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職 場 ス ピ リ チ ュ ア リ テ ィ と は 何 か

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(1)

はじめに

 

││  職場スピリチュアリティ論の台頭  ││   二〇〇〇年代に入ってから英語圏の経営学誌を中心に﹁職場スピリチュアリティ﹂︵workplace spirituality︶をめ ぐる議論が活発に交わされている︒オズウィック 1は表題︑要約︑テーマに﹁スピリチュアリティ﹂を含む経営学と

社会科学の雑誌論文の数を調べている︒それによれば︑一九九六年までは年五〇本以下だったが︑二〇〇〇年以降 稿調

職 場 ス ピ リ チ ュ ア リ テ ィ と は 何 か

││

 

その理論的展開と歴史的意義

 

││

堀   江   宗   正

(2)

は年一〇〇本以上になる︵︶︒著書の場合︑一九八九年からの一〇年間に出た本は一七

冊だが︑次の一〇年間は五五冊である︵︶︒つまり二一世紀に入ってから議論が盛り上がったということである︒経営学誌でのスピリチュアリティ特集としては︑︵

︶︑︵︶︑︵︶がある︒

二〇〇四年にはスピリチュアリティと宗教を前面に出したが刊行されている︒

  本稿はこれらの職場スピリチュアリティ論の理論的展開とその歴史的意義を明らかにするサーヴェイ論文であ

る︒日本語の関連文献はほとんどないため︑英語圏の議論を中心に紹介する︒まず東京大学附属図書館が契約中

のデータベースで表題に﹁workplace﹂と﹁spirituality﹂を含む二〇一六年の学術論文から有意味な一四の論文を抽出した︒次にGoogle Scholarで﹁workplace spirituality﹂を検索語とし︑被引用数の多い二〇の文献を収集し た︵︶︒これらでよく参照される文献︑さらに関連テーマの﹁spiritual leadership﹂と

﹁spiritual capital﹂に関する論文を適宜収集した︒結果︑四五の論文と八冊の著書を収集した︒職場スピリチュアリティを測定し︑倫理的価値や経済的効用を強調するものが多いが︑内容が似ているので︑被引用数の多いものの

み紹介し︑次いでそれを批判する文献︑歴史的に理解する文献に分けて見てゆきたい︒

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一  推進派の議論

職場スピリチュアリティ概念の探索的構築

  職場スピリチュアリティ論の隆盛のきっかけとなったのは︑一九九九年のミトロフ&デントンの著書﹃企業社会アメリカをスピリチュアルに監査する 2﹄である︒彼らは米国の東海岸と西海岸の九〇人以上の経営者を対象として

深いインタビューをおこない︵︶︑さらに人事関係者への郵送式アンケートで一三一人の回答を得た︒インタビ

ュー対象者は事前教示なしに﹁スピリチュアリティ﹂という言葉を﹁宗教﹂と明確に区別して用いていた︵︶︒

その意味内容を複数箇所からまとめると︑何らかのハイアー・パワーがあるという信念︑人生の究極的な意味と目的︑および統合された人生への願望︑すべてがつながっているという感覚などがある︵︶︒

  スピリチュアリティを重視する経営者は︑職場の外だけでなく職場でもスピリチュアリティを実践するモデルを

欲していたが︑押し付けるのを恐れ︑﹁スピリチュアリティ﹂という言葉を使うのを恐れる者さえいた︵︱

それでも調査から次のモデルが見出された︒︵1︶特定宗教からスピリチュアリティへ﹁進化する組織﹂︑︵2︶AA xvi︶︒

︵アルコホリック・アノニマス︶に影響された﹁回復する組織﹂︑︵3︶﹁社会的責任を意識する組織﹂︑︵4︶﹁価値

観に基づく組織﹂︵スピリチュアルと限らない︶などである︵︶︒

  同じく一九九九年にフレッシュマン 3は︑﹁スピリット・アト・ワーク﹂というオンライン・グループの投稿︑職

場スピリチュアリティの意味と応用・実践の方法に関する自由記述回答︑職場スピリチュアリティ関連文献を︑質

的分析プログラムでコーディングした︵︶︒その結果︑目標︑直観︑真正性︑気付きという頻出語︵

(4)

︶︑三つのテキスト群の共通語として︑受容︑スピリチュアリティの応用︑真正性︑気づき︑慈悲︑創造性︑

文化︑発達︑多様性︑目標︑高次の目的︑実直さ︑学び︑瞑想︑人格的・個人的︑スピリチュアリティ︑物語︑信頼︑真理︑統一性︑価値観を抽出した︵︶︒さらに︑行為︑名詞︑性質︑理論の四系統の言葉で有意味な例文

を作り︑それら複数の文章の共通語として︑多様性︑直観︑学び︑発達を抽出した︵︶︒例文にはスピリチュ

アリティに関する説明もあるが︵︶︑フレッシュマン自身は一義的な定義を施さない︒その考察を筆者なりにまとめると︑多様性の受容から直観と学びを得て︑真正な目標に沿った発達につなげると︑職場のスピリチュアリ

ティが高まる︑となる︒

  以上から︑職場スピリチュアリティという概念は︑理論先行ではなく︑実際に経営に関心がある人々への社会調

査から探索的に構築されたものであることが分かる︒多次元的測定からコミュニタリアニズム的な徳倫理学へ

  この分野でよく参照される二〇〇〇年のアシュモス&デュション 4は先行研究から職場スピリチュアリティを﹁コ

ミュニティ的状況で意味ある仕事が生まれ︑内面の生がそれを育み︑かつそれに育まれるのを認識すること﹂と定義した︵︶︒次に四病院で働く六九六人への調査から七因子を析出した︵括弧内は負荷量の大きい質問︶︒コ

ミュニティの状況︵上司は私の人格的成長を促してくれる︶︑仕事の意味︵仕事に喜びを感じる︶︑内面の生︵自分

をスピリチュアルな人間だと思う︶︑スピリチュアリティの障害︵職場にスピリチュアリティを取り込めない︶︑自分への責任︵自分の成長に責任を感じる︶︑良好な対他関係︵私の仕事で他の人も仕事を有意味だと感じている︶︑

観照︵瞑想は人生の重要な一部だ︶である︒

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  また︑作業ユニットの記述について︑コミュニティ︵作業ユニットはすべての従業員に配慮している︶︑ポジティブな価値観︵作業ユニットに関して︑自分の未来をポジティブに感じている︶という因子︑組織の記述につい

て︑価値観︵この組織は良心的である︶︑個人と組織︵私が働いている組織は︑自分の資質と才能を仕事に活かす

のを容易にしてくれる︶という因子が得られた︵︶︒職場スピリチュアリティに関する研究のかなりは︑このように質問紙調査と統計的解析による多次元的測定を方法とする︒しかし︑その結論は職場のコミュニテ

ィ感覚や組織の価値観などに収まることが多い︒

  二〇〇三年にはジャカロン&ジャーキウィッツ 5が職場スピリチュアリティを﹁仕事の過程で従業員が超越的なも のを体験するのをうながす組織的価値観︑また達成感や喜びを伴うような他者とのつながりを得やすくする組織的

価値観の枠組で︑文化の形で現れるようなもの﹂と定義している︵︶︒﹁文化﹂という言葉は︑この分野で

は企業風土のような組織文化を指すことが多い︒アシュモス&デュションの﹁コミュニティ﹂とほぼ同義である︒

まとめると︑職場スピリチュアリティは︑職場に浸透している価値観が醸成するコミュニティ的雰囲気を持った組織文化として現れる︑ということになる︒

  職場スピリチュアリティへの批判には︑個人の心の調和を説くが組織の不正に沈黙させるというものがありう

る︒しかし︑ジャカロン&ジャーキウィッツは職場スピリチュアリティの倫理性をも明らかにした︒彼らは米国のMBA学生に︑二五の倫理的に疑わしい企業活動を評価させ︑スピリチュアリティの度合いも測った︒倫理的に疑

わしい企業活動は︑人格的実直さ︵不法な目的のためにコンピュータを使う︶︑法と倫理にまたがる問題︵雇用割

当による逆差別︶︑普遍化できないもの︵自国の安全品質基準を満たさない製品の輸出︶︑プライバシー︵従業員に

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知らせないでコンピュータ使用歴を監視︶︑あからさまな違法行為︵会社の所有物を盗む︶︑自然環境︵固形廃棄物

を捨てる︶の六因子だった︵括弧内は負荷量の大きい項目︶︒プライバシー以外はスピリチュアリティと有意に負の関係だった︒つまりスピリチュアリティ点数の高い学生ほど︑企業の不正を許容しなかったのである︒

  また︑ジャーキウィッツ&ジャカロン 6は︑先行研究から職場スピリチュアリティの価値観の枠組を︑慈愛︑世代

継承性︵未来世代への考慮︶︑ヒューマニズム︵従業員の尊厳や成長の重視︶︑実直さ︑正義︑相互性︑受容性︑尊敬︑責任︑信頼とまとめた︒職場スピリチュアリティ論は︑統計的解析など科学的方法を特徴とするが︑価値中立

ではなく︑被調査者の共有する徳目の可視化を成果とするパターンが目立つ︒しかし︑それは既存の価値観を確認

するだけではない︒例えば︑ジャーキウィッツ&ジャカロンは︑価値枠組の提示の際に︑企業の悪徳を対置させ

る︒やや冗長なので筆者なりにまとめると︑従業員の幸福の無視︑目先の利益の追求︑人間らしさの欠如︑組織的欺瞞︑不正直︑相互の無関心︑硬直性︑失礼さ︑責任回避︑個人的利得の影響などである︵︶︒

  ゴツィス&コルテジ 7は︑ジャーキウィッツ&ジャカロンの価値枠組その他の議論を哲学的に基礎づけられるの は︑人の性格特性を重視する徳倫理学だという︵︶︒サラモン 8も職場スピリチュアリティ論にコミュニタリアニズムの影響を見る︒スピリチュアルなホーリズムが︑公私や労働︱余暇の分裂を批判し︑資本主

義に代わるコミュニティを追求しているという見方である︵︶︒

  コミュニタリアニズムは︑アリストテレスの徳倫理学を再評価し︑コミュニティにおける善性の探求を訴える︒マッキンタイアやベラーらが主な論者である︒彼らは功利主義的個人主義やセラピー的個人主義を批判するので︑

内面の生を重視するスピリチュアリティ論とは対立しそうである︒だが︑私的領域だけでなく︑職場というコミュ

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ニティで他者と関わりながらスピリチュアルに成長し︵魂の善性=徳を発揮し︶︑社会に善なる影響を及ぼそうとする職場スピリチュアリティなら︑コミュニタリアンと矛盾しない︒

二  批判的議論の諸相

キャレット&キングの企業中心主義批判と社会参加スピリチュアリティ

  以上で職場スピリチュアリティ論の基本的主張の整理を終える︒ここからはそれに対する批判や歴史的位置づけ に関する議論を見たい︒キャレット&キング 9は︑﹁資本主義的スピリチュアリティ﹂のコミュニティ重視は結局の

ところ企業中心主義になると見る︒企業コミュニティの都合で従業員にミッションを引き受けさせ︑福祉や雇用の安定より個人的成功を優先し︑消費に向かわせるという︵︶︒具体的に看護師によるスピリチュアル・ケ

アと職場スピリチュアリティの導入を︑低賃金と地位の低さへの不満の解毒剤だと見る︵︶︒慈悲やケアを掲

げ︑不道徳な経済界を矯正するという﹁改良主義﹂も資本主義自体を批判せず︑倫理的価値をビジネス成功の要因とし︑企業資本主義による構造的な抑圧︑社会的不正︑世界の貧困の温存に目を向けないという︵︶︒

  キャレット&キングは複雑化する職場環境でスピリチュアリティとビジネスを融合すれば︑個人の利益より企業

の利益が反映されると指摘する︵︶︒彼らは︑米国企業がスピリチュアルな内容の研修に年四〇億ドルを費やしているとする︵︶︒スピリチュアルな研修が企業の経営方針を疑問視し︑私的なスピリチュアリティの研鑽

に終わるなら︑企業は投資しない︒投資するのは研修が企業側に都合の良いものであるからである︒

  このような認識は︑一九九九年という比較的早い時期にネイドサン Aも示している︒ネイドサンは︑労働者の団体

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交渉をうながすポピュリスト言説と︑自立と自己責任を強調するニューエイジ・スピリチュアリズム言説と︑勤労

による繁栄を目指す福音派資本主義を比較する︒ポピュリスト言説は構造的問題を解決しようとして労使の対立を招くが︑あとの二つは︑個人の力を重視するため︑企業との直接対決に至らない︒むしろ︑企業は従業員の質の向

上で利益の増大を望める︒

  キャレット&キングは︑資本主義に適応したスピリチュアリティの全否定は無理とし︵︶︑資本や貨幣という神を拒絶する﹁新しい無神論﹂に作り変える戦略をとる︵︶︒彼らが評価するのは聖俗に分けられない新し

い社会運動︑解放の神学︑新自由主義に抗する先住民運動︑ガンディに影響されたエコロジカルなチプコ運動︑社

会正義と再分配を掲げるヴェーダーンタに基づくスワディヤーヤ運動︑アンベードカルやティック・ナット・ハン

の社会参加仏教運動などである︒こうした資本主義や消費主義の打破を目指す﹁スピリチュアルな無神論﹂︑諸宗教の伝統のなかにある﹁生︑コミュニティ︑倫理﹂の意味を再評価する﹁社会参加スピリチュアリティ﹂︵engaged spirituality︶の到来を要請する︒それは︑相互依存性︑社会正義︑持続可能な生活様式に目覚め︑新自由主義に抵抗 し︑雇用が不安定︵precarious︶になる世界での連帯と︑グローバル市民の感覚を発展させるという︵︶︒   この社会参加スピリチュアリティは︑前述のジャカロン&ジャーキヴィッツの企業の不正行為を許容しない職場

スピリチュアリティと矛盾するのだろうか︒後者も︑環境や未来世代への影響を考慮し︑正義の理念を掲げる︒だ

がキャレット&キングなら︑一企業の倫理性しか考えない職場スピリチュアリティだけで資本主義の構造的矛盾を解決することは無理だと反論するだろう︒そもそも特定の職場スピリチュアリティが公的領域にインパクトを及ぼ

すかどうかを︑従業員への質問紙調査などで評価することは根本的に難しい︒

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道具化とコントロールとスピリチュアル・リーダーシップ   職場スピリチュアリティへの批判は︑スピリチュアリティに好意的な宗教学者もしている︒ヒーラス Bはキャレッ

ト&キングらのスピリチュアリティ批判は消費への還元だと退け︵︶︑コミュニタリアン理論を援用して﹁い

のちのスピリチュアリティズ﹂を提示する︒それは資本主義によって疎外されたいのちの全体性を回復するもので︑非西洋の貧困国でも有効だという︵︶︒彼は職場スピリチュアリティの方向性もそれと一致

すると認めるが︑同時にその道具化をも懸念する︵︶︒道具化とは︑職場スピリチュアリティが尺度で測定さ

れ︑数字の改善が目指されることだろう︒実際︑デュション&プロウマン Cは職場スピリチュアリティと業績との関 連を示している︒それは瞑想やスピリチュアルな研修を業績改善の道具ととらえる風潮につながる︒   ベル&テイラー Dは︑職場スピリチュアリティ研究が測定という方法でスピリチュアリティを非神秘化したと批判 する︒ドリスコール&ウィーベ Eは技術支配になることを懸念し︑職場スピリチュアリティは業績改善の道具でなく 組織の中心原理であるべきだとする︒ケイス&ゴスリング Fはスピリチュアリティの数量化が精神を操作可能なものとして表象し︑生政治的な侵襲へ導くとした︵︶︒リップス=ウィアスマら Gは︑コントロールと道具性という︑

職場スピリチュアリティの二つの否定的次元の高低を組み合わせて︑誘惑︑教化︑操作︑服従からなる四象限モデ

ルを提示している︵︶︒

  この権力作用の問題を︑職場スピリチュアリティ論者はリーダーシップとして肯定的に扱う︒スピリチュアル・ リーダーシップを提唱したフライ Hは︑カリスマ的リーダーシップ︑外発的動機︵経済的報酬︶で業績改善する交渉

型リーダーシップ︑内発的動機︵仕事自体の喜び︶で業績改善する変容型リーダーシップなど︑既存の類型をまず

(10)

確認する︒次に︑職場スピリチュアリティの構成要素である使命感とメンバーシップへのニーズを︑﹁スピリチュ アルであり続けること﹂︵spiritual survival︶へのニーズと呼ぶ︒フライは︑それを満たせるのがスピリチュアル・リーダーシップだと定義する︒それは従業員が使命感を持てるビジョンを創造し︑メンバーシップの感覚を持てるよ

う︑利他愛にもとづく社会/組織文化を打ち立て︑信仰と希望を示すことで導くという︵︶︒

  前出のケイス&ゴスリング Iは︑スピリチュアルな組織は啓発への希望を抱かせ︑良心︑自発的服従︑内面志向の自己管理︑精神の規律化を通じて司祭型権力を行使するという︒それは︑価値観・態度・信念を操作して道徳的コ

ミットメントを引き出す規範的組織であり︑宗教組織や政治組織に近いとする︒ただ︑スピリチュアルな組織はよ

り表現的で︑スピリチュアルな洞察を向上させる資源と機会の共同管理だと留保を付ける︵︶︒

変容型リーダーシップと企業カルト体制

  だが︑共同管理どころかカルト的集団力学が働くとする論者もいる︒トゥリッシュ&ピニントン Jはフライの議論

の一年前の二〇〇二年に︑職場スピリチュアリティ系の議論で変容型リーダーシップが台頭していると指摘する︒

それはリーダーとフォロワーの集合的な善や利害関心を高めるため︑常に新しい目標を設定する︒カリスマ性を持ち︑ビジョンの提示で知的刺激を与え︑内面に働きかけ︑一人ひとりを考える姿勢を示す︵︶︒この

モデルは︑企業内の一貫性のある文化を重視する企業文化主義︵corporate culturism︶とリンクする︵︶︒しか

し︑トゥリッシュらはそれが結局はモノカルチャー主義になると見る︵︶︒そして︑そのカルトとの類似性を指摘する︒変容型のリーダーが職場スピリチュアリティを導入すると︑まずスピリチュアルでない従業員は居づら

くなる︒従業員の思考過程は再設計され︑企業カルト体制︵corporate cultism︶によって公私の区別の超越が求めら

(11)

れる︵︶︒彼らによれば︑実際のリーダーは権力格差ゆえ従業員から正確なフィードバックを得られない︒とくに︑ニューエイジ的な研修はカルト的集団力学を促進するという︵︶︒

  つねにスピリチュアルな自己変容を迫るリーダーが要請される背景には︑企業の利益追求とスピリチュアルな成

長の探求のギャップがある︒企業は可視的で短期的な利益目標を設定し︑資本主義社会においてそれを常に増大させる必要がある︒だが︑スピリチュアルな成長は不可視で︑人生をかけて長期的に達成されるものである︒不幸や

苦難や落ち込みが起きてもそれを受容し︑意味づけることで事後的にスピリチュアルな成長だったと振り返られる

ようなものもある︒ところが研修では︑短時間でそれまでの自我のあり方が問い直され︑変容を迫られ︑スピリチ

ュアルな成長が起こったという認知を強いられ︑近視眼的な利益追求に振り向けられる︒短時間でスピリチュアル

な自己変容が起こることは︑回心現象などでは知られているが︑頻繁に起こるものではない︒とはいえ︑単なる一

時的なリフレッシュなら可視的な業績改善には結びつかない︒このような無理が生じても︑従業員は権力勾配ゆえ

に︑一見して害はないので従わざるをえない︒リーダーはその権力格差ゆえに従業員のなかで生じている無理に気づけない︒変容したはずなのに大きく変容していないという認知的不協和を解消するために︑リーダーは常に新し

いスピリチュアルな変容の機会を提供し︑従業員は変容を与えてくれる存在としてリーダーをカリスマ化しなけれ

ばならない︒そうして︑﹁変容﹂を追求し続ければ︑変容することが自己目的化してゆくだろう︒職場スピリチュアリティがもたらす分裂  ││  違和感を持つ従業員の存在  ││

  職場スピリチュアリティの導入による企業のカルト化を例証しているのが︑アウパーズ&ホウトマン Kの調査研究

である︒彼らはオランダのニューエイジ的なスピリチュアル・トレーナー一一人︑ビジネスのためのスピリチュア

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ル・コースのトレーナー九人︑ニューエイジ資本主義を掲げるバス関連用品を扱う会社モルカの経営者と従業員に

インタビュー調査をした︒それによると︑被調査者は︑まず仕事を通じて疎外を経験し︑自己のスピリチュアリティを高める知識と経験を積んでゆく︒なかにはスピリチュアリティの知識ゆえに職業的役割と内面的自己の矛盾を

感じ︑疎外を経験したと思われる事例もある︒やがてスピリチュアリティに目覚めていない人々はまだ疎外されて

おり︑彼らの自分たちへの批判はその問題の投影だと考えるようになる︵︶︒

  スピリチュアリティの知識と経験を身に着けると︑職場での疎外体験が︑職場にスピリチュアリティを導入しよ

うとする熱意につながるようだ︒だが︑実際にモルカでもっとも熱心なのは経営者である︒他の従業員は最初から

熱心だったわけでない︒中には無感情だったのに最初のセッションで泣き崩れ︑感情を取り戻したという従業員︑

最初は懐疑的だったが︑前向きに取り組むようになってからは心理的抵抗だったと振り返る従業員もいた︒しかし︑それは管理職であり︑下級の従業員は︑なぜ個人的な部分をさらけ出さなければいけないのか︑社長のプレッ

シャーだ︑参加者は変わってしまった︑自信の強かった人がさらに自信満々になっただけだ︑などと語る︒一方︑

研修の参加者は︑非参加者が自分たちとのつながりをなくしてしまうと心配する︵︶︒アウパーズ&ホウトマンの調査結果は︑職場スピリチュアリティを導入した職場が︑疎外を強迫的に解消しようとする管理者

と︑疎外されていると決めつけられる下級従業員に分裂する危険を如実に物語っている︒

  フライも共著者であるベネフィールら Lのサーヴェイ論文では︑職場スピリチュアリティの導入が差別を禁止した公民権法に反しないかという問題が取り上げられている︒彼らによれば︑職場の宗教的バイアスに関する申し立て

が︑二〇〇〇年代に入ってからの一二年間で七割増えたという︒背景には権力勾配がある︒導入者がスピリチュア

(13)

リティは宗教と違うと定義しても︑法解釈においては﹁宗教﹂的であると見なされるという︵︶︒   ディーン&サフランスキ Mは︑瞑想やヨガによって動機づけを上げるニューエイジ的研修も公民権法に抵触しうる

と指摘する︵︶︒だが彼らは職場スピリチュアリティを全面的に否定せず︑﹁非介入的アプローチ﹂に

よる運用を提唱する︒それは︑従業員自身に職場スピリチュアリティ/宗教に触れる機会を選択させ︑あるいは選択しなくてもよいとし︑勤務時間中の省察︵祈りを含む︶の時間と場所を確保し︑非教派的チャプレンを呼んだり

するというアプローチである︒

三  歴史的位置づけに関する議論

職場における文化的多様性が要請するスピリチュアリティ

  信教の自由への配慮︑﹁多様性﹂︵diversity︶は︑実は職場スピリチュアリティの議論の始めからなされていた︒ ガルシア=ザモール Nは職場スピリチュアリティが注目される歴史的コンテクストとして︑北米におけるスピリチュアリティの多様性︑職場における異なる文化との出会いをあげている︵︶︒加えて︑自己のスピリチュアルな

生活と適合するかどうかを職場選択の基準とする被雇用者の存在︑スピリチュアリティの重視や企業文化の強さが

生産性につながることを示す調査の存在をあげている︵︶︒

  このテーマと関連してよく参照されるヒックス Oも︑米国における職場スピリチュアリティへの関心の背景には︑

従業員の多様な宗教とスピリチュアリティがあるとする︒実例として︑服装︑シンボル︑布教に準じる行為︑祈り

の時間や祝日の設定をめぐって︑職場で対立が生じてきたことをあげる︒多くの職場はキリスト教的価値観を前提

(14)

としており︑﹁宗教﹂について議論すること自体が難しかったという︵︶︒また︑キリスト教的背景を持つ経営

者が無自覚にその価値観を押し付けてしまうという問題も指摘する︵︶︒

  次に︑ヒックスは多様性の既存のモデルとしてインドとシンガポールの例を検討する︒インドでは︑世俗主義が

採用される一方で︑宗教の違いによって法的な扱いにも差が設けられ︑従業員間に不平等があると感じられてい

る︒シンガポールでは︑宗教自体への警戒感が強く︑儒教的価値観にもとづく市民宗教が政府によって押し付けられている︵︶︒

  多様性の重視が差別につながる例と︑多様性の危険視が抑圧につながる例を踏まえて︑ヒックスは︑対立を恐れ

て宗教的表現を抑制したりせず︑すべての従業員の宗教やスピリチュアリティを尊重する﹁リスペクトする多元主

義﹂︵respectful pluralism︶が必要だと結論する︒また︑宗教よりスピリチュアリティの方が︑いわゆる﹁スピリチュアルだが宗教的ではない﹂人にも︑特定の信仰を持っている人にも適用可能なので職場にふさわしいと考える

︶︒ゴツィス&コルテジ Pは︑ヒックスの﹁リスペクトする多元主義﹂は︑宗教を中心に考えており︑スピリ

チュアリティの複雑さを見ていないという︒だが︑職場スピリチュアリティの議論における多様性の強調はヒックスだけでなく先に紹介したフレッシュマンの質的調査にも見られるし︑アシュモス&デュションも多様な文化的背

景を持つ従業員をまとめるための﹁コミュニティ﹂を強調していた︒

  一連の議論は︑宗教の多様性からスピリチュアリティに注目し︑スピリチュアリティの複雑性を認識し︑統計的解析による多次元的把握に向かうという研究の方向性に対応している︒この数量的測定は︑逆説的に職場スピリチ

ュアリティの歴史的文化的コンテクストを削ぎ落とす︒だが筆者の見る限り︑かえってそれがアジアや中東での研

(15)

究の台頭につながっている︒ベネフィールら Qによれば︑ブラジル︑中国︑インド︑イラン︑マレーシア︑パキスタン︑台湾などで︑職場スピリチュアリティと︑組織へのコミットメント︑業務への満足︑生産性︑様々な業績指標 とが︑正の関連を持つと言われている︵︶︒筆者は他にタイやスリランカなどでの調査研究も確認している R︒

ただ︑これらの論文のタイトルには地域名がなく︑中身を読まないとアジアでの研究だと分からないものも多い︒アジアでの研究の隆盛は︑多文化主義よりもグローバル化の現れと見るべきだろう︒

  サラモン Sは︑職場の多文化主義も消費者の好む流行になっており︑モノカルチャー的に賛美されているとした

︶︒内面がグローバルになると個人的にも職業的にも利益になるというコンサルタントの見解に︑ニ

ューエイジ的な﹁自己のスピリチュアリティ﹂の影響を指摘する︵︶︒問題は︑文化的多様性やグローバルさ

から利益を得ようとするやり方の画一性である︒アジア地域での職場スピリチュアリティの調査研究では︑文化的

コンテクストが捨象され︑スピリチュアリティの利益増大効果が強調される︒職場スピリチュアリティ論は︑グロ

ーバル化と雇用の流動化が進んだ世紀の変わり目に︑それに適応すべく台頭した言説であることが分かる︒宗教と経済の両立を目指す歴史的運動のなかで

  さらにより長期的な視野から見た歴史的位置づけに関する先行研究を見てゆきたい︒ミラー Tによれば米国の﹁職 場信仰︵faith at work︶運動﹂の第一段階は一八九〇年代から一九四五年までで︑社会的福音運動と連動したものであるという︒職場を信仰によって内側から変えようとする運動で︑イエスをビジネスリーダーのモデルとしていた

︶︒戦後から一九八五年まではエキュメニズム運動や信徒活動と連動し︑職場で信仰と仕事について話し合う

グループ活動が広がった︵︶︒最後が一九八五年から現在までで︑信仰と仕事の統合が以下の方法で模索されて

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いる︒︵1︶個人的な徳を追求する倫理型︑︵2︶職場に教えを広めようとする福音伝道型︑︵3︶市場との関わりが深

い仕事でも天職・召命・意味・目的を追求する経験型︑︵4︶癒し・祈り・瞑想・意識・変容・自己実現による充実型である︵︶︒職場スピリチュアリティは︵2︶をのぞいたものに当たるだろう︒

  ミラーの記述は︑職場スピリチュアリティの非宗教性を強調せず︑戦後の超宗派的で大衆的なキリスト教運動の 延長に位置づけるものである︒これに対して︑ロルッソ Uは非宗教的源泉からの系譜を論じる︒まず戦後期に︑近代官僚主義社会での人間疎外に対抗して︑経営学とポップ心理学を融合させる思想や︑宗教的︑スピリチュアルな言

葉づかいを経営に織り交ぜる思想が登場したという︵︶︒次に一九六〇年代から七〇年代にかけて︑宗教的な言

葉づかいで理想的指導者像を語る思想が登場する︵︶︒レーガン大統領以降は︑新自由主義に適応した職場スピ

リチュアリティに関する経営学的研究が広まる︵︶︒

  ロルッソはこの最後の時期について︑米国西海岸の具体例を詳述する︒例えばアップルなどハイテク産業におけ

る禅の影響︑脱中央集権的なチーム型の職場︑個人の自律と企業目標への責任の強調を紹介している︵︶︒さら

にホールフーズマーケット︵オーガニック系スーパーマーケット︶のジョン・マッキーを紹介する︒彼はキリスト教︑心理学︑﹃奇跡のコース﹄︵自助マニュアル︶に感化され︑すべてのステイクホルダーに考慮し︑利益だけでな

く社会的責任を果たす﹁意識の高い資本主義﹂︵Conscious Capitalism︶を目指す︵︶︒最後にオーガニック系の飲 食店カフェ・グラティチュードの掲げる︑いのちの豊かさへの感謝を込めた﹁聖なる取り引き﹂︵Sacred Commerce︶

﹇commerce には商取引だけでなく︑霊的交わりの意味もある﹈が紹介される︵︶︒ロルッソは︑これらの経営

者がスピリチュアリティに関わる語彙を使っていても︑結局はビジネスエリートという資本主義の権威の再評価で

(17)

終わっており︑新自由主義を体現したものだと批判する︵︶︒   批判者はみな︑新自由主義を職場スピリチュアリティ発生の理由とする︒むしろ提唱者の分析の方が具体的であ る︒アシュモス&デュション Vは︑︵1︶雇用状況の悪化︑労働者の士気低下︑賃金不平等︑︵2︶家族や地域の弱体化

によるコミュニティとしての職場の重要度の増大︑︵3︶環太平洋文化と東洋哲学︑特に瞑想への関心︑︵4︶ベビーブーム世代の死の不安と生の意味への注目︑︵5︶有意味な仕事がグローバル競争下での創造性開花の前提条件にな

ったこと︑などをあげている︵︶︒︵1︶︵2︶は新自由主義による従業員の疲弊と受け皿の減少︑︵5︶

はグローバル化に由来する課題で︑そこに︵3︶︵4︶のようなスピリチュアリティへの関心の高まりがフィットした

という見方である︒

  批判者は職場スピリチュアリティを新自由主義の強化と見るが︑提唱者は人間疎外からの解放︑コミュニティ感

覚と倫理的価値観の強調︑多様性の尊重などで︑新自由主義に立ち向かっていると主張する︒だが批判者は︑新自

由主義やグローバリズムを進めているのは企業側なのに問題をスピリチュアリティでごまかし︑抑圧を強めるだけだと見る︒

  筆者はいずれかの立場に与するよりも︑この対立図式を︑宗教と経済活動に関する二つの立場として整理した

い︒宗教は経済活動と相反するのか︑両立可能なのかという問題に対して︑﹁貪欲な経済活動は宗教的に見て悪である﹂というのが両立不可能命題であるとすれば︑﹁経済活動によって宗教的理想を実現することは善だ﹂という

のが両立可能命題である︒しかし︑自由競争のもと︑経済的合理性を追求し︑労働者を搾取する資本主義経済をそ

のまま宗教的あるいはスピリチュアルに是認することは難しい︒ポジティブ思考で無限の成功を引き寄せられると

(18)

約束するニューエイジ・スピリチュアリティもあるが W︑職場スピリチュアリティは︑﹁スピリチュアルな成長を達

成し︑理想的なコミュニティを職場に実現し︑企業の倫理的責任を果たすための経済活動ならばスピリチュアリティの観点から見て善である﹂という両立可能命題を探求する︒前述のミラーはここに至る両立の努力を歴史的にあ

とづけた︒批判者は︑スピリチュアリティと強欲なグローバル資本主義は両立せず︑職場スピリチュアリティはそ

の抑圧に加担するだけだと指摘する︒スピリチュアル資本  ││  資本主義の問い直し  ││   職場スピリチュアリティの歴史的位置づけを考えるのに参考になるのが︑﹁スピリチュアル資本﹂論である︒ブ ルデュー&パスロン Xは︑上流階級の家庭内で伝達される文化的趣味︑振る舞い︑教養などの﹁文化資本﹂が教育制 度に適合的であるため︑学歴の高さとつながり︑結果として階級の再生産につながることを明らかにした︒これと人的資本や社会資本の議論とを合わせて宗教に応用したのがヴァーター Yの﹁スピリチュアル資本﹂である︒近似概

念としてイアナコーンら Zの宗教資本があるが︑市場化︑商品化される実体的な宗教的資源を意味し︑再生産の動態

をとらえられないとヴァーターは批判する︒そしてより流動的なスピリチュアル資本という概念を提唱する︒

  その後︑スピリチュアル資本論は職場スピリチュアリティ論と関わりを持ちながら展開する︒ワーサム aは︑道徳

性の向上が社会的地位の向上につながるとするデュボワの議論と︑スピリチュアリティと道徳性との関連を示す量

的研究を参照し︑スピリチュアル資本は﹁善き生﹂を実現するとした︒また︑ウッドベリー bは︑スピリチュアル資本が様々なポジティブな効果をもたらすことを示しつつ︑スピリチュアル資本を偶像化し︑それを物質的目的追求

の手段とするなら︑多くの宗教的伝統と相容れなくなると指摘する︒

(19)

  バーガー&レディング cは︑世界各地の宗教と経済的発展の関係を考察する際に︑スピリチュアル資本を中心的概念とする︒彼らはスピリチュアル資本を︑﹁宗教から派生し︑政治経済的発展に利用される資源の集合﹂と定義す

る︒それを媒介するのは︑特定の制度︑態度︑価値観︑理想を共有することによる信頼感︑自律的自己︑宗教によ

る権力構造の安定などである︵︶︒プロテスタンティズム︑ユダヤ教︑儒教は︑ともに進歩を重視し︑運命の統御︑業績︑教育︑勤勉・勤労の倫理︑功徳︑貯蓄︑社会的責任の価値観を世俗化や共産主義を経てなお引き継いで

いるという︵︶︒そうした社会で宗教復興が起こるのは︑スピリチュアル資本が世代を超えて伝達していたから

だと見ることもできる︒

  ベーツケ dはスピリチュアル資本と宗教をより明確に区別する︒彼によれば強い社会資本ならKKKやギャングも持っている︒経済発展に必要なのは︑名もなき他者と相互の利益のために交易する開かれた社会資本である︒確か

に経済成長は宗教性と正の相関を示す︒だが︑生産活動と無関係の教会出席率とは負の相関である︒過激な信仰︑

他者への憎悪を掻き立てる宗教も経済成長につながらない︒少なくとも私的所有︑契約の自由︑取引における信頼と正直さ︑意思決定における慎重さ︑未来指向と両立できる宗教的信念でなければ経済と両立しない︒ベーツケ

は︑他者との結びつきを基礎づける深い文化的信念で︑経済的取引を容易にするものをスピリチュアル資本として

規定する︵︶︒

  彼は説明のなかでキリスト教移民が十字架を信用の証として利用した例をあげる︒バーガー&レディングも移民

でありながら教育を重視するプロテスタント︑ユダヤ教徒︑華僑に注目する︒スピリチュアル資本は︑教育を通し

て再生産される︑経済活動を容易にする宗教文化の資源で︑流動的状況でも他者との交流を可能にするよう︑非生

(20)

産的な宗教活動や排他的な教条主義を次世代によって抑えられた結果残ったものであり︑資本主義の発展を支えて

きた︒それは世俗化論︑近代化論の影に隠れて︑十分に評価されなかった︒しかし︑世俗主義や共産主義を生き抜いて︑文化資本や社会資本の研究の進展に後押しされて再評価されたものと言える︒ポスト世俗的状況でスピリチ

ュアル資本が重要性を増してきたという主張はストークスら eによってもなされている︵︶︒   この観点は︑職場スピリチュアリティ論の台頭にも応用できる︒グローバル化による人口移動︑職場の文化的多様性︑新自由主義による雇用の流動化という状況で︑特定の宗教的教義をそのまま経済活動の正当化の資源として

使うことは困難である︒多様な宗教的背景を持つ従業員に受け入れられるスピリチュアル資本を家庭や地域に代わ

って職場で研修する必要が出てきた︒それが職場スピリチュアリティの隆盛という形をとった︑と︒

  初期近代においては︑宗教的教義により禁欲的な勤労倫理が説かれ︑仕事は天職とされ︑自己が規律化され︑資本の本源的蓄積が進んだ︒近代産業社会においては︑勤労は世俗的合理主義で基礎づけられ︑労働と余暇が二分法

的にとらえられ︑官僚主義のもと人間疎外が進み︑資本は自己増殖した︒この状況を批判して登場した職場スピリ

チュアリティ論では︑スピリチュアルな成長への内発的動機づけが重視され︑無意味な労働より有意味で利他的な仕事が理想とされ︑終わりなき自己実現がうながされ︑企業は多元的な資本の尺度で評価される︒その構造的暴力

性の自覚は︑脱成長経済や貨幣なき社会を説く対抗文化的スピリチュアリティと合流し︑キャレット&キングの言

う社会参加スピリチュアリティに結実する可能性もある︒だが︑それを展望するための議論はまだ十分ではない︒

(21)

結論

 

││ 日本での展開の可能性︑ケア︑ジェンダー ││   本稿では英語圏での職場スピリチュアリティ論を概観してきた︒その全貌を日本の研究者はとらえきれていな い︒日本で対応するものがないのも一因である︒小池 fは職場スピリチュアリティの例として﹃七つの習慣﹄を題材とした日本での企業研修を取り上げているが︑宗教色やスピリチュアリティの抑制と︑常識的な対人関係観の強調 にとどまっているという︒中牧・日置 gは北米の企業におけるスピリチュアリティの導入を紹介しつつ︑日本企業独

自の宗教的要素を論じている︒﹁スピリチュアリティ﹂や﹁スピリチュアル﹂といった言葉の使用の有無にとらわ

れず︑職場スピリチュアリティやスピリチュアル資本を分析概念として︑日本の企業研修や企業文化を研究するのは今後の課題である︒

  また︑アシュモス&デュションが病院の調査から職場スピリチュアリティの議論を立ち上げて以来︑ケア現場で の職場スピリチュアリティの研究も相当おこなわれている︒ピルコラら hは医療現場のスピリチュアリティに関する六三二の研究と八つの査読論文を概観し︑コミュニティ感覚と有意味な仕事が主要な次元として析出されると結論

している︒ただ個人レベルの質問紙調査が多く︑集団レベルと組織レベルの研究が不十分であり︑研究がカナダと

アジアに集中していると指摘する︒スピリチュアル・ケアについての議論は日本でも盛んだが︑ケア現場のスピリチュアリティを調査する試みはほとんどない︒過酷な職場に置かれた医師や看護師が仕事をスピリチュアリティと

関連させて有意味で利他的だと感じられるかどうかは︑バーンアウトを防ぐことにもつながる︒しかし︑それは仕

事にスピリチュアルな意味があると使命感を煽って︑かえって人材を疲弊させるという問題をはらむ︒

(22)

  海外の研究でも不十分なのは︑ジェンダーと職場スピリチュアリティの関係である︒近代家族の性別役割分業に

おいて子どもの宗教教育は女性に担わされ︑女性の宗教意識は男性に比べて高い︒スピリチュアル資本の伝達にも女性の関与が大きい可能性がある︒非宗教的スピリチュアリティでの女性的ジェンダーへの偏りは︑宗教的信仰以

上に大きい︒世俗化自体を︑産業社会に適応した男性的ジェンダーが宗教活動から撤退する傾向と︑それに疑問を

持つ女性的ジェンダーが私事化・市場化したスピリチュアリティを消費する傾向への分裂という観点から見直すこともできる︒その観点から見ると︑女性の職場進出と︑非人間的な労働慣行がまかり通る男性中心の職場の改善へ

の要求が︑職場スピリチュアリティ論の隆盛の背景にあると考えることもできる︒

  職場スピリチュアリティ論は︑世俗化︑グローバル化︑多文化主義︑ケア労働とジェンダー編成の変容など︑社

会学的な宗教研究の主要テーマと深い関係を持つ︒本稿が日本の多くの研究者の関心を呼び込むことになれば幸いである︒

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(26)

What is Workplace Spirituality?

Theoretical Development and Historical Significance

H

ORIE

 Norichika

This article is a survey that clarifies the theoretical development and his- torical significance of “workplace spirituality.” There has been much debate  on this topic since the start of the 21st century, mainly in business manage- ment studies written in English. Workplace spirituality has been presented  as  a  multi-dimensional  construction  of  the  data  collected  from  managers  and employees, and at the same time, as a set of values of communitarian  ethics  of  virtues.  Its  components  consist  of  the  amelioration  of  alienation,  respect  for  the  diversity  of  employees,  and  intolerance  against  corporate  injustice.  On  the  other  hand,  critics  point  out  the  danger  of  corporatism,  the  instrumentalization  of  spirituality,  the  resemblance  to  cults,  and  in- creasing  lawsuits  regarding  religious  freedom.  These  debates  reflect  the  historical  process  of  trial  and  error  to  reconcile  economic  activities  with   religion. One can regard workplace spirituality as a contemporary form of  nurturing spiritual capital that has been transmitted against the current of  secularization and modernization. Finally, I propose some topics related to  workplace spirituality to be studied in Japanese society.

参照

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Amount of Remuneration, etc. The Company does not pay to Directors who concurrently serve as Executive Officer the remuneration paid to Directors. Therefore, “Number of Persons”