17世紀初頭のイングランドにおける啓蒙書と民衆の 政治参加 : ウィリアム・ウィリマット、バーナビ ー・バーンズ、そしてシェイクスピア
著者 勝山 貴之
雑誌名 主流
号 73
ページ 57‑72
発行年 2011‑11‑10
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015241
研究ノート
1 7 世紀初頭のイングランドにおける啓蒙書と 民衆の政治参加
ーウィリアム・ウイリマット,パーナピー・パーンズ,
そ し て シ ェ イ ク ス ピ ア ー
勝 山 貴 之
57
あの国[ギリシア]では,民衆がより大きな権力を握っていた,俺 に言わせれば,それがゆえに民衆は不服従の心を抱くようになり,
やがて国の滅亡を招いたのだ.一一コリオレーナス
1.序
シェイクスピアの『コリオレーナス』の中では,民衆の政治参加の是非を めぐって激しい議論が展開される.従来の批評では,ここに国王ジェームズ の主張する王権神授説や,王室と議会との対立,更には1607年に勃発した ミッドランズー授などとの関係を読み込もうとする努力がなされてきた (Burton, Huffman, Pettitt, Brockbank). しかしここ数年,舞台上に繰 り広げられる議論は当時出版された様々な書物との関連でロンドンの人々の 関心を集めていたらしいことが,マーク・ベルトネン (MarkkuPeltonen) の研究によって解明されている.ここではベルトネンの研究を踏まえなが ら,特に17世紀初頭のロンドンの出版業界で評判となっていたウィリアム・
ウイリマット (W出amW迎戸nat)が記した『忠実なる臣民の鏡
C A L
の!GlSubjecおLooki.噌G郎副
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とパーナピー・パーンズ (BarnabeBarnes)が筆を執った『役職に関する四つの書 (FoureBookes of Offices) jに注目し,彼らの書物
58 17世紀初頭のイングランドにおける書葉書t民家町政治参加ーウイリ7ムーウイ竹1p,パ日ナピ』・パ』ンズ、そLてシェイクスピ了一
が当時の民衆にどのように読まれ,民衆の心の中に何を目覚めさせたのか,
ということを考えてみたいと思う.実際に,当時出版された書物を紐解くこ とによって,人々の聞で話題となっていた議論を精査し,そこから当時の啓 蒙書と『コリオレーナス』の観客の晴好へと考察を進めていきたい.
論を進める前に,劇の執筆上演時期に言及しておく必要があるだろう.
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コリオレーナス
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は.1623年の全集フォリオ版に収録されたが,それより以前 にクウオート版の形で出版されたという記録は残されていない (Brockbank1).正確な執筆時期を示す証拠は存在しないものの,おそらく 1605年から 1610年の聞に執筆・上演されたということで,多くの批評家は意見の一致 をみている.執筆時期を特定するために批評家たちが挙げる根拠は二つであ る.まず重視されているのが,キャムデン (WilliamCamden)の『ブリテ ン史拾遺 (RemαinesofαGreαter Worke Concerning Britαin)JJが1605年 に出版されたという事実である.キャムデンの書物に含まれている記述と,
劇中,メネニアス (Menenius)が語る国家身体のエピソードの台詞の聞に は言葉遣いに多くの類似点が指摘されている.おそらくシェイクスピアは 1605年に出たキャムデンの書物を目にしており,その記述を登場人物の台 詞の執筆の際に利用した可能性が考えられるのである.いまひとつの根拠は,
ジョンソン (BenJonson)の『エピシーン (Epicαene)J!の中に『コリオレー ナス』の台詞からの借用が見られることである.
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エピシーン』の上演は1609年後半あるいは1610年前半と推定され,ジョンソンはそれ以前に何ら かの形でシェイクスピアの『コリオレーナス』を知っていたことになる (Brockbank 24).執筆年代を特定するため,他にも国王ジェームズと議会 の記録や,地方ー挟への言及,更に当時の時事的話題への言及が指摘されて はいるが,いずれも決定的な判断材料とはなり得ていない (Brockbank25‑ 27) .先に言及したウイリマットの書物『忠実なる臣民の鏡』は1604年の出 版であり,パーンズの『役職に関する四つの書』は1606年と,どちらの書 物もシェイクスピアが『コリオレーナス
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を執筆したであろう時期と重なる1
7世紀初頭のイングランドにおける書童書と民家の政治参加 ウィリ7ムーウイ1)<1卜、パ』ナぜ】.J¥】ンズ、そLてシェイクスピ7‑ 59
ものである. wコリオレ}ナス j を観るため劇場に足を運んだ観客たちが,
時期を同じくしてどのような書物を手に取っていたのか,という問題はなか なか興味深い問題である.
ll. ウィリアム・ウィリマットの『忠実なる臣民の鏡』
ベルトネンはその著書 U570年から 1640年における英国政治思想にみる 古典的人文主義と共和主義 (ClassicαlHumαnismαndRepublicanism in English Politicαl Thought, 1570・1640)jのなかで,ジェームズ朝における 絶対王政の君主論においては臣民の公的役割が厳しく規制されていたことを 指摘している (119‑121).こうした思想は勤王派の人々により説教壇やパン フレットを介して広く民衆に喧伝されていたが ベルトネンによればウィリ アム・ウイリマットの書物は鮮明にその思想を打ち出しているという.
チェシアの出身といわれるウィリアム・ウィリマットは,英国国教会の聖 職者であり,記録によれば1585年にトマス・ハワード卿 (LordThomas Howard,後の第13代サフォーク伯)によってリンカンシャー,ラスキント
ン教区教会の牧師に任命されている.ウィリマットは,国王ジェームズが王 子ヘンリーに宛てた『パジ、リコン・ドロン (BαsilikonDoron) jの英訳抄録 である『王侯の鏡 (APrinces Looking GlαsseHを1603年 に 出 版 し 将 来 を嘱望されていた王子に捧げた.自らの書物が好評をもって迎えられたこと から,翌日例年,絶対王政のもとでの臣民のありかたを説いた『忠実なる 臣民の鏡』の執筆・出版を思い立ったものと思われる.
書物の頁を聞くと,ウイリマットは王子ヘンリーに宛てた「献辞
J
のなか で, 自分がこの書をしたためた理由を「良書と良き師を欠いた,無作法で、愚 かな臣民の救済とその教育J
の為とする記述が自にとまるこの書の執筆 が一般民衆を読者として想定しながらも,人々の期待を集めていた若き王子 に向けての追従の意味合いも含んで、いたことが理解されるのである.従って,60 17世紀初頭のイングランドにおける署豪書t員東町政治参加ーウィリ7ム・ウイリマ1f,パ】ナピ』白1¥】ンズ、そしてシェイクスピ了
第一章の冒頭から世界各国の皇帝や王侯たちは天上の神の地上における「副 官であり代理( Vizeroyes,VizegerentsLieutenants and Deputies" 3)
J
で あるとする絶対王政のイデオロギーが堂々と展開され,ジ、ェームズの主張す る王権神授の正当性が真正面から説かれるのも領ける.当然のことながら続 く頁では,神の代理たる国王に対して野心や嫉妬を抱く者たちは,自らのう えに,また己が子孫のうえに,悲惨な破滅と転覆をもたらすこととなる,と いう保守的勤王思想、が声高に主張されるのである (8).なかでも第六章に綴られた民衆の政治参加への制限は注目に値する.ウイ リマットは,王国の住人を三種類に区分し,まず王侯たち,それに続いて王 侯たちから行政を委任されている行政官たち,そして一般の民衆に分類して いる.一般の民衆とされる「個人 ("priuatesubiects" 47)
J
は,支配され統 治されねばならない存在であり,それぞ、れの生業に従事する以外,公的地位に就くことは許されず,公的責務を任されることもありえない (47).2
. . this last kinde of men may not intrude themselues without any lawfull calling into any manner of action or office that of right belongeth vnto the lawfull magistrate . . . . Vnder this duty are conteyned especially two things, whereof the first is, that moderation which all priuate persons ought to obserue in publique affaires
,
namely出atthey may not of their owne motion without any calling busie themselues in publike affaires, nor intermeddle in the gouerment nor 四formationof them,
nor take vpon them rashlie any part of the Magistrates office, nor attempt any publike thing. (48,下線部は筆者による)民衆は,政府行政に関わるべきではなく,公的な職務からは徹底的に排除さ れなければならないことが説かれている.劇中のコリオレーナスが宣言する
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7世糊頭のイングランドにおける醸叡民家の政治参加ーウィリ了ム・ウイ1]'7ト、パサ卜・1トンズ、そしてシェイクスピI‑ 61
のと同じく,ウイリマットもまた支配する側と支配される側の間に一線を画 し,一般民衆の政治参加を決して認めようとはしない.ウイリマットの主張 は,ジェイムズの絶対王政の思想を反映し多くの説教壇からも繰り返し庶 民に説かれたはずのものなのである.
田園パーナビー@パーンズの『役職に関する四つの書』
興味深いのは.
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コリオレーナス』の創作当時,国王ジェームズの『パジ リコン・ドロン』やウイリマットの『忠実なる臣民の鏡』に見られるような 絶対王政の言説とともに,すこしおもむきを異にする書物もまた世の中に流 布していた事実である.ウィリマットの書物と時期を同じくして出版された 書物に,パーナピー・パーンズの『役職に関する四つの書』がある.まずパー ンズという人物について簡単に触れておきたい.1569年 (70‑71年?).ダー ハムの主教の四男としてヨークシャーに生をうけ, 1586年オックスフォー ド大学プラスノーズ・コリッジ (BrasenoseCollege)へ進学するも,学位 を取得することはなかったという.1591年にはエセックス伯爵の指揮する 軍に参加し,ノルマンデイへと遠征している.帰国後の1593年,ソネット 集『パーシーノフィルとパーシーノフイ (P.αrthenophilαndP,αrthenophe)j を出版した他,劇作にも手を染め,彼の『悪魔の特許状(切~eDevil's Chαrter)J は,シェイクスピアの属する国王一座によって, 1607年2月ジェームズの 御前で上演された初期近代文学研究においてパーンズが言及されるのは,主に劇作品『悪魔 の特許状』の作者としてであって,彼の散文作品『役職に関する四つの書
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は単なる道徳啓蒙書と軽視され,後世の研究者の注目を集めることはなかっ たパーンズの小伝を記したマーク・エクルズ (MarkEccles)も,この『役 職に関する四つの書』について「道徳啓発のための意見をながながと列挙した
ものに過ぎない( littlebut a long display of ediちTingmoral sentiment")
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62 17世紀初頭のイング7ンドにおける書草書t民家の政治参加ーウイリ7A'ウィ1)71
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,パ』ナピ』・I(】ンズ、そしてシェイクスピ了一との説明にとどめているように,従来この書は評価に値しないものとの判断 を下されてきたのである (231)• しかし批評家ベルトネンも,共和主義的傾 向を持つものとしてパーンズの書物に言及しているように,この書は今一度 再考の価値があるように思われる(162).
実際にパーナピー・パーンズの書『役職に関する四つの書』を紐解くと,
中表紙には[グレート・ブリテン,フランス,アイルランドの王,そして信 仰の守護者であり,神の恩寵によって定められし最も崇高かつ偉大なる君主 ジェームズに捧げる( Tothe Most High and Mightie Lord, Iames by the Grace of God King of Great Britaine, France, and Ireland, Defender of the Faith, &C." iii)
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との献辞が見受けられ,この書が国王に献呈されていることが知れる.引き続き「聖なる国王
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という表題で展開される前書きは,偉大なる神に選ばれし君主を天空の太陽に喰えるという伝統的手法を取りな がら,ジ、ェームズ、への賛美を表明している.旨頭から絶対王政のイデオロギー が前面に押し出されている点を見る限り,ウィリマットの書物と大差はない ようにも思われる.
しかしこの書の表紙に印刷された「役職に関する四つの書」なる書名の下 に副題として「個人がすべての良き王侯や政治に対して特別なる奉仕をする ことを可能とならしめるために( enablingprivat persons for the speciall seruice of all good Princes and Policies")
J
と記されている点は重要であろ う.先に挙げたウイリマットが「個人( privatpersons")J
は公的な職位に 就くことは許されないとしていたのに対して,パーンズは美徳の修得をとおして「個人
J
が政府の公職へと就任することを容認しているのである.もちろんここでいう「個人
J
は一般庶民を指し示すわけではなく,上流階 級という限定的意味合いで使用されていることは承知しておかなくてはなら ない. しかし貴族階級のみが特権階級を独占した封建階級社会が,初期資本 主義経済の影響下において,徐々に階級聞の流動性を許容するものへと変質 しつつあったこともまた事実である.従ってすべての民衆に国政参加への道1
1世蜘頭のイングランド:おける醸書1 t賊の雌参加ーウィリ7A'ウイリ71ト、バーナ十・トンズ、そしてシェイクスピア‑ 63
が聞かれているわけではないとしても,自らの経済基盤をもとに勃興する富 裕層が,自分たちの身内の者を政界入りさせるための指南書として,パーン ズの書物を捉えていたと考えることはできるだろう.バーンズが,この大部 なフォリオ版の出版を企画する以上 かなりの部数の販売を見込まなくては ならないはずで,その先には多くの読者を獲得できるという公算が働いてい たにちがいない.書物が上流階級に照準をあてていることは事実であるとし ても,著者パーンズがより幅広い読者層を念頭に筆を執っていることは重要 である.結果的に,民衆が積極的に国家の政に関わる可能性の示唆を,ある いは民衆が国政参加することへの奨励という啓蒙的役割を,パーンズの書物 は果たしていたと推論することも可能であろう.
さてこのパーンズの書が「四つの書」と題されているのは,財務長官,顧 問官,裁判官,兵士という君主に仕える四つの職位に必要とされる才能を,
四書に分けて説いたことによるものである.書物は,王家を補佐する行政官 たちに向けての助言を目的としており,そうした役職に就くにあたって求め られる重要な美徳や資質を挙げるとともに,その根拠となる考察を記してい る.なかでも「第二の書」とされる顧問官に向けて書かれた書は興味深い.
書のなかでは,良き君主と讃えられる王侯は皆,手となり足となり仕えてく れる顧問官たちの助言に耳を傾けながら民衆を統治していたことが述べら れ,その役目を果たすために顧問官になろうとする者が身につけるべき美徳 が列挙される.修辞法や外国語に通じていること,歴史の知識を有している こと,更に科学や芸術に対する素養があることは,顧問官たる者に必要だと いう (44‑56).近親者を宮廷に送り込もうと画策する者たちに対して,身内 の年少者に対するエリート教育の手法を説くパーンズの書物は,この点にお いて明らかにウイリマットの書物とは一線を画すものなのである.
64 17 世紀初頭のイングランド1:おける書豪書 t~章の政治参加ーウイザ了ム・ウイリマ 7 卜、バ】ナビ】 .}1- ンズ、そしてシェイクスピ7一
N重 パ ー ン ズ の 書 物 に お け る 理 想 主 義 と シ ェ イ ク ス ピ ア
パーンズの書では,顧問官になろうとするものが身につけるべき学芸が説 かれた後,議論は様々な国家体制の解説へと展開する.まず国王が絶対的な 権力を握る「君主国家
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,有能な貴族集団が政府を作ることによって統治す る「貴族政治国家J
,そしてアテネのように民衆が統治権を有する「民主主 義国家」という三つの体制が紹介される.そのうえで,それぞれの体制を統 治する者に極端なまでに権力が集中した場合,時には暴君が専制政治を行う ことに,あるいは少数独裁政治が横行することになり,また場合によっては 国民の暴挙により,国家が破滅へと向かうことが説かれて,それぞれの体制 のうちに秘められた危険性が指摘されていく (63‑65).そしてこのくだりで,執政官,元老院,護民官という三者によって権力が 分散された共和制ローマの政治体制とその賢明さが解説されるのである.
The Romane policie, when their kings were abolished, was by the Senate managed a long time. After which the people retaining a Democraticall state (being attempered with the moderation and authorities royall, and with the Patricians, as appeared in the Consular estate
,
and in the Senators) did carrie with them the falces and preheminence, vntill the reignes of Iulius and Augustus Casαrs. So that out of the Soueraigne rule of a kingdome, being reuiued in the Consuls; out of the g'ouernment AriStOCI叫icall,represented by the Senators; out of the Democracie, manifested in the Plebeian Tribunes, a firme and absolute Commonwealth was fashioned. (65,下線部は筆者による)
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7世紀初頭町イングランドにおける書豪書t民家町政治参加 ィウ)1了ムーウイ1)77
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,バーナピ‑.}~】ンズ、そ Lてシェイクスピ7- 65ローマにおいて,君主に代わって執政官が,貴族政治の役割を担って元老院 が,そして民主主義の観点から護民官が政治に携わり,それぞれの立場から 政治に参画することが述べられている.パーンズは,こうしたローマの支配 体制をひとつの手本としここに政治権力の均衡を見いだそうとするのであ る.
しかしここに展開されたパーンズの理想的政治形態こそ,シェイクスピア が『コリオレーナス』のなかで,その実現の難しさを問いかけたものではな かったか.劇中,執政官への推薦をめぐってコリオレーナスと民衆の代表で ある護民官は激しく衝突する.コリオレーナスが,民衆の権利を尊重するこ とはまさに「国家に対する反乱や暴動を養う (III.i.68‑70)
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ことに他ならな い,と元老院に警告を発するのに対して,護民官ブルータス (Brutas)はf弱 き人間であることを忘れた神のごとき発言 (III.i.80剛82)Jとコリオレーナス を糾弾する.執政官,元老院,そして護民官による,それぞ、れの権力掌握の ための抗争こそが劇のアクションを動かしていく原動力となっているのであ る.シェイクスピアが『コリオレーナス』のなかに描こうとした,この権力 分散がヲ│き起こすこととなる摩擦は,まさにパーンズの書物を手にする読者 が大いに関心を抱くと思われる内容に違いない.同時に,当時のイングラン ドでは,国王ジェームズ,議会,そしてロンドン市が,自分たちの有利な政 治局面を作り上げていくため,権力をめぐって様々な事L離をうみだしていた こともまた,この部分の記述の解釈を一層興味深いものにしていたはずなの である.ノすーンズが理想とするのは,この書が国王に捧げられているということか らも明らかなように,ジェームズの支配する現ブリテンの国家体制であるこ とは言うまでもない.最上の国家体制はひとりの君主によって統治される独 裁政治( monocracie")であるが,
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ひとりの王が美徳によって自らの統治 のもとに王国全体を支配しながらも,その支配が博識なる賢人たちによって 適 度 に 調 和 さ せ ら れ る ( 、neking moderateth and ruleth all nations66 17世醐蜘イングランド=1お1J1"害事前民家の蹴耕一ウィリ7A.ウイリマットバ}ナゼ】目バ』ンズ、そしてシェイクスぜ7一
vnder his dominion vnited, according to the true spirit of vertue, which domination is properly teamed by the sages ofwisdome" 66) Jことを,パー
ンズは理想としている. しかし君主の支配権を賢人たちの助言と「調和させ る」というパーンズの記述が,当時の政治状況を考えるなら,複雑な意味合 いをうちに秘めることは明白であろう.ジェームズの主張する神の代理たる 君主の支配に,臣下の者たちが制限を加えることが果たして本当に可能なの かという難題へと,著者が踏み込むことになるからである.
パーンズの第三の書には,このことに関して興味深い記述が存在する.第 三の書は,国の裁判官になる者の心得を記した書であり,君主と法の関係が 説かれている.そこでは「すべての王侯は自らの法によって制限を受けるこ
と( euerygood Prince also within the limits of his owne Lawes" 130) J が説かれ,法律は「君主や特定の人物のためだけに定められているのではな
く,国民のために制定されている( notto the Prince or any particular person onely; but for the Commonwealth" 134) Jことが堂々と記されている のである.そしてイングランドの法は,ギリシアのアテネの市民によって制 定された「市民法( Ciuilllaw")Jと呼ぶに値するものであることが,パー
ンズによって明言される
Semblably these our Parliamentall Lawes in England, which we call the Statute Lawes as of the Commonwealth (from whence the modification & gouernment of the peoples natures and of the Commonwealth proceedeth) is the same in and to all effects and purposes
,
with that which is called the Ciuilllaw; respecting this Realme and Commonwealth generally. And such were the lawes of Solon and Drαco, vnto which the people of Athens (that had during the Greeke monarchie been a free State, and royall Commonwealth) were subiected in particular. For as these our1
7世紀初頭のイングランドにおける書豪書と民意の政治参加ーウィリ7ム目ウイザマ7p,バーナピ‑'11‑ン1、そしてシェイクスピ1‑ 67
Statute Lawes of England, are only made & established by the popular consent and vnanimitie; wherevpon they take title of commonwealthes Laws: so were the ciuill Laws of all free Cities, deuised and established for the generall behoofe of those particular States, by consent of all the free Citizens, and therevpon called ciuill Lawes. (129‑130)
シェイクスピアの舞台を観に来た観客たちのなかに,仮にパーンズの書物を 手にしたことがある者たちが含まれていたとすれば,拙論の冒頭に掲げたギ リシアの政治を批判するコリオレーナスの台詞を耳にした時に,果たしてど のような想いが脳裏をかすめたであろうか(III.i.11ふ118).更に,コリオレー ナスが執政官に選ばれるための儀式の割愛を求めた際に,
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民衆の権利を保証するうえで,いかなる儀式も割愛することはできない ("thepeople/ Must have their voices; neither will they bate/ One jot 0ぱfc白e陀remony弘 "II. ii.l39‑ 141)
J
とするシシニアス (Sicinius)の反論は,ひとつひとつの儀式に秘められた市民法の意義を再確認するものに他ならない.コリオレーナスを執政 官に推挙する手順は,そのまま権力者と市民法の聞の支配関係を問いかけた
ものであることを認識しておくべきであろう.
そればかりか舞台上でシシニアスが,コリオレーナスのことを民衆の権利 を奪う独裁者であり,民衆に対する裏切り者だと非難する時( Wecharge you, that you have contr甘'dto take / From Rome all season'd office, and to wind / Yourself into a power tyrannical, / For which you are a traitor to the people." III.iii.63‑66),観客の間では,パーンズの書物のなかに展開さ れた議論が,鮮烈に想い起こされたのではないのだろうか.パーンズが記す 理想的な国家の在りかたに,まさにシェイクスピアは真正面から疑問を投げ かけているかのような印象すら受ける.パーンズの示そうとする調和の陰に 潜む摩擦や車しみこそが,シェイクスピアの『コリオレーナス
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の主題となっ68 17世紀初頭のイングランドにおける書童書t民衆の政治参加 ウィリ7ム・ウイ1)11},パ】ナピ】目パ】ン1、そしてシェイクスピアー
ているのである.
またパーンズの第二の書では,シェイクスピアも舞台上のメネニアスに語 らせている「国家と身体
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の変則的比聡が登場する点も忘れてはならない.ノfーンズの解説によれば,身体の頭となるのは国王であり,心臓は国政を司 る知恵、,肝臓は血液を作り,体の隅々に送り届けることから財政,肺はすべ ての臓器の声を引き出す国法の役割を果たすという.腰や太もも,あばら骨 は,それぞれの階層に属する国民であり,脚は国家を支える商取引とされ,
エリザベス政権以来ジェームズにも引き継がれた重商主義が唱えられている (72) . しかし国家の調和を唱える,この理想的比除もシェイクスピアの劇の なかでは,聞き飽きた長話として切り捨てられ,真面目に取り上げられるこ とはない.メネニアスによる得意満面の講釈は 政府の食料政策に対して怒 りの声をあげる民衆にとって,老人の冗長な無駄話に過ぎないことがひたす ら強調されているのである(I.i.127,142, 147).当時の体制側が作り上げ,様々 な書物や説教のなかで繰り返し唱えられてきた「国家と身体」の比臨も,現 実の政治衝突の前には空しい戯言であることをシェイクスピアは描いている ように思われる.
更に,民衆の政治参加について論ずるなかで パーンズが民衆の義務とし て「個人j に対して求められる犠牲を記した部分も興味深い.パーンズによ れば,王国の平安を保つためには個人が国政に積極的に参加することが必要 とされる反面,王国の安全を守るためには身の危険も厭わない覚悟が必要で あるという(ぺ.. euery man aduenture his life and substance in difficult seasons for the preseruation and safegard of his country" 87).政治への 積極的参加は,戦時となれば国家のために自分の命を捧げるという責任とま さに表裏一体のものなのである.皮肉にも劇作品『コリオレーナス』の民衆 は,政治に自分たちの声を反映させることを望みながら,激しい戦闘に身を 投ずることには障踏いを覚えずにはおれない.戦場での名誉のためであれば 命を落とすことをも厭わないコリオレーナスは 勇気を欠いた民衆の実態に
17世紀初頭町イングランドにおける署童書t員意の政治刻‑ウィリTA'ウイリ71f,パ】ナピー・バ}ンえそしてシェイクスピT‑ 69
痛烈な批判を投げかけている( beingpress'd to th' war, I Even when the navel of the state was touch'd, I They would not thread the gates:" III. i.l22‑124) .シェイクスピアは,ここでもパーンズの書物に展開される理想 主義に鋭い懐疑の眼差しを向けているように思われるのである.
まさにパーンズの理想主義を醐笑うかのように,シェイクスピアの舞台上 の登場人物たちは自分たちの信じるイデオロギーをぶつけあう. しかしそこ にはパーンズの理想の矛盾を修正する解決策や,それにとって代わる政治的 打開策が用意されているわけで、はない.シェイクスピアの舞台は,あくまで 生々しい政治の世界に轟く人間の姿を,そして名誉心や権力欲にかられた卑 小な存在を,措くことに終始しているのである.
V.結び
シェイクスピアが,
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コリオレーナスJ
の執筆に先がけて,パーンズの書 物を手にしたという確たる証拠は存在しない.私たちが知る事実は,パーン ズの『悪魔の特許状 (TheDevil包Chαrter)jが,シェイクスピアの属する 国王一座によって, 1607年2月ジェームズの御前で上演された,というこ とだけである. しかし座付き作者であったシェイクスピアが,劇団の演目に まったく無関心であったとは考えられない.おそらくパーナビー・パーンズ の名前は耳にしていたであろう 更にパーンズが,ソネット集『パーシーノ フィルとパーシーノフィ』の著者であることを了解していた可能性も充分考 えられる.そうした関係から,パーンズの『役職に関する四つの書』を目に していた可能性を全く否定してしまうことも難しいであろう.しかしここでは実際にシェイクスピアがパーンズの書物を手にしたかどう かということよりも,当時の人々の聞で民衆の政治参加ということに対する 関心が高まっていたことが何より重要で、ある.パーンズの書物が勃興する富 裕層への啓蒙書となっていたとするのなら,そうした事柄に関心を寄せるよ
70 11世記却頭のイングランドにおける署豪書t耳東町政治参加ーウイリ7, ウ.Tイリマ7f, Jトナピ】守バ』ンズ、そしてシェイクスピ7
り多くの読者層が存在したはずであり,その読者層はシェイクスピアの放っ 新作『コリオレーナス jに多大な関心を寄せたに違いない.ましてや1608年, シェイクスピアの所属する国王一座は,室内劇場である黒僧座(Blackfriars) との契約を終え,従来の大衆劇場とは異なる観客層を射程に芝居をうつ必要 に迫られていた.劇団が相手にすることとなる新しい観客層は,室内劇場の 割高な料金を支払うことができる上流階級,あるいはそこへ参入することを 夢見る中流階級の上層部に位置する人々であり そのなかにはパーンズの書 物の内容に関心を示し実際に書物を購入する経済的余裕を持つ者たちが多
く含まれていたと推測できるのである.
仮に,シェイクスピアの劇とパーンズの書物の間に目に見えぬ駆け引きが あったとするなら,舞台上に展開される台詞のひとつひとつに,そうした読 者層はたまらない知的興奮を覚えたはずである.むしろパーンズの書物を受 容する読者層の存在そのものが,あるいはパーンズの書物に代表されるよう な民衆の政治参加を論じる社会の空気が,劇作家に『コリオレーナス』とい う作品の執筆に取りかかる契機を与えたのかもしれないと考えるなら,ウイ リマットやパーンズの書物は,あらためてシェイクスピア研究者が注目を寄 せるに値する重要な文献となるのである.
註
1 ... 1 haue aduentured towards the helpe and instruction of the rude and ignorant sort of subiects, who want both good bookes and good t巴achers,to publish this my sillie Treatise befitting silly subiects, least through ignorance of their duties in true allegiance, they might the sooner be seduced, deceiued, and withdrawne from giuing unto Casar that which is Casars.
2 private persons"の訳語について.I個人JI私人」などが考えられるが.I私人j とすると「公人jとの対立概念をはらみ.I公職をはなれて」という意が含まれ てしまう.あえてここでは「個人」と訳すこととしたい.
1
7世紀初頭のイングランドにおける書葉書と民家の政治参加ーウィリ了ムーウイリ'1p,バ』ナピ‑.!¥‑ンえそLてシェイクスピ7‑ 71
Se1ected Bib1iography Primary Sources
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