― 36 ― (222) 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科耳鼻咽喉・頭頸部外科(〒7008558 岡山県岡山市鹿田町251) ― 36 ― (222) 小児耳 30(3): 222226, 2009
原
著
人工内耳埋め込み術を行った Townes-Brocks
症候群の 1 例
平井美紗都,福 島 邦 博,片 岡 祐 子,長 安 吏 江,前 田 幸 英,
假 谷
伸,西 o 和 則
(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科)Townes-Brocks 症候群(TBS)は,1972年に Townes PL と Brocks ER が初めて報告し た,手指,鎖肛などの多彩な外表奇形に加えて,外耳道閉鎖症をはじめとした各種の耳形態 異常を伴う常染色体優性遺伝の奇形症候群である。今回我々は,内耳形態異常による高度難 聴を伴った TBS の 1 例に対して人工内耳埋め込み術を行ったので報告する。 症例は,外耳,内耳の高度形態異常を伴っていたが,医療用画像診断システムを用いた解析 により人工内耳埋め込み術の適応決定,及び術前のプランニングを行うことが可能であった。 キーワード小児,人工内耳埋め込み術,Townes-Brocks 症候群,画像診断 は じ め に Townes-Brocks 症候群(TBS)は1972年に Townes PL と Brocks ER が初めて報告した, 鎖肛,多指症や合指症など多彩な外表奇形に加 え,特に耳の形態異常が特徴的な常染色体優性 遺伝の奇形症候群である1,2)。原因遺伝子とし て,第16番染色体の SALL1 遺伝子の変異が報 告されている3,4)。耳鼻咽喉科領域では,多彩 な耳介形態を示すことが知られており,耳介形 成不全,耳輪の折れこみ,副耳,カップ耳等様 々な所見を示す。さらに軽度から高度まで様々 な程度の難聴を示すことが既に報告されてい る25)。しかし,TBS 症例における感音難聴の 詳細な臨床像については,現在までほとんど報 告が無い。またその感音難聴に対して,補聴器 や人工内耳埋め込み術などの積極的な介入を行 った例の報告はない。今回我々は,TBS に高 度難聴を伴った症例で高度な内耳形態異常を認 め,またこれに対して人工内耳埋め込み術を行 ったので,その臨床経過について報告する。 症 例 患者3 歳,男児 主訴両側高度難聴,多発形態異常 既往歴生後 1 日 人工肛門増設術 5 ヶ月 口唇裂手術 1 歳 鎖肛根治術,人工肛門閉鎖術 2 歳 胃瘻造設術 3 歳 口蓋裂手術 家族歴特記すべきことなし 現病歴顔面頭頸部に多発する形態異常があ り,生後すぐに聴性脳幹反応検査を受けて,高 度難聴の診断を受けた。同時に,多発する外表 奇形から,他院小児科にて Townes-Brocks 症 候群と診断されていた。生後 6 ヶ月より岡山か
― 37 ― (223) 図 聴力検査所見 裸耳では100 dB で無反応,補聴器使用では90 dB で無 反応であった。 図 左内耳3DMRI 蝸牛は回転を認め,前,後半規管は認めるも外側半規管 は無形成であった。 ▼半規管 ▲蝸牛 ― 37 ― (223) なりや学園にて補聴器装用の上,聴能訓練を受 けていた。補聴器装用によっても良好な音に対 する反応が得られなかったため,3 歳 2 ヶ月時 に人工内耳埋め込み術を希望され当科紹介受診 となった。 初診時耳科的所見右耳は耳介が全くの無形成 であり,痕跡的な外耳道や耳介も認めなかっ た。左耳は小耳症(Marx 分類 class 2),外耳 道狭窄を認めた。 聴力検査所見裸耳では100 dB で無反応,補 聴器使用による音場での peep show test では 90 dB で無反応であった(図 1)。 画像検査 左内耳 3DMRI(図 2)Jackler の分類で,蝸 牛形態異常を伴わない内耳形態異常で外側半規 管 異 型 成 型 , 内 耳 道 狭 窄 あ り と 診 断 し た 。 CISS 画像では,蝸牛に至る束状構造を確認す ることが可能であった。 側頭骨 CT(図 3 a, b, c, d) 左側内耳道の狭小化,前庭と外側半規管の 癒合,また側頭骨中を横行する血管を認めた。 顔面神経の走行にも異常を認めた。この画像か ら 3 次元再構築を行うと(図 4),岬角を下降 する顔面神経と考えられる隆起を認めた。ま た,その下方に正円窓窩を認めた。 右側外耳道は欠損,中耳腔は軟部陰影で充 満しており,耳小骨は癒合し一塊となってい た。内耳は common cavity 型の内耳形態異常 を示しており,明瞭な内耳道は確認できなかっ た。 手術適応と考え,3 歳 6 ヶ月時に左人工内耳 埋め込み術を行った。比較的形態異常が軽度で あった左耳を術側として選択した。 術中所見 乳突削開をすると静脈が術野を横行してい た。後鼓室開放術を行い,アブミ骨を確認し た。同部の前方で顔面神経刺激装置の反応が見 られ,術前の予測通り顔面神経は岬角を下降し ていることが推定された。正円窓窩の12時の 部分で顔面刺激装置の反応がなく,また 3D 再 構成画像からはその奥に蝸牛が存在することが 推定されたので,この部分を開窓し電極を挿入 し た 。 使 用 し た 電 極 は コ ク レ ア 社 製 N24R (CS)であり,全電極が抵抗なく挿入可能であ った(図 5)。NRT の結果は,全電極で反応良 好であった(図 6)。 術後の経過眼振,顔面神経麻痺などの合併症 は特に発生せず,特に問題なく術後 4 日で退院 した。術後 6 ヶ月の時点では呼名に反応するな
― 38 ― (224) 図 (a, b, c左側頭骨 CT 水平断,d左側頭骨 CT 冠状断) 内耳道の狭小化,前庭と外側半規管の癒合,側頭骨を横行する血管を認めた。顔面神経の走 行にも異常を認めた。(Z顔面神経) ― 38 ― (224) 小児耳 30(3), 2009 平井美紗都,他 6 名 ど,装用時に音に対する反応が確認できるよう になった。全般的な発達の遅れはあるが,今後 も岡山かなりや学園でのフォローアップを継続 していく予定である。 考 察 TBS では,外耳及び内耳に形態異常が合併 するために,感音難聴を伴い,このため人工内 耳の適応となりうる。TBS にはその他全身の 形態異常として心・腎形態異常,直腸膣瘻,直 腸尿道瘻等の合併しうるが16),特に心・腎形 態異常は手術適応決定の際,全身状態を規定す る因子として問題になる危険性があるため注意 が必要である。また,高度な内耳形態異常に対 する人工内耳手術では,1)安全に手術が施行 できるかどうか,と 2)内耳や内耳道の形態異 常が術後の効果に影響を与え得るかどうか,の 二点が問題になる。2006年の人工内耳適応基 準でも,内耳形態異常例では「慎重な適応判断」 が必要であるとされているが,その具体的な方 策としては当然様々な画像診断方法を組み合わ せることが考えられる710)。 上述の安全な手術のためには,まず顔面神経 の走行異常の有無と程度を評価する必要があ る。内耳形態異常症例では全体の16に顔面 神経の走行異常を認めるという報告もあり,ま た Common cavity 型奇形では 1/3 に異常を認 めるとされている11,12)。さらに効果的な電極挿 入と,術後の予測のためには,内耳道や蝸牛神 経の評価も重要なポイントとなる。また通常, gusher の合併率は 1程度であるが,内耳形態 異常を有する場合には6.7から54.5に認め
― 39 ― (225) 図 左側頭骨3DCT ツチ骨を確認,顔面神経が岬角を下降するのが疑われ た。その下方に正円窓窩を認め,画像所見から蝸牛開窓 部を決定した。 図 術中X 線写真 電極がループを形成して内耳内に挿入している像を確認 (矢印) 図 術直後のNRT どの電極でも反応良好であった。 ― 39 ― (225) られるとの報告もあり,こうした評価は術中, 術 後 管 理 を 考 え る 上 で も 必 要 な こ と と 考 え る11,13)。今回の症例では,医療用画像診断シス
テ ム ( AquariusNET, Terarecon Inc ) を 使 用 した解析を行った。AquariusNET は,現在広 く用いられている医療用画像 3D 再構成のため のソフトウェアであり,容易に多断面再構成像 や 3 次元再構成像などの画像処理を行うことが できる14)。今回の症例では特に,危険な顔面神 経の走行部位を事前に把握することが可能であ った。また,顔面神経を避けながら小さな蝸牛 を開窓する際にも,こうした 3D 再構成画像は 有益であった。ナビゲーションシステムとは異 なり,アブミ骨や,正円窓窩などの立体的な構 造を目印にすれば,術中に視野を変えることな く蝸牛や顔面神経の位置を想定することができ るので特に有益である。 外耳,内耳の高度形態異常を伴う症例に人工 内耳埋め込み術を行う事例は今後増えていくと 期待される。多発奇形や発達障害を伴う児の人 工内耳埋め込み術の効果は,当然のことながら 個々の発達の状態や,程度によって大きく異な る。人工内耳によってより良好な聴力が獲得で きる見込みが高く,かつこうして提供された聴 力が児の生活上の利益につながることが期待で きるのであれば,奇形や発達障害の合併が,手 術そのものを否定する根拠とはなり得ない。逆 にいえば,人工内耳の手術を行う上での目標と ゴールを明確にして,そのゴールが達成できる 蓋然性が高いと考えられれば,手術を行う理論 的根拠は担保されると考える。ただし,手術に
― 40 ― (226) ― 40 ― (226) 小児耳 30(3), 2009 平井美紗都,他 6 名 よって人工内耳埋め込み術を行うことで児の発 達障害そのものが改善するわけではないことを 術前に家族にインフォームドコンセントする必 要はあると考える。 TBS で原因遺伝子として考えられているの は , Drosophila で 同 定 さ れ た homeotic gene spalt (sal )遺伝子類似の遺伝子(SALLIKE
1; SALL1 )である15)。Kohlhase らは SALL1
の 変 異 を 家 系 お よ び 孤 発 例 か ら 報 告 し て お り15),さらに Goldenhar 症候群に類似したま れな病態からも変異が検出されたことが報告さ れている1)。今回の症例でも,Goldenhar 症候 群と同様,耳の形が左右で異なる形態を示して いた。今回は,遺伝子検索については検討が行 い得ていないが,今後こうした遺伝子変異と臨 床像との関わりについても検討していくことが 重要であると考える。 文 献
1) Townes PL, Brocks ER: Hereditary syndrome of imperforate anus with hand, foot, and ear anomalies. J Pediatr 81: 321326, 1972
2) Powell CM, Michaeli RC: Townes-Brocks syn-drome. Med Genet 36: 8993,1999
3) Kohlhase J: SALL1 Mutations in Townes-Brocks Syndrome and Related Disorders. HUM MUTA-TION 16: 460466, 2000
4) Ying L, Dihua S, Wei C: Two coding single nucleo-tide polymorphisms in the SALL1 gene in
Townes-Brocks syndrome. J Pediat Surg 43: 391393, 2008 5) 加藤寿彦Townes-Brocks syndrome.耳鼻咽喉
科・頭頸部外科78: 274, 2006
6) Kiefer SM, Ohlemiller KK, Rauchman M: Expres-sion of a truncated Sall1 transcriptional repressor is responsible for Townes-Brocks syndrome birth defects. Hum Molec Genet 12: 22212227, 2003 7) 三浦 誠ガイドラインについて1)小児の人工 内耳.耳喉頭頸79: 3743, 2007 8) 曾根三千彦,中島 務人工内耳と画像検査. JOHNS 24: 14071410, 2008 9) 社団法人 日本耳鼻咽喉科学会小児人工内耳適 応基準,2006 10) 松井隆道,小川 洋乳幼児奇形耳への人工内耳 手術.JOHNS 24: 14351437, 2008
11) HoŠman RA, Downey LL, Waltzman SB, et al.: Cochlear implantation in children with cochlear mal-formations. Am J Otol 18: 184187, 1997 12) 亀倉隆太,新谷朋子,氷見徹夫,他当科におい て人工内耳埋め込み術を試行した内耳奇形症例4 例 の検討.小児耳鼻咽喉科 25: 5157, 2004 13) 松井隆道,小川 洋乳幼児奇形耳への人工内耳 手術.JOHNS 24: 14351437, 2008 14) 西o和則,假谷 伸中耳手術前における顔面神 経の双方向性CT 画像評価法.Facial. N Res Jpn 26: 7173, 2006
15) Kohlhase J., Wischermann A., et al.: Mutations in the SALL1 putative transcription factor gene cause Townes-Brocks syndrome. Nat Genet. 18: 8183, 1998 原稿受理 2009年 3 月31日 別刷請求先 〒7008558 岡山県岡山市鹿田町 251 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科耳鼻咽喉・ 頭頸部外科 平井美紗都
Cochlear Implantation for Townes-Brocks syndrome
Misato Hirai, Kunihiro Fukushima, Yuko Kataoka, Rie Nagayasu, Yukihide Maeda, Shin Kariya, Kazunori Nishizaki
Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Okayama University Graduate School of Medicine, Dentistry and Pharmaceutical Sciences
Patients with Townes-Brocks syndrome (TBS) exhibit polydactyl, atresia ani and a variety of ear anomalies including congenital external ear atresia and profound hearing impairment. We reported a case of TBS that demonstrated profound hearing impairment due to inner ear malformation. A cochlear implant was chosen as a hearing device for this patient. Three dimensional re-construction imaging was useful for preoperative planning of the cochlear implant.