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雑誌名 同志社大学英語英文学研究

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Academic year: 2021

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Loveday先生への感謝をこめて

著者 菊田 千春

雑誌名 同志社大学英語英文学研究

号 102

ページ x‑xiv

発行年 2021‑03

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/00027878

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菊 田 千 春

 Leo J. Loveday先生は1981年に本学科に専任講師としてご着任の後、長き にわたり英語学・言語学分野の研究と教育に尽力され、本年3月末をもって、

定年により退職された。ここでは、Loveday先生のご経歴とご業績を簡単に 紹介し、その御貢献への感謝のことばとしたい。

 Loveday先生は1977年にイングランドのBradford Universityを卒業された 後、Leicester UniversityのPostgraduate School of Educationで英語教育、続いて Cambridge UniversityのDepartment of Linguisticsで修士課程を修了された後、

ドイツのEssen Universityで教鞭をとられ、その後、1981年に本学に着任さ れた。その後、学科で教えられる一方で、1984年からEssex Universityの博 士課程に籍をおかれ、1990年に博士論文の提出により、同大学から言語学 の博士号(Doctor of Philosophy)を授与されている。本学に着任された時、

Loveday先生はまだ26歳の若さであったが、それ以来、39年間、本学科で多 くのクラスを担当され、また、多くの研究を発表されてきた。日本を代表 する社会言語学者として、たとえば、2005年にRoutledge社より出版された Natsuko Tsujimura編のJapanese Linguistics: Vol. III Pragmatics, Sociolinguistics, and Language Contact で、先生はSpeaking of Giving: The Pragmatics of Japanese donatory verbsという章を担当されている。

 Loveday先生の主要なご業績として是非とも紹介しなくてはいけないのは 以下の3冊のご著書であろう。まず第

は、1982年にPergamon Pressより出版 されたThe sociolinguistics of learning & using a non-native languageである。こ の本は、外国語を学習するということを社会言語学の視点から分析される

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と共に、教える側が注意すべき点などの実践的な提言をされている。また、

Hymes (1972)で提案されたCommunicative competenceの観点から、学習者の 立場に立ったコミュニケーション教育の重要性を論じ、具体的な事例を織り 交ぜながら、具体的に教室の中でどのようなことに注意して外国語教育を行 うべきかを論じている。1982年という比較的早い時期に、外国語教育を狭い 意味での「文法的に正しい使い方を教える」ということではなく、社会の中 で言語はどのような存在であるのかという広い視点に立って論じられた貴重 な研究と言える。

 また、2冊目は1986年にJohn Benjamins社から出版されたExplorations in

Japanese Sociolinguistics である。この本は日本の社会言語学についての概論

ではなく、Loveday先生ご自身が日本で生活される経験の中で、特筆すべき と感じられた事柄をいくつか取り上げ、社会言語学的視点で分析を加えられ ている。取り上げられたトピックは幅広く、日本の結婚式で使われる儀礼的 で独特の言い回しをHymes流のethnography-of-speaking frameworkを用いて分 析されたものや、日本語の授受動詞を文法レベルのみではなく、社会言語学 的な視点でも分析する重要性を論じられたもの、さらに、日本語話者と英語 話者の話し方の違いを音声学的、意味的なレベルで分析されたものである。

日本人にとってはあまりにも身近で、気にも留めなかったような事柄が、イ ギリス人の社会言語学者であるLoveday先生の目を通して描かれると、とて も新鮮で、いろいろなことに気づかされる。

 そして

つ目は、先生のPh.D.論文に端を発する研究をまとめられたも ので、Oxford Studies in Language Contactというシリーズの中の一冊として 1996年にOxford University Pressより出版されたLanguage Contact in Japan: A Sociolinguistic Historyである。この本では、日本社会、そして日本語がどの ように外国語に触れてきたかを通時的に紹介した後、それを踏まえ、現代の 日本社会の中でどのようにヨーロッパ言語、中でも英語が用いられ、また、

日本語が英語にどのように影響を受けているかが論じられている。

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 日本語が最初に接触し、最も大きな影響を受けた外国語は中国語である が、古代から中世までの中国語(漢語・漢文)中心の言語接触は日本語に語 彙、文字、文体や文法にまで、極めて大きな影響を及ぼしている。そのこと を詳説された後、中世末期のポルトガル語、そして近世のオランダ語を経 て、いよいよ近代以降の諸ヨーロッパ言語、中でも英語のことが取り上げら れ、現代日本における言語接触という中心の話題へと進む。いうまでもなく、

現代の日本社会では英語、あるいは英語もどきのカタカナ語によるキャッチ コピーやそれを含んだ広告、ポスターなどが溢れている。これらについて、

Loveday先生は豊富な実例やエピソードを織り交ぜて論じられている。さら に、年齢や性別、職業、学歴の異なる461名の日本人を対象にした、英語由 来の借用語の使用に関するアンケート調査が実施され、その結果を通し、日 本人が英語との言語接触をどのように捉えているか、また、それぞれの態度 の違いを生む要因についても明らかにされている。もちろん、言語接触は非 常に広範なトピックであるので、そのことを完全に網羅することはできない であろうが、この本は日本における言語接触の全容が多様な角度から、丁寧 に、また具体的に浮き彫りにされており、言語接触を通して、日本人とは、

日本社会とはということまでが描き出されているようである。

 その後も、Loveday先生は、色々なトピックで多くの論文を著してこられ たが、2000年以降、特に「名前」「名付け」の問題に関心を持たれ、名前の 問題を社会言語学的に分析されている。例えば子供の名付けは、日本では単 にそれぞれの子供に名前をつけるという個人の行為ではく、「戸籍」という 枠組みの中に位置付けられるものであること、また、日本の古典芸能の世界 では「襲名」というものがあり、「名前」は個人のためだけのものではなく、

それ自体が大きな社会的意味を持つものであることなど、日本の独特な名前 の文化について、様々な角度から考察されている。

 このように、Loveday先生は一貫して社会言語学者としての視点から言語 の問題を研究してこられた。イギリス人であり社会言語学者であるLoveday

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先生ならではの鋭い視点で日本人の言語生活の様々な側面を取り上げられ、

示唆に富む分析を展開されてきた。これらを通して感じるのは、言語を血の 通った人間の営みとして捉えようとされる姿であり、また、それを通して映 し出される「人間」への関心である。Loveday先生は長い日本での暮らしの 中で、先生の目に映る、日本人や日本社会の「不思議」を追求されてきたよ うに思う。先生のご研究を読むと、日本人である私も改めてその「不思議」

に気づかされるのである

 最後に、個人的な思い出をいくつか記しておきたい。L.L.L.に寄稿した記 事でも述べたが、私は着任された翌年に本学に入学し、2年生の時に「英語史」

の授業で初めて先生の講義を受講することになった。しかし、その当時は1 年生の英作文の授業はネイティブスピーカーの先生が担当されることになっ ていたので、私の友人の中にはLoveday先生に英作文のクラスも担当しても らった者が何人かいる。今ほど中高でネイティブスピーカーの先生に触れる 経験のなかった多くの学生にとっては、大変だったのかもしれないが、先生 にとっても来日1年や2年でそのような学生を教えられるのは大変だったこと だろう。特に仲間内でも有名な怠け者だった男子学生には、おそらく先生も 相当手を焼かれたようで、彼がどんな風にクラスで叱られたか、などという ことは今でも語り草になっているほどである。

 当時、言語学を学んだ学生にとっては、「英語史」と4年生の「演習IV」

で、Loveday先生の授業を少なくとも合計

つ受講するというのがお決まり のコースだった。大学院に進んで、その後大学で教鞭をとるようになった 友人や後輩には、それぞれのLoveday先生との思い出があるようで、今回の ご退職のことを知り、連絡をもらうことが何回かあった。そのうちの1人は、

学生の時に苦労してとったLoveday先生の「英語史」の授業のノートを今も 大切に持っていて、英語史を教える時に見たりすることがある、と教えてく れた。彼も私も、英語学を教える際に英語史に触れることはあるが、せい ぜい4回ほどで概要を述べることしかできない。Loveday先生から受けた1年

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間の講義は、大変ではあったが、本当に詳しく英語の歴史を学び、kentum, centumなどの概念や、英語にもdualがあったなど、学んだことがいくつもあ る。また、今回、先生の御業績を紹介する中で、「演習IV」の授業の中で話 された日本語に関する指摘が思い出され、それらとご研究とのつながりに改 めて気づくことができ、当時のことをとても懐かしく思い出した。

 昨年度末が近づいた頃、前代未聞の新型コロナウィルスによる肺炎が急激 に広がりを見せる中、Loveday先生は予定されていた定年延長を前にして突 然、ご退職を決断された。今回のパンデミックがなければ、まだ学科で活躍 していただいていたかもしれないと残念である。まだ新型コロナウィルス流 行の終息の兆しが見えない中でこれを書いているが、これまでの御貢献に感 謝の意を捧げると共に、どうかこれからも末永く、お元気で活躍されること を祈っている。

参照

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