多国籍企業の振替価格設定基準と影響要因
前
盛 1.序 振替価格の研究は従来いろいろな形で行われてきている。それらは,会計志 向的分析,経済志向的分析,数学志向的方法,そして実証研究である。これら の中でも実証研究は実務を調査し理論とのギャップを発見するために重要であ る。しかし,どのような環境要因が組み合わさって振替価格が設定されるのか, 特にどの要因が強く作用しているのか,といった解釈を十分に行った実証研究 はまだ数少なく,特に国際振替価格の設定に関してはまだこれから研究の余地 が残されていると思われる。 そこで,本稿では,国際振替価格を中心に扱っているAbdallahとTangの研 究を主にとりあげることによって,日米で使用されている振替価格設定基準の 特徴と多国籍企業における振替価格設定への影響要因を検討し,なぜそれらの 振替価格設定基準が選択されているのかというメカニズムを明らかにするため の出発点としたい。同時に,断片的ではあるが,欧米の研究者達によって現在 のところ提示されている振替価格設定への影響要因と振替価格の関係を列挙す る。 けれども,筆者の最:終的到達目標は,それらを総合した国際振替価格設定シ ステムの解明にある。そこで参考になるのが,Ecclesのような分析のフレーム ワークを設定することである。すなわち,筆者はEcclesの内部振替価格の研究 のフレームワークは国際振替価格にも応用できるのではないかと考える。最後 に,まだ,不完全なものではあるが,より一般的な分析フレームワークを提案 し,Ecclesやその他の研究者の発見はその中に位置づけられることを示す。164 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) II.振替価格設定基準 Abdallahの研究は,多国籍企業の国際振替価格政策を決定する場合に考慮さ れるさまざまな要因(為替相場の変動,物価変動,関税,所得税等)がどのよ うに振替価格の設定にあたって問題になるのかを説明し,適切な振替価格シス テムをデザインするためのガイドラインを設定するのに役立つ。 本稿では,まずAbdallahの分類に従って振替価格設定のアプローチと主要 な振替価格設定基準の特徴を述べ,Abdallahによる欧米の研究者の実証研究の レビュー結果を紹介することから始める。 1) (1)経済志向的分析,会計志向的分析において使用される振替価格設定基準 (a)市価基準 市価とは,会社がその生産物を外部の顧客に販売する場合に付けられる価格 である。振替価格として市価を利用するためには,以下の基準が満足される必 要があるとAbdallahは述べている。 ①競争的中間生産物市場が存在すること,②購買子会社の管理者は,社内 から購入するか外部市場から購入するかについて自由裁量の余地があること, ③子会社の管理者達は,自律性を有しているか,あるいは少なくともプロフ ィット・センター間の最小限の相互依存性を有していること,④いつでも引用 されうる市価が知られていること,以上である。 Abdallahがあげている市価基準の利点は,以下の諸点である。第一に,市価 は管理者に自律性をもたせ,製造原価を引き下げ,部分単位の利益を増加させ る。第二に,市価はアームス・レングス価格に相当し,多国籍企業(MNEs) は現地国及び本国政府との衝突を避けられる可能性がある。第三に,在外子会 社の管理者は,受入国政府の干渉から発生する何等かのマイナスの結果を回避 するように,ある環境のもとで迅速な意思決定を行う権限をうまく与えられる 2) かもしれないという。以上,市場原理の適用と原価引き下げのインセンティブ, 1)宮本(1988)参照。 2)Abdallah(1989)p.53.;谷(1980)73−76頁。
公平性,意思決定の観点から,市価基準が利点をもっているとされる。 けれども,Abdallahによれば市価を利用するに際しては以下の問題がある。 第一に,国によって,時期によって,適切な市価は異なっている。第二に, 国際市場において輸送費は大きく,立地条件によって変化する。したがって, 異なる国で売られている同一のMNEsの同一の生産物について画一的市価を 決めるのは不適切である。第三に,海外市場における需要供給に応じて市価は 変動し,在外子会社は他の子会社と競争するのに有利であろう低い価格を設定 3) する必要がある。したがって,引用されるべき単一の市価は存在しない。筆者 は,これらの理由により国際振替価格設定の場合は内部振替価格の設定の場合 よりも市価の利用が困難となるのではないかと考える。 (b>原価基準,原価プラス基準 原価基準振替価格は,市価が存在しなかったり,MNEsが国際振替価格設定 のために市価を利用することができない場合に利用される。この方法には,全 部原価(実際か標準),変動費(実際か標準)を利用する場合がある。 ▼全部原価基準 Abdallahによれば,全部原価は三つの主要な有利性をもっている。 第一に,原価情報の利用度は現在MNEsによって利用されている会計シス テムに依存している。 第二に,全部原価は棚卸資産の評価と利益の決定に関して米国において一般 に受け入れられている会計原則とも一致している。 第三に,追加的能力が存在する限り,全部原価は在外子会社の管理者に事業 4) 単位の貢献を行わせるよう動機づけるかもしれない。市価が全部原価よりも大 きいのであれば,購買子会社は企業外部から中間生産物を購買しないからであ る。 3) Abdallah, ibid. 4) lbid., p.54.
166 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) 以上の利点に対して,彼のあげている問題点は以下のとおりである。 第一に,在外子会社が内部振替が行われる総ての財貨に関する全部製造原価 を負担するならば,彼らの資源の非効率な利用が購買子会社に転嫁される限り, 在外子会社の管理者が彼らの部分的コストをコントロールしたり,効率的に生 5) 産したり,合理的決定を行うように動機づけるインセンティブはほとんどない。 第二に,全部原価が市価を越える場合は,購買子会社の管理者はそのMNEs の外部市場から購入するように動機づけられ,結局全体としてそのMNEsに 6) とっての遊休設備を生み出すであろう。 ▼変動費基準 Abdallahによれば,変動費基準振替価格は,企業の観点からみて最善の利益 もたらすよう購買子会社に意思決定を行わせる。しかし,多国籍企業の変動費 は国際市場では購買子会社の変動費とみなされる。この振替価格を使用すると, 販売子会社にその固定費に等しい損失か利益ゼロを報告させることになる。す 7) なわち,販売子会社の業績評価上問題がある。 ▼原価プラス基準 原価プラス基準による振替価格設定は,在外子会社に,国内市場において得 られるのに等しい投資利益率が得られるように正常な営業費用プラス適切なマ ーク・アップを回収するようにさせるであろう。ここで,たとえば,振替価格 (TP)は以下のような式で表現できる。 8) TP={総原価十(固定資本+変動資本)*ROI}/振替量 5) lbid, 6) lbid, 7)Ibid,;岡本(1990)681−682頁。 8)岡本(1990)683頁。
原価プラス基準振替価格は,標準原価を利用することによって,コストの非 効率が他に転嫁されるのを妨げることができよう。しかし,利益のマーク・ア ップが恣意的であることや製品原価決定上の困難のために業績評価上問題があ るといえる。 (c)限界費用基準 限界費用とは,一単位だけ生産を増加させた場合に発生する総費用の変化で ある。販売子会社の限界費用を振替価格とするのがこの方法である。MNEsの 利益が極大になるのは,限界費用(振替価格)が限界収益に等しくなる場合で ある。Abdallahによれば,中間生産物の外部市場が存在せず,二つの子会社間 の交渉価格も成立しない場合にこの方法は適切である。しかしながら,限界費 用に関する情報はMNEsの会計システムからは実際に収集されえない。その ユの ためか,この方法は実際にはほとんど利用されていない。 (d)交渉価格基準 交渉価格は,売り手と買い手が自由に振替価格について交渉できる場合に設 定される価格である。この方法は,子会社に自律性をもたせるにはよいかもし れないが,部分最適な意思決定になる可能性がある。特に,最終生産物が諸外 国で売られ,関税,所得税の税率,政府の規定,競争が無視される場合にそう Il) なる。さらに,交渉に時間がかかりすぎるという欠点がある。 (2>数学志向的方法 数理計画モデルは,資源を効率的に配分し,分権化組織のもとで資源利用の 9) Cowen, et aL (1979) p.20. 10) Abdallah, op. cit., p. 55, 11)Abdallah, ibid.,pp.55−56.交渉価格の一例としては,変動費基準を用いる場合に発生す る受入事業部の貢献差益を供給事業部と受入事業部とで変動費の比で配分する方法がある (岡本(1990)684頁)。その他,振替実例に関しては,Belkaoui(1985)pp 196−198参 照。
168 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) 効率性を評価する。この方法では,中間生産物の機会原価(シャドウ・プライ ス)が振替価格として利用される。 しかし,この方法も,Abdallahがあげているような以下の欠点をもつ。 第一に,振替価格が集権的に設定されれば,子会社の管理者の自律性は無視 されることになる。 第二に,各国での税率の違い,外国為替リスク,政府の介入等の諸変数がモ デルに組み込まれる必要がある。すなわち,国内のモデルよりはるかに複雑に なる。 第三に,これらのモデルは振替価格設定の行動科学的意味を考慮していない。 第四に,管理者の業績評価にあたって,業績評価は,利益の関数と考えられ ている。しかし,業績評価は,部門コスト,予算原価と実際原価の差異,その 12) 他の諸要因によって影響される。これらの欠点が,数学志向的方法がほとんど 利用されない理由になっていると思われる。 たとえば,EcclesはVancil(1978)の研究に基づいて,経済理論の限界費 用,会計上の変動費,数学的プログラミングは非常に単純な振替価格問題にの 13) み適用されうるのであり,めったに利用されていないと述べている。Tangも研 究者によって主唱された振替価格設定方法および概念は,実務家によって主唱 14) されたそれらとのギャップがあることを指摘している。 以上のように,振替価格設定基準は,長所・短所をもっている。それらが, 各基準が選択される要因の一部となっているものの,諸要因相互の関係は不明 である。次に,いくつかの実証研究をレビューすることによって,振替価格シ ステムの現状を明らかにしてみよう。その際,注意すべき点は,国籍の違いに よって,使用される振替価格に何等かの特徴がみられるか,あるいは,振替価 格政策が各国共通のどのような要因によって左右されるかを考察することであ る。 12) Abdallah, ibid., p 56, 13) Eccles (1985b) p.151. 14) Tang (1979a) p. 107.
(3)実証研究 *国家の相違と振替価格 米国の実証研究についてAbdallahは,まずArpanの研究をあげている。 Arpanは,一般にnon−U.S. MNEsの振替価格政策は, U.S. MNEsの振替価格 政策ほど複雑ではなく,市場志向的であると述べている。ところが,一方で彼 は,カナダ・イタリア・北欧の管理者たちは市価を,米国・英国・日本・フラ ンスの管理者たちはコスト志向的振替価格を選好しているとも述べており,首 尾一貫していない。 そうなっている理由は明白ではないが,親会社の国籍によって相対的に重要 な振替価格設定目的が決まり,それに応じて振替価格設定基準が決まるとする 考えが成立しうる。 Arpanの見解では,たとえば,フランスの場合は世界的税金の支払いを極小 化するため振替価格に市価より低く抑えられる可能性の高い原価基準を用い, イタリアは自国の利益を極大化するために市価基準を利用し,カナダは特定の 政府の規定に従うことによってその国と良好な関係を維持するために市場志向 的振替価格を利用する。しかし,後述のように振替価格設定基準は,さまざま 15) な要因によって影響されている。 *国際振替価格設定方法の利用状況 さて,Abdallahは, Millerらの研究をとりあげて,国際ビジネスの実務家た ちは,振替価格政策の利用は企業の長期的目標の達成と両立すべきであると述 べている。そして,諸目的の中でも,為替管理に関する規制や利益の本国送還 に関する規制の回避,所得税の負担を回避しないことは,U.S. MNEs,特に発 展途上国において振替価格の設定に影響する主要な要因であるとしている。 ・ 表1は,Abdallahが作成した表であり,米国・カナダ・日本・英国のMNEs が利用している国際振替価格設定方法である。 Abdallahの表1によれば,全部原価プラス・プvフィット・マージンという 15) Abdallah (1989) p. 57.; Mueller et aL (1987) pp. 144−145.
170 吉田個中教授退官記念論文集(第270・271号) 表1 MNEsによる国際振替価格利用に関する実証研究の結果 方 法 市 価 原価基準
変動費
全部原価 原価プラス基準 アメリカ企業 Eccles 30.oe/. 4.50/0 24.70/o 変動費プラス 全部原価プラス 交渉価格その他
21.50/0 3.20/o loo.oo/, 日本企業 Tang, Walter, Tang, Walter, and Raymond and Raymond 20.40/. o.slo/. lo.20/. 1.70/0 32.2% 13.60/0 21.10/o loo.oo/. 22.20/o 1.60/0 4.80/o 1.60/0 33.3% 22.2% 14.30/0 100.oo/. カナダ企業 英国企業Tang Tang
26.90/o 2.70/0 6.50/o 2.80/0 19.4% 25.90/0 15.810/0 100.oo/. 23.90/o 7.oo/. 2.80/0 22.6% 26.80/0 16.90/. 100.oo/. AbdaJlah (1989) p.59. 方法が,日米のMNEsによって最もよく利用されている。 また,交渉価格は,英国のMNEsによって最もよく利用されている。 その他,原価基準をとっているMNEsでは,実際原価よりも標準原価がより 16) 広く利用されているとAbdallahは述べている。これは,販売子会社に原価を抑 えるインセンティブを与える,換言すれば,購買子会社に非効率の責任を転嫁 しないためだと思われる。しかし,Cowenらによれば,課税目的のためには, 標準原価よりも実際原価の方が利用されるし,標準原価が利用されるとしても 17) 定期的に実際原価を反映することが望まれる。 どちらを利用するかは,結局どのような目的を重視するか,あるいは,実際 原価と標準原価の使用可能性に依存しているように思われる。 なお,私見によれば,以上の結果は交渉価格やその他の部分にどういう方法 が含まれているのか,そして,振替価格設定基準として,一つを選ぶ回答だっ 16) Abdallah, ibid,pp.58−59. 17) Cowen, et al., op. cit., p. 20.たのか,複数回答だったのかによっても異なってくる。もちろん,調査対象と した企業の業種や回答者の違いも調査結果に反映するであろう。そういう意味 で,上述の国籍による傾向の真実性には疑問が残る。 さて,そのような限界はあるものの,実証研究の文献レビューにより,Abdal− lahは以下のような結論を導き出している。 「1.MNEsは国際間の取引に一つあるいは複数の振替価格を利用している。 市価基準が最も重要であり,その次が標準単位変動費プラス・プロフィット・ マージンである。」 この命題は,後述のようにTangの実証研究の結果とは一致していない。 「2.MNEsの世界戦略,為替管理,所得税の負担,業績評価は振替価格設定 方法を決定する際の重要な要因である。」 「3.会計情報は,意思決定プロセスヘインプットされるだけでなく,MNEs 全体の目的,世界戦略,本国と現地国の環境条件などの要因も考慮されるべき である。」 「4.MNEsの目標を達成するための振替価格の操作は,政府の介入,本国送 金をもたらし,長期にわたって世界的目標の達成を妨げることになるかもしれ 18) ない。」 けれども,諸要因がなぜ,どの振替価格設定基準を決定するか,諸要因と振 替価格政策との明確な関係,解釈がなされていない。 そこで,次に取りあげるTangによる研究では,部分的ではあるが,たとえ ば,規模(売上高)と振替価格設定基準との間に統計的に有意な関係があるか どうかについて,日米企業を比較している。さらに,種々の環境変数を調査し, それらの変数の重要性に関して日米問に統計的に有意な差があるかどうかに関 して検討が加えられている点でも注目に値する。 18)Abdallah(1989)p.58.なお, Abdallahの研究は,国際振替価格政策に影響する要因 と,その影響について簡単な数値例を示している。その一部は,拙稿(1990)で示した。
172 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) III. Tangの研究 *Tangの研究目的とデータ Tangの研究目的は,日米企業における振替価格設定の実務がどういう点で 類似し相違しているのかを確認することにあった。実証データは,米国企業300 19) 社と日本企業369社に郵送された質問票に基づいている。ただし,そのうち,使 20) 用可能な回答は247(37%)であり,80%以上は多国籍企業であった。 *振替価格設定基準 ▼振替価格設定システムの利用度 Tangによる実証研究の結果は以下のように要約される。 振替価格の利用は日本企業よりも米国企業でより広範囲に行われていた(日 本企業72.5%,米国企業91.7%)。ところが,一方で,振替価格を利用しない企 業が若干ある。これらの企業は,その理由として振替量がとるに足りないこと, 21) 振替価格システムが複雑iすぎてうまく運用できないことをあげている。 ▼振替価格設定基準の使用数 振替価格設定基準の使用数に関しては,二種類以上の内部振替価格および国 際振替価格を使用している企業もある。 内部振替価格については米国企業(2から6種類,44.4%)日本企業(2か ら4種類,42.4%),国際振替価格についてみるならば,米国企業(2から5種 類,29.4%)日本企業(2から4種類33。3%)が複数の振替価格を使用してい る。けれども,一種類の振替価格を利用している企業が一番多い。(内部振替価 格:米国企業55.6%,日本企業57.6%)(国際振替価格:米国企業70.6%,日本企 19) Tang (1979a) p. 99. 20)ここでは,多国籍企業とは,外国に少なくとも一つの子会社か支店をもっている会社と 定義されている。しかし,本社が何パーセント出資しているか,販売・生産どちらか中心 か等,多国籍企業をより詳細に定義することも必要であろう。 21) lbid., p.59.
業66.7%)このように,複数の目的があるはずなのに一種類の振替価格設定基 準しか使用しない企業が多いのは意外である。そして,内部振替価格よりも国 際振替価格の方が日米とも単一の振替価格設定基準を利用する企業が多いのも 22) 意外である。振替製品のタイプに応じて,あるいは受:入事業単位ごとに別々の 振替価格を使用すれば複数の振替価格を使用する可能性も大きくなるのではな 23) いだろうか。 ▼よく使用される振替価格設定基準 24) Tangの四つの表から作成したのが表2である。この表は,日米企業の内部振 替価格と国際振替価格について,使用している振替価格設定基準を複数回答を 許した場合と,最も重要な基準を一つだけ選択してもらった結果をパーセント で表した結果である。以下,この表からわかることを筆者なりに解釈してみた い。 ①まず,内部振替価格に関してである。 米国企業については,市価,全部製造原価プラス,交渉価格,標準全部製造 原価がよく利用されている。 日本企業については,全部製造原価プラス,交渉価格,市価,市価マイナス 販売費,標準全部製造原価が広く利用されている。 全体的傾向としては,複数回答,一つだけ回答どちらの場合も,日本企業で は非コスト志向的方法の方が,米国企業ではコスト志向的方法の方がわずかに よく利用されているようにみえる。 日米企業とも,数学的プログラミング,変動製造原価(限界費用)のような アカデミックな著者があげている方法は,ほとんど使用されていない。 ②次に,国際振替価格についてである。 22) lbid,, p.63, pp.67−68, 23)谷(1983)251−252頁。 24) Tang (1979a) pp.61−65,
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約回む壇○一
即 回 蕪 羅 斑枳製需迎填弾物囚騰日米企業によって全部製造原価プラス,市価,交渉価格,市価マイナス販売 費は比較的よく利用されている。 Tangらの解釈によれば,これら四つの方法は米国の内国歳入法の第482条や 25) 他国の同様の規定によるところが大きい。すなわち,これらはアームス・レン グス価格に近似するとされるのであろう。 標準全部製造原価については,内部振替価格に比較して国際振替価格の方が 低く,日米企業とも利用度が3%から5%である。これは,全部製造原価プラ ス基準の方がその分大きくなっていることと関係があるのだろうか。そしてま た,国際市場の方が不確実性・複雑性が高いために,内部利益を含まない原価 基準よりも内部利益を含む全部製造原価プラス基準が選択されているのかもし れない。 次に,日米ともコスト志向的方法のうち全部製造原価プラス以外の方法を利 用している企業はきわめて少ない。これは,変動製造原価に関しては振替価格 として変動費を使用することによって本国市場よりも低い価格で海外市場で売 26) 買されるならば,ダンピングになる恐れがあるからであろう。 内部振替価格については,米国企業がコスト志向的傾向があり,日本企業が 非コスト志向的と言えそうであるけれども,国際振替価格に関しては,日米と 27) もに非コスト志向的である。 また,市価と市価マイナス基準に関して,一つだけ回答を許した場合の日本 企業の内部振替価格を除いて市価の方が日米企業で多く使用されている。これ は,市価マイナス基準はマイナスする販売手数料の決定の恣意性から本部で決 定されると供給事業単位にとって外部販売よりも不利な価格になる恐れがある 25) Tang (1979b) p.13. 26) Tang (1979a) P.68 27)*コスト志向的振替価格:主として移転される財貨の原価情報に基づいて設定される振 替価格。 *市場志向千振替価格:主として移転される財貨の市価情報に基づいて形成される価格。 *非コスト志向的振替価格二市場志向的振替価格を含み,主として振り替えられる財貨 の原価情報に基づいて形成されない振替価格。(Tang(1979b)p.13>
176 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) ため,供給事業単位の権i限が大きい場合,市価基準が利用されることが多いの であろう。では,日米の差を生み出す振替価格設定への影響要因は何か。 *環境変数 Tangは国際振替価格設定政策を公式化する場合に影響を与える20の環境変 数の重要性をアンケート調査した。尺度は5点スケールを用いて点数の多いほ ど重要性も増加する。 日米企業の回答によれば,企業全体の利益が最:も重要で,利益や配当の本国 送還に関する制限,海外子会社の競争的地位,海外子会社の業績評価が重要な 変数であると考えられている。また,日本企業の方が,米国企業よりも平均値 が大きくなっている。その理由をTangは日本の方が米国よりもGNPに占め 29) る海外貿易の割合が大きい点に求めている。 20の変数のうち相対的重要性(順序)には日米ともある種の同意がある。絶 30) 対的重要性(平均点)には10の変数について有意な差があった。 *検定結果 Tangによって,さまざまな業種の145の米国企業と102の日本企業から寄せ 3D られた回答をもとに振替価格設定方法に関する7つの仮説が検定された。ここ では紙面の都合上,結果のみをあげておく。 1.米国の大規摸製造業の会社(LAIC)の振替価格システムは,日本の大規模 製造業の会社(LJIC)の振替価格システムよりもコスト志向的でも非コスト志 32) 向的でもないと解釈される。特に,米国の国際振替価格システムは,米国以外 28)谷(1980)80頁。 29) Tang (1989a) p.79 30)Ibid., pp.80−81, p.101.;20の変数については表3参照。 31)Tang(1979a)p.75回答企業は総収益,在外子会社との輸出入,総収益に対する部分単 位間の振替の割合がほぼ同等であった。ただし,経営規模は,US.・MNEsの方か日本の MNEsよりも広範囲にわたっていた。 32) lbid., pp,69−72.
のシステムよりもコスト志向的で複雑であるというArpanの研究結果と対立 する。Tangは,その理由を研究方法の相違に求めている。 2.米国企業間のコスト志向的内部振替価格の利用の程度と規模の間には関係 がないと解釈された。これに対して,国際振替価格については1%の有意水準 で棄却された。すなわち,Tangは日本企業の規模が:大きくなればなるほど,よ 33) り非コスト志向的内部振替価格が利用されることがありうるだろうという。 3.大規模米国製造企業の規模(売上高)とそれらの企業間のコスト志向的振 替価格の利用の間には有意な関係はない。これは,Arpanの発見と矛盾する。 4.日本企業については,規模が大きくなればなるほど,非コスト志向的振替 価格の利用される可能性が大きくなる。
5.仮説C−1:国際振替価格設定政策を公式化する場合にLAICとLJICに
とって主要な環境変数の絶対的重要性に有意な差はない。 C−1は,20の変数のうち10について棄却された。棄却された変数は表3の “S”(統計的に有意であることを表す)を付与された10変数である。 特に,日米の企業間の目だつ差は,「外国通貨の価値変動」および「在外子会 34) 社の現地パートナーの利益」という2変数に関する評価の差である。 *重要な変数とその他の変数 米国企業にとって最も重要な5変数は,「企業の全体利益」「利益あるいは配 当の本国送金に関する規制」「在外子会社の競争的地位」「国家間の所得税率と 所得税の規制の相違」「在外子会社の業績評価」である。 日本企業にとって最も重要な5変数は,「企業の全体利益」「在外子会社の競 争的地位」「外国通貨の価値変動」「利益あるいは配当の本国送金に関する規制」 35) 「在外子会社の業績評価」の1頂となっている。 「利益あるいは配当の本国送還に関する規制」について回答企業の多くが関 33) lbid, pp. 72−75. 34) lbid., p. 88, pp. 103−104. 35) lbid., p. 82, p. 106.178 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) 表3 振替価格政策に影響する環境変数 平均値の順位 米国日本 1 1 2 4 3 2
4 14
5 5 6 97 l1
8 12
9 6,7 10 15 変 数 ①企業の主体利益 ②利益あるいは配当の本国 送還に対して外国政府に よって課される規制 S③在外子会社の競争的地位 ④国家間での所得税率と所 得税の規制の相違 ⑤在外子会社の業績評価 ⑥その会社が営業を行って いる国での関税率および 関税法 ⑦外国によって課された輸 入の規制 ⑧在外子会社に対して課さ れうる特許料や管理費の 額について外国によって 課される制約 S⑨在外子会社における十分 なキャッシュ・フローの 維持の必要 ⑩在外子会社に対する財務 報告の規則と要求 平均値の順位 米国日本 11 1012 3
13 8
14 18 15 13 16 16 17 6,7 18 20 19 17 変 数 S⑪現地政府との良好な関係 の維持 ⑫会社が営業を行っている 国における通貨価値の下 落と上昇 S⑬外国におけるインフレ率 ⑭事業.単位聞振替量 S⑮外国のダンピング防止法 S⑯現地基金を探すための在 外子会社の要求 S⑰在外子会社の現地パート ナーの利益 ⑱海外直接投資に対する本 国政府の要求 S⑲会社が経営を行なってい る外国での没収のリスク 20 19 S⑳外国の独占禁止法 心をもっているのは,多くの国がその種の規制をもっているからである。 規制に対して,振替価格を高めに設定することは一つの対応策である。逆に, 振替価格を低く設定することは,「在外子会社の競争的地位を強める」ことにな 36) るから,これらの変数はトレード・オフの関係にある。「所得税」に関心がもた れているのは,各国の所得税率の差を利用して,財を所得税率の低い国へ低い 振替価格で一旦移転してから,高い振替価格で別の国へ移転するという節税方 37) 法が重視されているからである。 Tang (1979a) pp.80−81. この 36) lbid,, pp 83−84 37)この節税については,拙稿(1990)63−64頁参照。また, 米国の内国歳入法,第482条の/「業績評価」は,「企業の連結利益の極大化」と並んで振替価格システムの二 大目的である。これは,業績評価によって,企業の効率性を促進し,業績測定, 管理者の動機づけを行うことによって,全社的利益を極大化できる可能性があ 38) るからである。 日米企業を比較すると,第一に,米国企業では4位の「所得 税」が日本企業では14位と低く,第二に,米国企業では「為替相場の変動」が 39) 12位なのに対し,日本企業では3位と高い。第三に,「在外子会社の現地パート ナーの利益」も米国企業に比べて日本企業では上位にある。 第一の点については,理由が不明であるが,私見では,振替価格の設定に関 しては,米国企業の方が日本企業よりも集権的傾向が強く,全社的観点に立っ た節税が行い易いのかもしれない。あるいは,米国企業の方が,振替価格の利 用度が大きく,節税目的が重視されているのだろうか。 第二の点に関する理由は,日本の貿易相手国として米国が最も重要であり, 米ドルに対する円高による日本の輸出産業の不利,日本企業の対米黒字による 40) 日米貿易摩擦といった問題を日本企業が重要ととらえているためである。 また,Tangによれば,日本の場合,開発途上国(韓国,台湾等)への投資が 海外投資の50%以上を占めており,それらの現地政府の多くは在外子会社の大 部分を所有することを要求している。先進諸国(カナダ,西欧,オーストラリ ア)への直接投資が60%以上を占める米国企業に比較して,日本企業は通貨価 値の不安定な国への投資の多いことも「為替相場の変動」に関心をもつ一因と 41) なっているのではないかと思われる。 他方,現地パートナーは,親会社から移転される財貨の価格をできるだけ低 \ように,アームス・レングスな価格設定(非関連会社価格比較法,再販売価格法,原価加 算法,その他)を求める規定はこういう節税の余地を少なくするであろう(Mueller et al. (1987)p.145.;宮本(1989)180−182頁,(1988)第7章参照)。もっとも,482条の要求の みに合致する振替価格システムは原価管理や業績評価に有効な用具にはならないかもしれ ない(Cowen, et al., p.20.)。 38) Tang (1979a) pp.84−85. 39) lbid., p.82. 40) Tang, et al. (1979c) pp 9−10. 41) Tang (1979a) p.85.
180 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) く抑えたいので,親会社との間に振替価格の設定をめぐってコンフリクトが生 42) じる。在外子会社が海外に生産拠点を移して間もなく,海外での部品生産に伴 う困難(品質等)のために,部品を本国の親会社に大幅に依存している状況に 43) ある場合は特にそういえる。これらは,第三の点の理由の一部にもなっている のではないだろうか。そして,経済大国となった日本は,弱い立場にある現地 パートナーの利益を守ることを強く要請されているのかもしれない。なお,「独 占禁止法」,「没収のリスク」,「直接海外投資に対する本国政府の要求」などは, 44) 日米とも順位が低かった。以上の内容を含めて,日米企業の振替価格設定シス テムの異同は次のようにまとめられる。 *日米企業の類似性と相違性 Tangによれば,(1)振替価格の主要目的として「連結利益の極大化」「在外子 会社の業績評価」等があげられていること,(2)(振替価格設定)システム志向 には重大な差がなかったこと,(3)20の主要な環境変数の相対的重要性に関して 同意が得られたこと,に日米間の類似性がみられる。 一方,日米企業の相違については,以下のとおりである。 (1)米国企業間では,日本企業におけるよりも一層広範に振替価格が利用され ている。(2)米国企業の振替価格システムでの権限は,日本企業の振替価格シス テムよりも一層集権化されている。(3)部門間の政策の不一致は,米国企業では 主として親会期の経営執行者が調整するのに対して,日本企業では交渉によっ てこれを解決する傾向がある。(4)主要な環境変数の絶対的重要性に関して,10 45) の変数について,日米間に有意な差がある。 42) lbid , p. 88 43)井上(1990)10頁。 44) Tang (1979a) p.82, 45)Ibid., PP.92−94, PP.104−106.表2から,市価基準(市価・市価マイナス)が米国企業よ りも日本企業でより利用されていることがわかる。この事実は,上述のTangの調査結果 ②〔3)で米国企業の方が振替価格の設定に関して集権的傾向か強いことと首尾一貫してい る。
IV.振替価格政策に影響する要因 さて,AbdallahやTangにおける研究でみてきたように,国家の相違が振替 価格設定基準に影響するという見解があるが,各国の差を生じさせている要因 をさらに一つ一つ検討する必要があろう。また,国家の相違とは直接的に関係 せずに,組織形態,企業規模が振替価格設定基準に影響しているかもしれない。 Muellerらの仮説では,市価の利用は子会社がプロフィット・センターである 場合に妥当するが,そういう場合はMNEsにおいては少なく,そのことが市価 基準が二,三番目によく利用されている理由になっているかもしれない。逆に 集権的MNEsでは子会社の管理者は自律的ではなく,本社が原価基準による 振替価格の設定を行う場合が多いという。また,小規模な分権的企業は大規模 会社ほど多くのリスクに直面しておらず,市価基準を利用する傾向があるとい 4§) っ。これは,日本企業では規模が大きくなるほど非コスト志向的振替価格が使 用されるというTangの見解と対立する。 一方,Hoshowerらの実証研究によれば,多角的U.S.一MNEsについては,① 本社よりも事業単位レベルで振替価格に関する意思決定が行われる,②市価基 47) 準よりも原価基準の方がよく利用されている。この結果は,以下のように解釈 される。すなわち,多角化企業聞における方が,大量の振替活動を行っている 垂直的に統合された企業間におけるよりも独立性が強く,事業単位間の振替活 動が少ない。すなわち,多角化企業の場合,事業単位間の相互依存性は低い。 そして,ボトム・アップを阻害する振替価格政策によって発生するコストより も,自律性を認める場合の部分最適な意思決定によって発生するコストが小さ いのかもしれない。また,分権化された振替価格設定のベネフィットが集権化 された振替価格設定のベネフィットを上回るかもしれない。以上のことから事 46) Abdallah, op. cit., p, 57.; Mueller et al, (1987) pp. 142−145.; Tang (1979a) p. 20. 47) Hoshower, et al. (1986) pp. 56−57. 48)ちなみに,25社中17社は,事業部間の振替量が企業の総売上の1%以下であり,この1 %を,例えばVancilによる大規模製造業を対象とした調査の平均値13%という数字と比 べてみれば,かなり低いことがわかる(Hoshower, et a1.,(1986)pp.56−57.)。
182 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) 49) 業単位で振替価格設定が行われるのであろう。 さらに,このような振替価格設定は,Ecclesによるフレームワークと首尾一 貫しているようである。そこで,次にEcclesの研究の分析フレームワークを簡 単に述べ,Tangの研究に欠如していた分析のフレームワークを設定すること によって,その必要性を示唆してみたい。 V.Ecclesによる研究 Ecclesは,13社144人置さまざまな管理者に面接調査を行い,振替価格の設定 をめぐる仮説発見型の実証研究を行った。彼の研究は振替価格設定に影響する 重要な要因として「戦略」と「管理プロセス」をあげ,後述のような広範なフ レームワークで議論している点で優れている。すなわち,彼の分析は前述の断 片的な議論を統合するために有効なアプローチになる可能性がある。しかも, Ecclesの分析は,内部振替価格に関するものであったけれども,国際振替価格 にも応用できると筆者は考える。 *振替価格設定への影響要因 Ecclesは,振替価格の実務と実務に影響する要因の関係を図1のように表し ている。Ecclesによれば,振替価格の実務に影響する重要な要因は戦略と管理 プロセスである。そして,振替価格実務は一方では経済的決定,さらに企業業 績他方では業績測定,評価,報酬さらに個々の管理者の公平感に影響を与え 49) Hoshower, et al., (1986) pp. 54, p. 59. 〔諸目的と政策〕 Tangの研究結果によれば, (1)振替価格設定システムの重要な目的については日米とも同様である。連結利益の極大 化と部門業紬の決定か2大目的である。 (2)振替価格政策を決定するプロセスは,主として親会社のエグゼクティブによって指揮 され.ている。 (3)米国企業の大部分では部門間の意見の相違は親会社から出向してくる財務担当重役に よって調整され,日本企業の場合は部門間の交渉によって行われる。 (4)原材料や中間生産物の外部からの購入に関する分析によれば,日本企業の政策は米国 企業の政策よりも制約的である。(Tang(1979a)p.101)
図1 振替価格問題の会計理論 戦 略 企業業績 経済的 決定 振替価格 の実務 業績測定,評価, および報酬 個人の 公平性 管理プロセス 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一t一一..1・ Eccles (1985a)p.34. る。 Ecclesの研究によれば,全般的振替価格政策は,第一に,企業戦略によって 決定される。振替価格設定状況を説明するために,自律的取引,(本社によって) 命令された全部原価による振替,体社によって)命令された市価による振替, 二重価格の四つの政策が確認されたという。第二に,振替価格政策を規定する のは管理プロセスである。管理プロセスは,(1)振替価格は定型的に行われるか 否か,(2)誰が関係し,(3)どのような情報が利用され,(4)振替価格は,どのよ うな状況で,どの様な間隔で変更され,㈲どのようにコンフリクトが管理され るか,から成っている。管理プロセスは,それに携わる管理者のマネジメント ・スタイル,企業文化,振替生産物の技術的および市場特性,生産物,一般的 事業条件によっても影響される。 *振替価格実務の評価基準 以上の「戦略」と「管理プロセス」に依存して決まる振替価格実務を評価す る基準には二つある。 第一の基準は,振替実務の決定が企業の全体業績に正の影響を与える経済的 決定(投資,産出水準,および価格の決定)になっているか否かである。 第二の基準は,管理者が自らの貢献に対して公平な報酬を与えられていると 感じているかどうかということである。
184 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) ところが,全社的に最善の経済的決定をもたらす振替価格政策が,業績の測 定,評価,報酬に関する管理者の公平感を最大限に満足させるとは限らない。 このようなトレード・オフの関係は,業績の測定,評価,報酬などの経済的決 定に影響する振替価格政策以外の要因を変えることによって解決されると Ecclesは述べている。このことは,管理者を動機づけるための用具として必ず しも振替価格を利用しなくてもよいことを意味している。すなわち,変化させ るべきなのは振替価格実務なのか,振替価格の効率性に影響する他の変数なの かという重要な問題につながる。 *Ecclesによる管理者の分析平面(MAP) さて,以上のフレームワークでEcclesは,企業のとる戦略を,垂直的統合と 多角化という2つの戦略からなる二次元の平面上に表現し,企業を4つの組織 のタイプに分類して,それぞれに適合した振替価格設定を示している。4つの 組織とは,競合的(competitive)組織,協働的(cooperative)組織,提携的 50) (collaborative)組織集合的(collective)組織である。 組織は,図2のMAP上の四つの組織形態のいずれかの群に分類でき,企業 の振替価格政策は,各組織のMAP上の位置とその企業が移動したいと望んで 51) いる方向に依存している。 まず,集合的組織である。集合的組織は,その企業が製造業者や流通業者の ように,少数の職能あるいは少数の生産物のみに集中する新企業・小規模企業 にその典型例がみられる。企業戦略といっても所有主の観点からの単純なもの であり,公式的システムも存在しない。 次に集合的組織は協働的組織に成長する。協働的組織とは,高度に垂直的統 合された組織で,多角化の程度は低い。このタイプの組織は,成熟産業ないし 資本集約的産業によくみられるという。この組織の「協働」の意味は,すべて の管理者が全体業績を極大化するように協働するからであり,その戦略も全社 50)Eccles(1973)p.151.,石井(1985)90−91頁。 51) Eccles, ibid.
垂直的統合 相互依存性 高い 図2 管理者の分析平面(MAP) 協働的組織 提携的組織 (決定された全部原価) (決定された市価) 集合的組織 (振替価格なし) 競合的組織 (自律的取引) 多角化 独立性 低い 高い Eccles (1985a) p.279. 的観点に立脚した戦略である。協働的組織と逆の概念は競合的組織である。競 ’合的組織では,コングロマリットや持株会社のように高度に多角化して事業単 位間の垂直的統合がほとんどない。「競合的組織」の名称の由来は,競合的組織 の部分単位はプロフィット・センターであり,業績に基づいて相互に資本と資 源を求めて競合することからきている。 最:後に,提携的組織は,競合的組織と集団的組織の両方の特徴をもち,垂直 的統合による相互依存性と多角的事業単位としての独立的貢献が強調される。 提携的組織の部分単位が多くのプロフィット・センターをもっている点では競 合的組織と同じであるが,多くの相互関連をもつ事業から成っている点では異 52) なっている。
*MAP上の振替価格政策
Ecclesによれば,上述の四つの組織形態にはそれぞれ最もよく使用される振 替価格がある。すなわち,協働的組織には全部原価,競合的組織には交渉価格, 提携的組織には市価である。なお,集合的組織には振替価格は利用されない。 即ち,第一に,競合的組織の領域においては,自律的取引(exchange auton一 52) Eccles (1985a) pp.273−279.; Eccles (1983).186 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) omy)が適切である。というのは,高い多角化と低い垂直的統合の下では,権 限と責任がかなり委譲されているからである。 第二に,垂直的統合の程度の高い協働的組織の下では,全部原価による振替 が強制される必要がある。供給単位は多角化の程度が低い戦略を構成する限定 された数の事業単位へ製造一単位としてサービスを提供する。 第三に,提携的組織においては,垂直的統合の程度が高く,多角化の程度が 高いために各単位は別個の事業とみなされ,市価による振替が強制される。 第四に,集合的組織は複数のプロフィット・センター構造をもたず,プロフ らヨ イット・センター問の振り替えが存在しない。 以上のような分析平面上を企業が移動する,すなわち組織構造や戦略の変更 によって振替価格政策が決定されるとEcclesは考えるのである。逆に,振替価 格設定基準の変更に関して企業内で合意が得られないという事情により,組織 54) 構造の変更が妨げられる場合もある。 *研究の意義と限界 さて,Ecclesの研究の意義は,第一に,上述のような分析のフレームワーク を提示し,仮説発見型の実証研究を行った点にある。けれども,本稿で割愛し た命題は,必ずしも振替価格の運用に影響する諸要因の作用,関係を明確に表 していない。 第二に,前述のように,垂直的統合と多角化という戦略の組合せに応じて組 織を四種類に分類し,それぞれの組織に適する振替価格政策を示していること である。すなわち,規範論であるが,このことは同時に,実際の企業が,彼の 分類による特定の組織に属しているからといって,その組織に適する振替価格 55)設定基準を選択しているとは限らないことを意味している。 第三に,振替価格政策に影響する要因には,戦略以外にもマネジメント・ス 53) Eccles (1985a) p 280, 54)具体例に関しては,Eccles(1985a);小林(1987)参照。 55) Hoshower, et al., ibid,, p. 58.
タイル,企業文化等さまざまなものがある。また,管理プロセスについても, それらの要因の影響を受け,それらの要因は振替価格政策に直接的,間接的に 影響を与える。 第四に,Ecclesのフレームワークはマネジメント・コントロールのための内 部振替価格システムのフレームワークであると思われる。そして,国際振替価 格の場合は,内部振替価格の場合に考慮されなかった要因が振替価格の設定に 影響力をもつと考えられる。したがって,Ecclesのフレームワークで国際振替 価格を主として扱っているAbdallahやTangの研究内容を考察するのには無 理がある。だが,他の条件が一定であるとすれば,ある変数の変化が振替価格 の設定にどのように影響するかを知ることはできよう。そういう意味で,Eccles のフレームワークは,より包括的なフレームワークを考えるための一助になる と思われる。 以上の点を考慮に入れた上で,次に振替価格政策に影響する諸要因問の関係 を図示する。 *振替価格システムの一般的フレームワークの試み 図3は,伊丹(1987)占部(1980)谷(1980)をヒントにして描いた振替価 格の設定に対する影響要因の関係である。 国際比較を考える場合,筆者は,環境変数を,「市場環境」,「企業内環境」, それらの背後にある「基礎環境(経済,教育,政治,文化等)」に区別すべきで あると考える。「基礎環境」が「市場環境」と「企業内環境」に影響し,その結 56) 果,国家による振替価格設定実務の差が発生する。 前述のTangによってあげられた環境変数は, MNEsが取り巻かれている真 の環境変数(経済活動の環境ないし市場環境の変数)と,MNEs内部で考慮さ れる政策・目標とでもいえる企業内環境の変数から成っている。さらに,市場 56)たとえば,日米企業の経営実務の差を,いきなリキリスト教文化と儒教文化の差という ような基礎環境の差として捉えるのは間違っている。
188 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) 図3 振替価格設定への影響要因間の関係 環境変数 基礎環境 市場環境 企業内環境 意思決定
」経轍略
組織構造(権限と龍コミュニケ欝玄; @振替価格システム @ の設計と運用 振替価格設定方法←振替価格設定目的 システム変数 業績 意思決定三脚騰牲
57) 環境の変数は制度的な変数と制度外の変数に区別できる。 さらに,環境変数は意思決定に影響する。けれども,意思決定は,基礎環境 によって形成され業績ないし経験によって変化する意思決定者の個人特性によ って左右される。ここで,意思決定とは,経営戦略の決定,組織構造の決定, 振替価格システムの設計と運用を意味する。 さらに,戦略は組織構造を規定し,組織構造は振替価格システムの設計と運 用に影響する。たとえば,高い垂直的統合と低い多角化という戦略をとる場合, 協働的組織という組織構造がとられ,全部原価基準がとられることが多い。逆 に,Ecclesの例では,協働的組織から提携骨組織へ変革され,市価基準が適用 されるはずであったにもかかわらず,市価基準の適用に対する反対があったた めに,協働的組織という組織構造をとらざるをえなかった場合があげられてい る。このように会計手続きが組織構造に影響する場合もある。 58) また,Ecclesの管理プvセスは振替価格システムの設計と運用に相当する。 57)表3では,市場環境の制度的環境変数………②④⑥⑦⑧⑩⑮⑱⑳市場環境の制度 外環境変数………⑪⑫⑬⑰⑲,企業内環境変数………①③⑤⑨⑭⑯,となる。 58) Eccles (1985a) p.113, p.115,公平性は意思決定者の個人特性の一部であり,組織構造は権限と責任関係,コ ミュニケーション・システム等によって規定される。 VI.結 び 本稿では,近年の振替価格実務の実態調査の研究を概観した。 まず第一に,振替価格設定方法に関する分析は4つのグループに区分できる こと,および主要な振替価格設定基準に関して使用可能な条件,使用されにく い理由等,各基準の特徴について述べた。 第二に,Tang,その他の研究者の調査結果をもとに,国籍による振替価格設 定基準の相違をまとめてみた。 だが,単に国籍の相違によって相対的に重要な振替価格設定目的が決定され, その結果として振替価格設定基準が決まると考えてよいのであろうか。一般に, 振替価格政策は,国内のみの場合に比べて国際振替価格の場合は複雑になる。 それは,追加的な環境条件の考慮が必要となるからである。すなわち,国境を 越えて経営活動を行う場合は,節税目的,現地国政府とのコンフリクトの回避 等の目的も考慮することになる。たとえば,アームス・レングス価格以外の振 替価格は課税当局に認められないという場合,振替価格設定基準は特定の基準 に限定される。 また,利用される振替価格設定基準の範囲は,マネジメント・コントロール 目的と多国籍企業全体の課税負担を最小化するという節税目的とでは異なるだ ろう。振替価格設定システムを設計する場合,複数の目的それぞれにとっては 最善ではなくても,全体として有効な振替価格設定システムを設定するという 立場と,たとえば,マネジメント・コントロール目的と内国歳入法482条の要求 を満足するようなシステムは別個の振替価格設定システムとみなすという立場 が考えられる。 国籍によってよく使用される振替価格設定基準に相違があるといっても,振 替価格設定目的毎に区分するというように,より一層詳細に分析する必要があ るのである。さらに,Abdallahが述べているように,環境条件(市場条件,政
190 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270・271号) 府の態度,世界戦略)の変化に応じて多国籍企業は異なる振替価格を利用せざ るをえないこともあるだろう。また,業種あるいは生産形態に応じて最適な振 59) 替価格が異なっているのかもしれない。 業種によって採用される振替価格に傾向があれば,各国の経済発展の段階に より,あるいは産業構造の相違により国籍毎によく使用される振替価格の傾向 が変化する可能性がある。 Tangの研究では,重要な環境変数としてはどのようなものがあるかという こと,日米企業において環境変数の重要度に差があること,日米企業とも「連 結利益の極大化」と「子会社業績の決定」という主要目的をもっていること, システム志向にも重大な差のなかったことが指摘されている。 第三に,Ecclesによる振替価格設定実務に影響する諸要因の関係を表したフ レームワークを紹介した。その影響要因とは戦略と管理プロセスである。Eccles は,垂直的統合と多角化という二つの戦略次元からなる分析平面上に企業の位 置を定め,その位置によってその企業の所属が決まる四つの組織形態それぞれ に適した振替価格があると考える。そして,現実に選択される振替価格は,そ の企業のMAP上の現在位置と進むべき方向に依存して決まるとするのである。 Tangが振替価格実務の現状を明らかにしょうとしたのに対して, Ecclesの モデルは規範的なモデルである。後者は仮説発見型の実証研究であり,実務を 基礎に大ざっぱな仮説を提示しているものの,質問票によるその検証は行われ ていない。アプローチ,問題意識とも違っているのである。だが,両モデルの 唯一の接点は,振替価格実務,特に振替価格設定基準の設定に影響する要因を 扱っている点にある。そして,Ecclesのような分析のフレームワークは,少な くともマネジメント・コントロールに関する限り,国際振替価格にも応用でき ると筆者は考える。 第四に,Ecclesのモデルを含め,振替価格システムのより一般的な分析フレ ームワークを提示した。こういうフレームワークは,振替価格設定実務に影響 59)たとえば,受注生産企業では市価基準よりも原価プラス基準の採用が多い。(谷(1983) 155頁。)これは,受注品には市場がなく,市価基準が適用しにくいせいかもしれない。
する諸要因間の関係,およびどの要因がどのように組み合わさって振替価格設 定が左右されるかというメカニズムを解明するために有用であると筆者は考え 60) る。これを解明することは将来の課題である℃ 60)内部振替価格については,谷(1980)(1983)のような研究がある。 〈謝辞と補足〉 本稿を作成するにあたり,神戸大学管理会計研究会にて,筆者の誤りを指摘していただき ました。また,後藤實男先生にもアドバイスをいただきました。ここに感謝の意を表します。 さて,本稿では,国際振替価格の研究を内部振替価格の研究の延長線上にとらえている。 これは,国際振替価格の研究は内部振替価格の研究にグU一バルな変数を付加するという考 え方である。けれども,国際振替価格は内部振替価格とは全く別個の問題と捉えることもで きよう。たとえば,多国籍企業の国際振替価格の調査とはいいながら,多国籍企業の概念が 明確に定義されずに使用されている。調査対象が違えば,論者によってでてくる結果に相違 が生じるのも当然である。また,国際振替価格の調査の回答に内部振替価格についての回答 が混じっている可能性もある。そのような研究上の弱点を自覚し,多国籍企業の行動原理が 何かを明らかにした上で,国際振替価格の問題に取り組むべきではないだろうか。 以上の点に関しては,「若手研究会」による共同論文(企業会計および産業経理(1991年7 月号)参照。
192 吉田龍恵教授退官記念論文集(第270 ・271号) 参 考 文 献 Abdallah, W. M,, lnternational Transfer Pricing Policies : Decision Making Guidelines for Multinational Companies, Quorum Books, 1989, Arpan, J. S., “lnternational lntracorporate Pricing : NonAmerican Systems and Views”, ノbz〃蹴zJ of International」Business Studies, Spring,1972. Belkaoui A , lnternational Accounting : lssues and Solutions, Quorum Books, 1975. Cowen, S. S., C. P. Lawrence, and L Stillbower, “Multinational Transfer Pricing”, Management Accounting, January 1979, Eccles, R. G., “Control with Fairness in Transfer Pricing”, Harvard Business Review, November−December, 1983. Eccles, R, G., The Transfer Pricing Problems ’ A Theory for Practice, Lexington Books, 1985a. Eccles, R. G., “The Structure of Business”, in ‘Principal and Agent: The Structure of Business’, edited by Platt, J. W. and R. J. Zeckhauser, Harvard Business School Press, 1985b. Hoshower, L. B. and L. A, Mandel, “Transfer Pricing Policies of Diversified U.S. 一Based Multinationals”, The /ntemational /oblrnal of A counting Editcation and Researich, Vol. 22, No, 1, Fall, 1986, Univ. of lllinois. Tang, R. Y. W. Transfer Pricing Practices in the United States and Japan, Praeger Publishers. 1979a. ’ Tang, R. Y. W,, C. K. Walter, and R. H. Raymond, “Transfer Pricing−Japanese vs. American Style”, Management Accounting, January 1979b. Tang, R. Y. W. and K. H. Chan, “Environmental Variables of lnternational Transfer Pricing : Japan−United States Comparison”, ABACUS, Vol 15, No. 1, 1979c. Vancil, R. F., Decentralization, Management Ambiguity by Design, Homewood, III. Dow Jones−lrwin, 1978. 石井淳蔵他著『経営戦略論』有斐閣,1985年。 伊丹敬之著『日本的経営論を超えて』東洋経済新報社,1987年。 井上信一稿「企業の国際化と原価管理 在英日系企業の場合』原価計算,第29冊,1990年。 占部都美編著『経営学辞典』中央経済社,1980年。 小林哲夫稿「管理会計システムの適合性の喪失について」国民経済雑誌,第156巻第4号, 1987年。 谷 武幸稿「振替価格設定システムの選択と事業部制組織,National lndustrial Conference Boardの調査を中心として」国民経済雑誌,第142巻第3号,1980年。 谷 武幸著『事業部業績管理会計の基礎』国元書房,1983年。 宮本寛爾著『国際管理会計の基礎』中央経済社,1988年。 宮本寛爾著『多国籍企業管理会計』中央経済社,1989年。 頼誠稿『管理会計における国際的観点』彦根論叢,第265号,1990年。