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ウィーン大学のチ、ヘット学・佛教学研究所より、新たに研究 誌が企画され、このたびその第一冊が出版された。ぐc愚。︲冒号惚 旦ロ冒昌国固昌雪“弓。﹄富︵国胃曾巨ごG2Cp︶・標題が示すよ うに、このくの愚。︲旨:〆は、己盲目昌冒日︵法称シ・己︲爵e の作品における全詩頌のチ、、ヘット訳による索引である。 チ、ヘットの伝承では、佛教認識論及び論理学に関するロ冒威︲ 目四冨昌の著作は、﹁七量﹂今昏且目餌胃旨唇冒︶と呼ばれる が、そのうちここに取り挙げられた作品とその月①鷲は次のよ 震うである。 ]︶も吋閨邑倒口曾ご曽心ヰ一戸PHpp︺ぐ︶ 弓目騨日勤ロ四昇働H詐涛Pl園倒﹃濤叫︵ゆ曽展穴鄙岸四コ含目ごgP弓︶・ 閃具園.旨ごP、巴問い︾シ○s目︵ささ四のいい屋ご当い]19拝 興昌や劃⑭l司輿芦切胃1房、﹃︵○○門画、のロ︹昌四︶・ 勺ぐは全四章から成っているが、陣①旨胃]盲目教授は、四章 の順序に関して忌胤︵2.昌苫ぃ鳥四︶の第一、第二、第三国.聾臼烏の冒閂教授の
新刊害並びに論文紹介
吉ローr 晴 輝 章を、それぞれ第二、第三、第一章と改めて用いている。特 にチ、雲ヘットの伝承にもとづき、理論上、実践上の理由からで あるとことわっている。この問題に関しては、長崎法潤﹁プ ラマ11ナ・プールティカ為自比量章の順位﹂︵佛教学セミナ ー第、号︶に詳論されている。弓ぐはす零へて詩頌であり、そ の総詩頌数は、一四五四頌である。 巴弓HpB曽田く旨威opくぃ唇︵もご旨︶ 色︶opP耳①H月目ぐ①雰胃.ロロ日日P丙司角の毛計湧日習昌昌︲ 昌胖包罠四ヶ胃.嵐騨ロ蔚庁呵昌ごこぶ沙日.乏旨冒喧雷. ご︶○﹄戸騨弓冨門旨”届.⑳甘言丙①]嚴叶︾ご︸畠H自己自烏毎m勺園g冒呼 ごゅく旨汁四吋伊菅画.閥P己3房ソ雪間昏習旨国風貝一日.乏罵目 ]④﹃函。 C︶のぽふ一尾含CH匡胃咽胃屋①①︵︸詳冒C二○玲岸︶c]昌一]ぬ︵︷.四mm四﹃I函画、 ご群︶ 詩顔と散文による全三章から成っている。むく旨の詩頌の多 くは、句ぐから取られている。第一章は五十九頌、第二章は 七十五頌、第三章は八十七頌、総数三二頌である。尚第三 章の詩頌番号と用冨侭呂旨○口との対応は衿弓①且寓目 に挙げられている。 巴国の目巨]︺昌岳︵国屡︶ 同.聾①旨舜昌冒①H︾口浄]胃目色冨拭は︾の国○冨宮ロー巳︺.目昌冒胃. 昇暑]①巨昌垣句式 ㈲ぐ胃︵9﹃習昏習巨冒冒四︶の第一頌を散文で解釈したもので あり、引用詩頌はこの勺くF]の詩頌のみである。佛教の認識論・論理学に関する学派は、ロ四国蜜や己冒﹃︲ 冒己凰昌によって創設されたのであるが、それを継承している チベットの伝統を研究する場合に大きな目.︵胃弓がある。と らく回Qppぐ脚ぐゅ宮へくz︶ I、 LL0/、, 笥冒のo昌武○口&勺①置口函︵冒色○面H巳﹀。①︺能.四句吟ヴ函I﹄つつp 、刈〆 へ︶・ すべて散文で書かれ、その中に三詩頌が含まれているのみで ↑め印CO 巴印騨Hロワ四口e豈騨宅色臥]ぷぃ︵のも︶ 〃両.国門口自署己冒の局、ごロ秒ロロゆぽ司武砿、色ヨワ四コ今固いロ四国炭、脚 ︲卜■ 目⑦叫再︲日艮ロワの届①甘口己叩乏悶悶冒酋.岳置.鴎]lgP 二十五の詩頌より成っている。 つ︶mPp詐誹ロ倒旨時一吋国璽︵胃一彦画︺へめめシ 、 。/、 目巨月のg︺①Hご酉儲]門a︼月忌の訂置一づ2,96今め︵月三︼︺のヨー ト ︲ゆ會臥具訓群.脚国詐浄壗騨望︵一︵再昌]・二罵声.ご夢汽﹃局陣︼的騨ヨゴヰ画]三コ﹂一号P扇子 お亘昌ご國屏割く旨津沙色①ぐP・弓C茸○ぬ司四型﹄雪句. 議論全体を包括する一つの詩頌と九十四の当首Pより成って nる9 1 ︵以上に挙げた作品の内容・研究の概観は宮坂宥勝﹁ダルマ キールティの生涯と作品﹂出密教文化兜号を参照していただ きたい。七部の作品のうち旨z箇租g]目・︽は、す雫へて砂昇国 体であり、詩頌は含まれていないため、この索引の対象から は除かれている。︶ 著者鷲。冒胃]冒臼︲教授は、ウィーン大学のチベット学・佛 教学科の教授であり、これまでの研究には以下のようなものが 圭納︸丈︺O 研究書 ︾︾ワゴ曾同自己国鄙は︶の国昇ロ冨国Qp宮︽︽︾弓臼冒胃月忌g耐︵旨日目Cx誌 ロロ︵冒埼の戸○国“育昌扁拝⑦H勿曽︺切屏儲拝1、HQ開茸目g]ロロ胃︶愚①甘昌︼ぬ 口唇Qシロ日日戸冒飼①ロゞ畢舅①どこ雪. ︺︾]︺彦pH旨]己内国は︾唾弓再画﹃己騨ごゆぐ屋どの○四割っぽ︽︽︾雨尋の拝のめ嵐四も再○二叩 △。、 いく回﹃匡働ロ昌討︺2︺胃国︾目g﹂閂門ご鼻厨巳︺の吋弓①xけ自己、笛己、︲ 丙H]詐庁の×汁①︾弄与﹃旨①国]④﹃函。 研究論文︵言旨︺]○H胃岸唖。胃犀昏時eo屏昌︺︵ぎぎ今冒呈 弓国冒曽ゆく胃茸弄四や国ゅ自営P昌冒の。昌四から多く引用されて ったチベットの文献には非常に多くの引用句があり、なかでも れたdgH目色固昌の作品を全く暗謡しており、従ってこうい いうのは、チ尋ヘットの学僧はほとんどのぱあい、チ等ヘット訳さ 。。座、 いる。このこと自体は、己冒9国同昌の思想を正しく想起す るためには適切なことであるに違いないが、我麦がこういった チベット文献を研究する場合に陸この多量の引用句の出典と その文脈を容易に見出し得ることが前提条件となる。この﹁索 引﹂は、こういった研究上の道具を提供することによって、チ ベット佛教における房雪員這冨︲苛員ミミの研究が助長されん ことを願って作成されたものなのである、と著者は序文に述べ ている。 74
○黒色聖①己のロロ皇シ]︲の巨ご宮﹃固︺含閃き○勺三きめ○亘昌①︼国︵一. [l〆[目︾忌雪lごmP弓旨どの]︲国巴請各国津冒吋a①嵐ロロニの 聾三協旨ロ頓︺団g〆弓,く︺岳ごlに掲載されているものの みを挙げる︶ ご己尉F詳閂呉巨HQ①め昌甘Hの︺]z望凹胃騨︽︽国昌く︾邑臼. ︺芯pH隙は閂君⑦勗①嵐P冒巴四四国、︽︽国巳ぐ目﹄忌畠. ︾︼ご凹己苣閏口沙口四巴、嵐○日目g昇鼻OHo四口”臥四や、食園負ご胃目︾ ﹄ぬの鱈・ ︾︺国のヨ○月百浬固い①︼︺国自滅ぐ四H凹めの.夢抑日巳司oご○ヨ⑦︺’邑言一︽︽詞︵一・ ︺肉迪昌や②・・ こ己旨同︼︺す三の匡昌詞竺om嵐普一︺陦呉く習昌言冒冨ヨヴgワロPH︲ ]己己白門は︽︽詞︵一.叫潤三︲盟口目︺句の印諒巳一己津言胃,田﹄’色[うぐ沙壹ロoH︾ H@mm︲の④。 ︾シ畠H匡旨匡肉①芹︲E旦国①唱罠ウgご戸騨H冒己自崗は︽︽国昌〆ぐ︾ 二○qニ レく一ト。 。。汚 ︺︾z①弓の目︺農叶芹︲時P四目①ロ嚴旦もHPBP国曾くニご釦○④思い戸帥時黒 っぽいご蔚尉︽︽︶国exぐ目︾H②司騨 ト ご国口島冒魚己胃冒]門ぐ餌昌儲さ茸酋冒︽︽国昌減ぐ目︾己弱. ︺・○自辻︺①胃ご冨罵ご局⑦庁騨武○口昌庁彦①⑱与国匡勘くゆずの庁三]︽︽国︵一・ 〆く胃国︾]や司吟 ︼︾己①H同旨]⑦詳巨ロぬいごo肘jご○ロヮご騨吋昌○詐騨﹃ゆめPも○ゴP己叶昌肉色︲ HP。四コ胃︽︽国PM肉〆︾旨@コ● 、 ︾︾○国昏①。鼻①四国ロ署○片炭、a昏○z四辱倒ぐ涛妙切曽づ戸胃儲︲ ぐ口己巨旨島︽園︹一・︼閉︺応月]や司式. 諜凰昌旦冒曾教授の研究領域は、主としてインド思想の認 識論・論理学に関するものであるが、とりわけワ冒弓畠同昌 研究においては、精力的ともいえる数衣のすぐれた業績をこれ までにあげてこられた。なかでも︾︶夕﹃己昌呂胃詳巨且国①唱氏 ご昌己冒岸︲冒四固昌︷︽という論文は、習四9割Pという概念を ロ言月日P冨昌の思想体系の中心に据えることによってその全 貌を窺おうと試みたすぐれた研究成果の一つである。そこで、 この機会に、この論文によって、教授の研究の一端を紹介する ことにしたい。 この論文は、淳魚日ロ一国ぐ胃昌胃︵国﹃︶第一章聾習・昏目目︲ 言冒曾に対する目原胃昌己自昌による自注ソ認う鼻陸弓くめど︶ において用いられている聾国ご冒習劃騨という言葉を検討するこ とによって得られた成果である。検討するに及んだ用例は三四 七箇所であると著者は述皐へている。またこの論文中での屯ご及 び勺くいくからの引用箇所の一覧表が論文末尾にあり、それに よると一○三箇所に及んでいる。以下簡略に要点を追って述・へ ていくことにする。 ﹁目的を満たす能力のある︵肖昏巴凰嵐厨ロ日島︶事物が、最 高の意味で存在するものである﹂つ﹄3号︶。というのは目 的を満たしうる有能性な○鰯︹一画︶が、実在︵ご蛍印目︶の標識で あり、無能性が非実在の標識なのだからである︵喝]忠﹄匡 l]寵︶呼甸くゆくの巳ウく。p○国﹄軍腰︾饅−s。 己冒H目色固日の体系にとって、実在の標識はこのような事物 の有能性であり、そしてこの有能性は事物のり﹃号冨ぐ圏に基
づいている。即ち事物が目的を満たし得るかいなかは、それが 対応する芽Pg習四をもっているかいなかにかかっている。そ していかなる野Pg習国をももたない事物は、何ら目的を満 たし得ず、従って実在性のないものなのである︵層.房蝉匡︲ ﹄“い﹄、︶。 このようにしてまず著者は、事物の望三︶扇ぐ四とは結果を 生ずる︵圃昌○s目四国砂︲︶能力︵蟹胃仔︶である、と多くの引用 例をもって規定する。そして聾﹃騨冒胃四は、百国園︲︸冨爲目︲. 具凰8口四︲等の限定語とともに用いられ、しかも直接、原因 ︵弓且目色目︶であるとも表示されることを著者は示す︵弓.]器︺ ]い’]、吟や、︶。 ところで己冒︼,目騨国昌にとっては、結果を生ずる原因とは、 単一に存在するのでなく、原因の複合体︵胃冒鼠冒損国︶なの であるから、結果を生ずる要国目胃餌は、原因の複合体の 等己︺目ぐPである。即ち結果を生ずる有能性として規定された 複合体の属性が、聾色冒曽Pであるとされる︵層.]匿自坐憩︾ 胃﹄︶。 ︹これらの共通の原因のなかの︺何か一つの能生者が、この ような︹能生者という︺聾鯉冒習、四をもつのではなくて、能 生者である︹原因の︺複合体がこのような等里︺目一﹃Pをも つのである。このような︹複合体︺のみが︹論理根拠として の結果を通して︺推論されるのである。そしてこの複合体の みが、結果において聾﹃窪目凹凸が存続していることの根拠 なのである︵弓]雷ゞやこ︸国あく壱鵠︶こ’皆︶。 さてこのように規定されたり﹃四g習四は、己冨昌国同昌の 概念論においてどのような意味をもつのであるかを、著者は次 に示している。 表象つ涛騨官島︶の対象というものは、特殊な事物なのでは なく、実在しない一般である。そしてそれは、多くの特殊な事 物を他の事物から共に区別することとして理解される。つまり、 巨国H目色同日の場合、ある事物について表象をもち得るのは、 ﹁︹論理根拠としての︺完全な原因を通して推論される結果の 生起を、我交は︹このような原因の︺ソ言号目ご色と呼ぶので ある。というのは︹結果の生起は︺これ以外のいかなる事象 にも依存しないからである﹂︵ぐ.ご。またこの︹結果の生起︺ というものは、対応して連接している︹原因の複合体︺以外 のものに依存しないのであるから、この︹複合体︺にのみ結 びつけられた、事物︵即ち、複合体︶のり﹃騨冒胃Pなのであ る。このぱあい︵即ち、原因が完全に原因の複合体として集 合しているぱあい︶、完全な原因から、結果の生起の可能性 のみが推論されるのである。なぜなら、完全な︹複合体とし て集った原因︺によって、結果を生ずる有能性が推論される からである。そしてその︹結果を生ずる︺有能性は、その複 合体にのみ結びつけられ︹それ以外のいかなる原因にも依存 しないのである︺。それ︹有能性︺が、従って、︹この複合体 の︺等号目ぐ酉として推論されるのである︵弓皀雷、畠占憩︾ 吟誰而ごいく●画﹄I式]︶。 76
﹁分離﹂︵息○冒乞という手続きを経て可能なのである。ところ でこのような多くの事物にとっての共通した差異性というもの は、多くの事物が同等の判定を生じさせることができるという ことに基づいている。p冨門目四国段が、﹁複合体のりぷ旨目ぐど ということを言うのは、多くの原因が同じ結果を生ずるという 事実を表わさんがためである︵弓.届ロ喝l]認︸呼固己Pfご。 従ってここに言う﹁分離﹂も、事物のり﹃鯉g留騨というものに 基づいてのみ可能なのである。己冒﹃ョ曾冨畳は次のように言 ﹄フ 。 表象的認識含司⋮国富菅冒︶は、︹事物の︺勢邑包]習邑を把 握することを通し、そのような結果をもたない事物を区別す ることに基づいて生ずる︵一︺.己]シコョ.ミ首Jぐく.割︶。 ここにいう表象の対象というものが、従ってまた言葉の意味 ︵国&の具匡晶︶が、尊昌︶颪ごPなのである。しかしそれは、実在 的な特殊性においていっているのではなく、事物の効能性が表 象を通して規定された帰結として理解されうる、非実在的な同 等性︵ggogo芹︶においていっているのである。このような事 物の野四g胃曾は、同等性という観点のもとで、それらに共通 する他のものからの差異を判定するという手順に基づいて、表 象され、言葉をもって表現されるものなのであり、従って、 ご目H目騨冨昌の体系におけるかかる意味での聾酋目胃騨は、 我費が︺︾国の唱霞︽↑として理解し得るところのものなのである、 と著者はいう言.乞いや旨︶。 さてこのように﹁概念﹂として理解される?四g習国とい うものは、己冨冒国司員の論理学においても重要な役割を担 っているといえよう。そのことを著者は次のように示している。 推論が正しい認識︵]︺国日営四目︶であり得るためには、原則 として次の二つのことが前提されていなければならない。第一 に、知られている概念、即ち論理根拠が正しく規定されている こと。第二に、知られている概念、即ち根拠言。目乞と、未決 定の概念、即ち帰結︵閏︵言冨日︶という二つの概念の問に論理 的連関、即ち﹁包括﹂菖目艮色躬昌詞︽︽︵ご冒冒岳︶が存在するこ と︵弓.g]﹄巨出B︾忌︶。ロ冒冒国司目は、このような二概 念間の論理的連関に対する条件として、要﹃堅︺鼠ぐぃによるそれ らの結合︵妥国g胃眉目三︺己︺︵三島︶というものを考える。 呼島目ぐぃによる結合が存在するぱあい、ある事象︵根拠︶ は、︹他の︺事象︵帰結︶を離れることはない︵ロPご号冒︲ o四吋凹武︶念.唾gシロ目.雪罰勺ぐのぐ固蝉届出e。 こののぐ四三︺習騨による結合というものは、二つの概念が同じ実 在性を規定している場合にのみ与えられるのであり、従って一 方の概念が規定しているところのものは、他方の概念が規定し ているところのものと同一︵屋曾昌切目︶なのである。二概念 間の論理的連関は、従って、それらの実在的な同一性︵旨己① 目⑦昌岸算︶に基づいているのである。 ところでbgH冒騨同日にとっては、このような実在的な同 一性という意味での聾﹃号目ごg国威g且冒とともに、また 結果という概念と、原因という概念との関係を意味する場合の
曾号目ご名国は冒且目が存在する合いsPl巴・ロ盲﹃日四国日 自身は次のように言っている。著者にならってそのまま引用し し生澤フ。 従ってそれ︹根拠︺とのみ結びついているザ﹃騨喜習曾︵即 ち帰結︶は、まさしくその性質︵匡固く島︶を非存在にする ︵ぐ。いい四lの︶O 例えば︹存在しない︺木が、四目雷君を︹非存在にする︺ ように。小枝などをもってい一る特定の︹事物が︺そのように ︵即ちこ四目蟹圃︽↑という名で︶知られているのだから、こ の︹木︺は、この︹特定の事物の︺り﹃Pg胃色なのである。 そしてまさしく曽国匡風ぐPが事物なのであるから、どうして それ自身の聾国巨︺習騨なしに事物が存立し得ようか。だから それ︹根拠、﹄﹄凹昌蟹圃・︽︺は、聾虜g習曾による結合の故 に、︹帰結、|︲木﹂︺を離れない。 あるいは、原因は結果を︹非存在にする︺。なぜなら︹結果 は原因を︺離れることがないからである︵く鴎・I︵一︶。 存在しない原因は結果を非存在にする。さもなければ、それ はそれの結果ではあり得ない。しかしながら、原因と結果の 確定した関係というものは、︹その原因に対する結果の︺ 聾§高く餌を確定する。従って両者の場合とも、︹帰結が存 在しないとき、根拠の︺存在しないことが、等騨匡︺ず画によ る結合を通して与えられているのである。 そうではないとき︵結合が存在しないとき︶、一方の非存在 によって、他方の非存在がどうしてあり得るであろうか。 馬をもっていないからといって、どうしてその人が牛をも っていないといえるか。また同様に、どうして一方が存在 するからといって他方が存在するであろうか。牛をもって いるからといって、その人が馬をもっているとどうしてい えるか︵くど・瞳l圏︶。 従って根拠︵胃目乞は帰結︵鼠巳︺苫目︶を、り、宮g男色によ る結合に基づいてのみ、認識せしめるのである。そしてこの ︹結合︺は、﹁それの存在﹂︵目号目罵ら︶としてか、あるい は﹁それからの生起﹂︵国目9画詐仔︶として規定されるので ある言い&も土即勺くいぐ弓.昼鵠1頁届︶。 このり、号園く息国は冨且目の二つの形式から、二種の論理根 拠が導き出される。それは、概念︵習鯵g胃塑言鼻目︶と結果 ︵園ご巴︺c言乞である。この二種の論理根拠に基づいた二種の 推論式の間に本質的な差異というものはない。この両者とも、 以前には偽であるかあるいはいまだ知られていない概念を、知 られている概念に基づいて正しく認識することなのであり、そ してともに、根拠づける概念と帰結される概念との実在的な関 係に基づいているのである。二種の区別は、ただこのような関 係が、二種の仕方で可能であるという見解から出てくるものに すぎないのである合いS当I屋︶。 著者は最後に論文を要約して次のように言う。繋四g胃伊は 実質的に二つの意味をもっている。存在論的には、存在の原理 としての事物の能力を意味し、論理学的には、実在物に関係づ けられた抽象的な構成物︵ぐ時己君Eである概念を意味する。 78
園曽昇にとって四貝↑毎武。な判断とは、述語概念が主語概念 に含まれているものを意味する。しかし目︺胃日震冨H陣の場合、 概念は、堂︶Cg理論によって、他の諸可能性の排除以外の何 ものも含んではいないのである。 また⑳口己胃旨な判断は、同一性の原理に基づいて、すべて 曾冒旨凰に確立されているものである。ところが他方、ロgH︲ 日四国畠の場合、推論関係︵ぐ乱冒唇︶の必然性は、全く経験的 に確証される。それはり国冒胃呂国三︺秒目目によって保証さ れるが、その意味するところは、実在的な同一性に他ならない。 即ち推論関係の基盤は、概念の領域にではなく、実在する事物 の領域に求められている。そして直接には知覚に依存している のである、と。 二種の論理根拠、聾四g胃昏①目と〆胃怠胃目とを用いた 推論式は、それぞれ一方は同一判断に、他方は因果判断に基づ くものであるとも考えられよう。そして従来の解釈では、特に 陣。胃Hg葱葛によって、二種の推論は、それぞれppぃ辱胃 との冒昏①盆○なものであるとされてきた。著者は︽一○昌昏① 目前引冒①冨酋○ロ旦昏C聾酋ウ両脚ごゆず①首屋︾︵言い嵐⑳園昌桝ぐ罠目︾ 岳忌︶という論文においてかかる従来の解釈を批判している。 のなかで理解され得るのである、と。 そしてこの二つの意味の体系的な関係は、鐙︶C盲ぐ買旨の領域 主な論点は次のようである。 ロ冒甘目四国旨の作品のくの罰①︲目烏悶が出版されたのを機会 に、著者煕凰巳邑冒閏教授の研究の一端を紹介した。 。ご肩口①H印詐冒豈①旨雨自胃、n国ご①詩○ざ四⑦巨拭昌画巨骨]ご扇国]届里肉ロコ︵庁閏の津 〆 岸衿号凪賦冒︲①誘旨HH斧︶興尉巳胃①ppq國昼巳昌騨射oぽ①め自らg︺己昌︲ ぐ①H、拝騨与言①崖、己弓.匡画×弓︲汗曽℃や〆周ぐ+隠廊衿印邑言︶︶ 次の要項で賛助︵定期購読︶会員を 募集いたします。会員には本誌を発 行後すみやかにお送りします。 ○会費年間千五百円︵二冊分︶ ○申込み州京都市北区小山上総町 大谷大学佛教学研究室 佛教学セミナー編集部 *郵便振替用紙も御利用下さい。 ︵京都画認g大谷大学佛教学 研究室︶