金 志虎 当麻寺の創建と信仰
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(2) はその地域の有力者で、『日本書紀』によると当麻氏は喪葬関連の記事にしばしば登場する。こうしてみると 7 世紀後半の当麻寺は此岸から彼岸の世界へという思想が読み取れる。つまり浄土信仰と関連する要素が多く みられることから、当麻寺本尊の尊名は弥勒よりも阿弥陀が相応しいと言うのである。 第五章では、当麻寺の南北占地と東西占地という特殊な伽藍配置の成立過程における曼荼羅堂の造立を 検討する。当麻曼荼羅を安置する曼荼羅堂は、平安初期の建立当初は東向きの間口の広い長方形の建物 であったが、平安後期の再建時にほぼ正方形に増築された。こうした変化はわが国の阿弥陀堂の平面形式の 変化と一致する。したがって曼荼羅堂は阿弥陀如来を本尊として描く当麻曼荼羅を安置するための阿弥陀堂 として建立されたと解釈する。 最後の第六章では、当麻曼荼羅の発願説話で名高い中将姫に関する伝承の成立過程について検討する。 まず治承四年(1180)の平家勢の攻撃によって被害を受けた当麻寺では、復興の手段として太子信仰を利用 しようとする。ところが建仁三年(1203)に当麻寺出身の僧侶が磯長の太子廟に侵入する事件がおこり、太子 信仰を利用する道は閉ざされる。そこで打開策として注目したのが当麻曼荼羅で、太子信仰から当麻曼荼羅 信仰に方向転換するのである。その結果、当麻曼荼羅と中将姫を中心とする新たな当麻寺の歴史が展開され ることになったと論じるのである。 このように金君が当麻寺の伽藍配置と信仰について、従来誰も到達できなかった問題を解明した研究はき わめて大なるものであると認める。本論文が博士(文学)の学位に相当するものであると判断する。なお金君は 本学大学院博士後期課程 3 年で学位請求論文を提出したことを申し添えたい。 以上 公開審査会開催日 審査委員資格. 2013 年 1 月 24 日 所属機関名称・資格. 博士学位名称. 氏 名. 主任審査委員. 早稲田大学文学学術院・教授. 博士(文学)早稲田大学. 大橋 一章. 審査委員. 早稲田大学文学学術院・教授. 博士(文学)早稲田大学. 新川 登亀男. 審査委員. 早稲田大学文学学術院・教授. 博士(文学)早稲田大学. 内田 啓一.
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