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頭蓋底に登生せる脊索腫の臨床的所見に撃て
東京女子馨學轟門學狡耳鼻咽喉科歌室璽塁 掛 下
玉
男
脊索腫は胎生時の脊索が残響組織として存在し、後年之より登生する腫瘍にして、從來文献に現れだ﹁る例 約,七〇例に過ぎす。從って臨淋上並に病理愚蒙極めて興昧多し。 該腫瘍は最初ミ塊9§氏により国oo︸5乙鐵。・嘗遂黒客○冨。・嘗曾068督貯屡として襲表せられ、爾來h蓉。。黛ぎ 遵二巴9§§bミミN馬3氏等の研究によりて愈興味を惹くに至る。特にN§寒晒氏は精細に研究して、頸推問 軟骨殊に第二頸椎歯歌突起、頭蓋底、鼠ミ§§ぎ簿氏斜言及び薦骨内に存する脊索より後年腫瘍として爽生す ることを説く。9寒§民は脊椎並に薦骨脊索腫を除き鼻咽喉科に關係せるもの\みを臨淋上槍下して、次の 四種に分類す。 斜皇脊索腫 Q嵩ぐ塁号。巳。日 鼻咽喉脊索腫 蜜8嘗鴛着σqΦ巴塁Oぎa。8 松果腺脊索腫 属蒼。嘗嵩貯霧9。乙。旨歯状突起脊索腫 ビ。簿錐舘O贈繧き露 最近鰐鳥島氏は数回に渉う手術せられπる震側目蓋扁桃腺癌患者の触岡側扁桃腺窩及び咽頭側壁に於ける 搬痕組織申に、後年脊索腫の磯生せるを報告す。之の揚合は脊索が第二頸椎騰より頸椎外側の結締組織内に 入り、更に咽頭粘膜下に侵入せるものなるを論ず。 斯の如く脊索腫には其登生部位種々あれども奄臨躰上の躍劉極めて困難なるのみならす、時として殆んど 不可能なりとせらる。今余が舷に報告せむとする一例に於ても馬典難生部位を確むる事容易ならざれども種 々の黙を綜合して、恐らく頭蓋底脊索腫に濁すべきものなるを信ず。 本例に於ける組織學上の研究に就ては前壁に於て病理學教室佐藤博士の精細なる報告あるを以て、余は輩 に臨林上所見に關し略述すべし。 從当盤咽喉科馨によりて報告せられ惣る脊索腫の例極めて説く.三音診断確定せらる\も野景不良なるも の多しQミ敷§憶氏は鼻閉を訴ふる一六歳の男子に於て.鼻咽腔上壁よら口蓋帆下端に搾る表面砂滑にして出 血なく、且非移動性腫瘍が脊索腫にして手術除去せるを報じ.O藷ミ馬亦咽頭後壁より登し鼻咽腔を瀾せる 腫膓を登見し組織學上の槍索によりて脊索腫なりしを墨ぐ。 bd恕ミ。§氏は種々の騰屡迫症状、右側親紳経萎縮階左側第三、第四並に第六麟紳経全麻痺、項部張直、鳴9黛謹謝 氏徴候を示せる三〇歳の男子に於て三年後死亡解剖の結果.松果腺附虹の脊索腫なるを説く。h庭藤氏は脊 索腫の診断から試験切片の槍査によbてのみ可、能にして.其の露置として手術不可能の併合は光線療法によ り、可能の揚合は頭蓋底外部の局所的除去すべきを主張し.何れにしても豫後不良なるを論ず。陶町、§§§ 馬の例は咽頭後壁に張く膨隆しπる一例にして.光線療法を叛し経過良好なうしと鶉ふ。且同氏は文献によ 掛下甘頭蓋底に養生せる脊索腫り臨床的所見に就て 型崩
掛下μ頭蓋底に獲庄ぜる脊索腫の臨床的所見に就て 七六 う得量る二五例の頭蓋底悪性脊索腫中、僅かに九例のみが手術せられ、しかも手術せちれπる葺合に於ても 所謂根治手術不能にして唯柔軟膠様腫瘍物質を多少掻把するに止まりしを雪ぐ。從って頭蓋部に登生せる悪 性脊索腫は直に手術すべきにあらずと論ず。 然れども魯紺蟻氏は松果腺部位に於ける脊索腫は手術により好結果あるを説く。本邦に於ては脊索腫に類 する文献稀有にして今日迄に報告せられだるもの僅に二例に過ぎす。太田義一氏は癌第一七年第四巻に於て 病理學上の精細なる研究を登表し、且﹁其成長が徐々にして長時日の経過を取り、昇る時期に急激に増大す る揚縁ある﹂を論ず。久保護躬氏は四一歳の男子に於て頭蓋底脊索腫を診断し得、手術後直に死亡せる一例 を磯表す。同氏の例は既に手術不可能の半泣なりしと云ふ。而して余の例は本邦に於ける第三例に属すべヒき ものなり。 患者 三十三歳の女子Q 初診 昭和四年一月十日。 主訴 右側鼻閉,右嗅畳減退、右鳥影障害、右耳難聴、閉塞威及び耳鳴。 家族歴 當時母親健在︵父は翌年胃癌にて死亡︶、父方叔母一人乳癌の槌め手術を受β托る者ある外祀父母 其他近親に悪性腫瘍患者なし。 既独症 從來健康にして著患なし。 昭和三年六月頃より右親力障碍を畳へ眼科⋮醤の診察を受く。 右O・五 親力 左○・九 然るに右覗力障碍翌々著しく、八月一二日右視力既に○・一、九月四日越・○二に進む。
血液雲量 フ氏愚管陰性なるもマイニッケ巽反鷹陽性にして、爾志充分なる騒徽療法を受く。 十一月初旬更に他の眼科讐を訪ひ受診。右能力既に指藪を辮ぜす僅かに明器を罷るのみにして,右親紳 純萎縮及び眼球突出症︵二・五欝琶︶あう。原因鼻咽喉科方面にあるものとして初めて鼻咽喉科警の診察 を得且X線盛挙撮影を動く。其結果瑚蝶骨或は筋骨部位に於ける疾患あるものと診断せられ、手術を勧 告せられしと云ふ。 春嵐 昭和四年一月十日余の初診當時の診察によれば、鼻面爾側共に清潔、右鼻腔は左に比し少しく狼小 なれどもよく開窺す。一般に鼻膣粘膜の加答兇症状を認むる外鼻鏡楡査何等の異擬なし。 叉下意、瑚蝶骨部位及び鼻腔後方に腫瘍を見す、後鼻鏡検査は患者過敏にして精査困難なり。咽頭口蓋 扁桃腺爾側共に申等度に肥大す。 喉頭 正常。 耳 雨側鼓膜漏濁陥没を示し.塵事への鼻翼は歓馬運開塞あ夢て熊かす。 X線寓眞を楡するに頭蓋底醐蝶骨前後幽幽爽起.鞍閲.土耳古鞍背の部分一般に高度の骨肥厚を示し、 且土耳古鞍背部の申央に跨り嬰かなる骨歓損を競る。又後頭前額面撮影によれば、右側鯖骨、上顎餐更 に鼻腔側壁に陰影を認め.頭蓋底醐蝶骨部よも磯生し既に飾骨.上顎甕に争うて存在する腫蕩を想傑し 尋?﹂り。 孝オー 以上の所見により頭蓋底腫瘍が漸次前下方へ進み更に鼻咽腔より鼻腔後上方に擾がり右眼球を突出せしめ 叉親古経を算置して煩型障碍を惹趨せるものにして魂胆後極めて不良なるを想ふ。然るに滅後約申歳患藩蝕 の外來を訪はす從って共四過に就て識る所なし。 掛下1一頭蓋底に螢生せる脊索腫の臨床的所見に就て 七七
掛下”頭継甑底に嚢生せろ脊索睡 の臨床的所見に就で㍗ 七八四 後日患者の言によれば昭和四年三月頃より右眼突出、親力障碍愈々甚しく五月に入り加之時々右眼三内に 張度の疹痛を感じ、且同時に右側顔面、頭部、舌部に麻痺威を畳ゆるに至る。 五月十七日 眼科に於ける視力槍査によれば右既に失明、左マ○。 六月下旬 に至り急に右側鼻閉を威じ且右耳閉塞感、難聴著しく更に右耳内搏動性耳鳴を聞くと鶉ふ。 七月六日 再び吾入の外來を訪ふ。 約一週日前より無謬閉特に著しく嗅畳減退愈々張し、然れども鼻出血、鼻内疹痛を馴せす、叉頭痛膓眩最 悪心、嘔吐を訴へす。診するに右側出離面一般に腫脹し右眼球突出側々烈し。右上眼瞼に離脈の怒張を見る 前鼻鏡検査によりて此時初めて鼻腔後方に當ら上方より下方鼻差に向ふ腫瘍を認め、潰息子にて探賀するに 明かに後鼻孔に呈す。後鼻鏡槍査によれば、約胡桃大の表面雫滑にして暗紅色を呈する腫脹ありて右後鼻孔 を全部閉塞し更に左後鼻孔の内興部に増殖するを見る。鼻咽腔亦発く腫瘍によりて満πされ其質揮力性軟性 なり。軟口蓋は右轡型、口腔に向って既に膨隆を示し、腫瘍の堅肥が周園に及ぶを罵る。而して此際注意す べきは嗅神経、硯紳経膣迫の葬歌を除き他の踏紳経歴迫の俄態を登見せざるにあり。帥ち上製の如く鼻鏡槍 査によりても明かに鼻腔後方並に鼻咽腔に腫瘍を認めだるを以て、試験切片を作製し病理學敏室佐藤教授に よりて腫瘍が脊索腫なる事を確め得πり。從って手術によbて腫瘍を除去すべきを勘めセれども,患者快諾 せす。止むなく時々外來を訪はしめ病症を観察す。 超へて十月豊頃より右顔面牛耳に時々張烈なる三叉三筋痛を畳え、最初は第一枝の範園に限局せしも漸麹 第二第三枝の全部に籏がる。爾右顔面皮層及び右鼻腔粘膜一般に知畳鈍麻及びビリーするが如き異常慮を. 伜ふ。かくて日を経るに從ひ紳輕痛轟々烈しくして夜間昏眠を得す、食思訣乏し苦痛極めて激烈なり。聾脅
明かに鼻聲を呈し右難蕪、眼球突出愈々著し。 聴力検査の結果は左に示すが如く中耳性難聴なり。 reohts Weber 1三nks ← 一 Rinne 十 一 Sehw 十 少しく短縮 K:n.leit 正 常 1 働 ,FLsp。 正 常 強く短縮 C 正 常 少しく短縮 F1臼4 少しく短縮 症状上述の如くにして. を想ひ決然手術除去を行ふ。 十二月十三日 局腱総轄の下にb§騨噛。義法によう右犬歯寓よう鼻梨子擬孔蓬縁迄贋く上顎璽前壁を難開し 且鼻腔側壁を除去して上顎餐内並に鼻腔後方の駿態を精細に槍査す。上顎萱後上方骨破壊して腫瘍既に贅門 並上方に侵入し、萱粘膜は一般に高度に嚢腫胱肥厚を示す.腫瘍は頭蓋底に嫁き新婦を有し暗紅色、卒滑、 弾力性軟性にして約鷲卵大、接鰯により容易に出血す。鼻咽腔全部.右後鼻平曲悉く腫瘍に満πされ飾骨蜂 窩後方も既に破壊せるもの\如し。右下、中甲介は腫瘍の中砂によりて高度に萎縮し、鼻革隔甚しく左方に 轡曲す。腫瘍は可及的其基底より切除せむと欲するも膠様物質にして能はす。終に運用勢刀並に鉗子を以て 掛下臼頭蓋底に襲生ぜる脊索腫の臨廉的所見に就℃ 七九 十月二十九興 前後鼻鏡槍査によるに腫瘍の増大愈々著しく右鼻腔後方燈く 腫瘍を以て充満⋮せられ、申甲介.下甲介張く申隔に三って二三せらる。轟中 隔亦右側へ強度の轡曲を來す。右口蓋扁桃腺及び其附近亦咽頭峡部に向ひ腫 心し右側軟昌蓋の下塗膨隆昌々現はる。 前述の三叉騨経痛愈々烈しく患者日夜苦悶すれども、依然頭痛、悪心、嘔 吐、眩量等の症駿を敏く。樹動眼、滑車.外旋、顔面、聴紳三等麟紳経の屡 迫症状更になし。又胸腹部其他に何等異常を認めず。松果腺腫瘍に來る症状 に就ては最初よら注意せしも全く登製する辱なし。耳茸、糖、蛋白を下す。 手術の時機既に涯延に過ぐるも.郵駅患者の希望あり且手術以外に救ふ方法なき
撰.下頭蓋底に機生ぜる脊索颯の臨床的所見に就て 八O 個々に除去す。取り出せる腫瘍は佐藤博士記載の如く﹁極めて柔軟膠様且出血性にして葡萄歌鬼胎に似πり﹂. 腫瘍基底把る頭蓋骨部叉甚しく破墨す。手術申出血烈しく繰車極めて困難なりしも、殆んど腫瘍全部を除讃 し得罷り。從って鼻腔、鼻咽腔既に極めて贋く、肉眼的には最早腫瘍を認むる密なし。かくて創腔には﹁ガ 7ぜタムポン﹂を施して手術を終へる。 術後心臓機能に何等異胱なきも張墨画の注射、内服及びリング膨氏液の注入を行ふ。然るに手術三隠問後 に至り患者高度の四肢倦怠、胸内苦悶を訴へ、且頭痛、悪心、眩畳あb。創部出血極めて勘なし。かくで賑 搏漸次微弱頻藪、呼吸殆んど停止して黙思の釈態に出る。再び強心当注射、人工呼吸、輸血等あらゆる方法 を書して後、症状漸次輕快するを得セり。其後患者盆々快方に赴き、特に術前長時日に渉りて極めて苦痛な うし三叉神経痛全く消失し、右眼球突出亦明かに減退す。爾來経過盆々良好にして、一ヶ月後に退院す。葡 して今日蓬経過を観察するも再婁の献更になく患者義軍の職業に就き極めて健康なう。 括 一、本盗に去て経験せる腫瘍は頭蓋底恐らく窺喝§§義解氏斜壷より駿生せる脊索腫にして極めて稀なる腫 瘍に鵬す。 二、本腫瘍の増殖は甚だ緩慢なる経過を取り、從って多年の問自儘的に何等の症得なく纏過し、或る一定の 時期に蓮して急に増殖し種々の徴候を現はすに至りしものなり。 三、初期症歌として嗅畳、親力障碍を凍πせしは解剖上よりも考へ得る如く、腫瘍が圭として前方に増殖し 嗅紳経、覗帥経を慶迫せるによる。
掛下論文附岡
四、術腫瘍の増大に從ひ後側方に進み三叉憩経を歴寂して該棘経よりの種々症状を惹起す。然れども三叉神 経よりも前内方に存在する動眼、滑車、外旋沸経に何等異獲を家たさざりしが如しq且又後外方に進みで 顔面、聴神輕其他の駆迫を招試せざるを注意すべし。頭蓋底言置の破壊は著しく、蕩蕩は遙むで鼻咽腔、 畠買膣迄塘大せるものなり。 五、手術摘出により本日迄一年有牢を経過して侮等再登の症歌なし。 終りに病理學敢室、外科學敏室諸氏に助力を得たろ事多く.謹んで謝意存表す。