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『思想としての近代仏教』

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Academic year: 2022

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  以上八つの課題の要約を網羅したことで︑本書に対する翻訳者の態度や苦労がより明らかになったと思われる︒

最後に

  既に申したように︑天台教学の専門家でない評者にとっては︑上記に述べたアメリカの二人の専門家による本書の評価に頼らざるに得なかった︒その一人であるジポーリン氏によれば︑若干の異論はあったものの︑本書が今後研究に多く貢献することを期待している︒その影響は︑天台宗に限らず︑東アジア仏教および西洋の宗教や思想の研究にも及ぶことが示唆されていた︒浄土教を専門とする評者にとっても︑本書は歓迎できるものである︒法然や親鸞が天台僧侶として︑比叡山で行なった常行三昧の元となった書物が英語で読めるようになったことは︑欧米においての浄土教研究の励ましとなることは確かである︒

注︵

sight, H-Buddhism (July, 2018).” Brook Ziporyn, Review of Clear Serenity, Quiet In-“1︶

﹃ 思 想 と し て の 近 代 仏 教 ﹄

末木文美士著

中央公論新社  二〇一七年一一月刊四六判 四二一頁 二四〇〇円+税

大  谷  栄  一 一  本書の位置づけ   ﹁私は︑もともと日本の古代中世仏教の研究を主としていたが︑研究を進めるうちに︑次第に近代仏教に関心を持つようになった﹂︵四一三頁︶︒そう述べる著者は︑近代の仏教を調べていくうちに︑近代史や近代思想史がほとんど仏教界の動向を無視していることを知り︑驚いたという︒そこで︑﹁近代の仏教が決してマイナーな周辺領域ではなく︑近代日本の思想の中核をなすのではないか﹂︵四一四頁︶との見通しに立ち︑二〇〇四年に刊行したのが︑﹃近代日本の思想・再考Ⅰ  明治思想家論﹄と﹃近代日本の思想・再考Ⅱ  近代日本と仏教﹄︵トランスビュー︶である︵その後︑二〇一〇年に﹃近代日本の思想・再考Ⅲ 他者・死者たちの近代﹄を上梓︶︒

  ﹃明治思想家論﹄と﹃近代日本と仏教﹄が刊行された時のインパクト︵その斬新な視点と分析︶を︑評者は今でもはっきりと覚えている︒著者の近代仏教研究にエンカレッジされた近代仏教研究者︵評者を含む︶は多く︑その影響は今日に及ぶ︒

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家永三郎と戦後仏教史学Ⅴ  大乗という問題圏大乗非仏説論から大乗仏教成立論へ││近代日本の大乗仏教言説大乗仏教の実践││研究状況をめぐって終章  今︑近代仏教を問う  まず︑﹁序章 伝統と近代﹂では﹁近代仏教﹂概念が検討され︑日本の近代仏教の特殊性が明らかにされている︒著者はドナルド・ロペスとデヴィッド・マクマハンの研究を参照しながら︑英語圏の﹁近代仏教︵Modern Buddhism︶﹂︵ロペス︶︑﹁仏教モダニズム︵Buddhist Modernism︶﹂︵マクマハン︶の定義と特徴を紹介する︒しかし︑両者の関心の中心は欧米︵とくにアメリカ仏教︶にあるとして︑著者は欧米とアジア︵非欧米︶の近代仏教の相違を指摘する︒また︑二人の議論が﹁古典仏教﹂︵伝統仏教︶と﹁近代仏教﹂を二項対立的に区分するのに対して︑アジアではそうした区別をするのが難しく︑各地域での﹁トータルな運動として近代の仏教の流れを見るほうが適切ではないか﹂︵二一頁︶︑と提起する︒

  ついで著者は︑具体的な事例として日本を取り上げ︑日本における﹁近代仏教の重層性﹂︵二九頁︶を指摘する︒近代日本における仏教はロペスやマクマハンのいう﹁近代仏教﹂や﹁仏教モダニズム﹂の特徴もあるが︑その一方︑﹁葬式仏教﹂と呼ばれる形態が近代以降︑今日まで続いている︒近代の葬式仏教は前近代の遺物ではなく︑近代に再編された新たな仏教の形態  ﹃思想としての近代仏教﹄は︑﹁近代日本の思想・再考﹂全三作以後に発表された近代仏教に関する論考がまとめられた著作である︒以下︑本書の概要を紹介したうえで︑評者による若干のコメントを提示したい︒

二  本書の構成と概要   本書の目次は︑以下の通りである︒ 序章 伝統と近代Ⅰ  浄土思想の近代清沢満之研究の今││﹁近代仏教﹂を超えられるか?宗派の壁は超えられるか││曽我量深の﹁日蓮論﹂をめぐって迷走する親鸞││﹃出家とその弟子﹄考愛の求道者││倉田百三Ⅱ 日蓮思想の展開国家・国体と日蓮思想││田中智学を中心に世俗化と日蓮仏教││松戸行雄の﹁凡夫本仏論﹂をめぐってⅢ  鈴木大拙と霊性論大拙批判再考鈴木大拙における﹁日本的﹂と﹁中国的﹂││﹃日本的霊性﹄を中心にⅣ  アカデミズム仏教研究の形成仏教研究方法論と研究史近代における仏教辞典の編纂

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今村仁司の清沢研究を参照しながら著者独自の﹁清沢解釈﹂︵七一頁︶が示されている︒清沢満之ブームと言ってよいほどの背景には︑近年急速に盛んになっている近代仏教研究で清沢がキーパーソンと見られていることや︑清沢研究が﹁近代﹂や﹁仏教﹂への問いと結びつき︑﹁近代の行き詰まりの中で︑改めて清沢を新しい視点で読みなおせるかどうかという問い﹂︵四六頁︶があるという︒こうした問題意識から︑山本伸裕︑碧海寿広︑近藤俊太郎︑安冨信哉の研究︵評者の近代仏教研究も︶が俎上に載せられている︒

  著者は︑山本・碧海・大谷・近藤の研究を評価しつつも︑その方法論的な不十分点を指摘する︒また︑安冨の研究を紹介しながら︑近代的な﹁個﹂の確立に貢献した﹁近代の思想家﹂︵五八頁︶という清沢評価に異を唱える︒清沢に﹁近代を超えて︑今日の思想を導くような可能性﹂︵六〇頁︶を見出すべく︑今村の研究に着目する︒清沢の語りを﹁語りえないことを語る﹂仏陀学として理解する今村の清沢論を踏まえ︑後期︵精神主義︶の清沢は前期の宗教哲学の方法とまったく異なり︑﹁形而上学を否定することで︑心を見つめ︑現象学的な心の記述によって絶対無限者への到達を確認﹂した︵六六頁︶︒そうした﹁絶対無限者という不可避の他者﹂︵六七頁︶との出会いに︑清沢思想の今日的な可能性を見出している︒

  つづく︑﹁宗派の壁は超えられるか﹂では︑真宗大谷派の教学者・曽我量深が二十代終わりに著した﹁日蓮論﹂︵一九〇四年︶が取り上げられ︑宗派の壁を超えた仏教研究の可能性と課題が論じられている︒他宗派の宗祖を正面から論じた曽我の日 であり︑ロペスやマクマハンの規定では捉えることができない﹁近代仏教の別の側面﹂︵三〇頁︶として見るべきである︑との斬新な視点を提示する︒

  さらには︑近代の仏教寺院は檀家の墓を管理し︑祭祀を実施する役割を担うことで︑﹁近代天皇制国家の基盤となる家父長制を支える根本的な機能﹂を果たしてきたと指摘したうえで︑以下のように述べる︒日本の近代仏教は︑一方に近代的言説の中に食い込もうという﹁仏教モダニズム﹂的な言動と︑他方に再編された近代のイデオロギー構造の中で厳然として大きな役割を担うことになった葬式仏教的側面と︑その重層性を持つと見なければならない︒︵三四︱三五頁︶

 著者は︑言説・思想︵いわば上部構造︶と制度︵いわば下部構造︶の﹁重層性﹂にこそ︑日本の近代仏教の特徴を見るのであり︑こうした﹁巧妙な両面作戦﹂︵三五頁︶によって︑日本の仏教界は近代を生き延びることができた︑と指摘する︒

  くわえて︑日本近代の精神構造を︑﹁顕﹂︵現世的な法や道徳の秩序︶と﹁冥﹂︵霊的な世界の秩序︶を基軸に︑﹁顕﹂に関わる西洋近代︵法など︶︑儒教︵道徳︶︑﹁冥﹂に関わる神道︵天皇家︶︑仏教︵民衆︶からなる四重構造︵三三頁︶と捉えている点も重要である︒

  ﹁Ⅰ  浄土思想の近代﹂では︑清沢満之研究︑曽我量深の﹁日蓮論﹂︑倉田百三の思想展開が考察の対象とされている︒

  まず︑﹁清沢満之研究の今﹂では︑二〇一〇年以降の清沢満之研究︵と近代仏教研究︶が批判的にレビューされたうえで︑

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想は楽観主義的な予定調和=﹁個を超えたもの﹂であり︑この楽観主義的な予定調和に恋愛という個対個の問題が吸収されていく点に︑著者は﹃出家﹄の魅力を見出している︒

  ついで︑﹁愛の求道者﹂では﹃愛と認識の出発﹄︵一九二一年︑以下︑﹃愛と認識﹄︶を通じて︑倉田の思想展開が考察されている︒著者は他者論の観点に立ち︑倉田の恋愛論を異性という他者との関わりに着目して読解する︒その結果︑﹃愛と認識﹄に見られる倉田の思想変遷は強さと弱さ︑闘いと祈り︑絶対者との合一と隔絶という二項対立の間を揺れ続け︑それが後には強さの側へ向かい︑ファシズムへの道に進んだと結論づけられている︒

  次の﹁Ⅱ  日蓮思想の展開﹂では︑田中智学︑清水梁山︑里見岸雄の﹁近代日蓮主義の国体論﹂︵一四八頁︶︑松戸行雄の﹁凡夫本仏論﹂が論じられている︒

  ﹁国家・国体と日蓮思想﹂では︑智学の国体論は主流の国体論と大きく異なり︑仏教の立場を譲らず︑国体論そのものを解体しかねない﹁異端的な要素﹂︵一六三頁︶を強く保持していたという︒その根拠は智学の国体論の持つ重層性にあった︒﹁国体と法華仏教との重層は一元的な国体論と異なり︑一方で仏教を国家主義化する側面を持つと同時に︑他方で偏狭な国体論を脱構築し︑別の方向を開く可能性をも秘めていた﹂︵一六〇頁︶のである︒

 ﹁世俗化と日蓮仏教﹂では︑﹁仏教者の社会活動﹂︵一六九頁︶の教理的な裏づけとして︑松戸行雄の﹁凡夫本仏論﹂が検討されている︒プロテスタント的な﹁自己実現型宗教観﹂と松戸本 蓮論では倫理・国家と宗教の問題が検討されており︑世間の倫理を超える宗教の独自性として悪の問題を捉えた曽我は︑﹁日蓮に︑国家・倫理との妥協ではなく︑断固とした闘いを見︑また迫害による強烈な疎外=悪の自覚とそれが転じるところに絶大な仏力の顕現を見﹂た︵八九頁︶︒

  宗門に籠らない曽我の態度の総決算的な文章が︑﹁宗教統一の枢機﹂︵一九〇五年︶である︒村上専精の大乗非仏説論と仏教統一論への批判として執筆された本論では客観的な仏教統一論が否定され︑一つの立場から仏教統一を図ることが主張された︒これは︑宗派を超えて日蓮を論じた曽我の立場とは異なるものであり︑著者は﹁宗派の固定化を前提としない︑もっと広い視野に立って︑しかも第三者的客観主義でないような新しい仏教観﹂︵九二頁︶の必要性を提起している︒

  次の﹁迷走する親鸞﹂と﹁愛の求道者﹂では︑倉田百三が取り上げられている︒著者によれば︑倉田は大正期を代表する思想家・文学者だが︑昭和期には戦闘的なファシストに変身した人物であり︑明治から昭和までの思想史をつなぎ︑その流れを解明するのにもっとも適当な思想家だった︒

  まず︑﹁迷走する親鸞﹂では︑﹃歎異抄﹄をポピュラーにし︑人間親鸞のイメージを日本人に定着させた﹃出家とその弟子﹄︵一九一七年︑以下︑﹃出家﹄︶が考察されている︒著者は︑﹁個﹂と﹁個を超えるもの﹂という視座︵﹃近代日本と仏教﹄︑一〇頁︶を提示する︒近代日本でこの﹁個を超えるもの﹂を提供する役割を果たしたのが︑仏教であり︑倉田の場合︑それがもっとも典型的に該当するとされる︒倉田が描いた親鸞=唯円の思

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け取られたか﹂︵二〇九頁︶についても配慮することを強調している︒︵3︶でも大拙の真意を見極めると同時に︑それがどのように受け取られたのか︑とくに﹁欧米での受容という面﹂︵二一四頁︶にも注意を払う必要を説いている︒

  次の﹁鈴木大拙における﹁日本的﹂と﹁中国的﹂﹂では﹃日本的霊性﹄︵一九四四年︶が取り上げられ︑大拙の﹁日本的霊性﹂概念の根本が中国禅の解釈に基づいていたことが論証されている︒著者によれば︑大拙には普遍主義的な仏教の宣伝者とナショナリストの面が同居していた︵二二四頁︶︒こうした立場性が﹁日本的霊性﹂の捉え方にも反映していたという︒

  ﹁Ⅳ  アカデミズム仏教研究の形成﹂では︑日本仏教の研究史とその方法論の特徴︑近代の仏教辞典の編纂史︑家永三郎の仏教史研究が取り上げられている︒

 ﹁仏教研究方法論と研究史﹂では︑近代における仏教研究の形成期をめぐる問題︑明治から現代に及ぶ仏教学・日本史学の研究史︑その他の領域︵とくに近代における仏教思想︶の展開について詳述されている︒近代以降の日本の仏教研究の特徴は﹁単なる歴史研究に留まらず︑教理的問題と重層的になっている﹂点にあり︑この点は日本の﹁仏教学の特殊な事情﹂である︵二四八頁︶︒それが顕在化した最初の出来事が︑村上専精の大乗非仏説論だった︒﹁歴史においては大乗非仏説であるが︑それに対して教理においては大乗仏説が成り立つ﹂︵二四九頁︶という村上説はその妥当性が議論されないまま継承されるが︑それが鋭角的に問題化したのが︑二十世紀末の批判仏教である︑というのが︑著者の見立てである︒ 人に規定される凡夫本仏論は︑﹁近代的な世俗主義﹂︵一七七︱一七八頁︶という志向性を有し︑禅や密教的な思考とも共通点があることから︑﹁日蓮思想をより広い場に開放し︑新しい視点で仏教思想を考える道を開く可能性﹂︵一七九頁︶を認めている︒

 つづく﹁Ⅲ 鈴木大拙と霊性論﹂では近年の大拙批判の言説が検討されるとともに︑大拙の思想︵とくに日本的霊性論︶が再検討されている︒

  まず︑﹁大拙批判再考﹂では︑︵1︶初期の大乗仏教理解︑︵2︶戦争とナショナリズム︑︵3︶融通無碍な表現をめぐる大拙批判の言説が分析されている︒︵1︶については︑初期の英文著作﹃大乗仏教概論﹄︵一九〇七年︑二〇一六年翻訳︶の訳者・佐々木閑の﹁訳者後記﹂での大拙批判を手がかりに考察がなされている︒著者によれば︑大拙のいう大乗仏教とは日本のそれを意味していた︒﹃大乗仏教概論﹄の目的は︑大拙が理解した日本仏教の理論構造を明らかにすることであり︑﹁大拙の提示する大乗仏教は︑日本仏教の近代的解釈﹂︵二〇二頁︶だった︒その後︑大拙は禅があらゆる宗教の根底にあると主張するが︑大乗仏教や禅の普遍性を強調した点に︑著者は初期大拙の特徴を見出している︒

 また︑︵2︶は大拙研究の中でもっとも議論された論点であり︑著者は戦時中の﹁大拙の言動はやはりきわめて曖昧で︑誤解されやすかった﹂︵二〇七頁︶と指摘する︒大拙が個人の心情として戦争に反対だったことは事実だが︑それを表現するのに制約があり︑大拙の言動が﹁当時の情勢の中でどのように受

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特殊性があると指摘される︒それは最澄に遡るが︑﹁近代になって新たに構築されたところも少なくない﹂︵三四八頁︶として︑戦前の村上専精の大乗非仏説論︑戦時中の宮本正尊の大乗仏教論︑戦後の大乗仏教成立史が検討されている︒その結果︑﹁護教と時局という二つの課題﹂︵三六八頁︶が浮上した︒前者については﹁常に他なる立場がありうることを念頭に置き︑対話を通して︑自己の史観が反省され︑深められていかなければならない﹂︵三七〇頁︶と強調され︑後者については日本仏教の﹁倫理欠如﹂や﹁善悪の脱構築﹂︵三七二頁︶が問題化されている︒

  ﹁大乗仏教の実践﹂では︑最初に日本の仏教研究の特殊性が指摘されている︒日本の仏教学の目的は︑宗祖の教学の正統性を確認することと考えられてきたので︑文献研究︵とくに教理研究︶が中心で︑﹁生きた仏教への関心﹂︵三八〇頁︶は薄い︒しかし︑今日︑大きく揺らいでいる日本の仏教学の動向の中で︑著者は﹁実践﹂という視座を提起する︒

  今日の研究は仏教を教理や瞑想の心的世界に限定せず︑﹁儀礼や僧院の生活を含んだ実践の総体﹂︵三九二頁︶と理解する方向に進んでおり︑それは適切であると著者は評価する︒また︑研究者の研究と実践を二分化する傾向を問題視し︑現代の実践的問題に関わる仏教研究のあり方として︑社会参加仏教︵Engaged Buddhism︶を取り上げている︒さらに︑﹁大乗仏教を他者と死者という観点から読みなおすことができるのではないか﹂︵四〇一頁︶との独自の見解を提示する︒菩薩は他者関係を中核に置き︑死者の問題は大乗仏教の核心をなす︒﹁他  また︑仏教の歴史学的研究史で︑鎌倉新仏教中心史観から顕密体制論への推移が記述されているが︑前者の研究は近代の問題意識を過去に投影し︑それに合致する要素だけを取り出していたのではないか︑との批判を投じている︒﹁鎌倉新仏教中心史観のような見方が近代固有の問題意識から発しているとすれば︑近代仏教をどう捉えるかという反省がきわめて重要な問題となってくる﹂︵二七八頁︶との指摘は︑とても重要である︒

 ﹁近代における仏教辞典の編纂﹂では︑これまで研究が未開拓の仏教辞典の編纂史が通覧されており︑幕末の﹃蓮門字彙﹄︵一八五七年︶から︑現代の日本の﹃大正新脩大蔵経テキストデータベース﹄︵SAT︶と台湾の中華電子仏典協会CBETAの電子仏典まで紹介されている︒

  ﹁家永三郎と戦後仏教史学﹂では︑﹁鎌倉新仏教中心史観の代表的な指導者﹂︵二七四頁︶の一人︑家永の古代・中世仏教史研究が検討されている︒著者によれば︑家永のデビュー作﹃日本思想史に於ける否定の論理と発達﹄︵一九四〇年︶の﹁核心は︑現世の秩序に入りきらない問題をどのように思想史の中に組み込んで理解できるか﹂︵三四二頁︶にあった︒この点に︑近代合理主義にもとづく現世主義的な思想史の見方に対する大きな挑戦を見出し︑今日的な有効性を認めている︒

  ﹁Ⅴ  大乗という問題圏﹂では︑日本における﹁大乗仏教﹂概念の問い直しが図られ︑﹁実践﹂という新たな視座から﹁仏教﹂を見直すことが提起されている︒

 まず︑﹁大乗非仏説論から大乗仏教成立論へ﹂では︑大乗仏教の優越性を主張し︑差別化を図ろうとする点に︑日本仏教の

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盤となる家父長制を支える根本的な機能﹂を果たしてきたとの見解は︑著者の卓見である︒ただし︑惜しむらくは︑本書ではこうした日本の近代仏教の制度面︵下部構造︶が分析されていないことである︒それは︑著者の思想史的アプローチの制約によるものであろう︒著者は日本仏教の﹁実践﹂に注目し︑その死者論によって﹁従来の仏教言説から消し去られていた葬式仏教の再検討﹂︵四〇四頁︶を示唆しているが︑その検討作業は本書では十分ではない︵ただし︑﹁日本仏教の深層2  葬式仏教﹂末木・頼住光子編﹃日本仏教を捉え直す﹄放送大学教育振興会︑二〇一八年で論じられている︶︒著者が提示した日本の近代仏教の制度分析や構造分析は︑今後の近代仏教研究の重要な課題である︒

  次に︑︵2︶について︒著者は︑近年︑近代仏教が急速に注目されるようになった理由として︑﹁近代という時代が一段落して︑それを反省すべき状況になっていることによるのであろう﹂︵四一四頁︶と述べる︒また︑﹁近代仏教のさまざまな問題は︑狭い専門分野の枠に閉じこもるものではなく︑そのまま日本の近代のあり方を根本的に問いなおし︑そこから今の日本に再考を促す大きな問題につながる﹂︵四一八頁︶と指摘する︒こうした近代批判というモチーフは本書のみならず︑著者の研究を通底する問題意識ではないか︑と評者は考える︒そのために用意された本書での道具立てが︑﹁顕﹂と﹁冥﹂︑他者論・死者論であろう︒

  これらはすでに﹃近代日本の思想・再考Ⅲ  他者・死者たちの近代﹄で言及され︵他者論・死者論は﹃他者/死者/私││ 者の問題はそのまま社会参加仏教の問題につながり︑死者の問題は︑生者を超えた他者との連帯の可能性を開くとともに︑伝統的には︑従来の仏教言説から消し去られていた葬式仏教の再検討へと導く﹂︵四〇四頁︶と明言している︒

  ﹁終章  今︑近代仏教を問う﹂では︑近年の近代仏教研究の急速な盛り上がりが紹介されるとともに︑冒頭で紹介したように︑著者の近代仏教研究への取り組みが回顧されている︒また︑各章の概要がまとめられ︑本書は閉じられている︒

三  コメント   以上︑本書の概要を紹介した︒﹁近代仏教のさまざまな面に光を当てて︑その多様な問題を探ってみた﹂︵四一六頁︶︑と著者が述べるように︑幅広いテーマが取り上げられていることがわかる︒ここでは︑︵1︶近代仏教の思想史的アプローチの限界︑︵2︶近代批判というモチーフについてコメントしてみたい︒

  まず︑︵1︶について︒著者は﹁知識人の営為に光を当て︑思想という面から日本の近代仏教の諸相を見ていくことにしたい﹂︵四〇︱四一頁︶と述べ︑本書の基本的視座が近代仏教の思想史的アプローチであることを明示している︒しかし︑そうした思想的アプローチには限界があるのではないか︒著者が本書で示した分析や見解には学ぶことが多く︑とりわけ︑序章での日本における﹁近代仏教の重層性﹂の指摘は︑近代仏教研究︵さらに近代史や近代思想史︶にとって重要な成果であろう︒日本の近代仏教︵の葬式仏教的側面︶が﹁近代天皇制国家の基

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哲学と宗教のレッスン﹄岩波書店︑二〇〇七年に遡る︶︑さらに﹃思想としての近代仏教﹄上梓後に刊行された﹃冥顕の哲学 1  死者と菩薩の倫理学﹄︵ぷねうま舎︑二〇一八年︶︑﹃冥顕の哲学2  いま日本から興す哲学﹄︵ぷねうま舎︑二〇一九年︶で全面的に論じられている︒ただし︑﹃思想としての近代仏教﹄ではそれらの道具立てを用いた近代批判という論点が示唆はされているものの︑十分は展開されていない︒そのため︑著者の近代批判の言説の妥当性を検討するには書評対象本以外のテキストを参照する必要があろう︒しかし︑著者の道具立てだけに注目するのではなく︑本書で提起されている近代仏教研究の意義にも注意を払う必要がある︒﹁清沢研究は否応なく﹁近代﹂とは何であり︑その中での﹁仏教﹂はどのような意味を持ったのか︑という問いに結びつく﹂︵四六頁︶︒つまり︑﹁近代仏教﹂という対象を研究することが﹁近代﹂︵や﹁仏教﹂︶の根本的な問い直しにつながる︑という著者のメッセージをどのように受け取るか︑そのことが本書を手にした読者に問われているのだ︒著者の次の近代仏教研究の成果を心待ちしたい︒ 斎藤英喜著

﹃ 折 口 信 夫

││神性を拡張する復活の喜び││

ミネルヴァ書房  二〇一九年一月刊四六判  xx  +四〇〇+一〇頁三五〇〇円+税

安  藤  礼  二   折口信夫︵一八八七︱一九五三︶の営為は︑これまでどうしても民俗学や国文学︑つまり現在の儀礼の観察にもとづいた民俗学の視点あるいは過去の文献の読解にもとづいた国文学の視点から検討されることが常だった︒なぜなら折口の自他共に認める代表作︑全三巻からなる﹃古代研究﹄が︑折口自身の手によって民俗学篇︵二冊︶と国文学篇︵一冊︶に分類され︑刊行されていたからである︒しかし︑民俗学者たちから見ると折口の民俗学は過去の文献の読解︑つまりは国文学によって補強されてはじめて成り立ち︑国文学者たちから見ると折口の国文学は現在の儀礼の観察︑つまりは民俗学に補強されてはじめて成り立つものであった︒

  端的に言ってしまえば︑民俗学的な視点と国文学的な視点が一つに総合された折口の古代学とは︑学としての独立性と創造性をもたない折衷的で中途半端なものであった︒さらにその上︑参考文献を明記せず︑多くのものが口述筆記からなる論考のほとんどが︑学問的な検証には耐えられない詩人の直観にも

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