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ll 川田俊昭

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Academic year: 2021

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(1)

﹁優れた体系は優れた歴史的根底を絶対に持たなければならない︒﹂

︵リスト﹃政治経済学の国民的体系﹄序文︶

リストの論理からすれば ー 現今の所謂﹁南北問題﹂の如きは︑︵甚だ奇妙な云い万であるが︶︑一民族︵内部︶

の南北問題︵ァ︶へその解決︑即ち一民族の政治的・経済的統一と独立︑従ってそのための強固な意志︑充分な努力

⁝⁝⁝自覚︑自発︑自力︑自主︑自助⁝⁝⁝自立︵新社会の創造 − ﹁停滞的な旧社会の破壊と生産力の発展﹂︶を

基礎としてこそ︑初めてその考慮に価するといわねばならぬ︒︵通念におけるが如く決してその逆ではない︶︒

従って又︑﹁民族統こ・民族独立︵リストの所謂﹁国民の独立と国民的統こ︶の基本問題を看過した当今流行

の﹁南北問題﹂なるテーゼ・問題意識乃至問題解決の如きは︑−経済的問題に限定してさえ−全くナンセンスで

ある︒所詮そのままでは︵一派のまさに主張する如く︶帝国主義的・植民地主義的であるとの茸も到底免れ難い︒

(2)

か 南

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に一義的に必要なのは決して援助ではない︒むしろ︒北︒

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9

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意識過剰の日本:::そろそろ色気を出し始めた中共:::その他)の余計な干渉

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純経済的分析を装い︑慈善

の仮面をかぶった・その実︒北

e

の利害からする新植民地主義的政策(所謂ヒモっき援助:::主権尊重︑不侵略︑内

政不干渉︑平等互恵・::::とはおよそ相反する)こそ︑却って

9

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止を後らしているのが偽り

ない現状である︑というべきであろう︒遠く以前︑斯様なケ

l

スについてリストは既に書いている︒

リシャから贈られた木馬を受取って以来︑他国民から贈物を受けるということは︑国民にとってば考慮すべき事柄に

なっている︒イギリス人は莫大な価値を持つ贈物を保護金という形式で大陸に与えたが︑大陸の諸国民はそれに対し

て生産力の損失という高価な支払いをなしたのである︒これらの保護金は︑輸出奨励金と同様に︑イギリスの工場に

利益を︑ドイツの工場に不利益を与えた︒仮に今日イギリスがドイツに対して幾年間かその需要するすべての製品を

無代価で提供すべき義務を負担しようとしても︑我々は斯くの知き申し出に応ずる様に勧める乙とは出来ないであろ

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木訳(勤草書房版)ニニニ頁︒

そして︑斯かる一方の立場のみからする・相手国民の独立乃至個性を閑却した││南北問題の志向する﹁国際経済

統合﹂︑その帰結は︑リストの目標たる﹁世界連合﹂︑或は

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﹁剣が荷萄を摘む小万に鍛え直される﹂自に来る

ーーー(リストと諮を一にする)カントの所謂﹁世界公民﹂巧巳手口円向︒同の立場とは︑似て全く非なる﹁帝国主義的国

際分業﹂︑﹁帝国主義の植民地的体制﹂そのものに他ならない︒夙に︑﹁社会主義国際分業﹂を強調するソヴィエト

(

)

の経済相互援助会議︑所謂﹁コメコン﹂を通じての衛生国支配(社会主義大国の植民地主義)の野蛮は︑まさにその

(3)

(

)

典型の一つである︒チェコやルーマニア・::::ユ

l

ゴスラヴィア︑アルパニア:・:::或は中共に︑次の如き(リスト

の論理そのままの)反逆の論理の生れる所似である︒﹁経済の運営機能を一国から超国家的な組織乃至機構に移すこ

とは︑社会主義国家間の関係に関する原則に合致しない︒開発途上にある国々の経済問題の解決策は︑真先にその園

内にある可能性を利用することに関っている︒:・:::社会主義建設の形態と方法を作成・選択・是正する乙とは︑各

社会主義国の権利であるこ﹁完全な平等︑互恵︑同士山的な援助という原則

ji

もし︑これらの基本原則を否定し︑

﹃国際分業﹄とか﹁専門化﹂とかの名目で︑自己の意思を他人に押付け︑他の兄弟国の独立と主権を損い︑他の兄弟

国人民の利益を損うなら︑それ乙そ大国排外主義に他ならない︒﹂﹁もし資本主義国の相互関係の中にある他人に損を

させて自分だけが得をする様なやり方を︑社会主義国の相互関係の中に持込み︑更には独占資本グループが市場の争

奪︑利潤の山分けのために設けた﹁経済統合﹄とか﹁共同市場﹄とかいうものを︑社会主義諸国の経済の相互援助と

協力の手本にしてもよいとまで考えるなら︑これほど馬鹿げたことはない

D

﹂ーーソヴィエトの﹁社会主義国際分業﹂

が﹁新植民地主義理論の一変種﹂と(中共に)非難される所似である︒アメリカとソヴィエト

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帝国主義の新しい

ニ形態!

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リストは既に斯かる意味での帝国主義.(植民地主義)の出現(の危険)を予知していた︒日く︒﹁たど一国民の

優越せる政治的勢力︑優越せる富から庄れ︑従って他の諸国民の征服と隷属との上に基礎を置く世界連合は︑すべて

(4)

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I 、

の国民的特質とすべての民族問の競争とを消滅せしめるであろう︒それは独立と高度の富波ぴ政治的勢力の獲得をも

ってその使命と感じているすべての国民の利益及び感情と衝突する︒それは既に一度中仔在したロ

l

マ人の誌みを繰返

すに過ぎない︒ただ昔は冷やかな剣によって遂行された代りに︑今は工業と商業との援助によって行われるが︑しか

(

)

しそれだからと言って野蛮への逆転でないわけではないこカント的語法を用うれば

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は決して北の手段た

9

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は本来自由である︒﹁我々は根深い革命に直面している︒乙れは下積の人間るべきではない︑という意味で︑

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・リップマン)

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更に︑リストが(汎ヨーロッパ的見地から)今日の南北問題││それは実際善にも悪にも利用し得る

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た発想を当時既に読みていたことも︑特筆さるべ︑きであろう︒

国民もしくはその文化が退歩しつつある諸国民の開発並びに植民地の建設が︑文明国民にその生産力の発展に必要な ﹁あらゆる文明国民中の優れた人達は︑末開又は半開

領野を提供するものであり︑そしてζの領野たるや︑戦争及び貿易政策による相互の敵対に比して︑比較にならぬ程

県富確実な果実を約束するものであるということを︑官及び工業の性質をよりよく洞察することによって確信するに

至った︒この認識が深くなればなる程︑又運輸機関の進歩によって非文明諸国が文明国民に接近することの容易にな

ればなる程︑文明国民は末聞の諸国民或は園内の無政府によって分裂させられ又は悪政府によって圧迫された諸国民

を開発する乙とが︑彼等のすべてに同等の利益をもたらす使命であり︑彼等すべてにとって共通の使命であり︑それ

はただ彼等の結合によってのみ果され得る使命であるということを︑ますます洞察するに至るのである︒あらゆる諸

国民の開発即ち地球全土の文明化が人類の使命であるということは︑文明諸国民をしてその生産諸力を文化の劣った

(5)

諸国に不可抗的な威力を以て移譲せしめると乙ろの彼の不変の自然法則から見て︑明かである︒至るところにおいて

我々は︑人口︑精神的諸力︑物質的資本が文明の影響の下に増大し︑必然的に文化のより低い諸国に氾濫して行く高

さまで達するのを見るのである︒

ji

物質的資本の集積の結果として︑利率が低下し比較的小さな資本家が最早そ

れによって生活するζとが出来なくなれば︑これらの資本家は比較的豊かでない諸国においてその資本をより有効に

(

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OO 頁 ︒

4

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eである︒どこかの国の様に只管他人の懐をあてにし︑不貞寝と消耗に明け暮れ︑やたら人口

(

)

を増やす(のを宿命とする)ばかりが我々の能ではない︒彼等には(広い意味での)教育こそ勘要である

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一寸

労働能力の養成と

ji

企業心の覚醒﹂乙そ必要である︒いわば︑斯かる実施の手初めにおける過程

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それこそ﹁

( 註 二 )

自らの努力﹂による工業力の育成である︒﹁国民の力と独立とは︑工業に立脚する︒﹂﹁文明と勢力とは::::・たに自

国工業力の培養によってのみ獲得され︑保持されるものであるということ︑地球上の最も文明的な且つ最も強力な諸

国民の間に伍して優位を占め︑乙れを保持すべき任務を持つと自覚する国民は︑この財産を坐ずべき条件を手に入れ()るためには如何なる犠牲をも辞すべきではないよ

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(6)

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﹁政治的・経済的国民統こ││﹁経済的統一は:::政治的統一の前提であり又基礎である︒﹂﹁国民が紡績業にお

いて︑毛織物業において︑更に生活必需品工業のすべてにおいて一つとなる時︑それは又︑政治においても一つにな

(

)

ることを欲するであろう︒﹂﹁それ故にその国民の独立と存続とを尊重するあらゆる国民は︑出来るだけ早く低位の文

化状態からより高位のそれへ移り︑出来るだけ早く農業・工業・航海業及び貿易を自国の領土内に統一しようと努め

( 註 一 ニ

)

なければならないよ﹁国民的統一なく又国民的分業と生産力の国民的結合なくしては︑その国民は決して高度の幸福

(

)

と勢力とを得られやす︑又その精神的・社会的及び物質的の財の永続的所有を確実にしないであろう︒﹂

O頁 ︒

(

)

今日︑北ベトナム︑ベトコン︑換一一目すればベトナムが求めているのは(その直接の動機が如何であれ

)il

政治的

には︑ベトナムの全体としての独立︑民族独立乃至民族自決(国家統一││﹁国民の統一が永続的な国民幸福の根本

(

)

条件である﹂)︑経済的には︑(主に国内市場開発を前提とした)工業化乃至工業立国︑即ち北(工業

ll

北部は人

材のみならず鉱産物︑石炭の類に恵まれている﹀を主に南(農業││集約農業のための農地改革を前提とする)を従

(

)

とする自給自足経済圏乃至アウタルキーの形成(自立経済)︑という乙とが出来よう︒

(7)

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)

﹁諸工業力がその領土内の全部門に亙って最高の域にまで発達し︑且つその領土と農業生産とが工業人口に対して︑その

必要とする生活資料や原料の大部分を供給するに足る程の大きさの国民は︑最大の生産力を所有し︑従って最も富裕な国

(

O頁︑訳二二九頁)││アメリカの場合は︑まさにその典型であろう︒或は言う︒﹁

(

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Z 三宮口)は︑共通の言語と文学とを有し︑種々の資源に富み︑広大にしてよく整った

領土と大なる人口とを有している︒良業・工業・商業及び航海業は︑ここでは均等な発達を遂げている︒芸術や科学・教

育施設や普通教育は︑物質的生産と同じ高さにある︒定法・法律及び制度は︑その所属民に高度の安全と自由とを与え︑ー

宗教心・倫理及び幸福を促進する︒即ち一言でいえば︑市民の福祉を目的としている︒それは︑その自主及び独立を防衛

し︑その外国貿易を保護するに足る陸海軍を擁している︒その国民には︑後進諸国民の文化に働きかけ︑自国の過剰人口

と粕神的及び物質的資本とを以って植民地を建設し︑新しい国民を生み出す力が具わっているよ(前掲書︑二一O

)

(

)

﹁国民の福祉が強固な基礎の上に立つためには︑::::・﹁工業家は農業家の横に腰を据えねばならない︒﹄﹂

(

)

的生産における作業の最高の分割及び生産諸力の最高の結合は︑農業と工業とのそれである

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﹂﹁工業と農業との同時

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年九月に開催されたベトナム労働免の第三回全国代表大会は︑工業化路線を決定して日く︒

O

﹁均衡のとれた近代的社会主義を建設し︑重工業を基礎として工業と農業を調整し︑合理的な万法で重工業の発展を

優先させ︑同時に農業と軽工業を発展させて我々の後れた農業国を近代的な工・農業国に改造する︒﹂﹁国民経済のこ

れら二つの碁本的部門を

a平行して共々に発展させることは︑急速な社会主義的工業化のための必須条件であるこ﹁国

民的分業と生産諸力の国民的結合﹂││リストにおいて農業と工業とはまさに﹁二本の軸﹂であった︒

との完全な均衡を保った国内的な育成﹂こそ︑彼の所前﹁分業﹂における主要関心事であった︒ ﹁工業と農業

後進国における自由︑その諸条件

(8)

前掲書︑一九六頁︑訳二三五頁︒

(

)

ベトナムの場合︑商業(殊に問屋・卸売業)を!i農業・工業の場合同様││他国人︑殊に華僑の支配から解放す

ることも一つの重要なテ

l

マとなるに違いない︒﹁歴史の伝えると乙ろによれば︑国民が自国の工業並びに有力な産

業家及び商人階級を養成して︑その精神的・経済的及び政治的独立を確保すべき重大なる使命を適当な時期に呆し得

(

)

なかったがために︑国民を挙げて滅亡するに至った例さえもある︒﹂﹁生産諸力の均衡又は調和﹂││l﹁国民的規模に

おける分業及び生産力の結合が行われるのは︑その国民における精神的生産と物質的生産とが正しく釣合っている場

(

)

合︑又その国民の農業・工業及び商業が均等的且つ調和的に発展している場合である︒﹂

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頁 ︒

前掲書︑五一頁︑訳六

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我日本でもその本領を発揮しつつある最も商人らしい﹁商人﹂││華僑!

をも輸入する︒彼は阿片と火酒とであらゆる国民の神経を麻庫させる︒彼がその輸入及び密輸入によって︑何万とい

う人聞に職業や生計を与えているか︑或はそれによって彼等を乞食の境涯に陥れているかは︑彼の差引勘定がそれに アジアのユダヤ人!

よって儲かっていさえすれば︑商売人としての彼には何の関係もないことである︒:::彼等は戦時には敵に武器弾薬

を供給する︒彼は︑もし出来ることならば︑畑や草地をも外国に売り飛ばすであろう︒そして土地の最後の一片を完

(

)

ってしまったならば︑自らを船に乗せて︑自分自身を輸出するであろう︒﹂東南ア諸国の産業

l!

農業(例えばタイ

に巣喰う華僑(中共の尖兵であるかもしれない彼等!)の現住民からの二重三重の搾取︑そして支配!の米作)

(9)

(

)

﹁工業や農業の利益を商業の要求に応じて全く自由な運動に委ねるというこの顛倒:::︒﹂

O頁 ︒

前掲書︑二八O

﹁商業は農業や工業の利益と必要とに応じて規制すべきもので︑その逆ではない︒:::商人が彼の目的たる交換に

よる価値の獲得を実現し得るのは︑矢張農業家と工業家との御蔭であり︑生産諸力の︑否!

(

)

::

国民の独立不鵠の御蔭

リストは(マルクス同様ーーというよりマルクスに先んじて)商業を工業(又は農業)の発展・延長

( 註 二 )

上に見ている︒﹁工業が商業発達の基礎である︒﹂しかもリストの場合︑(マルクスの産業資本と商業資本との関係に

おけるが如︑き臆測に基いた論証ではなく)︑極めて現実的・現代的センスによる商業︑就中生産者商業の把握がある︒

即ち︑それ││﹁つくるよりは売ることが難しい﹂というそれ

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所謂我々が今日﹁マーケティング﹂と呼んでいる

もの︑殊に近代的マーケティングの系譜を形成する(と私は考えている)││マーケティング・ミックス︑

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ド流にいえばニュ

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・マーケティング)とィング・コンセプト︑更にはマーケティング・システム

いうマーケティングの本質乃至マーケティングのテ

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マの今目的展開を︑砂くとも問題上そのすべてといってもよい

(可能性)を︑彼の天才的直感は当時既に予測していた︒﹁工業家はその業務経営により互に引寄せられて︑た

だ社会の中で︑社会によってのみ佳き︑ただ流通の中で︑流通によってのみ生活する︒:::工業家の繁栄と生荘とは

主として流通に基くのである︒:::工業家の生存は彼の顧客を基礎としている︒原料や生活必需品や賃金や商品や貨

幣の価格は絶えず変動する︒工業家は決して自己の利益がどうなるかを明確には知らない︒自然の恩恵も平常の活動

も︑彼に対しては︑農業家に対する如く生在や繁栄を保証してはくれない︒これは二つながら全く彼の見透しと彼の

O

(10)

O

活動とに懸っているのである︒:::貧窮に陥らないためには︑富裕となるよう努力しなければならない︒彼が他人よ

りもいくらかでも速く進めば繁栄に向い︑ぐずぐずしていれば没落は必定である︒彼は絶えず売買し︑交換し︑商売

しなければならない︒至る所で彼は人間や変り易い状態や法律制度などと接触しなければならない︒彼は農業家より

も百倍も多く判断力を作りあげる機会を持っている︒工業家は事業経営の能力を養うために︑他国の人間や土地を知

らなければならない︒:::工業家の流通はあらゆる国々︑世界各部にまで伸びてゆく︒:::彼の生在と繁昌とを絶え

ず脅かす競争者の不断の競争とは︑工業家にとって絶えることなき活動︑倦むを知らぬ進歩へと駆り立てる鋭い拍車

である︒幾千という実例が︑人は抜群の寄与と努力をすれば最も低い裕福名望の位置からでも社会の第一流の階級に

出世し得ること︑反対に︑遅鈍と不注意によって最も尊敬された階級から最も低い階級へ転落する場合もあることも

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彼に示している︒﹂

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(11)

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リストにとって︑経済学は単なる(絵空事の)経験科学というより︑痛切なる実感の学乃至(ゴットル流にもじれ

ば)﹁体験の学﹂であった︒﹁アメリカ人においては︑常識と国民にとっての必要物の感知とは︑理論の論証に対す

る信仰以上に強力であった︒彼等は理論家の議論を根本的に討究し︑その信奉者さえち決して遵奉しようとしなかっ

(

)

た学説の完全さに対して強い疑惑を抱くに至った︒﹂││乙れ乙そ︑むしろリスト自身について言えることなのである︒

況して︑現実感覚や現実洞察から程遠い︑一定の図式を基にした机上の﹁プログラミング﹂・卑俗極まる﹁算術﹂

( )

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︐﹁至るところ価値のみを眼中に置き力というものを何処にも顧慮しない﹂││は︑(プチな人聞にのみ相応しく︑

﹁大国民は専ら眼前の物質的利偏見なき偉大なる直感と洞察力の持主たる)

( 註

一 二

)

益のみに目をつけてはならないこ リストとはおよそ無縁の代物であった︒

( )

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リストの﹁学派﹂批判は︑恰も︑ケインズの﹁古典派経済学者﹂批判││﹁古典派経済学の諸条件旬︒丘三巳

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(12)

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の批判

1

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と共通のものを有している︒批判の相手を特殊として含むより一般的な理論の提示

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(

)

典派理論の諸条件は︑一つの特殊な場合にのみあてはまり︑一般的な場合にはあてはまらない︒﹂﹁自由貿易の原理:・

・:乙の原理がすべて真理であるのは︑あらゆる国民が相互に自由貿易の原理に従うこと︑恰も彼の諸地方が相互にこの

原理に従うが如︑き場合にのみ限られるよしかも両者共に(前者に生産力効果︑後者に所得効果の相異はあるが)

批判の相手は︑自由主義の﹁学説﹂││自由の条件を忘れたーーである︒﹁学派は︑生産力の性質を究めず︑諸国民の

( ) ( )

状態をその総体性において把握しない

J

﹁国民の対外貿易は︑個々の商人のそれの様に︑徹頭徹尾価値論(価格効果︺

に従って︑即ち物質財の目前の利益のみを顧慮して︑判断されるべきものではない︒国民は︑この場合には︑その国

(

)

民の現在並ぴに将来の杏立・繁栄及び勢力を条件事つけるかのあらゆる状態を顧慮しなければならないよっ::::即ち

科学や芸術が発達しているか︑公の制度や法律が宗教心・道徳心及び知識を︑生命及び財産の保証を︑自由及び正義

を生み出すか︑国民中に物質的幸福のあらゆる要素︑即ち農業・工業・商業が均等に且つ調和よく発達しているか︑

国民の勢力が充分に大で代々個人に幸福と教養との進歩を保証し︑又個人をしてその国内の自然力を残すところなく

(

)

利用せしめ得るのみでなく︑更に外国貿易や植民地領有によって諸外国の自然力をも利用せしめ得るか否か︑:・:::︒﹂

﹁ 古

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参照

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