単一フィラメント顕微直視による
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(2) 2002 年度. 【目. 博士論文. 藤原 郁子. 次】. 第 1 章 序論 1-1)研究の背景 1-2) アクチンフィラメントの極性構造の持つ重要性 1-2-1)アクチンフィラメントの静的極性構造 1-2-2)アクチンフィラメントの動的極性構造 1-3)本論文の概要 1-4)省略単語の説明. ・・・・・ 3 ・・・・・ 5 ・・・・・ 6 ・・・・・ 7 ・・・・・ 9 ・・・・・14. 第 2 章 実験系の概要 2-1) 2-2) 2-3) 2-4). タンパク質の調製 アクチンへの TMR-5-MA ラベル 濃度とラベル率の測定方法 実験方法 2-4-1) エバネッセント照明法 2-4-2) 光学系の設置. ・・・・・19 ・・・・・19 ・・・・・20 ・・・・・20 ・・・・・22. 第3章 アクチンフィラメント直視による重合・脱重合ダイナミ クスの解析 Microscopic analysis of polymerization dynamics with 3-1) 3-2) 3-3). 3-4) 3-5) 3-6). individual actin filaments 序文 研究の背景 材料と方法 3-3-1) Mg-アクチンの調製方法 3-3-2) 観察セルの作成方法 実験結果 考察 結論. ・・・・・30 ・・・・・31 ・・・・・32 ・・・・・33 ・・・・・33 ・・・・・40 ・・・・・44. 第 4 章 N-WASP によって活性化された Arp2/3 complex による アクチンフィラメント枝化形成過程の直視と破断力計 1.
(3) 2002 年度. 測 4-1) 4-2) 4-3) 4-4). 博士論文. 藤原 郁子. Vizualization and force measurement of Arp2/3 complex and. N-WASP in actin filament 序文 研究の背景 材料と方法 4-3-1) 観察セルの作成方法 実験結果と考察. ・・・・・53 ・・・・・54 ・・・・・55 ・・・・・56 ・・・・・56. 第 5 章 まとめ 5-1) 本論文のまとめ 5-2) 将来の展望. ・・・・・67 ・・・・・68. 参考文献 研究業績. ・・・・・70 ・・・・・75. 第 6 章 謝辞. ・・・・・78. 2.
(4) 2002 年度. 第1章. 博士論文. 藤原 郁子. 序論. 1-1) 研究の背景. アクチンは、筋線維中の約 20%を占める球状タンパク質(直径約 5nm)で、塩を 加えるとフィラメントになる性質(重合能)を持つ。モノマー濃度が臨界濃度に達 すると、フィラメントの両端での重合・脱重合の平均速度は等しくなり、定常状態 となる。アクチンは、この可逆な重合・脱重合のダイナミクスを通じて卵分割・細 胞先端伸張などの細胞機能を担っている。一方、筋線維や植物細胞中では常にフィ ラメントとして存在し、筋収縮・原形質流動などの細胞運動でミオシン分子モータ ーと協調して方向性のある力発生を担っている。運動が方向性を持つ理由は、アク チンフィラメントに構造異方性(Oosawa and Asakura, 1975) があるためである。 アクチンの研究は古くから行われており、アクチン自身の重合・脱重合過程だけ でなく、アクチン結合タンパク質と関連させた重合・脱重合メカニズム(Pollard and Cooper, 1986)、ATP 加水分解時の脱リン酸化によるフィラメントの不安定化(Carlier et al., 1989; Korn et al., 1987)、またアクチンに結合する 2 価イオン非存在下での重 合機能の喪失(Estes et al., 1992; Maruyama 1981) など、いずれもアクチンの持つ 性質が詳細に研究されている。しかし、重合・脱重合に関する従来の研究法の殆ど は、アクチンに結合した蛍光色素の蛍光強度の変化を計測するなどの溶液実験系 (Kouyama and Mihashi, 1981) であり、フィラメント 1 本のダイナミクスについて は知ることが出来なかった。高分解能を持つ電子顕微鏡を用いた実験(Kondo and Ishiwata,, 1976; Woodrum et al., 1975) は、フィラメント 1 本を観察できるという 点で優れているが、同一フィラメントの連続した重合ダイナミクスを知ることはで きない。 (複数の溶液を同時に重合させ始めた後、時間差で固定してフィラメントの 3.
(5) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 伸長の様子を観察し、記録する。)この電子顕微鏡実験の場合、結局、多数のフィラ メントについての平均的な値が分かるだけである。 近年、石渡研の忠重・増井が、アクチンフィラメントの脱重合抑制因子であるフ ァロイジンと結合した蛍光色素(rhodamine-phalloidin)を用い、1本のフィラメント の重合過程を落射蛍光顕微鏡で観察した(Ishiwata et al., 2001)。通常の落射蛍光顕微 鏡では、背景光が大きすぎるとコントラストが落ち、1本のアクチンフィラメント を画像化することが出来ないので、タンパク濃度を低くする必要があった。そこで、 高い臨界濃度を持つアクチンをフィラメントとして観察するために、ファロイジン を用いて臨界濃度を殆どゼロにするという手法を取らざるを得なかった。このため、 フィラメントとして安定化され脱重合が抑えられてしまい、重合・脱重合のダイナ ミクスを調べることが出来ないという欠点があった。本研究では、Cys374 に蛍光色 素を結合させたアクチンを作成し、エバネッセント場照明法を用いることにより、 ファロイジンなしで1本のアクチンフィラメントの重合・脱重合のダイナミクスを 詳細に検討することを目的とした。ところで、2 価イオンが結合していないアクチ ンの重合能は低下すること、Ca-アクチンよりも Mg-アクチンの方が、重合しやすい こと (Maruyama, 1981)、Mg-G-アクチンではヌクレオチドの入る溝が狭くなってい ること(Lal et al., 1984)、Ca2+の方が Mg2+よりも水分子との結合が弱いために、よ り速く 2 価イオン結合部位に進入しやすいものの、結合部位からもやや離れやすい こと(Estes et al., 1992)など、結合する 2 価イオンの種類によってアクチンの性質が 変化することが知られている。よって、アクチンに 1 個結合する 2 価イオンが Mg2 +. である場合(Mg-アクチン)と Ca2+ である場合(Ca-アクチン)とで、本実験で得. られる重合・脱重合ダイナミクスが異なることが期待された。 さらに、アメーバ様の運動をする運動細胞においては、アクチンの重合・脱重合 ダイナミクスが運動の主役であり、そのような細胞にはアクチン細胞骨格の重合・ 4.
(6) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 脱重合ダイナミクスを制御する機構を担う因子として、多様なアクチン調節タンパ ク質が存在する。アクチン調節タンパク質は、アクチンとの相互作用を通じて、ア クチン系細胞骨格のダイナミクスを変化させ、細胞の形態・生理機能・運動を制御 すると考えられている(Condeelis, 2001; Cooper et al., 2001; Svitkina and Borisy, 1999)。近年では、この制御機構は非常に複雑であることが分かり、シグナル伝達系 と連携して多くの因子が絡み合っていることが分かってきた。実際に、これらのア クチン調節タンパク質の一つである Arp2/3 complex は、シグナル分子 cdc42 を介し て膜に結合した WASP ファミリーによって活性化され(Miki et al., 1996; Miki et al., 1998; Suetsugu et al., 2001)、アクチンフィラメントを枝化したり重合核として機能 して、細胞内のフィラメントの本数を増やし、より入り組んだ骨組みの細胞骨格を 形成することが報告され始めている(図 1-2 参照)。. 1-2) アクチンフィラメントの極性構造の持つ重要性. 筋収縮現象は、ミオシン分子モーターが ATP を加水分解するという化学反応で放 出されたエネルギーを、フィラメントのすべり運動へと変換する生体分子メカニズ ムである。等方的な媒質中において化学反応を生じさせても、そこからはどの様な 方向性を持ったマクロな現象も現れては来ない。方向性をもったマクロな現象の出 現のためには、ミクロなレベルでの異方性が必要不可欠となる。実際、筋収縮現象 において一方向性のすべり運動に必要不可欠なのは、アクチンが方向性を持ったフ ィラメントをなしていること(アクチンフィラメントの極性構造)であり、車軸藻 や花粉管内の原形質の流動方向決定も、アクチンフィラメントの極性によるという 実験事実もこれを確実に裏付けている。また、細胞骨格・細胞運動という観点から 見ても、アクチンフィラメントが極性構造をもつことの重要性は容易に理解できる。 5.
(7) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. アメーバ等に見られる細胞運動においては、アクチンフィラメントの作るネットワ ークの速やかな構築・消滅(リサイクル過程)が必須である。アクチンフィラメン トネットワークの集合・離散のダイナミクスは、ミクロに見ると、フィラメントへ のサブユニットの重合・解離、フィラメントの切断やフィラメント同士の結合等で ある。これらのミクロな過程を制御しているのは、細胞中に含まれる多種多様なア クチン調節タンパク質である。これらのアクチン調節タンパク質がアクチンモノマ ーやアクチンフィラメントと複雑に作用し合って、ネットワーク形成・破壊を行う が、これら動的な構造にとって根本的な性質は、アクチンフィラメントが極性を持 っていることなのである。 以上のように、筋収縮・細胞運動におけるアクチンフィラメントの役割は大変重 要であり、それらが機能を果たすためにはフィラメントが極性構造を保っているこ とが必要なのである。アクチンフィラメントの持つ極性構造のミクロなレベルでの 理解は、マクロな運動(筋収縮・原形質流動・細胞運動)の説明に大きく寄与する。. 1-2-1) アクチンフィラメントの静的極性構造. アクチンは、カリウムなどの塩を加えると、モノマーからフィラメントへと重合 する。アクチンフィラメントは、二重らせん状のへリックス構造をなしており、重 合しやすい端を B 端(Barbed End)、しにくい端を P 端(Pointed End)と呼んで、アク チンフィラメントの両端を区別している。アクチンフィラメントの持つ静的極性構 造は、X 線結晶構造解析や電子顕微鏡写真からの 3 次元再構成の結果からも明らか にされており、馬蹄形をしたサブユニットの持つ非対称性を反映している。Barbed End と Pointed End の名前の由来は、rigor 条件(ATP 非存在下)でミオシン分子を 結合したときに形成される矢じり構造(arrow head structure: 電子顕微鏡負染色法 6.
(8) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. で見える構造、Kondo and Ishiwata, 1976; Woodrum et al., 1975)の矢じり部と矢先 端部からきている。 筋肉中においては、アクチンフィラメントは B 端を Z 線側に揃えるようにして、 一定長かつ均等に配列している。このアクチンフィラメント上を、ミオシンフィラ メントが P 端から B 端に向かって滑り運動をすることによって、筋収縮が生じる。 アクチンフィラメントの静的極性構造は、フィラメントの側面や両端に結合する アクチン調節タンパク質の結合特異性からも明らかになってきた。最近では、フィ ラメントを切断するタンパク質や、フィラメントの両端いずれかに結合して重合を 阻害する cap タンパク質など、約 100 種類にも及ぶアクチン調節タンパク質が見出 されているが、フィラメントの両端どちらにも選択性なしに強く結合するようなも のは見つかっていない。このミクロな構造における選択的な結合の例からも、アク チンフィラメントの極性構造と機能との関係の重要性がうかがえる。. 1-2-2) アクチンフィラメントの動的極性構造. アクチンは低イオン強度の溶液中ではモノマー状態(G-アクチン溶液)になって いる。G-アクチン溶液に塩(数 10mM 程の 1 価の陽イオン、もしくは数 mM の 2 価の陽イオン)を加えてイオン強度を上げると、重合してフィラメントが形成され る(F-アクチン溶液)。このフィラメント形成過程は、凝縮過程に類似しており、図 1-3 に示すように、ゆっくりとした核形成過程(nucleation)と速やかな伸長過程 (elongation)とが見られ、定常相に達してからも、環境(塩濃度、温度など)に依 存した一定濃度(臨界濃度)のアクチンモノマーが共存する(Oosawa and Asakura, 1975; Oosawa and Kasai, 1962)。 F-アクチン溶液中においては、常にフィラメン トと臨界濃度分のモノマーとの間でアクチンサブユニットの交換反応が行われてい 7.
(9) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. る。アクチンモノマーは ATP を 1 個結合しており、フィラメントに取り込まれると ほぼ同時に(正確には、いくらか遅れて)加水分解されるため、フィラメントは P 端に向かうに連れて ADP-Pi-アクチン、そして ADP-アクチンになってゆく。P 端か ら脱重合した ADP-G-アクチンは、速やかに溶液中の ATP と再結合し、ATP-G-アク チンとなる。(ATP は ADP よりも約 100 倍程度、アクチンに結合しやすい。)この ようにして、臨界濃度分のモノマーとフィラメント中のサブユニットとの間で ATP の交換反応(重合・脱重合)を繰り返すことにより、F-アクチン溶液は定常的な ATPase を示す(Brenner and Korn, 1983; Carlier, 1989)。 ところが、ADP を結合したモノマーも高濃度では重合する。このことから、アク チンモノマーが重合してフィラメントになるには、ATPase は必ずしも必要ではな いことがわかる。ATP 非存在下では、F-アクチン溶液におけるモノマーとフィラメ ントの間でのサブユニット交換は平衡になっており、B 端と P 端それぞれの端で結 合と解離の頻度は等しくなる。一方、ATP 存在下では、定常的な ATPase によるエ ネルギーの供給を受けていることになり、F-アクチン溶液は単なる平衡状態でなく、 エネルギーの流れに従い、フィラメントの両端ではサブユニットの結合する反応と 解離する反応の頻度に差異が生じる。この現象はトレッドミル過程(図 1-4)と呼ばれ る現象として、1976 年に理論的考察(Wegner, 1976)によって提唱されて以来、溶液 系の実験を通じて間接的に実証されてきた。特に微小管の場合には、暗視野顕微鏡 観察によって 1 本のフィラメント上でトレッドミル過程が存在することが実証され、 標準的な細胞生物学の教科書にも必ず掲載されるまでになっている。ところが、こ れまで、アクチンフィラメント 1 本の顕微鏡イメージングが困難であったことから、 1 本のアクチンフィラメント上でトレッドミル過程が存在するのか、さらにそれが どのような形で存在するのかは明らかでなかった。 細胞骨格・細胞運動において、トレッドミル過程を生じているアクチンフィラメ 8.
(10) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. ントでは、B 端側のみや P 端側のみに結合しやすいなどの性質を持った様々なアク チン調節タンパク質の影響を受け、トレッドミル過程のバランスをダイナミックに 変化させることが可能となる。また、フィラメントの切断能をもつアクチン調節タ ンパク質が機能すれば、フィラメントの平均長が短くなって多数のフィラメントが 生じ、端の数が増えるために、トレッドミル過程によるアクチンフィラメントのリ サイクルが加速される。このように、アクチンフィラメントが動的極性を持ってい ることは、細胞運動における細胞骨格としてのアクチンフィラメントネットワーク の形成・崩壊のダイナミクスの根源であるといえる。. 1-3) 本論文の概要. 本論文は、アクチンが自己集合してポリマーを形成する重合相と、それに引き続 く定常相を、1 本 1 本のアクチンフィラメントを蛍光顕微鏡下で直視することによ ってフィラメントの長さ変化を計測・解析し、単一アクチンフィラメントにおける 重合ダイナミクスのメカニズムを調べたものである。さらに、アクチン調節タンパ ク質を添加し、生体に近い条件を付加することで、in vitro での細胞骨格形成過程を 再構成・解析した結果をまとめたものである。 アクチンフィラメントや微小管からなる細胞骨格の制御とそれによって引き起こ される細胞の運動は、基本的な生命現象の一つとしてさまざまな機能発現にかかわ っている。すべての真核細胞に存在するアクチンは、筋肉中ではフィラメント化し て一定長を保ち、モータータンパク質ミオシンのレールとして働く。一方細胞中に おいては、可逆な重合・脱重合能を多様に発現して、神経細胞の突起形成や病原細 胞の推進運動といった現象のみならず、形態形成という多細胞生物の発生に必須の 現象においても決定的な役割を果たしている。この細胞運動のダイナミックな細胞 9.
(11) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 骨格再編の仕組みは、最近まで明らかではなかった。しかしながら、近年のめざま しい蛍光顕微鏡の開発によって、精製したアクチンやアクチン調節タンパク質を in vitro で直視できるようになり、細胞運動の調節機構解明に拍車がかかっている。 第1章では、本研究の意義と背景、概要などについて述べる。 第 2 章では、本研究の実験系と実験方法について述べる。本研究で用いたアクチ ンは、ウサギ骨格筋から調製したアセトンパウダーから、アクチンの重合能を利用 して、超遠心と透析により単離・精製した。次に、蛍光顕微鏡で直径 7nm のアクチ ンフィラメントを可視化するために、赤色の蛍光を発する蛍光色素 (tetramethyl-rhodamine-5-maleimide)をアクチンの Cys374 に直接ラベルした。装置 系では、ガラス面から約 150nm 程度しか励起光の届かないエバネッセント場照明法 を用いた全反射蛍光顕微鏡を作成した。アクチンは臨界タンパク質濃度以上で初め て重合するが、そのような高いタンパク質濃度では背景光が蛍光ノイズとなってし まい、従来の蛍光顕微鏡法ではフィラメント安定化因子ファロイジンを用いねば 1 本のアクチンフィラメントを直視できないかった(De la Cruz and Pollard, 1994; Harada et al., 1991; Honda et al., 1986; Huang et al., 1992)。しかし、今回の新しい 照明法によって、従来までのようにファロイジンによって臨界濃度を殆どゼロにす ることなく、フィラメントの直視が可能となり、重合過程のみならず、脱重合過程 をも捉えることができるようになった。本章では、このエバネッセント場作成のた めの基本的な知識だけでなく、実際のミラー配置や角度についても解説した。 第 3 章では、第 2 章で述べた全反射蛍光顕微鏡装置を用いて、モノマーアクチン からフィラメントへの重合過程を、観察セルを作成して実時間直視した結果につい て述べる。30mM KCl, 2mM MgCl2 主体の塩溶液にモノマーアクチンを加えたところ、 アクチンは単調に重合し、重合相を経て定常相に至った。顕微鏡下で観察を開始(塩 添加後約 6 分)してから 1 分毎のアクチンフィラメントの長さ変化を約 30 分間観 10.
(12) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 察した。アクチンの重合速度は、モノマーアクチン濃度が高くなるにつれ増加した。 重合相において、アクチン濃度 0.3µM、0.5µM、0.7µM の平均の重合速度は、それ ぞれ 0.13±0.36µm/min、0.35±0.38µm/min、0.49±0.46µm/min であった。この値 をもとに見積った重合速度定数は k+=6.1/µM/s、脱重合速度定数は k− =0.85/s、臨界 濃度は Cc=0.14µM となり、溶液系の結果とよく一致した。特筆すべきことは、本研 究で世界に先駆けて一本のアクチンフィラメント上でのトレッドミル過程を確認で きたことである。トレッドミルとは、定常相で発生する現象で 1976 年に Wegner に よって提唱された。フィラメント全体では一定長を保っているように見えるが、実 際には、アクチンフィラメントの B 端で重合し、P 端で脱重合するため、フィラメ ントは常に新しいアクチンに交換されるという現象である。このトレッドミル過程 をコントロールするためのタイマー的な役割を担う重要な要素は、アクチンの ATP 加水分解である。従来は、フィラメント安定化因子ファロイジンの影響によって、 脱重合過程を見ることが出来なかった。本研究では、10%ラベルという低い濃度で 蛍光ラベルすることにより、フィラメント上に出来る色ムラを目印として利用し、 目印からフィラメントの両端までの長さの変化を計測した。その結果、B 端では定 常相においてもゆっくりと重合し続け(平均 0.069±0.037µm/min)、P 端ではそれと 丁度見合う速度でゆっくりと脱重合(平均−0.062±0.051µm/min)していることが確 認できた。さらに、アクチンフィラメントの長さは重合相においても定常相におい ても常に揺らいでいた。この長さ揺らぎが単なる計測誤差なのか、それとも何らか のアクチン重合・脱重合ダイナミクスを表すものなのかを検討するため、計測の時 間間隔τを変え、1 分、2 分、3 分というそれぞれのτにおけるフィラメント長の変化 を計測した。定常相におけるアクチンフィラメントの長さ変化の平均は、τに関わら ずゼロだったが、長さ変化の大きさを示す長さ揺らぎ(S.D.)の二乗平均はτととも に増加した。言いかえれば、アクチンフィラメントの総量は変化しないが、1 本の 11.
(13) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. フィラメントの長さは常に変化していることを示す。(S.D.)2 をτに対してプロットし たところ、直線近似することができた。このことは、アクチンフィラメントの長さ 揺らぎがランダムな拡散過程に依っていることを示している。こうして、近似直線 の傾きからモノマーアクチン 1 個の重合速度定数・脱重合速度定数を見積ったとこ ろ、重合相から得られた値よりも約 40 倍程度大きな値が得られた。このことは、平 均約 6 個のアクチンサブユニットが、まとまって重合・脱重合に関与しているとす ると理解できる。以上より、定常相では、平均 6 個のアクチンサブユニットが重合・ 脱重合過程に関与してトレッドミルが生じていること、すなわち、微小管と比べて 穏やかではあるが、動的不安定性が生じていることが明らかになった。以上の結果 は、この実験法がアクチンの持つ重合・脱重合機構を解明するための新たな手法と して確立できたことを示している。 第 4 章では、調節タンパク質 Arp2/3 complex と VCA 存在下におけるアクチン重 合過程において、アクチンフィラメントの枝化がどのように生じるかを実時間直視 した。アクチンフィラメントの重合・脱重合ダイナミクスは、細胞中において、キ ャッピングタンパク質や切断タンパク質、枝化タンパク質、そして Ca2+に依存した 制御を含め、様々な調節系の機能によって空間的のみならず、時間的にも制御され ている。調節タンパク質の一つである Arp2/3 complex は、運動細胞の先端における 素早いアクチン重合と B 端の数を増やすために重要である(lanchoin et al., 2000; Boujemaa et al., 2001; Machesky et al., 1999) が、Arp2/3 complex がアクチンを枝 化させる機構は明らかになっていなかった。そこで、アクチンフィラメントの枝化 形成過程を直視するとともに、光ピンセット法を用いた一分子破断力計測を行った。 直視の結果、フィラメントの途中からの枝化が大半の約 72%を占めた。また B 端か らの枝化は 12%であり、他の種類の枝化も確認できた。枝形成箇所から両端までの 距離をそれぞれΔB とΔP として作成した 2 次元マップによって、我々は枝化の本 12.
(14) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 質的な問題である、枝が形成されやすい箇所について解析することが出来た。また、 2 次元マップを区分けし投影したところ、まず B 端からの枝化が起こり、引き続い てフィラメントの途中からの枝化が生じることが示された。なお、重合しながら枝 化するタイプ(成長型)だけでなく、フィラメント同士が直接結合する枝化(結合 型)も発見された。結合型の枝化がファロイジンを添加しても抑制されなかったこ とから、成長型の枝化形成にはアクチンモノマーが必要だが、結合型の枝化形成に はアクチンモノマーは必要ないことが示された。また、光ピンセットによって外部 負荷を加えた実験から、ガラス面上に結合している VCA を介した Arp2/3 complex とアクチンフィラメントの結合と解離を観測でき、Arp2/3 complex がアクチンフィ ラメントの途中に結合することを直接証明することが出来た。なお、Arp2/3 complex と VCA の結合が、約 6-7pN の力で破断することも明らかになった。以上の解析結 果を元に、枝化メカニズムを提案した。1)アクチンフィラメントの B 端に Arp2/3 complex が結合した時には、Mother filament のみならず、速やかに Daughter filament が伸長する。2)アクチンフィラメントの途中に結合した時には、Daughter filament はすぐには伸長せず、B 端からの枝化より遅れて伸長する。3) Arp2/3 complex を活 性化させる膜結合タンパク質の一部である VCA と Arp2/3 complex の平均の結合時 間は、約 100 秒である。以上より、異なる枝化タイプによる空間的にも時間的にも 異なった制御機構を、生体内に近い状況下で解明することが出来た。こうして、枝 化を含むフィラメントネットワーク形成の制御機構は、単一アクチンフィラメント 可視化の手法を応用することや、様々な条件下で調節タンパク質を多様に組み合わ せて作用させることによって、より詳細に明らかにされるであろう。 第 5 章では、本論文の結果をまとめ、生物物理学と細胞生物学の長所を活かした 「細胞生物学的研究課題」について述べる。. 13.
(15) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 省略単語の説明. ・G-アクチン. :モノマー状態のアクチン(Globular Actin). ・F-アクチン. :フィラメント状態のアクチン (Filaments Actin). ・TMR-5-MA. :蛍光色素テトラメチルローダミン 5 マレイミド (tetrametylrhodamine-5-maleimide、Molecular Probes#T-6027)。. ・ファロイジン :phalloidin。タマゴテングダケから得られる毒性の環状ヘプタペ プチド。アクチンに結合し低イオン強度下でも重合可能にする。 ・DMF. :有機溶媒。N,N – Dimethylformamide, ALDRICH #22,705-6。. ・DDT. :SH 基還元剤。Dithiothreitol, 和光純薬工業(株) #CKP 7387. ・Pyrene. :蛍光色素ピレン。N-(1-pyrene)iodoacetamide, Molecular Probes #p-29。. ・ATP. :アデノシン 3 リン酸(Adenosine 5’ – triphosphate)。生体内のエ ネルギー源。加水分解により ADP と無機リン酸に分解される。. ・ADP. :アデノシン 2 リン酸(Adenosine 5'-diphosphate)。ATP の分解 産物。. ・Pi. :無機リン酸。. ・EGTA. :ethyleneglycol bis(2-aminoethylether) tetraacetic acid。2 価イオ ン、特にカルシウムイオンのキレート剤。. (pH7.0). ・MOPS. :pH 緩衝剤。3-(N-morpholino) propanesulfonic acid。. (pH7.0). ・PIPES. :pH 緩衝剤。Piperazine-1,4-bis(2-ethanesulfonic acid). (pH6.8). ・MQ. :超純水. 14.
(16) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 図 1-1. アクチンの主な局在箇所と役割. 筋肉中においては、一定長を保ち、モータータンパク質ミオシンのレールタンパク として働くが、細胞中においては、細胞の先端で重合・脱重合を繰り返し、柔軟な 細胞骨格として働く。. 15.
(17) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 図 1-2. アクチンモノマーとアクチンフィラメント、また細胞先端でのアクチン細 胞骨格の生成と消滅の仕組み.. 16.
(18) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 図 1-3. アクチンモノマーからのフィラメント形成過程. フィラメント形成過程は、ゆっくりとした核形成過程(nucleation)と速やかな伸長 過程(elongation)からなり、引き続いて定常相(steady phase)へと移行する。. 17.
(19) 2002 年度. 図 1-4.. 博士論文. 藤原 郁子. トレッドミル過程の模式図.. F-アクチン溶液中において、フィラメントと臨界濃度分のモノマーとの間でアクチ ンサブユニットの交換反応(ATPase を伴う)が行われている。B 端で重合し、P 端に 向かうに連れ、ADP-Pi-アクチンを経て ADP-アクチンになる。P 端から脱重合した アクチンモノマーは速やかに ADP を解離し、溶液中の ATP と再結合する。 18.
(20) 2002 年度. 第2章. 博士論文. 藤原 郁子. 実験系の概要. 2-1) タンパク質の調製. 本章では、本研究の実験系と実験方法について述べる。本研究で用いたアクチン は、江橋らの手法に、近藤・石渡(Kondo and Ishiwata, 1976)による改良を加えた方 法によってウサギ骨格筋(白筋)からアセトンパウダーを調製し、アセトンパウダ ーからのアクチンの抽出・精製を 1971 年の Supudich and Watt の方法に 1976 年の 石渡らによる方法を組み合わせることによって行った。基本的な操作は、アクチン の重合能を利用した超遠心と脱塩のための透析によって、単離・精製した。. 2-2) アクチンへの TMR-5-MA ラベル. 太さ 7nm のアクチンフィラメントを蛍光顕微鏡で可視化するために、赤色の蛍光 を 発 す る 蛍 光 色 素 TMR-5-MA ( tetramethylrhodamine-5-maleimide, #T-6027, Molecular Probes)をアクチンの Cys374 に直接ラベルした。まず、精製したアク チン 1.7mg/ml(40.5µM)を重合溶液 F-Buffer(0.1M KCl, 0.2mM CaCl2, 0.1mM ATP) で重合させる(図 2-3)。その後、重合したアクチンフィラメント溶液を素早く攪拌し ながら、DMF(N,N – Dimethylformamide, ALDRICH)で予め 20mM (0.1mg/10µl) に溶 解しておいた TMR-5-MA を非常に少量ずつ加え、スターラーをゆっくり回しながら 室温で暗中に 1〜2h 置いた。その後、DTT 10mM を加えて反応を止め、超遠心(100k rpm, 40min, 2℃, 日立 CSU120, ローター100AT4 )でペレットになった F-アクチン を、G-Buffer (20mM Pipes(pH6.8), 0.1mM ATP, 0.1mM CaCl2)で溶かし、低温(2℃) の暗中で一晩透析した。透析によって脱重合した TMR-Ca-G-アクチンを再び超遠心 19.
(21) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. (100k rpm, 15min, 2℃) にかけ、溶解せずに沈殿した色素を除去した後、column (Sephadex G-25)に通すことによって遊離の色素を除去した。この手法によって得 られたアクチンのラベル率はほぼ 100%である(計算方法は下記参照)。. 2-3) 濃度とラベル率の測定方法. 精製したアクチンや TMR-5-MA-Ca-アクチンなどのタンパク濃度は、分光光度計 (Shimadzu, UV 2000)を用いて計測した。計算方法は アクチン濃度(M)= {(290nm のアクチン溶液の吸光度−溶媒の Baseline)−0.127×(550nm で得られる TMR-5-MA の吸光度−溶媒の Baseline)}/0.63/42000 但し、0.127 は 290nm での TMR-5-MA の吸収率を示し、0.63 は吸光係数(/mg/ml/cm)、 アクチンの分子量は 42000 である。. TMR-5-MA-アクチン溶液の色素濃度(M)= {(550nm で得られる TMR-5-MA の吸光度−溶媒の Baseline)/96900 但し、96900 は色素販売会社である Molecular Probes から TMR-5-MA を購入した 時のデータシートに記載されているモル吸光係数 ( /M/cm ) であり、購入したロッ トナンバーにより僅かに異なる。吸収層の厚さは 1cm である。 上記から得られる値を元に、ラベル率= {色素濃度(M) /アクチン濃度(M) }×100 を算出する。. 2-4) 実験方法 2-4-1) エバネッセント照明法 20.
(22) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. アクチンは臨界タンパク質濃度以上で初めて重合するが、そのような高いタンパ ク質濃度では背景光が蛍光ノイズとなってしまい、従来の蛍光顕微鏡法では 1 本 1 本のアクチンフィラメントを直視することができない。そこで、ガラス面から約 150nm 程度しか励起光が届かないエバネッセント場を用いた全反射蛍光顕微鏡を 組み立てた。この新しい照明法によって、従来まで臨界濃度を殆どゼロにするため に加えていたフィラメント安定化因子ファロイジンを添加しなくてもアクチンフィ ラメントを直視することが可能となり、重合過程のみならず、脱重合過程をも捉え ることができるようになった。本章では、このエバネッセント場作成のための基本 的な知識だけでなく、実際のミラー配置や角度についても解説する。. 物体によって散乱された光の場は、伝搬光と物体の表面に局在するエバネッセン ト光の両方の成分を含む。エバネッセント波の発生には幾つかの方法が考案されて おり、近年の研究では船津ら(Funatsu et al., 1995)による蛍光 1 分子イメージングが なされるなど顕微鏡に応用された様々な研究が飛躍的に進歩した。 実際にガラス表面付近のみを観察するには、高屈折率の媒質(ガラス)から、低 屈折率の媒質(水)に対して全反射条件で光を入射し(光を臨界角度以下でガラス / 溶液界面に入射し)溶液界面にしみ出す場をエバネッセント場とする方法が主に用 いられている。これにはプリズム型と対物レンズ型があるが、本実験では背景光に よるノイズを減らすためプリズム型を採用した。 落射照明法と異なり、エバネッセント波の光強度はガラス面からの距離に対して 指数関数的に減衰していくので、ガラス表面近傍(深度:〜150nm)のサンプルの みを照射することが可能となる。実際の条件では、θ= (. π − β ) =sin-1{水/ガラスの 2. 屈折率}= sin-1{1.33/1.52}より、全反射条件は 67.0°である。本実験では余裕を 21.
(23) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 持たせるために、68.5°を用いた。計算方法は次の通りである。図 2-4 において、 水平面からの角度をα、プリズムから反射アルミミラーまでの距離をLとする。ちな みに、実際に必要になる反射アルミミラーの高さHは H=L・tanα+(顕微鏡のス テージの高さ)で与えられる。水とガラスの屈折率は既に知られているため、 π −α) cos α 2 n= = を用いれば、α を求めることが出来る。本実験においては π cos β sin( − β ) 2 sin(. L=24cm 、 顕 微 鏡の ス テ ー ジの 高 さ =31.4cm な の で 、 θ= 68.5 ゜と す る た め に α=21.5°とした。. 2-4-2). 光学系の設置. 船津・多田隈らの設計に従い、光学系を設定した(落射顕微鏡 Olympus, IX70 を 改造した)。赤色蛍光色素(観察波長約 580nm)を励起させるために、542nm のグ リーンレーザー(Uniphase, µGreen, #4301-050)を 2 枚のアルミミラーで反射させ、 入射に適した高さと角度に調節してプリズムに入射することにより、ガラス−水界 面で全反射させた。なお、レーザー光に多少の広がりがあるため、ガラス面上に光 強度を収束させるための集光レンズ(f = 100)を使用した。ノイズとなる光を除去 して TMR-5-MA の蛍光のみを取り出すために、励起光の波長をカットし蛍光波長を 透過させるように、ダイクロイックキューブ(Olympus, U-WIY)と、エミッション フィルターとして 590nm を中心に半値幅 50nm の波長を透過させるバンドパスフィ ルター(Chroma, HQ590 / 50)を用いた。対物レンズは(Olympus, UplanFl, 100× 1.3, Oil ph3, ∞/0.17)を用いた。カメラは TMR-5-MA の蛍光が弱いため、蛍光を 増幅させる I. I. (イメージインテンシファイアー, Video Scope, VS4-1845)の後に. 22.
(24) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. SIT カメラ(Hamamatsu Photonics, C2400-08)を直列につなげた。更に、I.I.と SIT との間にエクステンダーを挟み、倍率を 2 倍にあげた。画像はビデオレコーダー (Sony, Hi8, EVO-9650 または Sony, DVCAM, DSR-20)で録画し、テレビモニター (Sony, PVM-1442Q)で観察した。得られる画面の大きさは約 60µm×60µm であ った。. 23.
(25) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 図 2-1. ウサギ骨格筋からのアセトンパウダー作成法. Kill a rabbit 後、20 分間氷に漬けて肉を冷やす。その後ミンサーで挽き肉にし Guba solution に入れて攪拌した後、遠心して得たペレットを NaHCO3 入りの MQ(超 純水)で洗った後、ガーゼを使って繰り返し処理する。. 24.
(26) 2002 年度. 博士論文. 図 2-1. ウサギ骨格筋からのアセトンパウダー作成法(つづき). 多量のアセトンで処理した後、乾燥させる。. 25. 藤原 郁子.
(27) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 図 2-2. アセトンパウダーからのアクチンの抽出法. 図 2-1.より得たアセトンパウダーからアクチンを抽出する過程。 透析する前のペレットは、0.6g の アセトンパウダーで始 めた時には約 4ml の Buff.A+ATP で溶かすと良い。 (泡立てず、脱重合させやすくするため低温で溶かす). 26.
(28) 2002 年度. 図 2-3. TMR-5-MA アクチンの調製方法.. 27. 博士論文. 藤原 郁子.
(29) 2002 年度. 図 2-4. エバネッセント場概略図.. 28. 博士論文. 藤原 郁子.
(30) 2002 年度. 図 2-5. 装置図.. 29. 博士論文. 藤原 郁子.
(31) 2002 年度. 第3章. 博士論文. 藤原 郁子. アクチンフィラメント直視による重合・脱重合ダイナ ミクスの解析. Microscopic analysis of polymerization dynamics with individual actin filaments. 3-1) 序文. アクチンの重合・脱重合ダイナミクスは、柔らかい細胞骨格としての細胞運動を はじめとして、細胞内の可逆な機能の殆どにおいて重要な役割を果している。現在 までに多くの溶液系実験が行われた結果、多数のフィラメントが平均化された状態 での重合・脱重合の時間経過が明らかになり、また電子顕微鏡により 1 本のアクチ ンフィラメントが時間経過と共に重合する過程が明らかにされた。これらの結果を もとに、1 本のアクチンフィラメントの重合・脱重合ダイナミクスのメカニズムが モデル化されてきた。しかしこの手法では、同一のフィラメントを実時間観察する ことは不可能であった。そこで本研究において、フィラメント化因子であるファロ イジンを添加せずに 1 本のアクチンフィラメントを可視化するため、エバネッセン ト場照明蛍光顕微鏡法を導入し、ガラス表面近傍に存在するアクチンフィラメント のみを可視化した。この方法により我々はアクチンの重合過程を臨界濃度以上で観 察し、純粋なアクチンの重合ダイナミクスを解析することに成功した。その結果、1 本のアクチンフィラメントの重合過程を、重合相とそれに引き続く定常相とを区別 して実時間観察できた。定常相では、1 本のアクチンフィラメント上で、重合端で フィラメントが伸長し、もう一端で重合速度とほぼ同じ速度で脱重合するという、 トレッドミル過程を直視することができた。また、アクチンに結合する 2 価イオン が Ca2+であるか、Mg2+であるかによって、アクチンの重合・脱重合機能が異なるこ とが溶液実験によって知られている(Estes J.E. et al., 1992; Lal A.A.et al., 1981)こと から、重合・脱重合ダイナミクスがどのように異なるのかを 1 本のフィラメントで 30.
(32) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 比較・検討した。さらに、アクチンフィラメントは重合相においても定常相におい ても常に長さが揺らいでいた。この長さ揺らぎを相関時間を取って計測した所、拡 散(ランダム)過程に基づいた重合・脱重合過程を捉えることができ、この解析か ら約 6 個のアクチンサブユニットのランダムな重合・脱重合が繰り返されつつトレ ッドミルすることが示された。これはアクチンフィラメントの両端における重合・ 脱重合が単にアクチンモノマーの結合・解離でのみ生じるのではないことを示して いる。. 3-2) 研究の背景. アクチンは全ての真核細胞に存在する直径約 5nm の球状タンパク質であり、高イ オン強度でモノマーから自己集合してフィラメントを形成し、モノマー濃度が臨界 濃度に達すると、フィラメントの両端での重合・脱重合が等速度で行われる定常状 態となる。モノマー・フィラメント間の重合・脱重合は可逆であり、アクチンはこ の重合・脱重合のダイナミクスを通じて卵分割・細胞先端伸張などの細胞機能を担 う一方で、一定長のフィラメントとして筋収縮・原形質流動など多くの細胞運動で ミオシン分子モーターと共に方向性のある力発生を担っている。 1942 年に Straub によってアクチンが発見されて以来、アクチンの研究は活発に 行われてきたが、蛍光色素ピレンによって蛍光ラベルされたアクチンの重合・脱重 合過程(Kouyama and Mihashi, 1981)の研究が導入されて以来、溶液系における 研究はこの手法を中心に進められてきた。しかし溶液実験で得られる結果は全ての アクチンフィラメントの平均値であり、1 本のフィラメントの重合・脱重合ダイナ ミクスは示していない。そこで石渡らは 1 本のアクチンフィラメントの重合・脱重 合メカニズムを詳細に検討するため、アクチンフィラメントの脱重合抑制因子であ 31.
(33) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. るファロイジンを含む蛍光色素(rhodamine-phalloidin)を用い、1本のフィラメント の重合過程を落射蛍光顕微鏡で観察した(Ishiwata et al., 2001)。また同様に、アクチ ン結合タンパク質 Arp2/3 complex を結合させた枝分かれ構造の解明(Pollard and Cooper, 1986; Pollard et al., 2000; Pantaloni et al., 2000; Amann and Pollard, 2001a; Amann and Pollard, 2001b)などアクチンの持つ性質も落射顕微鏡での直視により 行われ始めた。しかし、これらの殆どは全てファロイジンを結合させた状態で行わ れるため、脱重合ダイナミクスを捉えることができなかった。本実験では、近年開 発された照明法である、エバネッセント場照明法を用いることにより、ファロイジ ン非存在下で 1 本のアクチンフィラメントの重合・脱重合過程の観察に成功した。 エバネッセント場照明法とは全反射を利用した、セルの表面から約 150nm の深度の みを照射する照射系である。この浅い励起領域によりセルの表面のみが励起でき、 蛍光ノイズとなる背景のアクチンモノマーやアクチンフィラメントの蛍光を励起さ せなくすることが出来る。これによりファロイジン非存在下かつ高アクチン(正確 には蛍光色素)濃度(臨界濃度以上)での単一アクチンフィラメント重合・脱重合 のダイナミクスの直視が可能になり、より生体に近い条件下での重合・脱重合のメ カニズムの解明を目的とすることができた。. 3-3) 材料と方法 3-3-1) Mg-アクチンの調製方法. アクチン精製後、アクチンに強結合している 2 価イオンを Ca2+から Mg2+に置換 するため、0.1mM EGTA , 0.2mM MgCl2 を加えて 0℃で 1h 置いた後、遠心(100k rpm, 15min, 2℃)して得られた上澄みを Mg-アクチンとして用いた。この後、蛍光ラベ ルしたアクチンにおいても同様の調製を行い、Mg-アクチンにした後、無標識のア 32.
(34) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. クチンを加えて、最終的に 10%ラベル率の TMR-5-MA-Mg-G-アクチン溶液を作成し た。. 3-3-2) 観察セルの作成方法. 上記の手法で精製されたアクチンを、観察する濃度になるように重合溶液(30mM KCl, 2mM MgCl2, 4mM ATP, 20mM MOPS(pH7.0), 10mM DTT, 0.5(w/v)% methylcellulose)で 薄めた直後にスライドガラス(MATSUNAMI, Thickness 0.8〜1.0mm, Pre-cleaned, 76×26mm, 白切放, #S-1126)に滴下し、カバーガラス(MATSUNAMI, カバーガラ ス, 18×18mm)をのせ、エナメル(爪用化粧品として市販されている無色透明タイ プ)で封をして顕微鏡に乗せる。観察形式はエバネッセント場で 1 分毎に数秒間レ ーザーを当てた後、シャッターを閉め退色を防ぐ形式を取った。 以上より得たビデオ画像を画像処理コンピューターDIPS(Digital Image Processing System, Hamamatsu Photonics)によって、100 フレームを積算(1 フ レームは 1/30 秒のコマ)してコントラストを良くしたものを解析に用いた。アクチ ンフィラメントの長さは、画面上のフィラメントを幾つかの直線で近似し、画面上 の座標から直接長さを計測した。. 3-4) 実験結果. 単一アクチンフィラメントの重合過程の直視 重合の時間経過を蛍光画像観察した 1 例を図 3-1a, b に示す。0.7µM の G-アクチ ンを重合溶液に加えた時刻を 0 とし、6 分後の画像が a である。まだ短いアクチン フィラメントが観察された。図 3-1b は重合させ始めてから 34 分後の画像で、図 33.
(35) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 3-1a で確認された短いフィラメントが約 10µm 以上になるまで重合していた。図 3-1c-q は a,b で示した画面の、特に他のアクチンフィラメントの重なりがなかった 中央の数本を拡大して示している。観察時間中、フィラメントがガラス面に固定さ れていないため、浮遊して他のフィラメントと入れ替わってしまう可能性が考えら れたが、フィラメントはメチルセルロースのメッシュ構造により z 軸方向のブラウ ン運動が抑えられて緩やかに固定されるため、常にガラス面近傍でアクチンフィラ メント全長を観察することができた。また、周りのフィラメントとの配置関係から も、同一のアクチンフィラメントの長さを時間を追って計測をすることが出来た。 なお、メチルセルロースの添加によって、アクチンフィラメントの長軸に沿ったブ ラウン運動は抑制されなかった。 アクチンフィラメントは、充分に伸長してから定常相に至るもの(図 3-1, 矢印) と、殆ど伸長しないもの(図 3-1, 矢頭)が観察された。 約 30 分の観察時間中に、約 12%のフィラメントは殆ど重合しなかった(0.7µM Ca-G-アクチン; n = 212)。これは フィラメントの端がガラス表面に接着してしまったか、メチルセルロースよって重 合が阻害されてしまったためと考えられる。しかしこの 12%という値は、以前の Rh-Ph (Ishiwata et al., 2000)を用いた結果(メチルセルロースなし)と殆ど変わらな かった。 図 3-2 は重合過程におけるアクチンフィラメントの長さをアクチン濃度別に 1 分 毎にプロットしたものである。図 3-2a は 0.3µM のアクチン濃度におけるアクチン フィラメント長を時間を追って 1 分毎に示したものである(3 例)。図 3-2b, c はそ れぞれ 0.5µM、0.7µM アクチン濃度で、5 本ずつのアクチンフィラメントの重合経 過を示す。アクチン濃度が高くなるほどアクチンフィラメントは長くなった。アク チン濃度に比例して重合速度も大きくなった。重合過程は、重合相と定常相(重合 相に引き続いて起こる第 2 の相)の 2 つの相で形成されていることが、図 3-2b, c 34.
(36) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. で顕著に表れた。低いアクチン濃度においては、これら 2 つの相を見分けることは 容易ではなかった。また図 3-2a からも分かるように、定常相に達する時間は全て のフィラメントで同じ時刻ではなかった。特筆すべきことは、計測した全てのアク チンフィラメントはどちらの相においても微小に長さが揺らいでいたことである。 なお、計測中に脱重合する一方のフィラメントや微小管のようにダイナミックイン スタビリティ(Horio and Hotani, 1986; Mitchison and Kirschner, 1984) を示すアク チンフィラメントは観察されなかった。図 3-2d はトレッドミル過程を示す、アク チンフィラメントの長さ変化の実時間経過である。TMR-5-MA-アクチンのラベル率 を 10%と低くすると、同一のアクチンフィラメント上でも、その蛍光強度にはムラ が出来る(図 3-1 黄色矢印)。このムラをフィラメント上の目印として、そこから両 端までの長さ変化をそれぞれプロットした。この計測を定常相に達した後まで行っ たところ、フィラメントの片端は僅かではあるが引き続き伸長し、もう一端はそれ に呼応して脱重合していた。我々はこの現象が、伸長する端が B 端であり、脱重合 する端が P 端であるため生じると考えた。というのも B 端と P 端にはそれぞれ異な った臨界濃度が存在すると考えられているからである。この結果は、1 本のフィラ メント上でトレッドミル過程が生じていることを明確に示している。0.7µM Ca-ア クチンでは、フィラメントの両端までの長さを計測するために充分な明るさを持つ 例が 7 つしか確認できなかった。定常相において、この重合速度定数は B 端では +0.069±0.037µm/min(標準偏差, S.D.)であり、P 端では-0.062±0.051µm/min だっ た。全長の長さ変化は+0.006±0.062µm/min であり、平均としてフィラメントの長 さはほぼ一定に保たれていること、すなわち、両端で、重合と脱重合がほぼ相殺さ れていることが明らかになった。ちなみに、個々のフィラメントにおいては必ずし も相殺されていなかった。フィラメントの両端での重合・脱重合速度定数がフィラ メント毎に等しくなる必要はなく、溶液全体として平衡を保っていればよいことに 35.
(37) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 留意する必要がある。なお、図 3-2e は重合実験に使用した条件で、アクチン濃度 と等濃度のファロイジンを加えたときのアクチンフィラメントの長さについての実 時間プロットである。ファロイジンが結合することによりフィラメント構造が安定 化されているため、アクチンフィラメントの全長は殆ど変化せず、長さ変化の大き さ(標準偏差)が小さかった(S.D.=0.13µm)。なおアクチン濃度とファロイジン濃度 はともに 150nM で、アクチンとファロイジンの解離定数 17nM(Pollard et. al., 1994) より十分高いため、観察中にファロイジンが解離してフィラメントが脱重合するこ とはないと考えられる。またファロイジンを結合させていないアクチンフィラメン トの観察中(約 30 分間)に、脱重合する一方のフィラメントや、マイクロチューブル に見られるような顕著な長さ変動(ダイナミックインスタビリティ)を示すフィラ メントは観察されなかった。. 重合相からの重合速度の算出 多数の単一アクチンフィラメント長の時間経過を測定した結果、アクチン濃度に よってフィラメントの平均の重合速度は異なっていた。平均の重合速度とアクチン 濃度の関係を明らかにするため、観察開始から 6 分間のアクチンフィラメントの長 さ変化に注目した。観察開始直後に注目した理由は、フィラメントが成長すると周 りの G-アクチン濃度が下がり、重合速度が、本来の速度よりも低く見積られる可能 性があるためである。そのため、重合開始直後の長さ変化のみに注目し、そこでの 重合速度を初期 G-アクチン濃度における重合速度とした。なお、フィラメントの長 さをプロットしたグラフから x 軸(時間軸)との交点を外挿したところ、長さがゼ ロになる地点で殆ど原点ゼロを通過したことから、この解析法から得られる値は信 頼性があるといえる。図 3-3a, b, c のヒストグラムは 1 分毎の長さ変化の頻度をア クチン濃度別に示したものである。ヒストグラムの横軸は 1 分毎の長さ変化を示し、 36.
(38) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. それぞれのヒストグラムのピーク値はそのアクチン濃度における平均の重合初速度 となる。アクチン濃度が高くなるにつれ、ヒストグラムのピーク値が右にシフトす る と と も に 標 準 偏 差 も 大 き く な り 、 0.3µM で の 重 合 速 度 は 0.13µm/min, S.D.=0.30µm/min 、 0.5µM で は 0.35µm/min,. S.D.=0.38µm/min 、 0.7µM で. 0.49µm/min, S.D.=0.46µm/min となった。図 3-3d は、上記のアクチン濃度別の重合 速度をプロットし、近似直線を引いたものである。近似直線の傾きから、重合速度 定数は 6.1×106/M/s となり、溶液系の値とよく一致した(Table 参照)。また近似直線 と y 軸との交点から、見かけの脱重合速度定数は 0.85/s となった。臨界濃度は矢印 に示され、0.14µM と見積られた。 ごくたまに、大きな長さ変化(2µm 以上)が観察 されたが、それはフィラメント同士の結合であるアニーリング(Kondo and Ishiwata, 1976)が生じたためである。従って、これらのデータはフィラメントの両端での重 合・脱重合過程に着目するための下記に記した解析方法には用いなかった。なお、 ゲルゾリン添加によって生じるような、断片化(フラグメント化)現象(Pollard and Cooper, 1986)が自発的に生じることはなかった。. 長さ揺らぎの分布と時間相関 図 3-2 で明らかなように、アクチンフィラメントは重合相においても定常相にお いても、絶えず長さが揺らいでいた。この長さ揺らぎが単なる計測誤差なのか、そ れとも何らかの重合・脱重合ダイナミクスをあらわしているのかを解析するため、 図 3-4a のイラストに示すように計測の時間間隔(相関時間)τを変えてフィラメン トの長さを計測することにした。というのは長さ揺らぎが計測誤差であるならば、 空間分解能はτに依存しないため、相関時間τが変わっても誤差値の幅は変わらず、 長さ揺らぎに時間相関はないはずだからである。これを確かめるため、ファロイジ ン・ファラシジンといったファロトキシンを添加して、脱重合による長さ揺らぎを 37.
(39) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 抑制したフィラメントの長さ揺らぎを計測した。その結果は図 3-2e からも分かる ように、充分な量のファロイジンを添加すると長さ揺らぎが抑えられ、長さ揺らぎ の分布の幅は、τを変えても殆ど変化せずに小さいままであった(図 3-4b)。初期 Ca-G-アクチン濃度が 0.7µM であったときの定常相での長さ変化を、τを変えて計測 し、ヒストグラムにしたところ(図 3-4c)、長さ揺らぎの程度を表わす標準偏差(S.D.) はτの増加とともにほぼ比例して増加した。一方、定常相にあることが確認できるフ ィラメントの平均長を示すヒストグラムのピーク値は、ほぼ 0µm/τmin のままであ った。. Mg-actin の測定結果 アクチン分子には 1 個の 2 価イオンが強く結合することが知られている。細胞中 では、この 2 価イオンは Ca2+ではなく Mg2+である。そこで、この 2 価イオンを Ca2+ から Mg2+に置換して(Orlova and Egelman, 1993; Gershman et al., 1994; Isambert et al., 1995; Pollard et. al., 1994)重合過程の直視を行った。図 3-5a は 0.3µM の Mg-G-アクチンに重合溶液を加えてから 7 分後の画像と 35 分後の画像である。図 3-1 の 0.7µM Ca-アクチンに比べて濃度が半分であるにも関わらず、多数のフィラメ ントが確認された。またその重合速度も Ca-アクチンに比べて大きかった。2 価イ オンによる重合速度の違いを明らかにするため、観察開始から 1 分毎の長さ変化を 6 分間計測した。図 3-5b から、得られた Mg-アクチンの重合速度は Ca-アクチンよ り約 2 倍大きい 1.0×107/M/s となり、みかけの脱重合速度は 0.6/s、臨界濃度は 0.064µM であった(Table 参照)。 なお、Ca-アクチンと比べて、蛍光像の空間分解能 が低かった。これはおそらく、Mg-アクチンは Ca-アクチンに比べて核を形成しやす いために多数のフィラメントが存在し、背景光ノイズのレベルが高くなったためで ある。次に、図 3-5c に定常相におけるフィラメント長の実時間観察の結果を示す。 38.
(40) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. Mg-アクチンは Ca-アクチン同様に長さ揺らぎをしながら重合し、その後、定常相を 保っていたが、その長さ揺らぎの S.D.の大きさは Mg-アクチンの方が大きかった。 S.D.と相関時間τとの関係を示したのが図 3-5d で、Ca-アクチンと同様ほぼ単調に 増加することが示された。. 定常相におけるアクチンフィラメントの長さ揺らぎの解析 図 3-4c と 3-5d で得た定常相における単一アクチンフィラメントの長さ揺らぎの 分布を解析した。というのは、もしも長さ揺らぎが単なる計測誤差ならば、長さ揺 らぎの大きさ(S.D.)は相関時間τによらないであろう。また、もしフィラメントの両 端で重合・脱重合がランダム(拡散)過程に依って生じているのならば、S.D.の 2 乗はτに比例するであろう(Howard, 2001 chapter 4 参照)。そして、 その解析から重 合・脱重合ダイナミクスに関する情報を得ることが出来るであろう。そのように考 え、図 3-6 に(S.D.)2 とτの関係をプロットした。コントロールとして、ファロトキ シンを結合させたアクチンフィラメントの結果も示した。また、人為的に背景光ノ イズのレベルを 変化させた場 合のファロトキシンアクチンの 結果も 示した (図 3-6a)。 Ca-アクチンにおいても Mg-アクチンにおいても、(S.D.)2 とτとの関係は直線的に なったが、近似直線は原点を通らず y 軸と交差した。それゆえ、(S.D.)2 とτの関係式 は(S.D.)2 = (S.D.0)2 +ατと表わされる。ここで、(S.D.0)2 は、それぞれの条件(Caアクチン、Mg-アクチン、ファロトキシンアクチン)における空間分解能(長さ決 定の精度)を表わすと考えることが出来る。この理論は、ファロトキシン存在下で の実験に於いて、10%ラベル率の TMR-5-MA-アクチンラベル率での実験(図 3-6a, △印と□印)から、モノマーアクチンの TMR-5-MA ラベル率を 50%まで増加させて 背景光ノイズレベルを高くしたところ、それに応じて S.D.0 が大きくなったこと(図 39.
(41) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 3-4b,6a ▲印)から支持される。この実験によって、S.D.0 は蛍光像のコントラスト が高ければ高いほど低くなることが示された。これを言いかえれば、ファロトキシ ンを結合したアクチンフィラメントの. みかけの. 長さ揺らぎは、長さ計測の計測. 誤差の上限を与えるものといってよいだろう。このことから、Mg-アクチンは、Caアクチンに比べて多数のフィラメントを形成しやすく、背景光ノイズのレベルが高 くなってしまったためにコントラストが落ち、そのために S.D.0 の値が大きくなっ たと理解される (図 3-6b)。. 3-5) 考察. 拡散過程にもとづくアクチンフィラメントの重合ダイナミクスの解析 アクチンフィラメントのトレッドミル理論は、1976 年 Wegner によって考えられ た理論である。それ以来、トレッドミル理論は、多くの溶液系の実験において広く 研究されてきた。本研究では定常相において、B 端で伸長しつづけ P 端では短くな る過程を連続的に観察することによって、1 本のアクチンフィラメントにおけるト レッドミル過程を直接的に証明することができた(図 3-2d)。我々はまた、微小管に おいて見られる動的不安定性(ダイナミックインスタビリティ)(Horio and Hotani, 1986; Mitchison and Kirschner, 1984)が、少なくとも純粋なアクチン系においてはそ れほど大きなものではないことを明らかにした。 長さ揺らぎの解析から(図 3-6)、 (S.D.)2 とτとの関係が線形であることを明らか にした。アクチンフィラメントの長さ揺らぎが、アクチンフィラメントの両端にお けるランダムな結合・解離に由来するものならば、 P( x, t ) ; 時刻 t における長さ x の アクチンフィラメントの存在確率分布 ( 0 ≤ P( x, t ) ≤ 1) は、次式によって決まる。. 40.
(42) 2002 年度. ∂P ( x, t ) = k − P( x + a) − k +CP( x) } + k + CP( x − a ) − k − P ( x ) ∂t. {. {. 博士論文. }. 藤原 郁子. 式1. k+ : 重合速度定数 k− : 脱重合速度定数 C : モノマーアクチン濃度 a : フィラメントに組み込まれるアクチンの、フィラメント長に寄与する長さ(モノ マーで重合・脱重合するならば、2.7 nm となる。) B 端と P 端を区別するなら、それぞれの端での重合速度定数 kB(P) + と脱重合速度定 数 kB(P) -はそれぞれ、 k+ = kB+ + kP+ と k- = kB- + kP- となるが、ここでは区別しない。 また、このモデルにおいてはアクチン内部での ATP 加水分解の影響は考慮しない。 式 1 の P(x + a)項と P(x - a)項を、a の 2 乗の項までテイラー展開すると、式 2 を得 る。 ∂P ( x, t ) 1 2 ∂ 2 P ( x, t ) + ∂P ( x, t ) + = a (k C + k − ) − a (k C − k − ) 2 ∂t 2 ∂x ∂t. 式2. 右辺第 1 項と第 2 項はそれぞれ、拡散の項と流れの項になる。第 1 項の比例係数は 拡散係数 D に相当するので式 3 のように対応づけられる。 定常相のときには k+C0=k-が成立つので右辺第 2 項の流れの項は存在せず、純粋な拡 散方程式と同型になるため、見かけの拡散係数 D は次式となる。 D=. 1 2 + a ( k C0 + k − ) 2. 式3. ここで C は定常相においては C0、すなわち、重合のユニットがモノマーだとすると、 アクチンの臨界濃度となる。ここで拡散過程とのアナロジーから、<(∆x)2>=2Dτ、 すなわち(長さ揺らぎの S.D.)2=2Dτが成立すると結論できる。このことと、上記の解 析結果とから、重合速度 k+と脱重合速度 k-を見積ることが出来る(Table 参照)。 (S.D.)2 がτに比例するということは(図 3-6)、アクチンフィラメントの両端での重. 41.
(43) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. 合・脱重合ダイナミクスが(S.D.)2 = 2D τ= a2(k+C0 + k-)τを満たす拡散(ランダム) 過程に従うことを意味する。それゆえ、図 3-6 の傾きから、定常相での重合速度定 数と脱重合速度定数を見積ることが出来た。ファロトキシンを結合させたアクチン フィラメントの(S.D.)2 とτから得られる直線も僅かに傾いていた。これはファロトキ シン存在下でも長さ揺らぎが存在することを表わしている可能性もあるが、我々は 蛍光の退色によって蛍光像のコントラストが徐々に低くなることに起因すると結論 する。とすると、ファロトキシンなしの直線の傾きにもこのことが反映しているは ずだが、ファロトキシンの傾きは充分に小さいので無視出来る、つまり蛍光退色に よる影響は無視することが出来る。 定常相における重合速度定数と脱重合速度定数を得るため、C0 の値を図 3-3d,5b から得られた 0.14µM(Ca-アクチン)と 0.064µM(Mg-アクチン)とした。そして、a の サイズを 2.7 nm としたところ、Ca-アクチンにおける k+と k− はそれぞれ、1.8× 108/M/s と 25/s(図 3-6a) となり、Mg-アクチンにおいては 4.5×108/M/s と 29/s と なった(図 3-6b)。この値は先に得られた重合相から見積った重合速度定数と脱重合 速度定数に比べて 30-45 倍大きな値となった。この数値を含め、Table に、異なる 実験方法によって得られた重合速度定数と脱重合速度定数、そして臨界濃度をまと めた。図 3-6 の長さ揺らぎの解析から得られた約 40 倍も大きい速度定数を除けば、 他の結果から得られた速度定数は全てほぼ一致した。なお、本実験で得られた Caアクチンの臨界濃度は、これまでに報告されたものに比べて小さかった。これは、 我々の実験においては重合溶液中の 2mM の Mg2+によって Ca-アクチンの一部が Mg-アクチンに置換されてしまったことが原因と考えられる。 上記の解析で得られた速度定数と論文で報告されたものとの相違について、第 1 に定常相での速度定数と重合相から導かれる速度定数は、本質的に異なったもので あることに留意する必要がある。まず、重合相よりも定常相の方がフィラメント中 42.
(44) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. に ADP-タイプのアクチンが多く存在していること(Carlier, 1989)を考慮すると、異 なる二つの相の間で異なる結果が得られることが予測される。少なくとも B 端にお いては、ADP-アクチンの脱重合速度は ATP-アクチンの脱重合速度よりも 10 倍大き いことが知られている。第 2 に、定常相における重合・脱重合速度のバランスを保 つために、脱重合速度と同程度の速度で生じる大きな重合速度定数の要因としてフ ィラメント(フラグメント)間のアニーリングの存在が挙げられる。事実、報告さ れているアニーリングの速度定数は、107/M/s に比べて大きい(Murphy et al., 1988; Kondo and Ishiwata, 1976)。フィラメントの端に結合するアクチンが、上記で用い た a=2.7nm という完全なモノマーではなく、6 程度のアクチンサブユニットからな るフラグメントである可能性を示唆する。第 3 に、重合・脱重合のサブユニットサ イズ a は、 アクチンモノマー サイズ であっても、重合 ・脱重合過程はむしろ non-Markov 過程であり、アクチンフィラメントの端でひとたび重合し始めると連続 して重合し、またひとたび脱重合し始めると連続して脱重合するような協調性の中 で、アクチンサブユニットの平均のサイズが決まっている可能性もある。事実、ト レッドミル過程はアクチン内部の ATP 加水分解と協同して行われており、だとする と、この性質こそ、アクチンのダイナミックインスタビリティを表わすものといえ る。 a のサイズが平均約 6 個のアクチンサブユニットからなるとすると、式 3 の a2 は 36 倍になり、おおよそ 40 倍と等しくなる。アクチンフィラメントの両端それぞれ における重合・脱重合ダイナミクスを明らかにするためには、より詳細な長さ変化 の解析、すなわち、B 端と P 端を識別した上で高い空間分解能を有する解析が必要 である。 なお、多数のアクチンフィラメントによって平均化された重合・脱重合過程を測 定する通常の溶液系実験においては、アニーリングは見逃されるプロセスである。 43.
(45) 2002 年度. 博士論文. 藤原 郁子. というのも、例えばピレン(蛍光強度はアクチンモノマーの時には非常に弱いが、 重合してフィラメントになると 20 倍ほど強くなる)を用いた実験では、アニーリン グやフラグメント化が生じても、フィラメント同士の端と端の蛍光強度のみが変化 するだけで、長いフィラメントで生じたのか、短いフィラメントで生じたのかを判 断することは出来ないからである。1983 年に、Brenner と Korn によって、溶液系 における速度定数が重合相から見積られたが、 この研究でも、どの長さのフィラメ ント同士がアニーリングしたのか、それともフラグメント化したのかを判断するこ とは出来ない。 それゆえ、1 本のアクチンフィラメントの重合・脱重合ダイナミクスを直視し解 析することは、1 本のアクチンフィラメント上でのトレッドミル過程を測定できる だけでなく、定常相における長さ揺らぎを通して可能となる重合・脱重合の新しい 側面を研究することが出来るのである。本研究の結果は、アクチンのみでの重合・ 脱重合ダイナミクスが微小管ほどには ダイナミック でないことを明らかにした。 しかし、細胞中においてアクチンは、細胞骨格の中枢を担い、重合・脱重合ダイナ ミクスを通して様々な局面で活躍している。言い換えれば、重合相におけるさまざ まなアクチン調節タンパク質の影響だけでなく、定常相におけるアクチンの長さ揺 らぎを解析することの重要性でが理解される。純粋なアクチン固有の重合・脱重合 ダイナミクス(おだやかな動的不安定性)は、核細胞に固有の調節タンパク質との 相互作用を通じて細胞機能を時間空間的に制御しているアクチンの働きにとって、 好都合なのかもしれない。. 3-6) 結論. モノマーアクチンからフィラメントへの重合過程を、30mM KCl, 2mM MgCl2 主体 44.
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