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は心懸等も白から改め、安母師匠たる型組 の御名仁汚れをかけ申きぬゃう致さねば争b
ませ ん私共たろそか中小者は御恩や御一悲を蒙って居・り ますと、初めは共の御慈思に戚激して一必に例報 恩の御任致しまするが、嫡れる仁従ひ月日のだっ さ倶に何時しか例の我が慌勝手が起って奉b
、建 陀は小言を言ったち民瑚屈を並べて不平・なぜ洩し たりするやうになります、惜の篤い人で母親なざ 、口詩ひする者があるのもつまり親の思じ嫡れる ので共の根元を質せば依然孝養の念は鍵らぬので す、きれば私共はこの御高恩が大に身に戚じ深く 泌み迄んr
からには月日が経過ばとて決して御恩 に糊れて疎情に思つては中かりません、盆 ι q 御給仕 の志を闘し御恩の矯め身を粉にして働かねば済み ませぬ、そして朝にタに事組の前に罷出で自分が 慾心の深。い凡夫である事其凡夫が大慈悲の御力て 救はれる、従って塾租の手に救はれた軽からぬ身 であるから仁は悌子ごしての務をな当ねば争らぬ 事等主心の底から申し陳ぺて少しも詐 b J 飾る乙ご 争︿、日々の不知法の事手も併せて機悔し、仰い で聖唖の御委を拝しました争らば其の時の私共の 必の婚しさは何んども誓へ様はありません、此の 清らか事美しい心を常に持っさ何慮に身盟は居て も私共の眼仁ア91
\ご御委を拝する事が出来て 聖組の御前に表たと同様な思が致します、理屈や 種々の法門談義を事んで身に守るよちいさ容暴い 所の妙法五時の御題目匂唱へ御型組の前仁ゐるど いム決心が第ててあ b ます、それきへ忘れねば何 事も怖るこごなくまた自ら他じ迷はされた b 慾仁 必が勤︿様な事は決しτ
ありません、何時も型組 の御前に居る事を忘れてはそれが堕務の根元であ るご堅︿信ずぺ主であります。南無妙法蓮華経! (40〕我は本化の門下也
江 原 夫 静粛奇る或夜、書祷に濁り組悼を緒︿の時、法 の響ご一再ふか天地の聾ご云はふか、主口が胸奥深︿博ふるあり、目を閉じ心を沈め℃静かに聞けば、 いごも妙なる調べ高く低︿賂た叉細︿、法界の私 語宇宙の韓、有情非情草木間土に至るまで、成悌 せしむるの真理を、二一回仁云ひ現したる妙法の温 かき究昔、よく
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\聞けば、一一備乗をたざる信浮 の友の唱題の聾、奥ゆかし主法鼓と調和して、幽 谷を訪づる響き争・り。此の静閑なる折L
も、鰐然 ごして吾を激する在り、如らず沈思黙座せば、今 夏の如︿、何故じか、る偉大争る英借、具つ大和 民闘の大導師、いや総ての日本人民中吾等が最も 信頼す可き、日蓮大型への一一分子たるの、恭げな さを得たりしか、同時に宗祖の偽陀の金言、我不 愛身命但惜無上道現身仁、来らせ給ひ、長くも無 主、六十有除年の御生涯営、只一日の如く、末法 の 暗 を 昭 一 す 一 MJ 、 、 a 背後世の吾等の鴬め仁、至誠の 安慰を輿へしめんでの、御誓願の下には、遠離於 搭寺披加万杖者の詩難を鴻毛の軽主に比し給ひ、 波荒き伊東が海角に、可情食,き罪事き御身の滅罪 の叶むなき仁号J
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給ひし時等、或ひは寒気激しき 日本洋上の拡島、佐渡仁流難に遭遇遊ばされ給ひ し時、賂た七里が演遁瀧口の渚仁、正に一・陣の塵ご 果℃なんごせられし時の如吉、暗倖太なる哉﹃妻 子所領容属の矯めに、身を失ひし者多し、然れ J Y ﹂ も法華経の御矯めに、身を拾っるものなし、只日連 一 人 なb
﹄ご叫ばせ給ひ、勇姿泰然自若ごしτ
自か ら か 、f
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迫害の、備陀の記文に嘗れるを、無上の 悦ご轄じて終生活︿ L リ給へる、共の献身的偉大な る御精紳仁、謝し奉るご冶も仁、吾は﹃日連事人が 愛 子 な り 。 ﹄ 吾 は 、 ﹁ 偽 陀 の 事 千 争 ・ り 。 ﹂ と の 自 畳 沸 然 ごして起り、夜竿孤影察しく、思を法主六百有除 年の昔に致しては、多々往ん吋、捜慨無量、己の過 去幾年他事仁過ぎ来たりし事の愚か言、いま起た ん、奮はん、白血見せん、ごの戚雑然として激し来 、、果ては此の微弱なる五凡の身心、一躍しては 宇宙法界の主構者にでちあるらんかど、白血克めた り。−暗かくて宗姐の出家の立志たるや偉然たり。 時しも大事人謁らく﹃吾今父母を離れて出家せん は安逸を侍んが錦めには非らず、一編仁悌智を求 ( 41)め