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『絵 引 』 成 立 過 程 に つ い て の 一 考 察

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(1)

﹃ 絵 引 ﹄ 成 立 過 程 に つ い て の 一 考 察 ( 1 )

日 本 常 民 文 化 研 究 所 所 蔵 資 料 か ら

窪 田 涼 子

絵 引 』 成 立 過 程 に つ い て の 一 考 察(1)

はじめに

呆常民文化研究所(以下箆研と墨が世に送り出したいくつかの仕事のうち・大きな特色をもつものとして﹃絵巻物による日本常民生活絵引﹄(以下﹃絵引﹄とする)がある︒充八〇年代にはいってから特に歴史学の分野で

注目されはじめ︑歴史学における絵画史料について活発に議論がおこる端緒ともなった︒﹃絵引﹄は当初︑角川書店﹃絵巻物全集﹄の附録として六四(昭和三九)年に刊行されたが・常民研が神奈川大学に

嚢されてから薪版﹀とい・つかたちで体馨整えて八四(昭和五九)年筆凡社より再刊されている・角川鳶版

奉凡社版は︑内容的には厘のもので︑画家村田泥牛氏の筆になる原画が使用され︑原画は現在神奈川大学呆常

民文化研究所に所蔵されている︒

この刊行につながる仕事は︑五五(昭和三〇)年一二月から︑澁澤敬三︑宮本常↓︑河岡武春氏らが中心になり・澁澤邸において月面開かれていた﹁絵巻の会﹂で継続して続けられていた︒有賀喜左衛門によ麓・澁澤は晩年こ

(2)

れに最も力を注ぎ・多忙な公務のなかこの研究会はほとんど欠席せず︑話しムロいはいつも澁馨中︑心で行われたとい

う・非常な熱意を傾けていた澁澤は︑しかし︑笙巻の刊行を待たずに六三(昭和三八)年死去した︒

このようなかたちで刊行された﹃絵引﹄は︑実は企画としては第二次にあたるもので︑戦前に企画され作業がすす

められていた・いわば︿第次の絵引﹀のあったことが︑すでに知られている︒しかし︿第茨の絵引﹀のために準

備されていた原画は︑戦災に遭い焼失したとされてきた︒

神奈川大学日本常民文化研究所では︑このたび第二次﹃絵引﹄の原画の再整理を行ったζ︑ろ︑村田泥牛氏の筆と

は異なる﹃絵引﹄原画を見出した︒これらの原画は八四年に李凡社版の刊行にともなって原画の点検を行ったとき︑

〃﹃絵引﹄には未掲載の原画"とし三括処理されそのまま収蔵されていたものであるが︑ツ﹂れらは間違いなく︑戦災

で焼失したなかから難を逃れたもので︑戦前に難から委嘱され原画の作成にあたった橋浦泰雄の手によるものであ

ると思われる︒これまで行方が判らないとされてきた橋浦の原画を︑今回は全点紹介したい︒

252

幻の﹃絵引﹄ti第一次﹃絵引﹄構想

そもそも﹃絵引﹄は︑澁澤の発想にかかるものである︒澁澤がこれを着想したのは三五(昭和一〇)年頃唾定さ

れ・﹁絵巻物研究会﹂が四〇(昭型五)年にはじまっている︒澁澤は当時を同想して︑次のよ・つに述べている.

たしか昭和+五年頃からであったろう︒画家で且つ民俗学者である橋浦泰雄さんに交渉して︑絵巻物各種を一巻

一巻丹念にアチック同人で検討してはその決定に従い同君にブラックアンドホワイトで一つ;複写して頂くこ

とにした・画家だけでもまた民俗学者だけでも一寸都合が悪い︒両方を兼ねる点で橋浦さんはうってつけの方で

あった・何回か会合して注文し︑出来上るにつけて之をキャビネ判の印画紙に写し︑それを去口として}﹂れ緬

 かく番号をつけた・着物に︑帯に︑履物に︑持ち物に︑猫に︑茄子に︑柴垣に︑舟またはその付属︒㎜にと云った

(3)

絵 引 』 成 立 過 程 に つ い て の 一 考 察(1>

風に︒(﹃絵引は作れぬものか﹄).﹂れによれば︑.﹂のとき原画を描いたのは橋浦泰雄であったことがわかる.橋浦泰雄といえば・マルクス主義者にして画家であり︑戦前はプ・レタリア美術運動に忠的に携わる菱柳田国男の門下で罠間伝承の会L創立に参加し︑編集長︑霧局長をつとめ︑冒本の家麩﹃日本産育習俗資料集盛などの響書をもつ人物で額・籍が﹃絵引康画を響に至った理由は︑宮本賞によ襲︑四・(昭和毒年墳柳田周辺の大間知篤三・

守堕らは相次いで満州に渡っており︑橋浦は雑誌罠間伝承﹄の編集を天で支えていた・その籍までもが家を建てた借金のために藩する.︑ととなったが︑その譲を宮本から聞いた澁澤が︑慧中の絵引原画を描く仕事を橋浦に依頼し︑橋浦の渡満を留めたという︒そして籍は実際に月高はアチックへやってきて﹁絵巻物研究会﹂に出席するようになったというのであ麗︒

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﹃信貴山縁起﹄および﹃餓鬼草紙﹄の四つほどまとまりました︒いずれ出版したい考えでおりますLと述べているところから︑研究会開始から順調に作業が進んでいたことが読みとれる︒

また︑全体の構想も出来上がっていたようで︑﹁‑⁝およそ常民的資料と覚しきものだけを集め・是数ごとに印刷し.︑れを前述の通り番︑写を附し︑巻末に近代的名称による分類によって対象物を羅列し当該番号を示した索引をつける構想にほぼ定めた︒(中略)履物を例にとるなら︑わらじ類︑ぞうり類︑あしなか類と項を分け番号を示しておけば︑あしなか類はどの絵巻の何巻と何巻に出ていてその実体がすぐ見られる趣向である﹂(﹃絵引は作れぬものか﹄)

と後に述べている︒

(4)

原画焼失から第二次﹃絵引﹄へ54

しかし・戦争が激化してくると同人達も次々に戦地へ行ってしまい︑アチックの活動も休止状態になっていった︒2

そして四二(昭和一七)年には﹁アチックミューゼアム﹂という名称を﹁日本常民文化研究所﹂と改称せざるをえな

くなる︒﹁絵巻物研究会﹂の活動がいつ頃まで続けられたのかは今のところ不明であるが︑澁澤によれば﹁そのうち

戦時状繁悪化し遂にこの仕事も中断してしまった︒その原稿のかなりの部分は防空壕に入れてかえって焼いてしま

うことも起こった﹂とあるように︑全体構想もでき︑橋浦による原画がかなりの枚数出来上がっていた﹃絵引﹄の仕

事も・大部分の原画焼失という事態のなか︑中止せざるをえなかったのである︒

四五(昭和二〇)年一〇月・難は幣原内閣の大蔵大臣となり︑翌四六年五月まで在職する︒辞任直後の公職追放

から五=昭和二六)年の追放解除を経て︑澁澤は財界人とし薮々の要職を歴任するよ・つになる.そのよ,つな多忙

な公務のなかでも・実現しえなかった﹃絵引﹄に対する思いは消えるどア﹂うか︑ますます募っていったよ︒つで︑五四

(昭和二九)年にはさきほどから引用している随想﹁絵引は作れぬものか﹂を圭日く.その最後は次のよ,つ繕ばれて

この仕事は民俗学の中でもマテリアルカルチュアの資料として︑ζノ・ジ巻明らかにし︑文章のみでは解り

にくい面をはっきりさせる点で︑誰でもいいから一度は完成しておくと後から勉強する方々の助けになると思.つ︒

各絵巻の原本を披見するは云わずもがな︑信頼し得る複製を供覧して彼此相検討するにさえ並々ならぬ労力と時

間を要する・便利な字引というものが出来ている世の中に︑あえて曹の杉田畜先生が字引を手写して苦︑心さ

れたように・いちいち絵巻物を繰りひろげて遡らないでも用を便ずる絵引があったらと今でも思っている︒

この一年後︑先にみたように︑第二次﹃絵引﹄の実現へと動いていくのである︒

(5)

絵 引 』 成 立 過 程 に つ い て の 一 考 察(1)

橋浦の筆になる﹃絵引﹄原画.︑のたび見いだされた原画は全=四点で︑それとは別に﹁青焼き﹂が天点ある︒もとになる絵巻物とその点数は︑﹁北野天神縁起絵巻﹂三五点︑宕山寺縁起L三四点︑﹁絵師草紙﹂=点︑﹁信貴山縁起﹂二八点・餓鬼草紙L六点︑青焼きは天点すべてが茜行物語絵巻Lである︒澁澤の回想に﹁(﹃絵引﹄の)原稿が出来上がった﹂として挙げられている絵巻は﹁法然上人絵養以外すべて今回見いだされたので︑素材にした絵巻の種類としてはこの程度

かと思われるが︑第二次羅引﹄の原画が八〇〇点以上になることから考えて︑一つずつの絵巻から抽出した点数は

もっと多かったものと推定される︒澁澤の言葉の通り︑大部分は焼失してしまったのであろう︒

また︑橋浦の筆になるものと︑第二次﹃絵引﹄の原画を比較すると︑両者の筆致の違いが明らかである・これは橋浦と村田泥牛の︑訓練や関心などの違いによると推定しているが︑詳細は別稿で述べたい︒

さらに︑橋浦の原画と第二次﹃絵引﹄原画とは︑元にしている場面は同じでも︑切り取り方や省略︑抽出の仕方が異なっているものがかなり多い︒たとえば﹁北野天神縁起﹂巻八三八紙を例にとろう︒図‑は本来の絵巻の当該場面であるが︑量︑に細線で囲んであるのは橋浦の原票抽出した部分︑破線で囲んであるのは第二次﹃絵引﹄で抽出

した部分である(番号は︑︿﹀数字が橋浦原画︑○数字が第二次﹃絵引﹄の番号にあたる)︒たとえば細線︿51>は本来は離れた位置に描かれる部分を抽出し一枚の原画に収めているが︑第二次﹃絵引﹄になると⑮と⑪に分割され・⑪には別の部分が加わる︑といった具合である︒

このように︑﹃絵引﹄はあくまで絵巻からの抽出であり︑その抽出にはその時の研究会の議論の行方などがかなり反映しているとみてよい︒このことは﹃絵引﹄はあくまでも﹃絵引﹄であるということを︑改めて認識させるもので

ある︒

次に橋浦筆﹃絵引﹄原画を示す︒図は絵巻ごとにまとめ︑図の下に絵巻物略名と図番号(たとえば・信貴山‑1は

(6)

信貴山縁起の一枚目)を記入し︑そのあとに=にいれて︑対応する第二次﹃絵引﹄(現行の卒凡社版﹃絵引﹄)の

当該番号を示した・ただ先述のように必ずしも一対一で正確に対応するわけではないので︑参考程度である︒

また最後に挙げた﹁西行物語絵巻﹂の一八枚は︑原画そのものではなくいわゆる"青焼き〃のかたちで残っていた

ため︑他に比べ画像が鮮明でないことをお断りしておく︒

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(6)稿

(7)﹁所幣‑昭和+六年±月二日社会経済史学会竿高大会にて﹂(﹃建敬三著作墓篁巻所収)

(日本中世史)

絵 引 』 成 立 過 程 に つ い て の 一 考 察(1)

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