ロビンソン資本蓄積論の研究(2)
その他のタイトル A Study of Mrs. Robinson's Theory of Capital Accumulation (2)
著者 三谷 友吉
雑誌名 關西大學經済論集
巻 10
号 3
ページ 255‑273
発行年 1960‑11‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15549
255
ほかにはどんな住民もいない︒ ンはこの仮定にかんれんしてつぎのようにのべている︒
その期のうちにそれをついやしてしまう︵そして ﹁われわれのモデル経済のなかには︑労働者と企業者との ロビンソンの﹁長期蓄積﹂の理論は第一部﹁単一の技術での蓄積﹂︑第二部﹁技術的フロンティア﹂︑第三部﹁蓄積と技術進歩﹂よりなるのであるが︑らない︒そしてロビンソンによればこの部分の分析の基本的仮定は﹁どんな所与の発展段階においても固定的な技術係数の仮定﹂すなわちただひとつの生産方法の仮定である︒したがつて﹁消費のパターンがあたえられている場
.
︵
2)
. ( 1 )
合には︑労働の設備にたいする比率︵キャパシティでの︶は︑賃銀や利潤の水準に無関係にあたえられている﹂と
・みなされるのである︒
またその分析は前述のように﹁労働者と企業者だけからなる二階級のモデル﹂を仮定するのであるが︑
労働者たちは賃銀を受取れば︑
ロピ
ンソ
ン資
本蓄
積論
の研
究︵
三谷
︶
第 一 節
第 三 章
その核心的な部分をなすものは第一部﹁単一の技術での蓄積﹂にほかな
ヽ ー ノ
長 期 蓄 積 二
•(
不 変 の 技 術 で の 蓄
積 単
の 技 術 で の 蓄 積
ロ ビ ン ソ ン 資 本 蓄 積 論 の 研 究
(2)
、谷
友
ロビ
ンソ
吉
256
ロピンソン資本蓄積論の研究︵三谷︶
賃銀以外にはなにもついやさない︶︒企業者たちの消費は無視してもよいほどであり︑
( 3 )
と目的は生産を組織し資本を蓄積するにある︒﹂ そしてかれらの唯一の機能
これによってみれば︑企業者が利潤のうち消費にあてる部分は捨象され︑利潤はすべて資本として蓄積されるも
のとみなされるのである︒このような想定は﹁企業者にとつては︑利潤獲得の目的は消費にふけることではなくて︑
・
( 4 )
かれの事業を維持し拡大することである﹂という事実や︑﹁利潤のための利潤の追求﹂こそは資本主義経済のいち
( 5 )
じるしい生産力の発展をもたらしたという事実を考慮にいれるならば︑けつして不当ではないとかんがえられるか
( 6 )
もしれない︒しかしながら︑右の想定は問題によってはあやまった帰結にみちびくおそれがあるであろう︒
註
( 1 )
これは正常キャパシティを意味するのであろう︒ロビンソンによれば︑週あたり産出率におけるどんな増加も︑生産物一
単位あたりの主要費用の増加を生ずるというときには︑プラントは正常キャパッティの限界において稼動されているの であ る︒
( 2 )
Ro bi ns on ,
T h e A c c u m z ̀
la ti on
o
f C ap it al ,
p ,
ix .邦訳︑原著序文︑八ページ︒
( 3 )
I bi d . ,
p .
7 3
.
邦訳︑八0
ペー ジ︒
( 4 )
I bi d . ,
p .
3 9 .
邦訳︑四四ページ︒
( 5 )
I bi d . ,
p .
4 0 .
邦訳︑四六ベージ︒
( 6 )
たとえば貨幣賃銀と商品価格との関係の問題について︑ロピソソンは貨幣賃銀の下落はおなじ比率での商品価格の下落をもたらすとのべている︒
( Ib i d .,
p .
7 9
.
邦訳︑八六ー八七ページ︒︶しかし資本家の消費︑とくに奢移品の消費を考慮にいれると︑結果はちがつてくる︒労働者の消費する生活必需品の価格は貨幣賃銀とともに下落するが︑資本家の消費す る奢修品の価格は下落しない︒あるいは騰貴するかもしれない︒かくして必需品の生産よりも奢修品の生産が有利とな る︒したがつて資本は不利な生産から有利な生産へ移動し︑必需品の産出量は減少する︒必需品の価格は貨幣賃銀とお
なじ比率で下落しはしないであろう︒だから︑実質賃銀は下落するであろう︒︵マルクス﹃賃銀︑価格および利潤﹄︵岩波文庫)ニ――
1•( ージ以下参照。)
257
さて第一部﹁単一の技術での蓄積﹂
ロビンソンはさいしよに若干の仮定についてのべる︒彼女の叙述をそのままあげておこう︒
とつの生産技術がしられていると仮定する︒各型の生産物の一定の産出率は︑諸資本財の特定の装備︑生産の特定
のクイム・パターンおよび一年あたりの労働時間数の特定の流れを必要とする︒われわれの物語がはじまるときに
は︑ひとつの資本主義経済がすでにながいあいだ確立していて︑
がそのあらゆる行程をみたしている仕掛品とともに存在する︒
( 1 )
れる︒われわれは︑さいしよに︑企業者たちはかれらの雇用しようと欲するだけの労働をつねに手にいれることが
できると仮定しよう︒︵かの資本主義経済は︑取引はしないが必要なときは労働を補給してもらえる自給自足的な
小農民経済とならんで存在していると想像してもよいであろう︒︶
﹁暗い無限の過去において︑資本主義は︑労働が農奴または職人や自由小農民によっておこなわれていたところ
の︑ある先行する経済型から出現してきた︒資本家たちが労働をさせるために支払わなければならなかったところ
の︑消費財で表示した賃銀水準は︑労働者の当時の生活標準によって︵あるいは最悪の場合にはかれらが労働し家
族を養育しうる生理的な最低限によって︶きめられた︒そのときいらい︑歴史的進化の過程が︑賃銀率と雇用水準
ロピ
ンソ
ン資
本蓄
積論
の研
究︵
三谷
︶
明からはじめているから︑これにふれておこう︒ る︒ここでは前者について考察することとするが︑
そこには既知の技術に適した生産設備のストック
雇用量は現存する設備のストックによって支配さ ﹁われわれはただひ ロビンソンはまず﹁単一の技術での賃銀と利潤﹂.にかんする説 のなかでロビンソンは﹁不変の技術での蓄積﹂と﹁技術進歩﹂を論じてい
2 /18
ロピ
ンソ
ン資
本蓄
積論
の研
究︵
三谷
︶
貨幣表示をもつてすれば︑貨幣賃銀率があたえられている の関係に を現在のところにまでもつてきたのである︒このようにして確定する賃銀総額と︑たとえば一年の総生産物Iこ
れは実施中の生産技術に依存するのであるが
l
との
差額
が︑
から
︑
その年のあいだに蓄積された︵既存の資本財ストッ
クはありのままに維持されて︶資本の増加分である︒そしてわれわれは利潤からの消費はないものと仮定している
この差額はその年の活動にたいする総利潤とおなじものである︒
﹁企業者たちは特殊な商品または特殊な資本設備の種目を生産することに専門化している︒しかしかれらはある
( 2 )
部面から他の部面に転ずることが自由である︒したがつて均一的な利潤率がその体系にあまねく確立される︒﹂
これらのことをまえおきにしてロビンソンは賃銀と利潤の関係について説明し︑
費財にたいする需要︵したがつて︑ つぎのようにのべている︒
その
産出
率︶
は︑
(1 )
資本財の生産に従事している労働者数︑
(2 )一
1
人一年
あたり実質賃銀︑
(3 )
支配的な技術での一人ー一年あたり消費財産出量の実質賃銀率にたいする比率︑
依存する︒企業者たちは︑︵もちろんかれらは意識的な協定された計画にもとずいて行動しているのではないが︶︑
事実上︑ある数の労働者を資本財の生産に雇用している︒そして︑そのうえの︑なんらかの数の労働者が︑すべて
.の雇用労働者に賃銀財を提供するために必要である︒
( 3 )
と︑一年あたり諸商品の販売価値は︑消費財の産出における賃銀額と資本財の産出における賃銀額との和にひとし
( 4 )
く︑そして消費財の販売からえられる準地代は資本財の産出における賃銀額にひとしい︒
﹁
W l
を投資部門の賃銀額︑町を消費部門の賃銀額︑Qを消費財の販売からの準地代とするならば︑消費財の販売
価値は
W 2
+ W
1
または
W 2
+ Q
とし
く︑
にひとしい︒投資部門の雇用の消費部門の雇用にたいする比率は
Q>
1 /
2
にひ
これは消費部門の雇用労働者一人あたり準地代の賃銀にたいする比率であって︑投資部門の準地代とはま
四
﹁ 消
259
ロピ
ンソ
ン資
本蓄
積論
の研
究︵
三谷
︶
rは
利潤
︑
W
は賃
銀︑
( 8 )
す ︒
J
c
を蓄積とすればr11J c
である︒償却︑利潤などは一年あたりの額である︒︶
この表式において消費部門の資本ストックが投資部門のそれより大きくなっていること︑しかし両部門で労働と
資本との比率がひとしくなっていることについては︑とうぜん疑問がおこるであろうが︑それはともかくとしてそ
の表式における諸数字をもつてロビンソンのしめしている諸関係をあらわすならばつぎのようになる︒
l=I
投資
部門
︑
H
2 0 0
C20a + 4r +
3 6 w
1 1
60x
3 0 0
C30a + 6r +
5 4 w
1 1
90x
5 0 0
C50a + l O r +
9 0 w ""
1 5 0 x
W 1
11H
36w,
l I は消費部門をしめす︒
( 5 )
ったく関係がない︒
W 2
1 1
T I
5 4 w
C
は資本のストック︑a
は償
却︑
五
X
は産出量をあらわ ﹁専門の生産者から購入される︱つの機械への支出はその機械の賃銀費用を超過する︒かくて投資部門における準地代をあたえる︒⁝⁝一年のあいだの総利潤は︑消費部門の償却を差引いた準地代をば︑その年につくられた資
本増加分の価値が消費部門の利潤をこえる超過額にひとしい額だけ超過する︒一年の資本財の産出量がその年の損
( 6 )
耗分をこえる超過額は︑準地代総額が償却をこえる超過額︑すなわちその年の利潤にひとしいのである︒﹂.
( 7 )
ロビンソンは旧著のなかで﹁恒常的蓄積のモデル﹂を簡単な数字例でしめしているが︑いま前述の単純化の仮
定にしたがつてこれに若干の修正をくわえるならば︑左のような蓄積の表式をつくることができる︒
︵こ
こで
Iは
260
わち
︑ としいことを指摘したのちに︑
さて
︑
かくて︑もし投資率が大きくなれば︑これによって利潤率
H
6 0 x
ー
( H 2 0 a + I I 3 0 a )
= I
4 r + I I 6 r
1 1 W
2 +Q 1 1
n
5 4 w + I ( 3 0
a +
6 r )
ロビ
ンソ
シ資
本蓄
積論
の研
究︵
三谷
︶
Q 1 1 I ( 3 0 a
+ 6 r
) , I I 9 0 x = W 2 + W 1 11 I I 5 4
w +
H
6 3
w
( I 4
r +
r r
6 r ) ‑
{
I l( 3 0 a
+ 6 r )
ー
r r
3 0 a } 1 1 ( H 4 . d c +
r r
6 . d c )
ー
r r
6 r
ロビンソンは︑右のように一年の利潤がその年の資本の増加分とひとしいこと︑すなわち利潤が蓄積にひ
﹁利潤と蓄積﹂の関係について︑それが二面的であることを強調している︒すな
﹁利潤がえられるためには︑労働者一人あたり産出量の︑労働力を維持するために必要な労働者一家族あた
り消費をこえる剰余が︑存在しなければならない︒しかし︑潜在的な技術的剰余の存在は︑利潤が実現されるため
の十分な条件ではない︒そのためには企業者が投資を実行することも必要である︒︵利潤が消費されない場合には︶
利潤率は蓄積の資本ストックにたいする比率にひとしいという命題は︑ふたみちにかけるものである︒企業者は利
( 9 )
潤をえないならば蓄積できず︑そして蓄積しないならば利潤をえられない︒﹂
ロビンソンはこの二面性を重視するが︑
( 1 0 )
その見解においてケインズ的な立場にかたむいているのである︒すなわ
( 1 1 )
ち︑彼女によれば︑潜在的な技術的剰余の範囲内においては︑全体としての企業者たちの投資の決意または蓄積を
( 1 2 )
実行ずるエネルギーが利潤率︵蓄積率︶を決定する︒
︵蓄積率︶が上昇しうるのである︒けだし投資率が大きくなつて︑投資部門の雇用が増加するならば︑実質賃銀が
低下し︑利潤が増大するからである︒しかしこのことには一定の前提と若干の制限があることに注意しなければな
Q 1 1 W 1 11 I
3 6 w
六
261
を つ ね に 手 に い れ る こ と が で き る
﹂ と い う こ と
︑ あ る い は 不 完 全 扉 用 の 状 態 が 存 在 し て い る と い う こ と を 前 提 と す るのである︒また︑
ロ ビ ン ソ ン が 仮 定 し て い る よ う に
﹁ 企 業 者 た ち が か れ ら の 一 雁 用 し よ う と 欲 す る だ け の 労 働 ロ
ビ ン ソ ン じ し ん み と め て い る こ と で あ る が
︑ 右 の よ う な 結 果 は 不 完 全 雇 用 の 状 態 の な か に お い て も 生 産 設 備 の キ ャ パ シ テ ィ な ど の 障 害 に よ っ て 制 限 さ れ る の で あ る
︒ そ し て 最 後 に 完 全 雇 用 の 状 態 に お い て あ
( 1 3 )
ら わ れ る と こ ろ の い わ ゆ る イ ン フ レ ー シ ョ ン 障 壁 に よ っ て 阻 止 さ れ る で あ ろ う
︒
註
( 1 )
この条件に注意すぺきである︒それは雇用蓋がいわば資本の技術的比率に依存していることをしめすものである︒
( 2 ) R
o b
i n
s o
n ,
T h e c A
c u
m u
l a
t i
o n
o f C a p i t a l . p p .
73 74.
—邦訳︑八0ー八一ページ︒
( 3 )
ロピンソンによれば﹁消費のために予定されている交換されうぺき財貨とサーピスは商品とよばれる︒﹂
( I b i
d .
︑p .
1 7 .
邦訳︑二0
ペー
ジ︒
︶
︑︑
︑
( 4 )
ロピンソンはいう︑﹁われわれは︑一営業の売上高のうち運転費をこえる部分を意味するために準地代という表現をも
ちい︑準地代のうち地代とその営業の資本を維持するために必要な償却とをこえる部分を意味するために利潤という表
現をもちいよう︒﹂
( I b i d . ,
p .
1 3 .
邦訳︑一五ページ︒︶ここでは地代を捨象しているから進地代は償却と利潤を包含する︒
ロビンソンによれば︑﹁短期において設備の供給が不変であることは土地の供給が永久的に不変であることに似ている(これが準地代という用語の起原である)。」(
Ib 笠•
p .
2 8 9 ,
f o
o t n o t e .
邦訳︑三一四ページ︑註
( 3 )
︒︶
( 5 )
ロピンソンはこの関係をつぎのように例示している︒﹁すべての生産が二つの部門すなわち投資部門と消費部門とに分
割されていて︑消費部門における一人あたり産出産は︑一人あたり実質賃銀の︑たとえば二倍である︒その場合には総
扉用は投資部門の雇用の二倍である︒または︑賃銀率が消費部門の産出蘊の三分の二であるならば︑総薦用は投資部門
の雇用の三倍である︒かくて︑投資部門の賃銀額は一
0
0︑消費部門の賃銀額は二
0
0︑消費財の販売価値は三
00
︑
消費部門の準地代は一
00
であ
る︒
﹂
( I b i
︑
d .
p .
7 5 ,
f o o t n o t e
.
邦訳︑八ニページ︑註(4
)︒
︶
( 6 ) I b i d
. ,
p p
.
7 4
‑ 7 5 .
邦訳︑八一ー八ニページ︒
( 7
) R
o b
i n
s o
n ,
T h e R a t e o f n t I e r e s t , p .
9 5 .
邦訳
︑
ロビンソン資本蓄穣論の研究︵三谷︶
らない︒第一︑
それは︑
︱︱七ページ︒
七
三
262
ロピンソン資本蓄積論の研究︵三谷︶
( 8 ) この表式におけるそれぞれの額は︑ロピソソソじしんの仮定にしたがつて︑貨幣表示のものであるとみなしてもよいで
あ ろ う ︒
( 9 )
Ro
bi
ns
on
,
Th
e A
cc
um
ul
at
io
n o
f C
a pi t
a l.
p .
7 6 .
邦訳︑八三ページ︒
( 1 0 )
Rob
in
so
n,
c A
cu
mu
la
ti
on
an
d P
ro
du
ct
io
n Function,
Ec
on
om
ic
Jo u
r na l
, S
ep
te
mb
er
1 9 5 9 ,
p .4 3 4 .
( 1 1 )
Rob
in
so
n,
T
he
Ac
cu
mu
la
ti
on
of
Ca p
i ta l
, p .
5 5 .
邦訳︑六三ページ︒
( 1 2 )
I bi d . ,
p .
8 4 .
邦訳︑九一ページ︒
( 1 3 ) ロピンソンによれば︑﹁投資部門の賃銀の消費部門の賃銀にたいする比率が大きくなることは︑諸商品の販売額におけ る準地代の賃銀額にたいする比率が大きくなるという結果をもたらし︑そして準地代の分前が大きくなることはおそら く利潤のなかからの消費支出の水準が高くなるという結果を生じ︑このことがこんどは準地代の分前が大きくなるとい う結果をもたらす︒かようにして︑各企業者は︑かれの同僚たちがより多くの投資をおこなえばおこなうほど︑より裕 福になってゆく︒企業者と金利生活者︵全体としてみた︶が投資と消費により多くついや世ばついやす没ど︑かれらは
より多くのものを準地代として獲得するのである︒﹂
( I b i
d . ,
p .
4 8
. 邦訳●五五ページ︒︶いまは企業者と金利生活者の消費
をのぞいてかんがえればよい︒投資部門における賃銀の増加は投資の増加を反映し︑そして準地代の増加は利澗の増加 をふくむ︒その場合︑投資部門の雇用が増加しているが︑消費部門の産出羞はそれ侭ど増加しないから︑実質賃銀率は低 下しているのである︒しかし右のような投資の増加︑実質賃銀の低下︑利澗の増大という過程には限界がある︒なぜなれ ば︑投資率はキャパンティのほかに資金︑貨幣などによって制限され︑さらに完全雇用の状態においてあらわれるイン フレーンョン障壁によって阻止されるからである︒
( I b i
d . ,
p p.
48
ー5 3
. 邦訳︑五五ー六
0ページ︒︶ここにイソフレージョ
ン障壁というのはつぎのことを意味する︒すなわち︑上記のように投資の増加によって実質賃銀が低下するならば︑い つかは貨幣賃銀の引上げの要求がおこってくるであろうが︑完全雇用の状態においては労働者の交渉力がひじように強 カであるから︑その要求は実現されるであろう︒ところが︑貨幣賃銀が上昇すると︑貨幣支出が増加し︑商品価格が騰貴 する︒かくして貨幣賃銀が商品価格を追いかけるという悪循環がはじまるであろう︒そこで利子率の引上げによって投 資 が き り つ め ら れ イ ソ フ レ ー ツ ョ ン が 阻 止 さ れ る か
︑ そ う で な け れ ば 超 イ ン フ レ ー ン ョ ン が 惹 起 さ れ る に い た る で あ ろ う
︒
( I b i
d . ,
p p.
48
—
49,
237
ー2 毀 3 .邦訳︑五五ー五六︑二五七ーニ五八ベージ︒︶
八
2.63
まえにひきつづいてロビンソンの資本蓄積にかんする議論を考察することとしよう︒
の供給が企業者の労働者にたいする需要に適応するという仮定﹂をとりのぞき︑そのかわりに﹁資本主義経済は自
( 1 )
給自足的であって︑労働についてはそれみずからの人口に依存する﹂という想定をおく︒
ところでロビンソンの基本的な考え方はこうである︒すなわち︑﹁かりに利潤マージン︹産出量一単位あたり利澗量︺
の賃銀費用にたいする比率が変化しないとすれば︑蓄積の資本ストックにたいする比率が不変であるかぎり︵一年
あたり粗投資が資本ストックとおなじ比率で増加するかぎり︶︑
も不
変で
ある
︒﹂
九
ロビンソンはいまや﹁労働
われないという仮定のゆえに︑蓄積の資本ストックにたいする比率にひとしい︶は不変であり︑そして実質賃銀率
そして彼女によれば︑﹁もし人口が資本の蓄積とほぼおなじ率で増加しつつあるならば︑
( 2 )
恒常的比率で無限に進行しうるのである︒﹂けだしこの仮定のもとにおいては上記の条件が完全にみたされうるか
らで
ある
︒
ここでロビンソンはいわゆる恒常的蓄積の場合についてのべているわけであるが︑恒常的蓄積の進行は前掲の蓄
積の表式によってしめすことができる︒すなわち︑その表式の第一年度およびそれ以降の数字は次ページのように
なるであろう︒
この表式において賃銀額の増加は人口︵労働者人口︶の増加をしめすものにほかならない︒なぜなれば︑実質賃銀
率は変化しないからである︒それによってあきらかなように︑人口︵労働者人口︶と資本ストックは一年につき二︒ハ
ロピ
ンソ
ン資
本蓄
積論
の研
究︵
三谷
︶
資本の利潤率︵それは︑
蓄積は 利潤からの消費はおこな
2611
日 日 ~ H 日 日
60
0c
演十舟涛裟
O c
36
0c
渫ー井滞
20
0c
3 0 0 c
・
50
0c
演 1
舟滞20
4c
30
6c
51
0c
a+
10
.2
r +
91
.8
w
1 1
1
53
x
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . .
24
a +
4.
8r
+ 4
3.
2w
1 1
7
2x
36
a +
7.
2r
+
64
.B
w
1 1
1
08
x
60
a +
12
r +
10
8w
=1
80
x
ーセントという恒常的比率で増加するのである︒
さて右とちがつて人口が蓄積とことなる率で増加するとの仮定のもとでのロビンソンの過程分析的な議論にうつ
・ろう︒彼女は二つの大きな場合を区別して︑さいしよに﹁人口が資本よりも急速な率で増加しつつあり﹂︑﹁労働の
過剰﹂が生ずる場合について論ずる︒いわく︑﹁増大した失業労働予備軍の存在はおそかれはやかれ貨幣賃銀率の下
落をもたらす︒賃銀率の切下げに抵抗する労働者たちの力はよわめられており︑各雇用者群は賃銀費用を低減する
51
20
.4
a
, +
4.
08
r +
3 6 . 7
2w
1 1
6
1.
2x
30
.6
a +
6.
12
r +
55
.0
8w
1 1
9
1.
8x
50
a +
lO
r +
90
w
1 1
150x
20
a +
4r
+
36
w
1 1
6
0x
30
a +
6r
+
54
w
1 1
9
0x
ロピンソン資本蓄稜論の研究︵三谷︶
10
265
投資部門の雇用は増加し︑その部門の賃銀額は貨幣賃銀率よりも小さな比率で減少する︒
そこ
それでロビンソンは右のかわりにつぎのように前提する︒すなわち︑
よりもむしろ資本の価値でもつてかんがえる︒そして蓄積率は貨幣支出で表示して不変に維持されるか︑あるいは
とにかく費用よりも小さい比率で低下する傾向がある︒﹂そしてロビンソンによれば﹁その場合には︑貨幣賃銀率
が下落するとき︑
で︑商品の価格は︑賃銀の切下げがおこるまえにくらべて︑賃銀よりも小さい比率で下落し︑実質賃銀は低下する︒
ロピンソン資本蓄積論の研究︵三谷︶ ﹁企業者たちは資本の物理的数量でもつて であって︑失業労働者の予備軍はますます増加するのである︒ ば︑その部門の賃銀額や︑をともなうとのべているが︑ つぎのような前提のもとに議論をすすめる︒すな ことによって利益をえるとかんがえる︒﹂しかしロビンソンは﹁この状況がどのように発展するかは︑企業者たち
が賃銀の下落にたいしてどんなに反応するかに依存する﹂とし︑
わち﹁もし企業者たちが物理的表示での不変の蓄積率を維持し︑したがつて投資部門の雇用が影響をうけないなら
その結果として消費部門の準地代は︑賃銀率とおなじ比率で低下する︒競争的状態にお
いては価格はおなじ比率で下落し︑したがつて労働者たちの立場がよわいにもかかわらず︑実質賃銀は不変にとど
まる︒蓄積率が人口の成長率の増大にこたえることができなかったので︑.失業労働者の予備軍は増加しつづけ︑そ
( 3 )
して失業の雇用にたいする比率は上昇しつづける︒﹂
ここでロビンソンは投資部門の雇用が不変である場合には貨幣賃銀率の下落は商品価格のおなじ比率での下落
この議論は︑既述のような合成商品の仮定や企業者の消費はないとする仮定にもとず
いており︑他方では諸企業の費用関係の差異を無視しているのであって︑そうい"つ点で問題をのこしているけれど
も︑ここではそれを不問に附しておこう︒ともかくこの場合には実質賃銀率が下落せず︑蓄積率は上昇しえないの
266
ロピンソン資本蓄積論の研究︵三谷︶
消費部門の雇用は機械のストックとともに時間をつうじて増加しつつある︒そして機械の蓄積はいまや以前よりも
いつそう速かに進行しているから︑労働にたいする需要は︑少くとも部分的には︑利用しうる労働供給の増加にこ
( 4 )
たえ
たの
であ
る︒
﹂
この場合にロビンソンは﹁貨幣賃銀率の下落が資本財の再生産費をその歴史的費用よりも小さくし︑かくしてあ
( 5 )
る附加的な投資を誘発する﹂こと︑すなわち﹁資本財の再生産費の低減によって解放された資金は︑賃銀の低下す
( 6 )
これに追加して投資される﹂ことをかんがえ︑そこから立論しるまえの純投資がどのようなものであったにせよ︑
ているのである︒彼女によれば︑そういう追加的投資のために投資部門の雇用が増加するが︑消費部門における諸
商品の産出量はさしあたり不変であるから︑実質賃銀率は低下することとなる︒したがつて︑利潤率が上昇し︑蓄
積率は増大するであろう︒このようにしてそれは人口の増加率に近づいてゆくのである︒
しかしロビンソンの右の議論には疑点があるから︑これを指摘しておかなければならない︒まずその議論にかん
する一解釈をあげておこう︒すなわち︑これによれば﹁投資家は投資の貨幣額を維持しようとする︒したがつて︑貨
( 7 )
幣賃銀と価格が下落するとき、実物投資は増加する。かくて実質賃銀—|`残余ーは低下せざるをえない。」この解
釈は︑実物投資.の増加のために︑労働者が実質賃銀としてうけとる諸商品の数量が減少するとみなしているように
みえ
るが
︑
ロビンソンじしんはそういう場合をかんがえているのではない︒.なぜなれば彼女は諸商品の数量をさし
あたり不変とみなしているからである︒彼女はむしろ投資部門において現存の生産設備がその正常キャパシティを
( 8 )
こえて稼動される場合をかんがえているのである︒この場合︑投資部門において雇用が増加し︑したがつて産出量
が増加するならば︑消費部門の生産設備のほかに投資部門の生産設備も増大しうるであろう︒けだし︑投資部門に
267
働の不足﹂
まで存在していた失業労働予備軍が涸渇し︑企業者たちは新設備に配置するためにいつそう多くの労働者を獲得す
提供
する
︒﹂
そしてロビンソンは﹁もういちど︑
いて左のように論じている︒
ロピ
ンソ
ン資
本蓄
積論
の研
究︵
三谷
︶
ることに困難を感じはじめる︒
その状況の発展のしかたは投資の反応に依存する﹂とのべ︑ かれらは労働者を獲得するために相互に競争しはじめ︑
つづ
﹁もし投資部門の企業者たちが労働を手ばなすことをこばみ︑消費部門の企業者たち いつそう高い貨幣賃銀を が生ずる場合については︑
つぎ
に︑
すな
わち
︑
この場合には︑ おいても多かれ少かれ新投資が増加するからである︒しかしながら︑そういうやり方だけによって投資部門におけ
る生産設備のストックそのものが十分に増大しうるかどうかはうたがわしい︒投資部門において現存の生産設備の
正常キャパシティをこえて産出量を増加することには一定の技術的な制限があるであろう︒ロビンソンじしんも︑
種々の理由から︑蓄積率が上昇して過剰労働が雇用されてゆくメカニズムはそれほど信頼できないことをみとめて
( 9 ) ( 1 0 )
いるのである︒
とこ
ろで
︑
ロビンソンによれば﹁資本財の新たな︑より急速な蓄積率が依然として人口の成長率よりも小さいな
らば︑右の過程がしばらくしてふたたびくりかえされ︑
するのである︒ そしてこのことは賃銀が生存費の水準に低落するまでつづ
くかもしれない︒蓄積︵物理的表示での︶はそのとき技術的に可能な極大率にあり︑
( 1 1 )
的窮乏によっておなじ率にまで制限される︒﹂ そして人口の増加はマルサス
マルサス的窮乏のために人口の増加率のほうが資本の蓄積率にひとしくなるまで低下
ロビンソンは︑もうひとつの大きな場合すなわち﹁資本が利用しうる労働よりも急速に蓄積され﹂︑﹁労
まずこう書いている︒﹁機械のストックがしだいに増加するにつれて︑これ
268
加す
る︒
ロピンソソ資本蓄積論の研究︵三谷︶
と競争して︑賃銀を引上げるならば︑価格は貨幣賃銀とおなじ速さまたはそれ以上の速さをもつて騰貴し︑実質賃
( 1 2 )
銀率は上昇することができない︒そして経済はゆきつまりの状態におちいる︒﹂
ここでロビンソンが﹁ゆきつまりの状態﹂といつているのは超インフレーションの状態をさすのであろう︒彼女
によれば︑上記のように︑貨幣賃銀が騰貴すると︑商品価格がおなじ比率で騰貴するので︑実質賃銀率は変化しな
い︒利潤率は依然として高い︒必要な追加資金が利子率の上昇なしにえられるとすれば︑貨幣賃銀の騰貴と商品価
(13)
︵1 4)
格の騰貴との悪循環がくりかえされ︑超インフレーションの状態があらわれるかもしれないのである︒
﹁投資への貨幣支出が資本財の物理しかしロビンソンは右とちがった前提のもとに議論をすすめる︒すなわち︑
的な産出率を維持するに十分なほど増加しないならば︑消費部門は労働の争奪において勝利をうる︒投資部門の雇
用は減少し︑かくて消費部門でもちいられるようになりつつある新設備に配置するための労働が解放される︒そこ
で︑投資部門の賃銀額は貨幣賃銀率よりもより小さい比率で増大し︑消費部門における価格はより小さい比率で騰
貴している︒実質賃銀率は上昇しており︑そして消費は消費部門の新生産設備がその生産物をうみだすにつれて増
﹁蓄積率はいまや低下している︒そして蓄積が依然として新たな労働が利用しうるようになるよりもはやい速度
( 1 5 )
ですすむならば︑労働不足がふたたびあらわれ︑両者が調和せしめられるまで︑右の全過程がくりかえされる︒﹂
これによってみれば︑こんどは︑貨幣賃銀率の上昇によって資本財の価格が騰貴するが︑投資への貨幣支出が十
分に増加しないので︑資本財の産出量が減少することとなるのである︒しかしロビンソンは投資への貨幣支出が十
分に増加しない理由をはつきりと説明していない︒おそらく利子率の上昇などのために追加資金をえることができ
一四
269
ない場合がかんがえられているのであろう︒それはともかく︑彼女によれば﹁資本の蓄積率が労働供給の増加率に
適合せしめられるメカニズムは︑要求されるのが蓄積率の低下である場合には︑
( 1 6 )
も︑いつそう信頼しうるものである︒﹂
なおロビンソンは﹁総労働力が不変にとどまるという特殊な場合﹂についてのべているから︑
こう︒彼女によれば︑
一五 これに言及してお
この場合には﹁単一の技術をもつて蓄積が無限に進行しつづけることは︑あきらかに不可能
である︒かような場合には︑上述のメカニズムはその論理的帰結にいたるまで作用するとかんがえられるかもしれ
ない︒蓄積が進行すれば︑労働不足がおそかれはやかれあらわれる︒実質賃銀の上昇と蓄積の低減とは労働を投資
部門のそとに流出せしめる︒蓄積率は低下する︒しかしそれが依然としてプラスであるならば︑労働不足はおそか
費財の生産と資本の維持に雇用され︑賃銀は産業の純生産物の全部を吸収し︑ れはやかれふたたびあらわれる︒賃銀のいつそうの上昇は蓄積率をさらに低下せしめるであろう︒そして︑このことは︑置換投資が粗投資の全部を吸収して資本ストックが増加しなくなるまでつづく︒そのときすべての労働は消
( 1 7 )
. そして利潤率は零となる︒﹂
しかしロビンソンの見解によれば︑
( 1 8 )
滞の問題がおこってくるのである︒ この特殊な場合︑すなわち利潤率が零にまで低下する場合には︑
註
( 1 )
R o b i n s
g ,
T h e
Ac
ci
̀
m u
t a
t i
o n
o f C
a p
i t
a l
"
p .
7 8 .
邦訳︑八六ページ︒
( 2 ) I b i d . ,
pp
.
78 1
7 9 .
邦訳︑八六ページ︒
( 3 )
I b i d . ,
p .
7 9
.
邦訳︑八六ー八七ページ︒( 4 ) I b i d . J )
•
8 0
.
邦訳︑八七ページ︒
ロピンソン資本蓄積論の研究︵三谷︶ いわゆる停 その上昇が要求される場合より
2 7 0
ロピンソン資本蓄積論の研究︵三谷︶
( 5 ) I b i d . , p .
1 9 7 .
邦
訳 ︑ ニ ︱
︱ ︱
︱ ペ ー ジ
︒ ( 6 ) I b i d ・
︑ p .
1 9 5 .
邦訳︑ニ︱
0ペ ー ジ ︒
( 7 ) A . P .
L
e r
n e
r ,
T h e A c c u m u l a t i o n o
f
C a
p i
t a
l .
B y
J o a n R o
b i
n s
o n
,
A m e r i c a n E c o n o m i c R
e v
i e
w ,
S e p t e m b e r
1957•D.
6 9 7 .
なおラーナーはロピンソンの所説を批判して左のように書いている︒﹁ロビンソン夫人はどんな限界生産力も保持
しようとしない︒そして資本の蓄稜が労働の限界生産物を増大することによって実質賃銀を増大するということを︵あ まり首尾一貫してではないけれども︶否定するにあたっては︑ある程度までほんとに細事拘泥といいうるものにおちい
つている︒
. . . .
. . 限界生産力のメカニズムを放棄して︑彼女は一種の残余説をとることを強制される︵と︑いうことが適 当な言葉であるならば︶︒これによれば︑蓄菰のための必要物と資本家による消費分をとりさったのち︑労働者たちの 順番になったときに︑どれだけのものがかれらに分配さるぺくのこされているかによって︑実質賃銀が決定されるとい うのである︒またわれわれは厳密の賃銀基金に逆もどりする︒これはいろいろのことなった文脈のなかで︑しかしつね におなじ呪文の小さな変種にこたえて︑よみがえる︒﹂
( I b i d . , p .
6 9 8 . )
たしかにロピンソン.は分配の原理としての限界
生産力説をすててしまった︒しかし彼女はそれとはぺつの意味においてであるが労働と土地の限界生産物について語っ
ているのである︒
( 8 ) R
o b
i n
s o
n ,
o p . c i
t .
̀ p p .
1 7 9 ‑ 1 8 0 ,
1 8 7
ー1 8 8 , 195.~
訳︑一十
{ ‑ I ‑
+ ル ニ ︑ 二
01
︑ ニ ー
0ペ ー ジ ︒
︶ ( 9 ) C f . i b i d
. ,
p p
.
51
ー5 2 , 8 1 , 1 9 7 , 2 7 8
‑ 2 7 9 ,
~/ila
、五八ー五九、八八‘-――――-、-―10
三ページ。( 1 0 ) ロピンソンは短期の問題を論ずるさいに投資部門における設備のキャパンティがポトル・ネックとなることを重視し︑
これがプームの終止にみちびくことを強調している。(Ibid••
p p
.
200
ー2 0 1 ,
2 1 0 1
2 1 1 ,
邦訳、ニ―六ーニ―七、ニニ六—ニニ七ページ︒︶
( 1 1 ) I b i d . , p .
8 0 .
邦訳︑八七ページ︒
( 1 2 ) I b i d . , p .
80
ー8 1 .
邦訳︑八八ページ︒
( 1 3 )
・ e r . i b i d . , p p .
4 8 ,
1 9 3
ー1 9 4 .
邦訳︑五五︑二
0
八ーニ
0九ページ︒
( 1 4 ) ロピンソンによれば︑その悪循環は貨幣政策による利子率の引上げによって阻止されるかもしれない︒
( I b i d . ,
p p
.
2 3 7
ー
2 3 8 .
邦訳︑二五七ーニ五八︒ヘージ︒︶
一 六
271
労働力の大きさが企業者の労働者にたいする需要から独立しているときには︑労働力の増加率によって可
( 1 )
能的蓄積率の極大がきめられる︒蓄積がこの率に到達しえない場合には︑長期的失業が増大する︒﹂
働力の供給がその需要におうじて増加しうる場合には︑資本の蓄積は労働者の生存費水準または労働者のうけいれ
ロピ
ンソ
ン資
本蓄
蒙論
の研
究︵
三谷
︶
要す
るに
︑
(4 )
(3 )
(2 )
(1 )
( 1
5 )
I b
i d
︑ .
p .
8 1 .
邦訳︑八八ページ︒
( 1 6 ) I
b i
d .
,
pp.8 1 , 1 9 7 .
邦訳︑八八︑ニ︱三ページ︒
( 1 7 ) I
b i
d .
,
pp.8 1
‑ 8 2 .
邦訳︑八九ページ︒
(18)Ibid••
p .
2 1 9 .
邦訳︑二三七ページ︒
最後にロビンソンはこれまでの蓄積にかんする議論の﹁要約﹂をのべている︒その全文を引用するならば左のと
おりである︒﹁技術がただひとつで︑利潤からの消費がまったくない経済においては︑労働の供給がその需要に適
応するときには︑どんな所与の状態︵過去の歴史によって生ぜしめられた︶から出発しても︑将来の蓄積率は︑
雇用労働者の生存費賃銀をこえるところの利用しうる技術的剰余によって制限される︒
その制限内においては︑
一 七
それは︑労働者たちがよろこんでうけいれ︑また︵実質賃銀の下落にたいしてイ
ンフレーション障壁をつくりだすことによって︶強制しうる実質賃銀水準をこえる剰余によって制限される︒
その制限内においては︑蓄積は︑企業者たちがそれを実行するエネルギーによって制限される︒
ロビンソンにあっては︑賃銀と利潤︵蓄積︶はつぎのような関係に依存するのである︒すなわち︑
四
労
272
しか
し︑ ロピソソン資本蓄積論の研究︵三谷︶
また強制しうる実質賃銀水準をこえる剰余の範囲内において全体としての企業者たちの投資をおこなおうとする決
( 2 )
意によって決定される︒しかし︑労働力の供給がその需要から独立して増加する場合には︑労働力の増加率そのも
のが可能的蓄積率の極大を決定する︒すなわち︑労働力の増加率よりも蓄積率が高く︑労働不足が発生するときに
は︑実質賃銀率が上昇し︑その蓄積率は労働力の増加率にまで低下する︒労働力の増加率が零であるという特殊の
場合には蓄積率も零である︒逆に︑労働力の増加率よりも蓄積率が低く︑労働過剰が存在するときには︑実質賃銀
率が
下落
し︑
その蓄積率は労働力の増加率にまで上昇する︒ただしこのメカニズムはかならずしも信頼できないの
である︒ところで︑蓄積率が労働力の増加率に到達しえない場合には︑長期的失業が増大することとなる︒結局︑
マルサス的窮乏が生じ︑人口の増加率︑したがつて労働力の増加率そのものが低下するであろう︒
ロビンソンによれば︑右のうち蓄積率が零となる場合は実際に生ずることはないのである︒そういう場
合には︑経済的至福の状態︑すなわち消費が所与の技術条件のもとに恒久的に維持されうる極大水準にあるような
( 3 )
状態が︑出現するわけであるが︑資本主義的ルールのもとでは︑長期的な利潤率低下のために︑そのような状態に
( 4 )
到達するまえに︑経済は停滞という泥沼におとしいれられるのである︒他方︑マルサス的窮乏の場合は低開発国に
( 5 )
おいてみられる︒これらの国の経済はそのために停滞の状態におちいつているのである︒
いて有効であり︑ これまでロビンソンは﹁不変の技術での蓄積﹂を論じてきたが︑技術進歩のおこる場合には上記の結論は部分的
( 6 )
に修正されなければならない︒しかしロビンソンによればそれでもやはり﹁さきの議論はあらゆる本質的な点にお
( 7 )
そして資本主義的ルールのもとにおける資本蓄積の基本的な諸特徴を描写している﹂のである︒
一八