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森 鷗 外 「 女 が た 」 の セ ク シ ュ ア リ テ ィ

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Academic year: 2021

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  はじめに

「 女 が た 」 (『 三 越 』 一 九 一 三〔 大 正 二 〕 年 一 〇 月 ) は、 公 衆 劇 団 旗 揚 公演のために書き下ろされた鷗外唯一の現代喜劇である。一〇月一 日から二〇日まで、帝国劇場にて上演された。公演四演目のうちの いわば「大喜利」として最後に置かれること、かつ、新派の名女形 河合武雄が主役の蓮田を演じることを前提に、執筆されたと見なさ れる。その梗概は、とある温泉宿の一室を舞台に、常連客の好色な 富豪を懲らしめるため、興業帰りの新派俳優たちと宿の主人が共謀 し、女形俳優蓮田が娘に扮して接近する、というほどの一幕物であ る。 従来、演劇史においては全否定を以て遇され 、鷗外研究からの論 考も存在しなかった本作について、稿者はすでに二論文を発表して きた。 ま ず、 「「 女 が た 」 の 周 辺 ― 鷗 外 と 大 正 期 演 劇 界 」( 『 文 学 』 八

二、 二〇〇七・三) においては、 その成立背景と周辺状況の精査によって、 松居松葉や小山内薫をはじめとする演劇人の国内外での動向、松竹 の 東 京 進 出 に よ っ て 激 変 し つ つ あ っ た 当 時 の 劇 界 の 状 況、 お よ び、 そこでの鷗外の関与の様相をトレースした。すなわち、翻訳劇普及 および大正期新派劇への協力の二方面におよぶ、演劇活動家として の鷗外の相貌を明らかにした。 次いで、 「ふたりの女形―森鷗外「女がた」と三島由紀夫「女方」 ―」 (『 鷗 外 』 九 一、 二 〇 一 二・ 七 ) で は、 と も に 実 在 の 女 形 俳 優 に か か わ り、 表 題 も 同 じ と 言 っ て よ い 二 作 品 を と り あ げ、 比 較 検 討 を 行 っ た。 三 島 の「 女 方 」 は 一 九 五 七 〔 昭 和 三 二 〕 年 一 月 に 発 表 さ れ た短編で、六世中村歌右衛門と三島自身との交際に依拠したモデル 小説である。成立時期もジャンルも異なるものの、女形俳優廃止論 議高潮期に発表されている点、女形俳優のジェンダーとセクシュア リティ、およびその芸と魅力に力点を置いて描かれている点で、二 作品は共通性をそなえる。この共通性に着眼した分析によって二作 家の立場と差異を明確にし、また、鷗外の文体に影響を受けたと公 言する三島由紀夫が、鷗外への敬愛をこめて描いた作品であると推 定した。 こ れ ら を 承 け て、 本 稿 に お い て は、 「 女 が た 」 に お け る セ ク シ ュ アリティの表象体系を検討していきたい。あらかじめ見通しを述べ れ ば、 「 女 形 俳 優 と 富 豪 の 同 衾 」 と い う 結 構 を そ な え る 本 作 は、 一 森鷗外「女がた」のセクシュアリティ  

        

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九 一 〇 年 代 の 性 科 学 言 説 と 同 期 し つ つ、 「 正 し く 」 ヘ テ ロ セ ク シ ズ ム=強制異性愛体制の表象体系を構成する。しかし一方で、その表 象の体系には揺らぎと綻びがおそらくは意図的に施されてある。前 述の如き結構がいわゆる「陰間」の表象に際どい近接を見せること は、その目立った徴候と見なされよう。加えて本作の射程は、性労 働の問題系にまで及ぶとも考えられる。実際に上演された戯曲であ る「女がた」のセクシュアリティ表象は、俳優の実存が介在するこ と で、 い っ そ う 生 々 し く 可 視 化 さ れ る も の で あ る こ と に つ い て も、 本論の前提として言挙げしておきたい。以下では、この「大喜利」 、 言い換えれば「通俗的なドタバタ喜劇 」に、ひそかに仕掛けられた 問題提起の外延を追う。

  鷗外と「性欲」

鷗 外 森 林 太 郎 は、 「 性 欲 」 と い う 言 葉 を 最 も 早 く 使 用 し、 そ の 概 念を普及させた人物であるとされる 。一八九六 〔明治二九〕 年の 「月 草叙 」では、冒頭で一九世紀末フランス文学の傾向すなわち自然主 義文学を論じるが、そのモチーフのひとつとしての「性欲」に言及 し た 箇 所 を 見 よ う。 な お、 引 用 文 中 の「 詩 」 は、 「 文 学 」 全 般 の 意 で用いられている(傍線原文) 。 人間の動物的な側を誇張して、性欲すなはち劣等な色気を行 為の唯一の原働力にしたやうな人物を写すのは、いはゆる病理 を詩の種子に使ふのだ。かういふ類の詩の出て来たのは、伊太 利の マンテガツツア 、独逸の クラフト、エエビング などの医学 上の論説が詩の境にはいつたからだ。たとひ又病理にまではな らぬ、まだ生理の中に立ち留つて居る種子があつても、それは 男女の間がらを糞と蜜の混合物と看做して居るに過ぎないのだ。 ドイツ留学帰国直後からの鷗外が、評論および論争活動によって、 あるいは講演や講義によって、日本の審美学、言い換えるなら、芸 術 批 評 に お け る 批 評 性 の 指 標 を め ぐ る 議 論 の、 牽 引 者 の ひ と り で あったことは周知の事柄に属する。引用部は、日本の自然主義文学 勃興に先立つこと一〇年前のこの時期に、鷗外がいかなる自然主義 文学観を抱いていたかを明瞭に示して意義深い。ただし、本論の関 心に基づいてむしろ注目しておきたいのは、①「性欲」が「劣等な 色気」と換言されていること、②「性欲」の発動を、その段階に応 じて「生理」と「病理」とに分節していること、③自然主義文学に お け る「 性 欲 」 の 主 題 化 は、 「 医 学 」 と り わ け 性 科 学 の 影 響 下 に あ ることを指摘していること、以上の三点である。 こ の 後、 一 九 〇 二 〔 明 治 三 五 〕 年 一 一 月 か ら 翌 年 一 一 月 に か け て、 鷗 外 は 自 ら も そ の 主 宰 者 の 一 人 で あ る と こ ろ の 医 学 雑 誌『 公 衆 医 事』に「性欲雑説」を連載する 。生方智子は「鷗外は、文学の領域 のみならず医学・衛生学の領域において、この語を普及させた」と 述べる 。つまり、 「月草叙」 を 「文学の領域」 、「性欲雑説」 を 「医学・ 衛 生 学 の 領 域 」 に 振 り 分 け て、 如 上 の 見 解 を 示 し て い る 。「 性 欲 」 概念の流布・流通状況という観点からすれば妥当だが、 しかし、 「月 草叙」執筆段階での鷗外が、すでに文学と医学との「境」において 「性欲」なる語彙を使用していることは、改めて強調しておきたい。 生方の述べる如く、 「「性欲」という言葉は、当初から様々なジャン ル の 言 説 が 交 差 す る と こ ろ に 現 れ て い た 」。 た だ し、 そ の「 当 初 」 とは、一八九六年から一九〇三年までの幅にではなく、一八九六年 一一月に定め得る。また、この時の鷗外の議論の射程は、西洋諸国

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および日本における、文学、美術、審美学、倫理学、哲学等々の多 ジャンルにわたる 。 加 え て、 「 性 欲 」 と い う 言 葉 そ れ 自 体 が 招 き 寄 せ る 問 題 系 に つ い ても確認しておきたい。この言葉は、おのずとその主体の欲望のあ りようをあぶり出す。ある個体が、何に、どのような、どの程度の 欲望を抱くか。性欲の主体は、その欲動を契機として自らを主体化 す る。 と 同 時 に、 「 性 欲 」 は、 そ の 主 体 が 属 す る 文 化 的 社 会 的 コ ン テ ク ス ト に 従 っ て、 「 倫 理 」 や「 病 理 」 の パ ラ ダ イ ム に お い て 分 節 さ れ る。 以 上 の 事 柄 を め ぐ っ て、 「 月 草 叙 」 執 筆 当 時 の 鷗 外 が 充 分 に意識的であったことは、すでに見たとおりである。 「 性 欲 」 の 語 が 広 く 一 般 に 流 通 す る 契 機 が、 田 山 花 袋「 蒲 団 」 ( 一 九 〇 七〔 明 治 四 〇 〕 年 ) の 出 現 つ ま り は 日 本 の 自 然 主 義 文 学 の 興 隆 と 同 伴 す る こ と、 同 時 期 ( 一 九 〇 八 年 ) に 発 生 し た「 出 歯 亀 事 件 」 お よび「塩原事件(煤煙事件) 」によって、 「自然主義」と「性欲」が 同義語として流布したことはつとに指摘されている。自己を主体化 する「装置」としての「性欲」が一般化され、すなわち「性欲」の 主 体 は、 「 倫 理 」 や「 病 理 」 の パ ラ ダ イ ム に 照 ら し て、 自 己 を 不 断 に管理し、規律化することを求められる 。とともに、規範から逸脱 する「性欲」のありようが、 「異常性欲」 「変態性欲」として排斥さ れ る 事 態 が こ こ に 出 来 す る こ と に な る。 「 性 欲 」 概 念 の 流 布 は、 個 人の主体化の装置として発動するのみならず、性行動や性現象を正 常ないしは異常のいずれかに分節するチェック機構としても機能し た。留意すべきは、後述するように、この時期の「性」概念がセッ ク ス と ジ ェ ン ダ ー と の 双 方 に 跨 っ て い た、 あ る い は、 セ ッ ク ス と ジェンダーとを混同していた事実である。 かくの如きコンテクストに基づいて、チェック機構としての「性 欲」概念は、文学と近接する領域であるところの演劇にも向けられ ることとなった。男優が女役を演じる女形俳優の廃止論議が、明治 改 元 以 降 三 度 目 の 高 潮 期 を 迎 え た こ と、 「 明 治 四 十 年 代 以 降、 女 形 の存在は演劇の枠を超えて、社会の病理( 「病的な社会の産物」 )と して性科学の対象とな 」ったことの必然はここに存する。女形俳優 を 「病理」 と見なす言説群、 具体的には 「変成女子」 「変態芸術」 「変 態 」「 変 態 性 欲 」 な ど の 名 指 し は、 女 形 俳 優 の ジ ェ ン ダ ー 越 境 行 為 をセクシュアリティと混同したがゆえに発生したものであった。鷗 外「女がた」は、これらとは一線を画す。女形俳優が「男性」であ ることを殊更に顕示し、そのジェンダー越境行為すなわち「芸」や 身体加工技術に焦点化する。近代的かつ科学的な俳優観と演技観に 依拠しつつ、性志向の問題系を退ける態度は、おのずと当時の女形 廃止言説への対抗となっていると言えるだろう。これらについては、 拙論「ふたりの女形」において詳述した。 鷗外の「性」概念は、ジェンダーとセクシュアリティを明確に分 別している点で、同時代人の認識からの卓越性をそなえる。 「性欲」 と「病理」との関連づけは、同時代人より一〇年以上先んじていた ことも先に確認したとおりである。こうした、いわば先取りされた 近代性の獲得を可能にした要因の所在をめぐって、ふたたび「月草 叙」の引用部を見ておきたい。批判の対象となっているのは「人間 の動物的な側を誇張して、性欲すなはち劣等な色気を行為の唯一の 原 働 力 に し た や う な 人 物 を 写 す 」 文 学、 こ う し た 文 学 を 形 成 し た 「種子」は「病理」とされ、 「伊太利の マンテガツツア 、独逸の クラ フ ト、 エ エ ビ ン グ な ど の 医 学 上 の 論 説 」 が 関 連 言 説 と さ れ て い る。

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ポ ー ル・ マ ン テ ガ ッ ツ ァ ( 一 八 三 一 〜 一 九 一 〇 ) お よ び ク ラ フ ト・ エ ビ ン グ ( 一 八 四 〇 〜 一 九 〇 二 ) は い ず れ も い わ ゆ る 性 的 倒 錯 を 論 じ た 性科学者である。同時代の日本人にはアクセスの困難であった彼ら の著作を、留学中の鷗外がいちはやく受容していたであろうことを、 指摘しておく 。すなわち鷗外は、 一般の日本人より二〇年早く、 「病 理としての性欲」の問題を詳らかに考察し得る立場にあった。この 点についていまは確認に止める。別稿において展開したい。

  揺らぐヘテロセクシズム

前 節 で 述 べ た よ う に、 「 女 が た 」 の 特 徴 は、 ジ ェ ン ダ ー 越 境 行 為 の技術を強調することで、女形俳優と「変態」とを切断するところ にある。この特徴とはすなわち、ヘテロノーマティブの立場をとる ことを意味してもいる。言い換えれば性をめぐる正常/異常の基準 を前提とし、つまりはヘテロセクシズムの機構と連繋している。そ のセクシュアリティ表象を芝居の展開に従って確認しよう。 宿 の 常 連 で あ る 富 豪・ 古 川 は、 逗 留 の「 そ の 晩 に 女 中 に 手 を 出 」 すという「癖」をもつ。度々の後始末に、古川の妻も宿の主人も翻 弄 さ れ、 昨 年 の 逗 留 の 折 に は「 じ や ん こ で 目 つ か ち 」、 つ ま り、 痘 痕面で両目の大きさが極端に違う女中を側付きにした。古川はその 女中にも手を出した。妻は古川が懲りるよう「ひどい目」にあわせ てよいと言い寄越している。そこで主人が思いついたのが、女形俳 優蓮田を扮装させて、古川に近づけるという計画であった。 以 上、 「 女 が た 」 に お い て は、 女 装 し た 男 が 接 近 す る こ と が、 好 色な富豪へのいわば懲罰ないしは揶揄嘲笑として成立している。古 川という男性の対手として、十人並の容姿の女/「じやんこで目つ かち」の女//女装した男、という階層が示される。加えてここで は っ き り と 分 割 さ れ る の は、 「 女 」 と「 男 」 と の 境 界 で あ る。 ヘ テ ロセクシズムの表象機構はここににおいて完遂される。しかし一方 で、容姿に関わらず女にならば誰にでも必ず手を出す古川を、蓮田 は「 無 邪 気 」「 気 に 入 つ た 」 と 評 し て も い る。 宿 の 主 人 の 認 識 は ヘ テロセクシズムの体系化を担い、他方、古川の行動と蓮田の評は主 人の認識を揺るがせる。 さ ら に、 先 に 示 し た「 階 層 」 の 中 に 収 ま り き ら な い 存 在 と し て、 女中「お松」の存在および役柄を指摘することができる 。そもそも 蓮田たち新派役者一行と古川とが居合わせたのは偶然であり、それ 以前からの主人の腹案は、次なる古川の逗留の折には接待役に「薄 馬鹿で力持」のお松を付けることであった。彼女には「捩じ伏せら れさうになつたら、檀那を掴まへて投げ出す」ようあらかじめ言い 含 め て お か れ て あ る。 古 川 と の「 catastrophe 」 は、 す で に 主 人 の 考 え の う ち に あ り、 「 女 が た 」 一 篇 の 結 末 も こ の「 catastrophe 」 を も っ て 閉 じ ら れ る。 蓮 田 の 役 回 り が こ の「 catastrophe 」 を 遅 延 さ せるためのものに過ぎないことは、洋行によって西洋仕込みの演劇 論を身につけたと設定される俳優・小川の台詞で殊更に明言されて もいる。当初宿の主人が想定していた階層は、十人並の容姿の女/ 「 じ や ん こ で 目 つ か ち 」 の 女 /「 薄 馬 鹿 で 力 持 」 の 女、 で あ っ た。 娘 に 扮 し た 蓮 田 を そ こ に 付 置 す る と き、 彼 は、 「 薄 馬 鹿 で 力 持 」 の 女 の 上 位 に 置 か れ る こ と に な る。 す な わ ち、 「 女 が た 」 の 展 開 に 従 う な ら ば、 美 貌 の 女 形 俳 優 の 位 相 は、 「 女 」 の 階 層 を 揺 る が せ る 場 所 に あ る。 お 松 と の 対 比 に お い て 付 置 さ れ る と き、 蓮 田 の 存 在 は、 ヘテロセクシズムの機構に、亀裂を奔らせるものとしてある。

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加 え て、 お 松 が 蓮 田 に ひ と か た な ら ぬ 好 意 を 寄 せ て い る こ と は、 幕開けから中盤にいたるまでしばしば強調されてもいる。同輩俳優 高 岡 は「 蓮 田 の 怖 れ る の も 無 理 は な い 」、 小 川 は「 大 い な る 恋 愛 」 と茶化してもいるが、怪力を備えた女と「本当の女なぞは 愜

かな

ひつこ は あ り ま せ ん 」 と 評 さ れ る 美 貌 の 男 と の カ ッ プ リ ン グ が、 通 常 の ジェンダー配置を逆転させたものであることは明示的である。 次いで、結末において再度強調されている性の分別配置の揺らぎ を見よう。娘に扮した蓮田を奥の間に連れ込んだ古川は、乳房がな く胸毛の生えた蓮田の肌にさっそく触れて、怒りもあらわに居間に 飛 び 出 し て く る。 古 川 の 怒 り は 控 え て い た お 松 に 飛 び 火 す る。 「 ち よと見せい」と彼女の胸をまさぐった古川は、当初からの計画どお りお松に投げ倒される。このときの古川がお松に向けた台詞は「わ し を 手 籠 め に し を つ た 」 と い う も の で あ っ た。 「 暴 力 で 女 を 犯 す こ と」という含意をもつこの語彙は、意図的に選択されていると見な さ れ る。 す な わ ち こ こ に も ジ ェ ン ダ ー の 逆 転 が 仕 掛 け ら れ て あ る。 「あの女には 嬭

ちち

がない」という古川の苦情に答えて小川は言う。 「嬭 首なら確かに二つあります。人並に二つあります」 「〔嬭は〕小さい かも知れません。男でも梅が谷〔当時相撲界の黄金時代を築いた力 士 の 名 〕 の や う に 嬭 の 大 き い の も あ れ ば、 又 女 で も 」。 重 ね て「 胸 毛 が 一 面 に 生 え て ゐ る 」 と 苦 言 を 呈 す 古 川 に、 「 な に、 パ リ イ の 女 なぞには立派な八の字髭の生えたのもありますから」と小川は応じ ている。すなわちここでは、生物学性の表徴の個体差をめぐる認識 が示され、自我や社会化された自己主張や公民権意識をそなえてい るとおぼしき 「パリイの女 」 が 「八の字髭」 すなわち 「一人前の男」 の比喩をもってジェンダリングされている。 さらに、女装をし、一七歳を自称し、年長男性と同衾する男優を 配置するこの芝居の結構は、一幕一場の構成であるがために同衾場 面こそ観客の眼前で展開されないものの、陰間の表象に際どい近接 を示していることを指摘しておかねばならない。確認しておけば陰 間とは、江戸時代、まだ表舞台に立つ前の歌舞伎役者の呼称であり、 転じて男色を売った少年を指す。浮世絵に描かれた彼らには、しば しば女性と見まがう美装が凝らされていることも常識に属するだろ う。つまり「女がた」の結構は、当時の日本における「性欲」言説 が「異常性愛」に分節したところの男性同性愛の表象に、いったん は限りなく接近し、そして遠ざかるのである。 すでに別稿で論じたように、また本稿においても確認したように、 大喜利喜劇 「女がた」 の眼目は、 人気役者河合武雄の 「楽屋を暴露 」 し「観客の見ている前での男から女への変身 」を示す、言ってみれ ばファンへのサービスにあった。見せ場は、ジェンダー越境行為に 焦点化され、その点において、女形俳優の存在を即「変態」とする 同時代言説からの明瞭な卓越性が示されていた。これらの企図、お よび、ためにヘテロノーマティブに依拠するテクスト全体の構成を、 いま仮に「女がた」のメインナラティブと呼ぶならば、しかし、そ の言説や表象の細部の具体相は、メインナラティブが依拠する支配 的イデオロギーを揺るがせ、亀裂を奔らせ、言ってみれば空隙を生 じさせるようにちりばめられてある。 森鷗外が一般の日本人よりおよそ二〇年早い時点で性的倒錯にか かわる性科学を摂取し、いち早く「性欲」を「病理」と結び付けて 論じたことは2節で確認した。ただし、 「月草叙」において「病理」 とされたのは、異性間のいわば過剰性愛であって、同性愛は問題の

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俎上に載せられていなかったことに留意したい。明治四〇年代以降 の鷗外テクストは、セクシュアリティ、特にそのうちの性認定およ び性志向の自明性ないしは固定性、あるいはジェンダリングへの疑 念を、しばしば露呈する。たとえば「ヰタ・セクスアリス」におい ては、男色者の欲望を肯定的に描き、すなわち自らを男性と性自認 する個体の欲望の対象が男性に向けられていた歴史的過去を示して、 セ ク シ ュ ア リ テ ィ 規 範 の 歴 史 性 や 可 変 性 の 問 題 系 に 及 ぶ。 「 青 年 」 で は、 「 ホ モ セ ク シ ュ ア ル 」 と い う 語 を 用 い て 異 性 愛 が 自 然 化 さ れ ていく過程を描くものの、男同士の友情をホモエロティックに描い て「 同 性 愛 」 が 包 摂 す る 領 域 の 外 延 を 暗 示 す る。 「 灰 燼 」 に は、 誕 生時に「女」として性認定され、第二次性徴期を迎えて「男」と再 判 定 さ れ た 人 物 を 登 場 さ せ、 「 外 か ら そ れ〔 性 別 再 判 定 〕 を 促 し た 動機」としての当該人物の性行動に言及している。すなわち、一般 における「性欲」概念の流布とともに強制異性愛体制が定着した時 期にあって、鷗外のテクスト群は規範に従いつつ、その自明性を揺 る が す 。「 女 が た 」 も ま た、 こ う し た 特 徴 を そ な え る テ ク ス ト の 系 譜のひとつとして、鷗外の作品史に置かれるべきであると言えよう。

  鷗外と性労働の問題系

翻って、ふたたび「女がた」の前提に立ち戻りたい。すなわち本 節では、古川の「癖」として、さりげなく言及された問題について 考える。 古川の「癖」とは、彼の接待に当たる女中とその晩のうちに必ず 性的関係を結ぶ、というものである。ところで、そもそも温泉旅館 の従業員の職務は、宿泊客が滞在中に寛いだ時間を過ごすためのホ スピタリティに関わるものであり、その応接は、客の起床から就寝 までのさまざまな行動にともなう要望へのケアの万端にわたる。つ まり旅館の従業員とは、ケア労働の従事者が一般にそうであるよう に、客に対して非常に細やかな配慮をもって接することを要請され る、感情労働の重労働者でもあると言うことができる。 ケア労働および感情労働は、その「労働」の範囲を規矩すること の 困 難 な 職 業 で あ る。 労 働 者 の 任 務 は、 「 客 を 満 足 さ せ る 」 と い う 非常に曖昧な指標に基づき、個別の客の応接にともなう一回性の労 働の日々の積み重ねのなかに存在する。旅館の従業員は、客の前で は必ず劣位の存在としてある。客の要求に「否」と答えることをあ らかじめ禁じられた存在としてある。ここにジェンダーの変数が投 入されたとき、すなわち客が男性で従業員が女性である場合、その 従業員は、労働者かつ女性という、二重の劣位の存在として客の前 に立たされることになる。 「(旅館の)女中」とは、そのような過重 労働を要求される労働者の謂いである。 「女中」 、すなわち、ジェン ダー化された感情労働の従事者が、しばしば性労働をも強要される 所以がここに出来する。 古川の「癖」が発動される現場を確認しよう。夜になってから宿 に 到 着 し、 ほ ど な く 就 寝 す る と い う 古 川 は、 「 い つ も な が ら え ら い お世話になりますな」とまずは主人を始めとする従業員らをねぎら い、 「そこでお世話 序

ついで

に又面倒な事を頼みますがな」と言葉を継ぐ。 さらに畳み重ねて「わしも丈夫なやうには見えてゐても、何分年が 年だからいつどんな事があるかもしれませんで。どうぞ女中を一人 こつちに寝させて置いて下されい」と要求を持ち出す。蓮田扮する 「お蓮」と居間に二人きりになると、 「年を取るといく地がなくなる。

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一日汽車に乗つてゐただけで脚がだるうてならぬ」と独りごち(る ふりをし) 、「あつちで横になるから、 少し脚を敲いて下さい」 と 「お 蓮」を寝所に連れ込む。老齢であることを担保とし、ケア労働の要 求を装って、女中への強姦に及ぶ、一連の古川の言辞は実になめら かである。世知に長けた好色老人の形象を活写する、脚本家として の鷗外の手腕を認めることができよう。言い換えるなら、鷗外の運 筆は、女中が性労働を強いられる過程と機構とに、また、その過程 と機構における男性および社会構造の責任とに、彼が充分に意識的 であることを証左している。 振り返れば鷗外は、彼の最初の小説である「舞姫」において、ド イツ社会を舞台に、自らの身体のみを資本として世を渡る下層女性 を描いた。その職業は踊り子、彼女たちの身体が娼婦との臨界に置 か れ て い た こ と は 銘 記 さ れ る べ き だ ろ う。 「 そ め ち が へ 」 は、 特 定 のパトロンの扶助なしに、芸を磨き抜いて花柳界を生きる芸妓を主 人 公 と す る。 「 兼 吉 」 と い う ジ ェ ン ダ ー 越 境 的 な 源 氏 名 を 持 つ ヒ ロ インは、職能人として、また、フリーエージェントとして、放縦な 性 生 活 を 謳 歌 し て い る。 「 花 子 」 は 彫 刻 家 ロ ダ ン の 裸 体 モ デ ル を 引 き受ける女優を描き、舞台上で日々自らの身体を曝す女性に向けら れ る 視 線 の 質 の 種 々 相 を 暗 示 す る。 「 身 上 話 」 は 旅 館 の 女 中 を 主 人 公に、客との交情をきっかけに妾となって、男の都合によって捨て られた女の境涯を扱う。芸妓・娼妓を点綴した作品としては、さら に「 電 車 の 窓 」「 ヰ タ・ セ ク ス ア リ ス 」「 青 年 」「 吃 逆 」「 余 興 」「 百 物 語 」 な ど を 列 挙 す る こ と が で き る ほ か、 「 雁 」 こ そ は、 妾 と し て 生きる女性の人生をその構造的背景とともに主題化した作品であっ た。 すなわち、これらの作品群の量と質とバリエーションは、境界を 生きる女性たちがしばしば直面する「性の商品化」の問題への、鷗 外の一貫した関心と観察との所在を明示している。以上の事実を踏 ま え る な ら ば、 「 女 が た 」 に お け る 女 中 が、 物 語 の 前 提 と し て あ る いは動因としてさりげなく置かれつつ、しかし、感情労働の従事者 が性労働をも強要される実情を鋭く描き出すための装置ともなって いることが改めて認識され得ると言えよう。

  おわりに

以上、本稿においては、喜劇「女がた」の前提ないしは外延を微 細に見てきた。このたびの作業によって明らかとなった今後の課題 を掲げて、まとめにかえたい。 一点目は、鷗外の「性欲」観の形成に関与したとおぼしき、西欧 最先端性科学の摂取体験の精査。別言すれば、鷗外の留学当時のド イツにおける性科学言説の流布状況を、他国の成果の翻訳出版物の 刊行実態をも視野にいれて調査することの必要性。さらには、帰国 後の彼が衛生学の領域で発信した性をめぐる言説を、内容と流通の 両面から調査すること、および、それらの知見が鷗外の文学に出現 するときの具体的な様相との連関の考察である。 二点目には、明治四〇年代以降の強制異性愛体制下における支配 的言説の文脈のもとで、鷗外作品の言説や表象がいかなる同伴ない しは離反を見せるか、個別の作品に即した、より詳細な分析と検討 とが挙げられる。 三点目、性の商品化をめぐる鷗外の言説を、関連作品群から抽出 するとともに、本稿では触れ得なかった廃娼論 をめぐる彼の発言を

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も収集して、その見識を総合的に捉えるべきこと。 いずれも調査対象は膨大で多岐にわたるが、以上を明らかにする こ と に よ っ て、 鷗 外 の 新 た な 相 貌 が 見 出 さ れ る 可 能 性 を 確 信 す る。 他日を期す次第である。

⑴   秋庭太郎 『日本新劇史』 下巻 (理想社、 一九五六・一一) 、 永平和雄 「森 鷗 外 の 戯 曲 」( 『 近 代 戯 曲 の 世 界 』 東 京 大 学 出 版 会、 一 九 七 二・ 三 ) な ど。 演 劇 研 究 か ら の 肯 定 的 評 価 は、 西 村 博 子「 森 鷗 外 の ド ラ マ ト ゥ ル ギ ー」 (『 蚕 娘 の 繊 糸 Ⅰ ― 日 本 近 代 劇 の ド ラ マ ト ゥ ル ギ ー』 翰 林 書 房、 二 〇 〇 二・ 三、 初 出「 試 論   鷗 外 の ド ラ マ ト ゥ ル ギ ー」 『 演 劇 学 』 一 四、 一 九 七三)をあげ得るのみである。 ⑵   本 稿 で は 慣 用 化 し た「 女 形 」 の 表 記 を 用 い る が、 道 化 方、 親 仁 方 な ど と同様に 「女方」 が本来的である。鷗外は膾炙した 「女形」 と本来の 「女 方 」 と の 双 方 に 配 慮 し た 表 記 を 採 用 し、 三 島 は 本 来 的 表 記 を 採 っ た と 見 なされる。 ⑶   永平和雄前掲。 ⑷   斎 藤 光 は、 「〈 性 〉 と し て の「 性 」 の 出 現・ 普 及 過 程 に つ い て の 研 究 」 (『 京 都 精 華 大 学 紀 要 』 八、 一 九 九 五・ 三 ) に お い て、 「「 性 欲 」 の 初 出 は、 森 鷗 外 の『 月 草 』 の「 叙 」 と 思 わ れ る 」 と し、 「 セ ク シ ュ ア リ テ ィ 研 究 の現状と課題」 (『セクシュアリティの社会学』 岩波書店、 一九九六・二) で も こ れ を 踏 襲 し て「 明 治 二 九 年 末 に、 森 鷗 外 が 文 学 の 領 域 で、 現 在 の 意味の 「性欲」 を使用し」 たと述べている。近年の斎藤が 「「性欲」 記号・ 概念の誕生に関する新たな知見」 (『京都精華大学紀要』 三六、 二〇一〇・ 三 ) で 自 ら 総 括 す る よ う に、 「「 性 欲 」 記 号・ 概 念 の 森 鷗 外 鋳 造 説 は、 あ る程度通説化もしていったといってよい」 。

   な お、 こ こ で 斎 藤 は、 新 た に 発 見 さ れ た 資 料 と し て、 鷗 外 に 先 立 つ 一 八 八 八 年 段 階 で の「 性 慾 」 の 用 例 を 報 告 し て も い る が、 暫 定 的 結 論 と し て そ れ ら を「 孤 立 的 な 事 例 」 で あ っ た と し、 文 学・ 医 学・ 一 般 社 会 へ の 「性欲」概念の普及における鷗外の重要性を改めて説いている。    ま た、 斎 藤 が 同 論 文 中 で 示 し て い る「 性 欲 」 の 定 義 は、 「 個 体 を 性 行 動に向かわせる、 あるいは、 性現象を生じせしめる、 個体内在的な衝動・ 力」であることを付言しておく。 ⑸   署 名 鷗 外 漁 史。 単 行 本『 月 草 』( 春 陽 堂、 一 八 九 六・ 一 二 ) の 序 文 で あ り、 単 行 本 収 録 本 文 表 題 は「 叙 」 で あ る。 こ こ で は 現 行 全 集 表 記 に 従 う。 ⑹   署名挟書生録。 『公衆医事』 六

九 (一九〇二・一一・六) 〜七

六 (一 九 〇 三・ 一 一・ 一 五 ) に 連 載 の 後、 単 行 本『 衛 生 新 篇 』 第 五 版( 一 九 一 四〔 大 正 三 〕・ 九 ) に 収 録。 同 書 は 軍 医 学 校 の 衛 生 学 教 科 書 で あ る。 詳 細は『鷗外全集』三一巻および三二巻「後記」を参照。 ⑺   生 方 智 子「 『 ヰ タ・ セ ク ス ア リ ス 』  男 色 の 問 題 系 」( 『 精 神 分 析 以 前   無 意 識 の 日 本 近 代 文 学 』 翰 林 書 房、 二 〇 〇 九・ 一 一。 初 出、 『 日 本 文 学 』 四七

一〇、一九九八・一〇) ⑻   斎 藤 光 前 掲「 セ ク シ ュ ア リ テ ィ 研 究 の 現 状 と 課 題 」 に 依 拠 し て い る と 見なされる。 ⑼   生方智子前掲 ⑽

  ⒀ 鷗 外 は、 マ ン テ ガ ッ ツ ァ『 愛 の 生 理 学 』 を ド イ ツ 語 訳 に よ っ て 摂 取 し ての一考察―」 (『名古屋近代文学研究』二〇、二〇〇三・三)   ⑿ 光石亜由美 「女形・自然主義・性欲学― 《視覚》 とジェンダーをめぐっ の近代』 (講談社、一九九六・九)を参照。   ⑾ 小 田 亮『 性 』( 三 省 堂、 一 九 九 六・ 一 )、 川 村 邦 光『 セ ク シ ュ ア リ テ ィ 目次」 「月草索引」 (以上『鷗外全集』二三巻所収)を参照。 さ れ て い る。 ま た『 月 草 』 が 扱 う 問 題 領 域 に つ い て は「 月 草 叙 」「 月 草   「 月 草 叙 」 執 筆 は「 明 治 二 十 九 年 十 一 月 」 で あ る こ と が 本 文 末 尾 に 記

(9)

て い た と 推 測 さ れ る。 邦 訳 は 一 九 〇 八〔 明 治 四 一 〕 年。 発 禁 処 分 に な っ たとおぼしい。 ⒁   現 代 仮 名 遣 い で は「 目 っ か ち 」。 「 片 方 の 目 が 見 え な い こ と 」 と い う 意 も あ る が、 こ こ で は「 両 目 の 大 き さ に か な り の 差 が あ る こ と 」( デ ジ タ ル大辞泉、および、大辞林第三版)と解釈する。 ⒂   加 え て お 松 の 役 柄 は、 「 大 喜 利 」 に ふ さ わ し い 滑 稽 味 を 随 所 で 発 揮 し て 秀 逸 で あ り、 そ の 意 味 で も 本 作 に お い て 重 要 で あ る と 見 な さ れ る。 こ の 点 に つ い て は、 大 塚 美 保 氏 の ご 発 言 か ら 示 唆 を 賜 っ た。 記 し て 謝 意 に かえたい。 ⒃   鷗 外 が 留 学 中 か ら フ ェ ミ ニ ズ ム に 関 心 を 寄 せ、 帰 国 後 も 一 貫 し て 日 本 を 含 む 世 界 各 国 の 女 性 の 動 向 に ア ン テ ナ を め ぐ ら せ、 海 外 の 出 版 物 か ら 情 報 を 収 集 し て「 椋 鳥 通 信 」 等 に 引 用 摘 記 し、 ま た 創 作 に お け る 女 性 造 型 に も 反 映 さ せ て い た 事 実 に つ い て、 詳 細 は、 金 子 幸 代『 鷗 外 と 女 性 』 (大東出版社、 一九九二・一一) 、『鷗外女性論集』 (不二出版、 二〇〇六・ 四) 、『鷗外と近代劇』 (大東出版社、二〇一一・四)を参照。 ⒄   生田長江 「『マクベス』 と 『エレクトラ』 と」 (『演藝倶楽部』 一九一三・ 一一) ⒅   西村博子前掲 ⒆   生 方 智 子 前 掲、 お よ び、 黒 岩 裕 市「“ homosexual ” の 導 入 と そ の 変 容 ― 森 鷗 外『 青 年 』」 (『 論 叢 ク ィ ア 』 一、 二 〇 〇 八・ 九 ) を 参 照。 ま た、 関 連 文 献 と し て、 太 田 翼「 『 灰 燼 』 に お け る 男 色 的 要 素 」( 『 明 治 大 学 大 学 院 文 学 研 究 論 集 』 二 一、 二 〇 〇 四・ 九 ) が あ る。 さ ら に、 強 制 異 性 愛 体 制 下 に お い て 異 性 装 す な わ ち「 女 装・ 男 装 ネ タ は 明 治 期 の 新 聞 読 者 の 関 心 事、 好 奇 心 を 刺 激 す る 話 題 だ っ た 」 事 実 に つ い て は、 三 橋 順 子『 女 装と日本人』 (講談社現代新書、二〇〇八・九)を参照。 ⒇   中 村 三 春 は、 「〔 鷗 外 は 〕 基 本 的 に 環 境 と し て の 娼 妓 を 外 面 的 に 描 く に と ど ま り、 売

ママ

買 春 の 本 質 を 凝 視 す る こ と も、 ま た 買 う 側 の 男 性 及 び 社 会 に お け る 性 の 問 題 を 深 く 突 き 詰 め る こ と も な か っ た 」 と い う 見 解 を 示 し ている (「矛盾に満ちた公娼論議―森鷗外の廃娼論」 『買売春と日本文学』 東 京 堂 出 版、 二 〇 〇 二・ 二 )。 本 稿 第 4 節 は、 こ れ に つ い て の 疑 義 を 端 緒としている。 付記 * 本 論 で 言 及 お よ び 引 用 し た 鷗 外 著 作 は、 す べ て 現 行 の『 鷗 外 全 集 』( 岩 波 書 店、 一 九 七 二 ) に 基 づ く。 引 用 に 際 し、 漢 字 は 通 用 字 を 使 用 し、 仮 名遣いは全集収録本文に従った。 * た だ し、 「 女 が た 」 に つ い て は、 『 鷗 外 近 代 小 説 集   第 六 巻 』( 岩 波 書 店、 二〇一二・一〇。注釈・解題担当大塚美保)をも参照した。 *「 女 が た 」 本 文 は 総 ル ビ で あ る が、 引 用 の 際 に は 難 読 語 を 除 い て こ れ を 省略した。 * 引 用 参 照 文 献 の 書 誌 を 含 め て 年 号 表 記 に は 基 本 的 に 西 暦 を 用 い、 時 代 性 を明確にする意図から和暦を併用した。 *引用文中亀甲括弧内の記述は藤木による補記を意味する。 *成稿に際し、 清野佳奈絵氏(イタリア文化会館図書室) 、 町田佳世氏(ド イツ文化センター図書館)の教示を得た。記して謝意にかえたい。

参照