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きょうの夜ごはんはコメを食べよっ! : 食事に関する新表現の普及

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(1)

きょうの夜ごはんはコメを食べよっ! : 食事に関す

る新表現の普及

著者

尾崎 喜光

雑誌名

清心語文

21

ページ

102-89

発行年

2019-11

URL

http://id.nii.ac.jp/1560/00000460/

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清心語文 第 21 号 2019 年 11 月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 一〇二 1. 「夜ごはん」「コメを食べる」という表現  食事に関する新しい表現が現在普及しつつある。  現代日本の食事はおおむね三食である。これらの食事を意味する語は複合語で表現 されるが、その語構成は、主食である米飯から「食事」へと意味が拡張した「ごはん」 や「めし」あるいは「食」を後部要素とし、これに時刻を限定する前部要素を付加し て「朝ごはん」「昼めし」「夕食」「晩ごはん」のようにすることを基本としているが、 近年はこれまでになかった、「夜(よる)」+「ごはん」という語構成による「夜ごは ん」という言い方も若年層を中心に使われるようになってきた。「夜」という語はも ちろんこれまでもあったが、それと「ごはん」との結合が新しいのである。  また、最近は、米飯を食べるという意味での「コメを食べる」という表現も、若年 層の特に男性を中心に聞かれるようになってきた。従来「コメ」と言えば、調理する 前の固い生の米のことを指していた。その意味でしか使わない者にとって「コメを食 べる」は、あたかも生の米粒をかみ砕いて食べるような違和感を持つだろう。  これらの二つの表現を組み合わせると「きょうの夜ごはんはコメを食べよっ!」の ようになる。朝食はパンを食べ、昼食は麺を食べたので、夕食は米飯を食べるという ような文脈で使われうる。従来の言い方であれば、「きょうの夕食はごはんを食べよ っ!」とか「きょうの晩めしはごはんを食べよっ!」などとなるところである。  そこで本稿では、これらの表現を用いる人が現在どの程度の割合いるのかについて、 無作為に選ばれた約 1,000 人の東京都在住者を対象に最近実施したアンケート調査か ら、さらに「コメ」については本学の学生を対象に最近実施したアンケート調査から 使用実態の一端を明らかにするとともに、こうした表現が使用されるようになった背 景について考察する。 2. 調査概要  本稿で示す東京都在住者を対象とするデータは、次のアンケート調査により得たも のである。筆者が研究代表をつとめる科学研究費補助金による共同研究の一環として 実施した調査であるが(注 1)、本稿で論じる項目はいずれも筆者の提案によるものであ る。本学の学生を対象とするアンケート調査については該当箇所で概要を述べる。   (1)調査地域:東京都全域   (2)調査対象:20 歳~ 69 歳の男女個人   (3)抽出方法:エリアサンプリングによる無作為抽出法   (4)回答者数:1,049 人(地点数は 100 地点)

きょうの夜ごはんはコメを食べよっ!

― 食事に関する新表現の普及 ―

尾 崎 喜 光

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  (5)調査方法:相見積りにより選定した調査会社の調査員による訪問面接法 3. 分析 3.1. 「よるごはん」 3.1.1. 設問  「よるごはん」を含む主要な表現について、次の質問文と選択肢により回答を求めた。 回答者が使っている表現は一つとは限らないことから、回答者が言うことがある表現 をすべて選ばせた。回答者には、これと同じ選択肢が書かれた「回答票」を持っても らいなから回答してもらった。ただし回答票での選択肢は二列ではなく縦一列に並べ てある。 いろいろな言葉についてお伺いします。最初は物の名前です。 Q1. (4)一日のうちで最後に食べる食事のことですが、自分で言うことがあるもの をすべて選んでください。     (ア) ゆうはん        (カ) ばんめし     (イ) ゆうごはん       (キ) よるごはん     (ウ) ゆうめし        (ク) よるめし     (エ) ゆうしょく       (ケ) よるしょく     (オ) ばんごはん  提示した表現は、前部要素を時刻語彙の「ゆう」「ばん」「よる」、後部要素を食事 語彙の「はん」「ごはん」「めし」「しょく」とし、これらを組み合わせた複合語とした。 ただし、「ばん」を前部要素とする「ばんはん」や「ばんしょく」、「よる」を前部要 素とする「よるはん」は使われている可能性が低いこと、また調査票全体のボリュー ムや調査時間の制約等を考慮し本調査では提示しなかった。 3.1.2. 結果と考察 (1)各表現の使用者率  全体の結果は図 1 のとおりであった。  使用者率が最も高いのは「ゆうはん」である。全体のおよそ 3 人に 2 人にあたる 65.3% が使用している。これとともに使用者率が半数を超えるのは「ばんごはん」で ある。これらの「ゆうはん」と「ばんごはん」が、現在の東京における代表的な表現 である。  使用者率は 5 割に満たないものの 3 ~ 4 割が使っている従来の表現に「ゆうしょく」 「ゆうごはん」「ばんめし」がある。逆に使用者率が低いのは「ゆうめし」「よるめし」 であるが、後に見るように「-めし」は男女差が大きく、使うのは男性に限定される 傾向が著しいため全体での使用者率が低くなっている。なお「よるしょく」を使う人 はほとんどおらず、少なくとも現在においては、基本的に東京に存在しない語である。  本調査で最も注目したのは「よるごはん」であるが、使用者率は 37.8% と比較的高 一〇一

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いことがわかる。この数値は「ゆうしょく」とほぼ同じであり、全体のおよそ 5 人に 2 人が使用していることになる。使用者が半数を超えてはいないものの、現在では一 定程度定着している表現であると言える。 0 20 40 60 80 100 よるしょく よるめし よるごはん ばんめし ばんごはん ゆうしょく ゆうめし ゆうごはん ゆうはん % 0.1 7.6 37.8 27.7 52.1 39.6 11.3 31.0 65.3  図 1 <夕食>の各種表現の使用者率(全体)  これを回答者の属性別に分析したのが図 2-1 ~図 2-3 である。表現が多いことから、 分かりやすいようグラフを 3 枚に分割して示した。 65.3 66.7 63.9 66.5 75.2 61.9 62.4 61.1 79.8 73.6 62.1 62.1 57.4 47.8 76.8 61.7 62.7 64.5 31.0 26.5 35.5 19.9 33.5 34.2 30.2 33.7 16.0 29.2 29.8 28.2 27.7 25.4 37.5 38.3 32.4 39.3 11.3 20.8 1.7 16.8 11.5 11.7 9.8 8.2 26.6 22.6 21.8 17.5 15.8 3.0 0.9 2.3 2.0 0.9 39.6 37.7 41.5 41.6 41.3 40.1 39.0 36.1 47.9 38.7 36.3 35.0 31.7 32.8 43.8 43.6 43.1 40.2 0 20 40 60 80 100 % 全体(1049人) 男性(528人)女性(521人) 20代(161人)30代(218人)40代(257人)50代(205人)60代(208人) 20代(94人)30代(106人)40代(124人)50代(103人)60代(101人) 20代(67人)30代(112人)40代(133人)50代(102人)60代(107人) 男性 女性 ゆうはん ゆうごはん ゆうめし ゆうしょく  図 2-1 <夕食>の各種表現の使用者率(属性別①)  図 2-1 は前部要素を「ゆう-」とする表現である。  男女別に見ると「ゆうめし」で男女差が大きい。女性で「ゆうめし」を使用する人 はほとんどおらず、使うとすればほぼ男性に限定される。これは「めし」のぞんざい 一〇〇

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さに起因しているものと考えられる。のちに見る「ばんめし」や「よるめし」も女性 の使用者率は極めて低いことから、東京において「-めし」はほぼ男性語という位置 づけとなっている。このことが、これらの表現の全体での使用者率を押し下げる要因 となっている。  年齢層別に見ると、いずれの表現も年齢層による顕著な違いはなく、使用者率は基 本的に一定している。ただし「ゆうごはん」については、30 代から 20 代にかけて 1 割以上数値が低下している点が注目される。この傾向は、回答者を男女に分けて年齢 層別に見た場合にも認められる。これは、後部要素を「-ごはん」とする場合、のち に見るように「よるごはん」を使う傾向が現在若年層を中心に顕著であることに起因 している可能性が考えられる。  使用者率が最も高い「ゆうはん」は、男女を合わせた 30 代を除き年齢層による顕 著な違いはやはり認められないが、これを男女に分けて見ると傾向が異なる。男性は 若年層になるに従い増加傾向を示す。これに対し女性は、30 代での動きが微妙では あるが、全体的としては若年層になるに従い減少傾向を示すように見える。これらが 相殺され、男女を合わせた年齢層別では、年齢層による顕著な違いが見られなかった。 これがもし確かな事実であるならば、現在「ゆうはん」はゆるやかに男性語になりつ つあるということになるが、その原因は現在のところ十分にわからない。 52.1 53.8 50.5 55.9 52.8 50.6 53.2 49.5 58.5 51.9 49.2 57.3 53.5 52.2 53.6 51.9 49.0 45.8 27.7 50.6 4.6 34.8 29.4 26.8 25.9 23.6 52.1 55.7 48.4 49.5 47.5 10.4 4.5 6.8 2.0 0.9 0 20 40 60 80 100 全体(1049人) 男性(528人)女性(521人) 20代(161人)30代(218人)40代(257人)50代(205人)60代(208人) 20代(94人)30代(106人)40代(124人)50代(103人)60代(101人) 20代(67人)30代(112人)40代(133人)50代(102人)60代(107人) 男性 女性 ばんごはん ばんめし %  図 2-2 <夕食>の各種表現の使用者率(属性別②)  図 2-2 は前部要素を「ばん-」とする表現である。  男女別に見ると「ばんめし」で男女差が顕著である。女性で「ばんめし」を使用す る人は非常に少ないのに対し、男性では約 5 割が使っている。使うとすればほぼ男性 九九

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に限定される。  年齢層別に見ると、「ばんめし」は若年層に向けて使用者率が緩やか上昇している ように見えるが、顕著と言えるほどの上昇ではない。「ばんめし」も「ばんごはん」も、 使用者率は基本的に一定している。  この傾向は、回答者を男女に分けて年齢層別に見た場合も同様である。なお、女性 は、若年層に向け「ばんめし」がやや増加傾向にあり、20 代では約 1 割が使っている。 20 代においても男女差が大きいことに変わりはないが、今後若年層の女性たちの間 で使用者率がさらに増加するか否かが注目される。 37.8 31.4 44.1 59.0 52.3 44.0 22.9 13.0 47.9 45.3 34.7 20.4 8.9 74.6 58.9 52.6 25.5 16.8 7.6 13.3 1.9 18.6 7.8 8.9 3.9 1.0 28.7 14.2 16.1 6.8 1.0 4.5 1.8 2.3 1.0 0.9 0.1 0.0 0.2 0.0 0.5 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.9 0.0 0.0 0.0 0 20 40 60 80 100 全体(1049人) 男性(528人)女性(521人) 20代(161人)30代(218人)40代(257人)50代(205人)60代(208人) 20代(94人)30代(106人)40代(124人)50代(103人)60代(101人) 20代(67人)30代(112人)40代(133人)50代(102人)60代(107人) 男性 女性 よるごはん よるめし よるしょく %  図 2-3 <夕食>の各種表現の使用者率(属性別③)  図 2-3 は前部要素を「よる-」とする表現である。「よるしょく」の使用者率はほ ぼゼロであるので、これを除く「よるごはん」と「よるめし」について見てみよう。  男女別に見ると、いずれも男女差が認められる。「よるごはん」はどちらかと言う と女性に多い。一方「よるめし」を使用する人はほぼ男性に限定される。もっとも、 男性であっても「よるめし」を使う人はそれほど多くなく 1 割強にとどまる。本稿で 最も注目した「よるごはん」は、男性よりも女性で使用者率が高い表現であることが わかる。同じく「よる-」を前部要素とする「よるめし」は、「めし」が持つぞんざ いさゆえに女性は使いにくく、その結果「よるごはん」が男性以上に選択されること によるものと考えられる。  年齢層別に見ると、「よるごはん」は若年層に向けて使用者率が顕著に上昇している。 30 代で半数を超え、20 代では約 6 割が使用している。現在急速に普及しつつあるこ とが、こうした明確な年齢差として表れているところが少なくないと考えられる。数 九八

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値は低いが「よるめし」にも同様の傾向が認められ、20 代では 2 割近くが使っている。  この傾向は、回答者を男女に分けて年齢層別に見た場合も同様であるが、「よるご はん」の若年層に向けての増加傾向は特に女性において著しい。40 代で使用者率は すでに過半数となり、30 代で約 6 割、20 代では 7 割超の女性が使っている。グラフ を 3 枚に分割したため確認しにくいが、20 代の女性の間で使用者率が最も高いのは この「よるごはん」である。このことから、「よるごはん」は若年層の女性の間でか なり定着し、現在では最もよく使われる表現にまでなっていることがわかる。  この「よるごはん」について、男女を年齢層別に比較しやすいよう組み替えて示し たのが図 3-1 である。 59.0 52.3 44.0 22.9 13.0 47.9 45.3 34.7 20.4 8.9 74.6 58.9 52.6 25.5 16.8 0 20 40 60 80 100 20代 30代 40代 50代 60代 % 全体 男性 女性   図 3-1 「よるごはん」の使用者率の男女比較  これによると、「よるごはん」の使用者率が増加するのは男女に共通した傾向であ ることがまずわかる。  男女で比べると、使用者率はいずれの年齢層でも男性よりも女性の方が高い。全体 として使用者率が低い 50 代・60 代では男女差も大きくないが、若年層に向け数値が 高まるにつれて男女差も大きくなる。特に 20 代では開きが大きく、女性は男性より も使用者率が 3 割近く高い。その結果、40 代以下、とりわけ 20 代においては、「よ るごはん」は女性語的な傾向が見られるようになってきている。  これと同様に「よるめし」について組み替えて示したのが図 3-2 である。 九七

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18.6 7.8 8.9 3.9 1.0 28.7 14.2 16.1 6.8 1.0 4.5 1.8 2.3 1.0 0.9 0 20 40 60 80 100 % 20代 30代 40代 50代 60代 全体 男性 女性 図 3-2 「よるめし」の使用者率の男女比較  女性はどの年齢層でも数値が極めて低く、20 代で 4.5% とやや上昇することを除け ば、年齢層による違いもほとんど見られない。これに対し男性は、若年層になるに 従い「よるめし」の使用者率がゆるやかに上昇し、20 代では 3 割近くにまで達する。 こうした男性の傾向が、全体での数値の上昇を牽引している。現在でも耳にする頻度 はまだそれほど高くないが、20 代の男性にとって「よるめし」はある程度普通に用 いられつつある表現となっている。  男女で比べると、使用者率はいずれの年齢層でも女性よりも男性の方が高くなっ ている。「よるめし」の「めし」のぞんざいさのニュアンスがこうした違いの要因と なっているものと考えられる。男性は若年層に向け増加傾向を示す結果、40 代以下、 とりわけ 20 代においては、「よるめし」は男性語的な傾向が見られるようになってき ている。 (2)「よるごはん」が普及・定着しつつある背景  本稿で最も注目した「よるごはん」は、現在の東京では 4 割近くの人が使う表現と なっていること、とりわけ 20 代の女性における使用者率は 7 割を超え、従来のさま ざまな表現以上に最もよく使われる表現となっていることを見た。  この「よるごはん」について橋本行洋(2007)は、国会の会議録や児童生徒向けの 学習教材、児童の作文での用例、文献初出、この表現が成立した背景などについて多 角的に検討・考察しているが、若年層を対象とした意識調査の結果も示している。関 西の大学生 122 名(男性 47 名、女性 75 名)を対象に 2005 年に実施したアンケート 調査によると、「よるごはん」を「自然な言い方である」と回答した人は半数以上おり、 この語の周知・浸透の程度を認めることができるとする。 九六

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 岸本千秋(2009)は、食べ物の表現に関するアンケート調査の一項目として「よる ごはん」の使用についても調査している。武庫川女子大学の学生 123 名および一般人 156 名(人数はいずれも有効回答数;出身地または最長居住地は関西圏が中心)を対 象に 2008 年に実施した調査である。これによると、「夜ごはん」の使用は中高年層に はほとんど見られず、若い世代(大学生)でのみ使われていることを報告するととも に、大学生における使用者の割合は 17.1% であるが今後増えていくのではないかと推 測している。  本研究の調査対象地域は東京であるが、若年層に向けての「よるごはん」の使用の 増加傾向は以上のように関西にも見られる。おそらく全国的な傾向であるものと推測 される。  この「よるごはん」はいつ頃から使われ始めたのであろうか。使用頻度や使用者率 は現在よりも低いと考えられるものの、少なくとも今から 30 年前には使われていた ことを確認している。  筆者は、実際のコミュニケーションや独話における発話データから話し言葉の変化 を多角的に研究するため、「放送ライブラリー」(横浜市)において、過去に放送さ れたテレビ番組やラジオ番組を視聴し調査研究を進めている。そうした調査の中で、 1989 年放送のあるテレビ番組において、「よるごはん」の使用例にたまたま接した。  TBS テレビ『そこが知りたい 東京の!晩ごはん』(1989 年 12 月 12 日放送)とい う番組で、リポーターをつとめたアナウンサーの宮崎聡子氏(当時 45 歳・女性)は、 都内の定食屋や総菜屋に来た客に対し、次のように「よるごはん」を使ってインタビ ューしている。   「よるごはんここに来ることは、多いんですか?」   「あっ、きょうは何ですか? よるごはん。」  橋本行洋(2007)が示している活字資料における「よるごはん」の確実な用例は 2000 年あたりであるが、それよりもさらに 10 年ほど遡ることになる。  では、「よるごはん」がここ数十年の間普及し定着しつつあるのはなぜであろうか。  本調査の結果によると、「ゆうごはん」のような一部の表現の一部の年齢層での使 用を除き、従来の表現に取って代わって「よるごはん」が使われるようになったとい うのではなく、従来のさまざまな表現に「よるごはん」が追加されるという形で普及・ 定着しつつあるものと考えられる。  これについて佐竹秀雄(2000)は、近年は遅い時間まで働く人が増え食事時間も遅 くなるという生活の変化を理由の一つとして指摘する。  橋本行洋(2007)も、近年の夕食時刻の遅延(食事時間帯が「夕」や「晩」という よりも「夜」になった)や朝食の欠食という食環境の変化(「ひる」-「よる」とい う二項対立意識の強化)を社会的要因として指摘する。  関連して橋本行洋(2016)は、〈語彙体系のささえ〉という観点から「よるごはん」 の普及・定着を説明している。日本人の食生活が、室町末期~江戸後期にかけて二食 制から三食制に変化したことに伴い、アサ-ユウないしは近世以降のアサ-バンとい う二項対立をなす時間語彙を前部要素とする食制語彙に、ヒルという時間語彙を前部 九五

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要素とする食制語彙が加わることになった。このヒルはヨルに対応する語であること が、「よるごはん」が生じる遠因と考えられるとする。  これらの先行研究が指摘するように、言語使用のバックグラウンドとなる生活実態 の変化や、言語そのものである語彙体系上の要求が重なって、新しい表現である「よ るごはん」が生じ、現在普及・定着しつつあるものと考えられる。  これに加え、私たちの言語生活において、「よる(夜)」と意味上重なるところの大 きい「ばん(晩)」という語の使用頻度が現在減少し、「よる(夜)」の使用頻度が相 対的に増加した結果、「よる」を前部要素に持つ「よるごはん」という語を構成し、 それが普及・定着しつつあるという事情も考えられそうである。  現時点では確たるデータがないため推測にとどまるが、複合語としてではなく単純 語として「晩」を使うことが現在それほど多くないように感じる。たとえば、いつも は夕方には帰宅している人が仕事で遅くなることを家族にメール等で連絡する場合、 「きょうの帰宅は晩になります」と書くか、それとも「きょうの帰宅は夜になります」 と書くか。あるいは、職場で昨夜のスーパームーンを話題にするとき、「きのうの晩 の月はとってもきれいでしたね!」と言うか、それとも「きのうの夜の月はとっても きれいでしたね!」と言うか。いずれも「晩」よりも「夜」の方が多いのではないか と思う。「よるごはん」が生み出され普及・定着する背景には、こうした単純語とし ての「晩」の使用頻度の衰退と、それを埋める形での「夜」の使用頻度の相対的増加 があるのではないかと考えられる。 3.2. 「コメ(を食べる)」 3.2.1. 設問  「ゴハン(を食べる)」に対する「コメ(を食べる)」という表現については、後者 の表現についてのみ回答者に提示し、このように言うことがあるか否かを回答しても らった。質問文と選択肢は次のとおりである。質問文の「このように」とは、回答者 の手元の「回答票」に書かれた「コメを食べる」という表現のことである。調査員に よる発音の不自然さや不統一を回避するため文字により提示した。また、「食べる」 ではなく「コメ」の方に注目させるため、「コメ」には下線を付した。 Q1. (5)パンではなく炊いたご飯を食べるという意味で、このように言うことがあ りますか。      (ア) 言うことがある      (イ) 言わない 3.2.2. 結果と考察 (1)「コメ(を食べる)」の使用者率  全体の結果は図 4 のとおりであった。  グラフ左端の「全体」によると、「コメ(を食べる)」の使用者率は 38.6% であるこ とがわかる。現在東京でこの表現を使う人はおよそ 5 人に 2 人であり、ある程度定着 九四

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している表現であることがわかる。  男女別に見ると、この表現の使用には男女差が多少あり、使用者率は女性よりも男 性の方が高い。男性はほぼ半数が使っている。数値が低い女性であっても約 3 割は使 っている。男女差を伴う背景には、「ゴハン」に対立する表現としての「コメ」に加え、 美化語の「オ」を付加した「オコメ」に対する「コメ」が意識され、「オ」のない「コ メ」にぞんざいさが感じられるためという事情も考えられる。  年齢層別に見ると、若年層になるに従い使用者率は一貫して上昇していることが確 認される。20 代では 6 割近くが「コメ(を食べる)」を使用している。若年層ではか なり定着した表現となっていることがわかる。  この傾向は、回答者を男女に分けて年齢層別に見た場合にも認められる。とりわり 男性の 20 代・30 代での使用者率は高く 6 割を超える。若年層男性のおよそ 3 人に 2 人が使う表現となっている。女性においても 20 代・30 代の数値は高いが、男性と比 較すると数値は低く約 4 割にとどまっている。 38.6 47.3 29.8 57.1 52.8 39.7 27.8 18.8 67.0 63.2 43.5 35.0 29.7 43.3 42.9 36.1 20.6 8.4 0 20 40 60 80 100 全体(1049人) 男性(528人)女性(521人) 20代(161人)30代(218人)40代(257人)50代(205人)60代(208人) 20代(94人)30代(106人)40代(124人)50代(103人)60代(101人) 20代(67人)30代(112人)40代(133人)50代(102人)60代(107人) 男性 女性 % 図 4 「コメ(を食べる)」の使用者率(東京調査)  男女を年齢層別に比較しやすいよう組み替えて示したのが図 5 である。 九三

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57.1 52.8 39.7 27.8 18.8 67.0 63.2 43.5 35.0 29.7 43.3 42.9 36.1 20.6 8.4 0 20 40 60 80 100 20代 30代 40代 50代 60代 全体 男性 女性 % 図 5 「コメ(を食べる)」の使用者率の男女比較(東京調査)  使用者率はいずれの年齢層でも女性よりも男性の方が高い。年齢層にかかわりなく、 どちらかと言えば女性よりも男性が使う表現であると言える。一貫して男女差を伴い つつ、男性も女性も若年層に向け増加しつつあるのがこの「コメ(を食べる)」とい う表現である。この表現が現在普及しつつあることが、年齢差として反映されている 面が少なくないものと考えられる。  以上のように「コメ(を食べる)」という表現は、東京では若年層に向け使用者率 が増加しつつあること、とりわけ男性の若年層ではかなり定着していることを見たが、 他の地域ではどうであろうか。その一つのケースとして、岡山市の若年層女性の場合 を以下に示す。  筆者が勤務先の大学で担当する「日本語学演習Ⅱ」では、授業の一環として、やは り筆者が担当する「日本語学講読Ⅱ」の履修者を対象とするアンケート調査(一人 1 ~ 2 問持ち寄り式のオムニバス調査)を実施した。その設問の一つとして「コメ(を 食べる)」の使用に関する質問をした。調査の実施は 2018 年 12 月でる。有効回答は、 2 年生・3 年生を中心とする 32 人(全員女性)であった。質問文と選択肢は次のとお りである。基本的に東京調査と同様であるが、回答は回答票を用いない自記式である ため、語形は質問文中に提示した。 九二

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問 1 食べ物の名称や人を誘うときの言い方についてお尋ねします。  (1)パンではなく炊いたご飯を食べるという意味で「コメを食べる」と言うこ とがありますか? あてはまるもの 1 つに○を付けてください。      1. 言うことがある      2. 言わない  結果は図 6 のとおりであった。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 43.8 56.3 言うことがある 言わない 43.8 56.3 図 6 「コメ(を食べる)」の使用者率(本学調査)  「コメ(を食べる)」を「言うことがある」と回答した人の割合、すなわち使用者率 は 43.8% である。およそ 4 割が使用している。この数値は、東京の 20 代女性の数値 とほぼ同じである(図 5 を参照)。すなわちこの表現は、東京のみならず他の地域に おいても若年層に向け使用者率を増加させつつあること、またその使用者率はおおむ ね全国一律であり顕著な地域差は伴わない可能性があることが考えられる。 (2)「コメ(を食べる)」が普及・定着しつつある背景  こうした表現を使わない人にとっては大きな違和感を覚えることのある「米飯(を 食べる)」という意味での「コメ(を食べる)」が現在普及しつつあるのはなぜであろ うか。  従来の表現であれば「ゴハン(を食べる)」であるが、じつはこの表現は多義的である。 「今朝はゴハンではなくパンを食べた」とか「麺よりもゴハンの方が好き!」のよう に「ゴハン」は「米飯」という意味でも用いられるが、「今朝はゴハンを食べなかっ たからお腹がペコペコ!」とか「きょうのゴハンは豪華!」のように「食事」という 意味でも用いられる。  つまり「ゴハンを食べる」という表現は、「米飯を食べる」という意味と「食事をとる」 という 2 つの意味を持ち、文脈によっては曖昧さが生じうる。その曖昧さを解消する ため、「米飯を食べる」の方を「コメを食べる」としたものと考えられる。パンでも なく麺でもなく米飯なのだということを明確にするために、「ゴハン」ではなく「コメ」 が用いられるようになったのであろう。一見不思議な表現と感じられるが、じつは非 常に合理的な理由にもとづく言語変化であると考えられる。 九一

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4. まとめと今後の課題  本研究で得られたおもな知見をまとめると次のようになる。 ①「よるごはん」  最近実施した東京での調査によると、<夕食>を意味する語として最も多くの人が 用いている表現は「ゆうはん」であり、およそ 3 人に 2 人が用いていることがわかっ た。これとともに使用者率が半数を超えるのは「ばんごはん」である。この「ゆうは ん」と「ばんごはん」が現在の東京における代表的な表現である。  本研究で最も注目した「よるごはん」の使用者率は約 4 割と比較的高いことがわか った。この数値は「ゆうしょく」とほぼ同じであり、現在では一定程度定着している 表現であると言える。また、「よるごはん」と比べると数値は 1 割弱と低いながら「よ るめし」という表現も用いられていることがわかった。  男女別に見ると「よるごはん」は男性よりも女性で使用者率が高い。これと逆の傾 向を示すのが「よるめし」であり、使用者ほぼ男性に限定される。  年齢層別に見ると、「よるごはん」は若年層に向け使用者率が顕著に上昇し、20 代 では約 6 割が使用する表現となっている。特に 20 代の女性は 7 割超が使用しており、 他の表現以上に最もよく使われる表現となっている。  こうした表現が普及・定着する背景として、先行研究では日本人の生活実態の変化 や語彙体系上の要求を指摘している。それに加え、私たちの言語生活において「ばん (晩)」という語の使用頻度が減少し、「よる(夜)」の使用頻度が相対的に増加した結果、 「よる」を前部要素に持つ「よるごはん」という語を新たに構成し、それが現在普及・ 定着しつつあるという事情も考えられそうである。 ②「コメ(を食べる)」  東京での調査によると、「米飯を食べる」という意味での「コメ(を食べる)」とい う表現の使用者率は 38.6% であった。およそ 5 人に 2 人が用いる、ある程度定着して いる表現であることがわかった。  男女別に見ると、使用者率は女性よりも男性で高く、男性はほぼ半数が用いている。  年齢層別に見ると、若年層になるに従い使用者率は一貫して上昇し、20 代では 6 割近くが使用している。若年層ではかなり定着した表現となっている。とりわり男性 の 20 代・30 代での使用者率は高く 6 割を超え、およそ 3 人に 2 人が用いている。  本学の学生を対象にほぼ同様に調査したところ、使用者率は約 4 割であった。この 数値は、東京の 20 代女性の数値とほぼ同じである。「コメ(を食べる)」は東京のみ ならず他の地域においても若年層に向け使用者率を増加させつつあることが伺える。  「コメ(を食べる)」という表現が現在普及しつつある背景には、従来の表現である 「ゴハン(を食べる)」が多義的であることが考えられる。「米飯」という意味での「ゴ ハン」と、「食事」という意味での「ゴハン」の曖昧さを解消するため、「米飯を食べ る」の方を「コメを食べる」としたものであり、合理的な理由にもとづく言語変化で あると考えられる。 九〇

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 今回の調査は、「コメ(を食べる)」については岡山市の若年層女性も対象としたが、 東京都在住者を対象としたものであった。「よるごはん」にしても「コメ(を食べる)」 にしても、おそらく普及は全国的なものであると推測される。コストの面でも労力の 面でも全国調査の実施はハードルが高いが、代表性や精度の点では劣るかもしれない ものの、“旬の日本語”を迅速に把握する方法として、全国を対象とする WEB 調査 等があってもよい。調査対象地域を東京から全国に拡大することが、今後の課題の一 つである。 注 1 本調査は、JSPS 科研費 JP18H00673(研究課題「共通語の基盤としての東京語の動態に関する 多人数経年調査」;研究代表者・尾崎喜光)による調査研究の一環として実施したものである。 参考文献 岸本千秋(2009)「「食べ物」に関することばの時間的変化-アンケート調査の結果から-」『武庫川女 子大学言語文化研究所年報』20 佐竹秀雄(2000)『サタケさんの日本語教室』(角川文庫) *「12 夜ごはん」の項 橋本行洋(2007)「語彙史・語構成史上の「よるごはん」」『日本語の研究』3-4 ――――(2016)「第 6 章 新語・流行語」『講座 言語研究の革新と継承 2 日本語語彙論Ⅱ』(ひつ じ書房) (おざき よしみつ/本学教授) キーワード=「よるごはん」、「コメ」、夕食、米飯、東京都、言語変化、新語 八九

参照

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