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ゲーム研究の現状と展望

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 目   次  は じ め に

Ⅰ メディアとしてのゲーム─ナラトロジー/ル ドロジー

  1  ゲームの「コンテンツ」とは?

  2  ゲームの「制作過程」とは?

  3  「遊び」のためのメディアとしてのゲーム  結 ゲームはユーザーに何をもたらすのか

Ⅱ コミュニケーションとしてのゲーム ─ユー ザー/利用/遊戯性

  1  ゲームの「ユーザー」とは?

  2  ゲームの「消費・利用過程」とは?

  3  「遊び」というコミュニケーションとしての ゲーム

 結 ユーザーはゲームで/に何をしているのか  お わ り に ゲーム研究における課題    1  ゲーム研究の自立化

   2  「遊び」を軸にした,メディアとコミュニ

ケーションの学際的研究へ

は じ め に

 ゲーム研究は,1990年代後半に欧米,特にアメ リカと北ヨーロッパでさまざまな学問(情報学・

心理学・経済学・社会学・哲学など)の影響を受 けた分野として発展してきた.この点でゲーム研 究は,当初から学際性と独立性を同時に要求され てきたといえる.

 よって,今日でもゲームに関する研究は豊富に 存在しているにもかかわらず,お互いの学問分野 ではあまり知られておらず,分野間の知識の伝達 や共有が困難であるという課題も存在している.

そのように独立した学問分野として発展してきた ことの証明としては,毎年開催される DiGRA

(DigitalGamesResearchAssociation)の大会,

そして学術誌である『GameStudies』1)と『Games 要   旨

 VideoGameStudiesgrewpopularespeciallyinthemid90’sinJapanandtheWest.Although theywereinfluencedbydifferentfieldsinthesocialsciences, theybecameanindependent researchfieldatthebeginningof2000creatingacademicdepartmentsinmanyuniversitiesthat specializeinthisfield.Thepurposeofthisarticleistopresenttheactualstateofgamestudies,in JapanandtheWest.Apartfromclassifyingactualstudiesaboutvideogames,weinvestigated howtherelationshipbetweenGameStudiesandotheracademicfieldsevolved,andhowthis evolutioninfluencedthewayinwhichtheseaspectsofgameshavebeenstudied.Wewillshow howgameshavebeentreatedasaformofmediaaswellascommunication,andconcludeby addressingtheissuehowwecanrevivethe“play”aspectingamingwhichhasbeenunderstudied inactualresearch,thenmoveforwardtothefieldof“playstudies”.

査読付論文

ゲーム研究の現状と展望

─学際的なアプローチの必要性─

ブノワ ボトス

* ブノワ ボトス  文学研究科社会情報学専攻博 士課程後期課程 2017年10月 4 日 査読審査終了

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andCulture』2)の存在が挙げられよう.日本でも

「日本デジタルゲーム学会」(DiGRAJapan)が 2008年に設立され,2011年には立命館大学にゲー ム研究センターが設置された.

 ゲーム研究(GameStudies)はゲームを研究 対象にする分野だが,そもそも「ゲーム」という 言葉が,何を意味しているのかという点は,明確 に定義しておくべきだろう.「ゲーム」は概念的 には「遊戯」,「デジタルゲーム」など,含むとこ ろが幅広く,またゲーム研究は,先行する遊戯文 化研究を参考にしてはいるが,ゲーム文化の拡大 とともに「デジタルゲーム」に限定されるように なってきたといえる.そこで本論文でも,ゲーム 研究を「デジタルゲーム」に限定して論じていく が,適宜,先行の遊戯文化研究も引用していくこ ととしたい.

 本研究の目的は,これまでの主なゲーム研究を 整理し,その問題点と今後の課題を論じることで あり,特に問題とすべきは,ゲーム研究が学際的 な分野であらねばならないにもかかわらず,むし ろ特殊性を主張して閉じこもった立場へと陥りつ つあるということである.

 ゲーム研究を的確に整理した論文および文献 は,欧米でも日本でもいくつか存在しているが

(Aarseth,2001;Rueff,2008;Zabban,2012; 吉 田,2013;Wolf&Perron,2014; 細 井,2017な ど),本論文では,全てのゲーム研究を網羅的に 紹介することよりも,ゲーム研究の全体的な特徴 を整理していきたい.またその中で,英語圏と日 本語圏の研究を中心的に扱いつつ,「遊び」につ いての豊富な思考伝統がある,フランス語圏の ゲーム研究を含んでいくこともまた,本論文のさ さやかな狙いである.

 なお本論文の構成は,以下の通りである.はじ めに,キー概念と全体の構成について,「はじめ に」で述べた後,第Ⅰ節でゲームをメディアとし て分析した研究をレビューする.そこではコンテ ンツ,制作,受容過程へのアプローチを紹介し,

これらの研究の特徴を明らかにする.第Ⅱ節で は,ゲームをコミュニケーションとして分析した 研究を整理した.最後にまとめとして,今日の ゲーム研究が,いかにして他の研究分野から分離 してしまったのか,そしてだからこそ,「遊び」

という概念を核にした学際的で総合的な研究を,

今後はしていく必要のあることを述べていきた い.

Ⅰ メディアとしてのゲーム─ナラトロジー/

ルドロジー

 ここでは,ゲームを,メディアとしてとらえよ うとするいくつかの研究を整理していきたい.そ れはすなわち,メディア論の研究方法と問題設定 でゲームをとらえようとする研究であり,具体的 にはコンテンツや制作および受容過程に注目する 研究である.ここでは主にコンテンツ,制作過 程,遊戯性という三つの側面に分けて整理してい くこととする.

1  ゲームの「コンテンツ」とは?

 まずは,ゲームのコンテンツに注目する研究を レビューしていこう.ゲームコンテンツとは,端 的にいえば画面に映る映像と音から構成されたも のといえる.コンテンツの研究は,もちろんゲー ムに限らず,映画・音楽・小説などを対象にした も の な ど, い く つ も 存 在 し て い る(Rueff, 2008).その中で,ゲームのコンテンツに注目し た研究については,以下の二つのパターンに収斂 しているように思われる

 一つ目は表象論的な研究である.この研究で は,ゲームのコンテンツにおける,例えばジェン ダー・エスニシティ・社会階層・政治とイデオロ ギーといった表象論的な問題点を分析することが 多い.例えば,男と女のステレオタイプがいかに してゲームに登場するか(Jenkins,2006),ある い は 女 性 キ ャ ラ ク タ ー の 表 象 論 上 の 特 徴

(Kennedy,2002),といった研究が挙げられるだ

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ろう.ほかにも政治やイデオロギーに関するト ピックを扱ったものとしては,ジェームス・ギー の研究が代表的であり,例えばアメリカの軍人を 殺すゲームであったり,民主主義的な政治システ ムに関するシミュレーションゲームなどが注目さ れている(Gee,2003).

 二つ目は,ナラトロジー分析に含まれる研究で ある.ナラトロジストは,ゲームコンテンツを他 のメディアコンテンツと同じく物語としてとらえ るのが特徴である.いわば,ゲームの中にある物 語の要素(シナリオ・シネマティックなど)を根 拠にして,テクスト分析のように,ゲームにおい ていかなるストーリーが語られているのかを明ら かにしようとする(Murray,1997).ナラトロ ジー分析は,英語圏における初期のゲーム研究に おいて用いられた分析だが,その後,広く普及し たとはいえないだろう.ナラトロジーという呼び 名も,実は2000年代に入ってから使われ始めたも のであり,その議論を批判する研究者から用いら れるようになったものである.この点は,後の項 で詳しく論じていくが,重要なのは,ナラトロ ジー分析という呼び名が用いられるようになった のは,ゲーム研究の閉鎖性を批判するためであっ たということである(Zabban,2012).

2  ゲームの「制作過程」とは?

 ここでは,ゲームの制作過程に注目する研究を レビューしたい.ゲーム制作過程は,しばしば ゲームデザインという言葉で呼び表される.まず 注目すべきは,ゲームデザインを論じる文献の ジャンルであろう.序論で記したように,本論文 の目的はゲーム研究の整理であるため,ビジネス 系・マーケティング系の文献を取り上げるつもり はないが,ゲームデザインの場合は,学術的な研 究と産業的な視点が混在する場合が多い.ゆえ に,ここではゲームデザインに関する文献の中か ら,学術的な研究が含まれている文献に注目し,

さらにその中から以下の二つのパターンを紹介し

たい.

 一つ目は,ゲームデザイナーであり理論家とも 呼ばれているケティー・サレンとエリック・ジ マーマンの研究である.彼らはゲームデザインの 学術的な理論を求め,ゲームデザイナーのための ガイドブックを作り,ゲームの制作過程とは何か ということについて,理論的に明らかにしようと した(Salen&Zimmerman,2004).また他の文 献では,ゲームの制作過程について,ゲームデザ イナーのみならず,哲学者・人類学者・評論家・

ゲームファンなどにも注目していた(Salen&

Zimmerman,2005).このように,ゲーム開発者 と研究者の両者に向けた文献は少なからず存在し ており,ゲーム開発者会議(GameDevelopers Conference)の担当者であるクリス・クロフォー ドの文献(Crawford,1984)や,史上初めて普及 し た パ ソ コ ン オ ン ラ イ ン ゲ ー ム(Massively MultiplayerOnlineRolePlayingGame)である ウ ル テ ィ マ・ オ ン ラ イ ン(UltimaOnline,EA, 1997)の開発者のラフ・コスターの例(Koster, 2004)などが挙げられる.日本でもゲームデザイ ンの理論はゲーム研究に普及し,DiGRAJapan と立命館大学のゲーム研究センターが更なる普及 に大きな役割を果たしてきた(田尻,1996;伊 藤,井上,2006).

 二つ目は,ゲームデザイナーのイアン・ボゴス ト の 研 究 で あ る. ボ ゴ ス ト は,Procedural Rhetoric と呼ばれる理論的立場から,ゲームの 制作過程に限らず,ゲームをするという過程につ いて,受容分析を用いて論じている.これは,

ユーザーとゲームの相互作用をゲームデザインの 技術的な側面に注目しながら論じる研究である

(Bogost,2010).つまり,ゲームをすることで生 じる事象には,ゲームデザイナーが創ったものと ユーザーとの相互作用が関係しており,それを特 定の理論的な立場から把握することが可能という ことである.ProceduralRhetoric は,ゲームの 受容がゲームデザイナーによって限定されるとい

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う理論であり,ゲームのルールシステムを最も重 要な要素としてとらえている.よって,ゲームの ルールシステムに注目するルドロジー分析にも近 いといえるが,この点は後の項で論じたい.

 本項ではゲーム制作過程,そして制作過程から 他の側面に注目するゲーム研究をレビューしてき た.そこで最も重要なことは,ゲームデザイン研 究の影響で,ゲーム研究はゲームを開発する産業 に接近してきたということである.理論の側面だ けではなく,論者自身もゲームデザイナーと理論 家を兼ねることが当たり前になった.また,ゲー ムデザインに基づいた理論は,ゲームを特別なメ ディアとしてみなす傾向をうながし,ゲーム研究 の独立を支えたといえる.ゲームの特徴を物語で はなく,ルールシステムに位置づけたことで,

ゲームデザインはナラトロジー分析に批判的な立 場に立ったともいえる.

3  「遊び」のためのメディアとしてのゲーム  ここでは,ゲームというメディアの遊戯性に注 目する研究をレビューしたい.しかし,その前に ルドロジーという言葉を定義せねばならないだろ う.ルドロジーとは遊戯論(和訳)であり,ゲー ムを遊戯性の側面から注目する分析といえよう.

ルドロジーという言葉は,2000年代に入ってから 欧米のゲーム研究で現われ,特にナラトロジー分 析(物語論)を批判するために用いられた.だが 2000年代後半から,ゲームを遊戯性の側面からと らえる研究が多様化し,デジタルゲーム以前の遊 びを巡る理論を含めて「遊戯性の科学」という広 義な意味で解釈されるようになった.その結果,

ルドロジー分析の定義とゲーム研究の中の位置づ けが曖昧となったといえよう.それに加えて,遊 戯性を論じるルドロジー分析の中に整理可能な研 究は,未だに明確ではないという点にも留意せね ばならないだろう.本論文では,「ルドロジー分 析」を,2000年代のゲーム研究で現われたゲーム をメディアとして且つ,コンテンツ・受容過程の

分析で「遊戯性」に注目した研究に意味づける.

その研究の特徴として,主に二つの点に整理でき るといえよう.

 まず,物語論(ナラトロジー)の批判という点 についてである.第 1 項で論じたように,ナラト ロジーという言葉は,徐々に批判的に論じられる ようになってきた.ルドロジー分析の学者は,

ゲームの中に物語の要素が含まれていることを踏 まえた上で,ゲームの特殊性は別のところにある と主張している(Frasca,2003a;2003b).物語 論はゲームに限らず,他のメディア領域でも用い られる理論であり,そのため,ゲームの特殊性を 物語の中だけに見出すことはできないと,北ヨー ロ ッ パ の 研 究 者 は 指 摘 し て い る(Aarseth, 1998;Juul,2001;2004).そして,このようなナ ラトロジーへの批判により,他のメディア研究と の距離が遠くなったともいえる.また,ゲームは 相互作用的な過程なので,メディアという言葉が 不適切といわれるまでになった(Juul,2004).そ の結果,ナラトロジー分析への批判は,古いメ ディアから新しいメディアへ,またはメディアか ら遊戯へと対象が絞られ,ゲームの特殊性はその 文脈に位置づけられるようになっていった.

 次に,「遊び」について述べよう.ルドロジー 分析の学者にとっては,ゲームは遊びであり,彼 らはその遊びを理論的にとらえるべきだと主張す る.この主張については,研究者の中でもさまざ まな議論があるが,例えばサレンとジマーマンは ゲームデザインの理論とヨハン・ホイジンガの魔 法円概念を参考にして,遊びを特別なルールに よって限定された特定の空間における相互作用行 為 と 定 義 し て い る(Huizinga,1955;Salen&

Zimmerman,2004).イェスパー・ユールは,ホ イジンガとロジェ・カイヨワという他の学者の理 論から,ゲームにおける「遊び」の要素を,フィ クションと現実世界の間に位置づけようとする

(Caillois,1958;Juul,2004).また,「遊び」を相 互作用の過程とし,アーヴィング・ゴッフマンの

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相互作用理論を参考にして,ゲームの「遊戯性」

を分析する研究もある(Goffman,1961;Consalvo, 2007).

 ルドロジー分析でも理論がさまざまあるが,共 通する点としては,ゲームはたんに物語ではない ということ,そしてルールは遊びの概念の最も重 要な要素だということが挙げられる.特に重要な のは,ルドロジーに属する研究はゲームを分析す るだけではなく,ゲームの特殊性に相応しい理論 概念を創造する意思も介在するということであ る.後の項では,ルドロジー分析はゲーム研究全 体を見据えた場合に,どのように位置づけられる のかについても論じていきたい.

結 ゲームはユーザーに何をもたらすのか  この節では,ゲームをメディアとして分析した 研究をレビューしたが,まとめると,コンテンツ 分析,制作分析,受容分析の三つに分けられた.

これを,ゲームという対象に当てはめると,ナラ トロジー分析,ゲームデザイン,ルドロジー分析 ともいうことができた.ナラトロジー分析に対す る批判はルドロジー分析発展のきっかけとなり,

ゲームデザインの理論はそのナラトロジー分析を 批判するための論証となった.以上のことから,

いわばゲームは「物語」というより,「ルール」

からなるものとしてとらえたほうが妥当であるよ うに思われる.このことについては,以下の二点 にまとめることができる.

Ⅱ コミュニケーションとしてのゲーム ─ ユーザー/利用/遊戯性

 ここでは,ユーザーやコミュニティに着目した ゲーム研究をレビューしたい.こうした研究はさ まざまに存在するが,第Ⅰ節で紹介した研究と関 連する部分もある.ここでは,ゲームそれ自体に ついてというよりも,「ゲームする」というコ ミュニケーションのさまざまな側面に注目する.

ゲームをすることは消極的な受容だけではないの

である.ここではユーザー,消費と利用,遊び空 間という三つのカテゴリーに分けて見ていくこと とする.

1  ゲームの「ユーザー」とは?

 まずは,ユーザーそのもの,いわゆるオーディ エンスに着目するゲーム研究をレビューしたい.

この研究は端的にいえば,ゲームする人は誰かと いうことを明らかにしようとしている.このオー ディエンス分析の方法としては,量的調査から ユーザーをカテゴリー化する方法と,質的調査か ら特定のカテゴリーのユーザーに注目して,その 歴史や日常生活,ゲームとの接触の実態などを分 析する方法の二つに分けることができる.

 ゲームのオーディエンスを質的に調査する研究 の特徴として,対象としてはオンラインゲームが 選ばれることが多く,またエスノメソドロジーの 影響下にあることが多いことが挙げられよう.

2000年代以降のインターネットの普及に伴って,

特に欧米でオンラインゲームが流行し,さまざま な人がネット上に集まって,一緒にゲームするよ うになった.これらの人々を研究対象にしようと した研究者の中には,人類学者及び社会学者が多 かった.彼らはオンラインゲームのエスノグラ フィー,つまりユーザーの社会的属性やコミュニ ティの形成についての分析を試みようとした

(Williams,Yee&Caplan,2008;Auray,2003;

Ducheneault & Moore, 2004;Taylor, 2006;

Coavoux,2010).そしてオンラインゲームユー ザーのコミュニティに注目した研究は,ゲーム研 究の中に新しい議論を生み出していったが,その 特徴は,社会学・人類学的な議論をベースとして いること(Hine,2000;Boellstorff,2006)と,「虚 構/現実」あるいは「オンライン/オフライン」

といった,リアリティ感覚をめぐるユーザーの立 ち位置にしばしば言及するということである

(Taylor,2006).後者については後の項で詳述す るため,ここでは前者に着目するが,特殊な環境

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で行動するユーザーに対して,「伝統的な」調査 方法を用いるのは不適切であるという批判と,そ れでもやはり「伝統的」なエスノメソドロジーで ゲームのオーディエンスが十分に分析可能である と い う 論 と が 対 立 し て い る(Hine,2000;

Zabban,2012).ここで注目すべきは,こうした 対立の背景に,ゲーム研究と人類学とのかい離が 存在しているということであろう.

 他のゲームユーザーに関わる研究としては,具 体的なケースに着目する質的研究もある.具体的 な例として,特定のゲームユーザーを研究対象に して,ユーザーとゲームの接触のきっかけを生活 史・ゲーム実践史の視点から分析しようとする研 究が挙げられよう.このようなアプローチにおい ても,オンラインゲームのユーザーが対象となる こ と が 多 い(Williams,Yee&Caplan,2008;

Cavoux,2010;Chen,2012).だが近年,他の実 践を対象にする研究も登場してきた.例えば,マ ニュエル・ブテは,位置情報機能を使うスマホア プリゲーム(Ingress,Niantic,2012),や家庭用 のサッカーゲーム(Fifa13,EASports,2012)の フランス人ユーザーを調査し,そのユーザーの ゲ ー ム 接 触 と 日 常 生 活 の 関 係 を 分 析 し た

(Minassian,Boutet,2015).

 しかし,オンラインゲームを除くと,ゲームの オーディエンスとその変化に着目する研究はいま だに少ないことが明らかであろう.そして近年,

フランス語圏及び英語圏のゲーム研究者からユー ザーの多様性が明らかにされていないままである と い う 問 題 点 も 提 起 さ れ た(Mayra,2008;

Coavouxetal.2013).これは,ゲームに関する 量的調査が不足しているということであり,今後 実施される世論調査において,質問紙の中に

「ゲーム」というカテゴリーが含まれるように なったとしても,「ゲームをする」という文言の 中に,どのような行為を含めるべきであるかとい う 点 は, い ま だ に 未 確 定 な ま ま な の で あ る

(Coavouxetal.2013).

2  ゲームの「消費・利用過程」とは?

 第Ⅰ節では,初期のルドロジー分析において ゲームの受容をルールとの相互作用にとらえる傾 向があったと指摘した.この指摘への反論は,

2000年代の半ばより登場してきており,そこでは

「ゲームはいかに受容されているのか」という問 いよりも「ユーザーはゲームをいかに利用・消費 するのか」という問いに着目するのが特徴となっ ている.

 利用過程に注目するゲーム研究は,ルドロジー 研究の消極的な側面を批判し,逆に能動的な参加 を主張する研究が多く,他の文化実践への能動的 な参加に関わる研究が参照されやすい.その例と して,読書経験が能動的であるという研究(De Certeau,1980)やバラエティ番組のファンの能 動的な活動の研究(Jenkins,1992;Hills,2002)

が挙げられよう.例えば,ゲームを好きに利用し たり,ゲームプログラムを変更したりするユー ザーのコミュニティに着目する研究(Jepessen

&Molin,2003;Consalvo,2007;Boutet,2010;

Barnabé,2015),または自主的に同人ゲームを創 るユーザーのコミュニティに着目する研究(七 邊,2013)がその例として挙げられよう.

 日本におけるゲームの利用と消費に着目する研 究は,今日ではオタク研究の一ジャンルとして位 置づけられていると言ってもよい.日本のオタク 研究の中でも,能動的な活動に着目する研究が存 在しているが,「コミック・マーケット」の仕組 み及び二次創作文化つまり,同人の活動に着目す る研究が最も代表的な例といえよう(七邊,

2013).他にも,東浩紀は恋愛シミュレーション ゲームの消費過程について論じており,キャラク ターの「萌え方」(キャラクターの流行過程)か らユーザーの消費様式の変化を分析した(東,

2001).また,ゲームをめぐるコミュニティのあ り方に注目したものとして,例えば,ゲームセン ターの利用を通して生まれるコミュニケーション の研究(加藤,2011)や,対戦格闘ゲームの利用

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から生まれるコミュニケーションの研究(木島,

2014)などが挙げられる.

 こうしたユーザーに注目した研究の特徴とし て,欧米では能動的に活動するユーザーに着目 し,日本では「オタク」的に活動するユーザーに 着目しているという点が挙げられる.重要なの は,研究対象とするユーザーが限定されてしまっ ているということである.いわば消極的なユー ザーや非オタクであるユーザーの実態は,あまり 明らかにされてこなかったともいえるのである

(Mayra,2008).一方で,ごく近年においては,

一般ユーザーに着目する研究が現われつつある

(Juul,2010など)が,ゲームユーザーが多元化す る今日の状況を考えると,まだ少ないといわざる を得ないだろう.

3  「遊び」というコミュニケーションとして のゲーム

 メディアからの視点のように,他の研究分野か ら分離すると共に,ゲームユーザーの特殊性を

「遊戯性」に設定した領域は現われなかった.し かし,ユーザー及び利用・消費に着目するゲーム 研究でも「遊戯性」の分析は存在する.フランス 語圏と日本語圏では,「遊び」というコミュニ ケーションとしてのゲームについて論じている研 究が登場した.ただ,この研究において,遊びと いう要素は最も重要な点ではなく,追加分析のよ うな位置づけであることがほとんどである.この 分析は,主に遊戯文化研究・遊びの社会学からの 二つの理論に基づいている.

 一つ目は,ロジェ・カイヨワによる遊びの分類 である.カイヨワによると,遊ぶということは特 別な態度であり,遊んでいる人の態度によってど のような遊びでも四つのカテゴリーに分けられる という.その四つのカテゴリーとは,アゴン(競 争),アレア(運),ミミクリ(摸擬),イリンク ス(眩暈)である.それに加えて,ルールにした がって遊ぶ態度(ルデュス)とルールを無視して

遊ぶ態度(パイデイア)に分けられるという

(Caillois,1958).遊びの分類論を参照するゲーム 研究の中では,カイヨワが最も重要な要素として 主張する「遊んでいる人の態度」よりも,「遊ぶ ためのツール」,つまりゲームコンテンツが参照 さ れ る こ と が 多 か っ た(Juul,2005; 木 島,

2011).だが,そうした中でも,ゲームユーザー の遊ぶ態度に注目した稀有な二つの研究を挙げる ことができる.加藤裕康はゲームセンターの中で 遊んでいる人々をカイヨワのカテゴリーを用いて 分類し,特に多かったカテゴリーとして,アゴン

(競争)とミミクリ(摸擬)を挙げ,そうしたふ るまいから,ユーザーたちの間に「観察者」や

「ライバル」といった特別なコミュニケーション が生じるのだと分析した(加藤,2011).哲学者 であるマチュウ・トリクロも,ゲームセンターに 集まる人々の分析を試み,若者らが危険な運転な どを摸擬するゲーム経験の中に,イリンクス(眩 暈)を求めるということを指摘した(Triclot, 2011).両者ともゲームする時のユーザーの特別 な態度や,その態度によるコミュニケーションの あり方について論じているのだが,こうしたコ ミュニケーションについては,さらに掘り下げた 分析が期待されるところといえよう.

 もう一つの議論は,遊びの空間に関する議論で ある.第Ⅰ節で論じたように,ルドロジー分析に は,ホイジンガによる魔法円を用いたゲーム空間 に つ い て の 分 析 が 含 ま れ て き た(Salen&

Zimmerman,2004;Juul,2005). だ が, ル ド ロ ジー分析の学者はゲーム空間をゲームの中,つま り画面に映っているコンテンツの中にだけ位置づ けており,ユーザーたちのふるまいやコミュニ ケーションに対する分析は十分に深められては来 なかった.だが,ここでも例外的な議論として加 藤裕康の研究,そして社会学者であるマニュエ ル・ブテの研究を挙げることができるだろう.加 藤は,ゲームセンターという空間の中にあるコ ミュニケーションのあり方を明らかにしようとし

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たし(加藤,2011),また,マニュエル・ブテ は,自宅で友達とゲームする時のユーザー空間を 観察して「ユーザーとユーザー/ユーザーと空 間」に関わるコミュニケーションのありようを分 析した(Boutet,2012).しかし,これらの例外的 な研究を除くと,ユーザーと空間に注目した研究 は多くはないといえる.

結 ユーザーはゲームで/に何をしているのか  この節では,ゲームをコミュニケーションとし てとらえる研究を,主にオーディエンス,いわゆ るユーザー分析,利用・消費分析,遊びの空間の 分析に分けて整理した.

 ゲームのオーディエンス分析に関しては,オン ラインゲームのコミュニティに着目する研究が多 く,人類学・社会学の調査方法が適切かどうかが 論点であった.また最も重要な点として,能動的 なユーザーに着目してきたという点も指摘してお かねばなるまい.日本では,熱心にゲームをする オタクに着目したり,特徴的なゲームのコミュニ ティに着目したりする研究が目立っていた.

 全体として,ゲームをコミュニケーションの視 点からとらえる研究は,熱心にゲームやコミュニ ティに参加するユーザー,または特殊性の強い ゲームに着目する傾向があったといえる.しか し,ゲームユーザーの中には,それほど熱心に ゲームやコミュニティに参加しないユーザーもい るのではないかと考えられる.そのユーザーらに とって,ゲームするということがいかなる経験な のかは未だ不明である.ハードコアゲーマーつま り,ゲームを趣味として熱心にするユーザーに対 して,カジュアルゲーマーという言葉がある3) カジュアルゲーマーは,ゲームのことをそこまで 大事な趣味として考えず,操作が簡単なゲームの ほうを暇つぶしで選択するユーザーのことを指す

(Juul,2010).これまでのゲーム研究では,ハー ドコアゲーマーがよく研究されてきたが,最近に なりカジュアルユーザーが分析対象として現われ

てきた.しかし,まだ研究不足であり,これから その方向に進むべきだと考えられる.

お わ り に ゲーム研究における課題 1  ゲーム研究の自立化

 本論文では,これまでのゲーム研究を整理し,

他の研究分野との関連を明らかにした.その中 で,ゲームのどの側面がよく分析され,逆にされ てこなかったかを明らかにした.このことから,

ゲーム研究は一つの分野として独立したのと同時 に,その分析対象を限定してきたことが指摘でき る.こうした現状をまとめると,以下の二つの点 を指摘できるだろう.

 一つ目は,ルドロジー分析の形成である.メ ディア研究の視点や方法論を取り入れながら,

ゲームのコンテンツ,制作過程,受容過程などが 分析対象となってきたが,ルドロジー分析の学者 は,ゲームをたんにメディアとしてとらえるだけ では,十分ではないと主張していた.そして,メ ディア研究の視点や方法論だけではなく,ゲーム デザインと遊戯文化研究の理論を組み合わせた分 析からその特殊性を明らかにしようとした.その 結果,ルドロジー分析においては,「ゲーム=

ルール」というとらえ方が一般的となり,ゲーム の受容過程について「ルールとの相互作用」とし て分析することが特徴的な分析方法となってき た.ここで重要なのは,こうした移行の結果,

ユーザーというよりはゲームそれ自体(コンテン ツ・制作過程)の分析が優先されるようになって しまったということである.しかし今日に至っ て,ユーザーへの視点が重視され始めていること は,すでに述べたとおりである.

 二つ目に重要な点は,いくつかのゲーム研究に おいては,特定のユーザー層に着目する傾向があ るということである.欧米では,オンラインゲー ムが普及してから,そのユーザーが研究対象にな り,量的調査も質的調査も行われるようになっ た.しかし,デジタルなメディア環境の中でコ

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ミュニケーションしている彼らを調査するために は,人類学・社会学の既存の調査方法では限界が あると,批判もされるようになってきた.また能 動的に参加するユーザーのほうが研究対象として ふさわしいという考えも出てきて,日本では,

ゲームやコミュニティに熱心に参加するオタク的 なユーザーが研究対象となってきた.

 以上のことから,これまでのゲーム研究を全体 的にみると,最も重要なのは,以前の遊戯文化研 究及び,遊びに関する社会学・哲学などの研究蓄 積との関連,さらにはユーザーの多様性が見えに くいということであろう.

 それで最近では,多様なユーザーの実態に迫ろ うとしたり,アナログおよび伝統的なゲームとの 関連を解明しようとしたり,さらにはユーザーた ちの現実空間でのふるまいにも着目しようとする よ う な 研 究 が 現 わ れ て き た と 述 べ た(Juul, 2005;2010)が,こうした研究はまだ少ないとい わざるを得ないだろう.では,これからどのよう にしていけばよいのか,今後の展望について論じ て,本論文をまとめていくこととしたい.

2  「遊び」を軸にした,メディアとコミュニ ケーションの学際的研究へ

 まずは,デジタルではないゲームとの関連につ いても,注目して論じていくべきだろう.本論文 では,ゲーム研究と遊戯文化研究とが分離したこ とについて論じてきたが,そこで注目すべき点 は,遊戯文化研究の側にも責任の一端があるので はないかということである.すなわち,いわゆる 遊戯文化研究においては,デジタルゲームは「別 分野」として扱われ,十分な分析がなされてこな かった4)(増川,2014).それゆえに,伝統的な遊 戯文化の研究者が最初からデジタルゲームを対象 として含まないことが当然視されてしまってきた のである.しかし,アナログとデジタルのゲーム は,完全に別物であるとはいえないだろうし

(Salen&Zimmerman,2004;Juul,2005), む し

ろ両者を架橋していくような視点からゲームを研 究することで,新しい結果が期待できるのではな いだろうか.例えば筆者が研究テーマとしている アーケードゲームの中にも,伝統的なゲームとも デジタルゲームとも定めにくいようなエレメカ5)

(クレーンゲーム,メダルゲームなど)という ジャンルが存在しており,こうした複雑な対象も 射程に含めた詳細な研究を展開していくことで,

アナログとデジタルを架橋する新しいパースペク ティヴを生み出しうるのではないかとも考えられ る.また,日本の遊戯文化の具体的な例でいえ ば,麻雀についての研究(井上,1977)を,デジ タル化された後の麻雀ゲーム(ゲームセンターの 脱衣麻雀ゲーム,麻雀のスマホアプリゲームな ど)についての研究へと接続していく,といった 可能性もあるだろう.

 また,メディアとコミュニケーションの研究を 結ぶことで,これまで分析されなかったゲームの 側面に触れることができるようになるのではない だろうか.そのためには,機械・デバイス,身 体,及び空間という概念のことについて改めて考 えるべきである.メディアの視点からは,ゲーム はコンテンツやフィクションの空間として分析さ れたが,デバイスとして分析されたことは少ない

(Taylor,2009).また,コミュニケーションの視 点からは,ユーザーの身体の使い方,機械の操作 という側面が十分にとらえられていない.そし て,ゲーム経験を身体とデバイスが相互作用する 空間から分析する研究では,ゲームやユーザーの 多様性が理解できるのではないかと考えられる.

加藤裕康がゲームセンターの中で相互作用する ユーザーを分析したように(加藤,2011),列車 の中でスマートフォンを使って遊ぶ人,自宅の家 庭用機で遊ぶ人,またはデパートのアーケード筐 体で遊ぶ人なども,研究対象に含めていくべきで はないだろうか.

 最後に,遊戯文化や遊びの社会学などつまり,

遊びに関する研究の理論を改めてゲーム研究に利

(10)

用するべきではないかということを論じたい.前 述したように,これまでのゲーム研究では,ホイ ジンガとカイヨワという二つの研究者の理論が中 心的に用いられてきた.一方で,フランス語圏の ゲーム研究では,遊びという概念について再考す る必要性を主張した研究が存在している(Triclot, 2011;Perron,2013).その研究は特に,遊ぶ「態 度」という概念に注目しており,哲学者である ジャク・アンリオは,遊ぶ「態度」の重要性につ いて論じていた(Henriot,1969/1989).前述した マチュウ・トリクロと歴史学者であるベルナル・

ペロンはアンリオが定義する遊ぶ態度の概念か ら,デジタルゲームを分析できるかどうかという ことについて論じている.

 以上のことを踏まえると,これまでのゲーム研 究から脱却し,新しい方向の研究を展開する必要 があるといえるだろう.

 1) 2001-2017.http://gamestudies.org/1001  2) 2006-2017.http://journals.sagepub.com/loi/gaca  3) ゲーム業界や専門雑誌,またはユーザー同士でよ

く利用されている.

 4) 近年,デジタル空間と物理空間を横断して遊ぶ ゲ ー ム や 玩 具 の 研 究 が 現 わ れ て き た.『Analog GameStudies』という電子学術誌の例が挙げられよ う.

 5) エレクトロメカニカル・ゲーム(electromechanical game 英訳).

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参照

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