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ヴィゴツキーの発達診断論、ならびに診断論における知的障害の理解とその特徴

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ヴィゴツキーの発達診断論、

ならびに診断論における

知的障害の理解とその特徴

The Study on Vygotsky s Theory of Developmental Diagnosis,

and Understanding of Intellectual Disability in this Theory

黒 田 吉 孝

Yoshitaka KURODA

要約 ヴィゴツキー 1931 年論文を取り上げ、当時のソビエト児童学における子どもの発達と障害の診 断に対する彼の評価、彼自身の発達診断論の基本的視点、診断論における知的障害の理解と診断の あり方等について、彼の心理学理論と関連させながら検討をおこなった。また、当時の児童学に対 する厳しい政治的、学問的批判の中で、ヴィゴツキーが発達診断の議論を通し、どのように科学と しての新たな児童学を構築しようとしていたのか検討をおこなった。彼の発達診断論は今日におい ても学ぶべき所が多いが、特に知的障害児童の「二次的障害」等の論究は、彼らの人格の発達と障 害の理解に貴重な視点を提供しており、今日においても追及すべきテーマと言える。 キーワード:ヴィゴツキー、児童学批判、発達診断、知的障害、二次的障害、精神病理 なぜ、ヴィゴツキー 1931 年論文か 障害等の発達に困難がみられる子どもの診 断に関するヴィゴツキーの代表的な論文とし て、「困難を抱えた子どもの発達診断と児童学 的臨床」がある。この論文は、柴田、他(2006) によると、1931 年当初、「困難を抱えた子ども の児童学の諸問題」という論文集のために執筆 されたものであったが、この論文集は何らかの 理由で出版されず、ヴィゴツキーの死後(彼は 1934 年に逝去した)、分冊のパンフレットとし て出版された歴史的背景をもっている。 発達診断(もしくは児童学的診断)は、子ど もの発達と障害を総合的に研究する児童学の一 領域として位置づけられ、教育等に資すること が期待されていた臨床的、かつ学際的な領域で あった。所(1994)が紹介しているように、発達 診断は、1933 年、ソビエトの基本的な学校法で あったポリテフニズム学校規定に児童学的判定 * 滋賀大学名誉教授 作業として組み込まれた。そして、翌年の修正 学校規定では、「学校の教育プログラムに力が及 ばない生徒は、特別な医学的・児童学的検査を 受け、かつ児童学者ないし医師の指示に従って 特設補助学級・学校療養・教育施設に就学しな ければならない。」と修正され、判定作業として、 児童学者の役割が法的にも明瞭化された(1933 年の規定では判定作業は医師のみであった)。 しかしながら、1936 年、ソビエト児童学は、 全連邦共産党中央委員会決定「諸教育人民委員 部の系統における児童学的偏向について」によ り、学問としても、大学や研究所等の組織的と しても廃止されることになった(決定例は、「2. 学校内の児童学専門家の班を一掃する。及び児 童学系教科書を排除する。5.教育大学と師範テ フニクムにおける独自の科学としての児童学の 課程を廃止する。6.現在の児童学専門家がこれ まで出版してきたすべての理論書を、新聞雑誌 上であくまでも批判する」である)。 実は、児童学は 1936 年決定以前から厳しい状 況に追い込まれていた。『児童学』誌は 1931 年

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に新たに発刊されたが翌年には閉刊させられた (『心理学』誌も同年閉刊の決定を受けている)。所 (前掲書)は、「児童学は研究運動としてのよりど ころを失い、さらに弱体化の途をたどる。社会的 地歩は落ちてゆき、教育学者からの児童学廃止の 提案も出るにいたった。」と解説している。また、 現代ロシアのある心理学者の「この時(1931 年の 『児童学』誌第 1 号)からソビエト児童学の退歩 の時代、その<後ろ向きの発展>が始まった」と する見解を紹介している。児童学は、所が指摘す るように、普通義務教育の現実化の中で、知能テ ストによる子どもの判定という限定された役割 を担い、一貫して(その体制の中に)組み込まれ てしまっていた。1934 年の修正学校規定におけ る児童学者の学校入学にあたっての判定作業は、 こうした歴史を背景にしていた。 ヴィゴツキーは、児童学をめぐる政治的・社 会的に厳しい状況の中で、学問としての児童学 の存立と構築をめざし取り組んでいた。1931 年 論文「困難を抱えた子どもの発達診断と児童学 的臨床」はこのような背景をもとに作成された と推測される。  この論文については、柴田、他(前掲書)が、 ヴィゴツキーが児童学の弱点や課題を十分に意 識しながら、児童学としての発達診断の現状を 批判的に分析・検討し、発達診断の研究方法の 確立、臨床科学としての成立するための条件、 あるいは、教育支援との関係等、自身の心理学 理論にもとづき体系的に論じていると、簡潔な コメントを加えている。1936 年の決定は、ヴィ ゴツキーの死後 2 年にあたるが、彼の児童学へ のねがいや取り組みは実を結ぶことなく、学問 としての児童学の廃止という結末を迎えた。1) 本稿では、筆者(黒田)は、児童学に関する 当時の状況を念頭に置きながらも、 ①ヴィゴツ キーは児童学と児童学的診断(発達診断)をど のように考えていたのか、②これらの学問の新た な構築に向けどのように論を展開しようとして いたのか、特に発達診断の議論が児童学の構築 にどのような意義をもつと考えていたのか、そし て、③困難な子どもの中でも知的障害児童につい て、彼の発達診断論においてどのように理解し、 知的障害の診断において何を重視していたのか 等、1931 年論文を通し明らかにしようとした。 児童学ならびに児童学的診断に対する ヴィゴツキーの考え 児童学ならびに児童学的診断に対する批判 は、前章で紹介したように教育学等の近接領域 においても厳しいものがあった。この状況の中 で、ヴィゴツキーは、児童学の専門家としてど う対応していたのだろうか。 本稿では、ヴィゴツキーが、第一に、子ども の発達と障害に対する診断としての活動に何が 求められているのか、その定義が児童学におい て曖昧であると指摘していること、そして、第二 に、診断の基礎を構成する児童学における子ど もの発達と障害に関する理論が十分でなく未発 達であると言及していることに注目してみる。 ヴィゴツキーは、後者に対し、児童学の危機と 称しているが、後述するように、児童学を全否 定するのではなく、危機の中から児童学の科学 の発展として次の段階につながる徴候や可能性 を見いだし、道筋をつけることが重要であると 述べていることにも留意する必要があろう。 (1)ヴィゴツキーの発達診断に対する考え この 2 つの指摘を検討する前に、ヴィゴツ キー自身は、そもそも発達診断をどのように考 えていたか、1931 年論文から整理してみたい。 残念ながら、彼自身の発達診断に対する直接的 な定義はみられないが、当時の児童学としての 診断や欧米圏での診断に関する批判、あるいは 発達診断に関する彼の方法論的検討を通し、間 接的に彼自身の考えをうかがうことができる。 例えば、ヴィゴツキーの「(発達診断に関わ る)研究者は、特徴やデータや徴候から出発し ながら、直接には与えられていないが、現実に おいて観察できるあらゆる特徴の根底にある発 達過程の特質や性格を研究し、定義しなければ ならない。このように、完璧な児童学研究や発 達診断法における研究者の課題は、一定の特徴 の確認、それらの列挙あるいは体系化、つまり それらの外的な類似した特徴による現象の分類 にあるだけでなく、これらの外面的データを思 索的に処理することによって、もっぱら発達過 程の内的本質を洞察することにある。ビネー2) 等の方法でみられるように、得られた徴候やそ の指標の機械的あるいは算術的な処理に基づい

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て、しばしば発達水準についてのできあいの結 論を得ようとする現代の児童研究は、あらゆる 科学的研究におけるもっとも重要な要素、つま り思考の要素を多かれ少なかれ節約しようとす る。この方法を用いて仕事をする児童学者は、 いくらかの事実を明らかにし、それからこれら の事実を純粋の算術的計算によって処理し、思 索的処理とはまったく自動的方法によって結果 をえる。これを他の領域における科学的診断法 と比較してみると、なにか奇怪である。医者は 体温や脈搏を調べ、内臓器官を聴診し、化学的 な分析の結果を知り、レントゲン写真を調べ、 それを既知の整然たる像と結びつけながら、思 索によって、これらすべての徴候を発生させた 内的病理過程を洞察する。これらの徴候の機械 的総和自体が私たちに科学的診断をもたらすこ とができると仮定することは、とんでもないこ とである。」を紹介することができる。 発達診断では、なによりも、現象として確 認できる症状、そして症状間の特徴を分類する だけでなく、これらのデータを子どもの発達と 障害に関する科学的知見に基づいて思考・判断 し、対象としての子どもの発達過程の内的本質 を洞察することが必要であるとヴィゴツキーは 述べている。附言すれば、この洞察(診断)に は、暴力や学習や発達の遅れ等の症状に対する 周囲の関わりを考慮した発達過程の理解、これ らの症状がもつ発達的な理解、ならびにこれら の理解を踏まえた支援等が含まれるだろう。引 用した上記は「発達の徴候(あるいは、徴候の 発達)の確認から発達の診断へ」という文でま とめられている。同時に、知能年齢等の発達水 準の既成の検査結果に基づき診断結果を得よ うとする傾向に対し、科学的研究において重要 である思考のプロセスを省略し、算術的計算に 頼り、自動的手段で結果をだそうとする児童学 的診断を批判している。医学的診断との対比で は、医学的診断もかつては児童学と同様の歴史 をもっていたが乗り越えてきたこと、また、医 学は情報が少ない場合でも、その情報を適切に 使用することができる知識体系をもっているこ とを指摘している。 ところで、上記文章ではフランスの心理学 者ビネーの知能年齢の算出とその利用について 批判をおこなっているが、アメリカの小児科医 ゲゼルの発達診断については好意的な表現が多 い。ヴィゴツキーの両者に対する評価の違い は、ビネー検査の対象は主に学齢期の児童であ り、就学等の判定・選別に使用されていたこと、 一方、ゲゼルの場合、主な対象は乳幼児であり で医学、特に小児科医の診断との関係で使用さ れていたことが関係しているかもしれない。 ビネー検査の知能年齢について、ヴィゴツ キーは、ゲゼルの「常態心理学」と「臨床心理 学」の区別を基に、前者の心理学は発達の徴候学 の一つであり、後者の心理学に対し、補助的な 関係にあると述べている。すなわち、知能年齢 は、精神測定学的研究の成果の一つであるが、 臨床心理学の「人間の行動を解釈し、行動の限 界や可能性を決定すること」という目的との関 係で位置づけられ、解釈されるべきであると論 じている。 (2) 当時の児童学の診断に関するヴィゴツキーの 考え 当時の児童学の診断に関するヴィゴツキー の第一の批判であった、診断の目的、定義の曖 昧さについて彼の考えを検討してみる。以下の 彼の文章はその批判の典型と言える。 「困 難 を 抱 え る 子 ど も の 研 究 の 方 法 論 が 出 合っている危機を決定する第一の困難は、児童 学的研究にかかわる基本的概念(すなわち、《診 断》《予後》《措置》等)の不明確さにある。児 童学は、なにを研究しなければならないのか、 それをどのように定義するか、なにを予知でき なければならないのか、どのような助言をあた えなければならないのかを、いまだに正確に確 立していない。あらゆる児童学的研究に共通す るこれらの問題を解明しなければ、私たちの実 際的方法論が今日陥っている、みじめで貧しい 経験論の限界を超えることはできない。もし児 童学が実際に最後までそのいくつかの理論的な 基本命題を熟考し、それらから正しい実際的結 論を導き出すことができるならば、児童学はこ れらの問題に答えることができるだろう。」 当然ながら、当時の児童学者も子どもを測定 し、子どもの発達や障害の研究をおこない、彼 らなりの診断や予測をおこない処方をおこなっ ている。しかし、ヴィゴツキーは、児童学にお

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いて、児童学的診断とはなんなのか、どのよう におこなうのか、児童学的予測を立てるとはど のようなことなのか、誰も理論的に明らかにし ようとしてこなかったと批判しているのであ る。その結果、児童学的診断を医学的診断に置 き換える等、他の科学から直接的な借用の道を 進んだり、親の訴えに含まれていた行動や症状 と同じことを診断の中で別の言葉に言い換えた り、臨床的には未消化なままテスト結果(知能 年齢等)を両親や教師に伝えるに過ぎないこと を繰り返していると述べている。 ヴィゴツキーが児童学的診断場面で紹介し ている事例はその典型である。この事例では、 児童学者は、学校や家庭で、理由がよく分から ない強い怒りの発作、激情、憤怒、怨恨を表し、 周囲の人にとっては危険であり、他の子どもに 石を投げたり、ナイフをもって飛びかかったり するかもしれない子どもに対し、「あなたのお 子さんはてんかんです」と母親に伝えている。 そして、母親のそれは何かという問いに、「そ れは、この子が意地悪く、興奮しやすく、短気 であり、怒るとわけがわからなくなって、周囲 の人びとに危険であったり、他の子どもに石を 投げたりするかもしれません」等の説明をおこ なったのである。失望した母親は、「それは、み んな私があなたに言ったことだけじゃないです か」と抗議している。 この母親の訴えは、子どもとの暮らし方、こ どもの突発的で発作的な行動の理解と対応や予 防、子どもに学校に通わせる仕方や学校での学 習の支援等についての問いであり、これらに対 する児童学としての診断への期待であった。し かしながら、児童学者の診断は、母親が観察し 感知している子どもの実態を少しでも豊にする ことも、なにかを付け加えることもできなかっ たとヴィゴツキーは指摘している。 児童学的診断における問題の第一は、一般児 童心理学自体の未熟さにあるとヴィゴツキーは 考え、ブロンスキーの「一般児童学はこれまで のところきわめて雑多な情報や知識の混合物で あり、本来の意味においては科学的とも言えな いような代物である。」とする見解を紹介して いる。しかしながら、ブロンスキー自身の困難 を抱える子どもの診断と対応3)は、方法論と理 論的水準において、また、児童学的分析がおこ なわれる方向において、この限界(注:ブロン スキーの見解)を超えることができなかったと ヴィゴツキーは強調する。そして、この限界は、 児童学的診断に対し、ヴィゴツキーが「発達へ のなんらかの示唆が完全に欠如していること、 すなわち児童学的診断に対する基本的な要求と して理論的に提起されているもの(注:課題) がちょうど欠如していることである。まさにこ れら(注:児童学における診断結果と助言)す べてが、同じように成人にも適用できよう。結 局、子どもにとって、つまりこの段階の子ども の発達にとって、なんら特別な示唆がない。し たがって、科学としての児童学にとって、特別 なものはなにも見いだせない。」と指摘した内容 でもある。 (3) 当時の児童学の発達と障害の理論に対する ヴィゴツキーの考え ヴィゴツキーによる、当時の児童学への批判 の第二の内容であった子どもの発達と障害に関 する児童学の理論的問題について、彼は、1931 年論文では、例えば、「児童学的研究の基本的命 題」の項を立て、児童学として進むべき方向性 を提起しながら考察を加えている。以下にその 一部を紹介してみる。 「(児童学における)発達の研究方法と診断 法において、現象論的観点から因果的=力動的 観点へ移行する試みという、一つの共通理念に よって貫かれた研究を基礎として、さまざまな 時点で私たちによって行われた試みの要約へ移 らなければならない。4) 出発にあたって私たち が基本的命題としたのは、児童学的研究の課題 を正しく理解するということであった。私たち はそれが、子どもの発達過程の構造と経過を決 定している内的法則性、内的論理、内的連関と 依存関係の解明にあると考えた。最近まで私た ちの研究においては、発達過程の構造よりも、 子どもの発達過程のダイナミックスと経過の問 題に大きな注意がはらわれてきた。実際にはこ れら二つの問題は一つの全体の二つの側面であ り、一方なくして他方の問題は正しく解決され ないばかりか、正確に提起されもしない。」 この文章について、ヴィゴツキーの意図する 方向で若干補足してみたい。

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ヴィゴツキーは、児童学の研究法と診断法を 検討するにあたり、精神病理学や生物学の科学 の発展をもたらした知見から重要な視点を学ん でいる。この文章の「現象論的観点から因果的= 力動的観点」もその一つである。例えば、ヴィ ゴツキーは、児童学的診断の課題と関係させ、 精神医学者のクレペリンを高く評価し、その理 由として、クレペリンの「病気の外面的表現と 症候の背後には、そのときの病気の表現だけで 決定されるのではなく、その起源、経過、臨床 的結末、解剖学的所見、その他の要因によって も決定される病理過程が隠されており、それら すべてが合わさって、真の疾患形態の全体像を 形成する」とする考えをあげている。ヴィゴツ キーにしたがえば、クレペリンは、「事物の本質 がその表現と直接には一致しないこと」、「科学 は現実の根底にあり、事物間に存在する結びつ き、依存関係を研究すること」を人間の精神の 研究において初めて科学的に提起し、臨床とし て具体化させた人物である。 ヴィゴツキーは、クレペリンのこの考えを 知的障害等の発達に困難をしめす子どもに援用 し、「あれこれの原因が、私たちが直面してお り、徴候として確認する現象のすべてを直接に 生み出すというようには決して考えてはならな い。徴候とそれを引き起こす原因との関係はは るかに複雑である。以前には、なんらかの障害、 たとえば聾とか魯鈍が、その子どもの発達を特 徴づけ、私たちが知っているすべての像の出現 を直接に導くというように考えられていたが、 今では私たちは、個々の徴候が基本的な原因 と、さまざまな非常に複雑な関係にあることを 知っている。財布から取り出される貨幣のよう にして、徴候は障害から直接に導きだされるも のではない。徴候の各項はそのすべての系列を 生み出す原因に対してまったく同一の関係にあ るように、すべての徴候を一列に並べることは できない。このことを認めることは発達過程の 無視を意味するだろう。ところで、知的障害児 が示す像は発達の所産である。このことは、そ の像が複雑な成分、複雑な構造をもっているこ とを意味する。」と明言している。ヴィゴツキー のこの論の特徴は、クレペリンの精神病の理解 と研究に対する「現象論的観点から因果的=力 動的観点」へという考えを土台にしながらも、 知的障害等の理解と診断においては、その障害 特性を踏まえ、発達過程を重視すべきであるこ と、なぜなら、知的障害の子どもの像は「発達 の所産」であると強調している点にある。 さらに、ヴィゴツキーは、「現象論的観点か ら因果的=力動的観点」への移行が、「子どもの 発達過程の構造と経過を決定している内的法則 性、内的論理、内的連関と依存関係の解明」に 導くとも述べている。しかしながら、1931 年論 文では、因果的=力動的観点の方法と発達にお ける内的法則性や内的論理等の解明に関する言 及は、症状や症候の障害の理解と診断に重きを おいている印象が強い。ヴィゴツキーの発達の 弁証法、すなわち、知的障害の子どもを含む子 どもの発達の法則は、心理学的諸機能間の変化 (再編・統合)による新たなシステムの誕生とし て理解する、また、個々の心理機能は、他の心理 機能との関係において存在していると理解する 彼の発達理論(ヴィゴツキー、1930、1931a,1935、 黒田、2017、2019)は、発達診断に関する 1931 年論文においては、大きく扱われていない。こ の点については、知的障害の子どもに関する次 章で触れてみる。 1931 年論文は症候を中心にした因果=力動 的観点の診断であると指摘したが、そのこと は、ヴィゴツキーの「私たちの意図したすべて の考察の過程にとってもっとも重要で、もっと も本質的なことは、次のことである。研究者は 個々の症候群の生気のない構造を究めるだけで なく、なによりもまずそれらの力動的連結、そ れらの連関や相互依存、それらの関係を理解し なければならない。そのことを習得している人 だけが、この過程の内的ダイナミックスや、障 害児の教育についての問題の実際的解決の伴を 獲得する。なぜなら、障害児の人格の複雑な構 造の基礎にある、力動的な依存性の結びつきや 関係を洞察することは、この構造の内的論理を 理解することを意味するからである。」の論から も理解できる。 ヴィゴツキーのこの指摘を発達診断論ある いはその臨床に結びつけていくためには、この ような理論を具体化する作業、例えば、彼が「徴 候(症候)の発達」あるいは「発達の徴候」と

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表現している症候(あるいは症候群)とはどの ような状態を指しているのか(病理的な症候だ けでなく発達の遅れとしての症候等も含んでい るのか)、どのような観点(子どもの発達と障害 の理解の観点)に立って症候を抽出し相互に関 係づけるのか、そして、内的な発達過程と連関 させながら基本にある問題を明らかにしていく 等の一連の作業が求められる。 これらの点に関し、ヴィゴツキーは、外見上 無意味なものさえ、明らかに意味をもっている こと、そのためには、合理的で、有意味な結合や 依存関係の解読、解釈、解明という、関連を見い だす思考や能力を育てる課題をわれわれ(ヴィ ゴツキーを含む当時の研究者)に課せられてい ると率直に述べている5) 。発達診断はこれらの 課題を解明する役割をもっていると言える。 そこで、以下では、知的障害を取り上げ、彼の 発達診断論において、上記の課題がどのように議 論され答えがだされているのか検討してみる。 ヴィゴツキーの発達診断論における知的障害の 理解とその特徴 (1)発達と障害の研究としての児童学の基本的命題 筆者は、先に、ヴィゴツキーの発達診断論の 特徴を表すとして、彼の「(発達診断に関わる) 研究者は、特徴やデータや徴候から出発しなが ら、直接には与えられていないが、現実におい て観察できるあらゆる特徴の根底にある発達過 程の特質や性格を研究し、定義しなければなら ない。このように、完璧な児童学研究や発達診 断法における研究者の課題は、一定の特徴の確 認、それらの列挙あるいは体系化、つまりそれ らの外的な類似した特徴による現象の分類にあ るだけでなく、これらの外面的データを思索的 に処理することによって、もっぱら発達過程の 内的本質を洞察することにある。」を紹介した。 また、子ども理解の発達診断の研究法とし て、彼の「因果的=力動的観点」を明確にする ために、「(児童学における)発達の研究方法と 診断法において、現象論的観点から因果的=力 動的観点へ移行する試みという、一つの共通理 念によって貫かれた研究を基礎として、さまざ まな時点で私たちによって行われた試みの要約 へ移らなければならない。出発にあたって私た ちが基本的命題としたのは、児童学的研究の課 題を正しく理解するということであった。私た ちはそれが、子どもの発達過程の構造と経過を 決定している内的法則性、内的論理、内的連関 と依存関係の解明にあると考えた。最近まで私 たちの研究においては、発達過程の構造より も、子どもの発達過程のダイナミックスと経過 の問題に大きな注意がはらわれてきた。実際に はこれら二つの問題は一つの全体の二つの側面 であり、一方なくして他方の問題は正しく解決 されないばかりか、正確に提起されもしない。」 の論も紹介した。 これらは、子どもの発達研究としての児童 学の基本的命題として位置づけられるべきもの であり、目ざすべき方向性と考えられるもので ある。そして、児童学をめぐる当時の厳しい社 会的状況における、彼の立場表明ととらえるこ とができるものである。発達診断の研究と臨床 も、この命題に基づきながらおこなわれること になり、彼の発達診断論の特徴もこの命題との 関係で検討することができる。 (2) 知的障害を含む発達診断における 3 つの主要 原則 ヴィゴツキーは、これらの基本的命題に基づ く発達診断、ならびにその研究は、次の三つの 主要原則の上に構成されると指摘している。第 一は「事実(注:ここでの事実は注 5 の事実の 意味と異なり、症候の意味に近い)の入手とそ の解釈とを分離する原則」、第二は「個々の機能 の研究方法を最大限に専門化する原則(注:す べてを研究しようとする総体的方法とは異なる ことを指摘している)」、そして第三は「診断を 目的とする研究で入手されたデータを力動的・ 類型学的に解釈する原則」である。 本稿では、ヴィゴツキーの発達診断論におけ るこれらのそれぞれの原則について、知的障害 の子どもに対する彼の言及にも留意しながら検 討してみる。 ①発達診断における第一の原則 第一の原則は、ヴィゴツキーが、「徴候の研究 から徴候の背後にあるものの研究へと、すなわ ち事物の外的現われからその内的本質の研究へ と、すなわち事物の外的現われからその内的本

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質の研究へと研究の対象を転換し、真に科学的 な思考方法へと移行していった。」と述べている 精神病学の科学としての発展史からの学びと関 係している。 ヴィゴツキーは、精神病学だけでなく生物学 や物理学等の他の分野も同じような科学として の発展史をもっていること、そして、児童学や児 童学的診断の研究と臨床は、多くの場合、いまだ 徴候の研究(現象論的分析・分類・解釈)の段 階に留まっており(ビネーの知能年齢の研究と 臨床を含め)、この状況を脱するためには、「心 理的複合や事件は、その表現型的特質によって は十分に規定されないこと」を理解し、「発生と 消滅、原因と条件、その他の現実的な関係につ いての問題を解決するためには・・・・表現的 観点から条件的=発生的観点へ移行する」必要 があることを強調している。 第一の原則に関し、ヴィゴツキーは、1931 年 論文において、「発達の徴候の科学的検証、記 述、決定の問題」の項を立て、「実際に私たちの 実践(注:児童学的評価と診断)では、たんな るありふれた観察に正当な理由のない名称をつ け、発達の徴候にかこつけることが非常にしば しば見られる。その名称は、その現象を観察した 俗物の用語から直接に児童学的研究のリストの 中に入り込んでいる。その結果、この標示の基 礎にある事実や、その児童学的評価の性格を全 く認識しないで、頑固や凶暴といったような規 定や一般化にぶつかる。しかし、きわめて簡単 な観察が、まったく同一の事実が、その現われ において無限の段階をもつばかりでなく、症候 群の構成やその要素次第で、まったくさまざま な意味をもってくることを示している。極端に 言えば、共通の呼び名でしばしばまったく同一 の性質の現象のように見えることが、実際よく 検討すると、二種類の異なる事実が非科学的ア プローチによってたんに取り違えられたり、混 同されていることがわかる。もし、困難を抱え る子どもの実践において非常にしばしば見られ る自慰、遺尿、我儘という現象を取り上げてみ るなら、通常、研究者が、事実をおおい隠すあ らゆる呼び名、標示、一般化の外皮から、事実 の萌芽そのものを取り出すために無駄な骨折り をしていることに、私たちは気づくのである。」 と児童学的診断への批判を行っている。 ②発達診断における第二の原則 第二の原則については、個々の心理機能とそ の発達に関するヴィゴツキーの独特な考えがあ ることに配慮する必要がある。すなわち、子ど もの発達は、思考、記憶、注意、言語、情動等 の個々の心理機能の成長と変化によって単に実 現されるわけではないこと、これらの機能の結 合とその関係の新たな変化と統合によって実現 されることを強調する彼の考えを理解する必要 がある。 思考と記憶との関係を例にあげると、ヴィゴ ツキーは、その完成は、思春期に始まる概念的思 考の誕生を契機にするが、それ以前の複合的思 考と呼ばれる段階である、対象に関する具体的 知識とその具体的結合に基づく記憶を主とした 思考の高次化と考える。思春期前の子どもの思 考は記憶に依拠し、思考することは想起すると いう性格が強いが、思春期の子どもの記憶は思 考の影響を強く受け、思考のコントロール下に 置かれることになる。概念的思考での想起は、 必要な事項を一定の論理的順序で探索する特色 を帯びることになる。したがって、思春期の発 達は、思考が他の心理諸機能に対する主導的役 割を獲得し、他の心理諸機能を改造し、変化さ せる新たな能力を獲得することと理解すること ができる。思春期における概念は、判断のシス テムとして存在し、また幅広い心理システムと 関係をもち、言語化という精神作用のもとでそ れらを包含することが可能となってくる。思春 期において、世界観と人格が形成され、自覚と 世界についての一貫した観念が誕生すると言わ れるのは、思考の発達による心理諸機能の再編 成の結果とヴィゴツキーは考える。 ③発達診断の第三の原則 第三の原則の一つである診断におけるデー タの力動的解釈は、第二原則に関連する、個々 の心理機能は他の心理機能と相互に関係し、そ の関係は発達段階で異なること、ならびに個々 の心理機能の発達は、それらの相互関係の変 化・再編・統合を通して実現されるという彼の 論(発達の自己運動としての個々の心理機能の 関係の力動的変化)を前提にしている。 ヴィゴツキーは、知的障害児の心理機能間の

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関係とその発達は、独自の特徴をもっているこ と、彼らの発達と障害の特徴は、個々の心理機 能よりも、心理機能間の関係であること、そし てこれらの特徴を明らかにするためには知的障 害の子どもの発達の動態の研究が求められると している(1930、1931b、1935)。この指摘を理 論的に直接検討したのが、情動と知能の相互関 係の発達と障害をテーマに 1935 年論文「知的 障害の問題」である。この論文では、構造心理 学の代表として著名であったレヴィンの知的障 害児童の情動と知能に関係する論にたいし、心 理機能の相互関係とその発達と障害の論から批 判し、情動と知能との関係を発達的な力動的シ ステムでとらえる視点を提起している(黒田、 2017 年参照)。 発 達 と 障 害 の 力 動 的 視 点 に 立 つ ヴ ィ ゴ ツ キーの論は、一次的障害と二次的障害の関係に 関する観点からも展開されている。1931 年論 文ではこの観点からの言及が多いのが特徴とも 言える(注:ヴィゴツキーの「一次的障害」と 「二次的障害」の関係については、黒田(2015, 2016,2019)参照)。 ヴィゴツキーは、まず、これまでの知的障害 の論が、知的障害の一次的な障害は疑う余地の ないほど子どもの将来にわたって強い影響をあ たえ続けるとする考えが多かった批判する。そ して、弁証法的な子どもの発達と障害に関する 観点からすれば、これほど間違った考えはない と力説する。子どもの発達過程では、初期の発 達段階に現れる一次的な障害は、質的に新たな 心理学的な形成物の発生により、繰り返し「揚 棄(止揚)」され、一次的障害は、子どもの心理 発達にともなってその位置が異なってくると考 える。一次的障害は、新たな心理システム(心 理学的な新たな内的構造)に保持されてはいる が、奧の方にその位置を移し、内部に閉じこめ られ、機能的に重要性を失ったものに変容する と考える。知的障害の子どもの初期発達を規定 する一次的な障害の「生物学的法則」は「揚棄 (止揚)」され、その後、社会・文化的な発達の 「心理−社会的法則」に取って代わる。 ヴィゴツキーの「一次的障害」と「二次的障 害」に関する論は、知的障害の子どもの発達診 断に対し、貴重な考えを提供していると考える ことができる。彼は、「一次的障害」が強く作用 している感覚、知覚、運動の障害が直接、文化 的発達の障害や抽象的思考の障害をもたらすわ けでなく、また、感覚等の基礎的機能のみを強 化することで文化的な発達を実現することはで きないこと、感覚等の機能の精度は言語等の獲 得による発達によって高まること、そして、遊 びや労働の活動の保障を通して感覚、知覚、運 動等の基礎的機能を充実させることが重要であ ること等、教育支援と関連させながらこの問題 を論じている。 この件に関し、ヴィゴツキーは、「徴候が根本 的原因から隔たっていればいるほど、それは教 育的および治療的働きかけをより多く受ける。 次のような一見逆説的な命題が得られる。すな わち、高次の精神機能や高次の性格論的形成の 発達不全は、精神薄弱や精神病において二次的 症状であり、欠陥そのものによって直接的に条 件づけられた低次のあるいは基本的過程の発達 不全よりも変わりやすく、より働きかけを受け やすく、より除かれやすい。子どもの発達過程 で二次的形成として生じるものは、原則的には 予防をすることができるし、あるいは治療=教 育的に除かれる。このようにして、高次の機能 がもっとも教育可能である。しかし、外見上逆 説的に見えるこの命題には、断じてなんら驚く べきことは隠されていない。実際上、この命題 は、古くから知られている次のような事実を新 しい形で述べているのである。つまり、その機 能が基礎的であればあるほど、したがって生物 学的に直接的に条件づけられていればいるほ ど、それは向けられた教育的働きかけを回避す る。」と述べている。 知的障害の子どもの高次精神機能の発達と 障害の診断に関する上記のヴィゴツキーの論は 検討を要する。ヴィゴツキーの二次的障害の概 念はその多義性を特徴としており、いわゆる「問 題行動」としての徴候から高次精神機能の障害 としての徴候までを含む幅広い概念である。二 次的障害は予防し、除くことが可能であるとす る彼の論も、二次的障害の対象を厳密に定義す る必要があろう。一方、一次的障害に直接依存 しないとする高次精神機能の発達の可能性に関 する論、ならびに高次精神機能の発達の源は協

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同性とそこにおける関係性の発達とするヴィゴ ツキーの論は卓越したものと考える。6) 第三の原則としてヴィゴツキーがもう一つあ げる「類型学的」観点から発達診断の情報を解 釈するという考えは、1931 年論文を含め他の文 献でも詳細な検討はおこなわれていないと思わ れる。1931 年論文では、子どもの発達と障害の 「類型学的」研究について、彼は、「児童学は徴 候コンプレックスの研究から、この徴候の中に 現れる発達過程の研究へと移行しなければなら ない。また、児童学は、健常児と非健常児の発 達過程も、教育困難性の形成のメカニズムも、 精神病を区別する際に臨床で行われたような方 法(注:クレペリンの人格の類型学的アプロー チ)で区別され得ないと仮定するいかなる根拠 も持たない。児童の発達や教育困難性に、一定 の多かれ少なかれ限られた数の基本的で主要な タイプ、メカニズム、形態が存在すると仮定で きるあらゆる根拠がある。ところで、困難を抱 える子どもの児童学的臨床をつくりあげること は、健常児と非健常児の発達の基本的なタイプ、 メカニズム、形態を豊かな因果的=力動的結び つきの中で、それらの完全な条件的=発生的被 制約性の中で経験的、論理的に分離し、記述す ることを意味する。」と述べている。彼のこの考 えはクレペリンの精神分裂症(統合失調症)や 躁鬱病等の臨床タイプを取り出し、精神病学に おける科学的な思考法へと移行したと評価する ヴィゴツキーの考えに基づいている。知的障害 の「類型学」的タイプに関する彼の論は、実際 的知能と理論的知能のタイプに関する論究があ る。そこでは、あるタイプ(実際的知能)の知 能の発達の強化や向上は、別のタイプ(理論的 知能)の障害によって刺激された、補償反応で あると述べられている。これは、軽度の知的障 害(「魯鈍」)に言及したもの(ヴィゴツキー、 1935)であるが、重度の知的障害の子どもにつ いては、生活に密着した合理的動作(実際的知 能)の能力が高いことから、重度の知的障害の 子どもの教育に新しい展望を開くとの記述が若 干みられる(ヴィゴツキー、1935)。知的障害の 子どもの「類型学」的の論は、知的障害の子ど もの発達を固定的にとらえ、教育方法を限定す ることにもつながるが、ヴィゴツキーにおいて 他の問題に比べ十分な検討ができなかったと考 える。発達診断のみならず教育にも関する問題 でもある。6) 知的障害における「二次的障害」の新たな理解と 発達診断上の意義 ヴィゴツキーにおいて、知的障害の「二次的 障害」は、先述したように、高次精神機能の障 害、あるいは文化的発達の障害と関連づけて検 討がなされてきた。しかし、1931 年論文では、 さらに、「原始的反応」、「補償」7) の一つのタイ プとしての「虚構的補償」、そして、神経症との 関係での論の広がりがみられる。この論の広が りは「二次的障害」の対象として重度の知的障 害の子どもをも含むことを可能にさせる。 これらの新たな「二次的障害」に関する論は、 クレッチマー等の精神医学における性格研究や ヒステリー等に対する精神病理学的研究の影響 があったと推測される。例えば、クレッチマー によるヒステリー分析に基づく意思の発達不全 症候群の研究をヴィゴツキーは高く評価し、ク レッチマーとともに名づけた「意欲減退」を取 り上げ、この症候群は、初期の発達段階におけ る意思形成の正常な状態である、原始的反応の 一タイプであると述べている。そして、この症 候群の特徴として「意思と感情とが同一である ことをということ・・(すなわち、)個々の感情 は、同時に(行動)傾向性であり、それぞれの 傾向性は(同時に)感情の特質を帯びている」 ことをあげている。さらに、この原始的反応と 性格を異にする反応は、人格的反応である目的 意思的反応であると述べ、その上で、ヴィゴツ キーは、クレッチマーがヒステリー患者等の意 欲減退について、「意思の薄弱ではなく目的薄弱 であると語っているのは正しい。なぜなら、こ の現象の本質は高次の目的的意思の弱さであっ て、意思一般の弱さではないからである。」と指 摘している。筆者には、ヒステリー患者と知的 障害の子どもの意思の発達不全としての「意欲 減退」(高次の目的意思の障害)が同一の心理学 的なメカニズムとして理解することが可能か否 かの判断はできないが、ここでは、知的障害の 子どもの原始的反応は、「一次的障害」としての

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生物学的・生理学的な原因に直接起因している ものではなく、広くは環境と子どもとの相互関 係、さらには高次精神機能の発達と障害との関 係で理解する必要があること、そして、研究方 法として、前章で論じた、現象(症状)理解に おける「条件的=発生的」観点、あるいは「因 果的=力動的」観点に立ち分析する必要がある こと、さらには人格の発達と障害の診断に貴重 なデータを提供しうるとするヴィゴツキーの考 えを踏まえ、「一次的障害」と「二次的障害」に 関する彼の論を検討してみる。 (1)知的障害と原始的反応 ヴィゴツキーは、原始的反応と対立する概 念として人格の反応をあげている。人格の反応 は、その代表である目的的意思にみられるよう に、「全人格が強く意識的に反応の出現に関与す ること」で特徴づけられるが、原始的反応は、 クレッチマーの「心的体験による興奮が、発達 した全一的人格による修正をまったく経ること なく、衝動的瞬間的行為やあるいは意欲減退と いった深い機構の中で、直接的反応的に現わさ れるもの(他の箇所では同様のことを「精神の より深い系統発生的層が孤立した刺激を受け、 いわばより高次のメカニズムの位置に代わって 原始反応が表面へ出てくる」と紹介している)」 という論を引用し説明している。そして、原始 的反応の診断的意味として、「原始的反応は人 格を避ける反応であり、したがってその反応に は人格の発達不全が現れる。だから、診断的観 点からもこの反応を検討する必要がある。した がって、私たちは、魯鈍(比較的軽度の知的障 害)とは薄い関係(「一次的障害」ではないとい うこと)のある結果の一つ、すなわち、魯鈍に とって特徴的な一連の現れ方をする人格の発達 不全(「二次的障害」や「三次的障害」等として の発達不全)を問題にする」と述べている。 ヴィゴツキーは、知的障害における原始的反 応として、爆発、激情、突発的行為、拒絶症、頑 固さ、リズミカルな動作や激発性の運動等をあ げ、通常の生活上の刺激のもとでもしばしばこ のような反応傾向が強い場合、性格学的烙印を あたえられると指摘している。しかし、これら の反応は、児童期の健常児の正常な現象でもあ り、特に、性的成熟期の精神的不均衡や緊迫し た感情的状況では突発的な行為(原始的反応) に駆り立てられることが多くなる。このように 考えると、原始的反応の診断は、児童発達の法 則性の観点に立つ子ども理解と「因果的=力動 的」(「条件的=発生的」)観点に立つ障害理解と その分析が重要である。 ところで、原始反応の理解を進めるにあた り、ヴィゴツキーは、クレッチマーの「分裂」、 「孤立」に対する考えが参考になると考えてい る。すなわち、「分裂の事実は、通常一緒に働 く個々の層、または機能が、別々に、互いに孤 立して働き始めることにある。この現象は健康 な精神生活と病める精神生活の理解にとって特 別な意義をもつ。それらは精神分裂的障害の基 礎となると同時に、その機能は抽象、概念形成 などのような健常人の活動の基礎でもある。健 康な分裂気質と病める分裂気質の実験的研究に よって私たちは、人格の分裂の能力と分裂症的 タイプとの間に類型学的酷似が存在することを 確かめることができた。分析や、抽象の概念は、 分裂という心理現象の一般的領域のなかの一部 の概念である。」とするクレッチマーの考えであ る。「分裂」は原始的反応ではないが、「通常一 緒に働く個々の層、または機能が、別々に、互 いに孤立して働き始めること」とするクレッチ マーの「分裂」に対する考えが、原始的反応を 理解する手がかりをあたえてくれるとヴィゴツ キーは考える。 (2)知的障害と「虚構的補償」 軽度知的障害(「魯鈍」)の過大な自己評価 の徴候について、ヴィゴツキーは自国の児童学 者の実験結果をもとに考察を加えている。実験 は、子どもの前でコップの絵を 3 つ書き、それ ぞれ自分の物、友達の物、教師の物であること を説明した後、コップから下へもっとも長い線 が一番賢い人で、次に長い線が二番目に賢い人 であるように、直線を引くよう求めるものであ る。知的障害児童は、一般に、なによりもまず 自分自身の所に最も長い線を引くと報告されて いる。この結果に見られる知的障害児童の「自 分に対する批判的な態度のなさやその過大な自 己評価」について、社会的な理解の発達不全 (自己中心性等)と結びつけて考えられていた。 このような結果は、健常の幼い子どもでも観察

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され、人格発達の早期の段階の徴候と考えられ た。この段階は人格形成が十分でないこともあ り、「子どもは自分自身を過大評価し、自分が直 接に関わっていない人々の相対評価においては 情動的傾向または自分との関連性に基づいてそ の評価を自己中心的感情的に行う志向をあらわ す」。子どもは、感情的な評価を知的評価からま だ分離できないために、上記の反応が生じる。 それは、知的障害児童においても同様のメカニ ズムと理解され、原始的反応に属するとヴィゴ ツキーは考えている。 しかしながら、ヴィゴツキーは、知的障害 児童にみられる上記の徴候形成に対する、さら に、他のメカニズムもあり得ると指摘する。補 償メカニズムによる、「虚構による、誤った、主 観的な補償の産物」としての徴候形成である。 このメカニズムに対し、彼は以下のように説明 を行う。 「子どもが環境で出会う困難に対する回答と して、この環境が彼に与える低い評価に対する 回答としての反動的な性格学的形成物が過大な 自己評価の形態で行う虚構的補償である。人々 は彼をあほうと考えるが、彼は自分をみんなよ りも賢いと考える。・・・まさに無気力に基づ き、価値の乏しさの感覚に基づいた補償の所産 として、だが虚構による、誤った、主観的な補 償の産物として生じるのである。」 虚構的補償に基づく自己評価と環境への適 応は、知的障害児童に限らず一般的に観察され る心理的なメカニズムである。また、困難への 対応としての補償にはさまざまなタイプが考え られる(ヴィゴツキー、1931a, 黒田、2019)。重 要なことは、虚構的補償を含むさまざまな補償 があり、これらの補償が発達過程にある子ども にとってどのような意味をもっているのか、ど のよう過程を り形成されたのか、これらの理 解に基づく診断であろう。 なお、上記で取り上げた知的障害の自己評価 の性格に対し、ヴィゴツキーは、「原始的反応は 否定的側面から、つまり人格の未完成の観点か ら特徴づけられ、デ・グレーエフの徴候(虚構 的補償による徴候形成)は肯定的側面から、つ まり過大な自己評価という意味での人格に補償 的発達の観点から特徴づけられるのである。」と 述べている。今日の知的障害の理解と発達診断 においても貴重な提言である。 (3)知的障害と神経症 ヴィゴツキーは、知的障害の「二次的障害」 (あるいは「三次的障害」)等の最後の症候群と して神経症を置いている。知的障害の神経症(神 経症の上部構造という用語を用いているが、こ の用語の説明はない。神経症の発生機序を含む 心理学的な機構=メカニズムに近い意味と推測 される)について、ヴィゴツキーは 1931 年論文 では詳しく論じていない。その理由は、神経症 は最もよく解明されている症候群であり、知的 障害の場合も、神経症研究の境界的事例や本事 例として扱われていることが多いからである。 ヴィゴツキーの知的障害児童の神経症の形 成と診断に関するポイントは以下の文章に反映 されている。 「私たちは、この子どもが周囲の環境で出会 う非常に低い評価や、彼にとって克服し難い客 観的な困難さや、子どもが客観的にも主観的に も自分の価値の乏しさを意識し始め、自分の行 動の一連の傾向や方針の展開によって、また明 らかに神経症的性質をもつ性格特徴の構えに よって、それら(注:神経症の傾向、形成、メ カニズムと進展)に反応し始めることを問題に する。それと同時に、発達不全という事実自体 は、この神経症の上部構造の基礎にある内的 藤を出現させる刺激である。」 ヴィゴツキーが、神経症の上部構造の基礎に ある内的 藤の出現の刺激とする発達不全(知 的障害)は、発達不全単独でその刺激となるの ではなく、知的障害児童に対する周囲の理解と 関係性がどのようなものか、特に、教育的支援 としてどのような配慮と関わりが成されている のか、まさに、「条件的=力動的」関係性のもと で検討される必要がある。 ヴィゴツキーは、神経症をはじめとする知的 障害の「二次的障害」、「三次的障害」等を子ど もの人格構造を形成する重要な徴候と考えてい た。もちろん、教育との関係、精神機能の発達 との関係、子ども自身による障害改善の補償の 発達等との関係で「二次的障害」を理解してい たことは言を俟たない。

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結語 本稿で取り上げたヴィゴツキーの 1931 年論 文は、児童学、そしてその下での診断に対する 彼の危機的意識が反映されており、それらを乗 り越えるための理論と研究方法の提起を特徴と するものであった。そして、彼は、発達診断の 確立を通し、科学としての児童学を構築しよう としていた。また、困難を抱えたと称される子 どもの中で知的障害の子どもをその中心に位置 づけようとしていた。その背景には、知的障害 の子どもの問題の解決という、ソビエト国家と しての喫緊の課題があったことが推測される。 ヴィゴツキーの発達診断論は、彼独自の心理 学的理論を基本にしているとともに、欧米諸国 の精神病理学や小児科学の成果等を積極的に取 り入れようとする姿勢が強くみられた。また、 「二次的障害」との関連では無意識に関する言 及もみられた。本稿で紹介しなかったが、子ど もの発達と障害おける遺伝の影響についても、 機械的・形式的ではなく、クレッチマーの家族 の性格学的研究等を参考にしつつ、科学的・力 動的に実証的にとらえようとしていた。今日的 には研究者として当たり前の志向性が、当時の 政治や学会等の権威者からイデオロギー的偏見 をもたれ、児童学一派として指弾されたと推測 される。 ヴィゴツキーの発達理論は、高次精神機能の 文化歴史理論と言われることが多いが、1931 年 論文は、「二次的」・「三次的」等の障害として神 経症の徴候形成や補償の一タイプの虚構的補償 の発生メカニズム、そして原始的反応の発達に おける意味等を取り上げ、これらが知的障害児 童の人格の形成にとって、高次精神機能の形成 同様重要であると考えていたこと、また、発達 診断においてこれらの徴候を理解することが重 要であると考えていたこと等、彼の諸論文の中 でも特別な意味をもっていたと指摘できる。発 達の構造・内的法則・過程等に関する彼の論、 ならびにこれらと連動した診断論は今日におい ても学ぶべき所が多い。個の発達理論として、 ヴィゴツキーの場合、乳幼児から少年期までの 人格の発達論があるが、知的障害の子どもにお いてはみられない。知的障害の子どもの発達診 断を高めていくためにはこの面での検討も必要 となる。 注 1 ) 児童学の危機と言われる時代において、児童 学に関わる科学アカデミーでのブロンスキーと ヴィゴツキー、さらには他の研究者間での論争 がどのようなもので、1913 年論文でみられる ヴィゴツキーの論がどのように受けとめられて いたのか等、興味深いテーマである。本稿で紹 介した、所(1914)でその一端を知ることができ るが、その他に渡邊(1993)、百合草(2005)が ある。渡邊は、ヴィゴツキーと児童学との関係 を歴史的に詳細に論じている。百合草はヴィゴ ツキーに対する学会等からのイデオロギー的攻 撃を紹介・検討している。なお、ブロンスキー の発達と年齢区分については、ヴィゴツキーの 「子どもの発達の年齢的区分の問題」(1934)で 批判的に論じている。 2 ) ビネーに対するヴィゴツキーの批判の一部は以 下の通りである。  「発達とその過程で生じる質的新形成の中心 的問題についてのこの(注(黒田):ビネーによ る知能年齢による発達診断)基本的な無理解は、 まず第一に発達の量的側面に関する誤った方針 へと導く。発達とその時間的組織の問題は、そこ では歪められた形で示される。なぜなら、知的 発達における一ケ月の価値は、ライフサイクル におけるその位置によって決定されるという基 本的法則が考慮されていないからである。ここ では逆の原則が用いられている。すなわち、知 的発達における一ケ月の価値は、ライフ・サイ クルにおけるその位置とは関係なしに決定され る。」 3 ) ヴィゴツキーは、ブロンスキー(1925)の「こ の限界」を結局、超えることができなかった児 童学的診断例、すなわち小学校の初級グループ の特別に困難であった 3 名の子どもたちに対す る児童学的検査と診断結果である。内容は以下 に要約した。  ヴァロージャはテストで 5 歳 2 月の知能年齢 を示し、5 歳児相当ならば読み書きや学校の決ま りを習得することができないことを意味してお り、教育措置としては、モンテッソーリの就学 前教育方法による知的教育が必要であり、就学 前の生活規則をもつ施設の措置について配慮す る。ミーチャはてんかんの母親をもち、自分も発 作に悩んでおり、書字における鏡映文字は、脳 中枢のその分野、あるいはてんかんの根拠に通

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ずる分野での皮質上の欠陥に理由がある。ミー チャに対しては、身体の健康を強化し、神経を 高ぶらせることを避け、鏡映文字にならないよ うに正しく書けた時はほめてあげる。シューラ の父親は過度のアルコール中毒であり、循環気 質である。シューラは重症の耳漏があり、ほと んど耳が聞こえないので、耳の治療が必要であ り、年齢が精神分裂性の循環気質を軽減するこ とが期待され、平静な扱いをし、興奮が強い場 合には鎮静剤をあたえる。 4 ) ヴィゴツキーは、心理学は児童学と異なり、事 物の本質とその外的現れ、その現象の外貌とが 同一でないことは承知していたと指摘してい る。一方、児童学は、この考えを意識すること はなく、児童学研究の直接的対象が徴候コンプ レックス、すなわち外的特徴のグループである と原則的に認める理論的試みとして、ブロンス キーの児童学の定義を紹介している。その定義 は「生体における物質の量的増加は、その生体 の構造や行動に多くの変化を生じさせる。その 際、物質のあれこれの増加が構造や行動のあれ これの変化と明白に結びついている。それらの 変化の総体を、私は年齢的徴候コンプレックス と呼ぶ。児童期は一連のさまざまな成長の時期 に分けられる。それぞれの時期は、さらに個々 の相と段階に分けられる。それらの時期、相と 段階は、独自な年齢的コンプレックスをそれら の時間的順序性において、さまざまな条件との 依存関係において研究する。」である。 5 ) この件に関し、ヴィゴツキーは、「児童学研究の 実践ではその最初から、しばしば科学的研究の 直接的課題が、現在直接には与えられていない いくつかの事実の立証であるという一つの簡単 な方法論的真理を習得しなければならない。徴 候からその背後に横たわっているものへ、徴候 の確認から発達の診断へ、これが研究の筋道で ある。」と言及している。事実と徴候とは異なる こと、事実はむしろここでは、徴候の背後に横 たわっている本質的な事柄を明らかにすること であると指摘している。 6 ) これらの問題については、黒田(2019)を参照。 ヴィゴツキー後、知的障害児の「類型」はルリヤ (1961)で神経系のタイプ等として研究された。 7 ) 知的障害の「補償」概念を直接扱ったヴィゴ ツ キ ー の 論 文 は「 知 的 障 害 児 の 発 達 と 補 償 」 (1931b)である。また、黒田(2019)は、この 論文の検討をおこなっている。 文献 黒田吉孝(2017)ヴィゴツキーの知的障害論と機能的 相互関係としての心理システム論との関係(3) ―知的障害の知能と情動をめぐる当時の議論と ヴィゴツキーの心理システム論からのアプロー チ―、びわこ学院大学びわこ学院大学短期大学 部研究紀要、9、p5-16 黒田吉孝(2019)ヴィゴツキーの知的障害論における 補償概念の意味、びわこ学院大学びわこ学院大 学短期大学部研究紀要、11、p41-50 所伸一(1994)ソビエト児童学はなぜスターリンに弾 圧されたのか、北海道大学 教育学科 教育史・ 教育学論考、1、p56-68 ヴィゴツキー、L.S(1930)心理システムについて、柴 田・宮坂(訳)、学文社(2008)、p9-37 ヴィゴツキー、L.S(1931a)困難を抱えた子どもの発 達診断と児童学的臨床、 柴田・宮坂(訳)、ヴィゴツキー障害児発達・教育論 集、新読書社(2006)、p202-266 ヴィゴツキー、L.S(1931b)知的障害児の発達と補償 の問題、柴田・宮坂(訳)、ヴィゴツキー障害児 発達・教育論集、新読書社(2006)、p135-162 ヴィゴツキー、L.S(1935)知的障害の問題、柴田・宮 坂(訳)、ヴィゴツキー障害児発達・教育論集、 新読書社(2006)、p102-134 ヴィゴツキー、L.S(1934)子どもの発達の年齢的区 分の問題、柴田・森岡(訳)、児童心理学講義 (1976)、明治図書 p7-22 百合草偵二(2005)エリ・エス・ヴィゴツキーと「児 童学批判」、心理学研究、25、2、p63-81 ルリヤ. A.R(1961)精神薄弱児、山口、他(訳)三一 書房 渡邊健治(1993)ヴィゴツキーの児童学構想―困難児 問題を中心に―、特殊教育学研究、30、4、p11-21

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