Keatsのソネット
著者 伊藤 和男
雑誌名 Core
号 2
ページ 39‑51
発行年 1973‑03‑31
権利 同志社大学英文学会Core編集部
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016360
K e a t s の ソ ネ ッ ト
伊 藤 和 男
Keatsのソネヅトについてのべる前に,まずイギリスにおけるソネット の歴史を簡単にのべておくことが必要であろう. なぜなら Keatsのソネ ザトも他の詩人のもの同様に,英文学の長い伝統から生まれ出て来たもの だ か ら
ソネットがイギリスに登場したのは,ルネサンスはなやかなりし頃で,
Sir Thomas W yattによりイタリアからもたらされたものであることは よく知られている.それは Petrarchが理想美や善をたたえる時に,さか んに用いた詩形である.Wyattの友 HenryHoward, Earl of Suneyも ソネヅトを書いたが,被は Petrarchのソネザト型式に,いささか工夫を こらし, より英語にふさわしい型式を生み出した Petrarchのものが octaveとsestetに9はっきり分かれるのにくらべ, 3つの quatrainと1 つの coupletとに分かれる型式を彼は創始した. これを見事に, Shake‑
sp巴areが使いこなしたため,我々は通常,Shakespeare型式のソネザトと呼ぶ.
ルネサンスの寵児とも呼ぶべき SirPhilip Sidneyは Astrophel and Stellaという連作ソネザトを書いて,形式面におけるよりも内容面におい てソネト発展に貢献している.そこに表現されている強い感情,情熱的で 人の心をかきたてるような詩情は,それ以前のソネットにはみられなかっ たものである.
Sidneyと共に我々は Spens討を忘れてはならない.f皮は Amorettiに おいて彼独特の型式を用いている. 3つのたくみに連結された quatrain
と1つの coupletから成り立ち,韻律において Shakespear巴型式よりも,
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いささか複雑である. このため広く用いられるようにはならなかった.
Sp巴nserにはソネvトという詩形は合わなかったのだという意見もある.
Shakespeareの連作ソネットは同種のものでは最も長く,あふれんばかり の情熱を簡潔な型式で制御するところは見事といえよう.我々が彼のソネ グトを読み感じるのは,偉大なる荘厳,偉大なる熟慮とも呼びうるもので ある.
Shakesp巴areと同時代のJohnDonneは純粋な宗教的情熱をソネグトで 表現した第一人者であろう.彼は各 quatrainの終りを休止するべき箇所 とは考えないし,最後の coupletも前の qu旦trainと分離させずに続けて いく.これは彼独特の技法と言えよう.
ソネットを語る時,我々は Miltonの名を忘れてはならない.数こそわ ずかであるが, :{買は名人芸をもってソネットをととりあつかった詩人であ る.エリザベス朝のソネットが,愛をテーマにうたいあげたのに対し,彼 は友情をほめたたえ,国民的英雄を賞賛するソネヅトを喜一き,テーマの点 でソネヅト発展に貢献していると言えよう.彼はもっぱら Petrarch型式 のソネザトに固着したが,必ずしも octaveと sestetとの明確な分離を 忠実に守ったわけではない.役は又, いわゆる endstoppedline'の使 用がまれなこと,つまり run‑online'の使用が多いことで有名である.
韻こそふんでいるが,彼は blank‑verseでソネvトを書いたと言っても過 言ではあるまい.型式にとらわれず,のびのびとうたいあげる彼のソネザ
トは9 まさに Wordsworthが言ったように 'soulanimating strains'の 印象を与えるものである.
Miltonの死後,純粋で高度な詩的直感が一般におとろえ,blank verse同 様, ソネヅトも見かけだけの修辞的効果をねらったものや,いたずらに,
しかも誤まったやり方で Miltonを模倣したものが作られるようになった.
従って, 18世紀をソネヅトの位紀と呼ぶことは出来ない.しかしこの時期 を新しいソネヅト開花の準備期間とみなすなら,正しい認識と言えよう.
41 なぜなら, ソネヅトのテーマが, Miltonにより拡大され, やがて18世紀 のソネット作家により更におし広げられ,その延長線上に19世紀のソネず
トが登場するからである.Coleridgeに多大の影響を与えたBowlesは自 然をテーマにソネヅトを書いたことで知られている詩人の一人で、ある.美 しい風光をうたい,その時々の感興をうたいあげることも役の得意とする ところであった.
被の影響を Coleridge同様うけながら,量においても質においても,す ぐれたソネットを書いたのが Wordsnorthである。彼はMiltonの影響の うかがえるソネヅトを奮いたが, Miltonよりも, はるかに規則的で,た いていは8行自の終りで明確に区切りをおき sestetではテーマを新たに 発展させていく.自然を,自由を,政治を,愛国心を, ソネヅト詩形を用 いて見事に表現した 1司lordsworthを新しいソネヅトの世紀の先駆者であ
り,第一人者と呼ぶことは決して不当ではないだろう.
こうした長い伝統の延長線上に我々は Keatsのソネvトを発見する.
数の上では,先輩詩人達に劣っていても,質の上では決して彼らにひけを とらねソネザトを,彼は担い一生を通じて書きつづけたのである.次に形 式及び内容面から Keatsのソネゥトの発展の跡をみてみたい.
まず形式面での発展の跡を観察しなければならない.すでにのべたよう に英文学の長い伝統の延長線上に Keatsのソネヅトがあるのだが, 彼と 同時代の詩人らと同様,彼も18世紀の詩に多くの影響をうけている.そし てその影響は Keatsの初期のソネットによくあらわれており, 結果とし ては,散漫で,けだるさをすら感じさせることもまれではない.たとえば,
'languishment'とか 'mutterings'とか, ‑ment, .ingで終わる抽象名詞 をさかんに用いたり,palmyヲとか surgy とか ‑yで終わる形容詞を よく使用したり,又 ling色ringly'とか 'smilingly'とかーinglyで終わ る副詞をひんぱんに使ったりするが,これらは Hunt,Chapman, Browne の影響とみなしてもよい.更に言葉づかいやイメージの用い方なども18世
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紀のソネット作家らの影響を多大にこうむっている.彼の初期のソネット はすべて Petrarch型式のもので, 18世紀後半にThomasRussell, Mary Tighe, Anna Seward, Helen Maria Wi1liamsそれに Bowles,Southey, Coleridgeらによって用いられた型式である. しかしながら, 18世紀のソ ネットの影響のみならず, Shakespeareや Fletcher,Miltonや Words.
worth, とりわけ LeighHuntなどの影響もそれに劣らず強いものであ
" " .
まずHuntの影響とみれなさるものからみていこう.18世紀のソネット の特徴のーっとして, quatrain間の分離,及び octaveと sestet間の分 離が明確でなく, しまりのない構造になっていることがあげられよう.
Huntはこれに強く反発し, Keatsも被にならい. これらの分離をはっき りさせる傾向がある.1817年詩集には21のソネットがあるが,ただlつを のぞいては, octav巴と sestetとは明確に分離しており,ただ5つをのぞ いては quatrain間の分離も明確である.
Hunt同様,冒頭第一行をいわゆる 'end.stopped opening line'で始 めていることもまれではない.彼の影響は initialinversion 'をすくなく して 'medial inversion を使用しているところなどにもあらわれてい る.つまり弱強のリズムを行の中途で強弱と変えることである.
次に pauseあるいは caesuraの問題だが, 18世紀の限定された pause の位置に反対し, Huntは1行の後半部にしばしば休止を置き,しかもス
トレスのない音節の後に置く傾向がある.Keatsもこれにならい,いわゆ る second.half.lineand feminine caesura を用いたため, 結果として,
けだるさと弱さとを感じさせるリズムを生み出すことになった.そしてこ の lateand feminine caesura のひんぱんな使用こそは Keatsを彼以 前の詩人らと明確に区別するものである.Keatsのソネットにはしばしば repetition'がみられるが, これは Shakespeareの影響と考えられる.
wordとwordphrase, phrase,それに clauseとclauseの 'repetition"
それはエリザ、ベス朝のソネザト以来,ほとんどみられなかったものであり9
Keatsと同時代の詩人らのソネvトにもそう多くはみられないものである.
Keatsの初期ソネヅトには feminine ending'が多く用いられている が, これも又 Shakespeareの影響と言えよう. 18世紀のソネヅト作家は ほとんど使用しておらず, Huntや Wordsworthも, Milton同様,少し しか用いてはいない.
我々はも7iTordsworthの影響もみのがしてはならない.各 quatrainの 第三行目が中頃で休止し,そのあとから始まる後半が意味の上で第4行自
(8)
に続いていくという構造が Keatsの初期ソネヅトにみられるが, これは 1司Tordsvvorthのソネvトによくみられるものである.又 'run‑online'が しばしば3行続いてあらわれることがあるが,これも Wordsworthの影 響とみてさしっかえあるまい.
このように,初期ソネットは,伝統的な Petrach型式にもとづき,そ こに18世紀のソネザト作家, Shakespeare, Hunt, ¥)¥.7 ordsworthなどの影 響を多大にこうむりながら生まれたものなのである.
それでは Keatsの後期ソネット,すなわち, 1818年1月以後に創作さ れた28のソネットについては, どうであろうか. このうち7つは従来の Petrarch型式 4つは不規則な実験的ソネザト 1つは結論部に当たる coupletが欠けた12行からなるもの, そしてあとの16が Shakespe丘町型 式で警かれている. これらのソネザトは各 quatrain聞の分離が明確で,
各 quatrainの終わりがたいていは 'ful1stop'で終わっている. 以前よ りも run‑online'がかなり減少し, feminine ending'も同様に少な くなっている.その逆に, 'initially inverted foot'がより多く用いられ,
medial inversion'が以前よりも注意深く使用されるようになっている.
又以前よりも伝統的な規則に従って pauseが置かれるようになっている.
しかし Shakespeareの影響として, もっとはっきりみられるのは, ソ ネヅト全体の構造上のノミランスが Shakespeareと大変類似していること
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である.冒頭の2行が間いのようにあっかわれ,それに対し最後の2行が 答のようにあっかわれているのは KeatsとShakespeareのソネットに 共通してみられる特徴である.時によると,最初の1行が最後の1行に対 して問いの形になっている場合もある.初期ソネヅトにもあらわれている
, repetition 'が,後期ソネサト,特に Isabellaと時を同じくして書かれ たものにはよくあらわれている. 1行の中で1つの語をくりかえしたり,
相反する語を使用したり,al1i tera tion 'を用いたりすることにより, ソ ネザト全体の構造に快ろよいパランスを与える技術を Keats は Shake‑
speareから学んだのであろう.
これら Shakespeare型式のソネヅト以外に,先にものベた不規則な4つ の,いわば実験的ソネvトとも呼ぶべきものがあるが,決して戎功作とは 言えない.たしかに伝統的な Petrarch型式や Shakesp回 白 型 式 か ら 脱 却して, もっとより自由なソネザト型式を発見しようとする Keatsの詩 人としての努力を認めることは出来ょう.しかし元来14行という狭いわく の中に詩人の思想感情を出来るかぎり的確にはめこまなくてはならない ソネvトいう詩形そのものが自由をこばむものである以上, それは今や Keatsの求める自由な表現形式とはほど遠いものであることは否定出来な い.それは決してソネットが劣った表現形式で、あるということを意味する のではない.ただ彼がこれから表現しようと望むものには適切ではない形 式だということである. ζうして Keatsは偉大な ode形式を用いて新し い創作活動を始めてゆくのである.それはまさに Keatsのために用意さ れていた表現形式といえるものであった.
Keatsのソネザトは60余りあるが,今それらすべての内容を考察するこ とは出来ないので,ソネット発展の歴史という点で重要なもののみを考察 してみたい.
1817年4月に Keatsは Wight島へ Endymion創作のため出発し
たが,彼がここで Onthe Sea円と題するソネザトを書いて以来,翌年 の1818年1月に至るまで1つもソネヅトを書いてない事実に注目するべき である. このソネvトを創作しなかった時期に, も ち ろ ん あldymionの 創作に Keatsは没頭していたのだが, 同時に彼がこの間 Shakespeare
を熱読研究していたことを忘れてはならない.1818年1月に, OnSitting Down To R四dKing Lear Once Again"を書いて以来,彼のソネッ}
は以前とは形式も内容も異なってきた.すでに形式面での発展には言及し たが,内容面では,人生経験をより深くしていった Keatsは, 1818年以 前のソネットがどちらかと言えば,感覚的で,あまり暗い人生の影ともい うべきものにおおわれていないのに比べ, これ以後のソネヅトでは,より 人生の現実を見透し,主知的,思索的とも呼びうるようなものを書いてい
る.まず1818年以前のソネヅトをいくつかみてみよう.
きわめて初期のソネヅトで K四tsが女J性についてうたっているのが3 つある. W oman! when 1 behold thee fiippant, vain円. Light feet, Lark violet eyes, and parted hair",それに Ah!who can e'er forget so fair a being?円である.彼は ... to be thy defender/I hotly burn‑
to be a Calidore‑/ A very Red Cross Knight‑a stout Leander 円と うたい,女性を守護するという男性の純粋な,感情を表明し,女性に対する 漠然とした憧れと賛美を感賞的なタヅチで表現している. これらのソ不?
トには,いささかも人生の暗い影はさしていない.
又 Huntの出獄を記念しうたったソネvトでは, 芸術に限りない魅力 と信頼を感じ,その力が現実の苦を打破ることを確信しているかのようで ある.ここにはまだ芸術と人生の現実との聞の鋭い対立意識はなし芸術 への讃嘆の思いがあるとみなしてよかろう.
o
Solitude!円では Keatsの疲れた魂は美しい自然を求め,そこで心 の純粋な人との楽しい語らいの時を持つことが出来ればと願っている.自 分自身の心をよく理解してくれる友と,自然の中で語り,共にたわむれる46 Keatsのソネット
ことを.我々はここに一個の傷つきやすい青年の魂を見い出す.更に To one who has been long in city pent"では, 美しい自然のふところに いだかれながら愛の物語を読み,タべとなれば,ナイチンゲールの歌声を 聞きつつ,家路に向かう青年の姿が描かれている.そこには少しも,しぶ い顔をした現実は登場しない.あるのは,やさしく流れる音楽と,かぎり なく甘い憩いとである.
To my brother George円では, 感覚的な筆で, 見事に海を描き,
O立五rstlooking into Chapman's Homer"では,新しい詩歌の世界を 発見したその喜びを表明し Darien山上に立って自分の前に聞けゆく世 界の美しさにうちふるえている.
How many bards gild the lapses of time円では,過去の詩人の声 と自然の声が調和し, 快い印象を与え, Oh 1 How 1 love, on a fair summer's eve円は感覚的な中にも更に感覚的な初期ソネザトの一つであ
る. 自然と芸術への逃避がうたわれ, Keatsは涙さえ流すのである.それ は現実の苦悩にうちひしがれて流す涙ではなくして,苦悩を知り感じなが らも,まだ青春のみずみずししけがれのない憧れの思い,憩いを求める 気持を少しも傷つけられていない青年の流す涙なのである.
Keen, :fitful gusts are whispering here and there円では, Huntへ
あつ
の友情の思いで胸を熱くして, 寒い冬の夜,家へ帰る Keatsの姿がみら れる. 名もないー青年として Hunt及びその友人達の心あたたまる世界 を発見し,しかもその一員に自分もなれたのだということに深い感激をお ぼえている.いささかも人間性への不安な感情はなく,信頼感がみちあふ れている.又 Tomy Brothers円には,人生の言わば静かなる喜びとい うものが表現さわしている.家庭が,肉親聞の心と心のふれ合いのみが与え うる喜び¥つつましい,平凡な喜びの永遠に絶えざることを Keatsは心 から時兵っているようである.
Happy is England 1刊は Keatsのイギリス讃歌とも言えよう.
Keatsのソネット 47 では彼はイギリスの還境と少しも遊離することなしイタリアへの'憧れを 持ちながらも,やはりイギリスが一番良いとほめたたえる Byronのイ ギリスへの毒舌は全くな<,楽天的な明かるい気分がただよい,感覚的タ
vチはいささかも衰ろえていない.
On the Grasshopp芭rand Cricket円で Keatsは芸.術の永遠なること を歌い,はかなく移りゆく人の世にあって大地の歌である詩歌は決して消 え去りゆくものでないと主張する. これは Odeon a Grecian U rn円で 歌われているものとテーマにおいて一致している.芸術への信頼を少しも 失なっていない Keatsを我々は認識する.
On the Sea円 が1817年4月に書かれているが,彼はこれをもって初 期のソネヅトの世界を去り,翌年1月まで1つもソネットは創作しなかっ た. その間, Shakespea胞を研究し, その心髄にまでふれていくのであ る.1818年1月, OnSitting Down to Read Kin.g Lear Once Again月
において,Spenserに代表される感覚主義的芸術の世界から, Shakespeare に代表される人生観照主義的芸術の世界へと移行して行かねばならないと 決意する.真の詩人たるため,彼はあえて人生のきびしい現実に立ち向か
うことを誓うのである.
こうして Shakespeare型式による最初のソネザト When 1 have fears"が生まれる. 自分自身の芸術が未完成のうちに死が訪ずれるので はないかという不安,女性の愛も知らずに死ぬのではないかという不安が 表現さわしており, もはや Keatsは芸術への素朴な賛歌をうたうのではな しむしろ芸術のいかに困難なるかを自覚し苦しんでいる.そして女性に ついても,以前のような憧れから,今は女性の愛を勝ちとれるかどうか,
もし出来なければと不安にさいなまれているのである.彼は今,愛も名声 もなく,今後もこれらを勝ち得ずに,時ならずしてこの世を去るのではな いかという意いにとりつかれ,広い世界の岸辺に今自分は唯一人,友もな く孤独の中に立っているのだと語る.不安,ただこれのみが乙のソネット
48 Keatsのソネット を暗くおおっている気分であろう.
2月になって, Whatthe Thrush Said"を書いたが, この中で O fr巴tnot after knowledge l'と言い,あせることなく静かに時を待つこと の賢明さを自分自身に言いきかせている.蜜蜂のように絶えず蜜を探して 飛びまわるのではなしむしろ花のように静かに花弁を聞いて待つことの 大切さを Keatsはのべているのである. これは,Negativ己 Capability'
と彼が呼んだ、ものであり,たとえば不確実で神秘的とも言いうる懐疑的状 況におかれていても,決していらだって先をいそいだりせず,心静かにむ しろその不安な状況の中にかえって安住することの出来る精神的態度をい うのである. これは又9翌3月に書いた HumanSeasons円で,idleness'
制
と彼の呼ぶもので, W ordsworthの 'wisepassiven邑ss'に通ずるものが あろう. このソネヅトで,門前を流れる小川が美しいものをも何ら気にと めることなく,水に写しては流してゆくように,我々の人生の秋にも又そ のような拡暢たる精神的態度があると言う時, Keatsは今彼自身の人生態 度として,このような境地,シェイクスピア的静観の境地を望んでいるの ではなかろうか.苦しい現実の障害を前に,ともすれば,あせりがちな,
そしてしばしば絶望と不安に心乱れがちな若き詩人の魂は,みずからにζ
のような態度をとれと言いきかせ,自分自身をはげまし,なぐさめるので あろう. これは1818年以前の Keatsのソネグトにはなかった深い主知的,
思索的態度と言えよう.
1818年の夏,彼は Scotlandを旅し,いくつかソネットをかいた.Burns の生家や墓を訪問し,詩人の生涯のいかに悲惨なるかを思いむを暗くする.
又 BenNevis山頂では, Museにむかつて, Readme a lesson, M use, and speak it loud円と叫ぶ.彼は人生の神秘の重荷に打ちひしがれ, い
(時
たるところ霧と岩ばかりだと嘆いている. ζこには, もはや以前のみずみ ずしい青春の魂,甘い涙にほほをぬらした詩人の姿はなく,人生の悲劇的 現実を前に,絶望,不安,懐疑にとりまかれて悩み苦しんでいる一個の人
Keatsのソネット 49 間の姿がある.
1819年の春にかかれた Whydid 1 laugh tonight?門では,詩も,名 声も,美も,すべて死にくらべれば取るに足りないはかないものだと言い,
死こそ我々の苦しい人生に終止符をうってくれるすばらしい贈り物だとみ なしている.以前にはなかった暗い死の影が今 Keatsの人生になげかけ られている.彼がひたすら追求してきた芸術
ι
彼がこがれた名声も,美 しい女性の愛も,死を前にしては,なんとはかなくむなしいものにおもえ ることか. 人の営みのはかなさ,むなしさに Keatsは た え が た し 笑 っ たのかもしれない.1820年,イタリアへの対日中,彼は大空に輝く星に托して彼自身の切なる 願いを表明した. ここにはもはや NegativeCapability'の哲理をわがも のとする詩人の姿は消え去り,愛する人の胸に頭を憩わせ,永遠に眠り永 遠に目ざめたいと願う,人間的な,あまりに人間的な姿がある.
乙のように1818年1月以後の後期ソネザトには,より深く人生の現実を とらえ,それに苦しみ悩む詩人の魂が見事に表現されており,それ以前の 楽天的で明かるく,行情的で時には感傷的な,総じて言えば,感覚的なソ ネヅトにくらべ,より思索的,内省的,観照的,主知的,現実的であると 言えよう.形式においてのみならず,内容においても,以上みてきたよう な発展の跡がうかがわれ,きわめて興味深い.
Keatsのソネットは,我々が彼をよりよく知り理解し,他の有名な作品 を研究する上において,きわめて大切な資料を提供してくれるものであるー と同時に,それは瓦巴atsの短かくも意義深き人生の道にばらまかれたノトさ な宝石であり,又はかなくも美しい道端の花である.あるいはそれは,室 内楽にもたとえられょうか.そ乙において披は彼自身の思想感情を,卒直 にかざりげなく表明しているのである. 我々が Keatsのソネヅトにみる ものは,一個の詩人,人間の誠実な魂の発展の跡である.それは小品では
50 Keatsの ソ ネ ッ ト
あるが,味わい深く,美しい名花なのである.
注
。) Ah,who can e'er forget 80 fair a being?"
(2) On Leaving Some Friends At An Early Hour To G. A. W.
o
Solitude! if 1 must with the巴dwell,"Woman! when 1 behold th白 血ppant,vain,"
Ah, who can e'er forget so fair a being?"
(3) The poetry of earth is never dead;"
Glory and loveliness have pass'd away;"
(4) Took hapjpy丑ights.jWho shalljhis famejimpair
("V司Trittenon the Day that Mr. Leigh Hunt Left prison, . 113) (5) Kind Hunt was shut in prison, (X) yet has he,
In his immortalspirit, (X) been as free" (X)=caesura or pause, (Written on the Day, 1 1.2‑3)
(6) E' en then, elate, my' spirit leaps, and prances; E'en then my soul with exultation dances"
(Woman! when 1 behold thee.プ6‑7) Minion of grandeur ! think you he did wait ? Think you he nought but prison walls did see?
くもiVrittenon the Day, 5‑6)
(竹 Sweeterby far than Hybla's honied roses, Vvhen ste巴pedin dew rich to intoxication."
(Had 1 a man's fair form." 11. 10‑11) (8) How many bards gildthe lapses of time!"
(9) Had 1 a man's fair form, then might my sighs円
。
0) To Homer, To Sleep, On Fame,但) On Fame, To Ailsa Rock, 4均 Blue!tis t巴<11 lif.巴 ofheaven"
o
thou whose face hath felt the Winter's wind,"(13) To]. H. Reynolds, 19 Feb. 1818.
(14) To Georg巴andThomas Keats, 21 Dec. 1817.
a5) W ordsnorth's Exp口stulationand Reply" 1. 24. (16) …that all my eye doth meet
1s mist and crag, not only on this h巴ight,
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