主成分分析法による形容詞の活用分析 : 『枕草子
』を資料として
著者名(日) 吉田 光浩
雑誌名 大妻国文
巻 21
ページ 1‑16
発行年 1990‑03
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001521/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
主成分分析法 による形容詞の活用分析
一一『 枕草子』を資料 として一―
士 口
1
は じめ に形容詞は,その語の末尾に一定の音形態 く― (し)く 。一 し 。一 (し)き 。
― (し)けれ>などを とることによって,いわば形態的にひ とつの閉 じられた 系を成 している。そ して,そのような外形上の特色は,同時にその系の内に属 する語 と外に属する語 との語彙的 。文法的な次元の相違,すなわち,意義上・
文法機能上のひとつの境界を外面的に示す ものとな っている。 したが つて,形
容詞語彙に属す る個々の語は,動詞語彙や名詞語彙な ど,その外部に属する語彙 構成要素 との比較の うえで,概ね一様性を もつ もの といえる。 しか しなが ら, 翻って,その内部の構成要素個々に 目を向けると,なかには動詞や名詞 と語根 を共有するものもあ り,ひとくちに形容詞 といっても各々の語は,その閉 じら れた系の内部において, とりどりの多様性を有 していることがわか る。そのた めに,活用形態の現われ方 も各々の語性に よって大 きく異な り,それ らが全体 として形容詞語彙のもつ機能的空間を構成 しているものと考え られる。
本稿では,形容詞の活用形態の現われ方を,統計的手法を用いて量的に捉 え ることにより,形容詞語彙のもつ構文機能上の広が りについて考察を試み る。
無論,形容詞の活用形態の現われ方が,直ちにその作品における形容詞の意 味 。用法のあ り方に直結す るものではない。 しか しなが ら,いわゆる形容詞本 活用<― (し)く 。― し。― (し)き 。― (し)けれ>と される諸形態は,基
本的には,動詞に多 くみ られるような助動詞に承接せ られ るための準備形態で 主成分分析法による形容詞の活用分析
浩 光
田
は な く,一つ の活用形が担 当す る用法 の範囲 もある程度 の限定があるために, 活用形 の異 な りが用法 の異 な りに,比較的対応 しやす い とい うことはできそ う である。そのために,形容詞 の場 合 には,活用形態 レベルでの検討結果が,用
法 ンベルでの検 討結果 との間に極 めて大 きな乖離を生ず るとい うことはない も の と予想 され る。
また,我々が用言 の用法や構文機能 を知 るための第一次的 な手掛か りは,文
現象上 に顕現す る活用「形態」であ り,その レベルでは,用例 の分類にあた っ
て恣意的 な解釈 の入 り込む余地 はほ とん どない といえる。統計的 な分析におい て, よ り適正 な結果 を得 るためには,先ず データを得 る段階で,そのような恣 意 的解釈 の要素が入 り込む余地 を小 さ くして,できるか ぎ り所与 としてのデー タを前提 とす る ことが望 ま しい。尤 も,更に詳 しい分析を試み よ うとすれば,
各 々の用法 の レベルで の分析 が必要 とな って くるであろ う。 しか しなが ら用法 の多様性 に比べ,活用 形態 がそれ に対応 し切れ るだけ の フ レキ シ ビリテ ィを も た ないために, この レベルでは,分析者個人 (あるいは複数人であって も)の
判 断 に よって用例 の分類 が行 なわ れやす く, もはや所与 としてのデータを望む ことは困難 になって くる。
したが って,データの統 粋性 を重視 しようとす るな らば,意味・ 用法 レベル で の検討 の前に,活用 形態 レベルで の調査 を してお くことが必要 であろ う。 こ の よ うな意 味で,活 用形態 の出現状況を ここで一旦把握,検討 してお くことは,
後 の用法 。意 味 の分析 の前段階 として,決して無意味な ことではあ り得ない。
2
分 析 の 方 法ひ とつ の資料 に現われ る形容詞各語 のそれぞれ の活用形は,表現 の意図に従 って,固よ り自由に用 い られてい るはずである。に もかかわ らず,活用形態 の 出現状況 について量的 な側面か らなた場合に,ある形容詞は,ある活用形で現 わ れやす く,また別の活用形 では用 い られ難い とい う偏 向現象がみ られ,そこ にい くつか の出現率 のパ ター ンを考 え ることがで きるよ うである。 ここでは, そ のパ ター ンの全体的 な構造 を把握す るために,電子計算機 を用 いて,多変量
解析 の一手法 であ る相関分析 お よび主成分分析1)の 応用 を試みた。
具体的 に本稿 においては,『 枕草子』2)に み られ る形容詞の うち,総使用度数 がlo以 上 の もの71語3)に ついて各活用形態 の使用度数 と総使用度数を調査 し,
(表
‑1参
照)その総使用度数に占め る各活用形態 の使用度数 の害1合 (以下, 出現率)を算 出す る (表‑2参
照)。
そ の際,分析法 へ の適性 を考 え て,本 活 用形4種 (連用 形―音便形を含む―・ 終止形・ 連体形―音便形を含む―・ 己然 形)の出現率 については,各々個別の変数 とした。 また,補助 活 用 <カ リ活 用>とされ る ものについては,こ こでは考慮外 の もの とす ることもひ とつのあ り得る立場 であろ うが,その諸形態 の もつ機能 が平安期 の和文系資料 において は「おほ し (多)」 な どの若干の例外 がみ られ る ものの,基本的には助動詞に 承接せ られ るため の ものであ ることがほ とん どで あ る とい う特殊性 を も つ 故 に,用法上 あ る程 度 ひ とつの まとま りを成 してい る もの と見倣 し得 る こと, さ らに,各活用形 (未然形,連用形,連体形,已然形,命令形)と も用例数が少 な く,それ らを個 別に算 出 した場合には出現率 もほ とん ど問題 とな らないほ ど 小 さ くな って しま うこと,などの諸点を鑑みて,各カ リ活用形全体を ま とめて ひ とつの変数 をたてることとした。したが って,形容詞本活用 四種類 に補助活用形 もひ とつに加 えて,71語の形 容詞につ いて5次元 の変数 (活用形態 の出現率)データを もとに,各活用形 間 の相関関係 について考察 した うえで,主成分分析法に よる解析 の結果を2次元 グラフに描 くことに よって,『枕草子』 にな られ る主要形容詞の活用形態 の出 現パター ンについて考察す る。
4)
1)主成分分析法は,多くの変量をもつデータについて, で きるか ぎり元のデータの もつ情報を損なわない ように変量の次元を総合 し減少 させることに よって, データ の全体的な構造を把握 しやす くする分析法である。
2)日本古典文学大系『枕草子』岩波書店(1958)を資料 とす る。猶, 語の単位認定に ついては,松村博司編『枕草子総索引』右文書院(1967)の基準に従った。
31 活用形態の用法が特殊な「おな じ」 。「おほ し(多)」についても本稿では政 えて 便宜的な処置を採 らずに調査の対象 とした。従 って,この二語については, 活用形 の名称と実態が整合 しない。
41 分析には,統計計算 ライプラリー
(NEC)を
使用 した。主成分分析法による形容詞の活用分析
表
‑1
『 枕草子』主要形容詞活用表 (各活用形使用度数お よび総側 弔度数)総使用度数 0
0 0
3 6 1
1 3 0 0 0 7 0 0 0 31 2
0 283
2 0 4 05 3 1
0
1 1 1
0 0
1 1
0 0
10
18 15 29
4311 14 66 18 41
20 34214 13
23 3912
35 45 70 1012 10
3210
38 2213
2313
23 3011 16
7615 11
39 あいなしあか し(赤)
あか し(明)
あさまし あ し あたらし(新
)
あつ し(暑)
あや し あを し いた し(甚
)
い とクまし いみ じ
うつ くし うらやまし うるは じ うれ し おそ し おそろし おなじ おほし おクゴつかな し お もしろし か しが まし か しこし かたはらいた し
くちを し くらし くるし くろし こころに くし こころ もとなし こし
さむ し さわが し しろし す さまじ せば し たか し
6
7 415 15 5
417 5 41
4 303 02 15 11 5
75
42 4 3 4 121
8
9
4 10 212 6 3
7 23 2 4 304 0 0 6
9
0 0 20 0 0 7 411 6 2 15 2
14 40 0 0 3 35
49
02
06 5
0 1 3 05 2
20
11 11
4 105
8 2313
03
25 31 6
7 4 100
03
4 310 5 12 9
413
4 3 237 5
525
4 7終止形 連体形1已然形 補助活用形 連用形
0 0 0 1 3 0
1
3 0 0
6
3 0 4 0 3 0 2 0 0 0 0 0 1 0 41
2 0 0 2 0 0 1
0 2
1
0
連用形 1終 止形 たのもし
たふとし ちかし ちひさし
とし とほし なが し なし なまめか し にくし ねた し はづか し はや し ひさし ひろ し ふか し はそ し み ぐるし みじか し むつか し めづ らし めでた し やす し やむ ごとな し ゆか し よし よろ し わか し わび し わ りな し わるし わろし をか し
3
6
555
6411
14 89 412
10 4 10 29 811
102 6 3
10 221
4 0 70
6 5
87 2 5
584 4
0 00
0 0 50 431 6 8
02
0 0 0 10 02 4
54 00
4 381
0 4 3
4 11
2043
7 10 141
13 9 81
3 205 9 1
0
3
36
8 8 2 3 40 711 6
5313
36 73
713
640 0 0
1
0 0 0
14
0 181 2
0 01
0 0 1 1
1
0 14 0 0
2
4 01 5 1
0
4
7011
17 66 20 66 26 24 25411
89 25 24 12 32 12 14 16 22 16 10 17 138 12 1716
177 22 43 2714
14 38 422638 1 786
総使用度数
1
0
1
0
1
2 1
20 0 8
3
1 1 1
0
0
01 1
2 0 8 4 2
4
122 1 3
01
Э 26
1eo | 3006
主成分分析法による形容詞の活用分析 連体形 己然形 補助活用形
合
計 1211表
‑2
『 枕草子』主要形容詞活用形出現率表 (各活用形使用度数/総使用度数*100=出現率)
1 連用形 1 終止形 1 連体形 己然形 1 補助活用形
あいなし あか し(赤)
あか し(明)
あさまし あし あた らし (新)
あつ し (暑)
あや し あを し いた し (甚
)
い と│まし いみ じ
うつ くし うらや ま し うるは し うれ し おそ し おそろ し おな じ おほ し おぼつかな し お もしろ し か しが ま し か しこし かたは らいた し
くちを し くらし くる し くろ し こころに くし こころ もとな し こし
さむ し さわが し しろ し す さまじ せば し
60.0 38.9 26.7 51.7 34 9 45.5 28.6 25.8 27.8 100.0 20.0 88.6 0.0 15.4 65 2 28.2 41.7 20.0
11.1
60.0 40.0 25.0 40.0 37.5
100
21.1
409
30.8 43.5
154
52.2 20.0 27.3 43.8 30.3 13.3 36.4
40 0 0.0
00
20 7 20.9 0.0
00
30 3 0.0 0.0 35.0 1.2 78 6 46.2 8.7 38.5 16.7 40 0 88 9
00 00
25.0 30 0 15.6 40 0 23.7 0.0 15.4 0.0 46.2 21.7
00 91
18.8 0.0 33.3 18.2
0.0 61.1 73.3 13.8 23.3 45.5 57 1 34.8 72.2
00
15.0 7.3 21.4 7.7 26.1 17.9 33.3 28.6 0.0 0.0 30.0 33.3 30 0 31.3 50.0 31.6 40.9 30.8 56.5 30.8 13.0 76.7 63.6 31.3 68.4 33.3 36 4
0.0
00 00
3.4 7.0 0.0 7.1 4.5 0.0 0.0 30.0 0.9
00
30.8 0.0
77
0.0 5.7 0.0 0.0 0.0 0.0
00
3.1
00
10.5 4.5 15.4 0.0 0.0 8.7 0.0 0.0 6.3
00
13.3 9.1
0.0 0.0 0.0 10.3
140
9.1 7.1 4.5 0.0 0.0 0.0
20
0.0 0.0 0.0 7.7 8.3
57
0.0 40.0 30.0 16.7 0.0 12.5
00
13.2 13.6 7.7 0.0 7.7
43
3.3 0.0 0.0
1.3
6.7 0.0たか し たの もし たふ とし ちか し ちひ さ し とし とほ し なが し な し なまめか し に くし ねた し はづか し はや し ひさし ひろ し ふか し はそ し み ぐる し み じか し むつか し めづ らし めでた し やす し やむ ごとな し ゆか し よし よろ し わか し わび し わ りな し わるし わろ し をか し
76 9 27.3 35.3 83 3 25 0 97.0 42.3 58 3 35.0 36.4
135 400 167
83.3 90.6 66.7 78.6 62 5 9.1 37.5 30.0 58.8
159
8.3 23 5
00
39.5 27.3
116
29.6 50 0 14 3
132
13.7
51
36.4 23.5 0.0 0.0 0.0
00
0.0 19.7 36.4 34.8 24 0 33.3 0.0 6.3 0.0 0.0 0.0 45.5
00
20.0 23.5 39.1 0.0 0.0 25 0 21.5 4.5 0.0 14.8 21 4 28 6 28 9 48 3
179
27.3 41.2 15.2 70.0
15
50.0 37.5 31.9 27 3 22 5 20.0 37.5 8.3 0.0 25.0 21.4 37.5 36.4 50.0 20.0 17.6 29.0 58.3 64.7 37.5
29。 9
59.1 83.725。 9
21.4 50.0 34.2 15.20.0 0.0 0.0
00
5.0 0.0 0.0 0.0 5.5 0.0 20.2 4.0 8.3 0.0 0.0 8.3 0.0 0.0 4.5 6.3 10.0 0.0 10.1 0.0 0.0 12.5 2.3 0.0 2.3 18.5 7.1 0.0 10.5 16.6
0.0
91
0.0 1.5 0.0
15 77
4.2 7.9 0.0 9.0 12.0 4.2 8.3 3.1 0.0 0.0 0.0 4.5 6.3 20.0 0.0 5.8 33.3
118
25.0 6.8 9.1 2.3 11.1 0.0 7.1 13.2 6.2
主成分分析法による形容詞の活用分析
均 平
*小数第2位を四捨五入
37.6 18.4
$.1
I
連用形 終止形 連体形 已然形 補助活用形
この よ うに して得た データを元 に各活用形 の出現率 についての相関係数の検 討,および主成分分析法 を適用す ることの可否については,データの性質上, 今後 の検討 が必要 であ り,必ず しも現在のところその有効性 について確証があ るわ けではない。しか しなが ら,少 な くとも形容詞語彙 の もつ構文的機能の広が りを総合的 に捉 え るための一つの試み として無駄 ではないであろ うと考える。
3
活 用 形 出 現 率 の 相 関 関 係直接,主成 分分析 グ ラフの考 察 にはいる前段階 と して,本節 では,主要形容 詞全体 の各活用形 出現率 の相互関係を示す相関係数 について検討す る。相関係 数 は,本稿 の場 合,次元数 の多 いデ ータを瞥見 しただけでは十分 に把握 しきれ ない各活用形間 の総合的な相互関係を知 るために,ある程度有効 な示唆を与え て くれ るものであ る。
『 枕 草子』 にみ られ る主要形 容詞 の各活用形 出現率 は,各語 の総使用度数中 に 占め る割合であるために,その相互関係は,ある活用形 の出現率が大 きくな れ ば,他の活用形 の出現率 が相対的にその影響を受けて,ある程度小さくな り やすい とい う傾 向がある ことは否 めない。 したが って, 5次元 デ ータか ら導か れた各活用形間 の関係を示す相関係数 も,概して負の数値 にな りやすいとい う 傾 向を もつ。相 関 の有無を どの程度 の数値で認め るか とい うことは、今後の研 究 の集積 に倹 たね ばな らないが, と りあえず ここでは,各活用形 の出現率の相 互 が負の相関を もちやすい傾 向にあ るとい うことを前提 として,幾つかの活用 形 間の相関係数 について考察 してお くことにす る。 (表
‑3参
照)
表
‑3
『枕草子』主要形容詞活用形出現率間の相関係数連 用 形 終 止 形 連 体 形
1
己 然 形 補助活用;
連 用 形 1.0000
終 止 形 ‑0.52706 1.0000
連 体 形 ‑0.46871 ‑0.38067 1 0000
己 然 形 ‑0.35677 0.30826
-0.22130 I r.oooo
補助活用形 ‑0.19951 ‑0.13046
-0.53993*10-1 | o.aaeao"ro-] 1.0000
①
全体的に,非常に強い相関性を示す数値はみ とめ られない。その うち比較 的大 きな相関係数5)をもつ活用形態は,終止形 と連用形である(‑0.52706)。
この数値で負の相関があると判定 し得 るとすれば,総体的に,連用形の出
現率の大 きいものは,終止形の出現率が比較的小 さくな りやすい とい う傾 向をもち,逆に終止形の出現率 の比較的大 きい ものは連用形の出現率が小 さくな りやすいとい う傾 向があるといえそ うである。主要形容詞71語全体 の活用形態別平均出現率の大 きさか ら言えば,それが最 も大 きい ものは連 用形 (約37.6%)であ り,それに次 ぐものが連体形 (約33.1%),終止形は 3番 目で連用形の約
1/2に
満たない数値 (18.4%)であるか ら,連用形 の出現率の影響をより大きく受けやすいものは,一般に終止形 よりも出現 率の大 きい連体形であっても構わない ことになる。 しか しなが ら,連体形 一連用形間の相関係数 (‑0.46871)は,終止形一連用形間のそれ よ りも 小 さい数値にとどまっている。 このことは,単純に出現率の大 きさのみで 活用形間の相関性 の大 きさを測 ることができない ことを意味 しているものと思われる。
②
一方,連体形一終止形間の相関係数 (‑0.38067)は,終止形一連 用 形 間および連体形一連用形間に次 ぐ負の数値
(こ
れを大 きい と判断す るか否 かは先にも述べた ように今後の問題であろ う)を示 してお り,連体形 と連 用形 との関係程ではないものの,全く相関性が無い とは言えない。ある程 度一方の出現率の大なることが他方の出現率の小なることに繋が りやすい 傾向をもつ といえそ うである。すなわち,終止形一連用形・ 連体形一連用 形・連体形―終止形の順に,若干な りとも一方の活用形態の現われやす さ が他方の活用形態の現われ難 さに繋がる傾 向を もつ ものと考えて良いので│まなかろ うか。
③
数値 としてはさは ど大 きいものとは言えないが,已然形―終止形間は, 正の数値 (0.30826)を 示 している。先にも述べた ように各活用形 の 出 現 率は互いに負の相関をもちやすい傾 向があることを考慮す ると,己然形―
5)以下, 本節において相関係数の大小についての記述は当該数値の絶対値の大小を 意味する。
主成分分析法による形容詞の活用分析
終止 形間 には,実際 には この数値 よ りも大 きな相 関を認め るべ き で は な か ろ うか。己然形は, 平均 出現率 が約4.5%であ り, 連用形 との間に連体 形―終止形間に次 ぐ負の相関係数 (‑0.35677)を もつが,連体形 との間で は,係数数値がか な り小 さ くな っている (‑0.22130)。 す なわち,負の相 関 を もちやす い傾 向にあ ることを考慮す ると,己然形 は,終止形 の出現率 が大 きい語 に現われやす い とい うことがで き、連用形 の現われやすい語に は, どち らか といえば現われ難 く,また,連体形の現われやす さとは,殆
ど無関係であると考えるべ きではなかろ うか。
④
なお,補助活用形は主要形容詞の平均出現率が約6.4%であ り、他のど の活用形 とも相関が小 さく,若しくはほ とんど認め られない といってよい であろ う。
したがって,以上の考察を前提 として,『枕草子』にみ られ る主要形容詞の活 用形出現率の相互関係を図示す るならば,次のようになるものと思われる。
負 (負
)
↓
/
\│::::::i:] 1] :] ::::::] [II (各活用形 との相関は 小 さ く,
殆 ど認め られ ない
)
1並̲週」21← 負 → 連整 可万
*( )は
相関が非常に小 さいことを示すこの ことか ら,形容詞 の活用 形 は,出現量 の面か らみれ ば,終止形 と己然形 は,互い に共存的 に現われやす いが, この両活用形は,連用形 とは背離 しやす い傾 向を もち,一方,連用形 は,これ ら両活用形 お よび連体形 と背 離 し や す く,連体 形は,終止形,連用形 と背難 しやす い傾 向があ ることを推測すること が で きるであろ う。 また,補助活用形は,概ね他 の活用形 の出現量に無関心で あ る と言い得 る。6)
活用形 間に,見出 し得 るこの よ うな相互関係について政えて形態 と用法 との
6)本稿では,一応,少な くとも
│±
0.31以下の数値に対 しては,相関を認めないとい う立場で記述 したが, 厳密な相関性の有無の判断基準の設定については今後の研究 の集積に候たねばな らない。概 括的 な見方が許 され るならば, これ らは偶然 の理 由に よって齋 された もので は な く、む しろ必然 の結果 とみ るべ きもの と思われ る。例えば,終止形 は本質 的 に文 の述語であることをその基本 とす る形態 であ るとす るに問題 は な か ろ う。また,已然形は,「ば 。ど 。ども」 な どの接続助詞を下接 させて条件節 中 の述語 となる用法をその中心 としてお り, また,「こそ」 に応ず る終止述定 を 果 たす用法を も有 している。いずれ も述語的用法をその基本 とす る形態 と見倣 す ことがで きるであろ う。すなわち、相互に述語性が強い活用形であ るとい う その性質 の近似性が この ような共存的 な相関関係 とな って現われた もの と考 え て よいのではなかろ うか。
また,連用形 と連体形 とは もちろん連用 中止法 の よ うな中間的な ものや,連
体形が係 り結びの結びを構成す る場合 な どは別 と して,一般 に他 の構文要素 に 対 して「係 る」立場に立つ ことが多 く,本質的 には終止 形・ 已然形 の よ うに他 の構文要素を「 受け るJ述語的な用法 とは対照的 であ り,そこに これ らの活用 形が終止形・ 己然形 と,少な くとも共存的 には現われ難 い ことの一因を窺 うこ
とがで きる。一方,連用装定 と連体装定 は,同じ装定 であ って も,基本的 には 用言的 な要素
(コ
ト的 な対象)に対す る装定 と体 言的 な要素 (モノ的 な対象)に対す る装定であるとい う質的な異 な りが,概ね に おい てみ とめ られ る ことを 考 えれ ば, この両活用形が必ず しも共存的 に現われ ない事はおのずか ら理解 さ れ るで あろ う。
ここで考察 した ことは,データを瞥見 した程度 では必ず しも自明的 な もの と なって こないが,以上 の よ うな相関係数 についての検討 を元に,『枕草子』 の 主要形容詞には終止形 と己然形の出現率 が比較的大 きい形容詞,連用形 の出現 率が比較的大 きい形容詞,および連体 形 の出現率 の比較的大 きい 形 容 詞,以
上,少な くとも三つの出現率パター ンがな られ ることを,ある程度,推測 す る ことがで きるよ うである。
4
形 容 詞 活 用 形 出 現 率 グ ラ フ前節 においては,各活用形 出現率 の相関係数 のあ り方か ら,『枕 草子』 にみ 主成分分析法による形容詞の活用分析
られ る主要形容詞が,語に よって,他の構文要素を「受け る」機能 を大 き くも つ終止形・ 已然形が比較的現われやす い述語的な もの と,他の構文要素に「係 る」機能 を大 き くもつ装定的 な もの,そして後者 については,連用形に卓越す るもの と連体形 に卓越 す るもの とに分 け られ る可能性 があることを考察 した が,その よ うな活用形態 の出現 パター ンが,具体的 には どの よ うな語に, どの 程度で看取 され るか とい うことを考 えてお く必要があろ う。 しか しなが ら,71
語全 てについて逐一個 々の活用 パ ター ンを検討 してゆ くことは,能率的ではな く逆 に微小 な部分 に とらわれ て,形容 詞語彙 の全体像を見失 うことにもな りか ね ない。 したが って本節 においては,先に述べた主成分分析法を用 いて, 5次 元 の活用形 出現率 のデータを2次元 グラフに まとめ る ことに よって,その分散 状態か ら主要 形容詞 の出現 パ ター ンのあ り方 を考察 してゆ くことにする。 (グ
ラフー 1参照7))
この グラフは, 5次元空 間 に存在す る71個 の点 の散布状態を知 るために,も っ とも広 く点が分散 してい る2次元平面 を電算機 に選択 させ て,その平面 にデ ータを集約 し,グラフ化 した ものである。 したが って,縦軸,横軸 ともその点 の分散状態を元 に決 め られた ものであ るので,具体的 にそ の数値が どの変数を 反 映す る ものであ るか とい うことは,一概 に言い難 い,また, 2次元 グラフで は点が同 じ位置 に存在 して も,必ず しもその5次元 の変数 の数値 は一致 しない ことがある。 しか しなが ら, もっ とも広 い分散面 を示 した ものであるゆえ,全
体 的 な活用形 出現率 のパ ター ンを知 るためには大 きな影響はない ものと思われ る。
全体的には,上方 (第一 象限)「こ し」 。「 やす し」 。「わか し」および, 右下方 (第四象限)「いた し (甚)」 。「 とし」 。「ひ さし」,左下方 (第二 象 限
)「
い とは し」 。「 うらや まし」 。「 をか し」などの語が分布 している部 分 を頂点 とす る三 角形 の中に分散 しているといえ る。分散 の極 を成す これ らの 形容詞,およびそのほぼ中心に位置す る形容詞,「か し こ し」 。「 よ しJ・「 せ ば し」 につ い て, グラフ と活用形 出現率 との対照 を容易にす るため,先に 7)グラフー 1は 電算機に よってプ リントされたものを元に,理解の便を図って 合 成
した ものであ り,実際の打点の位置は各語の中央付近であ る。
表‑4
連用形 終止形 連体形 已然形 補助活用形 総使用度数 こし
やす じ
わか し 鼈
0 0 1
1
4
1
30
いた し(甚
)
とし
ひさし 魃 00
1
0 0 0
0
1 1
いとほし うらやまし
をか し 鶉 輻
かしこし せば し
よし 勒 躙 4
1 1
1240 1773211Xアミ部は当該活用形の使用度数が他の活用形よりも、比較的高い数値であることを示す。
掲げた表
‑1か
ら当該関係箇所を抜粋 し,示してお く。(表‑4,表
‑5参照)表‑5 (各活用 形使用度数/総使用度新=出現率)
Xアミ部は当該活用形の出現率が他の活用形よりも、比較的高い数値であることを示す。
この ことか ら,『枕草子』 の主要形容詞 の活用形 出現率 は,概ね,連体 形 に ンこ よ る 形 容 詞の
活 用 分 析
連用形 終止形 連体形 已然形 補助活用形 こし
やす し わかし
20.0 8.3 11.6
0.0 0.0
0.0 輻 0.00.02.3 33.33.32.3
いたし(甚)
とし
ひさし 隕
0 0 6
0.0 1.5 0.0
0.0 0.0 0.0
0.0 1.5 3.1
いとにし うらやまし をか し
20.0
15。
413.7 餞
15.0 7.7
15.2 輻 0.00.06.2
かしこし せば し
よし 躙 15.618.221.5 輻 2.33.19.1 12.50.06.8
(各活用形使用度数お よび総使用度数)
卓越 し終止 形 をは とん どもた ないパ ターン (連体 形卓越型)と,連用形 に卓越: し他 の活用形をほ とん どもたないパターン (連用 形卓越型),および,比較 的 終止形 と已然形 が多 く現わ れ るパ ター ン (終止・ 已然形型), との三パター ン を各々の極 として,それ らの極 を結ぶ グラフ上 の三角形 の内部空間に分散 して い ることが理解 され るであろ う。
活用形式 の別で言 えば,グラフ左上か ら右下 に伸びた対角線 の,概ね下側 に シク活用形容詞 (○印
),上
側 に ク活用形容詞 (下線)が分布 している。対角線 の下方は,比較 的終止・ 已然形型 の もの,すなわ ち述語的な用法に用 い られ る活用形が多 く現われ るものが分布 し,上方 は終止形・ 已然形の よ うな 述 語的 な活用 形 よ りも連体 修飾的 な用法 に卓越 す る ものが分布 している ことを 考 えれ ば, ク活用形容詞は連体形卓越型 のものが多 く, シク活用形容詞の場合 には終止・ 己然形型 の ものが多 い と言 うことがで きる。すなわち, ク活用形容 詞 の もつ活用形 出現 パ ター ンとシク活用形容詞が もつ活用形出現パターンとは 概 ね において対照 的 な傾 向を もつ 。 この ことは, ク活用形容詞 とシク活用形容 詞 の もつ構文機能 の重 心 が,ある程 度異なるものであ ることを意味 してい るも の と考 えることがで きるであろ う。
形態 と意味 との一元的解釈は,十分 な用意 がないため ここでは避 けるが,一
般 に,属性 形容詞は連体形卓越型 の活用 パター ン域 を中心 に分布 してお り,感
情形容詞 あ るいは情意 的 な評価 を示す形容詞は終止 。已然形型 の活用パター ン 域 に分布 してい る よ うで ある。 ク活用・ ツク活用 と意 味 との対応 については, 既 に山本俊英 (1955)の指摘 をは じめ,多くの論考 が重ね られて きた。西尾光 雄 (1979)では,『源 氏物 語』 にみ られ る形容詞の うち情意的 な意味を もつ も のが述語的 であ り,色彩形容詞 な ど属性的意 味を もつ ものは連体修飾的である ことが指摘 され てい るが、『枕草子』 において も同様 の傾 向を指摘することが で きる。 したが って, この ことは, これ ら両作品に とどまらず、 よ り広 く平安 期 の和文系資料 に現われ る形容詞語彙 の基本的 な性格 の一端を示 しているもの か も知れない。
『 枕草子』一個 の考察 か らこれ以上 を述べ る ことはで きないが,語内部 に述 語形 とで も言 うべ き終止 形 の音形態 と同 じく― し〉 を,既に有 しているシク活
用形容詞が,述語的 な活用形 の出現率 が大 き く,その よ うな音形態を元来保有 しないク活用形容詞が,述語的 な活用形 で用 い られ る ことが比較的少 ない とい うことは,形容詞 の活用 について考 え る場 合 に極 め て重 要 な示唆 を与 えて くれ ているもの と思われ る。
5
お わ りに本稿において述べて きた ことは,あくまで も『 枕草子』―´作品 にみ られ る形 容詞について の考察 であ り,その点 で文体的 な考察 の域 を出ない ものである。
しか しなが ら,西尾光雄氏 の『 源氏物 語』 におけ る論考 に もみ られ る よ うに, 同時代の和文系資料 においては,程度 の差 こそ あれ,やは り同様 の現象を見出 し得るもの と推測 され る。 また,若干 の例外 はみ とめ られ る ものの ク活用・ シ ク活用 とい う活用形式 の異な りが,文法機能 の重心 の異 な りにあ る程 度対応 し ていることは,活用形式上 の対立,すなわ ち形態 との対応 とい う観点か らのみ ではな く,感情形容詞・ 感覚形容詞,色彩 。次 元 な どの表現 に供す る属性形容 詞 とい った,よ り深 くは,意味 の レベ ルにおいて も活用形 の出現 パ ター ンが 大 き く関与 してい る ことを グラフか ら読 み取 る ことがで きるで あろ う。いず れ稿 を改めて述べたい と思 う。
参考文献
山本俊英(1955)「形容言
11ク
活用・ シク活用の意味上の相違について」『国語学』23 東辻保和(1971)「『 枕草子』の語彙か らみた感情表現」『 月刊文法』 3の4 西尾寅弥(1972)『形容詞の意味 。用法の記述的研究』秀英出版 川端善明(1979)『活用の研究 Ⅱ』大修館書店西尾光雄(1979)「源氏物語の形容詞について」『 東京女子大学 日本文学』
51
山口仲美(1982)「感覚・ 感情語彙の歴史」『 講座 日本語学4』
明治書院 山口佳紀(1985)『古代 日本語文法の成立の研究』有精堂平澤洋一(1986)「枕草子 と情緒性の意味素性」『 国語語彙 史の研究
7』
和泉書院付記
本稿は,前任校和歌山工業高等専門学校において,電 気工学科瀬戸幸作教授,
学生向井賢光君の御協力を得て着手 した ものを再検討 し,まとめ直 した もの 主成分分析法による形容詞の活用分析
である。両氏に感謝の意を中 し上げたい。
また,内容について誤」があれば,全て筆者の責であることを申し添えて お く。
NCOSl
グラフー1 主成分分析法に よる『 枕草子』
STATPAC V′ R4.7
‑3.4987 …2.0280
○ すさまじ
Oto.u
主要形容詞活用形出現率分析 グラフ (STATISTICAL PACKAGE.)
―‐0.55727
PLOTS
O.91345 2.3842
*NEC 統計計算ライプラリー
* Ms‑175
2.7106
1.4310
0.15135
‑1.1283 2.7106
1.4310
0.15135
‑11283
I
わかし 、
′やすし
`
′
I
ヽ ︑ 奎
∬ 書ギ
)
かたはらいたし
○ よろし さむし
あつして暑)
みじかし
あかし(赤
)
とほしくらご、
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E●かなし
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○わびし
いかし
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○うれし
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‑3.4987 ‑2.0280 ‑0.55727 o.91345 2.3842
‑2.4079
おもしろし
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