低形成)
1 解剖学的特徴と病態生理
①解剖学的特徴
Fontan
手術は,心室低形成や房室弁異常のため二腔心修復が困難である機能的単心室血行動態を有するチアノ ーゼ性先天性心疾患(単心室,肺動脈弁閉鎖,三尖弁閉 鎖,左室低形成等)に行う手術である.低酸素血症解消 と心室容量負荷軽減を目的とした肺循環への駆出心室
(右心)をバイパスした姑息的修復術である.手術法は 大きくは右房−肺動脈の直接吻合(
APC; atriopulmonary connection
) 法 と 大 静 脈 肺 動 脈 連 合(TCPC; total cavopulmonary connection
)法に分類される.TCPC
法は,心房負荷が少ない利点がある.
TCPC
法は,時代ととも に改良が試みられ,心房壁の一部を利用したlateral
tunnel
法(intra-atrial rerouting
),利用しないintra-atrial
grafting
法,さらに,最近では心外導管や下大静脈を肺 動脈に直接吻合した心外導管法(extra-cardiac grafting
) が主流である43).②病態生理
肺循環への駆出心室が欠如しているため,中心静脈圧 上昇(静脈高血圧)と体心室拡張能が肺循環を維持する ための規定因子となる.血行動態的には中心静脈圧上昇,
体心室前負荷障害,後負荷増大と低心拍出量を特色とし た慢性心不全病態を示す.運動耐容能は低下する1032). しかし,必ずしも自覚症状と一致しない213).また,静 脈高血圧歴が長く,腹部臓器の静脈鬱血のため,肝機能,
腎機能および腸管機能に悪影響が及ぶことがある.術後 遠隔期の管理,治療に難渋する合併症は,(1)不整脈,
(2)蛋白漏出性腸症(
PLE; protein losing enteropathy
),(3)肺動静脈瘻(
PAVF; pulmonary arteriovenous fistulae
),(4)肺塞栓を含めた血栓症,(5)心機能低下,(6)心機 能低下を伴う房室弁閉鎖不全が主であるが1032),成人期 では,さらに,(7)腎機能低下1033),(8)肝硬変を含む 肝機能障害1034),(9)喀血も予後悪化をもたらす可能性 がある1035).まれながら(10)消化管出血や1036()11)大 動脈解離の報告も見られる1037).また,高頻度に(12) 耐糖能異常が存在し心事故と関連する1038).これらのこ
とから,
Fontan
手術後は,特異な循環に由来する房室弁閉鎖不全や心機能不全を含む慢性心不全病態と,循環不 全に伴う多臓器障害を考慮した管理,治療戦略が重要で ある.
Plastic bronchitis
も注意すべき合併症であるが1039), 成人期の報告はない.Fontan
術後遠隔期の重要な合併症 を表82に示す.2 臨床所見
①症状
成人慢性心不全と同様の症状が多い.運動耐容能は低
下し,息切れ,疲労等の有症状(
NYHA
機能分類Ⅱ以上)の頻度が高い212).早朝の軽度顔面浮腫,下腿浮腫の頻 度も少なくない.頭痛や起立障害の訴えも多いが,血行 動態の重症度との関連は不明である.
②身体所見
良好な血行動態であっても90~95%未満の軽度低酸 素血症を呈する場合が多く212),成人の後天性慢性心不 全病態と異なる.有意な肺動静脈短絡や大静脈肺静脈短 絡が発達した場合には高度の低酸素血症を示す.Ⅱ音は 単一で,大動脈駆出音を聴取する.房室弁閉鎖不全や心 室流出路狭窄を合併すれば収縮期雑音を,大動脈弁閉鎖 不全では拡張期雑音を認める.巨大な冠動静脈瘻を合併
し
to and fro
雑音を聴取する場合もある.肝静脈鬱血に起因する肝腫大を認める.また,下腿の浮腫に加え長期 静脈高血圧からの色素沈着の頻度も高く,重症な場合に は静脈瘤や潰瘍を伴うことがある1040).
3 検査所見
①胸部 X 線
APC
では拡大した右房のため心陰影が拡大する.TCPC
では一般に心陰影は小さいか正常であるが,心外 導管術後では導管陰影が心陰影と重なり心胸郭比は必ず しも心陰影を反映しない.導管の石灰化を認める場合が ある.有意な肺動静脈短絡を有する患者では異常陰影を 肺野に認める場合が多い.②心電図
背景疾患の特色を示す.
APC
ではP
波増大が見られ る1041).幅広いQRS
時間は心機能や運動耐容能低下と関 連する簡便な指標である1042),1043).③心エコー法
経胸壁心エコー法で体心室収縮能や房室弁閉鎖不全は ある程度判断できる.しかし,静脈系の狭窄の判断は困 難である.房室弁閉鎖不全や血栓の評価は経胸壁心エコ ー法では困難で,経食道心エコー法の評価が推奨される.
④ MRI・CT
心房,心室の評価のみならず,
MRI
ではガドリニウ ムを用いた遅延心筋画像により心筋線維化を,時相コン トラストMRI
で非侵襲的に大動脈肺動脈副側血行を介 した左右短絡量を正確に評価可能である245).心室筋線維 化は心室性不整脈と心機能低下との関連が示唆され1044), 表 82 Fontan 型手術術後の問題点不整脈 蛋白漏出性腸症 肺動静脈瘻 血栓症 心機能低下 房室弁閉鎖不全 腎機能低下 肝機能障害 喀血 消化管出血 大動脈解離 耐糖能異常
プラスチック気管支炎
心不全を有する
Fontan
手術後の心血行動態評価に有用 と期待される.⑤血液生化学・神経体液性因子
低ナトリウム血症を示す割合は高い1045).肝鬱血を反 映しビリルビンやγ
-GTP
は高値を示す場合が多いが1034),ALT
やAST
は上昇しない場合が多い.血清脂質ではコ レステロール値は低い1038).血中ノルエピネフリンやBNP
値 は 上 昇 を 示 す 場 合 が 多 い が,APC
のBNP
はTCPC
より有意に高く心房由来とされる345).また,高 い血中ノルエピネフリンやBNP
は心事故の予測因子で ある1046).⑥運動負荷試験
重度の心臓自律神経活動の異常を認めることから心拍 応答は低下し,
peak VO
2からみた運動耐容能は健常者 の50~60%である212),213).運動負荷試験から得られる 心肺機能指標は心事故と関連するが,死亡は予測しない とされる108).運動負荷試験中の不整脈出現と予後との 関連は不明である.⑦ホルター心電図
不整脈は最も頻度の高い術後遠隔期合併症である.房 室2:1伝導等は無症状なことがあり定期的な検査が望 ましい.
⑧心臓カテーテル検査
心形態や機能評価は心エコー法,
MRI
やCT
が非侵襲 的で,画像の解像度も良いため,心内圧測定やカテーテ ル治療を要する場合を除き心臓カテーテル検査の頻度は 減少している.しかし,Fontan
術後の心血行動態は不明 な点も多く,綿密な心不全管理,冠動脈異常,肺動静脈 短絡,大静脈肺静脈短絡評価には有用な情報を提供する.4 予後
術後20年の死亡回避率は69~87%程度であり1047)−1049), 術式と医療の進歩に伴い改善している.しかしながら,
遠隔期合併症を認める場合が多く,綿密な治療と管理を 要する.
5 治療・管理
術後遠隔期合併症に対する内科的治療,ペースメーカ 装着,
CRT
等の侵襲的治療,そして,右房-
肺動脈の直 接 吻 合(APC
型 ) 法 か らTCPC
型 の 修 復 に 変 更 す るFontan Conversion
法までを含む.術後遠隔期合併症の治療と管理(表83).特異な
Fontan
循環に由来する合併症が多く,最優先事項はFontan
循環の正確な把握にある.必要に応じて心臓カテーテル検査を含めた血行動態の把握が必要で,血行動態 の改善が合併症管理と治療効果改善に欠かせない.
①不整脈
リエントリーを機序とする心房内リエントリー性頻拍
(
IART; intra atrial reentrant tachycardia
)と自動能亢進に よる異所性心房頻拍(EAT; ectopic atrial tachycardia
)が 多く,時に致死的である.TCPC
がAPC
に比べ発症頻度 が少ないとされるが,TCPC
の術式間での発症頻度の差 は明確でない44).術式に関係なく経年的に増加するとさ れ1050),1051),特に心房臓器錯位症候群で多い1051).徐脈 性不整脈もまれでなく,特に左相同型の心房臓器錯位症 候群で多く,ペースメーカ植込みの適応例も少なくな い1052).治療:心房内リエントリー性頻拍や異所性心房頻拍は カテーテルアブレーションは有効だが,約半数で再発す る384).したがって,β遮断薬,治療抵抗性の場合には ソタロールやアミオダロンを考慮する必要があり,一定 の効果が期待できる.これらⅢ群薬使用時は,ソタロー ルでは
QT
延長等の催不整脈作用,アミオダロンでは肝,甲状腺や肺機能障害発症に充分注意しながらの投与が必 要である.
APC
でのこれら不整脈合併の場合にはTCPC
転換術を行うことがあるが1053),周術期に手術侵襲にも 関連した頻拍性不整脈発症の頻度は高い.TCPC
転換術 を行う際にはペースメーカによる最低心拍数維持等の心 拍数調節を考慮した不整脈管理が重要である.②蛋白漏出性腸症
(PLE; protein losing enteropathy)
術後遠隔期の4~13%に発症するとされ,経年的に増 加し,術後10および20年での発症回避率は92および 86%とされる1054).一旦発症した場合の予後は極めて不 良とされ発症後5および10年の死亡回避率は約50およ び80%である1054).最近の肺血管拡張薬の進歩による予 後改善の有無は不明である.高い静脈圧と関連し,感染 が引き金になることが多いとされる1055).モデル実験結 果からも,これらが
PLE
増悪因子であることは疑いな い1056).また,発症時は不整脈(約30%)や血栓症(約 20%)等,他の合併症を併発していることも少なくな い1054).治療は感染に関連した炎症の有無を確認,対処する.
不整脈治療を含めた心血行動態の最適化と改善余地を模