• 検索結果がありません。

(最終講義)糖尿外来からみた内科学

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "(最終講義)糖尿外来からみた内科学"

Copied!
5
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

最終講義 〔東女医大誌 第61巻 第10・11号頁 1011∼1015 平成3年11月〕

糖尿病外来から見た内科学

東京女子医科大学 ミズ ノ 水 野 糖尿病センター ヨシ アツ

美 淳

(受付平成3年8月8日), はじめに 今日ではわが国の糖尿病患者は150万人とも200 万人ともいわれて,本学糖尿病センターの1日平 均患者数も多いが,一般の医療施設でも多くの患 者が糖尿病の治療をうけている.本学を退職する に当り,わが国の糖尿病専門外来史の比較的早期 から携わってきた者として,その経過を振り返る ことは,糖尿病の治療の参考にもなるであろう. 糖尿病の治療には小児科はもとより,眼科,腎 センター,産科,整形外科,形成外科,皮膚科, その他,非常に多くの科が関わっている.医学は 今日このような多岐に分化してきたが,その中で, 病人を全身的に考えようとする内科の立場が,再 認識される機運にあると思おれる.特にこのこと を痛感させられるのも糖尿病外来である.その意 味を込めて私の最終講義としたい. 1.東京女子医大中山内科の糖尿病外来創設 糖尿病外来に多くの患者が集まるのも,その始 まりは患者1人から始まる.昭和29年1月,第2 内科が誕生し,中山光重教授,山田喜久馬助教授 が内科診療を始められたゐであるが,糖尿病外来 が新設されたのは,東京女子医科大学80年史によ ると4年後の昭和33年9月という1}.日本糖尿病 学会第1回総会は同年4月に,雨の降りかけた曇 天の中,東大の教室で寂しく行われた.わが国で 初めて系統的に糖尿病を研究された坂口康蔵先生 の東大第3内科も,戦後のことで,糖尿病研究グ ループは4∼5人であり,糖尿病外来も昭和32年 5月に開設されたぼかりであった. 中山先生は博学,かつ経験豊かな臨床家であり, 坂口門下の糖尿病学者であられたが,それでも糖 尿病患者の数の増加は遅々としたものであったと 想像される.しかし,私が昭和41年に小坂樹徳教 授と共に本学に赴任した時には1,000人近い患者 を引き継ぐことができた(昭和42年までの糖尿病 外来登録者数は1,200,昭和43年度新規登録数約 200例から推測).当時,全国的には糖尿病専門外 来が少なかった時代である.外来の糖尿病患者数 は欧米に比べてあまりにも少なく,世間からも注 目されていなかった.その時代に,中山先生,山 田先生,斉藤文子氏を中心とした第2内科のス タッフが中心となって,昭和40年には,その後多 くの治療食の基準となった「糖尿病治療のための 食品交換表」第1版2)が出版された. また,日本の糖尿病も実際は未発見者が多いの ではないかと,故勝沼精蔵先生,小林芳人先生は 糖尿病研究班を組織され,1957∼1958年(昭和33 年)と1962年(昭和37年)に日本人の糖尿病頻度 全国調査が行われた3}4)が,中山先生は紙商診療所 の糖尿病集団検診に教室を挙げて尽力し,その班 研究に最も功績のあった御一人である.この2つ の中山内科の功績は地味ではあるが,極めて時宜 を得た貴重なもので,食品交換表は30年後の今日 まで殆どそのまま踏襲され,糖尿病の全国調査は その後全く行われていない. 当時の調査結果により,日本には100万人の糖尿

Yoshiatsu MIZUNO〔Diabetes Center, Tokyo Women’s Medical College〕:Diabetes clinic as a model of integrated internal medicine

(2)

病者が居ると推定され,その5分の4は調査に

よって初めて発見された無症状の糖尿病であった が,糖尿病でなくて糖尿病と診断されていた人も 希ではなかった.健康診断で糖尿病が早期に発見 される現在,未発見の糖尿病がどの心あるか,糖 尿病でないのに糖尿病として食事を制限され,治 療されている患者がどの位あるのかという確実な 資料は全くない. 2.昭和41年(1966)から昭和61年(1986) 昭和41年に我々は中山内科の糖尿病外来を引き 継いだ.その時,糖尿病の病歴は少なくとも10年 の経過が容易に把握でき,その後のfollow・upに 役立て得るものでなければならないという考えか ら,カルテの形式を現在のものに切り替えた.中 山内科から引き続き受診する患者のカルテの書換 えは教室全員の大変な努力によるもので,昭和41, 42年の新患約200名を含めて,昭和41年末には約 1,200の糖尿病カルテが整理された.昭和47年8月 鎮目教授,昭和50年7月平田教授が主宰されても, 誠に幸いなことにこのカルテは引き継がれ,形の 上ではそれが糖尿病外来の伝統として残った,し かし,これを取り巻く女子医大の診療体制は時代 を反映して大きく変貌した.糖尿病センターが内 科から昭和53年4月に独立して,患者への取り組 みかたもかなり変わったように思われる. 10年follow upのために,昭和41,42年の新患 糖尿病患者と,at ramdomに選んだ昭和52年の新 患糖尿病とが,どのような違いがあり,またその 後にどの位女子医大に通院し続けたかは図1,表 1の通りである.即ち,1967年の新患では発病後 5年忌上して来院した患者が少なく,それを裏付 けるように,有意の差ではないが1年未満来院者 が多く,未だ糖尿病治療薬を投与されていなかっ た例が多かった.増殖性網膜症も少ない傾向が伺 われる.しかし,1977年には本学以外にも糖尿病 専門外来が多く開設され,すでに血糖降下薬を投 与されて,あまりよくコントロールされていな かった例も少なくなかった(図1).来院後の通院 状況(表1)をみると1967年までの新患と1977年 度の新患の差は明らかである.1977年度新患の3 分の1は1年未満で他院に移ってしまい,10年忌 (初診年) (例数) 罹病期間 ∼1年 5年∼

1967[=一137

197ア[一]105

1987〔=一〔コ206

治療法食事療法 内服剤In5ulln

1967[==一]122

1977−105

1987[一コ205

,9醐蟄蕩夢性

1977[===一]92

1987[==〕〔=コ唖コ119 体 重 ヨ む

1967[一]41

1977[一コ103

1987[一=互=]199

0「一一「一〇〇%

図1 患者の初診時状態の時代的推移(*二く0.01) 表1 初診後通院期間 初診 1年 「満

10年∼ 10年以 燻?S 計 1966−67 @ (%) 11 i8) 5(4) 14 i10) 71 i52) 36 i26) 137 i100) 1977 @ (%) 60 i36) 14 i8) 32 i19) 12 i7) 50・(30) 168 i100) 上通院し続けた患者は7%に過ぎなかった.もは や糖尿病外来は珍しくはない時代であり,患者は 他の大学の糖尿病外来などを渡り歩く例が多く なった.医学分野の専門化が進んだ現在,他の専 門外来も同様な傾向が考えられる.’ 3.糖尿病性網膜症による視力低下について

糖尿病の一生をfo110wしなければならない

我々内科医にとっては,患者の死につながる腎症 の防止が切実な課題ではあるが,その初期は無症 状である.同様に初期には無症状であるが,それ よりも早い時期に自覚できる糖尿病性網膜症の方 が患者にとっては脅威となる,またそれは,高血 糖と最:も密接に関連して起こるので,その進行は 糖尿病の全身的コントロールの良否を知る上でも よい指標となる.それが1967年初診者と1977年初 診者とで10年後にどう変ったかをみたのが図2で ある.1967年には,網膜症に対する眼科的治療は 女子医大で殆ど行われていなかったのに対し, 1977年からは光凝固療法が盛んに行われたので,

(3)

(o:S42初診 ●:S52初診) 単純性網膜症 10年 ? 後 f時 0 IH m∼ 前増 B性 増殖

0 33十 P2例 OQOO pQOO nO● @●●

○●● ○ 1且 88● oOnOO pQQ 潤怐 8 633 皿∼ ● ○○ 宦怐怐 E8 前増殖性 Oo 増殖性 ●●● 5 ●● 改善 不変 進行 増悪 計 1967∼ `(%) 4(6) 44 i69) 14 i22) 2(3) 64 i100) 1977∼ @∼(%) 9(20) 20 i44) !0 i22) 6(13) 45 i100) 図2 糖尿病性網膜症の10年経過 その効果を考える上で参考になろう. 適切に行われた光凝固療法が,一部の糖尿病性 網膜症の進展防止に有効なことには,疑問の余地 はない.ところが,図で見る限り,1977年初診者 の10年後もかなりの例で増殖性網膜症になってい るのである.その一因が初診前の不適説な糖尿病 コントロールや眼科的治療によることは当然考え られる.他の糖尿病外来に通って不満のために女 子医大に移って来た患者も少なくない.また患者 の食生活や生活様式の変化によって日本人糖尿病 の合併症がより悲惨になったと考えることもでき る. 気になることは,1977年初診例で増殖性網膜症 が単純性のScott IV−V度に落ち着く例のある 反面,初診時にII−III度のそれ程悪性でないもの から増殖性に悪化する例があることである.これ が事実か否か更に確かめねぽならないが,これま で光凝固療法の適応とされた条件がすべて正しい のか,日本入にもそのまま当てはまるのかは,な お検討の余地がありそうである.それは眼科にお いて検討されることではあるが,内科としても, 光凝固療法前後の全身的管理について,大いに反 省しなけれぽなるまい.眼科治療を要する事態に なったことで,患者の情緒不安,急な節制などに よる血糖動揺も考えられるからである.また光凝 固療法で視力が急に悪化したなどの患者の訴えに 対し,「そんなことは考えられない」などと,いや がる患者に更に光凝固を強要するような説得は, 決して正しいとは思えない.医事訴訟での主張は 別として,人間の極めて不確実な,僅かな経験や 知識からは“絶対”ということはない筈でありう 廟堂の訴えは,先ず一歩下って聴くべきである. 手術を強要する裏には大学病院という後盾に甘え た思い上がりはないであろうか? ここに糖尿病性網膜症を取り上げたのは,単に 検討し易かったからに過ぎない.光凝固療法を否 FBS (・g/紛 300 200 100 o 46才 47才 48才 51才 52才 1 グリミクロンHB 80 20.巳 グリベンクラミド(HB) グリベンクラミド5㎎ mg Diet Q/311→ ↓↓↓↓ ?聡o張/へ 朝25・28HN 24’ 、 ’ HbAlo ,’@ 、、 @ HbAlc タ25㌧ 0 ゐ @ HbAIc lo 12 11.5 6,0 14.8 13.4 93 9.4 9.6 10.1 61 59 61 68 69 54 55 7 9 11 1 3 5 7 9 醤 1 3 5 7 3 5 7 91113 5 体 重 (kg) 70 65 60 55 1984 1985 1986 1989 蓄990 図3 生活状態の変化を機にインスリン依存性となった1例 一1013一

(4)

志する気は毛頭ない.新しい療法が発表されれぽ 人はそれを進歩と言う.しかし,初めてその療法 を検討した人達は慎重の上にも慎重に試みてその 有用性を述べている.機械的にやってみた場合に その有用性は障害性を越えるとは限らない.この ことは,血液透析,足壊疽の新療法,外科手術そ の他についても,不安定な代謝状態にある糖尿病 患者では常に念頭になけれぽならない, 4.糖尿病の分類は確定されたか?

1980年WHOの勧告5)によって,それまで

はっきりした診断基準も分類もなかった糖尿病に ついて,その試案が作られた.それは極めて過渡 的,不完全なものであったが,世界的な規模で各 国が協力して疫学的な調査をするためにはやむを 得なかった.しかし,日本では,これを臨床の場 でも,あたかも絶対的な真理として受け入れるむ きが多くなり,且つ,インスリン依存性(insulin

dependent diabetes, IDDM)とインスリン非依存 性(non−insulin dependent diabetes, NIDDM)

の2つに,無理やりにわけてしまう傾向も生れた. 病態が多様で,血糖位しか頼りになる検査法がな く,慣れない医師には対処し難い糖尿病では,そ れもやむを得なかったかもしれない.

(mm2)

対照 Dlet 内服剤インス1ル>30u Ket。sis

糖尿病 図4 1断面当り膵島面積(糖尿病治療法別) 9酉1憂5は・m醐上の伽示す. KK, IMの2例は糖尿病昏睡を繰返した典型的IDDM 例. 一1014一 これに対して,インドの糖尿病学者は熱帯型糖 尿病があることを主張して,それをWHO分類に 加えさせ6),日本では小林ら7)がslowly progres−

sive IDDM,即ちNIDDMに始まってIDDMに

進展する例のあることを報告した. 図3ほ,経口糖尿病治療薬でよくコントロール されていた糖尿病患者が,食事の乱れによって,

IDDMに似て多量のインスリンを必要とするに

至った経過を示したものである.中国出張が度重 なり,暴飲暴食が続く中に,急に口渇,多飲,や せが始まり,30∼50単位/日の大量のインスリンで も血糖が不安定な糖尿病に変った. 図4は,女子医大剖検例の,膵臓ラ島の量を組

織計測学的に測定した結果である.いわゆる

IDDMのラ島は確かに少ないように見える.しか し,NIDDMとの差は程度に過ぎないのである. 糖尿病性昏睡を繰り返した例でも,たとえ萎縮症 ではあれ大きなラ島が数多く存在していた.それ は機能していないかもしれない.しかし,消滅し ないでいるということは,状況が変われば機能し 始める可能性を否定できない.

これらの事実は,IDDMとNIDDMとの移行性

を示すもので,その成因的な差についても,少な くとも臨床に大きく役立つ程は解明されていない のである. まとめにかえて 古来,糖尿病の病態は多くの学者の興味をひき, そこで生れた思考は,内分泌学その他多くの分野 を発展させた.しかし,糖尿病そのものについて は,基礎医学的な進歩を別にすれぽ,諸説ふんぷ んとしているだけではなかったか? また時代や 人種によっても糖尿病の病態は異るかも知れな い. 診断基準,治療基準とは,多くの症例について の最大公約数的なものを,その時代について纒め たものである.ここでは,そのような定説から外 れた糖尿病の一面を示した.諸説は十分参考にし なければならないが,我々は何よりも,目前にし た患者について,全身的に診断し,治療し,かっ, 経験した事実を直視しなけれぽならない. 多くの専門分野を抱えながら,内科の各部は全

(5)

身的管理という共通項が多いために分科が遅れ た.それに対し,外科系は身体の部位毎に分科が 早かったが,全身的なもの,単純明快に処置でき ないことについては,それを避ける傾向が多く なった.患者は,始めはどの科にかかっても全身 的な対処ができると考えて,専門分野の多い総合 病院に集まる.しかし,各病院が多くの専門分野 と新しい設備を持つようになった現在,“医師”た るものはどの専門分野でも全身的な視野と,学説 に振り回されない症例毎の医療を目指すことが重 要であり,医学教育の改革もそれを指向している. 内科の中の糖尿病は,特殊な検査,技術を持ち 合わせないだけに内科の原型の一つであり,その ような内科学的なものが,どの科でも医師には必 要である.いま医療は,最新の医療機械ではなく, 集まっている専門分野の数でもなく,医師の“医 師としての質”が求められている. 終わりに臨み,ここに示した剖検例については, 本学病理学教室諸先生および糖尿病センターあ田 坂助教授,糖尿病外来カルテの調査については中 国からの留学生徐正正氏の多大な御協力によった ことを述べ,深謝する次第である. (1991年3月9日,於弥生記念講堂) 文 献 1)鎮目和夫:内科学第二講座.東京女子医科大学80 年史(東京女子医科大学編),p305,東京女子医科 大学,東京(1980) 2)日本糖尿病学会編:糖尿病治療のための食品交換 表.(1965) 3)小林芳人:日本における糖尿病の頻度と早期治 療.第15回日本医学会総会学術集会記録 1: 641−647, 1959 4)小林芳人:糖尿病集団検診における諸問題.第16 回日本医学会総会学術集会記録 IV:301−306, 1963

5)WHO Expert Committee on Diabetes Me1・ litus:Second Report. Technical Report

Series, p646, WHO, Geneva(1980)

6)WHO:Diabetes Mellitus, Report of WHO

Study Group. Technical Repo貢Series, p727,

WHO, Geneva(1985)

7)Kobayashi T, Itoh T, Kosaka K et a萱: Time

couse of islet cell antibodies andβ一cell function

三n non・insulin dependent stage of type I

diabetes. Diabetes 36:510−517,1987

参照

関連したドキュメント

わからない その他 がん検診を受けても見落としがあると思っているから がん検診そのものを知らないから

Mindfulness-based stress reduction in patients with interstitial lung diseases: A pilot, single-centre observational study on safety and efficacy. 糖尿病 こころのケア,

尿路上皮癌、肉腫様 Urothelial carcinoma, sarcomatoid subtype 8122/3 尿路上皮癌、巨細胞 Urothelial carcinoma, giant cell subtype 8031/3 尿路上皮癌、低分化

AIDS,高血圧,糖尿病,気管支喘息など長期の治療が必要な 領域で活用されることがある。Morisky Medication Adherence Scale (MMAS-4-Item) 29, 30) の 4

いメタボリックシンドロームや 2 型糖尿病への 有用性も期待される.ペマフィブラートは他の

4/1 ~ ICU 30.1 万円、 HCU 21.1 万円、 その他 5.2 万円. ※ 療養病床である休止病床は

①血糖 a 空腹時血糖100mg/dl以上 又は b HbA1cの場合 5.2% 以上 又は c 薬剤治療を受けている場合(質問票より). ②脂質 a 中性脂肪150mg/dl以上 又は

2020 Fukuyama Canagliflozin 100 mg 54 F 呼吸困難感 196 過度のダイエット 2020 得津 Canagliflozin 58 M 体重減少,倦怠感,嘔吐,下痢,食思不振 292 急速進行 1 型 DM