カレン語文法研究に於ける諸問題*
一APreliminary Repor卜一一
(II)
藤井 文男
2」.カレン語に於ける Brgativity
これまでの調査に於いては,カレン語に統辞構造上,純粋な意味でのergativityを認めることはで きないと思われる。ただ,この方向での解釈に若干の根拠を与えるような,或いは同一体系内で ある種の背反するような現象も観察されるので,本題の周辺に於いて幾ばくかの問題点を報告し ておきたい。
上の第1節で概略を記した通り,カレン語には二種類の代名詞体系が存在する:一方はいわゆ る主格代名詞として機能し,第一人称と第二人称では単数・複数とも文法的に必須であって,形 態的には動詞のcliticsとして機能する。他方は「独立[あるいは絶対】(格)代名詞」もしくは「強 調形代名詞」とでも呼ぶのが相応しい,動詞からは完全に独立した体系で,目的格としても機能 するほか,ある種のLeft Dislocationのように指示対象をまず指し示すのに用いられ,次に主格代 名詞に対象を引き渡す役割を果たす。ということは,後者の方は機能的にはどちらかと言うと「指 示代名詞」に近いものと理解することができるわけである。
問題はしかしながら,代名詞の指示性の度合いと機能上の格対応のあり方である。いわゆる「主 格代名詞」が指示性に乏しく,単なる人称のマーカーとして動詞に対して接頭辞的に用いられる のはフランス語を初めとして幾多の言語に見られる現象なので特に問題は感じないが,指示性の 高い方のラインの 独立系 代名詞がなぜ目的格にまで用いられるのか?典型的なergativityが 存在するのであれば「絶対格」は他動詞構文に於いては内容的に対格表現に一致し,談話機能と しての topic を提示する場合がほとんどなので理解しやすいのだが,そうした前提のないまま,
独立格 は平然と目的語として機能する。
更に問題を複雑にするのは, 独立格 としての高い指示性を保ったまま 加pic としての機能 を担わないのは代名詞だけでなく,目的格として機能する一般名詞に対しても主格の場合に比べ てより高い指示性が要求されることであろう。指示代名詞には忌1/§㌔肋∂ 駈hislthaゼ と(p6ξ1/
9a6栖鞠g解w6η2 趾his one/that on♂があって何れも名詞に後置されるが:
(46) OZ〜ノθc : Structure (47) 5μクノ6c :
a.*(酪 ξ1book −DEM 紘 (壱8 創 this book b.(莇蜘ξ・b・・k−[P,。n。un】4)EM b.(も柚6ξnhi、 b。。k・
『人文学科論集』32,pp.25−47. ◎1999茨城大学人文学部(人文学部紀要)
のように,独立性の低い 単純形 は目的語としては使えない。つまり問題は,もちろん主格代 名詞と属格代名詞が形態的に完全に一致するという,一般的にはergativityの有力候補となり得る 事実は存在するものの,少なくとも統辞論的にはカレン語にergativityが認められないにも拘わら ず,なぜ目的格に高い指示性が求められるのか,ということになる。
この問題については本研究に於いては,まだまとまった解答を導き出すに至っていない。当面 に於いて考えられるのは,一般名詞に於いては中国語などと同じように無標の名詞は動詞句に incorporateされており,完全に述語動詞の一部となっていることから,これと区分するためには
目的格名詞には高い指示性が求められる,ということくらいだが,目的語としてincorporateされ た代名詞などは存在しないし,そもそも人称代名詞をincorporateしたところで機能的には一般名 詞の場合ほどの意味を常識的に持たないから,これとて満足のいく説明にはならない。残念なが
ら,この問題については今後の広範な調査結果が出るのを待つしかないようである。
2.4. 前置詞 形容詞 の文法的ステータス
言語学的記述のあまり整備されていない自然言語との構造的取り組みの際によく問題となる項目 のひとつに,いわゆる Parts of Speech ,つまり「品詞」と呼ばれる文法のカテゴリーの特定が ある。大抵はよく知られた言語の記述に用いられる術語を流用することになるわけだが,文法構 造は各言語により様々であるのはもちろんのこと,研究者自身が当該言語の研究史や学術的伝統 といったバックボーンを共有していないのに加え,現実にもそうした文化的背景が活用できない ような場面も多く,既存のテクニカル・タームの流用すらなかなかスムーズにはいかない。ここ で取り上げる「前置詞」や「形容詞」というカテゴリー名も英語や日本語の記述に使われるもの に準えたに過ぎないが,本研究ではこうした術語を厳密に定義するより,そうしたカテゴリーが カレン語の文法構造全体の中で如何なる位置を占め,如何に機能するかを追求することに焦点を 当てているので,語義の綿密な定義自体はさし当たり今後の研究に委ねることにしたい。
2.4.L前置詞とその来源 前置詞や後置詞などの 品詞 に属する表現の中には,元来,他の品 詞だったものが歴史の歩みとともに変化し,最終的に新たなカテゴリーの属性を取得して文法化
したものが多い。例えば英語のσは副詞の曜と同根であり,中国語の「従」は文字を見れば一・
目瞭然のように,元々は動詞だったものが前置詞として文法化して定着したものである。そして,
これらの表現の語源を知ることにより,現代語に於ける機能での行動様式もある程度は予測でき るようになる。一つの形態が今なお二つのカテゴリーに属すようなこともあり,全く異なった行 動様式をとることは考えにくいからだ。それは,現代語に於いては既に元のカテゴリーでは使わ れなくなってしまった表現についても同様である。
こうした点に関しては,カレン語は非常に分が悪い。カレン語自体,文字を持つようになった
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 27
のは19世紀以降のことだし,周辺の言語にもカレン語に関する記録は極めて少ないからだ。本研 究に於いても調査の中心に「前置詞」を据えたことはなかったが,これまで判ったことだけから このカテゴリー全体の来源を明確にすることは少し難しいように思う。カレン語の 前置詞 の 場合,中国語などのように動詞から文法化してきたのではなく,どちらかと言うと元来は名詞表 現だったことを匂わせるケースが多いような印象を持つが,いずれにしても今後の綿密な調査が 必要となろう。
24二形容詞と副詞の区分について カレン語に於ける「形容詞」とは,日本語や中国語・朝鮮 語などと同様,基本的には単独で述語として機能し,繋辞などのサポートを必要としない。その 意味では,形容詞が名詞を修飾する場合,語順が「名詞一形容詞」となるため,そうしたcon一 catenationは単なる修飾関係なのか陳述関係なのか,基本的にはambiguousであり,カテゴリー として全体が名詞表現となるか文表現となるかは,文表現の文末にsentence operatorとしての終 助詞が付加されるか否かに懸かっている。同じ(壱Sgl 1診g彦∫ book−gooげ というsequenceでも:
(48)a G3891 a/the good book ( 名詞表現 ) li gδi
b.c6801 n免. The book is/was good.(文表現) o
li g色i 1δ
カレン語に於いては更に,形容詞が副詞として用いられる場合も,ドイッ語などと同様に,形 態上で区分されることはない。問題はだから,他動詞構造に於いて形容詞的な語彙が付加される
ような場合に起こる可能性がある:
。ζ噛 o o
i49)a・?oDolo〜0: ωり9π OOL ( ambiguous :(≠49b−c)
?Kp6thu pha li g∂∫ 16.
Kpothu read book goodlwellASS
o σρ o
Kp6thu ph盃 1〜 −g彦ゴ 16.
Kpothu read book good ASS
O oζ鴨 o
メD oDoloR O8 ωりg1−gl oDl. Kpothu reads books well.
Kp6thu ph誘 1診 9絶i・9邑i l6.
Kpothu read book well ASS
(49a)は構造的にambiguousなので,この形容詞の場合は原則として実用されることはなく,文 法的機能が明確に区分されている(49b)[形容詞の場合]もしくは(49c)[副詞の場合]が使われ
る,という調査結果が出ているが,このメカニズムがカレン語の統辞体系の中で真に生産的なも のなのかどうかはまだ明らかになっていない。今後,集中した調査が必要になる点であろう。
2.5. Co・Verb,,について
このテクニカル・タームは日本語では「副動詞」と訳され,内容も広範な対象を含み得るが,こ こでは「本動詞に前置される」という,統辞上,明確に位置づけられる「助動詞」もしくは「構 造助詞」以外の動詞表現を指し,本動詞と共に様々な動詞カテゴリーを形成する述語表現と捉え ておきたい。
この現象についての検討は加藤(1993)に詳しいが,ここでは2.2節で詳細に扱った「基本語順」
の問題との絡みから若干の表現を取り上吠更にこれらの表現と密接な関係を持つparticleであ る「完了のc6 」にも言及してみたい。
2.5.1.「結果補語」と ℃o・Verb 「結果補語」も Co−Verb も本来,中国語に於ける一種の Serial Verb Constructioバを記述するために用いられ始めた術語だが((≠CHAo 1968),「副動詞」
がカレン語ではどのような機能を持つものなのか,まずは例文に当たってみたい:
(50)乱。・&叩・3・鵬 δ・. ・Kp・・h・is readi・g・b・・k.・
Kp6thu ph謡 li l6.
Kpothu read book ASS
o 。e 。 。 o
b・ oDo1(等〜03 00つ 01 一ω co1・ Kpothu has finished reading a book.
Kp6thu ph誘 li w3 −1 16.
Kpothu read book finish−PFT ASS
(51)a 。・8・雫・3・莇 ・&. Kp・・h・is readi・g・b・・k.・(=50・)
Kp6thu ph謡 1i l6.
Kpothu read book ASS
o 。ぐ ぐ o
b. oDo1(冷03 00っ の一夢7 0D1. Kpothu may soon read a book.
Kp6thu ph誘 li ん一 舵 16.
Kpothu read book FUT−POT ASS
この例文で見る限り,(50b)の(6D−oδ(wε)一 が「完了相」ないしegressivity!terminativity,(51b)
の(m→fiS(k一)磁が「可能」という法カテゴリーを本動詞に付与していると解釈することができ
る。
「カレ詔語文法研究に於ける諸問題」 29
しかしながら,完了相もしくはegressivitylterminativityの方は主に動詞に後続する一C6−1 が 担当しているとも理解できるのでこのままでも特に問題はないが,この構文の把握を困難にして ぐ
「るのが銭副動詞 │ηδ に前置されている時制の構造助詞OD一齢の存在である。この種の助辞 はそもそも,主語の直後に配置され,本動詞に直接,前置されるものではなかったか?しかしな
がら:
o 。e ζ辱 o
(52) a・ ODOK等〜 03 00つ rη一憂7 eoL (=51b)
Kp6thu ph函li 丸一 η∂ 16.
b。*。・8・叩の一・3。δ8φ憂ヂδ・. (451域52・)
*Kp6thuん一 ph喬li φ η∂ 16.
が示すように,OD一起を§㌦∂ から分離して本動詞に前置させた形(52b)は,予想に反して非文 法的となってしまう。一体,なぜなのだろう?
e 。
竭閧 解く鍵は,実は 副動詞 として用いられている翻顧や01而の、ある種の 語彙的 特性にあった:これらの 副動詞 は,当然ながら本動詞としても用いることができる。例を61
( e−(v)漉(一のにとると:
ぐ o o o σ
i53) a・ *σ)010R O1 (3∂)OD1り1φ ω 00L (げ52b,53b)
*Kp6thu}伊置 ( )tama φ 〃 16.
Kpothu finish his work PFr ASS
o ぐ o o o
aD oDol(冷01 ゆ)CDlo101 一ω001. Kpothu has価shed his work.
Kp6thu m凸 ( )t互ma wε 一1 16.
Kpothu finish his work finish−PFT ASS
となるが,他動詞的に用いた(53a)は非文法的である。これを文法的にするには 本動詞 とし て他動詞のOl〃2∂ to do を使役的に導入し,61漉の方はやはり対格目的語に後続する 副動詞 の地位に転落しなければならない。これは栖η♂ の場合も同じで,文全体を他動詞的に表現する ぐ
鼾〟C61漉や翻顧などの動詞表現には 副動詞 としての位置づけしか保障されていないの
である。
c
アのことは何を意味するか?問題となる61漉や§1η∂∫の語彙的意味として,我々はごく単純 に bfinislf や to get(readyア などを想像するが,カレン語に於いてはこれらの動詞は実は自動 詞としての機能しか持たないのではないか?つまり,本動詞としては 本物 の他動詞を使役的 に用い,自らはある意味でその使役的行為の結果を自動詞的に示すに過ぎないのではないだろうか?
こう考えると,他動詞を本動詞として用いた使役部分を何らかの形で名詞化することができれ c
ホ61漉や雫1η6 は晴れて正々堂々と統辞上も唯一絶対の本動詞として機能することができる
のではないだろうか,という仮説が立つ。動詞を直接,名詞化するには抽象名詞を形成するマー カーCD㌦σを前置すれぼいいから:
(54)・.。・8・叩鈴cDr・・ 6・一㎡お・. Kp・th…w・・k h・・n・i・h・己・
Kp6thu t互ma wi −1 16.
Kpothu his work finish−PFT ASS
o e . θ
b・ oDol(等〜3∂ CO1り1の一〇1 001・ Kpothu swork will finish.
Kp6thu tama ん一 wi l6.
Kpothu his work FUT−finish ASS
となり,この仮説が妥当だったことが示される。
もう一歩,踏み込んで考えると,この種の抽象名詞化を本動詞に対して敢えて直接,施さなく とも,特にincorporateされた目的語を持つVO−Sequenceの場合には容易に想像できるように,最 初から単純な命題を示す機能のみ果たし,統辞的な中心としての役割は担っていないのではない か,と解釈することができる。そしてだからこそ,時制に対しては反応せず,未来を表わす構造 助詞oo一洛も内容的な本動詞ではなく,これまで 副動詞 として理解してきた栖η∂ の方に 接続すると考えられるのである。つまり,この種の構文に於いては,61漉も夢磁も統辞的に は「副動詞」などという 汚名 を着せられるような存在では決してなく,最初から正真正銘の 本動詞として機能していると捉えるべきなのである。
しかしながら,こうした構文法は何もカレン語の専売特許ではない。これまでにもよく比較の 対象として言及してきた中国語でもその他の言語でもかなり広く認められる統辞現象である:
(55)a. 張三戴__眼鏡 看 一着 書。
John wear eye−glass read−DUR book
John is reading with eye−glasses on.
( John has wore his eye−glasses and is reading a book。 )
b. 張三養__書 戴 一了 眼鏡。
John read book wear−PFT eye−glass
John has put his eye−gasses on for reading。
( John has put his eye−glasses on量n order to read a book. )
(56)a.Arch.†張三 刃 一 童 完 了。
John read that−CLF book丘nish PFT
b.Mod.張三看一完 那一本 書 φ 了。 ●
John read−finish that−CLF book PFT
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 31
カレン語との違いは,中国語では(56a−b)の場合中古漢語ではまだかなりの文法的独立1生を保ち,
理論的にもmain verbとしての解釈も可能だった,いわゆる「副動詞」が現代語では文中で主語 に後続する本動詞に吸引されて統辞上の独立性を放棄し,統辞的には副動詞よりも更に 下層 の
「動詞語尾」へと 没落 した点にある。その意味では,カレン語に於ける文末の 文法的求心力 にはまだまだ侮れないものがある,と言わねばなるまい。
2.5λ「完了のマーカー」d}〃の文法的ステータスについて 前節で扱った「副動詞」の問題が 完全でないまでもある程度の解決を見たことで,それまでは単なる 例外 もしくは統辞上の irregularityとしてしか処理できなかった問題に説明がつくようになる。それは,完了を表わす61一 c6}g羅が挿入されると,それまで有効だった他の副詞と共起できなくなる,という現象である:
(57)a。・8・叩鄙9・戯戯 6・. Kp・th・i・really eati・g[・ice].・
Kp6thu 6 m6i δ δ 16.
Kpothu eat rice really ASS
L *oD81(等〜∈昌多曾1 0劣o劣61 −(壱 c81. (・Kpothu has really負nished eating・)
*Kp6thu 6 mei δ∫∂ wi −li l6.
Kpothu eat rice really finish−PFT ASS
確かに,61(一(粉w量(一のを 副動詞 として捉え,機能的には副詞的に解釈している限り,なぜ
(57b)が非文法的になってしまうのか理解に苦しむしかないが,61漉が統辞上の本動詞として機 能していると捉え直すことによって,問題は一挙に解決する:カレン語に於いては,副詞は動詞 には先行できないにも拘わらず,(57b)は正にこの規則に違反しているのである。
これまで主に61漉との組み合わせで議論してきた完了のマーカー(6〃だが,もちろん単独で も用いられる。ただその場合アスペクト上の機能は若干,変わり,ingressiveに用いることもで きるようになる。だから(57b)のような場合でも,問題を引き起こしている61漉を削除すれば,
(57b)で意図したものとは若干ニュアンスが異なるが,文法的に戻るのである:
o oぐ θ θ 。 。 θ
i58) a・ *oDolOR 3∂P g1 0ワzOつz Ol −00 001・ (ニ57b;げ58b)
*Kp6thu 6 m邑i δ δ wi−1i l6.
じ。・8・叩虜蝕・協諭φ。δδ・. ・Kp・・h・is really eati・g!・(458・)
Kp6thu 6 mei δ ∂ φ li l6.
(or: Kpothu has reany eaten rice. 1 Kpothu has really begun eating rice. )
馬
i58b)はegressiveとingressiveの両方の解釈に対してambiguousである。
ここで比較の対象となるのがやはり中国語などに現われる,完了のマーカーのingressive的
用法で:
(59)a. 下 雨 了! Ah, it sraining!
fall rain PFT
b。 三 黙鐘 了。 It sjust three o clock now.
three o clock PFT
(59a)などは機能的のみならず構造的にもカレン語と全く同一のパターンをとることが判る。
ところが,中国語では(59b)のような,動詞を欠いた名詞構文でも成り立つのに対し:
(60)乱 ・φ。・・櫛㎡δL (全59b;460b)
*φ xeo na直 〃 16.
three o clock PFT ASS
b.( ぐCD1)鄙。D・師㎡δ・・ 1ゼ・j・・t th・ee・ ・1・・k・・w・
(Ta)6u xeo na盒 〃 16.
(it) exist three o clock PFT ASS
カレン語では動詞なしの構文では非文法的となってしまう。これを文法的な言い方にするには,
(60b)のように適当な動詞を受け皿にしなければならない。つまり,カレン語に於ける「完了」は 典型的な動詞のカテゴリーということになるわけだが,そうした理解をサポートする現象は更に 追加することができる:
(61)a。。… 舗一φ。・同・。D1夢需㎡φ δ・.(461b)
Leo khanei−mei t五 bhle xeo ni 1∫ nei l6,
since then −TOP it pass three year PFT NOM ASS
Since then, it has passed three years.
b.・。。・翻§宕一φ。D踊・。。・串曾φ爺§㎡δL (cf 61a)
*Leo khanei−mei ta bh1εxeo ni φ nei 1 16.
since then −TOP it pass three year NOM PFT ASS
つまり,d1 はclauseの境界を越えてextraposeできないのである。もしカレン語が,例えば中 国語などと同じように名詞構文に於いても(61 の使用を許容するのであったならば,(も1 をclause の境界を越えてextraposeすることなど,全く厭わなかったはずだ。こうした現象なども,中国語 に比較してカレン語の側の動詞中心性を如実に物語るものと言えよう。14)
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 33
2.6. Clausahty と Dummy Subject
これまでの議論でも明らかになったように,日本語や中国語などと違い,カレン語では統辞的に
℃lausalitジが大きな意味を持つことが判る。その意味ではどちらかと言うと英語やフランス語な ど,ヨーロッパ系の言語に近い体系を持つと考えられるわけだが,そうした機能性を維持するた めには,当然のことながら必要に応じて 恩ummy subject や ℃ummy verb が用いられることが 予測される。表出内容によっては主語や動詞を欠く場合も想定されるが, ℃lausality に力点を置 くような言語では単なる形式であってもこれらの文要素を補完しないままの状態を許容しないか らだ。その意味ではあまり適当な例ではなかったかもしれないが,「使役用法」のところで dum一 my verげのことには既に触れた。15)ここでは dummy su切ecf について具体的に例を見ていこう:
(62)・.。。… 』§rωリヂ卿 。δ6・.
Leo khanei,.κ60 ηr bh匪6 1i l6.
since then three year pass PFT ASS
Since then, it has passed three years.
b.・。。・3・鍼φ 勾・ω・評6δL
*Leo khanei,φ bh1邑κ召o η1 1i l6.
・.。。・翻構ωデ 殉・ω・戸f(も(&.
Leo khanei,緬 bh1色κ60 ηr li l6.
(62a−c)に於いてσかわ〃2 to pass は自動詞で,現実に過ぎ去る何かが主語とならなければなら ない。ところが,ここで挙げたような例では,過ぎ去る年数や時間などは実際にはcommentない しfocusとして扱われることが多く,主に陳述の対象であるtopicとして機能する文法上の主語 として表現されるのはあまり適当でない。そこで,こうした表現はいわゆる「数量詞」として副 詞的に処理されるのが普通であり,統辞的には動詞表現に後置されることになる。16)すると形式的 に主語を欠くことになるので,カレン語の文法体系は一種の抽象名詞であるCD『∫δ thin9 を主 語の位置に据えるわけである。17〕つまり,必ずしも主格として機能するわけではない,という条件 の下ではあるが,ドイツ語などで文頭に位置するに相応しい表現がない場合,ドイツ語の文法は 人称代名詞の8∫を単なるplace holderとして文頭に配置するのに通じる現象だと考えていい:
(63)a. Wかtanzen die ganze Nacht.
b. E3 wird die ganze Nacht getanzt.
(63a)に於いて,文頭の瞬rが第一人称複数の代名詞であって特定の指示対象を持つのに対し,第 三人称単数ではあるが同じ人称代名詞であることに違いのないはずの(63b)に於ける83の方は何
の指示対象も持たない。
ここで取り上げた clause という概念に関して興味深い現象を示すのが,カレン語に於ける「使 役構造」である。この構文は先に触れた語順の問題に関しても興味深い行動様式を持つので,い
くつかある使役動詞のうちの01耀o to ask に焦点を当て,ここで敢えて取り上げてみたい:
(64)a 。・8・叩Q・鯉 ・8而 &.
Kp6thu meoル1配配麗ph喬1i 16 Kpothu CSE Mumu read book ASS
b.。・8・叩Q・ ・3而鯉 お・.
Kp6thu meo ph6 h ルf配1η配16 Kpothu askcd Mumu to read a book
このふたつは,動作内容と対格目的語として表わされるagentを示す文要素の位置を入れ替えて も両者とも文法的に成立するという意味で我々の注意を引くが,いずれにしても全体が,いわゆ る Pivotal Construction をとるということに関しては,最も一般的な使役構造と言えよう(4 CHAO 1968)。
より興味深いのはしかし,GOALを表わす命題が字句通りclauseの形式をとって表現されるケー スであろう:
O oぐ θ
(65) a・ σ)01Gl〜 り1 001 忌1窄 oD一 ω3 00つ 001・ ((ヅ64a−b・65b−c)
Kp6thu meo leo ル1配1襯k・ pha li 16.
Kpothu CSE CNJ Mumu FUT− read book ASS
u 。。&(pe・,9ff。。・φ 。D−・:(68(&(cf・64a−b,65・,・)
Kp6thu meoル1躍η配leo φ k・ pha li l6.
o 。ぐ o
c. α)01(Pel鯉 ool sa m−e:o」)っ oDL (qズ64a−b,65a−b)
Kp6thu meoル1麗刑配leo − k・ ph61i l6.
ここでoσ1160は名詞節を導く,英語の 伽などに対応する接続詞だと考えられるが,この種の 接続詞が存在することによってそれ以降がclauseというステータスを得ると, clause内の動詞が 突如として未来形のテンス・マーカーであるOD一洛を伴うようになる。それはGOAL節のagent
を表わす表現が,そのpivotとしての性格を明確にさせるため,使役動詞の対格目的語として主 節に raising されても同様である。この場合,変形文法的な表現をすれば,従属節中の主語は Equi−NP deletion によって 省略 された,と捉えることになるだろう。また,このagent NP は代名詞のまま副文の主語の位置に残ることもできるなど, 古典的 なtransformationsによる 種々の説明が可能になるという点は,やはりclauseという概念がかなり色濃くカレン語の統辞構
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 35
造に根付いていることを窺わせるものとして理解できよう。
しかしながら,こうしたclause中心の統辞構造としては,やや異色の統辞現象も観察される。い わゆる rDouble S呵ect Construction を彷彿とさせるものだが,まずは実例を示してみたい:
(66)乱。・8・叩 。・・ 3§ ・8・・ Kp・・h・i・ang・y・
Kp6thu x五 d6u 16.
Kpothu heart be:large ASS
h。・8・叩・・一。・・ 8§ 6・・( Kp・th・ ・hea・・i・ang・y・ ) Kp6thu − xa d6u l6.
(67)a. 象 一は 鼻一が 長い。 The elephant has a long trunk. o
elephant−TOP nose−SBJ be:10ng
b. 象 一の 鼻一は 長い。 The trunk of an elephant is long. ●
elephant−GEN nose−TOP be:long
@ 艦
(67a−b)で示される日本語の場合と同じように,(66b)のような言い方も文法的にはもちろん可能 ではあるが,普通には(66a)の方を用いる。
こうした rDouble Subject Constructiolf に典型的,且つかなり普遍的な現象だが,一般にtopic としては機i能しない方の名詞表現は後続する動詞にincorporateされており,「単語」もしくは「文 要素」としての独立性は極めて低い。つまり,動詞と一体となって文頭の全文のtopicに対する不 可分の「述語」を形成しているのである。ただ,日本語などではこの事実がさほど目立たない構 造となっているのに対し,カレン語では問題のincorporatednessの高さが構造的に一目瞭然とな
る:
(68)a・。・&叩 。・・。D−8§ δ・・(げ68b)
*Kp6thu xa k− d6u l6.
b. oD&(苓〜oつ一 〇D: §§ ({31・ Kpothu is going to be angry・
Kpothu FUT−heart be:large ASS
本来の動詞は8§4伽bbe large なのだから,未来をマークする構造助詞のOD一裕は(68a)のよ うに8§4伽に付加されて然るべきなのに,実際は独立しては名詞表現として機能するOD㍑4七earビ に前置されるのである。このことが何を意味しているか,今さら言及するまでもなかろう。いわ ゆる ℃buble Su切ect Construction に於いては, a):一部x44伽は b be angrジという意味の,
完全に独立したlexemeとなり,文法体系内のlexiconの中に個々の構成要素とは別個に固有のitem を持つに至っているのである。やはり同様に Double Subject Construction の現象を示す中国語
などでも,例えば自動詞「痺」が直接の主語表現「心」をincorporateした「心柊」が一語となり,
〜のことを心配する というふうに他動詞的に用いられるようになっているが,incorporationに よって当該表現が関係する固有のカテゴリーの枠を越え,且つそれが統辞的に明確になるような 現象には極めて興味深いものがある。
2.7.カレン語に於ける統辞論と形態論の関係について
カレン語は単純には,いわゆる「孤立語」として特徴づけられるのが一般的だが,同じ孤立語と 錐も例えば中国語などとは,統辞論に占める形態論の割合はだいぶ異なるものであることは,こ れまでの議論を通しても想像に難くない。この報告ではもちろんのこと,カレン語に於ける統辞 論と形態論の関係を包括的に述べることはできないが,少なくともカレン語の類型論的特質をあ る程度,明確にするためにも,問題となる点をいくつか指摘しておきたい。
まず最初に問題にしたいのが,非常に多用される 構造助詞 g②一 一である。形態的には人称 接辞の如く機能する主格代名詞の第三人称形と同一だが,果たしてhomophoneなのか単一の形態 素なのか?そもそのその辺りのことからしてハッキリしていない。ローマ字転写では既に 一とし ているところからprocliticsであるかのような解釈を生むが,機能的には【A B]という構造でA の属格形を導くわけだから:
(69)a.Aの 接尾辞
b.Aに付属する 後置詞 c.Bに付属する 前置詞 d.Bの 接頭辞
理論的には全て可能である。
しかしながら,音韻上の特質から判断すれば(69a−b)は考えられず,結果的に(69c)か(69d)に なるしかないが,主格代名詞としての用法から推測すると 接頭辞 という解釈がとりあえずい ちばん妥当ということになる。そしてこのことは,形容詞から(機能的により明確な) 同族形容 詞 を導く際にも使われるという点からもサポートされる((≠49b)。この場合, Aという要素の 存在を前提としなくても済むからである。ではしかし,3∂一 一の統辞的機能はどう特定したらい いのだろう?上のconcatenationに於いてAの属格が導かれるのであれば全体のカテゴリーを提 供するのはBの表現ということになり,すると何のために接頭辞が使われなければならないか,
ここでも議論は進まなくなってしまう。とにかく,基本的な修飾方向はpost−modificationなのに,
3a− 一が用いられると突如としてpre−modificationに急変するわけなのだが,両者をほんとうに 同レベルの「修飾関係」と捉えていいものなのか?この問題に関しては,実は分からないことば
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 37
かりだ。
もうひとつの問題は「接続詞」に関するもの。これも「基本語順」との接点を持つ問題なので,
カレン語の類型論的特質を把握する上で避けては通れないのだが,この点に関しても不明確なこ とが多い。本研究でも,この問題に関しては部分的にしか触れられなかった。今後の研究に大き く期待するしかない。
2.8.カレン語に於ける「繋辞」の,統辞論的観点から見た文法体系内での位置づけについて
既に2.2節でも触れたように,カレン語に於ける繋辞のあり方は,単なる構造上の問題だけでなく,
現実の機能面で非常に大きな意味を持つ。ここでは概略でしか触れることができないが,カレン 語の繋辞の持つ体系的特質について取り上げてみたい。
我々の調査結果から結論的なことを言えば,「カレン語には繋辞が存在しない」ということにな
ろう:
(70)a。D&叩一φφ略8 6・・ Kp・・h・i・a・ch・・1b・y・
Kp6thu−nei φ kyouphou 16.
Kpothu−SBJ schoolboy ASS
h。・8・叩一φ←ヂ毒8 6L Kp・・h・ls・・ch・・lb・y・
Kp6thu−nei班∂ゴkyouphou l6.
同一の命題に対し,(70b)のようにg需〃〜∂ 構文を構成することは可能であるが,既に2.2で詳述 しておいたように,これは一種の「強調構文」と解釈され,(70a)のような 一般形 では,とに もかくにも動詞表現らしきものが使われない以上,我々としては「カレン語に繋辞なし」と結論 しなければならない。もちろんのこと,文末の(S11δなどの終助詞に動詞性が認められるのであ れば話は別である。
それよりも,繋辞が理論的に使われる可能性のある構文は「名詞構文」である,という点に注 目したいと思う。名詞構文は,そもそも文表現には既に定義上からして必要不可欠な構成要素で ある動詞表現の使用を免除することを初めとして,あらゆる観点でその他の動詞構文と異なった 行動様式を示すからである。次の例を見てみよう:
(71)・.。・8・叩一φ 母8 6・・ Kp・th・i・a・ch・・lb・y・
Kp6thu−nei kyouphou l6.
b.・。・&叩一φ 毒8 φ・ ( Kp・・h・i・a・ch・・lb・y・ )
*Kp6thu−nei kyouphouφ.
(72)紘。・&叩 σ・d8 (S・. Kp・・h・is readi・g・b・・k・
Kp6thu ρぬ4 11 16 Kpothu read book ASS
θ 。ぐ
b, oDo1(窄 {躍 oDっ φ. ( Kpothu is reading a book. )
Kp6thu ρ擁 li φ.
(72a−b)のような動詞構文では文末の終助詞(&1δが省略され得るのに対し,名詞構文では一般に 義務的に使用される,という違いには極めて暗示的なものがある。更に興味深いのは:
(73)乱。・&叩一φ 峰8 6・・ 鞭th・i・a・ch・・lb・ジ
Kp6thu一η窃 kyouphou l6.
Kpothu−SBJ schoolboy ASS
い。・&叩一φ 曝8 6L (473鉱74b)
*Kp6thu一φ kyouphou l6.
o ぐ 。e o
(74)a. oDo1(雫一炉08 eoっ ool. Kpothu is reading a book.
Kp6thu一η∂∫ph喬li l6
o 。e o
aD σ)Ol(等〜一φ 03 00っ ooL (ニ74a;473b)
Kp6thu一φ ph謡h 16
のように,動詞構文では主語が単なる名詞表現のままでも問題ないのに対し,名詞構文ではその ままだとかなり低い文法性判断に帰着してしまう,という点である。これは,どうしてだろう?当 然のことながら,こうした rrregularity は主語をマークする後置詞の持つ,統辞的機能によるも のとしか考えられない。そもそも,主語のマーキングは何のために必要なのか?つまり,こうし た背景が分かって初めて,動詞構文に対して名詞構文が示す,統辞上の特質についても理解が及 ぶようになると考えられるのである。
2.9. 談話機能 と「文法体系」:一§§ノー?『!一ε0諏03)捌ノ」〃圃み∫磁伽のを巡って
「名詞構文」と「強調構文」の関係については,実は既に2.2節でかなり詳しく触れてはいる。ま た,主語もしくは文全体のtopicである名詞表現に接続する後置詞のあらましについても2.1節で 簡単に取り上げもした。これにより,カレン語に於いては言及されている不変化詞の文法的機能 が発話文の談話機能コントロールに深く関わっていることだけは窺い得ると思う。
日本語では「小辞」とも訳されるくらいだから,さしたる意味をも見ない向きもあるかもしれ
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 39
ないが,この報告の枠組みくらいでは到底議論し尽くし得ないほど,これらのparticlesは我々 に対して重要な問題を突き付けてくる。その意味では,本研究から学術的な研究論文を仕上げよ うとすれば,当然この点に関する解明が中心になろう。そうした事情から,ここではこの問題の 解明にこれ以上は直接的に関わることなく,前節で提示しておいたirregularityの解明の方に,よ
り力を注ぎたい。
まず言えることは,(73b)のような非文法的な例文だけをいくら勘酌しても,なぜそれが非文法 的なのかは解明することができない,ということである。問題の主語マーキングの統辞的機能自 体が(73a)の文法性を保障しているのだから,とりあえず問題の機能は何なのか,真っ先に捉え ておかなければならないのである。そして,これを把握するには,当然ながら当該の非文法的な 文だけ眺めていても意味がなく,(74a−b)のように両方とも文法的な文から出発し,マーキングが あるのとないのとをミニマル・ペアーとして比較検討し,機能的には何が形式上の違いに対応し ているかを確かめておく必要があろう。
上の2.1節でも暗示したように,英語やドイツ語などの言語では,純粋に音韻上の形態的差異の 他には何ら違いのないまま,同一の文表現を談話機能的には全く異なったコンテクストに対応さ せて用いることができるのに対し,日本語や朝鮮語などの言語では,そうした異なった語用コン テクストへの対応策として,主語のマーキングを交替する方法をとる。そのパターンの上ではカ レン語も全く同様に,主語のマーキングの違いがそれぞれの語用コンテクストに対応している,と 考えることができる。具体的には,(74b)のように無標の場合がいわゆる thetic judgement ,(74a)
のようにマークされたのが categorical judgement をそれぞれもたらす,と考えていいだろう。つ まり,意味上の主語を無標にしておくことにより,談話機能としてのtopicを形成せず,文全体が まとまってひとつの新しい情報をもたらすことになるわけである。ということは,(73b)のように,
こうした表現形式を許さない名詞構文の実態はどう評価したらいいのだろうか?
しかしながら,逆にこう問うこともできる:「主語に対する何らかの判断を下さず,ただ 等号 関係 だけをニュートラルに述べるだけの文形式が,本当に必要なのだろうか?」つまり,名詞構 文とはそもそも,常に categorical judgement を下すために特化された構文だ,と理解すべきな
のではないだろうか?そしてだからこそ,如何なる動詞表現をも必要としないのである。逆に動 、
詞構文の方は,時としてcategorical judgementを下すコンテクストで使う必要が生じた時,主語 をマークすることによってそうした談話構造上のニーズを満たす。そしてまただからこそ,以下 でも述べるように,強調構文ではほぼ必ず,主語が何らかの後置詞でマークされなければならな いのだ。無標のまま,すなわちthetic j udgementでは,特殊なケースを除いて何も強調できない。18)
2.10. ℃opulative Construction と 談話機能
ぐ
謔フ2.2節で総合的に扱った他にも,それ以降で助動詞01〃謝による強調構文と主語のマーキン o
グの関係に言及してきたが,前節で立てた仮説により,その必然性はおよそ納得できるものとなっ たはずである。そこで,以下では最後に現実の分布だけを示しておくことにしたい:
(75)・.・。・8・叩一φ9ヂ④・。δ8爵5お・♂?( 1・Kp・・h・Ac四ALLY・eadi・g・b・・k? )
*Kp6thu一φ 〃2δ ph喬li η6∫ 16 qa?
b.。・8・叩一φ9ヂ⑩・d8爵5お・♂? 1・Kp・・h・AcTuALLY・eadi・g・b・・k?
Kp6thu・nδi〃2δ ph溢li η6 16 qa?
(76) a. ?σ)81(雫一§多 9・ヂ ⑩3 (・68 φ (81∈臼? (q676b)
?Kp6thu・n6i〃2配pぬ盃1i φ 16 qa?
b.。・8・叩一φgfα。68傷56・♂? (=75b)
Kp6thu・nεi〃霊δ冨ph喬li η6 16 qa?
主語のマーキングほど厳格ではないにしても,強調構文が用いられる時は,やはり述語全体も形 式名詞の§§η6 によって名詞化される傾向が強い。その理由は,2.2節で論じたように,強調構 文自体が名詞構文の構造に準じているから,と考えられる。つまり,名詞構文に於いて主語のマー キングを欠いた(73b)がほとんど非文法的になるのと同じ理屈から,強調構文の(75a)もやはり 文法性が低いと判断されるわけだ。
以上,一般に「繋辞」と称され,助動詞的に用いられる強調構文のマーカーが遭遇する様々なコ ンテクストにカレン語の文法体系がどのように関与するか,具体的に考察を加えてきた。この助 動詞の文法・談話機能上の行動様式がもたらす問題点のほとんどが,いわゆる「名詞構文」と「動 詞構文」の基本的コンセプトの違いに起因していることが,これまでの議論を通して理解できる
ようになったと思う。
3.言語類型論的に見たカレン語
カレン語に限らず,中国語などをも含め,東南アジアの諸言語には,いわゆる Verb Serialisation を示すものが多い。この統辞現象が統辞論的に見て特徴的なのはもちろんのこと,同様の内容が
ドイツ語やフランス語などのヨーロッパ系言語に於いては前置詞構造や副文などによって表現さ れるのに対し,動詞の連続により形式的には一般に単文として構造化されている点である:19)
一
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 41
(77)a.GeL Hans iBt Rels配 EBst盗bchen. ( 前置詞 ) b.Eng. John eats rice w肋 chopsticks. ( 前置詞 )
(78)a.Ger. Hans iBt Reis,」π4例er EBst瓢bchen加η麗∫拡 ( 複文 :接続詞+定形)
b。Eng. John eats rice勿麗3加g chopsticks. ( 前置詞+動名詞 )
(79)a.Chn.張三里_筐丑 屹 飯。 ((≠77−78)
John use chopsticks eat rice
b.Chn.張三屹飯 Hヨ_墾量。 (479a)
John eat rice use chopsticks John uses chopsticks whenlfor eating.
もちろんのこと,同様の構文は日本語や朝鮮語など,いわゆる典型的な verb−final languages でも示す:
(80)a.Jap.太郎は箸を使ユェ御飯を食べます。
b.Jap.太郎は箸 で御飯を食べます。 ●
しかしながら,文法的に最も顕著な差異は何と言っても,日本語や朝鮮語・モンゴル語などのSOV 言語では 副動詞 が「連用形」や「分詞形」など,本動詞とは明確に区分された特別の形態を 示すのに対し,東南アジアのSVO言語の場合はたいてい,両方の動詞形に形態的な区分が明示さ れない,という点にある。そしてここに,統辞論的な争点が浮かび上がるわけである:
(81)a.果たしてどちら(どれ)が本動詞なのか?
b.本動詞でない動詞成分は「助動詞」なのか「副動詞」なのか?
c.副動詞は「前置詞」として解釈できるのか?
この他にも問題点は考えられるが,こうした論点が問題になるのは,単に当該の個別言語の構造 的把握や機能性の解明のみならず,その言語の類型そのものの解釈に結果として少なからぬ影響 を与え,延いては類型論全体に対しても根本的な問題を突き付けてくるからである。そしてこの ことが,言語の系統論に対しても多かれ少なかれ関連してくることは,敢えて言及するまでもあ るまい。東南アジアの諸言語に関しては,こうした観点からの吟味が極めて遅れている。この点 についてカレン語は,どのように貢献できるであろうか?
Fu」II(1983/89)では,中国語は部分的には Verb−final Syntax の特質を残しながらも,全体と しては統辞体系を「動詞中置」言語のそれに移しつつあることを示した。つまり,述語の最初に
位置する助動詞的要素が,言わば「定形」的機能を強めてきているのである。これまでの調査結 果を分析してみたところ,カレン語の方は部分的には中国語以上に動詞の「中置性」が高いよう な印象を与える構造を示すものの,他方では動詞の「後置陸」を連想させる構文も少なからず観 察されるなど,現状では極めて混沌としている,と言わざるを得ない:動詞表現が二つ並んでも,
全体のカテゴリーは最初の動詞によって決定され:
(82)・・。・8・叩面・一が。。雪8・黛 6・. Kp・th・w・nt t・・h・・inema・
Kp6thu 2− kw5伍g6mu l6.
Kpothu go− see film ASS
い。・&叩 η需。Dr8・儲読δ・. (げ82・)
*Kp6thu kw5 t596mu 12 16.
順序を入れ替えることはできない。当然ながら,否定の助辞は最初の動詞に付加され:
(83)a。・8・叩ω一㎡・一が。D写8・儲。・斉. ・Kp・th・did…g…the cinem乱・
Kpδthu∫・ 1彦一 kw5 t596mu bha.
b・・。・8・叩 b・一ωイが。。等8・喰。・§. (483・)
*Kp6thu 1彦一 − kw5 t596mu bh食.
二番目の動詞に直接CD一かを前置したものは(83b)のように非文法的となる。
しかしながら,他方では:
(84)・・。・8・叩 αd8ω一憂ヂδ・. Kp・th・m・y・・…ead・b・・k2
Kp6thu ph議1i 鳶一 η〜 16.
Kpothu read book FUT−POT ASS
b・・。D8・叩の一・3。δ8φ憂ヂδL (484・)
*Kp6thu丸一 ph喬li φ η観 16.
のように,明らかに二番目の動詞旬の方が述語全体のカテゴリーを提供しているような構文も存 在するのである。そして,こちらの方は予想通り,否定の助辞は二番目の動詞に前置される:
(85)a。・&叩 ・8d8ω一憂ヂ6・。・多. ・Kp・・h・m・y…y・t・ead・b・・k・
Kp6thu pb喬 h 一 η∂ df bha.
b・・。・&叩の一・3苗8φ憂ヂ6・。・5 (げ85・)
*Kp6thuご一 ph喬 1i φ 舵 df bha.
「カレン語文法研究に於ける諸問題」 43
ここで, 未来 をマークするOD一洛は,本来「現在に置ける不確定事項」を表わすことから否 定形では脱落し,「まだ〜でない」を示す6:漉が付け加わえられるが,2°)二番目の方の動詞が述 語の中心を成していることは明らかであろう。
もちろん:
(86)a. 1εx6 (行く+走る)「走って行く」
b. h6x6 (来る+走る)「走って来る」
C. 1εS6?(行く十運ぶ)「運んで行く」
d. h6s6?(来る+運ぶ)「運んで来る」
(from:加藤1993:185)
のような例は,一種のlexicalisationとして捉えられなくはないが最初の動詞が述語全体のカテ ゴリーを決定するという意味では(82)一(83)の場合と全く同様であり,意味的にもどちらかと言 えば二番目の動詞の方が修飾語的に機能するなど職掌分担も明確であって,それぞれの独立性も 高い。つまり,動詞の Serialisation に於いては語順自体がキチンとした機能を持っているので
ある。このことはとりもなおさずこの点に関してはカレン語では動詞の中置1生が強いことを物 語っている。
こうしたカレン語に対し,中国語は全く正反対のアプローチをとる:(84)一(85)のような「可 能表現」は,本動詞を名詞化して修飾語的機能を持たせ,「可能」を示す動詞を独立して用いたり せず,本動詞に「得」(positive)/「不」(negative)という「可能の接辞」をincliticalに付して表現す
る:
(87)a.Chn.張三看得到那本書。 John may soon read that book・ (484a)
b.Chn.張三看不到那本書。 John may not yet read that book. (485a) ●
また,(86)で挙げたような,いわゆる「趨向動詞」は,内部構造の語順がカレン語とは逆になり,
更に compositバと言うより 冠erivatives と呼んだ方が相応しい:
(88)a. 胞来 (走る+来る) 「走って来る」 (全86a)
b. 鉋去 (走る+行く) 「走って行く」 (全86b)
c. 搬来 (運ぶ+来る) 「運んで来る」 (全86c)
d. 搬去 (運ぶ+行く) 「運んで行く」 (£86d)
実際,二番目の動詞は声調を失い,常に軽声で発音されるなど,既に本動詞に対する 派生的接 辞 と理解した方が便利だ。
中国語もしかし, Verb−final Syntax 的側面をも多分に残す:
(89)a. 張三 去謹。 (全82a)
b. 張三 看電影去。 (…82b)
方言などにより多少のバラツキもあり,意味も完全に同じというわけではない場合もあるようだ が,基本的に(89a−b)は共に文法的である。一般にはある種の free variations として理解してい いわけだが,他の構文法の推移からすると,(89b)の方がarchaicということになろう(4 Fu」Il
1983189)。
4.「類型論」と「系統論」:インドシナ語群に於けるカレン語の位置づけ
現在のカレン語は,政治的には主にビルマ領内に展開し,周囲をビルマ語に囲まれて「少数民族 の言語」としての位置づけに甘んじているからだけでなく,現実に多数のビルマ語との 共通語 彙 を示すことから,早くからビルマ語との系統論的親縁関係を指摘されてきた。しかしながら,
その決定的な系統論的属性を確i立することを阻んできたのは,何と言っても,その明らかな統辞 的類型の違いであった。確かに,統辞現象に於いても単なる Burmanism とはとても呼べないよ うな,正にビルマ語(群)的構造,つまり 共通祖語 から受け継いだとしか理解できないような 構造も存在しはする。しかし,表層上の類型は,本報告書でも詳しく観察してきたように,どう 考えてもタイ語もしくはモン語的なのである。その意味では,ビルマ語との共通祖語が周囲のタ イ語もしくはモン語の影響を受け,その言語タイプを転換することにより成立したのがカレン語 である,という仮説が立てられたのも至って自然なことだった。
本研究は,これまでの調査結果から現時点で判断し得る範囲では,こうした従来の仮説に対し て対案を唱えるものではない。上の記述でも再三,暗示しているように,本研究はそのような議 論自体をようやく可能にせんがための予備研究としての位置づけを持つものであることから,こ の結果は予想したものであった。
しかし,だからと言ってこれまでに提示されている仮説が説得力を持つものであるという保証
はどこにもない。確かに現時点では「カレン語のタイ語による同化的成立説」自体は反証されて ・
「るわけではないが,この仮説自体,カレン語の表層の統辞構造がタイ語のそれに類似している という点だけから,正に 暫定的 に取りまとめられた文字通りの「仮説」に過ぎず,実際問 題の「タイ語同化説」を理論的に納得できるような形で論証したものは皆無であろう。その意味 では,喩えBENEDICT(1972)などのような,ある種の 総合的 研究であっても,少なくともカ レン語成立の起源に関しては単なる 憶測 の域を出ない,偏に可能性を指摘しただけのものに