7 章 日本脳炎が流行する環境
1
節 日本脳炎とは和田 義人
日本脳炎はウイルスによって起 こる病気で, 日本,韓国,中国か ら東南アジ ア,南アジアに分布する。発病すると,発熱,頑痛が起 こり,その後意識障害 などの脳症状に移行す ることがある。死亡率は高 くて
1 0 ‑4 0%
に達 し,生存者 の1 0 ‑3 0%
に神経性の重い後遺症が残 るなど, 日本脳炎 は恐ろ しい病気であ る。幸いなことに,感染 して も発病す る人は意外に少な く,3 0 0
名の中1
名程 度 とされる。日本脳炎は蚊か ら吸血されることによって感染す る。豚は日本脳炎 ウイルス に対する感受性の高い動物である。豚が感染すると,まもな くその血液の中に 大量のウイルスがみ られるようになる。 このような豚か ら蚊が吸血す ると,血 液 とともにウイルスが蚊に取 り込まれる。ウイルスは蚊の体内で増殖を し,最 後には蚊の唾液に多数み られるようになる。 この状態になった蚊が免疫を持た ない豚か ら吸血すると,そのとき唾液 とともにウイルスが注入 され,豚への感 染が起 こる。その豚か ら蚊が吸血 して蚊が感染 し,次の豚を感染させる。 この ようにして,豚の間で感染が繰 り返されることになる。 もしも唾液にウイルス を持 っ‑た蚊か ら人が吸血されると,人への感染が起 こる。 しか し,人は感染 し て も,血液の中にウイルスは現れてこないので,次の感染の源 となることはな い。つまり,日本脳炎は豚の間で感染が繰 り返され,人はその流行のまきぞえ を食 うのだとも言える。
現在,世界で毎年数万人の患者が発生 しているが,その発生状況は地域によ り,また年により大 きく異なる。そこで,どのような環境で 日本脳炎が流行す るかについて概観す ること古手する.
‑ 1 93 ‑
日本の現状では,多数飼育 されている豚の間で, 日本脳炎の感染が繰 り返 し 起 こり,その過程で病原 ウイルスの数が大 き く増え ることになる。 このよ う な, ウイルスの数を増やす役割を持っ動物を増幅動物 と呼ぶ。つま り,豚 はき わめて重要 な増幅動物なのである。
日本脳炎 は, もともとは東南アジアの湿地帯 に生息す る烏の病気であ ったと されている。湿地性の烏であるサギなどは, 日本脳炎 ウイルスに対す る感受性 が高 く, したが って豚 と同 じよ うに増幅動物である。 しか し,豚 はサギなどと 比べ圧倒的に数が多 く,また
6
ヶ月位で屠殺 され るため世代の交代が早 く,免 疫を持 たない豚,すなわち感受性の豚の割合が高い。 したが って,現在の 日本 では, 日本脳炎の流行にとって,豚の方がサギなどより,比較 にな らない くら い重要 とな っている。 しか し,湿地 に水鳥が多 く生息す る国では,サギなどの 疫学上の意義 は無視で きないか もしれない。日本脳炎が 日本でいっか ら流行す るようにな ったかについては,確実な資料 がないため,よ くは分か らないが,ず っと昔 は患者 は少なか った らしい。多数 の患者が発生す るよ うになったのは
,1 9 2 0
年代以降の ことで, これは増幅動物 として重要な豚を多 く飼育す るようになった時期 と一致 している.豚の数が少 な くな った第二次世界大戦中には,患者 も少なか った。 この ことは, 日本脳炎 の流行 にとって増幅動物の数が重要であることを示す ものであろう。3
節 媒介蚊日本で 日本脳炎を媒介す るのは, コガタアカイエカという蚊である。 東南ア ジアや南アジアでは,数種類の媒介蚊が知 られているが,やはり重要なのはこ のコガタアカイエカである。 コガタアカイエカは主に水田か ら発生す るか ら, その数 は農村に多 い。 日本脳炎の患者が多発す るのは,例外 な く,大規模 な水 田地帯 に近接す るところである。
蚊の数 は,季節的にだけでな く,年次的にも大 きく変動す るのは確かな こと
7
章 日本脳炎が流行す る環境である。 しか し,蚊の密度の変動について 日本で野外調査が行われ始めたの は
,1 9 60
年代の半ばになってか らである。長崎では, 日本脳炎媒介蚊 コガタア カイエカについて,19 6 5
年か ら1 9 7 4
年 までの10
年間,かなり詳 しい調査がなさ れた。その各年のコガタアカイエカの密度 と長崎県の日本脳炎の患者数 との関 係を示 したのが図1
である。1 96 6
年には西 日本を中心に日本脳炎の大流行が起 こり,全国で実に2, 3 01
名の患者が発生 し,長崎で も患者数は1 2 0
名を超えた。そ して, コガタアカイエカの密度 も
1 0
年間の最高を示 した。 これに対 して,1 971 ‑1 97 4
年には, コガタアカイエカの密度は低 く,患者の数 も少ない。 この ことは,媒介蚊の密度が高い年には日本脳炎の流行が大 きいことをはっきりと 示 している。 しか し,この関係が成立するのは,広い意味での環境条件が同 じ㊨
㊨
㊥ %
4 0 0 0
コガ タア カイエ カの密度
6 0 0 0
図
1
コガタアカイエカの密度 と日本脳炎患者数 との関係,1 9 6 5 ‑1 9 7 4
年,長崎県。円 内の数字は年を示す。‑ 195‑
界の蚊の数がた とえ同 じであ って も,患者の発生 は もちろん少 な くな る。
4
節 人日本脳炎 に感染 した人が 快復す ると,再 び 日本脳炎 にかか ることはない。免 疫がで きるか ら,か りに体 内に 日本脳炎 ウイルスが蚊によって注入 されて も, 発病す ることはないのであ る。 この免疫を人工的に付与 しよ うとす るのが, ワ クチ ン接種である。 日本脳炎 ワクチ ンの生産が始 まったのは
1 9 5 6
年であるが, 当初の生産量 は少なか った。1 9 6 5
年頃か ら生産量が増え,1 9 6 8
年頃には国内の 需要をほぼ満たすに十分な量が生産 され るよ うにな った。1 9 6 0
年代には, 日本 脳炎の大 きな流行が続 いたので, ワクチ ンが盛んに接種 され,集団の中に免疫 を持 った人が徐 々に蓄積 されて きた。 これが1 9 7 0
年代の患者数の急減 に貢献 し た。 しか し,同 じ時期 に媒介蚊の数 も大 きく減少 しているので, ワクチ ン接種 その ものの効果が どの程度 あ ったかについて は,正確な ところは分か らない。ワクチ ンが きわめて有効であ ることには疑 問はないが,現在で も患者 は少数 なが ら発生 している。 これ は, ワクチ ンの接樺率 を
1 0 0%
にまで上 げ ることが 実際上不可能であることを示 している。免疫を持たない人が蚊か ら吸血 され る と,豚の問で流行が続 いている限 り, 日本脳炎 に感染す る危険性 は依然 と して 存在す ることになる。 しか し,人が蚊か ら吸血 され る頻度 は,生活の仕方 と密 接 に関連 している。蚊か らあま り吸血 されない生活を していると, 日本脳炎 に 感染す る危険性 はそれだけ小 さ くなるが, これにつ いて は次項で述べ る。5
節 環境 の変化 と日本脳炎の流行上に述べたよ うに, 日本脳炎を媒介す る蚊の数が多 く,また病原 ウイルスの 増幅動物であ る豚が多 いと日本脳炎は流行す る。 逆 に,人に対 して ワクチ ン接 種 を盛んに行えば低流行 となる。 さらに,人が蚊か らよ く吸血 され る生活を し ていると,患者が多発す る原因 となる。 ここでは,広い意味での環境 の変化 と
日本脳炎の流行 との関係を考えてみ る。
7
章 日本脳炎が流行す る環境1.稲作慣行
日本脳炎の媒介蚊 はお もに水田か ら発生するか ら,その数は水田面積 と密接 に関係 している。水田の宅地化,工業用地化が進み,水田が少な くなると,そ れだけ媒介蚊の数は減少する。 逆に,ネパールやス リランカなどで近年 日本脳 炎の患者が多発 しているのは,森林を大規模に伐採 して水田を開発 したことと 関係があると言われている。
一方,同 じ水田であっても,媒介蚊の発生量 は年次的に大 きく変化する。そ の原因についてはまだよ く分か っていない点が多いが,稲の害虫に対 して散布
される殺虫剤が関係 しそいるのは間違いなさそうである。
日本で 日本脳炎が流行 し始めたのは
1 9 2 0
年代q)ことで,第二次世界大戦の時 期に患者 は少な くなったが,戦後また大きな流行が起 こるようになった。 この ような流行の変遷に媒介蚊の密度がどう関わってきたかは,甚だ興味のあると ころだが, これを解析する資料に乏 しい。水田に対 して大規模に殺虫剤が散布 されるようになったのは,戦後のことであるが,それ以前の媒介蚊の発生状況 を示す資料がまった くないのである。殺虫剤を撒 きさえすればそれだけ蚊が減るというほど, ことは簡単なものではないらしい。
日本脳炎が大流行 していた
1 9 6 0
年代に, 日本の水田で もっとも多 く散布 され ていた農業用殺虫剤 はBHC
であった。BHC
が散布されると,水田のコガタ アカイエカの幼虫はほとんど死んで しまう。 しか し,それ以上に天敵に対する 影響が大 きい。コガタアカイエカの天敵にはいろいろあるが,一般にBHC
に 対 してきわめて感受性が高いので,BHC
の散布によりほとんど死滅 して しま う。 また,天敵の一世代の期間が比較的長いため,激減 した個体数はなかなか 快復 しない。 これに対 して,コガタアカイエカもBHC
により個体数は一次的 に大 きく減少 はするが,天敵がほとんどいない環境で,その旺盛な繁殖力によ り急速に個体数が増えることになる。殺虫剤を撒いたのに逆にコガタアカイエ カが増えるのは,奇妙な現象のようだが, これは事実 らしい。1 9 6 0
年代には, 水田にBHC
が撒かれ,その結果 コガタアカイエカが増加 して 日本脳炎の患者 が多発 した可能性が大きい。しか し,人畜に対する慢性毒性 と自然環境の破壊などの理由か ら
,1 9 7 0
年に‑ 197‑
バ メイ ト系の殺虫剤が水田で使われ るようになった。 これ とほぼ時を同 じくし て, コガタアカイエカの個体数 も大 きく減少 した。 これ らの殺虫剤の天敵 に対 す る影響 は
BHC
よ りず っと小 さく, このため天敵が増えたのだろうと推測 さ れている。農村 にホタルや トンボが帰 って きたとい う新聞記事がよ く見 られた のが,丁度 この頃の ことであるので,上の推測 は恐 らく間違 ってはいないだろう。
日本脳炎が大流行 していた頃, どうすれば コガタアカイエカを減 らせ るかが いろいろ検討 されたが,そのいずれの方法 もあまり実際的な ものではな く,費 用がかか り過 ぎるなどの理 由か ら,結局何の防除対策 もとられ ることはなか っ た。 ところが,農薬 の種類 の変化が間接 的にコガタアカイエ カを減 らして し まったとい うことになる。水田に散布 され る農薬が,回 り回 って 日本脳炎の患 者を減少 させたのである。
2.
豚の飼育さきに述べたように,病原 ウイルスの増幅動物 として重要な豚が増えれば, 日本脳炎が流行 しやす くなる。食生活の改善 による豚肉の需要の伸びが,中国 や東南ア ジアなどで, 日本脳炎を流行 させ易 くしていることは十分に考え得 る
ことである。
いま一つ重要なのは,豚の飼養形態の変化である。 日本脳炎が大流行 してい た1
9 6 0
年代には,農家の庭先などで豚が数頑ずつ飼われているのをよ く見かけ た。近 くに水田があることが多 く,そ こか ら大量の媒介蚊が発生 して豚か ら盛 んに吸血 していた。 日本脳炎の流行に好都合な条件が整 っていたのである。 ところが,養豚経営の合理化のため,そ して住民か ら臭気が嫌われることもあっ て,豚舎 は大規模 とな り, また水田か らも住宅地か らも遠 く離れた山脚部など に移動す るようにな った。 このよ うに して,豚か ら吸血す る媒介蚊 は減 り,そ の結果,人が媒介蚊か ら吸血 され る頻度 も大 きく減 って しまった。豚舎が大規 模 とな り,水 田か ら離れた ところに位置す るようになったことは, 日本脳炎の 低流行の重要 な要因の一つである。
7
章 日本脳炎が流行す る環境3.
人の生活様式さらに重要か もしれないのが,人の生活様式の変化である。経済的に豊かに な り,生活水準が上が ると,それ と平行 して,蚊か ら吸血 されない工夫をする ようになる。蚊帳や網戸の使用であ り,蚊 とり線香,最近ではスプ レーや蚊 と り、マ ッ トなどの家庭用殺虫剤の使用である。 これ らは,夜間吸血性のコガタア カイエカなどに対 してきわめて有効である。さらに近年になると,冷房が普及 し,蚊が屋内にほとんど侵入す ることはな くな った。 こうなると,たとえ屋外 に媒介蚊が多数いて も,人が吸血 される機会は大 きなものとはな らない。 これ が現在の状況である。
患者が多発 していた
1 9 6 0
年代には, 日本脳炎媒介蚊 はきわめて多か った。 し か し,水田に散布 される農薬の種類の変遷により, コガタアカイエカは数を大 きく減 らした。 ところが,水田に散布 され る農薬に対 してきわめて高度の抵抗 性が発達 したため,1 9 8 0
年頃か らコガタアカイエカの密度が全国的にかなり上 昇 した。その数は地方によっては1 9 6 0
年代の数に匹敵す る。それにもかかわ ら ず, 日本脳炎の患者がそれほど増加 しないのは, ワクチ ンの普及や豚舎の山脚 部への移動のはかに,人が蚊か ら吸血 されない生活をするようになったことが 関係 していることは,疑いようのない事実である。6
節 タイ国の 日本脳炎ー 1 9 6 0
年代,多数の 日本脳炎の患者が報告 されていたのは, 日本,韓国 と台湾 であった。その後,1 9 7 0
年頃か ら東南アジア各国,中国,イ ン ドなどで流行が 知 られ るようになった。タイ国で 日本脳炎の大 きな流行が始まったのは
1 9 6 9
年のことで,それ以前に は, 日本脳炎 ウイルスの存在は確かめ られていたが,患者はほとん ど発生 して いなか った らしい。1 9 6 9
年か らの流行は北部を中心に起 こり,その後患者数 は 増加 して,1 9 7 3
年か ら1 9 8 7
年 まで2 , 0 0 0
名 に近 い,あるいはそれを超える患者 の発生が毎年続いた。 しか し,1 9 8 8
年か らは患者数 は減少に転 じた。1 9 6 9
年に 流行が突如 として始 まったこと,そ して最近の患者数の減少傾向は,気象条件‑ 199‑
な変化が起 こったか らに違いない。
日本脳炎 ウイルスの増幅動物 と して重要な豚の飼育頭数 は,豚肉の市場価格 に影響 され るが
,1 9 6 0
年代か ら全体 としてゆるやかに増加 してきた。 とくに北 部では,1 9 6 3
年か ら1 9 7 9
年の間にかな り大 きく増加 した らしく, これが北部を 中心 に1 9 6 9
年か ら流行が始 まった原因の一つか もしれない。タイ国の森林 は近年大 き く減少 して きた
。1 9 61
年 には国土面積の5 3 . 3%
を占 めていた森林が,1 9 8 8
年 になると2 8 . 8%
と半分近 くにまで減少 している。 これ は山地民族の平地居住化やゲ リラ対策などの政策 と関係 しているが, とにか く この森林面積の縮小 は大 きな環境の変化を もた らした。森林 は伐採 されて水田 や畠 とな った。水 田は 日本脳炎媒介蚊 の主要 な発生源である。1 9 6 9
年 か ら始 まった 日本脳炎 の流行 は, このよ うな環境の大 きな変化 と無縁 ではないだろ う。 また,患者が北部 に多 いのは,媒介蚊の密度が北部で高いためと考え られ る。一万
,1 9 8 8
年か らの患者の減少傾向は,別の要因によるものである。 タイ国 の人 口は1 9 6 0
年 には2 , 6 3 9
万人であったが,1 9 9 0
年には5 , 6 3 0
万人 とな り,3 0
年 の間に2
倍以上の増加をみた。国民一人あた りのGNP
は,同 じ3 0
年間に9 6
ド ルか ら1 , 4 3 0
ドル‑ と,約1 5
倍の伸 びを示 した。 このような人 口の増加 と経済 の発展 は, きわめて多方面で大 きな変化を もた らしたに違 いない。なかで も, 人の生活様式 と豚の飼養形態の変化は, 日本脳炎の流行 に大 きな影響を与えたもの と思われ る。
前述 したように, 日本では
1 9 6 0
年代 には毎年数百名あるいはそれ以上の患者 が発生 していたが,現在では年間僅か1 0
名前後 に過 ぎない。 この低流行 には, ワクチ ンの普及 も関係 しているが,それ以外 に,人が蚊か ら吸血 されない生活 をす るよ うにな ったこと,そ して媒介蚊の主発生源である水田か ら遠 く離れた ところで豚を飼育す るよ うにな った ことが, きわめて重要であ る。 タイ国で も, 日本 と同 じような経過をたどりつつあるように思われ る。1 9 8 8
年か らの患 者の減少 もその表れで, この傾向は今後 さらに加速 され ることが予想 され る。 その上1 9 9 0
年か らは,1
歳半か ら4
歳の子供 に対す るワクチ ン接種事業が北部 を中心 に開始 されたので,今後 タイ国で 日本脳炎の大流行が起 こるとは考えに7
章 日本脳炎が流行す る環境くい。
7
節 今後の流行の見通 し以上,日本 とタイ国での研究成果を基に, 日本脳炎が流行する環境について 考えてきた。近年,タイ国,ス リランカ,ネパールなどで, 日本脳炎の大 きな 流行が始まったのは,森林伐採による水田の開発 と豚の飼育頭数の増加が恐 ら く関係 しているのだろう。 日本での流行の始まりは
1 9 2 0
年代であるが,やはり その頃に,水田が盛んに開発 され,豚の飼育頭数 も増えている。 日本脳炎の流 行には,広大な水田と盛んな豚の飼育 という条件が必要耳ようである。一方,流行が下火に向か うには,別の条件が存在 している。 日本では
1 9 7 0
年 頃か ら,またタイ国では1 9 8 8
年頃か ら,日本脳炎は低流行に向か ってきたが, これは稲作慣行,豚の飼育形態,そ して人の生活様式が徐々に変化 し,人が感 染蚊か ら吸血される頻度が低下 したか らと考え られる。しか し,まだまだ解明されずに残 されている問題 も多い。たとえば, フイ リッピンやイン ドネシアなどで,これまで患者の発生がきわめて少なかった理 由などはよ く分か ってい射 、。今後の検討課題であろう。 しか し,経済が発展 して くれば,それに伴 って人は蚊か ら吸血 されない生活をするようになり,忠 者の発生が減るのは確かなことである。また, 日本脳炎のワクチ ンが普及する
には,豊かな経済基盤が必要である。 このような観点か らすれば, 日本や韓国 ではもはや 日本脳炎の大流行 は考え られない。タイ国の患者の減少傾向は,今 後 も続 くことが予想 される。ス リランカ,イン ド,ネパールなどでは,経宿の 大 きな発展 はこれか らであるので, 日本脳炎が低流行に向か うまでには,いま
しば らく時間がかかるか もしれない。