• 検索結果がありません。

<スル>的言語と<ナル>的言語の文法論に向けて

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<スル>的言語と<ナル>的言語の文法論に向けて"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

<スル>的言語と<ナル>的言語の文法論に向けて

著者 江連 和章

雑誌名 Otsuma Review

巻 53

ページ 51‑64

発行年 2020‑10‑01

URL http://id.nii.ac.jp/1114/00006893/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

1.はじめに

言語の表現構造に関わる類型論としてよく知られるものに,〈スル〉的言 語と〈ナル〉的言語という対立的な言語類型がある。これは,英語と日本語 の対照研究である池上(1981)により広く知られるようになり,個別言語が 持つ志向性として,英語は〈スル〉的言語であり,日本語は〈ナル〉的言語 であると特徴づけられる。日英語の対照研究ではこれまでにも様々な対立的 類型が示されており,例えば,事実志向の英語と立場志向の日本語,結果志 向の英語と過程志向の日本語,境界志向の英語と中間志向の日本語,人間志 向の英語と状況・自然志向の日本語などがある(江連2012参照)1。これら のうち,人間志向の英語と状況・自然志向の日本語が,〈スル〉的言語の英 語と〈ナル〉的言語の日本語におおよそ対応する。

本論では,この〈スル〉・〈ナル〉的観点からみた日英語類型に焦点を当てる。

その目的は,この表現構造についての日英語の対立的類型を,人間の脳に言 語知識として内在する文法において明示的に定式化することにある2。具体的 には,文法内の意味論で提示する事象構造に力動性と主辞性の概念を効果的 に組み入れ,日英語それぞれの広範な領域に通底して観察される〈スル〉的

〈ナル〉的の対立的現象や事実を,一貫して統一的に記述・説明するための 文法的基盤を提示する。巨視的に研究アプローチの点からみると,これまで 認知言語学の領域において「人間科学」として扱われることの多い〈スル〉

〈ナル〉的類型を,自然科学(経験科学)として実在する文法に再解釈する 試みと位置付けることができよう。

以下,2節で日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型について概観し,3節で この類型を日英語文法における事象構造の領域で定式化することを論じ,い くつかの提案を行う。

〈スル〉的言語と〈ナル〉的言語の文法論に向けて

江 連 和 章

(3)

2.〈スル〉的言語と〈ナル〉的言語:池上(1981, 1982)

〈スル〉的言語と〈ナル〉的言語の対立的類型について,池上(1982)は 端的に(1)のように表し3,英語は〈スル〉的な傾向の強い言語であり,日 本語は〈ナル〉的な傾向の強い言語であると論じている。

(1) 言語の面においてもそれは,一方では〈出来事全体〉を捉え,事の成り 行きという観点から表現しようとする言わば〈ナル〉的な言語と,出来 事に関与する〈個体〉,とりわけ〈動作主〉としての〈人間〉に注目し,

それを際立たせるような形で表現しようとする言わば〈スル〉的な言語 という対立があるように思われる。

池上(1982:108)

(1)が説明する日英語表現の事例は多岐にわたるが,(1)の内容を端的に 示すわかりやい表現例として,(2)と(3)について考えてみよう。

(2)a. Lisa opened the door.

  b. The door opened.

(3)a. Lisaがドアを開けた。

  b. ドアが開いた。ドアは開いた。

英語文(2)と日本語文(3)は相対応し,それぞれ文aと文bは,文法的 には使役他動詞と状態変化を表す自動詞の対である。ここで仮に,「Lisa いう人物の行為によりドアが開いた」という事態が起こったとしよう。その 事実を表現する場合,真理条件的観点からすれば,英語(2a)と(2b),日 本語(3a)(3b)のいずれも可能である。しかし,(1)〈スル〉・〈ナル〉

的類型は,全く同じ事実を表現する場合であっても,英語と日本語では文a と文bのどちらが自然な表現,あるいは好まれる表現であるかについて異な る傾向があることを示唆する。(1)の内容に照らすと,使役他動詞を用いた

(2a)と(3a)は,動作主のLisaを主語に置き,Lisaによる行為の結果とし 「ドアが開いた」という出来事が生じたことを表す〈スル〉的な表現である。

他方,状態変化自動詞が用いられる(2b)と(3b)は,動作主Lisaの存在 については言及せず,単に「ドアが開いた」という出来事が生じたことを表

(4)

〈ナル〉的な表現として捉えられる。そこで〈スル〉・〈ナル〉的類型(1)

は,〈スル〉的な傾向の強い英語では表現として(2a)が好まれ,〈ナル〉的 な傾向の強い日本語では(3b)が好まれることを予見することになる。

(2)と(3)は説明の便宜上理解しやすさを優先させて提示した単純な表 現例であるため,実際には,それなりのコンテクストを示さない限り,上述 した自然で好ましい表現についての日英語の相違が特にあるとは感じられな い。これに関して,先行研究にて日英語の自然な表現の対立として,例えば

(4)(6)のような事例が報告されている。-

(4)a. Oh no, she spilled the milk.

  b. あら,ミルクがこぼれた。

(5)a. You shouldn’t hold your fork like that!

  b. おはしの持ち方が違うよ。

(6)a. We’ve come to a conclusion.

  b. やっと結論が出た。

((4):Hinds 1986: 27,(5) - (6):國廣1974:49)

さらに,池上(1981, 1982)を始め多数報告されているその他の種類の事例 も含めると,〈スル〉的・〈ナル〉的類型(1)は,日英語に関して十分な経 験的事実を有しているといえよう。

補足となるが,池上の研究に先立ち,本人が言及するように同一の見解を 佐久間(1941)が示している。その上で池上(1981, 1982)は,この〈スル〉・〈ナ ル〉的類型を本格的研究テーマとして着手,追求し,この類型が日英語以外 の言語についても広く通じる人間言語に見られる基本的傾向であること,さ らには,言語のみならず文化の領域についてもそれと平行する類型が認めら れることまで展開させている4。よって本論では,池上(1981, 1982)を日英 語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型の本格的な先駆的研究として位置付け,こ れを基に論を進める。

今日までの研究の流れとして,日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型は,

総じて認知言語学の領域で注目され扱われることが多い。これら後続研究に ついては,紙幅の都合もあり再述を割愛するが5,一点,池上本人によるそ の後の研究展開,および認知言語学の言語観および研究アプローチについて

(5)

触れておく。

近年,認知言語学における言語類型論の領域では,事態把握に関わる研究 が盛んに行なわれており,池上も日英語類型論において主導的に事態把握の 観点からの研究を展開している6。事態把握において重要となるのが,認知 の主体である「話す主体」であり,池上は(7)のように述べている。

(7) 言語について考える場合,言語を生み出し,使用し,そしてそれを組み 変えていく存在としての人間をも併せて考えなくてはならないというこ とは殆んど自明である。言語学では,言語と関わる人間を〈話者〉とい う用語で指す。ところが,すぐ気がつく通り,伝統的な言語学での扱い では,〈話者〉の存在感は極めて稀薄であった。〈話者〉は文を発話する 存在と規定される。しかし,〈話者〉の発する文は,どこでどのように して生成されるのであろうか。むしろ〈話者〉は〈規則〉か何かが生成 してくれた文を受けとって,それを口にするだけといった主体性のない 存在として受けとめられていたかのような印象すらある。認知言語学の 枠組の中では,〈話者〉はすぐれた意味での〈話す主体〉としての復権 を果たす。〈話す主体〉(sujet parlant)は同時に〈認知の主体〉である。

この〈認知の主体〉としての働きがもっとも典型的に顕現されるのが,〈事 態把握〉(construal)と呼ばれる営みである。

池上(2011:49)

このように認知の主体である「話す主体」の役割を重要視するのが認知言語 学の根本的な言語観である。池上(2011:50-52)は,この言語観に立つ言 語研究を,主体と客体との対立,隔離が強調される従来の自然科学に対比さ せて,主体と客体の関わり合いに焦点を当てる「人間科学」としての言語研 究として位置付け,その必要性を説いている。

日英語の〈スル〉・〈ナル〉的類型に立ち返ると,あくまでも推察であるが,

「話す主体」の役割が鍵となる事態把握の視点からの日英語類型研究により,

〈スル〉的・〈ナル〉的類型が(,さらには日英語のその他の類型的対立も含 めて)全般的に捉え直される可能性が高いと考えられる7。仮により高次で 一般的な類型的観点から〈スル〉的・〈ナル〉的類型が説明されるとすれば,

それ自体は極めて意義深い進展であろう。

(6)

しかし,本論の目的である〈スル〉的・〈ナル〉的類型の文法定式化とい う点からすると事情は異なる。冒頭で述べたように,本論はあくまでも人間 の脳に言語知識として内在する文法を対象とする,自然科学(経験科学)の 領域の論考である。従って,言語知識としての文法の中に,その知識を有す る「話す主体」自らを取り込むことは実在性に乏しく,極めてありえないと 述べざるを得ない。少なくとも,それを明示的に定式化することは不可能で あると言えよう。このような研究的背景の相違により,本論では,(1)に示 される日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型を,事態把握の視点に依る日英 語類型から捉え直す可能性については扱わない。

3.〈スル〉的言語と〈ナル〉的言語の文法:事象構造類型論

前節で確認した日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型(1)は,言語の表現 構造に関わる類型であるが,その実在的観点からすると,実際の言語の使用 や表現の基盤となる文法において何らかの形で示されているはずである。文 法内のどこで示されるかについては,この類型が出来事の表現に関わること から,意味論で提示される事象構造でその実質的内容が表されているとする のが妥当であろう。本節では,力動性に基づく因果連鎖から成る事象構造に 主辞性の概念を言語類型的に組み入れることを提案し,日英語の〈スル〉的

〈ナル〉的類型を言語知識としての文法として定式化する。

3.1.力動性因果連鎖から成る事象構造

文は,その述語(主に動詞)を中核として,世界における事態を表す。事 態についての構造は文法の意味論の領域で示され,一般に事象構造(event structure)と呼ばれる。事象構造はいくつかの事象タイプ(event type)に 分類されるのが常であり,アスペクトに基づくVendler流の4分類(Vendler 1967)は,今日では伝統的と呼べる代表的分類の一つである。おおよその説 明を添えて再述すれば,静的事態である状態(state),状態変化を表す到達

(achievement),持続的行為である活動(activity),行為としての活動を経て 結果に到達し事態が完結する達成(accomplishment)の四つのタイプに類 別される。

四つの事象タイプのおおまかな意味構造(事象構造)を,語彙分解の表示 法により(8)に示す8

(7)

(8)a. 状態:[State y <STATE>]

  b. 到達:[Event y BECOME [State y <STATE>]]

  c. 活動:[Event x ACT],[Event x ACT-ON y ]

  d. 達成:[Event x ACT-ON y ] CAUSE [Event y BECOME [State y <STATE>]]

(8)において,(8a)状態,(8b)到達,(8c)活動はそれぞれ単一の事象か ら構成される。他方,(8d)達成は二つの部分事象から成る複合事象であり,

CAUSE関数が上位事象([Event x ACT-ON y ])と下位事象([Event y BECOME

[State y <STATE>]])を結合する。意味的には,「上位事象が起因事象として,

結果事象となる下位事象を引き起こす」という因果関係を表す。なお,(8d)

達成は,(9)に示すように,(8a)状態,(8b)到達,(8c)活動の三つの事 象構造を全て内包していることを確認されたい。その意味で,(8d)達成は 文が表すことができる最大の事象構造として捉えられ,これを最大事象構造 と呼ぶ9

(9)最大事象構造としての達成

[Event x ACT-ON y ] CAUSE [Event y BECOME [State y <STATE>]]

        

   活動        状態       

       到達     

最大事象構造である達成(8d)が表す因果関係について説明を加える。

複合事象である(8d)(以下に再掲及び加筆)の意味を,二つの部分事象で ある上位事象と下位事象の内容も含めて表すと,おおよそ「上位事象におい

て参与者x(動作主)が参与者y(受動者)に働きかける(ACT-ON)行為

が起因となり,その結果として,参与者y(主題)がある状態(<STATE>)

に変化する(BECOME)という下位事象を引き起こす(CAUSE)」となる。

動作主(agent),受動者(patient),主題(theme)は,事象の参与者xy が担う意味役割(semantic role)を表す。

(8)d. 達成:[Event x ACT-ON y ] CAUSE [Event y BECOME [State y <STATE>]]

   上位(起因)事象      下位(結果)事象

(8)

ここで,確認かつ強調しておきたい点がある。それは,江連(2014)が論 じたように,このような因果関係を構築する原動力となるのは,力動性(force dynamics)の概念であるということである。Talmy(1988, 2000)は,事象 における参与者の間の力(force)の伝達関係を示す力動性の理論を提唱し ており,一般に因果構造を意味理論に取り入れる研究の多くは,程度の差こ そあれ,この力動性の考え方をその根底に置くといえる。本論の立場も同様 であり,(8d)における「動作主xからyへの働きかけがあり,その結果y が状態変化を起こす」という因果連鎖(causal chain)は,動作主xに始ま る参与者間の力の伝達関係により概念化されている10。また,この力動性因 果連鎖は,第一義的には事象の参与者間の関係であるが,間接的にはそれら 参与者がそれぞれ関与する部分事象の間にも成立する。すなわち,上位事象 と下位事象の間の因果関係の実質は,前者から後者への力の伝達に基づく 因果連鎖であり,(8d)において二つの部分事象を結合するCAUSE関数は,

これら事象間の力動性因果連鎖を表すものとして捉えられる。本論では,こ のような事象の参与者間,さらには部分事象間の力動性因果連鎖から成る事 象構造に立脚し,3.3.項ではその特徴に基づく主張と提案を行う。

3.2.〈スル〉的・〈ナル〉的類型の事象構造的解釈

前項にて事象構造全般について概説した。それを基に,2節で確認した日 英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型(1)の内容を,事象構造の枠で再解釈 することを試みる。その場合,その雛形となる主たる事象タイプは,〈スル〉

的な表現については達成,そして〈ナル〉的な表現については到達である。

これについて,2節で例示した(2)と(3)の日英語文に立ち返り確認しよ う。まず,使役他動詞を用いる〈スル〉的表現である (2a)と(3a)は,事 象タイプとしては達成であり,その意味構造は(10a)として示される。他方,

状態変化自動詞を用いる〈ナル〉的表現である (2b)と(3b)は到達であり,

意味構造は(10b)になる。

(10) a. 〈スル〉的表現:(2a)と(3a)の意味構造

[Event LISA ACT-ON DOOR ] CAUSE [Event DOOR BECOME [State DOOR < OPEN >]]

b. 〈ナル〉的表現:(2b)と(3b)の意味構造 [Event DOOR BECOME [State DOOR <OPEN>]]

(9)

ここで,(10a)と(10b)の意味構造を比較してみよう。それはすなわち,

複合事象である達成の意味構造(8d)と,単一事象である到達の意味構造(8b)

を比較することでもある。容易に読み取れるように,〈ナル〉的表現の意味 構造(10b)は,〈スル〉的表現の意味構造(10a)の下位事象と同一であり,

前者は後者の一部であることがわかる。

以上は,〈スル〉的表現と〈ナル〉的表現の例である(2)と(3)の日英 語文についての考察である。そしてさらに,(2)と(3)が〈スル〉的・〈ナ ル〉的類型(1)の内容を端的に示すことを踏まえると,これを〈スル〉的 表現と〈ナル〉的表現全般の意味構造,すなわち事象構造にまで一般化して,

(11)の仮説を導くことができる。

(11)〈スル〉的表現と〈ナル〉的表現の事象構造についての一般化

〈スル〉的表現の事象構造は,因果関係を表す達成の事象構造(8d)を 基盤とし,〈ナル〉的表現の事象構造は,状態変化を表す到達の事象構造

(8b)を基盤とする。後者は前者の下位事象と同一である。

(11)の一般化は,当然日英語の様々な〈スル〉的・〈ナル〉的表現の事例,

さらにはその他の言語の事例に照らして検証,分析を行う必要があるが,本 論では,仮説(11)に基づき論を進める。

次に,日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型を出来事に関与する参与者の 観点から考察を加えたい。これについて,黒滝(2019:14-15)がこの類型 について興味深い再解釈をしており,〈スル〉的言語の英語(印欧語)は「動 作主優位言語」であり,〈ナル〉的言語の日本語は「主題優位言語」である とする類型論的特徴を導き出している。黒滝の指摘は,総じて出来事の捉え 方についての記述である〈スル〉的・〈ナル〉的類型(1)を,出来事に関与 する参与者((1)における〈個体〉)に焦点を当てて再解釈するもので,〈ス ル〉的類型では動作主,そして〈ナル〉的類型では主題が優位であるとする。

なお,ここでの主題とはtopicを指し,前項にて言及した状態変化の主体で ある主題(theme)とは異なる。しかし,(1)で示す〈ナル〉的類型の表現 に関する限り,日本語表現(3b)の助詞「が」と「は」の交替が例示する ように,総じて主題(topic)と主題(theme)はいずれも同一の参与者が重 ねて担うといえよう。従って,本論では黒滝による〈ナル〉的言語の特徴づ

(10)

けは,themeとしての主題についても成り立つと捉え直し,日英語の〈スル〉

的・〈ナル〉的類型における参与者の優位性について(12)を主張する。(術 語として,(12)以降に言及する「主題」は全てthemeの意味で用いる。)

(12) 〈スル〉的言語の英語は「動作主優位言語」であり,〈ナル〉的言語の 日本語は「主題(theme)優位言語」である。

〈スル〉的言語の英語が優位とする動作主と,〈ナル〉的言語の日本語が優位 とする主題を,(11)で示したそれぞれが基盤とする事象構造である達成(8d)

と到達(8b)(以下に再掲)において確認しておこう。

(8)b. 到達:[Event y BECOME [State y <STATE>]]

  d. 達成:[Event x ACT-ON y ] CAUSE [Event y BECOME [State y <STATE>]]

〈スル〉的言語の英語が優位とする動作主は,(8d)の上位事象に関与する 参与者xであり,〈ナル〉的言語の日本語が優位とする主題は,(8b)の参 与者yである。

3.3.提案:〈スル〉的・〈ナル〉的類型の最大事象構造と事象主辞性 日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型(1)を,両言語の文法において定式 化しよう。まず,(1)は外界における同一の出来事の捉え方に関わる類型で あることを押える必要がある。この同一の出来事を事象構造として十全に捉 えると,それは3.1.項で確認した最大事象構造(9),すなわち達成の事象構 造(8d)を指す。そこで,日英語それぞれの文法(,おそらくは全ての個 別言語を包括する一般文法)の意味論では,この達成を表す最大事象構造が,

あらゆる出来事を文法的に扱う際に参照される共通の基盤(いわば下地)と して提示されていると仮定する。

次に,この共通基盤である最大事象構造に,〈スル〉的・〈ナル〉的表現の 事象構造についての一般化(11)と,参与者の優位性についての(12)を言 語類型的に明示する。ここであらためて事象構造の点から(11)と(12)を 合わせみると,両者はこの類型についての全く別個の特徴をそれぞれ示して いるのではなく,「参与者とそれが関与する事象」というつながりをもって

(11)

類型ごとの優位性を捉えていることに気づく。それは,共通基盤である最大 事象構造を基に(13)として示される。

(13)最大事象構造における〈スル〉的・〈ナル〉的類型の優位性  因果関係を表す最大事象構造において,

a. 〈スル〉的言語の場合,参与者としての動作主,および動作主が力

を行使する主体として関わる行為を表す上位(起因)事象を優位と する。英語は〈スル〉的言語である。

b. 〈ナル〉的言語の場合,参与者としての主題,および主題が変化す

る主体として関わる状態変化を表す下位(結果)事象を優位とする。

日本語は〈ナル〉的言語である。

本論では,(13)が〈スル〉的・〈ナル〉的類型についての文法の本質である と主張する。

それでは,(13)の優位性を最大事象構造において定式化する。ここで特 に配慮すべき点は,文法としての定式化に伴う明示性である。本論では,こ の点も踏まえ,Pustejovsky(1995)の事象主辞性(event headedness)の概 念を応用的に取り込むことにする。事象主辞性とは動詞の事象構造において 示される意味的概念であり,本論で扱う達成のような複合事象について,二 つの部分事象のいずれかの事象を主辞(head)として指定するものである

(Pustejovsky 1995:72参照)。彼の理論では,各動詞ごとにそれぞれの事象 構造において主辞事象が指定されるが,本論では,これを〈スル〉的・〈ナル〉

的類型の表示手段として,日英語文法の最大事象構造に組み入れることを提 言する。すなわち,(13)の優位性を表す意味的概念として主辞性を導入し,

それぞれの類型の優位事象を(Pustejovskyの表示法にならい)*を付すこ とにより主辞事象として明示する。また,優位事象内におけるそれに関与す る優位参与者についても,*を付して示す。これに従い,(13)を(14)と して定式化することを提案する。

(12)

(14)〈スル〉的・〈ナル〉的類型の最大事象構造 a. 〈スル〉的言語:英語

[Event x ACT-ON y ] CAUSE [Event y BECOME [State y <STATE>]]

b. 〈ナル〉的言語:日本語

[Event x ACT-ON y ] CAUSE [Event y BECOME [State y <STATE>]]

本論の最たる主張は,日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型(1)は,両言語 の意味論で提示する最大事象構造において,〈スル〉的言語の英語について は(14a),そして〈ナル〉的言語の日本語については(14b)として明示的 に表され,文法的に定式化されるということである。

最後に,(14)に示した最大事象構造について,本論が立脚する力動性因 果連鎖の観点から導かれる文法的特質を取り上げる。3.1.項で,上位事象と 下位事象の間の因果関係の実質は,CAUSE関数を仲立とする前者から後者 への力の伝達に基づく因果連鎖であると論じた。ここではさらに,力動性に よる上位事象から下位事象への力の行使を,文字通り上述の因果関係を成り 立たせる原動力であることに加え,上位事象が優位である場合には,下位事 象に向けて文法的に統率力を及ぼすものとして捉える。この力動性因果連鎖 に依拠する文法的特質を,(15)として提案する。

(15)力動性因果連鎖の文法的統率

 力動性因果連鎖事象構造の上位事象が主辞事象の場合は,力の行使 および伝達に伴い,下位事象に対し文法的統率力を持つ。

(15)における文法的統率力とは,事象構造に関わる語の形態や意味,統 語的性質,そして表現法等も含めた広義の文法領域にかかる統率力を指す。

また,この統率力は上位事象が優位な場合,すなわち主辞事象である場合に のみ認められ,(14)では〈スル〉的言語である英語の構造(14a)がそれに 該当する。比喩すれば,あたかも水源の水量が多い時にのみ河川上流から下 流へ勢いよく水が流れ行くように,上位事象が優位であることがその条件と なる。

以上,日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型(1)を,両言語の文法におい て(14)として定式化し,また,力動性因果連鎖事象構造の文法的特質とし

(13)

て(15)を提案した。本論の見解としては,(14)と(15)を連動させるこ とにより,広範な領域に観察される日英語の様々な対立的現象や事実につい て,〈スル〉的・〈ナル〉的類型の観点から文法的に記述あるいは説明するこ とが可能になる。

比較的わかりやすい具体例として,2節の(2)と(3)で確認した日英語 の表現法についての相違を再度取り上げ,説明の大筋を示そう。まず,〈ナ ル〉的言語の日本語では,事象タイプとしては到達である(3b)が表現と して好まれることを予測した。これは,〈ナル〉的言語の最大事象構造(14b)

において主辞事象が下位事象の到達であり,優位である主辞事象には焦点が 当てられるため,焦点化された下位事象の到達だけが,そのまま自然に(3b)

として言語表現化されるという説明を与えることができる。

他方,〈スル〉的言語の英語では,達成である(2a)が表現として好まれ ることになるが,これについては,(14)と(15)が連動することにより説 明される。まず,〈スル〉的言語の最大事象構造(14a)では主辞事象が上位 事象であり,そこに焦点が当てられ言語表現化の対象になる。さらに(15)

により,主辞事象である上位事象は下位事象に対し文法的統率力を持ち,こ の場合は言語表現化の領域を下位事象にまで広げる。その結果,事象タイプ が達成である最大事象構造(14a)の全体が,(2a)として表現されるのである。

4.結び

本論では,〈スル〉的言語と〈ナル〉的言語の文法論構築に向けて,日英 語の〈スル〉的・〈ナル〉的類型を両言語の文法において定式化することを 論じ,いくつかの提案を行なった。本論の目的はこれまでとするが,これら の提案から成る〈スル〉的・〈ナル〉的類型の文法は,日英語それぞれの広 範な領域に通底して観察される様々な対立的現象や事実について,それらを 一貫して統一的に記述・説明するための文法的基盤となる。対象となる現象 や事実は,池上(1981, 1982)で指摘されているものも含め,きわめて多岐 にわたる。ここでは特に,〈スル〉的・〈ナル〉的類型の文法定式化により,

語用論等他の領域と連動する程度が比較的少なく,文法単独で直接的に記述 説明できると考えられる現象や項目を(16)に列挙する。

(14)

(16)語彙形態論

・心理動詞類の語彙化,使役交替に関わる自動詞と他動詞の語彙化 語彙意味論

・「事象無効化」の現象(動作主の「意図作用域」他)(江連2014参照)

統語論・構文現象

・迂言的使役文

・移動及び使役移動を表す構文,(英語の)One’s Way構文

・結果構文(他動詞,自動詞),(wave goodbyeのような)拡張構文

本論で展開した主張および提案の妥当性を高めるためには,〈スル〉的・〈ナ ル〉的類型の文法論としての精緻化と体系化を進めながら,まずは(16)に 挙げた現象や項目のそれぞれについて経験的検証を行い,その裏付けとなる 一貫した分析を示す必要がある。これらについては,別の機会にて提示する。

1.

最近では,黒滝(

2019 )が認知類型論からみた日英語のタイプとして概観し

ている。

2.

こ こ で の文 法と は,

Chomsky 1986 )の

内 在 言 語(

internalized language I-language)を指す。

3. 〈スル〉的言語と〈ナル〉的言語のより詳細な記述については,池上(1982:

72-73)を参照。

4.

例えば,池上(

1981: 1-3, 280-291 ),池上( 1982: 107-110 )を参照。

5.

黒滝(

2019 )を参照。なお,影山( 1996 )は日英語の〈スル〉的・〈ナル〉的

類型を語彙意味論の領域で取り上げ,興味深い理論化を提示している。

6.

事態把握に関わる研究の動向については,黒滝(

2019 ),都築( 2019 )を参照。

池上の事態把握の日英語類型研究については,池上(2011)他を参照。

7.

例えば,近藤(2018: 47-49),黒滝(2019: 121-131),池上(2011: 59-64)を参照。

8. (8)の語彙分解表示による意味構造は,江連(2014)に依拠する。本論の目

的に合わせ,一部簡略化している。

9.

同様の分析の先行例として,影山(

1996: 90-92 )を参照。

10.

江連(

2014 )を参照。因果連鎖から成る事象構造研究は, Croft Croft 1991

及び後続研究)が精力的に展開している。

(15)

参照文献

Chomsky, Noam (1986) Knowledge of Language: Its Nature, Origin and Use. New York: Praeger.

Croft, William (1991) Syntactic Categories and Grammatical Relations. Chicago, IL:

University of Chicago Press.

江連和章

2012 )「言語と文化の関係性に向けて:日英語の機能類型論的考察」『神

奈川県立国際言語文化アカデミア紀要』創刊号:

15-26.

神奈川県立国際言語文 化アカデミア.

江連和章

(2014)「日英語の事象無効化─因果連鎖構造からの分析に向けて

─」

Sophia Linguistica Working Papers in Linguistics 61 (2013): 187-201. Sophia University.

Hinds, John (1986) Situation vs. Person Focus. Tokyo: Kurosio.

池上嘉彦

1981 )『「する」と「なる」の言語学─言語と文化のタイポロジーへの試

論─』東京:大修館書店.

池上嘉彦

1982 「表現構造の比較─ 〈スル〉的な言語と〈ナル〉的な言語─」國廣

哲彌(編)『発想と表現』,日英語比較講座第

4

巻:

67-110.東京

大修館書店.

池上嘉彦

(2011) 「日本語と主観性・主体性」澤田治美(編)『主観性と主体性』,

ひつじ意味論講座第

5

巻:49-67.東京:ひつじ書房.

影山太郎

1996 )『動詞意味論』東京:くろしお出版.

近藤安月子

2018 )『「日本語らしさ」の文法』東京:研究社.

國廣哲彌

1974 )「人間中心と状況中心─日英語表現構造の比較─」『英語青年』

119

11

号:

48-50

黒滝真理子

(2019)『事態の捉え方と述語のかたち─英語からみた日本語─』東京

開拓社.

Pustejovsky, James (1995) The Generative Lexicon. Cambridge, MA: MIT Press.

佐久間鼎

(1941)『日本語の特質』東京:育英書院.

Talmy, Leonard (1988) Force Dynamics in Language and Cognition. Cognitive Science 12: 49-100.

Talmy, Leonard (2000) Toward a Cognitive Semantics, vol.I: Concept Structuring Systems. Cambridge, MA: MIT Press.

都築雅子

(2019)「事態把握の主観性と言語表現─認知言語学の知見より」郡伸哉

都築雅子(編)『語りの言語学的/文学的分析─内の視点と外の視点』,中京 大学文化科学研究所叢書

20:3-64.東京:ひつじ書房.

Vendler, Zeno (1967) Linguistics in Philosophy. Ithaca, NY: Cornell University Press.

参照

関連したドキュメント

Der Kaiser - so heißt es - hat Dir, dem Einzelnen, dem jämmerlichen Untertanen, dem winzig vor der kaiserlichen Sonne in die fernste Ferne geflüchteten Schatten, gerade Dir hat

−104−..

  The aim of this paper is to interpret and put into theory the finding of Liang ( 2014 ), who points out that Chinese students who have studied Japanese speak more politely even

地図 9 “ソラマメ”の語形 語形と分類 徽州で“ソラマメ”を表す語形は二つある。それぞれ「碧豆」[pɵ thiu], 「蚕豆」[tsh thiu]である。

この 文書 はコンピューターによって 英語 から 自動的 に 翻訳 されているため、 言語 が 不明瞭 になる 可能性 があります。.. このドキュメントは、 元 のドキュメントに 比 べて

2021] .さらに対応するプログラミング言語も作

しかし,物質報酬群と言語報酬群に分けてみると,言語報酬群については,言語報酬を与

Guasti, Maria Teresa, and Luigi Rizzi (1996) &#34;Null aux and the acquisition of residual V2,&#34; In Proceedings of the 20th annual Boston University Conference on Language