西 独 銀 行 の 対 外 進 出 と
ル クセ ン ブル グ金 融 市 場
大 矢 繁 夫
は じ め に
近年,金融 の国際化現象 が著 しく,先進諸 国 の銀行 の国際化 ない し多 国籍銀 行 につ いての実証的 な研究 も新 たに進 め られつつあ る1)。 この銀行 国際化 の把 達 に際 し,最近 におけるその主要 内容 を,例 えば もっぱ ら多 国籍 企業 との関わ りの中 に兄 い出 し, その展 開 に付随 す る, ない しはそれ と表裏 をなす もの と し て捉 え る場 合,銀行 国際化 な る事 態 も1960年代後半 も しくは70年代以 降 に固 有 の新 しい現象 と して理解 す ることも此軟 的容易 といえ るか も知 れない。 しか しなが ら,銀行 国廉化 の内容 は,多 国籍 企業 に付 き従 うとい う点 ばか りではな く,他面 で はいわば銀行 の 自律 的 な対外進 出 とい う面 を も持 つ と考 え られ るの で あ り, この点 を考慮 して銀行 国際化 を捉 えよ うとす るとき, な お理論的整理 が, す なわ ち,銀行 の多様 な国際業務 のどの部面 が どの よ うな理 由か ら現在 の 主要 な もの とな ってい るのか, そ してそれが いかな る意 味で新 しい といえ るの か, とい うよ うな理論的整理 が必要 であ ると思 われ るので あ る2)。
1)従来,国際金融の 研究領域に おいては,外国為替や 国際通貨問題等は取り扱 われても銀行の国際化そのものについてはあまり論 じられてこなかったといえる が,最近の閲下稔他著 F多国籍銀行』 (有斐閣,1984年) は銀行の 「活動部面の 多国籍化」を初めて正面から本格的に取 り扱った研究書 といえる。その他に,普 とまったものとしては,国際銀行業の多様な姿を歴史的に明らかにした布 目実生
『ユーロ・バ ンキング』(日本評論社,1980年) 等がある。
2)銀行の国擦業務 ・対外進出形態を主要なものだけ挙げてみても,例えば次のよ うなものがある。貿易金融,それと結びついたコルレス網の拡充とその補強のた めの代理店や支店の対外設置,多国籍企業の進出に伴いそれへの種々の金融サー ビスを提供するための在外支店等の拡充,コンソーシアム・バ ンクの形成,銀行の
̲100‑
第1表西独銀行の対外進出状況(1979年末) 銀行名 Asien‑PazはkBank BadischeXommunaleLandesbank Bank畑rGemeinwirtschaft Bayer.Hypotheken‑undWechselbank BayerisclleLandesbank BayerischeVereinsbank BerlinerBank BerlinerHandels‑undFrankfurterBank Commerzbank DeutscheBankl) DGDeutscheGenossenschaftsbank DeutscheGirozentrale DeutscheVerkehrskreditbank DresdnerBank2) European‑AsianBank 近東 アフリカ
中東,極東 及びオース トラリア ;iI̲萱;
凪 岸 渚 ff0教学除圧t)I,9舟ヾ7+JL,9+紗酔功煎
GeorgHauck&Sohn HessischeLandesbank lbero‑AmerikanischeBank lndustrie‑undHandelsbank LandesbankRheinland‑Pfalz LandesbankSchleswig‑Holstein M.M.WarburgBrinckmannWirtz&Co. NorddeutscheLandesbank Trinkaus&Burkhardt SaLOppenheimJr.&Cie. Schr6der,Mtinchmeyer,Hengst&Co. Vereins‑undWestbank WestdeutscheLandesbank WもrttembergischeKommunaleLandesb. 計l一口22113112122113140181241315142I中I411711日 I I l 一 I I I 5
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12
9 1 6
注:Rは代理店,Fは支店,Tは子銀行,Bは10%以上の資本参与を示す。 1)Deutsche臼berseeischeBankを含む。 2)Deutsche‑SiidamerikanischeBankを含む. 出所:HansE.BGschegen,"ZeitgeschichtlicheProblemfelderdesBankwes9nSderBundesrepublikDeutschland," inDeutschenBankengeschichie,Bd.ⅠⅠⅠ,1983,S.396.
凪好港却㊦達筆除djt)Ug古 ヾ7+JL,9.秒‑&fF痴 ‑ )())‑1
‑ 102‑ 西独銀行の対外進出とルクセンプルグ金融市場
小塙 は,銀 行 国際化 をめ ぐる上記 の よ うな問題 関心 に基づ くもので あ るが, さ しあた って は, 戦後 にお け る西独 銀行 の対 外進 出の具 体 的過程 を追 って み よ うとす る もので あ る3)。 その際,主要 な関心 は, この過程 の現在 の到 達点 で あ る と考 え られ るル ク セ ンブ ル グ所在 子銀行 の活動 に向 け られ る。
Ⅰ 西 独 銀行 の対外 進 出の発 展
第1表 によ る と, 1979年末 現在 にお け る 西独 銀 行 の 対 外進 出状況 は, 代理 店 (Reprasentanzen)98, 支店 (Filialen)71, 子鍍行 (Tochtergesells‑
chaften)51,10%以上 の 資本参 与 (Beteiligungen)が83とな って い る。
これ らの種 々の形 態 で の対 外進 出 は, それ ぞれ固有 の 目的 を持 つ もので あ り,
自律的対外進出の様相の濃い在外子銀行の設置等。これら多様な形態での国際業 務 ・対外進出は,一般的にいえば,内外における銀行間の競争に促迫されて展開 するわけだが,どのような段階でどの形態が特徴的なものとなるのか,といった 整理が必要であるように思われる。この点に関し,関下他 前掲書が,各国銀行 の国際化の具体的背景 ・事情を分析 しているが,銀行の国際的業務についての理 論的呈示は村岡俊三教授が早 くか らこれを行 っている (村岡俊三 『マルクス世界 市場論』 〔新評論,1976年〕第2章, 同 「各国語資本の金融的相互依存について」
〔東北大学 『経 済 学』139号,1981年〕 参照)。村岡教授は,世界市場 とい う論 理次元では銀行は複数国に跨って措定 されるとし,銀行の多様な国際業務の在 り 方を中心国籍銀行と非中心国籍銀行に大別 して規定 されているが,それはいわば 原理的規定 といえるのであり,このような理論的呈示 も踏まえ,どのような業務 部面がどのような局面で前面に出て くるのか,とい う整理がさらに必要 と思われ るのである。
3) 戦後の西独銀行の対外進出を扱 った研究は数少ない。 最近のものとしては, Hans E.Biischgen,"ZeitgeschichtlicheProblemfelderdes Bankwe‑
sensderBundesrepublikDeutschland,"inDeutschenBankcngeschichle. Bd.TIT,1983,0swaltHahn,"Auslandsausgerichtete Bankensysteme,"
DieBank,ZeitschrififilrBankタoliiik und Bankbraxis,M註rz1984,山村信幸
「西 ドイツの大手銀行に見る国際化の要因」 (日本長期信用銀行 『調査月報』169 号,1980年5月), 奥田宏司 「西 ドイツ諸銀行の国際化」 (閲下地, 前掲書,所 収)がある。なお,第1次大戦前の ドイツの銀行の国際化,対外進出を扱 ったも のに居城弘 「ドイツ金融資本 と国際的信用制度の展開」 (‑), (ニ) (静岡大学
『法 経 研 究J黄 30巻1号, 1981年, 第30巻3・4号, 1982年), 赤川元章
西独銀行の対外進出とルクセンプルグ金融市場 ‑ 103‑
並列的に行われたのではな く一定 の発展過程 を持つ ものであった, とす ること がで きる。以下では, まず, この発展過程 を概観す るo
1.コルレス主義
第2次大戦の敗北 によって, ドイツの銀行の海外拠点 は清算 され,その資産 はほとん ど押収 され, したがって戦後 における西独銀行の対外進出は改めてゼ ロか ら出発せねばな らなかった。西独銀行 の対外進 出は, さしあたって,外銀 との旧来の コル レス関係 を再建す ること,及び外国の新たなパ ー トナーを獲得 す ることに限定 された。そ して コル レス関係を強化す るために代理店が設置 さ れたのである。代理店は,固有 の銀行業務 を営むのではな く,設置先諸国の コ ル レス関係 にあるパ ー トナーとの 「得意先」 ("Good‑will'')関係 を 維持 ・育 成す る, という目的を持つ ものであった4)0
1950年代 において, すでに米銀が, 支店設置や 資本参与 によって対西独進 出を行 っていたに して も,西独 の銀行 は, それに対応す るような行動 はまだ適 切 でないと考えていた, という5'。 西独銀行 による 代理店設置 の 最初の もの 紘,1952年 におけるDresdnerBankによるイスタ ンブールでの開設だった。
続 いて,他 の西独金融機関によって多 くの代理店が設置 され ることになった。
それ らは, ほとんど開発途上国に限 られ ろものだったoま もな く, このような 代理店は,上記 のような コル レス関係 の維持 ・育成 という当初の目的の他 に, さらにその活動 を発展 させた。それは,対外直接投資 を望む西独企業 に対 して, 進出先 に関す る助言や情報を与え る, という活動であ り, また,本国顧客のた めに取引関係を媒介す る, というものであった6)。
西独金融機関 の対外支店設置 は, 1960年代 前半 に 生 じた。 まず,1958年 に Deutsche‑AsiatischeBankがホンコソに,60年 にはDeutschetJber‑
seeischeBankがヴェノスアイレスに支店を開設 した。 続 いて, 海外銀行7)
「第1次大戦前におけるオリエント諸国とドイツの経済的諸関係」(『三 田商学研 究』第26巻2号,1983年)がある。
4) BGschgen,a.a.0.,S.387. 5) Ebenda.
6) Ebenda.
‑ 104‑ 西独銀行の対外進出とルクセンプルグ金融市場
の親銀行 など多 くの金融激闘が開発途上国に進 出 した。ただ し, これ らは主 と して, 自行の支店設置ではな く,開発銀行や金融会社への資本参与 とい う形態 を取 った。だが,資本参与 といって も, それはわずかの持分であ り,西独 の銀 行が独力 で決定的影響を及 ぼ しうるような ものではなか った。結局,この時期 における支店設置, あるいは資本参与 という形態での進 出は, 全体 と してな あ コル レス主義の枠 内に留 まるものであった. といえるのである8)。
2.対外進 出の積極化
西独銀行 の対外進出は,1960年代後半か ら新 しい 段階 に入 ってゆ く。 すで に1963年 に,DeutscheBankは,Amsterdam'schenBank(後の Ams‑
terdam‑Rotterdam Bank), イギ ])スの MidlandBank, そ して Societe
GeneratedeBelgique(後 のSocieteGeneraledeBanque)と協力協定 を結 び, ヨーロッパ諮問委員会(EuropaischerBeratungsausschuB)を創設 していた。 それは,相互 の助言や経験交流を強化 し,共 同で経済分析 を行 い, また,大規模な国際的金融のための基盤 をつ くる, とい うことを目的 とす るも ので,西独 の銀行 にとって は, その国際業務 の新たな方 向づ けの礎石をなす も ので あった, という。だが この委員会 は,長期的 目標設定が不十分であった こ とな どによ り,期待 どおりの成果 をあげることはで きなか った9)0
1960年代は, 世界的規模で活動す る米系多 国籍企業 に付 き従 って,米銀 が ヨーロッパ の金融取 引地への 進 出を一貫 して強めていった 時期である。 ヨー ロッパ に進 出 した米銀 の機能 は, ヨーロ ッパ の産業 にとって も本 国の銀行 より もヨ リ魅力的 に映 った。西独 の銀行 が対外進 出を コル レス主義 に制限す ること は, もはや時代の要求 にそ ぐわなか った。西独 の銀行 は,60年代の 初めか ら,
7)廿berseebank,overseas‑bankのことであり,0.Hahnの分類によると, 外国銀行foreignbankとは区別される。 海外銀行は,本国から外国市場を担 当する機関であり,例えば 「ドイツ人が占有するドイツの銀行であり,その活動 は主として フランクフル トから外国に向けられている」のであり,「ドイツの貿 易金融,東アジア市場への浸透」などを目的とする,という。Hahn,a.a,0., S.114.
8)Vgl.Btischgen,a.a.0.,S.388. 9)Ebenda,S.388‑389.
西独銀行の対外進出とルクセンブルグ金融市場 ‑ 105‑ なぜ米 銀 と同 じよ うな サ ー ビスを 自 らの顧 客 に提 供 しえないのか, またはその 意志 がな いのか, とひん ぽん に問われ た。 この よ うな背景 の もとで, 60年 代 後半 か ら, 西独 銀行 の対 外進 出 は積極化 す る ことにな る10)。 それ は, 以下 の3 つ の方 向で追 求 され た といえ る。
第1は, 主 と して他 の ヨー ロ ッパ 諸 国 の有力 銀 行 と共 同 して コ ンソー シアム
・バ ンクを創設 す る, とい う方 向で あ った。1967年 には, ロ ン ドンに Inter‑ national Commercial BankLtd.(Commerzbankが資 本参加) が, プ 1) ユ ツ セルに BanqueEuropeenedeCreditamoyen Terme (Deutsche Bankが資 本参加) が, ル クセ ンブル グには Sociit色 Financiere Europe・
ene (DresdnerBankが資本参加) が, そ してパ リに BanquedelaSoci‑
eteFinanciereEurop卓ene(DresdnerBankが資 本参 加) が それ ぞれ設 立 された. これ らの コ ンソー シアム ・バ ンクの 目的 は, 主 と して,大規模 な国 際 的金 融力 を共 同で確保 す る とい うこと, す なわ ち, 中 ・長期 のユ ー ロダ ラー 信 用供与 の基盤 を構築 す る, とい う点 にあ った11)0
10)西独銀行の対外進出の新たな段階を1960年代 後半以降とするのは, この時勅 か ら積極化が始まったという意味を含めているか らであり,量的な本格化 とい う
ことでは70年代に入 ってか らと いってよい。なお,70年代か らの国際業務活発 化の具体的諸要因については,山村,前掲論文,ll‑29京, 奥田, 前掲論文, 80‑83貢を参周せよ。
ll)Btischgell,a.a.0.,S.390.西独の銀行が参加 した各国有力銀行間による西 ヨーロッパ規模での協力は,このようなコンソーシアム ・バ ンクの設立という形 態に限られるものではなかった。各国の諸銀行が出資して1つの金融機関を共同 で創設するとい うのではな く, 単なる協力協定に留まりなが ら,「協力形態のう ち最 も進んだモデル」といわれる,いわゆる 「銀行クラブ」(Ballkenclubs)もま た形成された。なかで も注 目を引いたのは,Europartners‑Gruppeであった。
これはまず,1970年10月に CommerzbankとCr占ditLyonnaisとの間に協 定が結ばれ,71年1月にはBancodieRomaが 加わり. さ ら に73年 にーは BancoHispanoAmericanoが加わった。EuropartnersIGruppeが注目を集 めたのは,その構成メンバーが民間銀行 と公的金融機関か らなる,という点,ま た,全 く合併の類いではないにもかかわらず,メンバーの営業政策の根本的同一 化を前提とし,顧客に対 しメンバー各行は同一機関のようにふるまう,という点 にあった。 Europartners‑Gruppeの形成は,ECの前進という事態を背景に
‑ 106‑ 西独銀行の対外進出とルクセンブルグ金融市場
第2表 西独銀行在外支店の資産1) (100万DM,形)
注 :1)統計上制約を免がれない誤差についてはそのまま。 2)証券を除 く。 3)蘇 券及び証券を除 く。 4)西独本 ・支店を除 く。 なお,1983年11月まで,い くつ かの銀行はこの項 目について誤まって呈示 していた。
出所 :Monaisberichie der Deutschen Bundesbank,36.Jahrgang Nr.9,Sept. 1984,Statistischen Teil,S.30による。
第2の方 向 は, 外 国支 店網 の拡充 で あ った。 それ は,60年 代 前半 に 見 ら れ た, いわ ば コル レス主義 とい う枠 内で の支店設 置 とは, 明 らか に意義 を異 にす る もので あ った。進 出先 も先進 国や ア ジアの金 融取 引地 が 中心 とな った。 なか で もニ ュー ヨー クには, 1971年 にCommerzbank が67年 か らの代理 店 を支 店 に転換 した の を初 め と し,77年 まで には西独 の全 て の銀行 グル ープが支 店 を 設 置 した。 そ してその 目的 は, 西独 企業 の対米 直接投資 に付 き従 って その フ ァ イナ ンス を受 け持 つ, とい うこ と, さ らに, ヨー ロ ッパ に子会 社 を有 す る米 国
持ち.最終的な西 ヨーロッパの完全な統合 というビジョンに支えられ,促進され た,という。それは,米銀のヨーロッパ進出に対抗 し,あたか も単一の銀行とし て世界的規模で活動 しようとするものであった。Vgl.B正schgen,a.a.0.,S.
391‑392,布 目,前掲書,117‑125頁参凧。
西独銀行の対外進出とルクセンブルグ金融市場 ‑ 107‑ 第3歳 西独銀行在外支店の負債l) (100万 DM,%)
注 :1)統計上制約を免れない誤差についてはそのまま0 2)C.Dを含む。 3)西 独本 ・支店を除 くC なお,1983年11月まで,いくつかの銀行はこの項目につい て誤まって̲S̲示 していた0 4)貯蓄性預金を含む。
出所 :第2表に同じ。
の コ ンツェル ンに種 々の金融 サー ビスを提供す る, とい うことであ り, このよ うな 目的 は十 分 に達せ られた, とい う1㌔ 西独銀行 の 外 国支店 の活動 の概要 は,Bundesbank月報 によって 知 ることがで きる。 第2表 と 第3表 を見 る と, 当然 なが ら,資金調達及 び運用先 の ほとん どが外 国居住者 によ って 占め ら れて い る。すなわ ち,債務 はおよそ90%が 外 国居住者 (銀行 ・非銀行) に対 す る もので あ り,資産 もまた80‑90%が外 国居住者 (銀行 ・非銀行) に対 す る もので あ る。進 出先 で預金 を集 め,進 出先 の西独系企業 を含む種 々の機関 に 貸 出 しを行 って い ることがわか る。 また負債項 目 (第3表) の 「自行 引受手形 流通額」か ら,80年代 に入 ってか らの在外支店 の貿易金 融 の着実 な歩 み も窺 え る。
12)Biischgen,a.a.0.,S.394‑395.
‑ 108‑ 西独銀行の対外進出とルクセ ンプルグ金融市場
西独 銀行 の対外 進 出の積 極 化 の第3の方 向 は, ル クセ ンブ ル グにお け る子銀 行 の設 立 で あ る。 その最初 の もの は,1967年 4月 に お け るDresdnerBank の子銀行 CompagnieLuxembourgeoisedeBanqueS.A.の設 立 で あ っ た。続 いてす ぐに, 西独 の銀行 の あ らゆ るグル ープが ル ク セ ンブ ル グ にお け る 子銀 行設 立 に乗 り出 し (第1表参 照), 業務 の発展 には 目覚 ま しい ものが あ っ た (後 述)0
さて, ル ク セ ンプル グ にお け る子銀行 の活動 につ いて は後 に詳 しく見 ると し て, ここで,60年 代 後 半 か らの西独 銀行 の 対 外進 出積 極化 の 3つ の方 向を要 約 して お くと次 の よ うにな る。第1の方 向は,主 と して,米 銀 の ヨー ロ ッパ 進 出 に対 抗 した, 国際的金 融取 引地 に お け る国際的協力, す な わ ち, コ ンソー シ アム ・バ ンクや 「銀 行 ク ラブ」 の形成。 第2の もの は, 主 と して, 西独 企業 の 対 外直 接投 資 に付 き従 い, 進 出先 で貿 易金 融 な ど も含 めて種 々の金 融 サ ー ビス を提 供 す るた めの支 店 の拡充 。第3は, ル ク セ ンブ ル グ にお け る子銀行 の設 立 で あ る13)0
西独 銀行 の対 外 進 出 は,以上 で概観 した よ うに,1960年 代 後半 以 降, それ 13) なお,銀行の対外進出 ・国際化は,0,Hahnによると,1.外国銀行,2.港
外銀行,3.オフショア銀行の3形態に分類される。分類の基準が明確でないよ うに思われるが,対外進出した銀行の資金調達及び運用先をどこに求めるか, と いう点が1つの基準になっている, といえよう。すなわち,外国銀行とは,資金 の調達 ・運用 ともに進出先国市場を中心に行 うもので,本国企業の当該国地への 進出に付随して生 じ,その輸出入の支援なども行 う,というのであるOこれは, 小塙で述べた第2の方向である支店の拡充に雁応する,といえようO他方,Hahn のいう海外銀行は,資金の調達 ・運用先のいずれかを本国に求めるもの,とされ る。また,オフショア銀行とは,資金の調達 ・運用のいずれ も,本国で も進出先 国市場で も行わず,いわゆる外‑ 外取引に専念するものであり,例えば,米国 で資金調達 し,運用先をイン ドに求めるような, ミュンヘン所在の日韓銀行グル ープを指す, という.この分類に照 し合わせると,西独銀行の対外進出積極化の 貨 3の方向であるルクセンプルグ所在子銀行は.後に見るところであるが,海外 銀行 とオフショア銀行の 混合物 とい う ことになる。 Vgl.Hahn,a.a.0.,S.
114‑117.なお,1983年4月,0.Hahnが来 日した折,上記論文 とほぼ同じ主 旨 の詩境を行 っており,それが訳出されている (楯岡重行訳 「海外活動に重点を置 く銀行制度」,福岡大学 『商学論集1第28巻3号,1984年)。 併せて参腰のこと。
西独銀行の対外進出とルクセンプルグ金融市場 ‑ 109‑
までの コル レス主義 という局面 とは質的に区別 され る新 しい段階に入 り,積極 的な ものへとなっていった。そ して, この対外進出積極化 は上記のように3つ の方 向で追求 されたわけである。 ところで,対外進出積極化のこれ ら3形態の うち,ルクセンプルグにおける子銀行 の設立 は,各国有力銀行 との提携ではな く西独銀行の独 自的進出である, という点で, また,西独企業の対外進出に付 き従 うというのでな く銀行の自律的な進 出という点で,最 も攻勢的で新 しい形 態 と位置づけることがで きる。そこで,次 に節を改めて, ルクセンブルグ所在 の西独子銀行 について, ごく最近の動 向も含めてやや詳 しく見てゆ くことにす る。
ⅠⅠルクセ ンブルグにおける西独の子銀行
1.ルクセ ンブルグ所在西独子銀行の地位
1983年3月現在では, ルクセンプルグで認可 されている銀行数 は全体で115 行であり, その うち30行が西独銀行 の 子銀行である1㌔ そ して, この30行 紘,ルクセンブルグ所在全銀行 の資産総額の50%を占め, ルクセンブルグ に おける最大の銀行勢カ をな している15'。なあ 西独 に続 く勢力 と しては,スカ ンデ イナヴィア諸国の14行,米 国の10行,スイスの8行などが挙 げ られ る。
バ ランス ・シー ト総額 による順位を見 ると (第4表), 上位5行 までが 西独 銀行の子銀行である。 この5行だけで, ルクセンブルグ所在全銀行 の資産総額 の約30%を占めるというか ら16', 西独大銀行 の ルクセンブルグにおける強力 な地位 は 明 らかである。 また, 西独 の銀行 の強力な地位 は, ルクセンブルグ に支払 うその税 の 大 きさによって も窺 える。 1983年では, ルクセンブルグ政 府の税収入 の25%近 くを銀行部門が提供 したが, そのうち西独 の銀行 は60‑
80%を占めていた, という1m。
14)Ekkehard Storck,"Das Luxembourgische Bankwesen,"DieBank, ZeiischnftfarBankPolitikandBankpraxis,M宜rz1983,S.122.
15)Euromoney,Sept.1983,p.145. 16) Storck,a.a.0.,S.122.
17)Eu710mOney,July1984,pp.74‑75.p.78.なお,ルクセンプルグにとって銀行 部門全体は,税収という直接的側面ばかりでなく雇用労働者数など間接的側面を
‑ 110‑ 西独銀行の対外進出とルクセ ンブルグ金融市場 第4表 ルクセ ンプルグ所在10大銀行
(100万ルクセ ンブルグ ・フラン)
DeutscheBankCompagnieFinanci占reLuxembourg l502,6412)
% mpfig,nrieesdLnuexremBbaonukr等三言fsse.dAe.1三̲DresdnerBank J 467,6768,
CommerzbanklnternationalS.A. L273,107
BfG:Luxembourgsoci6teanonyme I 194,627 WestLBInternationalS.A.
BanqueInternationaleaLuxembourgS.A.
Caissed'Epargnedel'EtatduGrandDuchbde Luxembourg‑Banquedel'Etat‑
BanqueG6neraleduLuxembourg KredietbankS.A.Luxembourgeoise UniondeBanqueSuisse
注 :1)1981年12月未の 数値。 2)1982年9月未の数値。 3)1982年3月未の数 値。
出所 :Ekkehard Storck,"Das Luxembourgische Bankwesen,"Die Bank, ZeitschriftfarBankboliiikundBankpraxis,M宜rz1983,S.122.
この よ うな, ル ク セ ンブ ル グ に お け る西独 の子 銀 行 の強力 な地 位 は,1970年 代 に築 か れ た。 「ビ ッグ ・フォー」 の子 銀 行 (Deutsche Bank Compagnie Financi色reLuxembourg,CompagnieLuxembourgeoisede la Dresd‑
nerBank AG‑DresdnerBank Int.S.A.‑ ,Commerzbank Inter‑
nationalS.A,W estLBInternationalS.A.)は,1973‑78年 で そ の業 務 規 模 を3倍 以 上 に し, そ の結 果,DresdnerBank や Commerzbankで は その 国 際業 務 全 体 の お よそ半 分 を ル ク セ ンブ ル グ の子 銀 行 に負 って い る, とい う。
ま た DeuscheBankの場 合 は, それ以 上 だ とい う1㌔ 第5表 に よ って,西独 の在 外 子 銀 行 全体 の 中で ル ク セ ンブ ル グ所在 子 銀 行 が どの よ うな比 重 を 占めて も考慮すると,きわめて重要な産業部門と評価 される。Ewomoney,Sept.1983, p.140,
18) TheEconomist,May27,1978,p105.奥EEl.前掲論文,80頁。
西独銀行の対外進 出 とルクセ ンプル グ金融市場 ‑ 111‑
第5表 西独居住者 に対 する外 国所在西独子銀行 の債権 ・債務
(100万DM,%)
▲わー i 在外子銀行 うち在 ルクセ ン 在外子銀行 うち在ル クセ ン
注 :1)債権 と証券
出所 :MonatsberichtederDeulschenBunLおsbank,36.JahrgangNr.9,Sept. 1984,StatistischenTeil,S.31による。
い るか が 窺 い知 れ る。 た だ し, 在 外 子 銀 行 の活 動 の全 容 は つ か め ず,Bundes・ bank月 報 に よ って , 西 独 本 国 と の取 引 だ け が 把 振 され る に す ぎず , ル ク セ ン
ブル グ 所 在 子 銀 行 の比 重 と い って も この 点 に 限 定 され ざ るを え な い の だ が, 1978年 以 降 , 在 外 子 銀 行 の 西 独 本 国 と の取 引全 体 の う ち ル ク セ ンブル グ所 在 子 銀 行 に よ る もの が , 比 率 は低 下 傾 向 に あ る とは い え, ほ とん ど90%以 上 を 占 め て い るの で あ る19㌔ か く して , ル ク セ ンプ ル グ所 在 の 西 独 子 銀 行 は, ル ク セ ンブ ル グ 国 内 に お い て きわ め て 強 力 な地 位 を 有 し, ま た, 西 独 銀 行 の 国 際 業 務 の 最 大 の担 い手 と もな って い る, と い う こ とが で き よ う。
さて , 西 独 の 銀 行 に と って , 子 銀 行 と い う形 態 で の ル ク セ ンブ ル グ へ の 進 出
19) ルクセ ンブルグ所在子銀行 の西独 本国 との取 引について は,奥 田,前掲論文, 104‑106貢を も参照せよ。
ー 112‑ 西独銀行の対外進出とルクセンブルグ金融市場
はどの よ うな利 点 が あ るといえ るのか。 そ こで次 に,子銀行 の業務 内容等 を見 る前 にエ ル クセ ンブルグの金融制度上 の特色 を要点 だ け挙 げて見 て お くことに す る。
2.ル クセ ンブルグの金融制度上 の特色
ル クセ ンブルグは,西独 と同様 に,銀行 にあ らゆ るタイプの銀行業務 を認 め るユニバ ーサ ル ・バ ンク制度 を採 ってい るが,最近 にな って法 的整備 が進 み, 銀行 の活動 に とって の大枠 的条件 が整 った, といえ る。現在,銀行 の活動 の法 的基礎 とな って い るのは,1981年 4月23日に発 せ られ た法律 で あ り, それ は 主 と して,金融機 関の営業認可 のための諸条件及 び手続 き, そ して銀行 の守秘 義務 を規定 して い る州。
銀行活動 に対 す る監督 は,1945年10月17日のル クセ ンブル グ大公 国令 によ って創設 された銀行監督委員会 (CommisariatauContr81edesBanques) の責任 と権 限 に属 して いる21㌔ 銀行監督委員会 の管 轄 の下 で, ル クセ ンプルグ 所在 の藷銀行 は,1965年 6月19日の大公 国令 の規定 に基づ いて,以下 の3つ の重要 なバ ラ ンス ・シー ト上 の原則 を守 らねばな らない, とされ る。第1は, 負債勘定 における自己資本 (資本金 +準備金) の比率 は3%以上 で なければな らない, とい うこと。 ただ し,銀行監督 委員会 は,行 政令 によって この比率 を 10%まで 引 き上 げ ることがで きる。第2に,投資資産 (AnlagevermOgen), すなわ ち,参与証券(Beteiligungsportefeuille),提携非銀行企業 に対 す る債 権,地所 ・建物 な どの価値 総観 は, 自己資本額 を超 え ることはで きない, とい
20)営業認可の諸条件,守秘義務の内容について詳 しくは,Storck,a.a.0.,S.
119‑120を参照せよ。なお,銀行の守秘義務は,1981年のこの法律によって明示 的に規定される以前は, もっぱら職業秘密の履行に関する刑法の規定に拠ったと い う。Storck,a.a.0.,S.120.
21)ベルギーとの経済同盟関係に基づいて,ルクセンブルグには固有の中央銀行は ない。ベルギーの中央銀行であるDieBanqueNationaledeBelgiqueの支 店はルクセンプルグに存在するが,ルクセンブルグの経済 ・通貨政策には関与 し ない,という。Storck,a.a.0.,S.120.なお,ルクセンプルグ銀行監督委員 会の責任 と権限について詳 し1くはStorck,a.a.0.,S.121,F東京銀行月報』第 34巻2号 (1982年2月),14‑16貢を参周のこと.