―一 非 言語 的言語論 の観 点 よ り見 た文学 的小説 についての一考察 一―
小 林 繁 吉 *
Winde lesen
―十 ]3etrachtung uber literarische WVerke durch die nonverbahstische Sprachtheorie― 一――
Shigekichi KoBAYASHI*
Abstract
Die Sprache ina Werk istjedem Leser so relevant、 、 ア ie seine tagliche verbale bzw nOnver‐
bale Kommunikation rnit anderen Menschen Durch seine Sprachfahigkeit der totalnonveJDaliS‐
tischen Sprache mit den nonverbalen Sprachen hat er daran teil, dass er das vom Autor geschriebene verbale WVerk annders als die lntention des Autors liest und interpretiert,kann sich nlitteilen und seine Meinung au13ern
Die explizite verbale Sprache iln Werk ist das, was den Leser vonl Autor beiin Lesen unterscheidet Theoretisch kann man ■lit Recht sagen, erst durch die totalnonverbalistische Sprache mit der imphziten latenten Sprache und der unterbe、 vussten nonverbalen Sprache wrerde das passive ヽ Verk, das vonl Autor geleitet 、 vird, zum aktiven Werk, das von der Leserseite aktiviert wird
r【
9y こ υο rtJs i nOnverbale Sprache,explizite verbale Sprache,Autor,Leser,再 Verk
〈 「作者」について語 ることはで きて も
,「作者 J を語 ることはで きない。〉
〈 「作品」について語 ることはで きて も
,「作品 J
を語 ることはで きない。〉
上述 の二文 はつ ぎの ように言 い換 えられ る。
「作者」に関係す る事柄 について ,様 々に ,部 分 的に,こ とばで語 ってい くことはで きるが ,「 作 者」自身 を ,存 在 その もの として ,全 体的に ,こ
とばによって再現す ることはで きない。「作品 J について ,様 々な方向か ら ,様 々な方法で ,様 々 な ことばで語 ってい くことはで きるが ,「 作品」
を語 り尽 くす ことはで きない。 この言い換 えら れた二文 は同 じものなのであろうか。存在 の表 層形態が非言語的生命体 としての作者 を言語的
平成 14年 12月 26日 受理
*総 合教育 セ ンター・ 教授
に語 ることと ,存 在形態 自体が視覚的に も聴覚 的にも言語 その ものか ら成 り立 っている何かを 言語で語 ることは ,同 じことであろうか。究極 的に ,仮 称 としての私の見 る世界が ,何 らかの ことばでな りたつているにしろ , ここでい うこ とばは ,通 常の意味での言語 ,顕 在言語ではな く ,非 言語的言語 とで も呼ぶ しかないような何 かなのであろうが ,仮 に ,常 識 と称す るものに 依拠 して ,い わゆる具体的に日常生活で音声 と して発せ られ ,ま た文字 に書かれてい るものを ことば とい うことにす ると ,上 述 の命題 は次の 様 に定式化 され うる。非言語的実体 としての作 者 は ,無 限に言語化 され うるが ,言 語 その もの にはな りえず ,言 語 その ものである作品は ,す
でに語 り尽 くされてお り ,語 り尽 くされた とい う意味でのその完全な言語化 によつて ,原 理的 には ,言 語的に語 り得ない ものになっているの
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で あ り ,言 語 的 には ,自 己完結 して いて ,作 品 につ いて何 か を ことばで語 る ことは,本 来 的 に
,不可能 にな る。冒頭第二文 は ,む しろ ,〈 「作 品」
を語 る ことはで きて も,「 イ 乍品」につ いて語 る こ とはで きない。〉 と訂正 すべ きなのか もしれ な い。以上 の ように考 えれ ば ,作 品 につ いて何か を語 る ことは ,本 質 的 に無 意味 にな り ,文 学作 品の批評 的基盤 を言語 に置 くこ とは原則 的 に不 可能 にな る。
常識 的 に,生 命 や物質 で満 ちた この世界 を ,こ とばで言 い表 わす ことはで きるし ,時 間 と空 間 の座標 を取 り入 れ て物語 を物語 る ことも何 ら支 障 はない。 ことばについて ことばで語 りつづ け る こ とも , ことば をことばで置 き換 えてい くこ とも ,日 常 的 に問題 とな るこ とで はない。 こと ば と物体 ,こ とば と現象 を ,イ メー ジを媒介 に して ,対 応 させ た り ,入 れ替 えた りして も差 し 支 えない。 いや , こ とばで認識世界が成 り立 っ てい る とした ら ,言 語 と非言語 的世界 の区別 こ そが ,世 界 の本質 を ,言 語 の本性 をゆが めてい る こ とにな るので あ り ,文 学作 品 に限定せず と も ,非 言語 的実体 と称 す る もの と ,言 語 的実在 を区別 す る ことに何 の意味が あ るのか。
しか し ,こ とばにつ いて ことばで語 る ときに
,志 向対 象 につ いて , こ とばで語 りはじめる とき に ,(人 は)そ の こ とばを ,そ の志 向対象 を ,字
義通 り ,本 質 的 に把握 し ,言 語世界 その もの を 完全 に捕 らえ切 ってい るわ けで は全 くない。一 つ には ,こ こでい う言語世界 その ものが ,分 節 化 して いて ,分 節化 はあ らゆ る言語現象 (す な わ ち ,世 界 ,現 象界 )に 及 んで いて ,言 語 とい う言語, ことば とヤ心うことばに も, このイ 乍用 が 適 用 され てお り ,非 言語 と取 り敢 えず呼ぶ しか ない言語 的何 か と ,こ れが言語 だ と考 え られて い る言語 的言語 (い わ ゆ る ,具 体 的現実 的言語
,顕在 言語 )に 分 けてみ る こ とは ,そ う無理 な不 自然 な こ とで はない。 したが って ,世 界 が言語 でで きてい る ものな らば ,世 界 が先 か ,言 語 が 先 か とい う論 は無意味 な もの とな り,在 るの は
,言語 的言語 と非言語的言語 (言 語 的言語以外 の
あ らゆ る もの ごとの総称 )と い うこ とにな る。最 初 の論題 は ,こ こに来 て ,〈 言語 的言語 で表現 さ れた非言語 的言語 「作者」 について ,言 語 的 に 表 現 す る ことはで きて も ,非 言語 的言語表現 を す る こ とはで きない。〉 とな り ,冒 頭第二文 は
,〈言語的言語 その もので あ る「作 品」を言語 的 に 表 現 す る こ とはで きて も ,非 言語 的言語「作 品 J
につ いて表現 す るこ とはで きない。〉とな る。上 で定義 された非言語 的言語 としての「作 品 J自
体 が非在 なので ,そ れ につ い て語 る こ とはあ り えな いので あ る。
通 常 ,文 学作 品 は こ とばで形作 られてい る と 考 え られ てお り ,文 学作 品で ある小説 について 何 か を語 る ことは ,小 説 言語 が ,顕 在 言語 す な わ ち言語 的言語 で あ る とい う共通理解 ,共 通認 識 に異存 が な けれ ば ,言 語 的 には ,ほ とん ど無 意 味 なので あ る。 日常生活 の場面場 面 で ことば につ いて ことば を費 や した り ,こ とばについて
こ とばを語 る ことは,何 ら特別 な こ とで はない。
しか し ,文 学作 品 の場 合 は ,作 品 を どこで切 る か ,ど こまで と見 なすか は別 として ,と にか く
,一 つ の ことばの ま とま りとして括 る ことが ,取
り敢 えず ,可 能 で あ り ,当 該 作 品 を どう読 み込 んで い くか とい うこ ととは離 れ て ,言 語 (こ と
tゴ