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カレン語文法研究に於ける諸問題* 一APreliminary Report一

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(1)

一APreliminary Report一

(1)

藤井 文男

Abstract

The result of a research pr(オect on the present−day spoken Karen is reported. The pr(ヵect was planned to serve as an e豆ementary case study investigating mechanisms of

diachronic development in natural languages ffom a viewpoint of the notion of

モ窒?盾撃奄唐≠狽奄盾氏h. In practice, however, the main purpose lay in gathering and analysing linguistic data ffom this language as a preliminary investigation fbr fbrther research,

due to the飴ct that Karen has only仕agmentarily been㎞own.

The systematic investigation into syntactic structures of the present−day Karen unequivocaUy points out, among others, that a fUrther grammatical gravitation than the one just behind the topic must be ass㎜ed at the sentence−final position, suggesting that syntactic pattems are(still)mapped verb−finally in part. Although this fact does not immediate藍y indicate the creolising character of the language, Karen may 1)e typified as a hybrid Ianguage with both verb−final and verb−medial syntaxes,

exactly as Modem Chinese, hinting upon a possible creolising origin.

1.カレン語とは

本研究は,カレン語に関する総合的な調査を主目的としたものではなく,言語のクレオール化 による通時変化のパターンを,あくまでも一般言語学的な問題意識から明らかにするためにカ レン語の類型論的位置付けを取り上げたものである。こうした理由から,次節以降の本レポー ト本文で展開するカレン語文法の諸問題への導入部として,ここでは先ずインフォーマント調

査のソースとなったカレン語の概要について若干,触れておくことにしたい。

1.1.カレン語の分布について

カレン語は,主に現在のビルマ(ミャンマー)領内を中心に居住する,総数およそ百数十万と

言われるカレン族の固有言語である。1)古くから 山岳民族 としてのイメージを持たれている

が,実際にはタイ国境から半島部に抜ける山岳部だけでなく,その西方のイラワジ・デルタに まで広く分布する。よく知られているように,ビルマ政府に対する反政府活動の関係から,現

在ではタイ国境を越えてタイ領内に難民として居住するカレン族も増加しているようである。

『人文学科論集』31,pp.45−67.      ◎1998茨城大学人文学部(人文学部紀要)

(2)

カレン語に於ける方言群としては,以前から居住地の違いにより「平地カレン」と「山地力

レン」に区分されてきたが,言語学的には系統上:

(1)a.Sgaw Karen b. Pwo Karen c. Pao

の三大グループに分類するのが一般的である。しかし,合わせて総人口の半数以上を占める Sgaw KarenとPwo Karenを含む,この三大グループ以外,調査資料が皆無に等しいので,そ の他の方言がこの三グループのどれに属するのか,或いは独自のグループを構成するのか,そ

の実態はほとんど明確にはなっていない。また,(1)の分類はカレン族分布領域の居住地による

区分とは,少なくとも現在はほとんど関係なく,特にSgaw KarenとPwo Karenは当該領域内

に広く分布し,しかも方言群の区別なく雑居状態にある模様である。

本研究では,インフォーマントの関係から,Sgaw Karenの下部方言のうちのDelta方言を取

り上げることになる。Sgaw Karenは,カレン語全体の中でも最もinnovativeと言われ,住民の ほとんどがAmerican Baptist系教会に帰依していることから米語からの借用語彙も多用し,カ

レン語固有の伝統的な特質は,例えばPwo Karenほどには示さなくなってきていると言われて いる。しかしながら他方では,カレン族全体の中で,ある種の標準語的機能を果たしているこ ともあり,その単純な音韻・文法体系の中にも,言語の機能性をより高め,効率的合理的な表 現が可能になるような新たな体系化の動きがあるように感じられ,ある意味では クレオール

化 の新局面を迎えているかの印象を抱く。

12.カレン語に関するこれまでの研究

上でも触れたように,カレン語に関する研究はこれまで,ほとんどまとまった形では報告され

ていない。唯一,JONES(1961)が例外を成し,テクストまで収録しているが,やはりこの研究

とて研究者をしてさえ,とてもカレン語を身近に感じさせるものとはなり得ない。比較言語学

的な研究にはHAUDRICOuRT(1945), LUCE(1959)などがあるが,この種の研究は本研究のような

枠組みの取り組みにはほとんど有用性を示し得ないものであることは容易に想像がつく。カレ ン語だけでなく,この地域の言語を総合的に扱ったBENEDICT(1972)なども,カレン語の実態

を明らかにするものではあり得ないという意味で,やはり同様である。

いわゆる「教本」的なものとしてはF 厩rωrκαr朋肋η8雌865鰯y(1953)が挙げられる。と

てもこの言語を総合的に把握するに足る文献とはなり得ないが,それでも旧来の 比較研究 な

どに比べると,一応は活きた言語に触れることのできる窓口としては機能できよう。また,最

近ではカレン語に関してもKATO(1991),加藤(1993)などのオーソドックスな研究が出始め,

(3)

JONES(1961)以来,途絶えていた観のある領域に対する学術的寄与が期待できるようになった。

しかしながら,特定の言語学的問題意識を以てカレン語に取り組むにしても,この言語の実 態に迫ろうとすれば,それは今だもってインフォーマント・インタビューを中心とする伝統的 なフィールド・ワークに頼らざるを得ない情況に変わりはない。カレン語教科書に学習辞書・

音声教材などが揃い,Reference Grammarが完備して,この種の文献から研究者が自らの課題と 帰納的に向き合うことのできるのは,まだ先の話であろう。

1.3.カレン語音韻組織の概要

Sgaw Karenの音節構造は比較的単純であり,基本的には語頭子音(1)一正確には「音節頭子

音」一に主母音(N)が連続するが,閉音節でコーダ(K)として立ち得るのは声門閉鎖の[?]だ けである。更に,語頭子音と主母音の間に挿入され得るGlideとして田[w][r]【1]があり,田 の場合は特定の語頭子音を強度に硬口蓋化するので,一般に別の音素を立てる向きが強いが,そ

の他に3種もGlideが存在することから音韻論的にはやはり[w]に対立する 半母音 ないし

半子音 として理解すべきであろう。2)従って,Sgaw Karenの音節構造は:

(2) 1(G)N(K)/T   (T:Tone)

のように表記できる。

Sgaw Karenの語頭子音としては次の24個が現われる:3)

(3)  p− [p]   t− [t]   s− [s]   k− [k]   x− [θ]   ( )一[?】

ph−[p ]  th−[t ]   sh−[s ]  kh−[k ]  gh−[x]   h− [h]

b− 【b/6] d− [dld] z− [z]      9− [Y]   q− [丘]

m−[m] n−[n】       ng−[η]

w−[w] 1− 【1]  r− [rlf!J]y−lj]

いわゆるGlideの挿入によるpalatalizationとしてこの他に[t♀】[tg ]囹[p]が現われ,語頭子音

となり得るのは合計で28種となる。

カレン語デルタ方言の母音には,次の9種が認められる:

(4) i    壬    u

e    o    O

@ε    o a

(4)

この表の示すように,音韻体系としては非常にシンメトリカルではあるが,現実の音価として は,1u1はcardinal vowelとしての標準的な【u]ではなく,ずっと前寄りの【早】,どちらかと言う

と日本語関東方言の「ウ」のように聞こえることが多い。

カレン語は周囲のビルマ語・タイ語などと同様,典型的な単音節声調言語である。19世紀,

Baptist教会宣教師によってSgaw Karenに正書法が導入される際にべ一スとした方言(東部モ ン州のモールメン方言と言われる)の声調体系に基づき,一般に全部で6種類の声調素が区分

され,藪(1988)では:

(5)  高型(H)  中型(M) 低型(L)

一V#二口4刷  一[寸3宛]  ⊥囚珂 一V?二?[M苑]  一?日露1  ⊥?[樒】

加藤(1993)では:

(6)乱 m五 高平 [55]

b.ma 中平 [33】 (閉音節ma?)

c。ma 低平 【21] (閉音節ma?)

d.ma 高降 [41】

というふうに分析されているが,本研究で調査したデルタ方言では,実質的には[41]のcontour toneとなる,藪(1988)の「高型閉音節」は,末尾の声門閉鎖が脱落して開音節化し,声調も「低 型開音節」と同じ低平[21]に同化している。更に,開音節の高型と中型の区分も音価上はかな

り曖昧であり,音韻的には今だもって明確に区分されているような印象を持つものの,実質的

な声調としては従って,全部で5〜4種ほど,しかもlevel tonesしか認められなくなっている。

また,文中に於ける閉音節の声門閉鎖も,実質的にはほとんど聞こえず,僅かに主母音の長短 が区分できる程度でしかなかった。4)

上でも触れたように,Sgaw Karenは19世紀に文字化され,現代ビルマ語と基本的には同じ,

デーヴァナーガリーから南インドを経由して導入されたモン系の表記体系を用いるが,本稿で

はローマ字転写も併用する。ただ,まだ標準とされるtransliterationのシステムが存在しないの

で,以下ではできる限り特殊文字を使わず,しかも実際の音価や声調をある程度は予想できる

よう工夫した,筆者独自の転写法を用いることにしたい。以下,正書法との対応を示しておく:

(5)

(7)A.1カ 加15:

OD一くk> 3−<㎞一>0−<普> a)一<gh−>C−〈ng−〉

①一く餅〉°D−〈sh一〉⑲一くみ〉動一<・h−>2−〈・防〉

CD−<レ> 00−<th−>3−<・b     苧一〈n−〉

o−〈p−〉 ⑩一〈ph−〉       σ)一〈bh−〉 り一〈m−〉

ω一〈y−〉 (残一<r−>  00−<1−>  0− 〈w−〉

a)一<x−>   UO−<h−>   3a一 φ    e− 〈q−〉

B.八セc1ε αη47bη85:

翻〈・〉・・r<巨>338<a>働ε<直>39§<a>紛・<a>

崩<i>断<i>翻<i>曲<f>崩§〈↑〉曲<i>

鈴・〈・・〉鈴・『〈e・〉・9・8〈6・〉。9・・〈6・〉師〈e・〉伽〈δ・〉

碗く・u>啄〈eu〉ゆ〈6・〉曾:〈6・〉碗§〈e・〉叩・〈δ・〉

鐘〈・〉哺〈・〉φ<h>鞭・〈丘〉銅§<n>甲く凸〉

鐘<・i>噸<ei>φ<6i>鎗・<6i>鋪<ei>鎗・<邑i>

動〈・〉謡<e>函く色〉曲:<6>動§<e>崩・〈δ〉

露<・u>露r〈6・〉露8〈6・〉露・〈6・〉鄙<6u>藪〈6・〉

露〈・〉噺<6>翻<6>露3<6>露§<6>露・<6>

ビルマ語などと同様,正書法ではここに挙げた母音記号は単独では用いられ圭特に 声立で

で始まる場合でなくても,鈴を伴って子音字母radica1のdiacriticsとして用いられる。

転写による場合も,正書法と同様に単語を分かち書きするが,一語の中に母音が連続し,単 独のdigraphとの区別がつかなるなる場合には,転写では本来なら省略する30をぐ〉で転写す

る。なお,カレン語にはいわゆる「軽声」があり,現実の音価は声調を欠いた口g】に等しいが,

軽声だけは常に〈 〉で転写することにする。

14カレン語文法の概略

本研究による調査結果として本稿で取り上げる文法上の問題点は主に第2節を中心に扱われる

ので,本節ではそのための 導入 としてカレン語文法の概略だけを述べておきたい。

工4L「基本語順」5) カレン語に於ける,いわゆる「基本語順」は隣接する,或いは並立する

ビルマ語と違って典型的なSVO,すなわち動詞中置である:

(6)

(8)aB・m・&Gりつε ・フギ勧6−。D6・1 W・gM・ungisreadi・g・b・・k

W貧ng Maung 3αq(Ψhpat圭・

Wing Maung book read−ASSIPOS

b.Kar oD&(導〜   03  α∫∫亟     Kpothu is reading a book Kp6thu   ph乏  〜  過.

Kpothu   read book ASS

ただし,ビルマ語の一〇Dd3紹に機能的に対応するAssertive Marker c&1訓ま,やはり 終助詞 として文末に置かれる。6)

修飾関係の語順は,基本的に[Head−Modinerlの順となり,典型的な 脚sレspedfying language

である。この点はビルマ語と同様の語順となる。ただ,これもビルマ語にも共通することだが,

特別の属格構造をとった場合,所有格の方がHead Nounに前置される:

(9)a(壱8 砂協   tm・b・・ビ

h      δ

  ●e       。

aD 00つ     32z       this book

@ 1i    f

E.の函勢蜘8  Kp・th・ ・b・・ヒ

ゆδ伽一 1i

14λ人称代名詞について  ビルマ語などと違い,人称代名詞は第三人称を除き,必須であ る。主語の対象がコンテクストから明らかになるような場合であっても,これらの代名詞は恰

も動詞表現の一部であるが如く,自動的に付される:

(10)a砂・8(壱S(&. ソ・m・eadi・g・b・・k y−ph衷li lδ.

b.戸。3。δSδ・・ 測SG]・・e・eadi・g・b・・k

準ph曲 16.

c. ひ  0言  C6≦}(6t.   ・W16 are reading a book.

P−ph喬li l6.

己平・3苗稲・・ γ・・【PL]・・e・eadi・g・b・・k

x8配一ph丘li 16.

また,カレン語にはフランス語などで見られるような,いわゆる「強調形人称代名詞」があり,

やはりフランス語と同じように用いられるが,そうした「強調形」が使われるような場合でも,

本来の 主格人称代名詞 が省略されることはない:

(7)

      oe  θ

ill)a・ω1ω一〇300つ00L   Moi,je lis un livre.

y湯 y。 ph盃 1i  16,

        。e  o

aE*ω1φ一〇3 00りODt.  ((≠11a)

*yあ φ一ph喬 1i  1δ.

ここで挙げたカレン語の主格代名詞はしかしながら,他に属格の用法をも併せ持つ。いわゆ

る ℃rgativity に関して若干,問題になるので,2.3節で取り上げることにしたい。また,上で

「強調形人称代名詞」として触れたものは,目的格としても現われるので(主格としては,異形

態o)y8が存在する),やはり ℃rgativitジに絡んで注意が必要である。

143.Tense1Aspect1Moodについて  ビルマ語でもよく似た現象が観察されるが,無標の動 詞の守備範囲は,時制的には単に「現在」に留まらず,広く「過去」にまで及ぶ。更にアスペ クトの領域でも,ドイツ語やフランス語のように,いわゆる「現在形」のままで「進行形」の

機能をも果たすことができる。従って:

     o      。e   o i12) −   ODO1(等〜 α  00つ  001・

Kp6thuρ擁1i  l6.

Kpothu read book ASS a. Kpothu r6045 a book.

b. Kpothu 5 r8α4 η8 a book.

c. Kpothu rθα4 a book.

d. Kpothu wo∫r即4 η8 a book.

のように,例えば英語などには,幾通りもの翻訳が可能になるわけである。つまり,「既定事項」

を表現するのが無標の動詞形態ということになるのである。

これに対し,「未定事項」を表わすには,いわゆる「未来形」を使い,本動詞の直前に 構造

助詞 oD一洛をproclitica1に付加する:

     O       oc  o

i13)a. oDol(苓〜  03 00っ00L   Kpothu is reading a book.

Kp6thu  ph義li lδ.

b.。・&叩の一ω3d8絡・.・Kp・th・will・ead。b。。k.・

Kp6thu裕 ph溢1i 16.

この時制ないし法の構造助詞OD−々には,単に時制的な機能の他にも「(現在の)意志」や「未

来に対する想像」などに加え,英語やドイツ語などでも一般的な「現在に於ける想像」を表わ す用法が存在し,しかも条件節を受ける帰結文(realis/irrealis)でも用いられる。

(8)

これに対し,その他の「法」や「アスペクト」に関する表現は,本動詞に前置される「構造

助詞」としてではなく,本動詞もしくはその(直接)目的語に後続する,いわゆるC(トVerb(副動 詞)や副詞として表現される:

(14)乱。D8・叩・3 而 6・・ Kp・th・is readi・g・b・・k

Kp6thu ph丘   li   l6.

b.。D8・叩・卜笏5而 δL  Kp・th・m・・t・ead・b・・k

Kp6thu ph喬一わ肋 li   l6.

・.。・&叩・2 dδ㎡1(6・)・ Kp・th・has read・b・・k・

Kpδthu ph丘   li J  16・

ただ,この種の副動詞に絡んだ統辞現象に関する問題は多岐を極め,とても本稿の枠内に収ま るものではないので,いくつかの論点を第2節で取り上げる他は,その紹介を含め,別の機会 に譲りたい。

1.4.4.文否定について  全文を否定するには,述語の主構成要素である動詞に,否定の助辞

CO一レをprocliticalに前置し,一般に述語の末尾にσ)§肋∂を付す:

(15)a。D&叩 ④:d8δ・・   Kp・thu is readi・g・b・・k Kp6thu  ph喬1i l6.

じ。D&叩の一・3。δ勉5   Kp・th・i・n…eadi・g・b・・k

Kp6thu∫− ph丘li ゐゐ∂.

ここで,文末のOD§わ層は,カレン語の文法体系内に於ける,その文法上のステータスをどう 理論的に位置づけるかに関連して非常に重大な問題を抱えているので.2.2.1節で問題を改めて 詳述することにしたい。

145.その他の文法上の特徴  カレン語は,この地域で行なわれる他の言語と同様,名詞表 現には,いわゆる「類別詞」を伴う。その詳細な用法は各言語とも微妙に異なり,また名詞表 現との位置関係も言語によってまちまちであり,本稿では深くは言及しないが,カレン語の場 合の語順は:

(9)

(16)a。6〜 φ。D一ψ酷1 舳9・・db・。ヒ

瞳   m6ut一 わ協i book  good one CLF this

hg・。D霞8斉。D… φ  肋・e・h・ee・・llK。,en、・

Pgaknyo d6u xeo 8δ  nei Karen tall three CLF that

となる。

ラテン語文法に範をとる学校文法などの「形容詞」に対応するカテゴリーは,カレン語に於 いてはまず第一義として述語動詞であり,如何なる繋辞の助けも必要とせずに文表現を構成す ることができるが:

(17)翫。・&叩φ 夢 お・. ・Kp・・h。 i、 t。IL・

Kp6thu φ    4δ配  1δ.

Kpothu      be:tall ASS

   o     ぐ      0ρ     Ob・*・D・・(衆91【COP]甲 。。L  (・≠17・)

*Kp6thu mδi  4∂配  16.

こうした 形容詞 の特性は,カレン語のみならず近隣の諸言語はもちろんのこと,中国語

や朝鮮語・日本語などにも共通する,極めて一般的な現象と言えよう。7)

2.一般言語学的に見た,カレン語の文法体系に於ける問題点

上でも繰り返し述べたように,本研究の目的はあくまでも活きた自然言語の実態を機能的な見

地から調査することにある。その意味では,実質的にまとまった形での「成果報告」としては,

近い将来に予定している『カレン語教科書』の出版を待つしかない。こうした形態をとって初 めて,カレン語の実態は直接フィールド・ワークしたことのない研究者にとっても全体像を押

さえっつ明らかになると考えられるからだ。

しかしながら,この研究を進めるに当たってその背景を形成してきた,一般言語学的な問題 意識からの調査結果を,少なくとも断片的ながらも予め示しておくことは,やはりそれなりに 意義のあることと思われる。そうした意味では,本節こそがある種の 中心的成果 というこ とになるのかもしれない。ただ,その大半をフィールド・ワーク的インフォーマント・インタ ビューとデータ整理に費やした本研究の実態に鑑みれば以下の内容が学術的に完成された理 論体系とはなっていないことはやむを得ないものと理解できよう。とは言え,全体を通して概

(10)

観すれば,筆者の問題意識・学術的関心の方向は自ずから彷彿としてくるはずである。

2.1.談話制御機能を持つ 不変化詞 を巡る諸問題一方法論上の問題点を中心として

いわゆる ℃hem♂や bpic 馳cu♂といった「談話カテゴリー」が,主に語レベルでのピッチ

や強勢,またはそうしたカテゴリー専用の特殊構文によって表現される,比較的よく知られた 英独仏などのヨーロッパ系の言語に対し((≠KUNO l972):

(18)乱E・g.L・・k!」OHN i・c・mi・g!        ぐ ・・ut・al d・・cdpti・n

b.Ger. HanS arbeitet fleiBig;aber PauL guckt fem     ( contrasting )

c.Fr. C est JEAN qui chante dans la salle de bain,    ( exhaustive listing

アジアの諸言語には当該の表現を直接マークするparticlesを持つものが比較的,多い。日本語 はある意味でそうした言語の典型であり:

(19)aJap. ごらん,太郎が来るよ!       ((≠18a)

b.Jap. 太郎は勉強してるってのに,次郎はテレビ見てる。  ((≠18b)

c.Jap. 風呂で唄ってるのは太郎だ。       ({≠18c)

連体助詞の「は」と「が」は70年代に於ける類型論の隆盛,引き続いてある種のトレンドとなっ

た「談話分析」等を通じて欧米に於いても広く知られるところとなり,日本自体でもそうした

枠組みでの研究が急ピッチで進んでいる,という経緯がある。

よく知られているように,近年に於ける「談話分析」という研究領域の原点とも言える

r「勺nctional Sentence Perspectiv♂研究に関する共通理解は, MATHEsIus(1936)等に代表されるよ

うに「コミュニケーションの手段に違いはあっても,その内容は各個別言語に於いて普遍であ る」というテーゼに基づいている,と言える。確かに,この意味での 普遍性 が前提とされ

るからこそ,様々な言語の比較対照が可能になるのであった。

ところが,ここで問題としているような(意味)機能上のカテゴリーが一旦,確立されてしま うと,正に機能面ではそれらが普遍的であることから,特定の言語についてそうした基本的力

テゴリーが設定されると,そのカテゴリーを担う表現形式がどうしても一人歩きし出す危険性 が生じる。具体的には,様々な方面で日本語の「は」や「が」が,欧米の言語には直接の対応 表現が存在しないことから,談話カテゴリー設定に際してある種の基本概念を提供することと

なり,結果として他言語のデータをこの機能的側面から分析する場合にも,実は「は」や「が」

の持つ,談話制御機能以外の機能に依拠する概念が混入するようなケースも出てきたのである。

例えば,比較的簡単なケースだが,上の(18)一(19)でも触れているように,日本語の対応に於

(11)

いて「は」の付く表現は,原語に於いても必ず「主題」と解釈してしまっては,明らかに行き 過ぎであろう。日本語の「は」には単に主題表現を導くだけでなく,ある種の「対比」を示す

機能も存在するからである。この件に関しては寧ろ,「主題」や bpi♂などといった談話カテ

ゴリーの機能の方こそ,「は」の対比機能から導かれた,と捉える方がより有意義かもしれない。

また,そうした解釈上の 誤解 でないまでも,対象言語の体系的構造が,こうした出発言語

の体系に妨げられて見えにくくなってしまうことは十分,考えられるのであって,いわゆる 翻 訳言語学 は,是が非でも避けなければならない。

こうした観点は,特にある意味で一少なくともここで問題とするような「談話カテゴリー」

に関し一日本語に機能的・構造的に類似した言語を対象とした場合,極めて大きな問題とな る・例えば本研究でデータとするカレン認こは・談話制徽能に関し,一φ/−gr/−aD§(・:)捌 覗∂ 1−5層伽4)という,日本語の「が」「は」「も」という連体助詞に極めてよく似たparticlesが

存在し,形式的にも総じて「連体助詞」と解釈することができる:

(2・)乱K・L。D&嘲ヂ曝8 6・.

Kpδthu一配∂ kyouphou l6.

Kpothu−MEI pupil  ASS

b・K・L。D8・叩一φ曝8 絡L

Kp6thu一π∂ kyouphou 16.

・・K・L。D8・叩一勘5曝8 おL

Kp6thu−3層kyouphou l6.

ここで,いわゆる「命題」だけを抽出すると(20a−c)は何れも Kpothu is a schoolboy となり,

日本語と全く同じく,主語として機能する名詞表現に後続する,三つのparticlesだけで区分さ れる。そして,この場合,内容的にもその談話的発話情況を含め,(20a−c)は日本語に於いては 完壁に次のように対応するのである:

(21)乱Jap. 太郎は生徒です。     (全20a)

b.Jap. 太郎が生徒です。     (全20b)

c.Jap. 太郎も生徒です。     (全20c)

このことから,例えばカレン語に於ける一g『覗6 を日本語の「は」と機能的に等価な トピッ

ク・マーカー と捉えてもいいだろうか?確かに重なる部分はかなり多いと言えるが,一φ覗δ

の用法をより広範に探ってみると,その機能的実態は,部分的には日本語に於ける対応表現と 明らかに違っているのが判ってくる。例えば,日本語では何のコンテクストも前提とすること なく,新たな談話の冒頭の文表現として発話するような場合でも,対象となる個人が話し手と 聞き手の両者間で特定できさえするだけで「〜は」を主語表現に付加して文を切り出すことが

(12)

できるが,同じ情況に於いて,カレン語では次のように一φ一〃画を用いることはできない:

(22)a.Jap. あれっ,太郎 は (どうしたの)?

b.K飢・・姐, 。・8・叩一←ヂ㊦§?

*A?!   Kp6thu一配∂ le?

つまり,この種の「談話制御機能」に関しても,「は」ニ 一璽彫惚 とすることはできないの である。この辺のメカニズムは,一体どうなっているのか?こうなると, topic の概念自体に ついても再検討の必要性すら出てくる。いずれにしても,「は」= トピック・マーカー とい

う理解は,そのメカニックな側面だけに限定しても再考の余地は十分ある,と言わなければな

らない。

更に,こうした 不変化詞 にしても,その機能は当該表現の文法体系内に於ける位置付け・

来源と無関係ではあるまい。例えばカレン語に固有の問題で言えば,−g『一〃画には繋辞として

の機能も存在する(げ1.8節)。ということは,一璽『覗δ は元々が繋辞で,それが トピック・

マーカー としての機能を獲得したのか,或いは逆に トピック・マーカー としての機能が が先に存在し,コメントとの境に配置されることから次第に繋辞として用いられるようになっ たのか,理論的には両方の解釈が可能である。そしてこのことは,カレン語自体の系統論にも 重大な影響を与えるのは必至だ。これまでのところ,周囲のモン・クメール系言語ないしタイ 諸語の影響によってSOVのビルマ語から,動詞を中置することによって分派した,という見方 が支配的だが,純粋に理論的にはその逆の可能性もあり,カレン語の類型論的位置付けは,周 辺の言語の系統論のみならず,言語類型論一般に対しても極めて大きな意味を持つ,と言わざ るを得ない。本研究は,そうした総合研究を可能にするための予備研究としての役割を担うこ とになるが,印欧語族などに関する,主に文献学的アプローチだけでなく,こうした談話現象 や類型論的な取り組みであっても,十分に比較言語学的議論にも耐え得る可能性を垣間見る思

いで,正に我々の興味は尽きないものがある。

一般に,いわゆる マイナー な個別言語が言語学的研究の対象とされる場合,なぜかethno一 graphicな側面ばかりが強調されたり,或いは系統論的な枠組みが多かったりで,「活きた言語」

の全体像が浮かび上がるような取り組みはほとんど見られなかった。カレン語にしても,喩え

記述した例があったにしてもこれまではビルマ語との比較やphrase book的な出版物がもっぱら

で,そうした文献で入手可能なものから文法のあらましは把握できるかもしれないが,単にテ

クストが揃っていないだけでなく,機能的体系に関しては細部に亙った文法書も皆無に近い,と いった現状では,とても一般言語学的な議論で参照できるところまでは研究が進んでいない,と

言うしかあるまい。

本研究では,こうした情況に鑑み,現実の談話情況を念頭に置いた徹底したインフォーマン

ト調査に基づいて,主に上掲のparticlesを中心としてその用法を綿密に分析するにことにより,

一般言語学的な視点での「機能カテゴリー」の構造的解明を促進する可能性を示すに留まらず,

(13)

あまりよく知られていない個別言語を研究対象とする際に生じる方法論上の諸問題をも視野に 収め,更にこうした諸言語に関するデータが,一般言語学的な枠組みでの議論に際してある種

の データ・べ一ス 的に参照できるような方向をprogrammaticに探ってみた。

盆2.いわゆる 基本語順 について

自然言語の対照研究によく登場する「基本語順」( Basic[Word]Order )という記述上のパラメー

タに関し,GREENBERG(1963)はあまりにも有名だが,この概念自体は,なにも彼の独創という わけではない。自然言語の統辞体系に於いて,αρr or に中心的な存在だったというわけではな いにしても,「単語」という概念がある種の直感的言語感覚に訴えるところがあるため,分析的

な観察が容易であり,特に 分かち書き を正書法の基本とするヨーロッパ諸語に於いては古

来より,「語順」は言語の比較対照にとって格好のパラメータを提供してきた。

GREENBERG(1963)で重要なのはしかしながら,この「基本語順」とその他の,一見すると無

関係に存在しているように見えるパラメータの問に,厳密にとは言えないまでもかなりの確率 をもって該当する,一定の相関関係を見出だした点にある。典型的なのは「前置詞もしくは後 置詞型言語」というパラメータと基本語順の関係であろう。詳細な議論に入ることはここでは 避けるが,既にGREENBERG(1963)以前から観察されていたように,いわゆる verb−initial lan一 guages (VSOのような 絶対的 あるいはSVOのような 相対的 )では,個々の表現が文中

に於いて占める種々の機能を示す表現として「前置詞」を用いるのが一般的であるのに対し,同

じ位置を verb−final languages では逆にほとんどが「後置詞」で占める,といった具合である。

その意味では,カレン語は典型的な動詞中置言語と言っていいだろう。しかも:

(23)a.Chn.張三       看 書。   John is reading a book.

John       read book

b.Chn.張三 従__徳国  来。8)     John is from Germany.

John from Germany come

のように,どう考えても動詞中置が原則であるはずなのにも拘わらず,当の前置詞句を動詞に

前置するような中国語などと違い:

(14)

(24)aK・L。D&叩・3㎡∫  絡・.  (423・)

Kp6thu ph自 1〜       16.

Kpothu read book      ASS

Kpothu is reading a book

b.K飢。D&叩めω・9・θ存ヂ6・・  (423b)

Kp6thu he  1ω  Gyωηzη観16 Kpothu come from Gemlany ASS

Kpothu is ffom Gennany.

のように,ある意味で 首尾一貫 した統辞法をとる。

同様に,動詞を 修飾 する副詞(句)も,それが「早く」「ほんとうに」等に相当するような 専用の副詞であっても,或いは「ナイフで」「東京から」などのよう前置詞句/後置詞句の形態 をとる副詞句であれ,決して(中国語などのように)動詞に前置されるようなことはない:

(25)a.Chn.張三真地  看 書。   John is really reading a book.

John really   read book

b.Chn.張三在速速 念 書。   John is studying in Tokyo.

John in Tokyo read book

(26)aK・・.。D8・叩αdδ協協 6・・ (425・)

Kp6thu ph海 n  励δ    16.

Kpothu read book really   ASS

Kpothu is really reading a book.

b.Kar. oD&(衆03 (6〜ω70鯵 031・  (425b)

Kpδthu ph謡 1i  1607b雌yo配16,

Kpothu read book in Tokyo ASS

Kpothu is studying in Tokyo.

翻って,「基本語順」のもう一方の領域とも解釈できる「修飾関係」に於いては,上でも暗示 したような動詞を修飾する副詞(句)に限らず,典型的に名詞を修飾する形容詞なども当該のhead

に対して後置される,典型的な post−specifying language である:

(27)乱。・&叩め 。。・9・・§需 面面δ・・ (424b)

Kp6thu lle leo Gyeomnei δ∫6 16.

Kpothu come from Germany really ASS

Kpothu is really f止om Germany.

(15)

       θ

aD 璽1      1 91  3∂α)1

mei rice 1m邑i ∫6  real rice

ただし,後述するように,名詞の属格形やいわゆる「所有代名詞」などはその被修飾語に前置 されるのでケルト語などに見られるような consistenf verb−initial languag♂とは言えないが,

現実には動詞は文中に 中置 されるのだから,敢えてこの意味でのconsistencyに拘る必要も

ないし,そもそも修飾関係は「基本語順」とは別のパラメータで捉えられるべき性格の記述レ

ベルとも考えられるので(4FUJII l 983189),ここではこの問題をこれ以上,追求することはし

ない。しかし,カレン語はいずれにしてもある意味で典型的な動詞中置言語であることだけは

確かだと考えていいだろう。

しかしながら,こうした「典型」から一線を画すような現象も観察される。それは文末に於

いて,俗に sentence adverb♂と呼ばれるようなadsententialsの存在である。「修飾関係」とい

う観点からすれば,これらのparticlesは被修飾語である「文」に後置され,それこそ 典型的

なpre−modi且cationの一環を成すことになって何も問題はないのだが,この種のparticlesが「文」

に対する「修飾語」としては捉えられないことは衆目の一致した見方であろう。しかも,この カテゴリーは 典型的 〜erb−initial language♂ではほとんど観察されないのである。確かに 動詞中置言語では中国語などを初めとして散見されるが,何と言ってもその典型は日本語など

のような verb−final languages にある:

(28)乱Jap. 太郎は本を読んでいますよ。

b.Jap. 太郎は本を読んでいますか?

c.Chn.張三看  書喝?

d.Chn.張三看玉看書?

しかも,例えば中国語に於ける同様の現象は,口頭語では(28c)のような形式で非常に高い生 産性を示すものの書面語ではそれほどでもなく,部分的には(28d)のように動詞を中心とした 語法にその機能を委ねることも多くなっているなど,その動詞中置性を高めているのに対し,カ

レン語では文末表現の文法的要素の色彩が極めて濃い。その意味では中国語以上に文末に於け

る文法的関与が高いわけで,ここに何らかの文法的中心を認めざるを得ない:

(29)aK・L。・8・叩 ⑩・。δ〜読   Kp・th・is re・di・g・b・・k

Kpδthu    ph査 1i  1δ.

Kpothu   read book ASS

hK・L。D8・叩。D−・:d8勘5  Kp・・h・i・㎡t・eadi・g・b・・k

Kp6thu t−  ph五 li  肋δ.

Kpothu NEG−read book BHA

(16)

この例文のような「肯定」「否定」於けるparticlesの交替などは正にビルマ語の一〇Dd3−∫6!一η:

一わ履を彷彿とさせ,肯定や否定の助辞本体ではないことから,機能的には寧ろ動詞の異形態を

マークする接辞と考えたくなるほどである。ただ,動詞本体はやはり主語の後ろに位置してこ

れらのparticlesからは一般に距離を置き,形態的にdiscontinuous morphemeを想定することは

理論的にも難があるわけだが,いずれにしても前述した文末の「文法的重力」には無視できな

いものがあることだけは確かだと思う。こうした一種のirregularityには理論的にどう対処した

らいいか?

いわゆる「基本語順」のことが問題となっているついでに,関連する現象を二つだけこの場で 取り上げてみたい。一つは先ほど言及した,いわゆる 否定の終助詞 σや肋δを巡る文法的 ステータスの問題であり,もう一方は疑問文に現われる,ある種の「強調の助動詞」として機

能する繋辞璽『〃画に関する語順の問題なのだが,両者ともある意味ではカレン語の文法体系全

体に対する言語学的評価に大きく関わるため,後述する関連の諸問題に触れないまま個別の議

論はしにくい上,ここで扱おうとする問題の理解もおぼつかなくする危険も皆無とは言えない。

特に後者は,カレン語の文法体系を機能的側面から概観しようとするとき,少なくとも今回の 調査に於いては,以下でも繰り返し問題とするように,談話機能と文法構造の関係を探る上で の中心的存在と位置づけられ,前者もやはり後者の「繋辞構文」と密接な関係を持つ,ある種 の「抽象名詞」であるφ励との補完分布現象を示すことから,単なる語順の問題としてはと

ても片づけきれないのが実情なのである。

しかしながら,方法論的には,本研究のような,ある種のパイオニア的研究の抱える理論的・

実践的諸問題の実態を如実に示し,狭義の言語学的観点からは,個々の言語現象がそれぞれ独 立して存在しているのではなく,多くが何らかの形で互いに相関関係を持つものであることを 示す好例でもあるので,抽象的な評価の繰り返しはこれまでに留め,補足部分は後述する議論

に委ねることとして,敢えてふたつの問題を基本語順の問題の枠内で扱ってみようと思う。

篇・・ 否定の終助詞 ⑳§爾の文法的ステータスと基本語順 倣(29)力弐示すδ・1δと。・§

肋∂の 交替 は,実質的には「肯定」と「否定」との 対立 として理解されるのが一般的

であろう。特にカレン人自身はそのほとんどがビルマ語とのbilingua1であることから,彼らの 言語感覚からすれば,上で暗示したように,ほぼ間違いなくビルマ語の終助詞の対立一〇Dd3イ6

vs.窟〜3一わ勉を意識すると思う。

ビルマ語に於けるこの対立は完全な排他的補完関係にある。つまり,両者が共起することは 決してあり得ないのである。そしてこの場合,もちろん否定自体は動詞本体に前置される構造

助詞o−〃2一によってマークされるが,両者はそれぞれ「肯定文」と「否定文」という文法のカ テゴリーを代表し,対等にその上位カテゴリーである,「判断文」とも呼べるような範疇の下位 区分を示すわけである。これに対し,カレン語の(&1δとα)§蝕∂は,如何なる関係にあるか?

一見すると,上の(29a−b)のように両方のparticlesは「肯定」と「否定」とで職掌分担する

(17)

終助詞 という解釈に落ち着くことになる。そして通常,そうした解釈で特に問題はない。し

かしながら,綿密に調査を進めると,両者が排他的補完関係を形成しているとは必ずしも断定

できないような例に遭遇するようになるのである:

(30)COP〃Zα vε、Prε4 oη:

乱・D&叩一φ。D一φ毒8 。D5   Kp・th・i・n・t。、ch。。lb。ジ

Kp6thu−nei t−  mei kyouphou bha.

Kpothu−NEI NEG−EMP schoolboy BHA

L。D&叩一φ。D一φ毒8 。。多読  (cf 30a)

Kpδthu−nei t−  mei kyouphou bha観

q*。・&叩一φCD一φ略8 読。D5 (cf 30a−b)

*Kp6thu−nei t−  mei kyouphou 1δ bha.

(31)距rわα1Pr84 oη:

乱。・8・叩 。D一⑩・d8 φ.9・  ・Kp・th。 i、㎡t,eadi。g。b。。k・

Kp6thu   t−  ph五 1i     bha.

Kpothu  NEG−read book   BHA

tL Oっ81『〜   OD一  ④含  (・6δ     っつ§ d∫L     ((≠31a)

Kp6thu  t−  pha n     bha 1(乳

α*。・&叩 。D一⑩3㊦8 読浦. (cf 31a−b)

*Kp6thu   t−  ph五 1i    16 bha.

一般的にはそれぞれ(30a)または(31a)が使われ,(30b)や(31b)のような(&16は不必要なの だが,だからと言ってこれらが非文法的かというと必ずしもそうではないようなのである。少

なくともビルマ語の否定文の文末に一coお一陀を付ける時のような拒否反応に遭わないことだけ は確かだ。これは何を意味するか?

通常は別々に現われる二つの表現が共起するということは,一般に両者はそれぞれ別の上位

カテゴリーに属すと解釈される。つまり,両者はそれぞれが単独に使われてもminimal pairを 形成するのではなく,従って問題の職掌分擢も意味を持たなくなるわけだ。そうなると,({31    ぐ Pづや」)p肋∂の文法的機能の解釈自体も問題となってくる。なにしろ否定文にも(611δが現わ れるわけだから,(&1δは「肯定の終助詞」ということはあり得ない。では肯定文・否定文に 共通する意味要素は何か?可能性があるのは「陳述」もしくは「断定」といった概念であろう。

肯定にしても否定にしても何らかの命題について話者が判断を下し,それを聞き手に対して伝

達・主張するからである。このことは,(61」δに導かれる「断定」というカテゴリーが例えば

「命令」などに対して機能的に対立することから理解される:

(18)

(32)a。・&叩・:。δ〜読    Kp・th・is reading・b・・k

Kp6thu ph益 li  J6.

Kpothu read book ASS

b.。D8・叩(,)¢:d8。Dη需!  Kp・th蟻・ead・b・・k plea・e!

Kp6thu(,)pha li  tk歪i!

Kpothu read book TKEI c・。D&叩(,)ω:(68。D。gr漁

*Kpδthu(,)pha li  tkei  6!

(32c)のように(&16とCDσ〜㌦熔が共起しないことからも明らかとなろう。1°)

それでは,σ)§励∂の文法的機能はどこに存在するのか?そして,この問題と密接に関わっ       e  o

トいるのが,コD§肋∂の文法的ステータスの位置づけである。もちろんのこと,σ)p−oo1肋副δ

       c

ニいう連続は終助詞の重なったものと見て見られなくもないが,そうした解釈もσ)p肋∂の文 法的ステータスが「終助詞」として確定されて初めて意味を持つものであり,(30)一(31)で見た

      ぐ

謔、に,(&16の終助詞としての属性が明らかな以上,我々としてはσ)p肋∂の位置づけにつ

いての即断は避けなければならない。結局は,3)§肋∂が機能的にどんな表現形態と対立関係 にあるかを明確にするのが先決となるのである。

そうした対立関係を単純な肯定文の発話されるコンテクストとの対比だけから割り出すのは,

そうたやすいことではない。一般には(29b)に肯定で対立するのは(29a)であり,これだけだ と,どうしても(& づ[肯定]v&σ)§肋∂[否定]という構図にならざるを得ないからだ。し

かしながら,いわゆる否定の助辞はあくまでも動詞本体に前置される構造助詞のCD一レである

から:

(33)乱。D8・叩。D−・3 d〜笏5  Kp・th・i・n t・eadi・g・b・・k Kp6thu t−  pha li  わ煽.

Kpothu NEG−read book BHA

b.・。・8・叩φ一⑩・。δ8η5 ( Kp・th・i・㎡t・eadi・g・b・・k )

*Kp6thu φ一 ph査 li  わ肋.

Kpothu    read book BHA

       o

ミ)§肋∂は他の機能を担っている,と理解するのが自然であろう。何か肯定文で終助詞OD 116 に前置され,同様のコンテクストのまま否定文ではσ)§わ履に交替する機能語はないだろうか?

これは以下で詳述することになるのだが,いわゆるverbal constructionをcopulative construction に変換し,発話時に伝達される「命題」とは別の記述レベルに属すると解釈される「法」を強

調したり,命題に含まれる文要素にフォーカスをかけたりする際,英語や日本語で:

(19)

(34)a.Eng. John bought an interesting book yesterday.

b.Eng. It WaS YESTERDAY that!0んηわ0配g玩αη η θr召3伽8・わ00た

(35)a.Jap. 太郎は日本人  です。

b.Jap.  良は日  オんです。

通常では全体として文形式をとる命題が,繋辞構文では文法的には全体がひとまず名詞化され,

文法的ステータスとしては名詞句のまま繋辞構造の補語となる形をとる。こうした繋辞構文で は,カレン語でも同様に文全体が名詞化されるプロセスが介入するわけだが,この文の名詞化 に用いられる機能語は§§滅 こと という形式名詞であり,機能的にも素材的にも日本語の

「の」ないし「ん」や英語の 加∫にパターンの上では完壁に対応する。11)

日本語や英語などではしかしながら,問題となる陳述もしくは断定が肯定であろうと否定で

あろうと,いずれにしても同一の構造助詞が用いられるのに対し,カレン語では:

     o      c      。ぐ   ぐ      o

i36) a. ODO1(簗(一§p)      o含  coっ  §p        eo 1.     (ρブ360)

Kp6thu(−nei)    ph五 li  n6i     l6.

Kpothu(−TOP)    read book NOMIPOS ASS

Kpothu IS reading a book.

   o      e      。ぐ   e      ご鴨      e

aE *σ)01(苓〜(−fi)) 0フー  ⑩: ( bう 鱗)  OPIう ((t51)・    (げ36乱36c)

*Kpδthu(−nei)  −  ph益 li  nei 肋∂ G6).

Kpothu(−TOP)NEG read book NOM NOM(ASS)

( Kpothu ISN T reading a book. )

   o      e      。e    ぐ      o

メD α)Ol(XR,(一曽) αフー  く9:  (Dつ  」写7       (oo⇒.    (qズ36a)

Kp6thu(−nei)  −  pha n  ゐぬ∂     (16).

Kpothu(−TOP)NEG read book NOM小IEG (ASS)

Kpothu ISN Treading a book.

     ぐ       ぐ

フように,§pη∂ は否定文に於ける00p肋∂と共起できない,というirregularityが観察される       e

フである。理論的にはもちろん,単に幹η窃と否定の助辞CD一レが共起しないだけ,という解

      e        ぐ

゚も可能ではあるが,それよりはODP肋∂は§pη∂ の否定に於ける,ある種の 異形態 と考

える方が自然なのではないだろうか?そしてこうした解釈にこそ,OD多肋∂の文法的ステータ

スを特定するための鍵が潜んでいると思われるのである。

      ぐ      θ

サう考えるとすなわち,コ)p肋∂が陳述の終助詞001 づに機能的に対立しなければならない

必然性はどこにもなくなってしまう。こうした理解を支えるのが:

(20)

O      ぐ         OO       O

(37)a. oDo1(耳〜一爵フ   φ g2⑩    φ oDl.      Kpothu is a schoolboy.

Kp6thu一η2    φ kyouphouφ 16.

       oo       θ   o      ぐ

aD*oDo1(泉一爵0の一φ (ワω    φ OD1.     ( Kpothu isn taschoolboy. )

*Kp6thu一η窃∫一 φ kyouphouφ 16.

   O      ζ噛    e   OO      ご鴨  o

メD oDo1(導〜一爵フの一り1 92⑩   αア(oDl).     Kpothu isn taschoolboy.

Kp6thu一η窃 − m6i kyouphou肋∂(16).

のような,命題上の繋辞文の構文法の示す,ある種の統辞的irregularityである。いわゆる名詞

構文に於いて,カレン語では古典漢語やロシア語の現在形などと同様,肯定文では繋辞自体が

使われないのに対し,否定文では否定の助辞を導入するために構造的に繋辞が必要となるが,繋

辞自体の文法的ステータスは動詞表現なのだから,その時点で文全体としてはもはや名詞構文

ではあり得ない。しかしながら,「名詞構文」である肯定文との対応関係を維持しようとすれば,

文構造 的な述語表現は全体として 名詞化 しなければならない。そしてそのために登場す るのが「抽象名詞」の 否定形異形態 であるOD各肋∂ということになるのである♂2)

機能的な観点からは,更に次のような理解ができる:肯定文と違い,否定文は形態的に無標 であっても,一般に発話に於ける談話機能が,いわゆる 翁eutral description ではない。否定の

助辞CD− 一が動詞の肯定形に前置されるという形態的な特質からも明らかなように,否定は常 に対応する肯定形とのコントラストを成す。つまり,否定文はその本質からして,ある種の 強 調形 を形づくっているのである。且3)では,その意味で機能的にも否定文に対応する「強調形肯 定文」は,どのような構造をとるのか?それが即ち,文全体を形式的に名詞化する弔§η2∫を 伴う陳述文だと考えられるのである:

O     C      oc   e    o

(38)乱 oDo1(♀一§p    く鵬 ooっ §p  ool.  Kpothu IS reading a book.

Kp6thu−nei    phまli  nei 16.

Kpothu−SBJ  read book NOM(ASS)

   θ     ぐ      oe     ρ       o

aD GDo1(冷一fiPω一⑩:αd5二D/う(d51). Kpothu ISN T reading a book Kp6thu−neiレ  pha li  肋δ (16).

Kpothu−SBJ NEG−read book NOM(ASS)

こうした理解はしかしながら,当初に問題とした文末に於ける文法的中心性の想定に対し,根 本的な疑問を投げかける。終助詞としての明確な位置づけのある(&」δならいざ知らず,σ)§

肋∂に関してはこうした評価を支えるものとはなり得ないからだ。そう考えると,(&1δを初め

とするいくつかの「終助詞」の存在は確かに認めざるを得ないが,それは大方のところに於い

ては,「命題」の外側に位置する「法」の領域に留まって「命題」そのものに対する文法的オペ

レーションには直接,関与しないことになり,カレン語の文法的機能性は当初の予想ほどは文 末に於ける文法的中心性に依存してはいないことがハッキリしてくる。その限りでは,およそ

(21)

中国語の情況に近いものと考えていいだろう。

より重要なのはしかし,上でも暗示したように,少なくとも肯定形に於ける名詞構文では繋 辞自体が使われない,ということである。繋辞が現われればそれは即ち「強調構文」としての

解釈をもたらし,一般には文末の終助詞(Gt 1づの直前に形式名詞φη窃を伴う。その意味で

は,情況は「是」がまだ完全に繋辞として文法化していなかった,後期上古漢語に極似してお り,やはり文末の文法的中心性を再評価せざるを得ないことになるかもしれないのである。こ

のことは,類型論的にはカレン語が動詞後置から発達中であることを示唆することにも繋がり,

今後の研究の進捗に大きな関心を寄せざるを得ない。

λλ2.疑問文に現われるg『〃癖と否定の助辞CD一あの位置関係  語順に関する統辞現象で次 に取り上げたいのが,動詞の直前で助動詞的に用いられる繋辞g『〃観の,否定文に於ける行動

様式である。既に上の2.2.1節でも部分的には触れたが,まずは平叙文がどのようにQ『〃面を      o

伴った疑問文に変換されるのか,その実態を示しておきたい:

O      oe   O

(39)乱 cDo1(導〜    o: Ooっ ooL        Kpothu is reading a book

Kp6thu    ph益 li  lδ.

Kpothu    read book ASS

b.。D&叩9ヂω・。δ〜♂?    1・Kp・th・・eadi・g・b・・k?・

Kp6thu 7η∂  ph丘 li  qa?

Kpothu EMP read book INT

この変換プロセスは,例えば英語などで:

(40) a.      John     reads a book every day.

b. Do85 John   read abook every day?

c. Do8∫John not read abook every day?

というふうに 強調の助動詞 4014065履4を本動詞に前置させるのとパターン上は全く同様で

ある。

では,否定文に於いてはこれがどうなるか?英語などに於ける同等の現象から常識的に判断

すると,助動詞として機能している,つまり文全体の 定形 を提供している動詞をCD−∫一を

前置することによって否定形にするだけでいいはずだから,カレン語では:

(22)

(41) a  OD81(等〜一 §§    ←ヂ    ⑩: (〜3δ     ∈臼?    (全40b)

Kp6thu−nei  配∂   ph61i     qa?

b.*OD81(聖一i…§09−←f    ⑩: c6」5     ∈臼?    (全40c)

*Kp6thu−neiか 配ど   ph61i     qa?

・.。・&叩一φ をヂω一⑩:d8。。§♂? (441b)

Kp6thu−nei  〃2∂5∫− ph盃li  bha qa?

(41a)は全文否定をかけると(41b)のように変換されるはずだ,という予想が立つ。しかしなが ら,(41b)は現実には非文法的となり,実際に(41a)に対応する否定文は(41c)のようにならな ければならない。このことは,疑問文に於ける 強調の助動詞 φ惚 の統辞的性格を規定する 上で何を意味するのか?

如何なる質問に対しても,疑問文の表出する命題に対する質問者の認識に間違いがある場合,

      ぐ  ぐ

キなわち日本語で「いいえ,違います」と答える場合に使うカレン語の言い回しはCD91σ)pレ 厩晒層だから,形式的にφ厩 が否定の助辞であるCD一レと共起できないわけではない。に

も拘わらず,(41b)が成立し得ない,ということは,カレン語では単に助動詞に定形機能がない

だけ,というふうに解釈できないだろうか?これは英語などの,定形を中心とした構文法をと

る統辞体系との根本的な差異となる。

しかしながら,文否定を定形に対してオペレートしなければないない,という必然性は理論 的にはどこにも存在しない。現に日本語でも否定形は強調の助動詞から見て内側にそのスコー

プを持つ:

(42)a.太郎は本を読む  んです。     (≒41a)

b.?太郎は本を読む  んでな込です。  (≡41b)

c.太郎は本を読まないんです。     (≡41c)

日本語の場合, 強調の助動詞 自体を否定した(42b)のような形も完全に非文法的とは言い難

く,特に「太郎は本を読むんじゃありません」と言えばかなり自然に聞こえもするが,こうな

ると(42a)に対応する全文否定というよりは,(42a)の強調のみを否定した,つまり一種の「部 分否定」ということになってしまい,(42a)には直接の形では対応しなくなるのである。

そもそも英語の場合,(40c)のような否定文自体が多義的であることに注目すべきであろう。

この形式そのものが,内容的には全文否定のみならず部分否定までを包括し,部分否定の場合 には更に文要素の数だけ異なった否定スコープが存在するのである。とすれば,日本語やカレ

ン語の方が否定詞のスコープに関してよりsensitiveに反応する,ということになるわけで,(41)

のような現象もその意味で敢えてirregularityと捉える必要はなくなってくる。

カレン語に於いて,このことは何も否定に限ったことではなく,例えば「未来の構造助詞」

GD一齢を使った場合でも,この助詞自体は常に疑問文に於ける 強調の助動詞 g号〃観の内側

参照

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