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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

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Academic year: 2021

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

論文提出者氏名 大城 悦子

論 文 題 目 芭蕉連句研究―形式と内容―

審査要旨

本学位請求論文は五部構成の本文に序論が添えられている。序論において、研究の動機と論文全体の見 通しが立てられていて、頗る理解しやすい内容構成をとっている。

序論、其の二で述べられている芭蕉作品を芭蕉と同時代の視点で読み解くために、同時代の俳諧作者、

俳諧読者に共通した理解基盤としての付合語集の意義を多角的に説く論は、本学位請求論文の主幹とみな すべきものであり、本文の第三部に連繋するものである。従来、初発期から幾度も作風を変遷させて蕉風を確 立させた芭蕉の関わった俳諧は、その前半生に成された貞門、談林調の作品や、模索期の漢詩文調などの作 品のみが付合語集に依拠するような着想に基いて、詠まれているとされて来た。しかし、学位請求者は、蕉風 確立期や晩年のかるみの境地に達したとされる作品の中にも、付合語集による発想が認められることを緻密に 実証し、その結果、従来難解として放擲されていた作品についても、合理的な解釈ができることを主張してい る。この主張を合理的ならしめるために、学位請求者は、従来「ぬけ」などと称されてきた俳諧の付合における 連想の飛躍を、「連想を中継する語」としての付合語を『類船集』や中世連歌の寄合書の中から検索し、それを 理解の助けとすることで、連想の飛躍を飛躍でなく、合理的に説明できるものとなしたことが評価に値するので ある。

特筆したいのは、第三部第二章三、「『冬の日』後半二歌仙および追加六句の付合」において、学位請求者 は、従来解釈に難渋して、版本本文の誤刻すら疑われて来た『冬の日』第四歌仙、野水の「ふゆまつ納豆たゝ くなるべし」と芭蕉「花に泣桜の黴とすてにける」という付合を、付合語集に見える語による連想によって見事に 読み解いたことである。結果的には幸田露伴が鬱然たる儒仏道の学識と詩人的直観によって導いた解釈に類 似するものであるが、学位請求者の解釈は、露伴に比してより緻密で飛躍のないものとなっている点で評価し たい。

学位請求者は騎虎の勢いに乗じて、芭蕉俳諧のすべてが付合語によって読み解けるが如き論調に陥って いるが如くであるが、慎重に読めばそれは誤解と知れる。第四部で論じられる其角の俳諧が、付合語の連想の 範囲から逸脱する奔放広大な世界を展開することは認めており、其角の師である芭蕉の俳諧にも付合語集や 寄合書の範囲を逸脱するものもあることを示唆している。学位請求者が主張するのは、従来、俳諧の式目を無 視したり、三句は続けられるべきとされた春と秋の句が、無季、雑句が混じって三句続かないとされて首を傾げ られていたりしていた付合を、この「連想を中継する語」を付合語集の中に検出することで、表面的には飛躍が あるように見えながら、実は式目を遵守するものであったことを実証することであったのである。

学位請求者が『類船集』などの付合語集を重視する姿勢に対しては、近世語彙専門の副査高梨信博教授 からも公開審査の席上で、「見出し語と付合語との中には今日その連関が説明しにくいものも多く、かならずし もすべてが当時の社会全般の常識を反映しているとはいえないのではないか」という疑問が呈せられた。これ について学位請求者は「俳人たちという特殊集団の共通理解基盤を示すものであり、当時の社会全般の常識 を反映するものではないが、連句の関係を理解するために利用するという方法には妥当性があると思う」と答 え、会場で是認されている。

序論、其の一で述べられている芭蕉の関わった連句が版本に掲載される際の紙面構成に関する論は、第二 部「芭蕉出座歌仙の構成」に連繋するものである。第二部は連句の内容の序・破・急の構成を強調するために 版本の紙面構成にも芭蕉が留意していたという論であり、それなりに合理的な見解ではあるが、芭蕉の俳諧の 草稿がどのような手順を踏んで版本に成って行ったかについては、近世後期の曲亭馬琴の作品のようには明 らかになっておらず、芭蕉の意図が版面の構成にまで十全に反映されているように論じるには慎重であるべき

(2)

氏名 大城 悦子

で、井筒屋庄兵衛などの出版書肆の介入なども考慮しなくてはならないであろう。しかし、芭蕉の意図が版 本の紙面にも反映されているというのは、白石悌三氏の先行研究でも首肯されているものであり、全く反映され ていなかったということも考えにくいので、一定の価値は存する論と判断された。

本論文の第二部では、上述の版本俳書の紙面構成の論に加えて、連句の中の季について留意した論が続 いている。この論は元禄期以降月、花の定座とされる位置を芭蕉俳諧が守りあるいは変更しているかについて 網羅的に調査したものであり、蕉風完成期を代表する『猿蓑』が屹立する高峰を占めていたことを、作品の内容 鑑賞に傾斜していた従来の研究とは事変わり、式目上に確認する論となっている。第二章の「夏と冬の呼応」

は雑の句を挟みつつ、夏から冬へ、または冬から夏へと季が変わる特異な現象を、第三部と同じく、付合語集 に認められる連想を駆使することで、合理的に説明がつくものとするものである。これはこれで十分に説得力を 有するものとして評価に値する。また、学位請求者が「句意によって季を定める」という視点を導入することで、

芭蕉連句の季詞を欠如する句に季を特定し、従来、三句続くべき春、秋の箇所が一句、または二句であとは雑 とされ、式目逸脱とされていた付合の箇所を、しっかり式目を守っていて、かつ季詞の有無については柔軟で あったという芭蕉の姿勢を浮き彫りにした意義は俳諧研究史上極めて大きな意義を有する。公開審査の席でも このことは審査員の中で最も専門の近い副査佐藤勝明博士からも高い評価を受けた。

第一部、第四部、第五部は、俳画、其角、蕪村についての論であり、本論文においては主幹部たる第二部、

第三部に比して副次的な内容であるが、発句、俳文、俳画を含めた芭蕉俳文学の全体像を把握するためには 必須の論であり、今後の進展が期待される。

第一部は、故雲英末雄先生の慫慂もあって、早稲田大学中央図書館の所蔵に帰した芭蕉真筆着賛「枯 枝に・笠やどり」画を、画の構成と賛文の分析の両面から多角的に分析したものである。『八種画譜』や『後素 集』といった画譜、画論書、画賛集の引用参見の手法も手に入ったものであり、論旨も明確、結論も妥当なも のと判断される。画、俳文の分析も『古文真宝前集』といった当時通行の漢籍を精密に読解した上でのもの であり、十分に説得力を備えている。ただし、これは第四部で其角の俳書に引用された漢詩文についての 分析に際しても指摘しうる問題だが、『四庫全書』という当時俳人が見ることの出来なかった大部な漢籍を参 観して立論している部分があるのは反省を要する。

第四部は其角の俳書『焦尾琴』についての論であり、芭蕉俳諧と異なって従来ほとんど依拠すべき研究 成果がない其角の俳諧について、少ない先行研究を批判的に援用しつつ、紙面構成や式目の遵守という 観点から分析を加えている手法は堂に入ったものである。結論として導き出された、其角の俳書は芭蕉の関 わった俳書と違って発句と連句との間に峻別する意識がないことと、其角の俳諧には式目遵守の意識は認 められるが、その付合の筋道は芭蕉のように『類船集』などの付合語集によるだけでは、どうしても説明がつ かない遊郭など人情世態万般に亘るものが多く、その意味で芭蕉俳諧が中世的であるのに反し、其角俳諧 は近世的であるとの主張は、十分に納得の行くものであり、本論文の主幹たる芭蕉俳諧の特質を浮かび上 がらせるのに役立っている。ただし、第一章の『俳諧次韻』において、陰陽五行思想との関係を論じた部分 で、結論そのものには妥当性があるが、論証の過程で、元禄期における『五行大義』の和刻本、写本の流布 情況について、学位請求者独自の書誌調査が欠落していることや、当時における『五行大義』の普及状態を 示す浅井了意の著作における『五行大義』利用についても先行研究を流用するだけで、その追認調査を怠 っていることは瑕瑾とみなさざるをえない。

第五部の蕪村の絵俳書『安永三年蕪村春帖』についての調査は、全体の構成と独立した発句と画との関 係性を論じるに性急で、関係性や紙面構成において、それぞれの発句や画が有する歴史的背景が解体す ることのデメリットについての反省は欠くことを微瑕としなくてはならない。

本論文は長大な論文が不可避的に伴ういくつかの微瑕を含みつつも、全体として俳諧研究史に一石を投 じる画期的な内容を備えており、論旨も周到で、一定の説得力を有する。本学の博士学位を授与するにふさ わしい論文と判断し、公開審査会の場でも主査、副査が全員一致でその判断を支持した。

(3)

公開審査会開催日 2015年12月24日

審査委員資格 所属機関名称・資格 氏名 専門分野 博士学位名称

主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 池澤 一郎 日本近世文学 博士(文学)

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 高梨 信博 日本近世語彙

審査委員 和洋女子大学・教授 佐藤 勝明 日本近世文学 博士(文学)

審査委員 審査委員

参照

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