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博士論文 概要書

地役権における「黙示の合意」解釈の妥当性と再構成

A Study of Validity of Implied Contract about Easement

早稲田大学大学院社会科学研究科 政策科学論専攻 市民生活関係法研究

南部 あゆみ

(2)

No.1

<本稿の目的>

自分の土地の便益のために他人の土地を通行するに際し、明確な地役権設定契約を締結し ていない場合に、様々な状況から「黙示的に地役権の合意が存在した」と判断するのが、黙 示の地役権である。

通行地役権については、近隣者という関係上、明示的な合意があることは稀である。その ため黙示の合意理論は頻繁に用いられ、通行者を保護してきた。しかし、最判平 10・12・

18 で、黙示の合意に基づく登記請求権を認めたことから、「黙示の地役権」と「登記」と の関係について疑問を抱くに至った。明確な意思決定が存在しないのに、承役地所有者に登 記までの負担を負わせてよいのか、という疑問である。

本稿の主題は、黙示の合意をもとにした地役権の登記請求権について、合理性があるのか 否かを検討することである。

<第一章> 「黙示の地役権」構成の問題点

① 黙示の地役権が認められるための要件を、裁判例から検討する。その結果、以下のよう に整理することができる。

(1)承役地所有者の単なる「黙認」では認められない、(2)設定当時の状況、(3)利用状況、

(4)客観的な状況(外観)、(5)必要性、(6)当事者の認識、(7)袋地の場合、(8)交錯的地役 権の場合

② 黙示の合意と登記について、理論的分析をする。通行地の前所有者との間で通行の事実 があったが、通行地が第三者に売却されることで、地役権の有無および登記の是非が争われ るような場合である。

・従来の裁判例の特徴

黙示の合意の有無の判断と、登記の問題を分けて考えている。様々な事情から黙示の合意 に基づく地役権を発生させた上で、通行者が地役権の登記を備えていないことについては、

権利濫用や背信的悪意者理論、「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者とはいえ ない」等の理由で、第三者の主張を退ける方法である。第三者が通行の事実を知った上で買 い受けた場合に多く、その非難可能性を根拠に、通行者を保護する構成である。

・最高裁判決

最判平 10・2・13 では、通行の事実が客観的に明らかで、かつ譲受人がそのことを認識可 能であれば、「何らかの通行権の負担」を認識していたはずであり、登記の欠缺を主張する ことは信義に反するとした。最判平 10・12・18 は、通路であることが明白な状況で、譲受 人が通行地役権の負担があることを承知して譲り受けたのであれば、登記の欠缺を主張する 正当な利益を有する第三者とはいえず、通行地役権者は登記なくして第三者に対抗でき、譲 受人はこれに応じる義務があるとして、登記請求権を認めた。

(3)

これらの最高裁判決の特徴は二点ある。まず、黙示の地役権の要件として、主観的な要素 を排除し、客観的な要素のみで判断している点である。次に、客観的な要素から、登記の問 題を一括して処理している点である。

・沢井説・岡本説

両説の違いはあるが、通路や権利の「客観性」をもって、一種の公示機能と捉えている点 では共通する。岡本説では、その根拠を地役権の特殊性に求める。つまり、黙示の地役権の 場合、通行の実態を重視しているのであって、明示の地役権とも異なり、一般的な登記概念 にあてはまらない、ということである。そのため、黙示の地役権は「登記がなくても対抗で きる権利」とみなされている。

・以上を受けて、疑問点を二つ提起した。

一つは、客観的な要件のみで、黙示とはいえ「合意」とすることができるのか、「黙示と はどういうものか」ということである。もう一つは、客観性から登記請求権を認定できると して、登記請求権の発生根拠は何なのか、ということである。

③ 登記請求権の発生根拠について

承継説と物権的効力説がある。承継説は、設定当事者間での登記設定義務を承継人も承継 するという見解で、物権的効力説は、物権である地役権の効力から当然に登記請求権を認め る見解である。地役権については承継説が妥当であろうが、「登記を備えるもの」という一 般的認識がない中で、登記義務が承継されたとするのも不自然であり、説明しきれない部分 がある。

そこで、問題の本質は登記ではなく、「黙示の合意」の部分に存在するのではないかと仮 定した。

④ 「黙示の合意」理論

まず、学説を整理して、明示と同視しうる程度の明確性を備えた状況を、黙示の合意と称 していることが分かった。しかし地役権では、(特に従来の裁判例では)客観的要素も主観 的要素も組み合わせた、推測の割合の高いものにも「黙示の合意」が用いられている。それ どころか、「通行を認めるべきか否か」の価値判断が先にあり、その後で黙示の合意の有無 という形で理由づけをしているようにすら見受けられる。このような解釈は許されるのか。

そこで次に、表示行為の解釈について整理した。学説では、当事者の真の意思よりも、社 会的な評価により表示行為を解釈すべきとする見解が有力である。

私は、解釈は当然であるとしても、解釈を事実認定であるとして説明する手法には反対で ある。現在の地役権はこの状態に陥っており、事実認定の段階で多分に解釈がおこなわれて いるのである。両者は分けて捉えるべきである。

また、表示行為を解釈するにしても、「地役権の場合には」どのような解釈が妥当なのか を検討しなければならない。それは、地役権とはどのような権利なのか、その本質を探る作 業となる。

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⑤ 地役権の本質

ここでは、立法経緯などから、地役権の本質的な性格を確認する。立法当時は、土地に属 する権利であることと、公益を目的とすることが重視された。そのため、承役地に過度の負 担を負わせることは、逆に「土地の価値を高める」という公益性に反することになる。また、

無償であるから、比較的弱い権利である。それでも地役権が物権とされたのは、「土地に属 する」権利だからであり、土地に属する以上(その位置関係から)継続的でなければならな いからである。したがって、継続性は維持しつつ、承役地の負担は最小限度に抑えるという のが、地役権の本来的な姿なのではないだろうか。

⑥ 私論

以上から、地役権と登記との関係について、私論を提案した。まず、「黙示の合意」は限 定的に捉えなければならない。すなわち、明示と同視しうる程度の明確性である。従来の裁 判例は、「黙示の合意」について特別な取扱いをしており、それゆえ明示の合意を想定して いる登記制度と馴染まなかったのである。そこで、明示と同視しうる程度の明確性を備えた 場合にのみ「黙示の合意」とし、登記請求権も認め、それ以外は「何らかの通行権」として 債権的権利にとどめるべき、となる。「何らかの通行権」は債権なので、登記することはで きず、弱い権利となる。

<第二章> 私論の検討

第一章で提案した私論の検討をするのが第二章である。「黙示の合意」となるべき基準を さだめ、さらに「何らかの通行権」の内容を明らかにすることが目的である。

「黙示の合意」の基準としては、主たる要件として、権利の存在が外形的に認識できるこ と(通行の外観)、また対価的関係が存在することを挙げる。さらに従たる要件として、現 在および過去の利用状況と、承役地を利用する必要性も加えた。これらの要件をなぜ選択し たのかについて、検討した。

「何らかの通行権」の内容としては、登記との関係で債権だと考える。そこで地役権に類 似する債権として、使用借権をベースに検討した。使用借権が占有移転を伴う点をどうする か(地役権は承役地所有者も目的物を使用できる)、返還時期の問題、第三者への対抗の問 題で、地役権にそのまま当てはめることはできない。そのため、排他性を後退させ、返還時 期に特別な事情を考慮し、第三者対抗力も一定の場合には認めるための解釈をおこなった。

つまり、使用借権に修正を加えたものが「何らかの通行権」だということになる。

従来は、地役権を認めた上で、登記の是非を第三者の非難可能性(通行の事実を知ってい たこと)により判断していた。しかし、登記のあり方からすれば、権利があるなら登記もで きて当然なのである。そこで、権利発生の段階=黙示の合意の判断において、権利の発生と 登記の問題を一体として処理すべき、というのが私論の内容なのである。

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<第三章> イギリスにおける地役権制度とその問題点

第三章は、イギリスの地役権制度について取り上げた。イギリスでは地役権(easement) が古くから利用されている。しかし、判例法の国なので、判例の積み重ねの中で様々なルー ルが生み出され、非常に複雑で使い難いシステムとなっている。そのため法律委員会では、

地役権の明確化・簡素化にむけた新しい基準づくりに取り組んでいる。

また、イギリスでは以前、地役権については「登記なくして対抗しうる権利」に位置付け られていた。しかし 2002 年の登記法改正により、従来のシステムを見直し、地役権も登記 が必要になった。

イギリスにも黙示の地役権が存在する。そして、多くのルールが存在する。法律委員会の 作成した報告書では、できるだけ推定や当事者の主観を排除し、客観的なルールに基づき判 断されることが目指されている。しかし一方で、解釈の度合いが大きくなり、当事者の本当 の意図が無視されるという懸念ももたれている。

登記についても、「登記なくして対抗しうる権利」から地役権を除外したものの、例外規 定の適用の幅が大きい。厳密に登記を課すことの困難さが見て取れる。

日本と比較した際、黙示の地役権の判断条件で「主観から客観へ」の傾向など、類似する 点もある。しかし、登記に関しては、日本が解釈により、「登記の欠缺を主張する正当な利 益を有する第三者に当たらない」=「登記がなくても対抗できる地役権」を作りだした一方 で、「登記なくして対抗しうる権利」を構成するイギリスでは、その不明確・複雑性から、

通常の登記制度に当てはめようとしている。地役権という制度の特異性、登記制度に当ては めることの難しさが見て取れる。

イギリスの「登記なくして対抗しうる権利」については、非常に興味深く、日本への示唆 にとんだテーマである。本稿では深く掘り下げることができなかったので、今後の課題にし たいと考えている。

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