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雑誌名 同志社大学英語英文学研究

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向性仮説に対する反例か : 「間主観的」な命令文 から条件文への構文化再考

著者 菊田 千春

雑誌名 同志社大学英語英文学研究

号 101

ページ 83‑126

発行年 2020‑03

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/00027613

(2)

Traugottの意味変化の方向性仮説に対する反例か

――「間主観的」な命令文から条件文への構文化再考

菊 田 千 春

1.はじめに

 一般に、言語変化は恣意的に進むのではなく、ある普遍的な原則や法則が 働くと考えられるが、その一方、そうした法則には例外もしばしば指摘され る。意味と形式の両面での言語変化を捉える文法化(grammaticalization)に おいては、より語彙的な要素がより文法的な要素に変わるという一方向性 仮説がよく知られているが、文法化にも関わる意味変化の方向性を主張し たのがTraugott (1982)である(Cuyckens, Davidse, & Vandelanotte, 2010; Narrog, 2014)。それによれば、命題内容に関わる意味を表す要素が、次第に命題間 をつなぐテクスト的な意味を表すようになり、さらに話者が聞き手に対する 態度を示す意味を持つようになるという。この仮説に対し、Shinzato (2002)は、

命令文でありながら順接・逆接条件の意味を表す日本語の構文を取り上げ、

それらがこの仮説への反証となると主張した。命令文が条件の意味を獲得す ることは、聞き手への態度を表出する意味からテクストの論理関係を表す意 味への変化と考えられるからである。その後Traugottの理論は変遷し、現在 は主観性 (subjectivity) から間主観性 (intersubjectivity) へという仮説になって いる (Traugott & Dasher 2002, Traugott, 2003, 2007, 2010)。しかし、命令文が 聞き手への働きかけを言語化する間主観性の高い表現であるとすれば、それ が条件の意味を表すことは、この仮説に対しても反例といえるのかもしれな

(3)

い。事実、このような基本的な認識はShinzato (2007)に見られ、形を変えつつ、

Narrog (2014)にまで受け継がれているようである。

 本稿の目的は、このような認識の妥当性を批判的に検討した上で、日本 語の順接条件命令文と譲歩(逆接条件)命令文の成立の過程に対し、通時 的な構文文法の知見に立つ新たな分析を提案することである。後述するよ うに、主観化や間主観化という概念は多くの研究者によって異なる意味で 用いられ、概念上の混乱が甚だしい。Traugott自身も2010年の論考で、自ら の概念の変遷を整理しているが、その後も混乱は続いている。実のところ、

Shinzato やNarrogの主張はこの概念の誤解に基づいており、決して妥当とは

いえない。そのような理論的問題に加え、彼らの研究は分析自体にも問題が ある。データの不十分さもあるが、それ以上に、これらの構文の成立を意味 変化とのみ捉えているため、構文化の過程を適切に捉えることができていな い。

 近年の認知言語学において、通時的な言語研究は文法化という名の下に進 められてきた。本稿で扱う命令文の成立もShinzato (2002, 2007)やMori (2006) は文法化と呼び、Traugott (2010)も(間)主観化を文法化と関係の深いもの と位置づけている。その一方、特にTraugott & Trousdale (2013)以降、構文文 法の枠組みの中で言語の変化を捉え直す動きが急速に広がりを見せ、文法 化に代わって構文化 (constructionalization) や構文変化 (constructional change) という概念が用いられるようになってきている (cf. Barðdal, Smirnova,, Sommerer, & Gildea, 2015)。現在、「構文」とは形式と意味の慣習化した記号 的結びつきすべてを指すことが多く(Goldberg, 2006)、その結びつきのコード 化を「構文化」と呼ぶ。このような緩やかな定義により、文法化は構文化と 言い換えられることが多いが、後者は前者の単なる言い換えではない。本稿 では、構文化の過程を踏まえて条件/譲歩命令文の展開を再検討することを 通し、これらは「命令文と後続文の間に推意として存在した条件という論理 関係がコード化された」と考えるべきこと、そして、その意味で、これは

(4)

Traugottの主観化に相当することを示す。さらに、形式と意味の結びつきの コード化としての構文化を説明するには、意味変化に加え、形式やその結び つきの慣習化、すなわちチャンク化(chunking)を考慮する必要があり、それ により、当該構文の構文化の過程をより適切に明らかにできると論じる。1  本稿の構成は以下の通りである。第2節では、条件命令文と譲歩命令文の 共時的特性の概略をShinzato (2002)とNarrog (2014)に沿って整理する。その 後、第3節ではTraugottの変化の方向性の仮説とその概念を整理し、Shinzato

やNarrogの主張との整合性を検証する。そして、第4節では構文文法的視点

を導入しながら、条件命令文と譲歩命令文の通時的データをさらに詳しく検 討し、条件命令文の成立を新たな視点から捉え直す。条件命令文については、

Kikuta (2018)での分析を援用する。第5節は結語である。

2.譲歩命令文と条件命令文の共時的特性

 Shinzato (2002)は(1)と(2)などの文をとりあげ、それらがTraugott (1982)の一 方向仮説の反証となると主張した。

(1) a. それを読んでみろ、おまえとは絶交だ。 (Shinzato, 2002, p. 586: (2d)) b. それが見つかってみろ、我々はおしまいだ。 (Shinzato, 2002, p. 586: (2c)) (2) a. Xにしろ、Yにしろ、大差はないんじゃない? (Shinzato, 2002, p. 585: (1b)) b. Xであれ、Yであれ、大差はないんじゃない? (Shinzato, 2002, p. 585: (1c))

(1)と(2)は命令文の形を取っているが、いずれも通常の命令文ではない。 (1) は字義通りの命令文とは解釈されず、「それを読んだら/それが見つかった ら」という仮定順接条件として解釈される。また(1a)は「読むな」という禁止・

警告の意味でもある。(2)も命令文とは解せず、いずれも、「XであってもYで あっても」という譲歩(仮定逆接条件)の意味を表している。本稿では、以下、

(5)

(1)のタイプを「条件命令文」、(2)のタイプを「譲歩命令文」と呼ぶことにする。

Traugott (1982)の提案する意味変化の方向性によれば、対人的態度を表す意

味はテクストの論理的意味の後に生まれるとされているのに対し、これらは 対人的な発話行為である命令文が、論理関係である仮定条件の意味を持つよ うになった事例と考えられることから、ShinzatoはこれらをTraugottへの反例 であると主張した。

 ところでこれらの文は単に「条件解釈も可能な命令文」というわけではな く、条件文の一種として構文化されている(長野 1994, 1996; Shinzato, 2002;

Mori, 2006; 森 2014)。たとえば(1a)と対比して次の(3)を見てみよう。(3)も命 令文と後続文の間に条件解釈が可能だが、これはShinzato (2002)以降の先行 研究が条件命令文と規定する文ではない。

(3) a. (是非)それを読んでみろ、きっと気に入るぞ。

b. 彼のことは忘れてしまえ、すぐ元気になるよ。 (Mori, 2006, p. 4に基づく)

(3)はいずれも条件解釈を許すものの、(1a)とは異なり、命令文が示す行為を 禁止どころか、むしろ推奨していることから、あくまでも字義通りの命令文 といえる。

 (1)や(2)が「命令文」ではなく「条件文」であると考える根拠は他にもある。

たとえば(1)は(4a,b)に示すように、命令文の形のまま、条件であることを明

示する副詞句「もし」や「万一」「仮に」などとの共起が可能である。その一方、

命令文 (3) は、行為を字義通りに推奨していると解される限り、(4c)が示す

ように、仮定の副詞と共起できない。

(4) a. もしそれを読んでみろ、おまえとは絶交だ。 (Shinzato, 2002, p. 586: (4d)) b. もしそれが見つかってみろ、我々はおしまいだ。 (Shinzato, 2002, p. 586: (4c))

c. * もしそれを読んでみろ、きっと気に入るぞ。

(6)

d. * もし彼のことは忘れてしまえ、すぐ元気になるよ。 (Mori, 2006, p. 4)

 同様のことが(2)の譲歩命令文にも当てはまる。(2)の文は、命令形のまま 譲歩的な仮定の副詞「たとえ」と共起可能である。

(5) a. たとえXにしろ、Yにしろ、大差はないんじゃない?(Shinzato, 2002, p. 586: (3d)) b. たとえXであれ、Yであれ、大差はないんじゃない?(Shinzato, 2002, p. 586: (3c))

 このように、(1)と(2)の条件命令文と譲歩命令文は、(i)「字義通りの命令 と解釈できないこと」、(ii)「(順接・逆接)条件と解釈できること」、(iii)「仮 定であることを明示する副詞と共起できること」という特性が見られ、この ことから、これらの文に見られる「条件」という意味は単なる語用論的な解 釈の問題ではなくコード化されており、これらは命令文とは異なる一種の条 件構文として成立していると考えられる。本稿でも先行研究に倣い、条件の 意味がコード化された構文のみを分析の対象とする。

 なお、このように命令文が譲歩や条件の意味をもつことは、日本語のこの 構文に限定された現象ではない。英語でも条件命令文は非常に生産的で、従 来より多くの研究が行われ (cf. Clark, 1993; Culicover & Jackendoff, 1997他)、 Narrog (2014)は英語の条件命令文を議論の論拠としている。たとえば(6)の命 令文は、Narrogが代表的な記述的英文法書であるQuirk, Greenbaum, Leech &

Svartvik (1985)から引用したものだが、日本語の条件命令文と同じく、字義 通りの反対、つまり禁止や警告の意味を持ち、全体として条件文としての解 釈を持つ。

(6) a. Make a move, and I’ll shoot. (Quirk et al, 1985, p. 832) b. Give him enough rope, and he’ll hang himself. (Quirk et al, 1985, p. 832)

(7)

しかし日本語とは異なり、英語には命令文が字義通りの命令文とも解釈でき る(7)のような例もあり、Narrogはそれも分析対象としている。

(7) Don’t eat so much or you’ll be sorry. (Quirk et al, 1985, p. 832)

(6)-(7)のような条件命令文は、命令文と平叙文を等位接続詞が結ぶというの が基本構造になっており、禁止の意味を持つ(6)ではand, 字義通りの命令の 意味を持つ(7)ではorが使われている。2 同様の構文はオランダ語、ロシア語 等、英語以外の印欧諸語にも見られる (Fortuin & Boogaart, 2009)。

 一方、通言語的な譲歩構文のタイプを調査・分析したHaspelmath & König

(1998)によれば、譲歩構文が命令文を含むのもそれほど珍しいわけではな

い。たとえば英語の例として、Narrogは上記の文法書から(8a-b)を引用し、

Haspelmath & Königは(8c-d)を挙げている。

(8) a. Rain or shine, we’re having our party outside today. (Quirk et al., 1985, p. 1101) b. Be that as it may, . . . (Quirk et al., 1985, p. 1102) c. Be he friend or foe, the law regards him as a criminal. (Haspelmath & König, 1998, p. 399) d. Come wind or rain, we will climb the mountain. (Haspelmath & König, 1998, p. 399)

ただし、英語の譲歩命令文は固定表現的なものに留まり、(6)の条件命令 文、あるいは日本語の譲歩命令文ほど生産的な文法的構文にはなっていない (Narrog, 2014)。

 このように、条件命令文と譲歩命令文はいずれも、「命令文が(順接/逆接)

仮定条件の構文になった」ものである。以下では、この構文をTraugottの意 味変化の方向性仮説に照らして考えるが、その際、大きく2つの論点に分け て考えていく。まず、第1の論点は、「命令」から「条件」という意味変化が

Traugottの仮説の反証と本当に言えるのかであり、第2の論点は、そもそもこ

(8)

の構文の成立は単に「命令」から「条件」への変化と考えるべきかというこ とである。このいずれの点についても否定的な結論を導くことになるが、第 3節はこの第1の論点を中心に議論し、第4節では第2の論点を踏まえてデータ を見直し、構文文法の視点に立った分析を提案する。

3.Traugottの意味変化の方向性仮説と条件/譲歩命令文

 前節で示したような条件命令文や譲歩命令文はTraugottの提案する意味 変化の方向性仮説の反証と言えるのだろうか。この問題を考えるには、

Traugottの仮説自体を整理して検討することが必要となる。しかし、それは

実は簡単なことではない。Traugottの仮説は1982年以降、改訂が繰り返され、

また、近年のモデルで使われている(間)主観性、(間)主観化という概念 は多くの研究者が異なる意味で用いているため、その仮説の解釈を巡って は議論が絶えない。本節では、Traugottの仮説を整理し、次にShinzato (2002, 2007)とNarrog (2014)の主張を検討する。

3.1 Traugottの意味変化の方向性仮説をめぐって

 Traugottは意味変化の方向には一定の法則性が見られると考え、複数の方

向性仮説を提案している。ここでは、Shinzato (2002)やNarrog (2014)が議論 の出発点としているTraugott (1982)をまず取り上げ、その後、現在のモデル としてTraugott (2010)を中心に概説する。後者は、Traugott & Dasher (2002), Traugott (2003, 2007, 2014)など、2000年代以降に提案されている彼女のモデ ルと基本的には同一と考えられる (Cuyckens et al., 2010)。

 Traugott (1982)は、命題の内容に関わる意味を表す要素が次第に命題間を

つなぐテクスト的な意味を表すようになり、さらに話者が聞き手に対する態 度を示す意味を持つようになるという変化の一般的傾向を観察し、以下のよ うな方向性を主張した (p. 256)。3

(9)

(9) propositional > textual > expressive

 しかしその後、彼女自身の文法化や意味変化に対する理論は変化し、主 観性(subjectivity) という概念が注目されるようになった。たとえばTraugott

(1989)は意味変化の方向を3つの傾向に分け、(i) 話者の外的状況→内的状態、

(ii) 外的/内的状況→テクスト/メタ言語的意味、(iii) (客観的な状況)→命

題に対する主観的信念/心的態度という変化のつの傾向を並列的に指摘し ているが、Traugott & Dasher (2002)はこのうち第3の傾向こそが最も主要なも のであると述べ、これがTraugottの主観化 (subjectification)と呼ばれるように なった (Narrog 2014)。さらにTraugott & Dasher (2002)では、この主観化の次 に間主観化 (intersubjectification) が起こると提案されている。主観化は話者 の視点を言語化するのに対し、間主観化は聞き手との関係性を言語化する。

このような主張をまとめ、Traugott (2010)は、(10)の方向性を提案している (p. 35) 。

(10) non-/less subjective > subjective > intersubjective

つまり、この方向性の仮説によれば、言語の意味変化は、「主観性をもたな い表現がより主観性をもつようになり、さらにそのようにして主観化された ものが、間主観性をもつ」ように進んでいくことを予測する。

 こうして2000年以降のモデルでは、テクスト的意味という概念がほとん ど言及されなくなる一方、(間)主観性という概念が注目されるようになっ た。しかし、上述のように、この概念には非常に多くの異なる定義が提案さ れ、それがTraugottの主張を非常に分かりにくいものにしている。日常言語 として使われるとき、「主観性」あるいは「主観的」という概念は、事実に 即しない妥当性を欠いた個人的な意見などを指すことが多いが、言語学の中

(10)

では大まかには「話者の存在が言語に反映されること」(the centrality of the speaker in language) (Cuyckens et al., 2010, p. 1) を指す。言語学としてのこの 概念はBréal (1900/1964)に遡ると言われるが、その重要さが言語研究の中で 特に注目されるようになったのは、Benveniste (1958/1971)が統語的な文主語 (sujet d’énoncé ‘syntactic subject’) に対し、発話主語(主体) (sujet d’énonciation

‘speaking subject’) という概念を提案し、この後者が言語の根幹に関わるほど

の影響力を持つと主張したことによるという(Cuyckens et al., 2010, p. 2)。

 現在、特に認知言語学では主観性に関する研究が盛んに行われているが、

中でも広く知られているのが Langacker (1991)とTraugottのsubjectivityの概念 である。ただし、Langackerのsubjectivityは事物を捉える対象(客体)と捉え る側(主体)の関係性に注目するのに対し、Traugottのsubjectivityは言語の 意味解釈に文脈の中での話者の主観的理解がどのように影響するかに注目 する。このように、両者にはかなり相違があり、日本語では前者を「主体 性」、後者を「主観性」と訳し分けることも多い。それ以外にもNuytsの主観 性/主観化の概念 (Nuyts, 2014)、また、間主観性についてはVerhagenの概念

(Verhagen, 2005) も広く用いられている。誰の定義に依るのかを明示せずに、

漠然と話し手の視点が文の意味に表れることを主観性と呼び、話し手と聞き 手の間のやり取りや発話行為、両者の視点が反映されることを間主観性とい う概念で捉えている分析となると数え切れず、それぞれがこの概念を厳密に 同じ定義に基づいて使っているとは言い難い。このような混乱が見られる中、

この概念の整理を主な目的とした論考も見られるほどである (Cuyckens et al., 2010; Nuyts, 2014; Traugott, 2010)。そのため、Shinzato (2002) やNarrog (2014) の議論を検証するには、Traugott自身の定義を正確に押さえておくことが必 要になる。

 現在のTraugottの主観化の概念はTraugott & Dasher (2002) 以降、ほぼ変わっ ていないが、Traugott (2010) によれば、“meanings are recruited by the speaker to encode and regulate attitudes and beliefs” (Traugott, 2010, p. 35) ということに

(11)

なる。この “attitudes and beliefs”という語は主に話者の主観的な解釈を指す。

つまり、ことばは使われているうちに、字義通りの意味とは異なる推意が生 じることがあるが、そのような語用論的に得られる話者の主観的な推意が、

言語使用が繰り返される中で慣習化し、いつしか意味論的なことばの意味 と再分析されるようになることと考えられている。一方、間主観化は “once subjectified, may be recruited to encode meanings centred on the addressee” (Traugott, 2010, p. 35) とされている。つまり、主観化と同様に、語用論的に得られる推 意が意味としてコード化されることには変わりないが、一旦、主観化された 後、その語が「聞き手に関わる意味」を表すように変化することを指す。こ の “meanings centred on the addressee”という表現はNuyts (2014) も指摘する ようにかなり漠然としているように聞こえるが、実はかなり限定された現象 を指している。Traugott によれば、間主観化は、意味が命題内容や時制、相、

モダリティ(= TAM)に関するものを離れ、談話構造や聞き手との対人関係 に関わる機能(illocutionary marker, a politeness maker, a sentence connector)を 持つようになることで、より具体的には「対話相手の自意識に関わる意味機 能」(=待遇表現、対人敬語)や「メタ談話的 (meta-discursive) 機能」(=談 話を先に進めていく機能:相手に発話の順番を譲るturn-giving、返答を促す 機能)を持つようになることを指しているようである (cf. Traugott, 2014, p. 9)。  また、Traugott (2014) は自らの概念を巡る混乱を自覚し、誤解の解消を 目指しているが、その中で、彼女の「間主観化」を理解する上で重要なの は、dialogicとdialogualの違い、そして-ityと-ationの違いであると述べてい る。このうちdialogic とはつのlogic、つまり、話し手と聞き手の2つの論理 や視点を考慮に入れることを指すのに対し、dialogualとは話し手と聞き手が 構成する談話のしくみを指す(Traugott, 2014, pp. 12-13)。4 Traugottは自らの 間主観化とはdialogualな意味への変化のことであって、dialogicな問題では ないと述べる。一方、-ityと-ationの違いとは、すなわち (inter)subjectivityと (inter)subjectification、つまり(間)主観性と(間)主観化の違いのことであ

(12)

る (Traugott, 2014, p. 9)。言うまでもなく、前者は状態を表わし、後者は変化 を表すわけだから、この違いは非常に明確なようだが、実際の議論の中で はしばしば混同されてきた。実は、方向性の仮説(10)の書き方自体が紛らわ

しく、Traugottが本当に意味しているのは、「主観性を表すようになった表

現が、その後、間主観性を表わすようになる」ということ、いわば「主観 化 (subjectivized) >間主観化 (intersubjecitivized)」のことだという (Traugott, 2010, p. 36)。Traugottは主観化であれ間主観化であれ、すべての意味変化は 言語使用における話し手と聞き手のやりとりの中で生じる語用論的推意から 生まれると考えているので、その意味では、すべての変化の元には広い意味 での間主観性(-ity)があることになる。しかし、明らかにこれは主観化の 後に起こる意味変化としての間主観化(-ation)とは全く異なる。つまり、(10) は、単に「主観性」を表わす表現が「間主観性」を表わすようになるという ことではない。

3.2条件/譲歩命令文の成立と変化の方向性

 ではこの変化の方向性仮説に照らし、条件命令文や譲歩命令文をその反 例とする主張を検討していこう。まず、Shinzato (2002)は、条件命令文や譲 歩命令文は、そもそも「命令文→条件文」という変化の結果であるが故に Traugott (1982)の一方向性の仮説の反例であると主張した。命令とは言うま でもなく話者が聞き手に対して働きかける発話行為であり、expressiveな言 語表現と考えられる。一方、「条件」とは命題間の論理関係を表わすもので あるから、Traugottによるtextualな意味を持つといえる。そのように考えると、

これらの事例は、expressiveな意味がtextualな意味に変化したと考えられると いうのである。すでに述べたようにTraugott (1982) のモデルは過去のものと なったが、もしもexpressiveが「間主観性」に対応するならば、この変化は 現在のモデルが示す方向性にも反することになる。Shinzato (2007) は基本的 にこの解釈をとっているようである。

(13)

 さらに、Shinzato (2007)は文内の生起位置のという点でも、これらの構文 が一般的な変化の法則性に違反すると主張する。国文法の中で文構造の階層 性を論じた南(1993)によれば、モダリティや話者の主観、また、聞き手へ の働きかけを表す部分(終助詞など)は、文末に近いところで表現される。

これを一般化すると、主観化や間主観化に沿った意味変化を受けた表現は文 の周辺部に生起すると予測される (Onodera, 2004)。5 それに対し、命令形の 動詞は命令文では文末に生起するものの、条件文として機能する際には、前 件と後件をつなぐ中央部に生起することになる。つまり、この変化は語順の 法則にも反すると主張している。

 実は、このようなShinzato (2007)の主張に対し、Traugott (2007)自身が同じ 雑誌の中で直接、反論を展開している。まず主張の第1の点は明らかに-ityと

-ationの混同である。命令は確かに聞き手への働きかけという間主観的な意

味を持つが、これは言語の形式そのものから生じる本来的な意味であり、「間 主観化」の結果生まれたわけではない。だから、そこからテクスト的な意味 が生まれても、それは変化の法則性とは無関係である。また、つめの生起 位置も、文の端から中心部へと変化しているように見えるのは、注目する範 囲を帰結節まで含めたことによる錯覚にすぎないと指摘する。日本語のよう な言語では条件節の機能を果たすものが帰結節に先行するのは当然である が、それぞれの節の中では命令形の動詞は常に最後に生起しており、動詞は 移動していない。このTraugottによる反論は正鵠を得ており、Shinzatoが提起 した「変化の方向性への反例」という主張はTraugott自身によって一旦否定 されたと見ることができる。

 一方、Narrog (2014)はTraugottの変化の方向性仮説(10)そのものを否定して いるわけではないし、命令形だから間主観性と単純に考えているわけでもな い。彼はTraugottの一連の研究を踏まえた上で、「主観から間主観」だけでは 意味変化を捉えるモデルとして不十分であり、2000年以降に言及されなく なった「テクスト的意味」への変化を捉える必要性を指摘した。そして、変

(14)

化を「話者志向speaker-oriented」(≒主観化)「聞き手志向hearer-oriented」(≒

間主観化)、「テクスト志向text-oriented」に分け、それぞれを独立した志向性 と規定する。つまり、話し手や聞き手に関わる意味を生み出す変化を否定す るわけではないが、それとは別に、談話やテクスト構造自体に関わる意味を 生む変化が存在し、それは(極端に広い意味に取らない限り)主観化や間主 観化という概念では捉えられないことから、現在のモデルの不備を補うため にも、テクスト志向の変化というものを認めるべきだと主張する。

 確かにTraugott (2010)のモデルが捉えようとする現象はかなり限定されて

おり、多様な意味変化のダイナミクスを捉えきれていないという批判には一 理ある。しかし、3つの変化の志向性の独立性を主張する一方、Narrogはこ れらの変化が起こる順序を線状に捉え、日本語の譲歩命令文や英語の条件命 令文などについて、“they represent a shift from subjective through intersubjective to the textual”と述べ、次の順序を主張している (Narrog, 2014, p. 47)。

(11) (subjectification) > intersubjectification > text/discourse orientation

 問題になるのは、「聞き手志向」(間主観化)の後に「テクスト志向」の意 味変化が起こるという主張である。Narrog (2014)は、条件命令文や譲歩命令 文などが表す仮定条件といったテクスト的意味は、いずれも話し手が聞き手 の視点を取り込むことを通して生まれたと分析している。Narrog (2014)の考 えを上に挙げた日本語の例で説明するならば、6たとえば条件命令文(1a)の

「それを読んでみろ」という話し手の真意とは異なる命令文は、実は、聞き 手がおこなう可能性があると話し手が予見し、且つ、自らが阻止したい行為 を提示している。つまり、話し手は聞き手の考えを予測しつつ、先まわって その行動を命令形によって挑発しながら、それが引き起こす嫌な結果を提示 している。譲歩命令文(2a)についても、Leuscher (1998)の修辞的談話 (rhetorical

discourse) という概念に言及し、仮想的に「Xにしろ」「Yにしろ」という複

(15)

数の他者の声を聞かせながら、その陰に隠れるように発話することで、より 話者の真意が際立ち、効果的に伝わるようにしていると分析する。7このよ うに、話し手と聞き手の仮想的な相互行為という間主観性に基づいてテクス ト的な意味が生まれる可能性を認めなくてはいけないというのである。

 ではこのNarrog (2014)の主張は妥当だろうか。確かに、テクスト的意味の 派生過程についての彼の主張には一定の説得力がある。しかし(11)で示され ている定式には、Shinzatoの場合と同様、明らかに、-ityと-ationの混同、あ

るいはdialogicとdialogualの混同が含まれている。上述のような話し手と聞

き手の仮想的な相互行為という意味での間主観性が意味するのは、Traugott

(2014)が間主観化に関わると考えるdialogualな文脈ではなく、dialogicな文脈

であり (pp. 12-13)、そのやり取りは-ityとしての間主観性であったとしても、

-ationとしての間主観化ではない。このように、Narrog の提案にはTraugottの

方向性仮説に関する看過できない誤解が含まれている。

 ただ、もちろんTraugott (2010)のモデルやその概念のみが絶対に正しいと いうわけではないし、その批判に問題があるからといって、直ちにNarrog

(2014)らの分析そのものを誤り、あるいは不適切と断定することはできない

だろう。では、Traugotに対する批判という理論的な部分を除くと、Shinzato

やNarrogの提案する条件命令文、譲歩命令文の成立過程の分析は妥当といえ

るのだろうか。

 以下では、この問題を検討し、両者の分析は一面的に過ぎ、必ずしも適切 とはいえないことを示す。この分析の鍵になるのは、構文文法的な視点であ る。これらの構文の成立については、Shinzato (2002)をはじめMori (2006)や 森 (2014)もNarrog (2014)もすべて「命令文から条件文」という変化と捉えて きたが、この捉え方自体が現象の本質を見誤っていると主張する。第節で 示したように、条件命令文や譲歩命令文はそれぞれが一種の条件文として「構 文化」している。そのことをShinzatoもMoriも重要とはしているが、構文と して成立する過程や要件を十分に考察してはいない。彼らだけではなく、命

(16)

令文が条件文として機能するという現象についてはAkatsuka (1997), Haiman (1983, 1986), Haspelmath & König (1998), Takahashi (2012)など多くの研究があ るが、ほぼすべてがどのように条件や譲歩、警告の解釈が生まれるのかとい う語用論的な考察に終始し、その解釈が単なる推意ではなく構文の意味とし てコード化される過程についてはほとんど議論されていない。しかし、推意 のコード化こそがTraugottの -ation の意味であることを考えれば、この点を 踏まえない限り、これらの構文の成立の過程を解くことにならないことは明 らかであろう。

 通時的な変化を検討する以上、詳細なデータの分析は欠かせないが、

Shinzato (2002)やNarrog (2014)の挙げる事例は十分とは言えず、分析にも疑

問の余地がある。そこで次節では、これら先行研究を踏まえつつ、データを 再検討し、より詳しく構文化の過程を検証していく。

4.条件命令文、譲歩命令文の構文化再考

 本節では、構文文法の視点を取り入れ、条件命令文と譲歩命令文の成立過 程、すなわち構文化の過程を検証していく。データについては、条件命令文 には国文学研究資料館で公開されている『日本文学大系全文データベース』

と『噺本全文データベース』、譲歩命令文には、それに加え、国立国語研究 所が公開する「日本語歴史コーパス」を使用した。前者は、岩波書店から出 版された『日本古典文学大系』と東京堂出版刊行の『噺本』をデータベース 化したものである。後者は時代によって元となる著作は異なっているが、平 安時代編と鎌倉時代編は、小学館が出版する『新版古典文学全集』のいくつ かの作品に基づき作成されている。室町時代編は狂言とキリシタン資料(『天 草本平家物語』『天草本伊曽保物語』)、江戸時代は洒落本と人情本を用いた コーパスである。そのため、特に平安・鎌倉時代については、両データベー ス/コーパスの間には作品の重複も見られるが、その一方、それぞれの底本

(17)

が異なるため、同じ作品であっても、データには細かな異同が見られること もある。本稿の主眼はデータの量的な分析ではなく、どのようなデータが見 られるかということにあり、また、対象とする構文の事例も多くないことか ら、いずれかのデータベース/コーパスで観察されるものを取り出し、用法 を確認した。また、作品が重複するものについては、両方に見出されるもの に注目した。日本語歴史コーパスは現在も建設中であり、データは十分とは いえない。特に中世以降のデータはまだ少なく、対象とする事例がほとんど 見出せないこともある。そのような場合には、国文学資料館の『全文データ ベース』を中心に検索し、通時コーパスには入れられていない小学館の『新 編古典文学全集』の作品についても用例を確認した。なお、条件命令文につ いての調査はKikuta (2018)に用いたものであり、詳細はそちらを参照された い。また、譲歩命令文についての予備調査は2016年頃より断続的におこなっ ていたが、最終的には2019年6月-9月に集中的に行った。

4.1 条件命令文

4.1.1 条件命令文の構文性

 条件命令文は、命令文が文脈によって条件解釈を許す文ではなく、すでに、

条件解釈が言語的意味として保証されており、その意味で、「構文化」され ていると考えられる(Shinzato, 2002; Mori, 2006; 森 2014)。そして、第2節の(4) の例で示したように、構文化した条件命令文は、命令文であっても仮定を表 わす副詞と共起できることを踏まえ、この仮定副詞との共起可能性を構文と しての条件命令文と判断する根拠のつとする。

 複合動詞テミルの命令形を含む条件命令文には形式・意味上に類似した隣 接構文がいくつかある。条件命令文の構文としての独自性を理解するには、

以下のつの隣接構文との関係を押さえておく必要がある。

  ① テミルを使わない単純命令文

  ② 文脈によって条件解釈が可能な命令文

(18)

  ③ 字義通りの命令を意図しない放任命令文

 まず第に、日本語で条件命令文となるのは、単なる命令文(以下、「単 純命令文」と呼ぶ)ではなく、複合動詞テミルを含んだ命令文(「テミル命 令文」)に限られる。8

(12) a. それを読んでみろ、おまえとは絶交だ。(= (1a))

b. # それを読め、おまえとは絶交だ。

(12a)の条件命令文に対し、単純命令文を用いた(12b)は命令文と後続文の関

係が矛盾していて、非常に不自然で意味解釈が困難であることがわかる。

(12b)でも文脈を考え、また、命令文と後続文の間にかなりなポーズを挟み、

表情や声色を工夫すれば条件命令文のような挑発・禁止という解釈ができな いわけではない。しかし(12a)の場合はそのような特別な工夫は全く不要であ ることを考えると、条件命令文の条件解釈の安定性が却って際立つ。

 第2に、条件解釈を許す命令文だからといって、すべてが構文化した条件 命令文というわけではない。命令文と条件解釈の語用論的な結びつきは単純 命令文、テミル命令文に広く観察されるが、仮定の副詞と共起でき、本稿で 定義する条件命令文といえるのはその一部に限られる。第節で見たように、

(3)のテミル命令文は後続文との間には条件解釈(もし読んだら、きっと気 に入る)が成立しているが、仮定の副詞とは共起できず、構文化した条件命 令文とはいえない(以下に再掲)。

(13) a. (是非)それを読んでみろ、きっと気に入るぞ。 (=(3a))

b. * もしそれを読んでみろ、きっと気に入るぞ。 (=(4c))

(12a)と(13a)の命令文の違いは、前者が字義通りには解釈されない(挑発で

(19)

あり、逆に「読むな」と解釈される)のに対し、後者は字義通りの命令(慫 慂)と解釈されることである。そして、字義通りの命令文の場合には命令文 解釈が優勢であるため、仮定の副詞が共起できないものと思われる。9  一方で、このような意味/語用論的な説明だけでは構文としての条件命令 文を説明することはできない。字義通りに解釈できない命令文は放任用法と 呼ばれ、広く観察されるが、構文化した条件命令文はこれとは異なることに 留意する必要がある (Shinzato, 2002; Mori 2006)。これが第3の点である。

 たとえば(14)の例を見てみよう。

(14) a.(攻撃しようとする相手に向かって)やれるものなら、やってみろ。

b. 勝手にしろ!もうおまえとは絶交だ。

文脈により解釈には幅があるが、これらの命令文はいずれも放任用法と考え ることができる。いずれも命令文は聞き手に対する挑発であり、話者は聞 き手が実際にその行動を行うことを望んではいないという解釈が優勢であ ろう。特に(14b)は、その結果、聞き手にとって望ましくないことが起こる ことを予測する文が後続しており、条件命令文と類似の構造をとっているよ うに見える。実のところ、伝統的な日本語学(国語学)では、「条件命令文」

や「譲歩命令文」という文法項目はほとんど見られず、一般的にはこれらは すべて命令形の放任用法(以下、「放任命令文」と呼ぶ)と考えられている ようである(小田 2015)。10

 しかしながら、放任命令文と条件命令文とは統語的な振る舞いが異なり、

別々の構文である(Shinzato, 2002; Mori, 2006)。その証拠に、(15)が示すよ うに、仮定を表す副詞は命令文に生起することができない。

(15) a. * やれるものなら、もしやってみろ。(cf. もしやれるものなら、やってみろ。)

b. * もし勝手にしろ!もうおまえとは絶交だ。

(20)

 興味深いのは、字義通りの命令文(13a)と放任命令文(15b)の並行性である。

ここから、放任命令文は、字義通りの命令を話者が意図していなくても、あ くまでも命令文であることがわかる。このように、意味・語用論的な変化の メカニズムを踏まえると、条件命令文と放任命令文には通時的なつながりは あると考えられる(Haspelmath & König, 1998; Shinzato, 2002; Narrog, 2014) が、

共時的にはあくまで異なる構文なのである (Shinzato, 2002; Mori, 2006)。

4.1.2 条件命令文の構文化

 では、どのような命令文がどのような状況で命令文としての独立性を失い、

条件命令文となるのだろうか。ここには大きくつの要因がある。つめは これまでから論じられてきた意味・語用論的要因で、中でも、命令文として の逸脱性であろう (Akatsuka, 1997; Shinzato, 2002; Takahashi, 2012)。命令とは、

本来、話者が自ら希望することを聞き手にさせようとして行う行為である。

一方、前後の文や文脈から話者の本心に反していると推定される挑発的な命 令はグライスの会話の原則に明らかに違反しており、命令文としての基本要 件を満たしていない。このような逸脱した命令文に、その命令の執行を条件 として起こる(悪い)結果を予告する文が続くと、命令文としてよりも条件 文の前件としての解釈が優勢になると考えられる (Shinzato, 2002; Takahashi, 2012) 。

 しかし、放任命令文に関して見たように、字義通りに解釈されないだけで 構文としての条件命令文が生まれるわけでない。条件文が本質的に前件と後 件から構成される構文であることに鑑みれば、構文化のもうつの要因は、

命令文と後続文がつのまとまった単位と認識されるようになることにある と推測される (Kikuta, 2018)。これはBybee (2010)やTraugott & Trousdale (2013) がチャンク化 (chunking) と呼ぶ過程で、(17)に示すように、構文化において 重要な意味を持つとされる。

(21)

(17) Constructionalization is preceded by a series of small-step changes such as increase in the salience of pragmatic inferences and routinization in certain contexts, which may lead to chunking and eventually to mismatches between form and meaning (Traugott & Trousdale, 2013, p. 123).

 つまり、このチャンク化によって、命令文が、その形にも関わらず条件文 の前件と認識されるという記号的な不整合 (mismatch) が定着し、つの文の 命題間の条件解釈は構文の意味としてコード化される。そして「命令文」と「後 続文」という独立した文の並置が「前件+後件」からなる条件文と再分析さ れ、構文化が起こるのである。

 用例基盤的 (usage-based) な視点に立てば、このようなチャンク化が起こる には、条件解釈で結ばれたつの文が慣習的にまとまりとして生起するよ うな事例がある程度の頻度で起こったのではないかと予測されるが、Kikuta

(2018) は、このような考察を裏付ける(17)のようなパターン化した文が18世

紀初期からいくつも観察されることを指摘している。11

(17) a. ま一度指を差いてみよ。腕骨切つて切りさげん。 (『用明天王職人鑑』 1705)

b. ま一言いうてみよ あたまをはりくだいてのけん。 (『浮世親仁形気』 1720)

c. 今一言言ふてみよ 眞二つにぶち放す。 (『夏祭浪花鑑』 1745)

たとえば、(17)の「今一言言ふてみよ」あるいは「ま一度○○してみよ」は、

それ自身が単独で用いられたならば放任命令文と考えることができる。しか し、後続文の内容からも、それが話者の本意でないことは明らかである。後 続文にはいろいろなバリエーションがあるが、いずれも非現実的なほど暴力 的であることから、おそらく具体的な内容はそれほど重要ではなく、「(聞き 手にとって)大変なことになるぞ」というメッセージの記号となっている。

(22)

そして、挑発的な命令文とこの記号化した後続文の命題間の因果関係こそが、

(17)のような禁止・脅迫の決まり文句を支えている。12 (17)の文がすでに構 文化した条件命令文か、そこに繋がる文なのかを判断するのは難しいが、い ずれにせよ、このような文が条件命令文という構文の成立と深く関わると考 える。13

 このように、構文文法的な視点に立てば、先行研究の議論とは対照的に、

条件命令文の成立は決して命令文だけの問題ではなく、むしろ、命令文に後 続する文の存在が大きな意味を持っている。14繰り返しになるが、条件解釈 はそもそもすべての命令文と後続する結果予測文との間に推意として潜在的 に存在する。つまり、条件という論理的意味は「命令文」から生まれるので はなく、「つの文の間」に存在していた推意が、文並置構造 (parataxis) の 慣習化(チャンク化)を経て、構文の意味へとコード化したのである。そし て、このように考えると、これはTraugottの主観化の典型的な形であること がわかるだろう。15

4.2 譲歩命令文

4.2.1 譲歩命令文の成立と変遷の概要 (Shinzato, 2002; Narrog, 2007を中心に)  近世に成立したことを伺わせる条件命令文に対し、譲歩命令文の成立は非 常に早い。上代には見いだせないものの、Shinzato (2002)は中古初期の事例 として(18)を挙げている。

(18) とまれかくまれ、まづ請じ入れたてまつらむ(『竹取物語』 9C末~10C初)

「とまれかくまれ」とは、「ともあれ、かくもあれ」が縮約されたものである。

これは「ト・カク」という対句と動詞(モ)アリの命令形から成るが、特筆 すべきは、この段階ですでに話題転換という談話機能を持つ副詞句のように 慣習表現化し、しかも音韻的縮約が起こっていることである。これを踏まえ

(23)

ると、文献上の限界から上代に実例が見いだせなくても、かなり早い時期か らこの譲歩命令文は存在していたものと推測することができる。16

 一方、Narrog (2014)は、(18)の「とまれかくまれ」は副詞句的な表現とし てあまりに固定化しており、生産性のある文法的構文としての譲歩命令文ら しくないと判断したのか、この例には触れず、少し後に見られる(19)を初期 の事例としてあげている。

(19) 悪しくもあれ、いかにもあれ、便りあらばやらむ (『土左日記』 935)

 その後、Narrog (2014)は、譲歩命令文は中古から中世にかけて、生産性が 高まり、アリ以外の多様な動詞とともに用いられるようになったと指摘し、

以下の例を挙げる。

(20) 今は西海の波の底に沈まば沈め、山野に屍を晒さば晒せ、浮き世に思 ひおくことさふらわず (『平家物語』13C)

しかし、近世以降、譲歩命令文は再び限られた動詞にのみ可能なものとなり、

現代では、(デ)アルと、(21)の例のような(ニ)スルにほぼ限定されてい るという (Narrog, 2014)。

(21) a. 猫にせよ、犬にせよ、怒るタイミングが難しい (Narrog, 2014, p. 44: (28)) b. 一般教書演説の直後は、一時的にせよ大統領支持率が上がるのが通例だ (Narrog, 2014, p. 44: (27))

 以上がShinzato (2002)やNarrog (2014)が示した大まかな変遷の様子であ る。17 成立期の様子について具体的な分析はおこなわれていないが、両者と も、字義通りには解釈されない命令文が仮想的な談話のやり取りを促すこと

(24)

により、譲歩という意味解釈が生まれると推測している。しかし、譲歩命令 文の成立も命令文の意味変化だけの問題とは思われない。そこで、次節では 構文という視点を加え、その成立過程を深く考察していく。

4.2.2 譲歩命令文の構文化

 譲歩命令文はどのように生まれたのだろうか。前節の条件命令文の構文化 の分析から、放任命令文と後続文とのチャンク化が重要な役割を果たしたと 考えられるが、具体的にどのように結びついたのだろうか。その過程を存在 するデータから推測するのは難しいが、全く手がかりがないわけではない。

確かに、Shinzato (2002)が最初期の事例として挙げる(18)の「とまれかくまれ」

をNarrog (2014)が敢えて外していると思われることは、最初の文献例を同定 することの困難ささえ伺わせると共に、「とまれかくまれ」の異質さ、譲歩 命令文の歴史の中での位置付けの難しさを示しているようである。しかし、

構文化が辿ると予測される過程を踏まえて見直してみると、実は、初期に「と まれかくまれ」という文献例があるという事実にこそ、その成立過程を解く 手がかりがあると主張したい。

 「とまれかくまれ」という表現は『竹取物語』の中に(18)を含めて例が観 察される。一方、少なくとも『竹取物語』にはこれ以外の形の譲歩命令文は 見られず、(19)のような形容詞、また、他の名詞、動詞などから形成される 形も観察されない。もちろん、実例が見られないことが直ちにその可能性を 否定するものではない。しかし「とまれかくまれ」が、「ともかく」のよう な副詞句な機能を持ち、すでに動詞の命令形(アレ)が復元できない縮約形 で固定表現化していることは、元となる「ともあれ、かくもあれ」という表 現の成立の早さを伺わせ、他の譲歩命令文に先立って生まれた可能性を十分 に示唆する。それを明らかに否定する証拠がないことから、ここでは、「と もあれ、かくもあれ」が譲歩命令文の始まり、あるいは、放任命令文と譲歩 命令文をつなぐ存在であったと仮定しよう。

(25)

 この仮定の妥当性を伺わせるものは、文献例の出現順序だけではなく、「と もあれ、かくもあれ」の内的構造や意味機能にも見出すことができる。まず つめの点は、これが「ト・カク」という対句を含むことである。現代では「と もあれ」のみの副詞句がよく用いられるが、この単独用法が誕生するのは、『日 本国語大辞典』によれば室町時代で、少なくとも、対句での用法が先行して いる。「ト・カク」は、「あれ・これ」のようなものなので、対句で用いられ ると、「多様」あるいは「すべて」の事象を指すことになる。さらにつめ の点として、「ともあれ、かくもあれ」が本質的に一般性の高い表現で、特 定の後続文とのつながりを要求しないことも注目される。たとえば(18)のよ うな「悪しくもあれ、いかにもあれ」であれば、少なくとも後続文には(潜 在的には)「良し悪し」に関わる命題を要求する。(20a)の「猫にせよ、犬に せよ」も、犬か猫に関わる命題が続かなくてはいけない。それに対し、「と もあれ、かくもあれ」はそのような制約が全くない。換言すれば、後続文と の指示関係上のつながりが非常に希薄なのである。このつの特性から推測 されるのは、そもそも「ともあれ、かくもあれ」は特定の後続文を要求しな い放任命令文として、「ああでもこうでも、それはどうでもよいさ」のよう な意味で使われていた可能性である。

 この仮説が正しければ、この放任命令文「ともあれ、かくもあれ」は、そ の意味の一般性からも繰り返し用いられ、固定表現化し、その中でつの方 向に変化していったと思われる。つは、上記のような談話機能を持つ副詞 句化であり、もうつは譲歩命令文としての構文化である。前者に関しては、

本来、特に後続文を要求しない放任命令文であったとしても、「それはどう でもよい」という文は、その後ろに話者が「どうでもよくない」(=より重 要)と考える文を導きやすく、両者の間には「どうでもいいから(=なんで あっても)[主節]」という譲歩的な解釈が生まれる。こうして主節を導く話 題転換の副詞句的表現として慣習化すると、(放任)命令文であったことは 次第に意識されなくなり、命令形「アレ」が不透明な縮約形「とまれかくま

(26)

れ」が生まれることになる。もちろん談話機能を持つ副詞句は必然的に後続 文を導くため、「ともあれ、かくもあれ」や「とまれかくまれ」と後続文のチャ ンク化が起こり、譲歩的な解釈もコード化されたと推測することができる。

 ただし、これだけであれば単なる副詞句としての固定表現の誕生であり、

Narrog (2014)が(18)を文献初例としなかったように、譲歩命令文という構文 が生まれたことにはならない。この構文化のためには、このような副詞句 化の一方で、「ともあれ、かくもあれ」があくまでも対句を含む内部構造を もつことが注目される。つまりこの対句が変項 (variable) として「ト・カク」

の代わりに他の品詞の語彙を受け入れることを可能にし、譲歩命令文は生産 性を持つ構文となって、(19)のような形が生まれていったと考えられる。つ まり、「ト・カク」という対句が、意味機能の点では全体として「様々、す べて」という意味を持つ一方、形態的には、対となるつの構成素を別々に 含んでいるという、この二面性によって譲歩命令文は構文化しえたと考えら れるのではないだろうか。なお、ここで最初に観察された譲歩文のタイプ は、通言語的にも広く観察される、候補となる選択肢を列挙する選択肢提示 型(alternative type) と呼ばれるもの (Haspelmath & König, 1998, p. 565) で、上 に挙げた現代語の例(21a)に対応する。

 こうして「ともあれ、かくもあれ」から生まれた構文は、その後、この「X ニモアレ(ニマレ)」として多様な名詞をXに受容する生産性の高い構文と なり、中古期の半ばには(22)のような非常に多くの譲歩命令文の例を生みだ すこととなる。

(22) a. 昔ありける事にもあれ、今聞こしめし、世に問ひける事にもあれ、

語らせたまふを (『枕草子』 1000-1001) b. 丸盥(たらひ)にまれ、うち盥にもあれ、貸したまへ。それなくは、

欠け盥にまれ、貸したまへ。 (『堤中納言物語』 1055以降)

c. 物の変化(へんぐゑ)にもあれ、目に見す見す、生ける人を、かか

(27)

る雨にうち失はせんはいみじきことなれば (『源氏物語』 1002)

 これらのうち、(22a-b)は(19)と同様の選択肢提示型で、Xニモアレ(Xニマ レ)は「Xでもいいから」と、選択肢を提示するときの決まり文句のように なっている。それに対し、 (22c)は「たとえ何かの化身であったとしても(み すみす、生きているものを放ってはおけない)」という意味で、現代語の例 (21b)に対応する尺度型 (scalar type) である (Haspelmath & König, 1998, p. 565)。

こちらも通言語的にはよく見られるタイプで、ある尺度上の極限値(この場 合は、人間としての普通さの尺度上、「ものの化身」という最も異端なもの)

を想定し、「たとえそのような場合であってもYである」という譲歩の論理 関係を表わす。

 中古期に生産性をもつ構文となった譲歩命令文は、その後、長い間「アリ」

の命令形に名詞や形容詞が結びついて作られていたが、中世から近世にか けて新たに動詞スルが加わり、「Xニセヨ」や「Xニシロ」という表現が生ま れ、これによって、(23a)のように動詞とも結合する例も見られるようになっ た。18

(23) a. よしないにせよ有るにせよ、それほどゆかしい男なら。

(『嫗山姥』 1712)

b. その外青物にせよ、魚類にせよ、四季ともに是一種無いといふものが ござりませぬ (『浮世風呂』1809-13)

 興味深いことに、「アレ」を含む「ともあれ、かくもあれ」が談話標識的 な機能を持つ副詞句となったのと同様、新たに加わった「スル」からも、(24) のような「何にしろ」のような副詞句表現が生まれている。

(24) 何ンにしろ、いゝ加減に出かけよふぜ。 (『小袖曽我薊色縫』1858)

(28)

 「何にしろ」は、命題間の論理関係を結ぶというよりも、話題転換や強調 といった談話機能を果たす表現となっている。関連する表現には、「いずれ にせよ」や「何にせよ」などもあり、後者からはさらに音韻的にも縮約した

「なにせ」も生まれている。

 このような譲歩命令文の成立や展開を見ると、条件命令文の場合とは異な り、形式上の自由度が低く、通常の命令文との乖離が大きいことに気付く。

つまり、命令形になるのはアルとスルにほぼ限定され、通常の命令文とは形 も異なる。たとえば譲歩命令文ならば「行くにしろ、行かないにしろ」とい う形態をとるのに対し、通常の命令文ならば、「行け」や「行くな」、あるい は「行くことにしろ」「行かないことにしろ」となるところである。「行くに しろ」は命令文としては存在しない形である。機能上の違いに対応した形態 上の差別化を図っていることは、譲歩命令文の構文としての独立性をうかが わせる。

 こう考えてくると、中古でも近世でも述語が限定された譲歩命令文が、中 世においてのみ一時的に多くの動詞が可能になったというNarrog (2014)の観 察は非常に不思議なものに思えてくる。しかし、実はこの観察は正しいとは いえない。彼がその証拠として挙げた例(=(25)として再掲)も譲歩命令文では なく放任命令文と考えるべきである。

(25) 今は西海の波の底に沈まば沈め、山野に屍を晒さば晒せ、浮き世に思ひ

おくことさふらわず  (=(20))

確かにこの文の命令形の箇所は、「たとえ沈もうが、屍をさらそうが」とい う選択肢提示型の譲歩条件を表すように解釈できる。しかし、この命令文は あくまでも「沈むなら沈め、晒すなら晒せ」という無関心/消極的容認のタ イプの放任命令文であって、この譲歩条件解釈も語用論的推意である。19

(29)

 なぜなら、まず、このタイプの文はアル・スル以外からは譲歩命令文が作 れないはずの現代語でも十分に作ることができる。

(26) a. 西海の底に沈むなら沈め。屍を晒すなら晒せ。この世に思い残すこと

などない。

b. 続けるなら続けなさい。辞めるなら辞めなさい。いつでも俺はおまえ の味方だ。

(26a)は(25)の現代語、また(26b)は、わかりやすくするために、より現実的 な状況を想定した文である。(26)はいずれも作例であるが、この文が可能で あることに異論はないだろう。重要なのは、これらの文は、それぞれ「たと え沈もうが、屍を晒そうが、この世に思い残すことはない」「たとえ続けよ うが、辞めようが、俺はおまえの味方だ」という選択肢提示型の譲歩解釈が 可能なことである。しかし、現代語では、原則的にアルとスル以外の動詞か ら譲歩命令文が作れない以上、たとえ譲歩解釈が可能であったとしても(26) は譲歩命令文ではなく、放任命令文に後続文が続いたものである。

 (26)が譲歩命令文でないことは、仮定副詞「たとえ」の共起可能性からも 確かめられる。下の(27)が示すように、(26)に「たとえ」を挿入することは できない。もしも命令形を保ったまま「たとえ」を挿入しようとすれば、(28) のような形にしなくてはならない。

(27) a. * たとえ、西海の底に沈むなら沈め。屍を晒すなら晒せ。この世に思

い残すことなどない。

b. * たとえ、続けるなら続けなさい。辞めるなら辞めなさい。いつでも

俺はおまえの味方だ。

(28) a. たとえ西海の底に沈むにせよ、屍を晒すにせよ、この世に思い残す

ことなどない。

(30)

b. たとえ続けるにせよ、辞めるにせよ、いつでも俺はおまえの味方だ。

これらの理由から命令文 (26)は譲歩命令文(28)とは明らかに構造が異なるこ とがわかる。現代語をもとに古典語のことを判断するのは慎重になるべきだ が、現代日本語でも(25)に対応する型の文(26)が作ることができ、それが譲 歩命令文とは異なるということから、中世の(25)も譲歩命令文ではなく、放 任命令文の可能性が極めて高いと言える。

 このように、恐らく譲歩命令文の述語はずっとスキーマ性の高いアル(そ して後にスル)に限定され、通常の命令文とは形態的にも異なるものに限ら れていた。中世期にその制約が弱まり、多様な動詞に広がったという事実は 認められない。20 ただ、ここに見られた誤解は単に(25)の解釈の問題ではなく、

Narrog (2014)が譲歩命令文と放任命令文の区別、つまり、後続文との緊密性、

あるいは構文化の意義を十分に認識していないことに起因すると思われる。

そしてそれは、Narrog (2014)だけの問題ではなく、これまでの先行研究に共 通する問題といえるだろう。

  主 に ヨ ー ロ ッ パ 諸 語 に お け る 譲 歩 条 件 構 文 を 類 型 論 的 に 分 析 し た Haspelmath & König (1998)は、明示的な標示(接続詞、屈折など)がないま ま譲歩解釈が可能になる文タイプのつとして、形態論的には接続法や命令 形と同形となることも多い願望文 (optative) を挙げている。ここで扱った日 本語の放任命令文も願望文として分析することができるかもしれない。願 望文は譲歩解釈が可能であり、尺度タイプではあまり文法化されていない 場合が多いものの、選択肢提示型の場合には、より文法化され、それが当 該言語で譲歩条件を表す唯一の形式になっていることが少なくないという (Haspelmath & König, 1998, pp. 598-599)。つまり願望文としての放任命令文が 譲歩文となる潜在性を持つことは、多くの言語で確認される。それでも日本 語の場合、願望文(放任命令文)は譲歩を表わす唯一の方法でもなく、譲歩 解釈が可能なだけの放任命令文と譲歩命令文では文法的に区別されねばなら

(31)

ない。

 本節では、構文化を果たす上でのチャンク化の重要性に注目し、譲歩命令 文が構文として成立するきっかけとなったのは放任命令文「ともあれ、かく もあれ」であるという仮説を提案した。この命令文は、聞き手に対して、何 らかの「命令」に類するような働きかけをしているとは解釈できそうにない。

むしろ、その対句「ト・カク」の意味から、「なんとでもなれ」「もう、どう でもよいさ」というような、話者の見解・態度を表明する独り言めいた表現 になった可能性の方が高いように思われる。そして、この表現は、その意味 の一般性、汎用性により、副詞句的に文頭に用いられるようになったと推論 した。そうすると後続する文との間には譲歩関係の解釈が必然的に生まれる。

現代語で「どうでもいい。早く行こう」が「どうでもよいから、早く行こう」

と解釈されるのと同じである (Haspelmath & König, 1998)。この副詞句的表現 は恐らく高頻度で用いられ、後続文との結びつきが慣習化し、チャンク化し た結果、推意として生まれた譲歩解釈がコード化した。さらにこの表現の「ト・

カク」という対句は、ここに他の名詞句を代入する可能性を持ち、それによ り生産性のある選択肢提示型の譲歩命令文として構文化することができたの と考えた。

 この分析が正しいとすれば、譲歩命令文は、単純に「命令文」が「譲歩条件」

の意味を持つようになったものとはいえない。もちろん、譲歩命令文は成立 時期が早いため、「ともあれ、かくもあれ」から始まったという決定的な証 拠がないのもまた事実である。そのため、本稿の分析はあくまでも、現存す る文献証拠に矛盾しない範囲での推定に基づくものということになる。ただ、

この分析は一定の論理的な妥当性を持つと考える。また、その細部はどうあ れ、命令から譲歩へという意味変化がこの言語変化の一面でしかないという ことは明らかであろう。譲歩命令文の成立にとって、どのように譲歩の解釈 が生まれるかはもちろん重要ではあるが、構文化のためにもう一つ重要なの は、命令形の文と後続文とのチャンク化であり、その間に生じる推意のコー

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ド化なのである。そして、そのように考えると、譲歩命令文の成立も、条件 命令文と同様、Traugottの概念では主観化ということになる。

5.結論

 条件命令文や譲歩命令文は命令文の形をとりながら、字義通りの命令文と しての機能を持たず、順接・逆接の仮定条件を表わす構文である。ここから、

これらの構文の成立は「命令」という対人的、間主観的な行為を表わす意味 から「条件」という論理的な意味を表すという意味機能の変化と考えられて きた。そしてこれは、言語表現が文内の論理的な意味から談話的な意味機能 を表すようになるという、広く観察された変化の方向性の反例であるという 主張が見られた。本稿はこのような主張を含むShinzato (2002)とNarrog (2014) を取り上げ、この主張が必ずしも正しいとはいえないことをつの側面に分 けて論じた。まず、Traugottの方向性仮説に照らして、彼らの観察や主張が その反例と言えるのかを検証し、そこにはこの仮説に対する誤解が含まれて いることを明らかにした。この誤解についてはTraugott自身がすでに反論し ているものも含まれるが、それでも根強く誤解が残っていることを見た。さ

らに、Traugottのモデルに対する解釈の是非はさておき、そもそもこれらの

構文の成立に対する「命令から条件」という理解だけでは、この構文化の本 質を捉えていないということをデータの再検討と通時的構文文法的な視点を 元に論じた。

 本稿で取り上げた構文は、いずれも命令文を含み、しかも、論理関係を示 唆する接続詞などもない文連続から仮定条件という意味が生まれている。こ の背後には、確かに話し手が聞き手の視点を想定し、やり取りを仮想すると いう暗黙の言語行為があると考えられることから、これを間主観性を基盤と した論理的意味の誕生 (Narrog 2014) と考えることはできる。しかしながら、

これをTraugottの意味の「間主観化からテクスト的意味への変化」とは呼べ

参照

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