博 士 ( 歯 学 ) 村 木 力
学 位 論 文 題 名
Cyclooxygenase − 2inhibitor は 腫瘍 血 管 新 生を 抑 制 する 学 位 論 文 内 容 の 要 旨
血 管 新生 は 個 体の 発 生や 発 育 にと っ て不 可 欠 の現 象 で ある が 、癌 の 増 殖や 浸 潤、
転 移 にも 密 接 な関 連 があ る こ とか ら 、 がん 治 療に お い て腫 瘍 の血 管 新 生を 制 御す るこ と は極めて重 要である 。
腫 瘍 内 微 小 環 境 は 低 酸 素 に お ち い っ て お り 、 種 カ の サ イト カ イン 、VEGFの よう な 増 殖因 子 が 豊富 に 存在 す る 。血 管 内 皮細 胞 もま た こ のよ う な異 常 な 環境 に よっ て影 響 を 受 け て い る 可 能 性 が あ る。 例 え ば、 低 酸素 はHIF―laの 発現 を 誘導 し 、 これ に よ っ てcyclooxygenase(COX)―2の 発 現が 亢 進 され る ことが 知られて いる。COX‑2は プロ ス タ グ ラ ン ジ ン (PG) の 合 成 酵 素 で あ り 、PGは 腫 瘍 な ら び に 問 質 細 胞 のVEGF発 現 を 引 き起 こ し 、血 管 内皮 細 胞 に対 し て はア ポ トー シ ス の抑 制 や細 胞 遊 走を 刺 激す るこ と が 報告 さ れ てい る 。こ の こ とか ら 近 年、COX―2阻害 剤 の 血管 新 生阻 害 剤 とし て の使 用 も提唱され 始めてき た。
し か しな が ら 、COX−2阻 害剤 の 正 常血 管 内皮 細 胞 に対 す る作 用 に つい て の 報告は あ る が 、 腫 瘍 内 の 血 管 内 皮 細胞 に 対 する 作 用に 関 し ては 現 在ま で 報 告が な く 、COX‑2 阻 害 剤の 抗 血 管新 生 作用 の 機 序は い ま だ解 明 され て い ない 点 が多 い 。 腫瘍 血 管内 皮細 胞 は その 分 離 が困 難 であ る た めに 、 こ れま で の血 管 新 生の 研 究は 比 較 的分 離 のや さし い 正 常血 管 内 皮細 胞 をも ち い た報 告 が ほと ん どで あ る 。し か し近 年 、 腫瘍 血 管内 皮細 胞 は正常血管 内皮細胞 と比較し て、tumor endothelial marker (TEM)な どの特異 的なマ ー カ ー の 発 現 、 細 胞 増 殖 が 早 い 、basic FGFに 対 す る 感 受 性が 高 い、EGFレ セプ タ ー の 発 現亢 進 、 さら に は染 色 体 異常 を も 持つ こ とな ど が 報告 さ れ、 多 く の異 な る点 を持 っ ことが明ら かとなっ てきた。
そ こ で 本 研 究 で は 、 腫 瘍 血 管 内 皮 細 胞 に お け るCOX‑2の 阻 害 が 腫 瘍 血 管 新 生 に ど の よう な 影 響を 及 ぼす か を 明ら か に する た め、 正 常 血管 内 皮細 胞 に 対す る 効果 との 比 較を交えて 検討する ことを目 的に研究 を行った 。
は じ め に マ ウ ス 腫 瘍 モ デ ル で のCOX‑2阻 害 効 果 を 検 討 し た 。 腫 瘍 モ デ ル に は 、 ヒ ト 口 腔 扁 平 上 皮 癌 細 胞 株 で あ るHSC―3な ら び に ヒ ト 高 転 移性 悪 性黒 色 腫 細胞 株 で あ るA375−SMを 用 い た 。 ま たCOX‑2の 選 択 的 な 阻 害 剤 と し てNS398を 用 い た 。 腫 瘍 細 胞 を 移 植 し た マ ウ ス にNS398を 投 与し 、 腫瘍 体 積 の経 時 的 変化 を 解析 す る と、 口 腔 が ん な ら び に 悪 性 黒 色 腫 の どち ら の 系に お いて も 、 対照 群 と比 較 し てNS398投与 群 で は 抗 腫瘍 効 果 が認 め られ 、 口 腔が ん 移 植モ デ ルで は 腫 瘍の 成 長が 有 意 に抑 制 され た。
NS398投 与 群 に お け る 腫 瘍 の 成 長 抑 制は 、 一般 的 に は腫 瘍 細 胞の 死 滅ま た は 腫瘍 細 胞 の 増 殖 が 抑 制 さ れ た こ と に よ る と 考 え ら れ る 。 そ こ でMTSア ッ セ イ に よ っ てNS398 の 口 腔が ん な らび に 悪性 黒 色 腫の 増 殖 能へ の 影響 をin vitroで解 析 し たと こ ろ 、腫瘍 細 胞 に対 す る 増殖 抑 制効 果 は ごく 軽 度 であ っ た。 こ の こと か ら、 本 実 験で 腫 瘍の 成長 抑 制 をも た ら した の は、COX―2阻害 剤の腫瘍 細胞に対 する直接 的な抑制 作用ではな く、
血 管 新生 が 抑 制さ れ たこ と に よる と 推 測さ れ た。 こ れ を検 証 する た め 、腫 瘍 モデ ルか ら 作 成し た 組 織切 片 の血 管 を 血管 内 皮 マー カ ーで あ る 抗CD31抗 体 で染 色 し たと こ ろ、
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未 治療群と比 較して NS398 治療群でCD31 陽 性細胞の数 が劇的に減 少していた 。さら に CD31 陽性で示さ れる血管内 皮の領域か ら微小血管密度を定量的に算出すると、対 照 群と比較し て NS398 投与 群の微小血 管密度は約 50% まで抑制されていた。これらの 結果から、腫瘍の血管新生が抑制されたことが腫瘍の成長抑制をもたらしたことが示 唆 された。こ の血管新生 の抑制は、 腫瘍血管内 皮細胞に対 するCOX‑2 阻 害剤の直接 的な抑制作用による場合と、血管新生因子を産生する腫瘍細胞が減少したことによる 場 合が考えら れるが、本 研究ではCOX‑2 阻害剤が 腫瘍細胞の 増殖に抑制 的に作用し な かったこと から、腫瘍 血管内皮細 胞に対して COX‑2 阻害剤 が直接、抑 制的に作用 したと考えられた。
腫 瘍血管内皮 細胞に対す る COX − 2 阻害剤 の作用を解析するためには、腫瘍から の血管内皮細胞の分離が必要不可欠である。腫瘍血管内皮細胞はヒト口腔扁平上皮が ん 細胞ならび にヒト悪性 黒色腫細胞 をマウスに 移植し、成長した腫瘍から Hida らの 方法を参考に磁気細胞分離法( MACS )を用いて分離した。・また正常血管内皮細胞と してマウスの正常皮膚細胞から血管内皮細胞を分離した。分離された血管内皮細胞は、
マ ウスの血管 内皮に特異 的なマーカ ーであるBSl‑B4 レクチンを用いたフローサイト メ トリーによ って96 010 以上の 純度である ことを確認し、以下の実験に使用した。
腫 瘍 血 管 内 皮 細 胞 と 正 常 血 管 内 皮 細 胞 の 比 較 とし て まず そ れぞ れ の COX‑2 mRNA の 発現を解析 した。 RT‑PCR 法なら びにreal time PCR 法 により、正 常血管内皮 細 胞 に 比 べ て 腫 瘍 血 管 内 皮 細 胞 で COX‑2 mRNA の 高 い 発 現 が 示 さ れ た 。 血 管内皮細胞 の増殖能に 対する COX‑2 阻害剤の効果をMTS アッセイで解析した。
正 常血管内皮 細胞や腫瘍 細胞と比較 して腫瘍血 管内皮細胞 は NS398 に対 する感受性 が高く、その増殖が有意に阻害された。
血 管内皮細胞 の遊走能に 対する COX‑2 阻害剤の効 果をBoyden chamber とビトロ ネクチンでコートされたポリカーボネート膜を用い、マイグレーションアッセイで解 析した.
50uM の NS398 は正常 血管内皮細 胞の遊走を 軽度にしか 抑制しなか ったのに対 し、
腫瘍血管内皮細胞の遊走は有意に抑制された。さらに血管内皮細胞の遊走に関与して い る こ とが 知 られ て いる シ グナル分 子 Akt の りン酸化に 対する COX‑2 阻害剤の効 果 を Western blotting で解 析 した結 果、 50,uM の NS398 の添加 により、VEGF で誘 導さ れ た Akt の りン酸化に対する影響は正常血管内皮細胞で認められなかったが、腫瘍血 管内皮細胞ではAkt のりン酸化が阻害された。
本 研 究に よ って 、 COX‑2 の 選択的阻害 剤であるNS398 が血管新 生を抑制す るこ とで腫瘍の成長抑制をもたらすことがわかった。また腫瘍血管内皮は、正常血管内皮 細 胞と比較し て COX ― 2mRNA の発現 が高く、よ り低濃度の NS398 によっ て細胞増殖・
遊 走.Akt のりン酸化 が抑制され 、腫瘍細胞 や正常血管内皮細胞と比較して COX‑2 阻 害剤に感受性が高いことがわかった。
以 上の結果か ら、より低 濃度の COX‑2 阻害剤が腫 瘍血管を直 接標的とで きるこ とから、心筋梗塞などの有害な副作用を引き起こす確率を減少させ、血管新生阻害を 目 的 と し た 抗 腫 瘍 療 法 に COX‑2 阻 害 剤 が 有 用 で あ る 可 能 性 が 示 さ れ た 。
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学位論文審査の要旨
学位論文題名
Cyclooxygenase ―2inhibitor は腫瘍血管新生を抑制する
審査は,審査員全員出席の下に,申請者に対して提出論文とそれに関連した学科目につ い て 口 頭 試 問 に よ り 行 わ れ た . 審 査 論 文 の 概 要 は , 以 下 の 通 り で あ る .
Cyclooxygenase‑2 (COX‑2)はプロスタグランジンの合成酵素で,炎症局所や腫瘍内で高発 現 し て おり ,腫瘍 の進 展と 転移 に深 く関 与し てい る. 非ス テロ イド 性抗炎 症剤 によ る COX‑2の阻害は腫瘍の増殖を抑制し,また正常な血管内皮細胞のspreadingとmigrationを 抑制することが知られているが,腫瘍内の血管内皮細胞に対する作用は明らかではない.
本 研究は,腫瘍血管内皮細胞におけるCOX‑2阻害が腫瘍の血管新生にどのような影響を及 ばすかを明らかにするため,正常血管内皮細胞におけるCOXー2阻害の効果と比較,検討し たものである・
始めにマウス腫瘍モデルでのCOX‑2阻害効果を検討した.腫瘍モデルには,ヒト口腔扁 平 上 皮 癌細 胞株HSC‑3なら びに ヒト 高転 移性悪 性黒 色腫 細胞 株A375‑SMを用 いた .腫 瘍 細 胞 を 移植 したマ ウス にCOX‑2選択 的阻 害剤NS398を投 与し ,腫 瘍体 積の経 時的 変化 を 検 討したところ,口腔がん移植モデルではNS398投与群で腫瘍の成長が有意に抑制され,
悪性黒色腫移植モデルでもNS398投与群で抗腫瘍効果が認められた.しかし,in vitroの検 索 で、NS398の両腫瘍細胞に対する増殖抑制効果はごく軽度にすぎなかった.血管内皮マ ー カ ー で あ る 抗CD31抗 体 を 用 い た 免疫 組織学 的検 索で は,NS398非 投与群 と比 較し て NS398投 与群 でCD31陽 性細 胞の 数が 劇的 に減少 して おり ,NS398投与 群の微 小血 管密 度 は 対照群に比べて約50%まで抑制されていた.これらの結果は,本実験における腫瘍の成 長 抑制は腫瘍細胞に対するCOX‑2阻害剤の直接的な抑制作用ではなく,腫瘍の血管新生が 抑 制されたことによるものであることを示している.さらに,NS398の腫瘍の増殖抑制効 果 は軽微であったことから,この血管新生の抑制はCOX‑2阻害剤の直接的な抑制作用によ るものと考えられる.
次に,腫瘍の血管内皮細胞に対するCOX‑2阻害剤の直接的な抑制作用について検討した.
口 腔 が ん移 植モデ ルお よび 悪性 黒色 腫移 植モ デル から 磁気 細胞 分離 法(MACS)を 用い て 腫瘍血管内皮細胞を分離した.対象にはマウス正常皮膚から分離した血管内皮細胞を用い
則
信
明
靖
正
邦
塚
藤
木
戸
進
鈴
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
た.なお ,マウス の血管内 皮に特異 的なマー カーであ るBSl‑B4レクチンを用いたフロー サイトメトリーにより,分離した血管内皮細胞の純度は96u/o以上であることが確認された.
RT‑PCR法 を 用い たCOX‑2 mRNAの発現 量の検討 では,正 常血管内 皮細胞に 比べて,腫 瘍 血管内皮細胞で高い発現が示され,real time PCニR法による定量的な解析で,腫瘍血管内皮 細胞でその発現が有意に亢進していることが確認された.血管内皮細胞の増殖能に対する COX‑2阻 害剤 の 効 果をMTSアッ セ イ でみ る と,NS398の 添 加 により腫 瘍血管内皮 細胞の 増殖が有意に阻害された.また,Boyd跚ch齟lberを用いたIni髀缸叩謎sりでは,正常血管 内皮細胞 の遊走はNS398添加で抑制しなかったのに対し,腫瘍血管内皮細胞の遊走は有意 に抑 制 さ れた . 血 管新 生 作用 を も つVEGFWEGFレ セ プタ ー の下 流でAktのりン 酸化が生 じ て い るこ と が 明ら か にな っ て いる 。Abの り ン酸 化 に 対す るCOX‐2阻 害 剤 の効 果 を Wもstemblomngで解析 したとこ ろ,NS398は正 常血管内 皮細胞のAktリン酸化 に影響は認 められな かったが ,腫瘍血 管内皮細 胞ではVEGFに よって活 性化したAktの りン酸化 が阻 害された.これらの結果は,腫瘍血管内皮細胞では,正常血管内皮細胞に比べて,COX一2の 恒 常 的 ぬ発 現 が みら れ ,COX・2阻 害 剤に 対 して 感 受 性が 高 いこ と を 示唆 し てい る ・ このことは,COX.2阻害剤は低濃度で腫瘍血管を直接標的として作用することから,心 筋梗塞などの有害な副作用を引き起こす確率の少ない,血管新生阻害を目的とした抗腫瘍 療法にC()Xー2阻害剤が有用であることを示している.
論文の 審査にあ たって, 論文申請 者による 研究の要旨の説明後,本研究ならぴに関連す る研究について質問が行われた.
主な質問事項は,
1) COXに は2つ の 異 な っ た 産 物 が あ る が 、cox―1の 発 現 は 関 係 し な い の か 2) HIF一laはどのような細胞により産生されるのか
3)腫瘍でのHIF一1産生.cOx一2誘導と、炎症におけるプロスタグランディン産生のメカ ニズムに違いはあるのか。
4)マウ スゼノグ ラフトモデルから腫瘍血管内皮細胞を分離する際、ジフテリアトキシン を用いる意味について
5) COX一2阻 害剤であるNS398が腫瘍細胞と血管内皮細胞におよばす細胞増殖抑制効果の 差、とくに濃度との関連性について
6) Aktのりン酸化機構の意義について 等であった.
いずれの質問にっいても,論文申請者から明快な回答が得られ,また将来の研究の方 向性についても具体的に示された.本研究は,COX―2阻害剤は腫瘍血管内皮細胞の血管 新生能を特異的に抑制する作用を持つことを明らかにし,腫瘍に対する血管新生阻害剤 として有用であることを示したことが高く評価された.本研究の業績は,口腔外科の分 野はもとより,関連領域にも寄与するところ大であり,博士(歯学)の学位授与に値す るものと 認められた .