肺癌などの体幹部悪性腫瘍に対する定位的三次元集光照射治療 防衛医科大学校放射線科 植松稔 (背景と目的) 正常組織の被爆線量を増加させることなく、腫瘍部分にのみ照射 線量を増加させることが可能であれば、放射線治療成績は大きく向 上するものと期待される。歴史的にも子宮頸癌に対する腔内照射の 併用や舌癌に対する組織内照射が、これらの癌の治療成績を向上さ せ、この概念が正しいことを証明してきた。最近の顕著な成功例と しては、ガンマナイフの導入以降可能になった頭蓋内腫瘍に対する stereotactic radiosurgery(SRS)ないしstereotactic radiation therapy(SRT)が挙げられる。この局所集中照射法は、すでに米国 において比較的小さな頭蓋内腫瘍に対して手術に劣らない治療法と の評価が定着しつつあり、世界中に急速に普及してきている(1−−3)。 とりわけ、転移性脳腫瘍に対する効果は高いようで、直径が3cm以 下であれば原発部位や組織型によらず9割という高い局所制御効果 が期待できるとされている(4−9)。脳転移の9割が制御されるこ とから、もし同様な治療が原発巣に対しても実行可能であれば、3c m以下の癌の9割は放射線により局所制御できるかも知れない、と いう仮説が成立するものと考えた。しかし、現在までのところ、こ のよう’な局所集中照射法は頭蓋内病巣以外では技術的に難しいため ほとんど行われていない。我々は、この様な照射法を体幹部の腫瘍 に対しても施行できる放射線治療装置を独自に考案し作成した(9− ll)。 (方法と対象) 本研究でいう「定位的三次元集光照射」とは、上記のSRSないしS RTの日本語名として我々が用いている言葉であり、三次元的多方向 からミリ単位の正確さで放射線治療を行うことである。従来の放射 線治療と比べてはるかに高い位置精度が要求されるため、頭蓋内病 巣のように画像診断で把握しやすく、しかも頭蓋骨との位置関係が 一定している場合は実行も比較的容易で広く普及してきているが、 体幹部での研究は始まったばかりである。実際の頭蓋内病巣に対す る定位的三次元集光照射は、頭蓋骨に直接ネジで固定するフレーム
を装着してCTを撮り、そのフレームに刻まれたミリ単位の目盛り で病巣部位を同定し、放射線治療室でその目盛りに合わせて再現性 を得て照射するのが標準的である。これに対して、体幹部臓器は呼 吸や体位変換により容易に移動してしまうため、同様な照射法を体 幹部の腫瘍に対して行おうとしても位置の再現性を得ることが難し い。我々はこの位置の再現性における障壁を克服するために二つの ことを試みた。 第一は、患者の体位変換の必要性を放射線治療の現場から消去し てしまうことである。通常、放射線治療は標的となる腫瘍を同定し それに見合った照射範囲を設定するr治療の位置決め」から始まる。 これはx線透視やCTなどと組み合わせたシミュレータという専用 の寝台のある部屋で行われる。画像診断が進歩した今日、病巣範囲 の把握はかなり高い精度で行えるが、それに対するマーキングは単 に患者の皮膚にマジックインキなどで記されるだけである。位置決 めをどんなに精密に行っても、患者がシミュレータの寝台から起き 上がり、実際に照射を受ける放射線治療室へ移動し、再び放射線治 療の照射寝台に横になるという過程を踏んでいたのではミリ単位の 位置の正確さなど望むべくもなかった。そこで、我々は放射線治療 室のなかにx線透視装置とCT装置を設置して、ひとつの共通寝台 で結び付けてしまうという位置決め兼治療装置を考案し作成した。 これにより、患者は治療室内で一度寝台に横になれば、位置決めか ら治療終了までの間、一切の体位変換を必要とされることがなくな ったわけである。人体模型を利用した実験において、この治療装置 の位置再現性はきわめて高く、1mm以内の誤差で治療が実行できる ことが確認できている(12)。 このようにして患者の体位変換による問題は解消できたので、次 に呼吸による臓器移動に対処する方法を検討した。最終的には呼吸 同期装置を位置決め装置と照射装置に併用できれば理想的と考えて いるが、適切なものが市販されていないため現在考案中である。代 替方法として、酸素マスクによる酸素吸入と腹部ベルトの使用によ る圧迫固定が現時点で可能である。これらは簡便な方法であるが当 初の予想より有効で、胸腹部に病巣を持つ患者の8−9割ほどで頭 尾方向への病巣移動を1cm以内に抑えることができる。ただし、本 当に呼吸性の移動を十分に小さくできているかどうかの確認のため、 毎回透視とCT撮影を要する。具体的な手順としては、患者を寝台
に乗せ酸素マスクとベルトを装着する。その状態でx線透視を行い、 呼吸性の臓器移動を十分に(頭尾方向でlcm以内に)小さくできれ
ば、そのままCTを撮る。4秒以上の時間をかけて撮像したCT画
像で少しでもx線吸収値の異常な範囲はすべて病巣範囲と判断して いるので、臓器移動のために病巣を逃す危険性はきわめて小さい。 あとはCTで正確に把握された病巣範囲に対して過不足なく定位的 三次元集光照射を行うわけである。 治療対象は、最終的にはすべての悪性腫瘍を目標としたいが、当 面は治療の実行可能性と安全性の確認のために臓器を選ぶ必要があ ると考えている。x線透視で病巣の呼吸性移動が十分に観察でき、 抑制された呼吸下でのCT撮影で病巣が十分に認識でき、しかも正 常組織の一部分に高線量の照射が行われても安全と思われる臓器が 望ましい。このため我々は、胸部では肺癌、腹部では油性造影剤リ ピオドールを注入した後の肝癌を選択した。どちらも画像診断でき わめて認識しやすい病巣である。また肺や肝はその一部に欠損が生 じても他部位がこれを代償する臓器である。正常組織の一部に過線 量の照射が行われたとしても、ごく狭い範囲に限られるのならば全 体的な機能障害が起こることはまずないと考えられる。また、呼吸 性の臓器移動が無視できるほどに小さい骨盤内臓器も、本治療の良 い適応となる可能性が高い。今後は前立腺や膀胱などに対しても臨 床応用を広げて行きたいと考えている。さらに、適応とする腫瘍の 長径も当初は3c団以下のものとしていたが、今後は呼吸性移動が無 視できるほど小さい場合には5cm程度まで拡大したいと考えている。 具体的な照射方法は頭蓋内疾患に対して広く行われている多軌道 の振り子照射を用いることを原則としたが、一回照射よりも分割照 射の方が悪性腫瘍の治療に適しているはず(13)なので照射は分割で 行うこととした。また、照射線量は慢性障害発生の危険性から換算 して頭蓋内のSRSとほぼ等価となるように、総線量を分割回数に応 じて算出してV、る(一回照射のSRSで通常15−30 Gyの照射が行われ ているのでこれに対応して40−70Gyを10−15分割で照射することが 多い)。 (現在までの経験プ 平成6年4月に治療装置が完成し機能評価を済ませた同年8月よ り試験的に臨床応用を開始した。対象は上述のように手術非適応と 判定された肺癌および肝癌で腫瘍の長径が3cmまでのものである。本治療は頭蓋内疾患では確立された照射方法であるが体幹部では データがなく安全性や有効性の保証ができないことを含めて治療法 について十分に説明をした後、本治療を希望した患者だけを対象と
した。現在までに肺癌約35名、肝癌約15名が本治療を希望し、
実際に治療寝台の上で呼吸性の移動を十分に小さくできたもの(希 望者の約9割)に本治療を行っている。全員で治療は安全に施行で きており、現在までに認められた自覚的副作用は一時的な食欲低下 が2名、一過性の乾性咳漱が2名だけである。これは従来の肺や肝 への放射線治療と比べても明らかに軽度と考えている。また、肺癌 患者のうち8名では治療による血液ガスの変化を経時的に調べたが 全く影響はなかった。肝癌患者は全員の肝機能を血液検査している が本治療により悪化したと思われるものはいない。最長でも2年間 あまりの経過しかみておらず治療効果の判定は時期早尚であろうが、 現在までのところ局所制御失敗例は1名だけである。 このような経験から、本法は体幹部の小さな悪性腫瘍に対して根 治性と安全性を兼ね備えた治療法のひとつになりうるのではないか と期待している。 (文献) 1. Phillips MH, et al: Stereotactic radiosurgery; a review and comparison of methods. J CIin Oncol 12:1085−1099,1994 2.植松 稔:定位的3次元集光照射(1)臨床放射線40:1491−1492, 1995. 3.植松 稔:定位的3次元集光照射(2)臨床放射線40:1599−1600, 1995. 4.植松 稔:定位的3次元集光照射(3)臨床放射線41:185−186, 1996. 5・ Alexander E III, et al: Stereotactic radiosurgery for the definitive, noninvasive treatment of brain metastases. J Ntl Cancer Inst 87:34−40, 1995.6. Flickinger JC, et al: A multi−institutional experience with stereotactic radiosuegery for solitary brain metastasis. Int J Radiat Oncol Biol Phys 28:797−802,1994. 7. Fuller BG, et al: Stereotactic radiosurgery for brain metastases: the importance of adjuvant whole brain irradiation. Int J Radiat Oncol Biol Phys 23:413−418,1993 8.植松 稔:定位的8次元集光照射(4)臨床放射線41:257−258, 1996. 9.植松 稔:定位的8次元集光照射(5)臨床放射線41:355−356, 1996. 10. Uematsu M, et al: Linear accelerator−based multifunctional treatment unit for stereotactic radiation therapy for extracranial tumors。 Int J Radiat Oncol Biol Phys 32(supPl l): 168, 1995. 11.植松 稔、他:Radiosurgeryを応用した肺癌治療の試み 臨床放射線40:847−849,1995 12. Uematsu M, et al: A dual computed tomography linear accelerator unit for stereotactic radiation therapy: A new apProach without cranially fixated stereotactic frames。 Int J Radiat Oncol Biol Phys 35:587−592, 1996. 13. Brenner DJ, et al: Stereotactic radiotherapy of ・ intracranial tumors; An ideal candidate for accelerated treatment. Int J Radiat Oncol Biol Phys 28:1039−1041, 1994.