生 産 と 技 術 第59巻 第4号(2007)
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のため,アメリカに渡り,ペンシルバニヤ大学のサ イフリッツ教授の下で,1941年12月日米戦争勃発 後,翌年6月日米交換船で帰国するまで米国で研究 した.ここで,神谷は生涯の研究材料である粘菌に 出会う.粘菌の一種モジホコリカビの栄養体は多核 で,形を変えながら這って移動するので,変形体と よばれる(図1) .
移動は原形質(細胞質)が流動することによる.神 谷によると,「変形体の表面はでこぼこだが,カバ ーグラスの上から針で軽くおさえると,一番出っ張 ったところがカバーグラスの表面に当たり,中の流 動性の原形質がそこから強制的にぱっと圧のかから ない所に流れる.圧を除くと又元にもどる.そうい う現象がくり返し観察されますが,私にはそれが非 常に奇異に見えました.要するに,機械的に押した り戻したりすることが,粘菌に害を与えないで,そ れでいて流動のほうは非常に鋭敏に反応します.そ れならば,空気を使ったほうが制御しやすいと思い これはアメリカの地質学者,動物学者ルイ・アガ
シーの言葉である.彼はアメリカで最初の臨海実習 を行った人として有名である.この言葉の書かれた 額がアメリカ東海岸のWoods HoleにあるMarine Biological Station付属図書館の壁に掛っているのは,
皮肉な気がする.実は,私は上のタイトルで昨年11 月阪大理学部の1−2年生を対象に特別講義を行っ た.この題を選んだのは,既成の知識に捉われず新 鮮な眼で自然現象に直面することで,新しい学問分 野が開けるのだ,画期的な研究は必ずしも実験装置 を完備した研究室から生まれたのではない,という ことを伝えたかったからである.1965年ノーベル 賞を受賞した朝永振一郎は1974年,子供たちのた めに次の言葉を記している.「ふしぎだと思うこと これが科学の芽です よく観察してたしかめ そし て考えること これが科学の茎です そうして最後 になぞがとける これが科学の花です」本稿では,
私の尊敬する二人の科学者を例に,アガシーと朝永 の言葉の肉付けをしてみたい.一人は阪大時代の恩 師,神谷宣郎教授,植物の細胞運動の研究で世界を リードした.もう一人は私の留学先ドイツのチュー ビンゲン大学のエルヴィン・ビュニング教授,生物 時計の発見者で今日の時間生物学の基礎を築いた.
神谷は1938年25歳のとき,日独交換学生として ドイツに留学し,1939年9月第二次世界大戦勃発
本からではなく自然に学べ
田 澤 仁
*1930年1月生
大阪大学,理学部,生物学科修了(1953年)
現在,東京大学名誉教授 理学博士,植物生理学 TEL:077-524-9221 FAX:077-524-9221
E-mail:[email protected]
*Masashi TAZAWA 随 筆
STUDY NATURE NOT BOOKS
Key Words:Biological Clock, Bünning, Cell Motility, Creative Work, Kamiya
図1 粘菌モジホコリカビの変形体。網目構造は変形体 の糸で、その中を原形質が流れる。
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ました.」そこで考案したのが複室法である(図2 上) .
二つの部屋A,Bのそれぞれに小さな変形体 a,bの 塊をおき,それらを変形体の糸(図1)で繋ぐ.す ると糸は小変形体と融合し,やがて糸の中を原形質 が流れ出す.片方の部屋Aを大気に解放し,もう一 方の部屋BにマノメーターMを接続する.糸の中を 流れる流動はゴム球RBを介してB室に正または負 の圧力を加えることにより停止させることができ る.この平衡圧は流動の原動力に相当する.ここに 世界で始めて,筋肉運動以外で,細胞運動の原動力 が測定された.1939年末のことであった.流動力 の波形は単純なものは正弦波だが(図2下),複雑 なものは幾つかの正弦波の合成されたものとなる.
この成果は1940年11月のScienceに掲載され,Time にも取り上げられた.神谷は1999年亡くなったが,
動物の細胞分裂の世界的権威平本幸男教授は追悼文 で,「神谷の流動力測定法は筋肉の等尺収縮におけ る張力測定法と原理的には同じだが,時々刻々に形 の変る変形体の中の曲がりくねって分岐する管を流 れる流動というつかみどころの無い現象を一次元の 運動に還元した発想は天才的である」と述べている.
Study Nature の別の例を同じく神谷の研究 から見てみよう.植物は移動しないが,植物細胞の 内部の原形質は活発に流動する.この流動の研究材 料として,神谷が注目したのは藻類の一つ,車軸藻
類の細胞だった.この円柱状の細胞も多核で,種類 によっては直径1mm,長さ10cmにも達する.中 央には水溶液性の細胞液が詰った液胞があり,その 外側にあるゾル原形質(内質)が細胞の周辺に沿っ て,毎秒50μmの速さで流動している(図3).そ の直ぐ外側の葉緑体のある部分は,動かないゲル原 形質で外質と呼ばれる.問題は,流動力の発生場所 はどこか,その力の性質はどのようなものかであっ た.神谷は考えた.流動力の発生している場所では,
速度勾配が一番大きいはずである.そこで,彼は単 刀直入に,内質の半径方向の速度分布を測定するこ
とにした.結果は,内質の何処を取っても速度は同 じで,急激な速度勾配は外質と動く内質の界面で発 生していることがわかった(図3).1956年の黒田 との共著論文は「内質は実は流れているのではなく,
ただ全体として外質の表面を滑っているだけであ る」と述べている. 原形質流動の滑り説 である.
この説は1954年,イギリスのハクスリとハンソン によって発表された筋収縮の 滑り説 と軌を一に している.その後,動植物とも滑り運動はアクチン とミオシンという二つのタンパク質間の相互作用に よることが明らかにされた.
科学の発見には,非連続的な飛躍が介在する.朝 永の 良く考える の次に来るのが飛躍であろう.
今までは全く関係が無いと思われていたものが,一 寸した機縁でつながるのである.朝永と同年ノーベ ル賞(医学生理学)を受けたフランスのフランソ ア・ジャコブの云う「思考がいつもの道から逸脱し て,それまでは一緒になる理由がありえなかったも のたちを一つにむすびつけるのである.」その例を ビュニングによる生物時計の発見に見ることができ
図3 図2 粘菌変形体の原形質流動の流動力測定装置と流動リ
ズムの記録(Kamiya 1959)
車軸藻類ヒメフラスモの若い細胞の原形質および 液胞の流動の速度分布(Kamiya ,Kuroda 1956)
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一つである.このほかビュニングが見つけた概日リ ズムの特性は,概日リズムは外界の明暗周期に同調 できること,生理的な温度範囲では周期はほぼ一定 であること,即ち温度補償能をもっていることなど である.更に彼は,概日リズムの周期が遺伝するこ とを示して,このリズムが内因性のものであること を決定的なものとした.ビュニングは,生物に普遍 的な概日リズムなるものが,進化的適応を経ること なしに,遺伝形質として固定されることはないとい う信念を持ったが,残念ながら概日リズムが淘汰に 有利である証拠は当時見つかっていなかった.ビュ ニングがそのための入り口を見つけたのは偶然だっ た.
1934年ビュニングは就職先のイエナから,母校ベ ルリン大学の光合成専門家ノアック教授を訪ねた.
ノアックは「発見の中には俄かには信じがたいほど 目立つものがある.その一つが光周性である.」と いう話をした.光周性とは生物の成長分化が日長に 依存する現象である.例えば,ある植物は日が長く なる春に花を咲かせるのに,別の植物は日が短くな る秋に開花する.前者は長日植物,後者は短日植物 である.光周性はアメリカのワシントンの東の片田 舎にあった農業研究所の研究員ガーナーとアラード によって1920年に発見されていた. ビュニング も当然14年前に発表されていた二人の論文を知って いた.ノアックと別れ,ベルリンからイエナに帰る ための汽車の中でのことだった.突如彼にインスピ レーションが湧いた.「そうだ!一日のうちのどの 時間に光が当たるのかということが,開花するかし ないかの違いを生むのかもしれない.光合成では何 時光が当たっても同じかもしれないが,しかし植物 の成長と分化にとっては同じではないのだ.」ここ で,二つの全く別の現象,概日リズムと光周性が結 びついたのである.両者を結びつける生物時計概念 の誕生である.
このことを実証するための実験に彼は直ちに取り かかり,その結果を「光周性反応の基礎としての内 因性日周リズム」という論文に纏めて1936年12月 1 2 日『ドイツ植物学会誌』に発表した.要点は
(1)植物の光周反応は内生の概日リズムを基礎と している.(2)概日リズムは光に対する反応性の 異なる二つの相からなる.周期の前半は光に親和性 のある相(親明相),後半は光を嫌う相(親暗相)
る.
生物の日周現象には,外界の時間情報(明暗周期)
を絶っても,ほぼ24時間の周期で継続するものが 数多く知られており,概日リズムと呼ばれている.
典型的な例はマメ科植物の葉の就眠運動である.ベ
ニバナインゲンの葉は昼間は上に向き,夜は下に垂 れ下がる(図4).すでに1729年,フランスのド・
メランはオジギソウの就眠運動リズムが恒暗下でも 持続することを報告している.ようやく200年後,
この現象のもつ生物学的意味の解析にビュニングが 取り組んだのであった.
ビュニングは1906年ハンブルグで生まれ,1929年 ベルリン大学で博士号を取得した.丁度このころ,
フランクフルトの 医学の物理学的基礎研究所 か ら求人があり,彼は, 大気の帯電と人間の特定の 病気(気管支炎,癲癇)との相関 についての研究 に取り組むことになった.ビュニングは手始めにベ ニバナインゲンの葉の就眠運動が大気の帯電と関係 があるかどうかを調べることにした.ところが,大 気のイオン濃度を変えても,葉の運動の周期と位相 には何の影響もなかった.ところが,恒暗条件下で 定刻に光パルスを与えると,マメの葉はいつもそれ から一定時刻後に最上位に達することがわかった.
即ち,概日リズムの位相は単一の光パルスにより,
リセットされる.これは概日リズムの重要な特性の
図4 ベニバナインゲンの葉の就眠運動記録装置と運動 リズムの記録(Bünning,Tazawa 1957)
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