%に認め113)

39

歳で

93

%が有 症者である114) 2)各疾患の固有の素因,病態以外の心不全の修飾因子  長期間の低酸素血症,圧負荷(大動脈弁狭窄,弁下部 狭窄等),容量負荷(短絡術後,房室弁逆流,半月弁逆 流や遺残短絡),不十分な心筋保護,大きな心室中隔欠 損閉鎖パッチ,大きな心室切開創,遺残左室流出路狭窄 あるいは右室流出路狭窄や短絡(遺残心室中隔欠損等), 不整脈が挙げられる.さらに後天性弁疾患(弁膜症), 冠動脈疾患,高血圧,糖尿病,妊娠,心内膜炎,慢性呼 吸器疾患,心筋障害性化学療法や縦隔照射,違法薬物, 表 7 成人先天性心疾患と NYHA 心機能分類(報告例のまとめ) 対象疾患 評価時年齢 患者数 評価方法 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ 文献 mean ± SD (%) (%) (%) (%) 成人先天性心疾患 30~37 1000 functional status*1 25.4 37.8 6.3 1.7 98 成人先天性心疾患 33.5 ± 1.5 53 NYHA 20.7 58.5 18.9 1.9 83 成人先天性心疾患 34.0 ± 11 49 NYHA 22.0 57.0 20.0 0.0 84 Fallot四徴 34.0 ± 11 99 NYHA 93.0 7.0 0.0 0.0 100 Fallot四徴 33.3 ± 13.2 85 NYHA 65.9 24.7 9.4 0.0 101 非チアノーゼ性先天性心疾患 33.0 ± 12.9 478 NYHA 53.9 34.8 11.2 0.0 113 右室性体心室 /右室性単心室 30.2 188 NYHA 82.4 13.3 4.3 102 修正大血管転位 合併症なし 34 ± 15 50 CHF*3 34.0 104 合併症あり 32 ± 12 132 CHF 51.0 104 完全大血管転位 大血管位転換術 20.2 213 NYHA 47.4 48.0 4.6 0.0 105 完全大血管転位 Mustard術 25.3 88 NYHA 44.6 48.2 7.1 0.0 106 Senning術 19.0 329 NYHA 47.9 47.9 4.1 0.0 106 Fontan術 21 ± 9 321 NYHA 42.0 43.0 15.0 0.0 108 Eisenmenger症候群 26.1 ± 9.7 188 ability index 20.0 64.0 14.0 2.0 111 Eisenmenger症候群 28.6 ± 10.8 109 NYHA 15.0 41.0 38.0 6.0 112 チアノーゼ性先天性心疾患 34.5 ± 12.7 82 NYHA 11.0 28.9 30.1 0.0 113 チアノーゼ性先天性心疾患 39.4 ± 14.3 53 NYHA 7.4 67.9 24.5 0.0 114 *1 functional statusはexellent,good,fair,poorに分類している, *2 NYHA: NYHA機能分類, *3 CHF: 心不全

(9)

腎疾患,肝疾患,睡眠時無呼吸,甲状腺機能障害(機能 亢進あるいは機能低下)肥満が挙げられる75)  医療の進歩とともに外科治療や内科治療も変化するた め,今後も心不全の病態も変わることが予想される.

3

感染性心内膜炎

 感染性心内膜炎は,一定数に発症し115),116),罹病率, 死亡率が高い.最近は,成人先天性心疾患に多く認め る117)−119).成人先天性心疾患にみられる心内膜炎の特 徴を表8に示す117),118)  発症予防は非常に重要で,予防のためには,(

1

)ハイ リスク心疾患,(

2

)感染危険率の高い手技・処置,(

3

) 心内膜炎の予防法を認識することが必要である.

AHA

の心内膜炎ガイドラインは,中等度リスク以下の先天性 心疾患では,歯科処置の際の抗菌薬予防が推奨されな いとした120)

2008

年の

AHA

の成人先天性心疾患ガイ ドラインは,高リスク群での予防投薬を推奨するととも に,大動脈二尖弁等ハイリスク心疾患以外でも予防投与 を許容している4).一方,日本循環器学会の心内膜炎ガ イドラインは,心房中隔欠損(二次口型)を除きほとん どの先天性心疾患で予防投薬を推奨している13).日本の 先天性心疾患の心内膜炎に関する多施設研究結果では, 中等度リスク群の歯科処置後の心内膜炎発症を

6

%程度 に認めている.さらに,心内膜炎の死亡率は

8.8

%であり, いわゆる中等度リスク疾患以下でも心内膜炎による死亡 率は決して低くはないとしている117)

①基礎心疾患別リスク

表 9

 心房中隔欠損単独の場合を除く,大部分の未修復先天 性心疾患は,心内膜炎のリスクがある.複雑先天性心疾 患は,人工材料を用いる手術が多く修復術後も感染リス クが高い.日本の多施設研究117)では,術後の心内膜炎 が全体の

55

%を占める(修復術後:

63

%,姑息術後:

37

%).この内,チアノーゼ性心疾患は

75

%で,姑息術 後では,高頻度に認められる.成人先天性心疾患の心内 膜炎は,心室中隔欠損が多く,次いで,

Fallot

四徴,僧 帽弁疾患,大動脈弁疾患と続く117),121)

②症状

 感染症状(発熱等)に基礎疾患,感染部位,塞栓部位, 表 8 成人先天性心疾患にみられる心内膜炎の特徴 1.原因が判明した場合は,歯科処置,次いで,心臓外科処置に起因することが多い 2.右心系感染の頻度が高い 3.心不全,塞栓症状の頻度が低い 4.抗菌薬治療は概ね良好 5.急性期の心臓外科手術頻度が高い 6.人工材料感染が多い 7.経食道エコー法診断を必要とする 表 9 基礎疾患別リスク 1.高度リスク群 人工弁術後 細菌性心内膜炎の既往 複雑チアノーゼ型先天性心疾患(未手術/人工材料を使った修復術後) 体肺動脈短絡術後 人工材料を使用した心房中隔欠損,心室中隔欠損の修復術後やデバイス閉鎖後6か月以内 2.中等度リスク群 ハイリスク群を除くほとんどの先天性心疾患 弁機能不全 肥大型心筋症 弁逆流を伴う僧帽弁逸脱 3.感染の危険性が特に高くない例(一般の人と同等の危険率) 単独の二次孔型心房中隔欠損 心房中隔欠損,心室中隔欠損もしくは動脈管開存の術後(術後6か月を経過し続発症を認めない例) 冠動脈バイパス術後 逆流を合併しない僧帽弁逸脱 無害性心雑音 弁機能不全を伴わない川崎病既往例 弁機能不全を伴わないリウマチ熱既往例 (文献123を改変)

(10)

免疫学的反応等の影響が加わり,多彩な症状を呈する. 合併症は,弁逆流悪化,心不全,弁輪部膿瘍,人工弁機 能不全,全身塞栓,脳塞栓,不整脈,膿瘍形成,細菌性 動脈瘤であり,全体の約

50

%に認められる122)

③診断

 

Duke

modified

Criteria

123),124)は先天性心疾患にも有

用な診断基準とされる. 1)血液培養  原因菌は初期

3

回の培養で検出されることが多いた め,培養は

24

時間に

2

3

回で十分である125).菌血症 は持続的に生じているため,高熱時のみに培養を行う意 味はない.血液培養の陽性率は,

68

98

%である(日 本多施設研究では

84.1

%)117) 2)心エコー法  疣腫の大きさ,形態,位置,可動性,弁逆流,心機能 を診断できる126),127).塞栓のリスク,手術適応の決定に も有用である.人工材料感染は,疣腫の検出が困難な場 合がある125) 3)内科的治療法 ① 推奨される抗菌薬とその使用法(菌種が同定されて いる場合)  広く用いられる抗菌薬治療法は,循環器病の診断と治 療に関するガイドラン・感染性心内膜炎ガイドラインを 参照13) ② エンピリック治療(菌種が同定されていない場合)  一般的に,亜急性(口腔内感染が疑われる場合等)で あれば,α溶血性レンサ球菌,腸球菌に有効であるペニ シリン

G

(ないしはアンピシリン)とアミノグルコシド 系薬剤の組み合わせとする.急性でメチシリン耐性ブド ウ球菌が強く疑われる場合,心臓手術後

2

か月以内で, 特に人工弁置換術後は,バンコマイシンを併用する128) 4)外科的治療法 外科手術の適応,時期  外科療法の適応は,心不全増強,感染コントロール不 良,可動性疣腫(>

10mm

),塞栓,真菌感染,人工弁 感染,進行性病変(弁輪周囲膿瘍,心筋膿瘍,伝導系異 常),人工材料(グラフト等)感染である129),130).急性 期でも,血行動態が悪化すれば,ためらわずに外科治療 を行うことが推奨されている13),131),132) 5)予防  予防に関する患者教育は大切で,特に

10

20

歳台の 患者は,予防に関する注意を繰り返し喚起する必要があ る133),134) ① 予防を必要とする手技,処置  循環器病の診断と治療に関するガイドラン・感染性心 内膜炎ガイドラインを参照13).正常分娩でも,会陰切開 等侵襲的操作を加えることも多いため,感染リスクがあ る疾患での出産時は,抗菌薬投与が推奨される4) ② 歯科,口腔,呼吸器,食道の手技,処置における抗 菌薬予防法(表10)  抗菌薬予防が重要だが,日常生活での予防(歯磨きの 励行,にきび,アトピーのケア,爪かみの中止等)も重 要である11),134).心臓手術予定患者は,歯科処置を術前 に済ませることが推奨される.

4

チアノーゼ型先天性心疾患にみられ

る全身系統的異常

 未修復術あるいは姑息手術後のチアノーゼ型先天性心 疾患は,長期にわたる低酸素血症とそれに付随した二次 性赤血球増多により,中枢神経系,血液凝固系,全身血 管系,心筋・冠循環,尿酸代謝,腎臓,四肢骨格等,全 表 10 歯科,口腔,呼吸器,食道の手技,処置における予防法 対象 抗菌薬 投与法 経口投与可能 アモキシシリン 2g/回処置1時間前経口 経口投与不可 アンピシリン 2g/回処置30分以内に静注 ペニシリンアレルギーがある場合 (1)クリンダマイシン 600mg/回処置1時間前に経口 (2) アジスロマイシンあるいは クラリスロマイシン 500mg/回処置1時間前に経口 ペニシリンアレルギーがあり,経口投与不可 (1)クリンダマイシン 600mg/回処置30分以内に静注 (2)セファゾリン 1g/回処置30分以内に静注 (注)これらの投与量,投与回数は,多数例での証拠に基づいていないため,体格,体重に応じて減量可能と考えられる.

(11)

身多臓器の異常を伴う(表11).これらの合併症を早期 に診断し,悪化因子を除去し(表12),予防と的確な治 療を行うことが,

QOL

や予後を改善させるために重要 である.我が国の多施設共同研究では,チアノーゼ型先 天性心疾患の長期予後は,

18

歳以降の

10

年生存率

91

%,

20

年生存率

84

%と,これまでの報告に比べ良好であり, これは近年の早期診断と治療の開始を反映しているもの と思われる135)

①過粘稠症候群

 慢性低酸素に伴いエリスロポエチン分泌が増加してい るため,常に骨髄造血が亢進している.このため赤血球 数が増加し,その程度に応じて血液粘稠度は上昇する. 血清鉄が欠乏し相対的鉄欠乏性貧血を合併すると,赤血 球形態は球状となり血球の変形能は低下し,末梢循環障 害を来たし,組織への酸素運搬能は低下する.その結果, 頭痛,めまい,失神,視力障害(複視,ぼやけ),耳鳴, 筋肉痛,筋力低下,手指や口唇の感覚異常等過粘稠度症 候群を来たし,脳血管障害(脳血栓)の危険性が増す. 一般的に,ヘマトクリット値

65

%以上で過粘稠症候群 の症状を認めるが,慢性消化管出血や大量生理出血等鉄 欠乏性貧血を合併する場合には,

65

%以下でも症状を 来たしやすい.これに対し,鉄欠乏のない正球性赤血球 増加の場合には,ヘマトクリット値が

65

%以上であっ ても,症状がないか軽度である. 【管理指針】まず,脱水と鉄欠乏貧血の有無を判定し, これらがあれば補正を行う.瀉血の適応は,脱水と鉄欠 乏貧血を改善しても明らかな過粘稠症候群があり,ヘマ トクリット値が

65

%以上の場合とする(

Class

I).術 中出血を軽減するため,術前にヘマトクリット値

65

% 以下を目標に瀉血を行う場合があり,凍結血漿等で凝固 因子を補充する.ヘマトクリット値のみに基づく頻回の 瀉血は,鉄欠乏を来たし血液粘度をさらに上昇させ悪循 環となり,脳血栓の危険性も高まるため,過粘稠症候群 の症状がない限り避けることが望ましい4),136)−138)

.

②出血傾向

 約

20

%のチアノーゼ性心疾患で,血小板の減少や機 能異常,

von Willebrand

因子やその他の凝固因子の減少 等の出血凝固系異常が認められる.さらに,赤血球増加 に伴い血管内皮の

shear streess

が上昇し,一酸化窒素, プ ロ ス タ グ ラ ン ジ ン や

VEGF

vascular endothelial

growth factor

)産生が亢進し,細動脈拡張や毛細血管増 表 11 チアノーゼ先天性心疾患の全身合併症(文献 135 より改変) 1.血液学的異常 赤血球数の増加 エリスロポエチン高値 過粘稠度症候群 出血傾向(血小板減少,von Willebrand因子異常,血管拡張,新生血管増生) 脳血栓 肺内出血・喀血 2.ビリルビン代謝異常 胆石・胆のう炎 3.尿酸代謝異常 尿酸値高値・痛風発作 4.低コレステロール血症 5.腎合併症 蛋白尿,腎機能低下,ネフローゼ症候群,腎不全 糸球体毛細血管拡張,間質細胞増生 6.運動時心肺異常反応 運動時多呼吸,酸素消費量増加不良 7.全身血管系異常 末梢血管拡張,血管新生,冠動脈拡張,冠血流予備能低下 8.四肢,長管骨の異常 ばち状指,肥厚性骨関節症 9.感染性心内膜炎 表 12 チアノーゼ先天性心疾患の状態悪化因子 1.妊娠 2.全身麻酔 3.脱水 4.大量出血,貧血 5.非心臓手術 6.心臓手術 7.血管拡張薬,利尿薬,経口避妊薬(一部),鎮痛解熱薬 8.心臓カテーテル検査,運動負荷試験 9.フィルターのない静脈ライン,長時間の座位 10.高地訪問 11.下気道,肺感染

(12)

生を生じる.この出血凝固異常と細動脈拡張や毛細血管 増生のため,臨床上出血しやすい状態にある.喀血(肺 外出血),肺内出血の頻度は高く,下気道感染時に多く 認められ,時に致死的となる.

Eisenmenger

症候群の肺 動脈瘤破裂と肺動脈血管梗塞,肺血流減少性心疾患に合 併する体肺側副血行路や肺内新生血管からの出血が原因 である. 【管理指針】中等度以上の肺出血が疑われる場合は,原 則として入院安静とし,胸部

X

線や必要であれば

CT

ス キャンで,出血の程度や部位,肺血栓の有無を確認する. 出血量が多い場合は,血液製剤投与やビタミン

K

製剤投 与を行う.内因性の

von Willebrand

因子誘導薬である,

Desmopressin

が有効な場合がある135).側副血行路から の出血の場合,責任血管のコイル閉鎖術が有効な場合も あるが,明らかな責任血管が不明である場合が多い.ま た,出血急性期に施行する場合には,出血を助長するこ とがあり,その施行には慎重な検討が必要である.気管 支鏡検査は,元来出血傾向のあるため出血を助長する可 能性があり,また出血部位の同定に有用でない場合が多 く,一般的にはすすめられない135),137)−143)

③腎障害,尿酸代謝異常

 腎機能異常として,蛋白尿,高尿酸血症,糸球体硬化 症がある.過粘度の血液ろ過が行われるため,糸球体内 静水圧が上昇し,蛋白尿を生ずる.ネフローゼ症候群, チアノーゼ腎症(血清クレアチニン>

1.5mg/dL

)とな る例も見られるが,最近の全国調査では,チアノーゼ性 先天性心疾患患者の

1.6

%と頻度は低い143),144) 【管理指針】チアノーゼ性腎症に,

ACE

阻害薬が有効と の報告があるが,末梢血管の拡張に伴う右左短絡の増加 により,チアノーゼの増強や赤血球増多を助長する可能 性があり,注意が必要である.定期的な血液検査,尿検 査が必要である.糸球体濾過率(

GFR

)が著しく低下し た症例では,造影剤や薬剤投与(特に抗菌薬や

ACE

阻 害薬等)には注意を要し,適切な投与量の設定が必要で ある135),137),145)−147)

④尿酸代謝異常

 血清尿酸値はヘマトクリット値と正相関し,加齢とと もに上昇する.フロセマイド投与例でも上昇する.赤血 球増多に伴う尿酸産生増加と尿細管異常による尿酸の再 吸収増加が主な原因と考えられている.尿酸腎症や尿酸 結石を来たすことはまれである.約

20

%程度に痛風性 関節炎がみられるが,尿酸値の値から予想されるほど高 頻度ではない. 【管理指針】痛風発作時の治療法は一般的な痛風性関節 炎と同様であり,コルヒチンやアロプリノールが有効で ある.無症状の高尿酸血症に対して治療は行わない が,136),137),141)痛風発作既往例では,尿酸産生抑制薬, 排泄促進薬の投与や食事の指導と尿のアルカリ化を計る ことも行われる.

⑤中枢神経系異常

 脳梗塞,脳出血,脳膿瘍等がある.脳血栓の発症率は 低く,赤血球増多単独では脳血栓の危険因子とはならな い.しかし,チアノーゼ性先天性心疾患成人例に頭部

CT

検査を行うと,無症候性の陳旧性脳血栓を認めるこ とが少なくない. 【管理指針】本来出血傾向が強く,肺出血が致命的にな ることがあるため,脳血栓予防のための抗血小板薬,抗 凝固薬投与は,できるだけ慎重になるべきである.しか し,脳血栓・塞栓を含む全身血栓既往例や,心房細動, 妊娠後期,

Fontan

術後等の凝固能亢進状態では,抗血小 板薬や抗凝固薬投与が検討される137),148)−150)

⑥ビリルビン代謝異常(胆嚢結石,胆嚢炎)

 赤血球増多により,肝臓でのビリルビン処理能を超え たビリルビン過剰産生により,胆道内の非水溶性の非抱 合ビリルビンが増加する.このためと慢性の腎機能低下 のため,胆嚢内にビリルビン石が生じやすく,胆嚢炎の 併発も少なくない2).修復術によりチアノーゼや赤血球増 多が解消した術後長期遠隔期でも,胆石保有率は高く150) 急性胆嚢炎を認めることがある.時にグラム陰性菌によ る菌血症を伴うことがあり,心内膜炎の合併にも注意が 必要である.症状がない限り,手術は控えた方が望まし い135),137).(非心臓手術の項参照)

⑦末梢血管拡張,増生

 赤血球増多.血液粘稠度の増加に基づく

shear stress

増大により,血管内皮を介して一酸化窒素(

NO

),プロ スタグランジン分泌亢進が起こり,末梢血管拡張が生じ る.さらに,血管新生が盛んで全身の末梢血管,毛細血 管が増生する.このような末梢血管床の発達は,慢性的 な組織低酸素状態に対する二次的な反応と考えられてい る. 【管理指針】元来の血液凝固異常や末梢血管拡張や増生 のため,手術時に大量出血を伴うことがあり注意が必要 である135),137)

(13)

⑧冠動脈異常,心筋障害

 心筋細胞肥大がないにもかかわらず,冠動脈拡張・蛇 行が認められる場合がある.これは,末梢血管拡張の発 症機序と同様で,心筋の慢性酸素欠乏状態に対する適応 反応と考えられる.冠動脈が拡張していても,動脈血酸 素飽和度の高度低下例,心筋肥大例,酸素需要の高い状 態では,それに見合うだけの酸素は供給されない.また, 冠動脈血流量は安静時,負荷時ともに一般人と比較し多 いが,冠血流予備能は低下している.そのため,慢性低 酸素血症に伴う二次的な心筋障害が長期にわたり,非可 逆性の心筋障害へと進行する135),151)  脂質代謝異常があり,血中総コレステロール,

LDL

low density lipoprotein

),

HDL

high density

lipoprotein

)のすべてが,心修復術後でも低値をとる. また,冠動脈粥状硬化病変は認められず,虚血性心疾患 の頻度も非常に低い135)

⑨四肢の異常

 ばち状指,肥厚性骨関節炎等が合併する.肥厚性骨関 節炎は約

30

%に認められ,無症状から高度の圧痛や自 発痛を伴うものまで症状は様々である.側弯も高頻度に 認められ,重症例では,呼吸機能を障害し,整形外科的 治療を要する場合もある.爪周囲組織の増生や骨膜肥厚 等の増殖性変化は,腎臓での細胞増生と同様に巨核球, 血小板組織増生因子と関連する135),152)

⑩運動に対する心肺の特異的反応

 安静時には,呼吸数増加と動脈血二酸化炭素分圧の上 昇があり,運動開始後には早期に呼吸数増加が見られる ことが特徴である.運動開始後早期多呼吸は,運動によ る体血管抵抗低下に伴う右左短絡の増大,末梢低酸素に よる代謝性アシドーシスに対する二次的反応である.運 動制限は,多くの場合,心機能低下ではなく呼吸困難に 起因する.運動時の酸素消費量は,肺血流量と肺動静脈 酸素飽和度較差に依存するため,肺血流量増加が少ない 本疾患群では,運動時の酸素消費量の増加が少なく,安 定状態となるまで長時間を要する.また,運動後,クレ アチニンリン酸の再合成が遅れるため,回復時間も遅延 する.組織低酸素や骨格筋内乳酸値上昇も,運動耐容能 を大きく制限する因子である135),137)

⑪飛行機旅行

 飛行機旅行での問題点は,低酸素,静脈血栓,生理的 精神的ストレス,心疾患病態悪化(不整脈,肺血栓等), 感染症への暴露である.機内では,気圧低下に伴い約

8

%の酸素飽和度の低下が起こるが,無意識の多呼吸で対 応しているため,全身状態には影響を及ぼさない.チア ノーゼ性心疾患患者では,赤血球増加と酸素解離曲線の 右方偏位により,組織への酸素運搬が維持されているた め,影響は少ない.しかし,状態悪化時の対応に備え, 酸素ボンベの準備は望ましい(

Class

Ⅱ).機内は,湿度 が非常に低いため,脱水による血液濃縮,血栓形成,静 脈血栓を生じやすい.特に,

12

時間以上の長時間の飛 行では,深部静脈血栓からの

thromboembolism

や脳血栓 の危険性が高いため,十分な水分補給(アルコールやカ フェインを含まない水分)による脱水の予防が重要であ る(

Class

I).また,着席での下肢の運動,時々の離席 と機内歩行,弾力ストッキングの着用等の工夫が必要で ある.特に,

Fontan

術後で抗凝固療法を行っていない場 合には,一時的にアスピリンを

1

週間前から帰国まで服 用させることも血栓塞栓の予防として有用である.また, 過度の緊張や空港内の長距離の移動を避けるため,車い すの利用を考慮する.これらの注意点を守れば,飛行機 による旅行も十分に可能である4),137),153)−155).肺高血圧 を有する患者でチアノーゼを伴わない場合は,反応性の 多呼吸が十分でないことが多く,あるいは,多呼吸を生 じても酸素解離曲線の左方偏移が起こり組織への酸素運 搬が低下する.この低酸素や脱水が肺高血圧クリーゼを 誘発しやすく,飛行機旅行はすすめられない.しかし,

Eisenmenger

症候群のように肺高血圧にチアノーゼを伴 う場合は,赤血球増加と酸素解離曲線の右方偏位により 飛行中の毛細管酸素分圧低下はわずかであり,組織への 酸素運搬はほとんど減少しない.このため,

Eisenmenger

症候群の飛行機旅行は,安全とされている153),156)

5

肺高血圧(病態)

①背景

 安静時仰臥位での主肺動脈平均圧が

25mmHg

,労作 時

30mmHg

以上,肺動脈楔入圧

15mmHg

以下で,肺血 管抵抗が,

10Wood

単位

/m

2以上を伴う場合を肺高血圧 と定義する.肺動脈血圧は,胎内では大動脈圧とほぼ同 一であるが,その後生理的に下降し生後

3

週間で成人レ ベルに低下する.中等度以上の左右短絡が持続すると肺 動脈閉塞性疾患に発展するが,適切な時期に手術を行え ば肺高血圧は可逆的である.しかし,既に小児期に手術 適応のない症例や,欠損孔が存在するにもかかわらず出 生後も左右短絡による肺血流増加の時期がみられずに肺 高血圧が進行することがある157)

(14)

 肺高血圧が非可逆的になり,左右短絡の減少による肺 うっ血の軽減と右左短絡の増加によるチアノーゼが出現 すると,

Eisenmenger

症候群と呼ばれる血行動態となる. 肺血管抵抗は

10Wood

単位

/m

2以上となり,肺体血管抵 抗比も

1

に近くなる.  

Eisenmenger

症候群の生命予後は最近改善してきた が,多くは

30

歳後半から

40

歳代であり,最後の数年は 低酸素血症と心不全症状が強い.

②病態生理学的異常

158)

 

2008

年(

Dana Point

WHO

分 類 が 改 訂 さ れ,

Eisenmenger

症候群は各種疾患に伴う肺動脈性肺高血圧 として

1.4.4

の先天性心疾患に分類された. 1)血管作動物質  肺血管に作用する血管作動物質の異常が存在する.血 管収縮物質には,エンドセリン

1

,トロンボキサン

A2

, アンギオテンシン,プロスタグランジン

F2

α等がある. 一方これに拮抗する拡張性物質にはプロスタサイクリン (

PGI2

),一酸化窒素(

NO

),プロスタグランジン

E1

が あり,通常肺高血圧では,血管収縮物質の過剰と拡張物 質の減少が特徴である.また多くの血管収縮物質には細 胞増殖作用があり,これらには内皮細胞障害,血管腫の リモデリング(再構築)とアポトーシス抵抗性を示す. 2)血管壁の再構築  病理学的特徴は,血管内微小血栓・凝固異常,血管壁 の細胞増生と肥厚,血管壁の再構築である.分子学的に はエンドセリン,血管内皮細胞増殖因子(

VEGF

)の発 現亢進,内皮型一酸化窒素合成酵素(

eNOS

),プロス タグランジン

I2

の発現減弱が認められる. 3)遺伝子異常  肺動脈性肺高血圧の分子学的異常の

1

つに,

Bone

Morphogenetic Protein Receptor Type

Ⅱ(

BMPR2

)の変 異,

Activin receptor-like kinase-1

Alk1

)の変異が報告 されている.特発性肺高血圧の散発例で

10

30

%,家 族例でも

40

70

%で認められる.

Eisenmenger

症候群 では

6

%との報告がある159).その他修飾因子

modifier

gene

として,

eNOS

Serotonin transporter

,アンジオテ ン シ ン Ⅱ, ア ン ジ オ テ ン シ ン 変 換 酵 素(

ACE

) の

polymorphism

Kv

チャネル,内皮細胞依存性過分極因 子(

EDHF

),細胞外マトリックス等の異常が考慮され ている.

③症状と診断

 表13に臨床症状を示す159)  失神発作:特に修復術後の短絡のない肺高血圧では運 動誘発性の失神発作がある.時に突然死を認める.これ は,運動に伴う肺血管拡張が生じないにもかかわらず, 末梢血管は拡張し血圧と脳血流が低下するためである. 心房中隔欠損に伴う肺高血圧では,心室中隔欠損・肺高 血圧,動脈管開存・肺高血圧と異なり,運動に伴う右− 左短絡が充分に生じないため,失神を来たすことがある.  運動時呼吸困難:軽度の等張性運動では変化がないが, 等尺性運動では症状が増悪する.短絡の残っている(非 手術)肺高血圧では右−左短絡が増加し,酸素飽和度の 低下と二酸化炭素の増加により,呼吸中枢の反射で呼吸 促迫になり,“息苦しさ”を感じる.  診察上,聴診では,心音Ⅱ音の単一亢進,短絡性の収 縮期心雑音は消失し,三尖弁閉鎖不全,そして拡張期の 肺動脈弁逆流心雑音(

Graham-Steell

雑音),時に肺動脈 性の収縮期クリックが聴かれる.  診断に有用な検査を表14に挙げる.

④非手術例

 

Eisenmenger

症候群は,左−右短絡性疾患に伴う肺血 管の非可逆的閉塞性変化である.臨床症状としては,右 左短絡のための労作時低酸素血症,チアノーゼ,ばち状 指,高尿酸血症,慢性腎疾患(蛋白尿,慢性腎炎,ネフ ローゼ症候群),肥厚性骨関節症,血栓塞栓症,細菌性 心内膜炎,過粘度症候群等の全身症状を伴う. 1)心房中隔欠損症に合併する肺高血圧症  心房中隔欠損の修復手術適応は肺体血流量比

Qp/Qs

1.3

,肺血管抵抗値

PVR

14

単位で拡張反応の残存例と されている.

Eisenmenger

症候群でも,三尖弁前短絡(例: 心房中隔欠損)と三尖弁後短絡(例:心室中隔欠損や動 脈管開存)では血行動態が異なる(表15).心房中隔欠 損・

Eisenmenger

症候群では著しい右室機能低下があり, 右室圧は全身血圧以上に高く著明な右室拡大を示す.左 室は歪んで押しつぶされた三日月状である.一方,心室 表 13 肺動脈性肺高血圧の主な症状 呼吸困難,低酸素血症 バチ状指 胸痛,動悸 運動時失神 右心不全による浮腫(顔面,前脛骨部) 頚静脈怒張

(15)

中隔欠損・

Eisenmenger

症候群は,心室中隔が平坦で左 室は

D

型を示すことが多い.右室

/

左室の壁肥厚は同程 度,右室機能は比較的正常である.右室機能低下時は, 左室機能もある程度低下している.特発性肺動脈高血圧 の一部には大きな心房中隔欠損を伴う場合があるが,若 年例の心房中隔欠損・肺高血圧で肺血管抵抗値が

10

14Wood

単位以上で

20

30Wood

単位という高値を示す 症例は,特発性肺動脈高血圧・心房中隔欠損と考えるの が妥当と思われる. 2)手術適応の最終決定  肺血管抵抗値が規定以上に上昇している場合は,修復 術が不可能である.それぞれの疾患で手術適応の目安が 決定されている(各論参照).心臓カテーテル検査での 血行動態指標と,血管拡張薬や

100

%酸素吸入への反応 性が目安となる(表16).境界線上の症例では肺生検に おいて,

Heath-Edwards

Grade

-

Ⅵ)160),八巻(

IPVD

法)161)または

Ravinovitch

の基準(

A

B

C

162)を参考に 表 14 肺高血圧の検査 Ⅰ.生理学的検査  ●心電図(強い右軸偏位,右室肥大)  ●心エコー法(右房,右室,肺動脈の拡大,左室の縮小化)肺動脈弁逆流,三尖弁逆流  ●負荷心電図  ●24時間ホルター心電図(特に心房性頻拍,心房細動,発作性上室性頻脈)  ●経皮酸素モニタリング  ●肺機能検査  ●6分間歩行 Ⅱ.画像検査  ●胸部 X線(心拡大,主肺動脈,右肺動脈枝の拡張,肺野末梢の血流減少)  ●CT(主肺動脈の拡大,肺動脈末梢狭小化,血栓の有無)  ●肺血流シンチグラフィー(血栓による局所性灌流欠損)  ●心筋シンチグラフィー(右室の描出,拡大)腹部超音波,肝胆系,門脈系の異常  ●MRI Ⅲ.血液検査  ●血算,生化学検査,肝,腎機能,甲状腺機能検査  ●出血・凝固検査,プロテイン C,プロテインS  ●尿検査  ●膠原病関連検査,抗リン脂質抗体  ● 血管作動物質 hANP,BNP,エンドセリン1,トロンボキサンB2,6-Keto-prostaglandin F1 alpha Ⅳ.尿検査 表 15 心房中隔欠損・肺高血圧と心室中隔欠損(動脈管開存)・肺高血圧の相違 Eisenmenger症候群 三尖弁前短絡 三尖弁後短絡 心疾患 心房中隔欠損 心室中隔欠損,動脈管開存 右室圧 >大動脈血圧 ≒大動脈血圧 右室不全 頻度高い 稀 右室サイズ 拡大 左室と同じ 壁厚 肥厚 左室と同じ 右房圧 上昇 正常 左室形態 三日月型 D型 表 16 肺高血圧に対する心臓カテーテル検査 1) 肺血管抵抗 肺動脈平均圧(PAm),大動脈平均圧(Aom),右房平均圧(RAm),肺動脈楔入平均圧(PCW),心係数(CI)を測定し肺血管 抵抗(Rp),体血管抵抗(Rs),肺体血管抵抗比(Rp/Rs)を算出する.肺血管抵抗値から10Wood単位/m2以上を肺高血圧症 と定義し,8~10Wood単位/m2は境界領域である. 2) 急性負荷試験 a.純酸素吸入試験:純酸素10~15L/minを10~15分吸入させる. b.一酸化窒素吸入,プロスタグランジンI2静注,ニフェジピン等の投与により拡張性の有無が検索できる. c.上記の負荷によって肺血管抵抗が6Wood単位/m2以下となる症例は予後良好である. d. 肺血管抵抗が>20%低下,肺動脈平均圧が>20%低下し,心拍出量が増加する場合をResponder,肺血管抵抗が<20%の 低下で,肺動脈平均圧が減少しない場合を Non-Responderと呼ぶ.

表 43 成人先天性心疾患に見られる主な単一遺伝子症候群 症候群 遺伝子座 遺伝子 主な合併心疾患 合併 頻度 Noonan/RAS/MAPK症候群 12q24.1  PTPN11 心房中隔欠損,心室中隔欠損,肺動脈狭窄,  3p25 RAF1 動脈管開存,肥大型心筋症 12p12.1 KRAS 2p22-p21 SOS1 11p15.5 HRAS 7q34 BRAF 15q21 MEK1 19p13.3 MEK2

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