【学位論文審査の要旨】
本論文では,大地震による主要な文化観光資源の被害が顕著であったネパールにおいて,
ヘルスツーリズムを新しい観光資源として振興するために,当該市場の現状や課題,さら にはライバル国から見た競争力について,需要と供給の両側面から調査を行い,政府を始 めとする関連するステークホルダーが取るべきアクションや,政策・計画の方向性につい て提言を行っている.
論文は 8 章で構成されている.第 1 章では,研究の背景,目的,研究の学術的・実践的 意義について論じている.第 2 章では,世界におけるヘルスツーリズムとこれに関連する メディカルツーリズムおよびウェルネスツーリズムのコンセプト,定義,展開の歴史を包 括的にレビューし,ヘルスツーリズムがこれらを包含した上位の概念であるべきとの新し い提案を行っている.第 3 章では,ネパールにおける観光やヘルスシステムに関する現状 を整理している.ヘルスシステムとしては,当地の文化に深く根ざしたアーユルベーダが 中心となっており,周辺諸国と比べて多くの記録が残されていること,世界で初めて国の 医療システムにアーユルベーダを位置づけたこと,から,ネパールのアーユルベーダはそ の正当性が高いことが示唆されている.ネパールは,大地震の影響もあったものの,過去 10 年間の外国人観光客数は順調に増加しており,プロモーションする観光資源としては,
ヒマラヤ山脈を生かした自然地域におけるトレッキング等の体験,仏教関連史跡などの歴 史文化に加えて,アーユルベーダが含まれており,国が注力すべき観光資源として認識し ていることを確認している.
第 4 章では,ネパールにおける主としてアーユルベーダを活用したヘルスツーリズムの 今後の成長の可能性について調査している.官民で 10 のヘルスツーリズムステークホルダ ーグループを設定し,計 38 名に対してインタビュー調査を実施している.既往研究を参考 に,インタビュー項目として,ネパールのアーユルベーダの潜在力に関する認識,政府に よる支援の方向性,人材資源マネジメント,ヘルスツーリズムサービスの開発状況とそれ らのプロモーション方法,発展に向けた今後の課題,などを設定している.その結果,既 に生活習慣病の改善やヨガに関係するサービスが提供されていること,多くのサービス提 供者やホテルがネパール観光のイメージ向上のために投資する意欲を有していること,周 辺ライバル国と比べて低価格でサービスを提供できること,のプラス面がある一方で,サ ービスの技師に比べてマーケティングやプロモーションを行う人材が不足していること,
政府による支援や政府内の施策連携が不十分であること,のマイナス面も存在することを 明らかにしている.
第 5 章では,ネパールでヘルスツーリズムを経験した外国人がその旅行を決定した要因 をアンケート調査を通じて分析している.第 4 章のインタビュー調査や既往研究を基に,
観光目的地としての競争力,信頼,品質基準,サービス基準の 4 要因の因果関係に関する 仮設を設定し,有効 300 サンプルのデータによりその仮設を統計的に検証している.その 結果,ネパールがヘルスツーリズムの目的地としての地位を確立するためには,一般的な
観光目的地としての魅力を認識させつつ,認証制度などの導入でサービスに対する信頼を 高めていくことが重要であるとの示唆を与えている.
第 6 章では,第 4 章のインタビュー調査データを用いた SWOT 分析を通じて,サービス供 給側が取るべき戦略を主要ステークホルダー別に提示している.具体的には,S から T で各 6 の項目を抽出し,WO 戦略では政府によるサービスの信頼性確保やプロモーションに係る 項目が,ST 戦略では民間によるサービス品質向上やブランディングに係る項目が抽出され るなど,12 の基本戦略が提示されている.
第 7 章では,アジアのヘルスツーリズム先進国であるタイ,フィリピン,マレーシア,
インドにおける実施状況を,供給構造,戦略・ターゲット,規制・管理組織,政府の支援 策の側面からレビューしている.それらの結果,ネパールに対する提言として,官民パー トナーシップの構築,国際機関からの認証取得の支援,観光振興計画や関連インフラ整備 計画との協調の重要性が抽出されている.
第 8 章では,研究の結論に加え,今後のネパールのヘルスツーリズム開発政策に対する 提言を行っている.具体的には,人材育成機能の強化,認証制度の開発・運用のために政 府の貢献,現状では弱い保険関係と観光関係のステークホルダー間の連携強化の必要性を 指摘し,実現のための施策リスト,計画骨子,品質基準項目案を提示している.
本研究は,ネパールのヘルスツーリズム振興の考え方を丹念な関連文献調査とステーク ホルダーインタビュー調査から具体的に提示しており,その実用的貢献だけでなく,ヘル スツーリズムの選択構造を基礎的に理解できたなどの学術的貢献も認められる.よって,
博士(観光科学)の授与に適していると判断する.