博士論文
糖質介入が運動による中枢性疲労に与える影響
(The effect of carbohydrate solution on
exercise-induced central fatigue)
2017 年 9 月
立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科
スポーツ健康科学専攻博士課程後期課程
立命館大学審査博士論文
糖質介入が運動による中枢性疲労に与える影響
(The effect of carbohydrate solution on
exercise-induced central fatigue)
2017 年 9 月
September 2017
立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科
スポーツ健康科学専攻博士課程後期課程
Doctoral Program in Sport and Health Science
Graduate School of Sport and Health Science
Ritsumeikan University
小西 可奈
KONISHI Kana
研究指導教員:真田 樹義教授
Supervisor: Professor SANADA Kiyoshi
博士論文要旨
論文題名:糖質介入が運動による中枢性疲労に与える影響
立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科 スポーツ健康科学専攻博士課程後期課程 コニシ カナ 小西 可奈 背景及び目的 スポーツ活動時に目的に適った理想的な動作を行うためには,力調節能力と実行機能が 重要な役割を持つ.運動を繰り返し行うあるいは持続する場合,力調節能力や実行機能の低 下,いわゆる中枢性の疲労が生じる.その疲労に対して糖質は低減効果を有することが期待 される.本研究では,摂食後に実施する運動時に糖質介入を行うことが力調節能力や実行機 能の低下を抑制するかを検証し,中枢性の要因に着目した糖質の疲労低減効果を提示する ことを目的とした. 方法 研究課題1 では,摂食後に行う運動時に糖質飲料の摂取が力調節能力の低下を抑制する かどうかを検証した.最高酸素摂取量 (V.O2peak) の 70%に相当する強度での 30 分の自転 車運動の前後で,等尺性足底屈曲における最大随意収縮力の5%に力を調節する課題を行 い,30 秒間の発揮張力の標準偏差 (SD) を算出し力調節能力を評価した.また,運動中の 血糖値を測定した. 研究課題2 は,V・O2max の 75%に相当する強度での 65 分の走運動時の前後で実行機能を 評価した.実行機能の評価には,正答率を制御したStroop テスト不一致条件の反応時間を 用いた.研究課題3 は,研究課題 2 と同様のプロトコルにて,糖質飲料マウスリンスが運動によ る実行機能の低下を抑制するかどうかを検証した. 結果及び考察 研究課題1 では,運動により発揮張力の SD が増加したが,糖質飲料摂取によりその増 加が抑制された.摂食後に実施した運動中の血糖値は飲料摂取条件間で差が認められなか ったことから,糖質飲料の摂取は血中へのグルコース供給を介さずに力調節能力の保持に 寄与している可能性が考えられる.このことから,糖質飲料の摂取ではなく口内への曝露 が力調節能力に影響を及ぼした可能性がある. 研究課題2 では,力調節能力とともに中枢神経機能の一つである実行機能に着目し,糖質 介入の効果を検証するための,運動時の実行機能評価法の妥当性を検討した.その結果,速 度と正確性のトレードオフ効果及び学習効果を除外することで,持続的な中高強度運動に よる実行機能低下を検出することが出来た. 研究課題3 では,研究課題 2 で妥当性を得た評価法を用いて,糖質飲料マウスリンスが 実行機能に与える影響を検討した.その結果,糖質飲料マウスリンスにより運動後の実行 機能の低下が抑制された. 結論 運動時の糖質介入は力調節能力及び実行機能の低下を抑制することが明らかになった. 摂食後に行う運動時においても力調節能力や実行機能は低下するため,運動中の糖質介入 が必要であることが示された.また,糖質を摂取することなく口内への曝露のみで中枢性の 疲労 (力調節能力や実行機能の低下) を抑制出来る可能性が示された.これらの結果は,運 動時の栄養処方ガイドラインにおいてこれまで網羅されていなかった中枢性疲労に有効な 栄養介入方法として活用出来る可能性がある.
Abstract of Doctoral Thesis
Title:The effect of carbohydrate solution on
exercise-induced central fatigue
Doctoral Program in Sport and Health Science Graduate School of Sport and Health Science Ritsumeikan University
コニシ カナ KONISHI Kana
Introduction
Force steadiness and executive function play an important role during exercise that require players to optimize their movement in dynamically changing situations. The overall purpose of this study was to examine whether the carbohydrate solution attenuates exercise-induced decline in force steadiness and executive function in fed state.
Methods
In study 1, eight male subjects completed 30-min cycling at 70% V.O2peak with or without
carbohydrate drink ingestion. Force steadiness was assessed by standard deviation (SD) of force fluctuation during low intensity force matching task in isometric planter flexion. Blood glucose level was evaluated during exercise.
In study 2, nine participants completed 65-min treadmill running at 75% V.O2max. Executive
function was assessed by reaction time of incongruent trials in the Stroop color and word test before and after each session. The task difficulty was controlled by adjusting the stimulus duration so that each subject could maintain 85% of response accuracy to exclude the effect of a speed-accuracy trade-off.
In study 3, the effect of mouth-rinsing with a carbohydrate solution on exercise-induced decline in executive function was examined with experimental protocol constructed in study 2.
Results and Discussion
In study 1, SD of force during force matching task increased after the exercise, which indicated central fatigue induced by exercise in fed state. Carbohydrate ingestion attenuated exercise-induced increase in SD of force unrelated to change in blood glucose level.
Study 2 revealed that reaction time of incongruent trials increased after the sustained high-intensity exercise when cognitive function was assessed with response accuracy controlled, which indicates a decline in executive function.
In study 3, the reaction time in the incongruent Stroop test increased after exercise with mouth-rinsing with water, while such increase was not obtained with a carbohydrate solution. These findings indicate that mouth rinsing with a carbohydrate solution attenuated the decline in executive function induced by exercise.
Overall, this study demonstrated that carbohydrate solution attenuated the exercise-induced decline in force steadiness and executive function.
論文一覧
本博士学位申請論文は,以下の副論文をまとめたものである. 【副論文】 研究課題1 1. 小西可奈,木村哲也,瀧千波,塩澤成弘,海老久美子,浜岡隆文,真田樹義 食事摂取後に行う運動時の糖質飲料摂取が力調節安定性に与える影響,トレーニング 科学掲載決定済 研究課題22. Kana Konishi, Tetsuya Kimura, Atsushi Yuhaku, Toshiyuki Kurihara, Masahiro Fujimoto, Takafumi Hamaoka and Kiyoshi Sanada
Effect of sustained high-intensity exercise on executive function, The Journal of Physical Fitness
and Sports Medicine, 6(2). 111-117, 2017.
【関連論文】 1. 小西可奈,守屋誠子,阿部千秋,奥井智美,瀧千波,木村哲也,真田樹義,海老久美子 練習後の食事提供を含む栄養教育が夏季環境における高校野球選手の身体組成及び心 理状態に与える効果,トレーニング科学,25(3),215-224,2014. 2. 山崎圭世子,辻安由美,小西可奈,関谷吏華,山下千晶,米浪直子,中井誠一 唾液バイオマーカーからみた鴨川河川敷でのウォーキングおよびランニングのストレ ス軽減効果,ウォーキング研究 (16),157-162,2012.
略語一覧
ACTH: Adrenocorticotropic hormone BMI: Body mass index
CMR: Cerebral metabolic ratio CV: Coefficient of variation
fMRI: Functional magnetic resonance imaging HPA 軸: Hypothalamic-pituitary-adrenal axis HR: Heart rate
MVC: Maximal voluntary contraction force NE: Norepinephrine
RPE: Ratings of perceived exertion SD: Standard deviation
Stroop テスト: Stroop color and word test VA: Voluntary activation VAS: Visual analogue scale V・O2: Oxygen consumption
1.研究の背景 ... 1 2.研究の目的と構成 ... 5 3.研究の意義 ... 6 1.緒言 ... 7 2.方法 ... 9 3.結果 ... 16 4.考察 ... 21 5.結論 ... 24 1.緒言 ... 25 2.方法 ... 29 3.結果 ... 35 4.考察 ... 39 5.結論 ... 42 1.緒言 ... 43 2.方法 ... 45 3.結果 ... 50 4.考察 ... 56 5.結論 ... 60 1.研究の目的 ... 66 2.研究課題 ... 66 3.研究の概要 ... 66 目次 第1章 序論 ... ..1 第2章 運動時の糖質飲料摂取が力調節能力に与える効果(研究課題1) ... 7 第3章 運動誘発性疲労を検出するための実行機能評価法の妥当性検討(研究課題2) .. 25 第4章 運動時の糖質飲料マウスリンスが実行機能に与える効果(研究課題3) ... 43 第5章 総合討論 ... 61 第6章 総括 ... 66 第7章 結論 ... 68 謝辞 ... 69 参考文献 ... 70
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第1章 序論
1.研究の背景
試合やトレーニングなどの運動時にプレイヤーが障害なく理想的な競技パフォ―マンス を発揮するためには,疲労を低減することが必要不可欠である.疲労は「一過性の作業能力 の低下」と定義され (Williams & Ratel, 2009) ,中枢神経系を主たる発生源とする中枢性疲 労と神経筋接合部や骨格筋を含む筋収縮機構に原因を有する末梢性疲労に大別される (Bigland-Ritchie et al., 1978; Gandevia, 2001; Williams & Ratel, 2009) .近年,運動時の中枢性 疲労に関する研究が多く報告されている.運動時に中枢性疲労,特に脳の機能低下を引き起 こす要因は,酸素,グルコース,乳酸の脳取り込み (Nybo & Secher, 2004) ,脳グリコーゲ ン (Matsui et al., 2012; Matsui et al., 2011) ,セロトニン (Meeusen et al., 2006) ,カテコール アミン (McMorris, 2016) ,高温 (Nybo, 2010; Nybo & Nielsen, 2001) ,モチベーション (Burgess et al., 1991; Davis & Bailey, 1997) など複数存在する.脳活動においてはグルコース が主要なエネルギー源であり,astrocyte-neuron lactate shuttle hypothesis (ANLSH) (Pellerin et
al., 2007; Pellerin & Magistretti, 1994) に示されるように,乳酸もアストロサイトによりニュ
ーロンへ供給されATP を生成する原料として利用される.長時間や高強度などの激しい運 動により,脳内のグルコースや乳酸の供給及び産生が減少することで脳機能の低下が生じ る.実際に,酸素やグルコース,乳酸の脳取り込みの比を加味した指標である Cerebral Metabolic Ratio [CMR : O2 a-v difference/(Glucose a-v difference + lactate a-v difference/2) ] は疲
労困憊運動の終盤及び終了後に低下し (Ide et al., 2000),アストロサイトにおいて乳酸に分 解される脳グリコーゲンは,長時間運動により減少することが報告されている (Matsui et al., 2012; Matsui et al., 2011) .激しい運動により,脳内で神経伝達物質に異常が生じ,脳機能の 低下がもたらされる可能性もある.末梢血のカテコールアミンは激しい運動により増加し, 迷走神経を介して脳内でのノルエピネフリン (NE) ,セロトニン濃度の増加を引き起こす ことにより神経活動を低下させる可能性が示されている (McMorris et al., 2016) .以上のよ うに,複数の原因を有する中枢性疲労を低減し,競技パフォーマンスの低下を抑制する戦略 を明らかにする必要がある.
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糖質介入は運動時の疲労を低減する重要な戦略として多くの注目を集めてきた.競技パ フ ォ ー マ ン ス の 向 上 を 目 的 と し た 糖 質 介 入 に 関 す る 研 究 は 1960 年代後半に始まり (Bergstrom et al., 1967) ,その後 40 年間で数多くの研究が蓄積されその有効性が認められて いる (Close et al., 2016) .2003 年には,国際オリンピック委員会 (IOC) によるスポーツ栄 養に関する合意声明 (Burke et al., 2004; Coyle, 2004; Hargreaves et al., 2004; Spriet & Gibala, 2004) が発表され,血糖値低下の予防や筋グリコーゲンの節約の観点から疲労を軽減し得る として運動中の糖質飲料の摂取が推奨された.2010 年の IOC による新たな合意声明におい て (Burke et al., 2011) ,運動時の競技パフォーマンスの向上あるいは維持を目的とした運動 中の糖質介入に関して運動の時間や強度に従った具体的な目安が提示された (Figure 1) . 長時間の運動時には,競技パフォーマンスの低下抑制を目的として,血糖値低下を予防する 観点から60g /時や 90g/時の摂取が推奨されている.血糖値は顕著に低下しないとされる 30 ~75 分程度の運動時にも少量の糖質摂取あるいは糖質溶液マウスリンス (溶液を飲み込ま ず口腔を濯いで吐き出す動作) などの糖質介入を行う必要があることが示されている.
Figure 1.運動中の糖質介入の目安 (Burke et al., (2011),Jeukendrup (2014) より引用改変)
上述の目安は2016 年に米国スポーツ医学会,米国栄養士協会,カナダ栄養士会の三機構 により発表された最も新しいポジションステートメント (Thomas et al., 2016) においても採 用されている.しかしながら,この基準の策定に参照された研究報告は,糖質介入が全身持
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久力や筋力に与える効果を検討したもの (Hawley et al., 1997; Temesi et al., 2011) に限られて おり,運動時の競技力に寄与する全ての疲労要因を網羅できていないことが懸念されてい る (Burke et al., 2011) .
これまでの疲労低減を目的とした糖質介入研究のアウトカムである全身持久力や筋力や 競技に特化したスキル (テニスのストロークの安定性やサッカーのシュート,パス,ドリブ ルの精確性) (Currell et al., 2009; McRae & Galloway, 2012; Ostojic & Mazic, 2002; Vergauwen et
al., 1998) は末梢性と中枢性の要因両方の寄与を受ける指標である.中枢神経系に原因を有
する中枢性疲労と神経筋接合部や骨格筋に原因を有する末梢性疲労は必ずしも同期して生 じるわけではなく,運動の様式や強度,時間によってどの疲労の影響が顕著に生じるかが異 なる (Davis, 1995; Enoka & Stuart, 1992; Nybo & Secher, 2004; Taylor & Gandevia, 2008) .従っ て,それぞれの要因に応じた疲労低減のための糖質介入方法を運動の様式,強度,時間を考 慮して明らかにする必要がある.神経筋接合部や興奮・収縮連関の機能不全などの末梢由来 の疲労を評価する指標は,末梢神経電気刺激による単収縮力などであり,神経筋接合部より 上位で生じる中枢性疲労の評価には,随意筋力発揮時の運動単位の動員度 (Voluntary activation) が用いられている (Gandevia, 2001; Taylor et al., 2000) .さらに,脳や中枢神経に よる調節を大きく受ける力調節能力や高次脳機能 (情報処理,注意・集中,実行機能,記憶 など) (Chang et al., 2012; Gorus et al., 2006; Missenard et al., 2009; Taylor et al., 2003; Tracy et al., 2007) も中枢性疲労の評価指標である.力調節能力とは,目標に対して最小誤差で目的に適 った動作を行う能力であり,低強度 (MVC の 2.5%‐10%) 力調節課題中の発揮張力の標準 偏差あるいは変動係数が指標とされている (Missenard et al., 2009) .実行機能は絶えず変化 し不安定で予測不可能な動的環境において,目的指向型の戦略を変更及び更新し,動作を制 御する過程であり (Di Russo et al., 2010; Wang et al., 2013) ,Shifting,Updating,Inhibition の 3 つの側面を含み (Miyake et al., 2000) ,Wisconsin Card Sorting Test や Stroop Color and Word Test などの課題の成績によって評価される (Chang et al., 2012; Miyake et al., 2000) .運動時 の中枢性疲労低減を目的とした糖質介入に関する知見はまだ不足しており,多くの競技に 広く活用できるような知見やガイドライン策定時に参照できるようなエビデンスを蓄積す ることが愁眉の課題である (Baker et al., 2014) .多くのスポーツ活動時に必要な能力である 力調節能力や実行機能を指標として中枢性疲労に対する糖質介入の効果を検証することに
4 より,スポーツ活動時に広く利用可能な知見を提示できる可能性がある (Figure 2) . Figure 2.糖質介入と疲労の中枢性要因,末梢性要因の概念図 さらに,実際のスポーツ活動時への応用を見据えた場合には,糖質の疲労低減効果をある 程度十分な食事を摂取した後の運動時において検証することが重要である (Colombani et al., 2013) .運動前に食事を摂取することは,運動時の糖質摂取が疲労に与える効果を減ずるこ とが報告されている (Beelen et al., 2009; Fares & Kayser, 2011; Martin & Benton, 1999) .運動 前の食事摂取状況と運動中の糖質介入の干渉効果を考慮するため,すでに内因性の糖質が 存在する状態で,運動時にさらなる糖質介入を行った場合の疲労低減効果に関するエビデ ンスの蓄積が必要とされている (Meltzer & Hopkins, 2011) .
以上の点をふまえ,本研究では運動時に糖質介入を行うことが力調節能力や実行機能の 低下を抑制するかを検証し,中枢性の要因に着目した糖質の疲労低減効果を提示すること を目的とした.第一に,食事摂取後に行う運動時に糖質飲料の摂取が力調節能力の低下を 抑制するか否かを検証した (研究課題 1) .次に,運動により生じる実行機能の低下を検出 する評価方法の妥当性を検討し (研究課題 2) ,最終的に糖質飲料によるマウスリンスが運 動時の実行機能低下を抑制するかを検討した (研究課題 3) .
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2.研究の目的と構成
これまでの糖質補給ガイドライン策定に用いられている研究はスポーツ活動時のパフォ ーマンスの体力要素に着目したものに限られており,力調節能力や実行機能といった中枢 性の要素に対する有効性が加味されていないことが課題である.さらに,運動時に糖質介 入の疲労低減効果を検討する場合,食事を摂取した状態でさらなる糖質介入を運動時に行 った場合の効果を検証する必要がある.そこで本研究は,力調節能力や実行機能などのス キル要素に着目し,食事を摂取した後に行う運動時の糖質介入が中枢性の疲労を低減する かを検証することを目的とした.この目的を達成するために以下の研究課題を設けた. 研究課題1.運動時の糖質飲料摂取が力調節能力に与える効果 通常の食事を摂取後に中高強度運動を実施する場合に,運動中に糖質飲料を摂取するこ とが力調節機能の低下を抑制するか否かを検証する. 研究課題2.運動誘発性疲労を検出するための実行機能評価法の妥当性検討 研究課題1 より,被験者が食事を摂取した状態であっても,運動により力調節能力の低 下が生じ,それに対して糖質介入が低減効果を有する可能性が示された.中枢性の要因の 寄与を受ける実行機能などの他の能力に対しても,糖質が運動時の疲労低減効果を有する 可能性が考えられる.実行機能に着目すると,持続的な中高強度運動はカテコールアミン の過剰な分泌を引き起こすなど,実行機能を低下させることが予想される.しかし,これ までに実行機能が持続的な中高強度運動により低下することを同定した研究報告はほとん どなく,その一要因として先行研究では認知機能テスト時の速度と正確性のトレードオフ を排除できていないことが指摘されている.そこで研究課題2 では,速度と正確性のトレ ードオフを排除することに着目し,認知機能テストの正答率を制御するとともに反応時間 のみを評価指標として採用することで,持続的な中高強度運動時に実行機能の低下を検出 できるかを検討した.6 研究課題3.運動時の糖質飲料マウスリンスが実行機能に与える効果 研究課題2 により,中高強度運動を持続的に実施すると実行機能が低下する可能性が示 された.スポーツ活動時に目的に適った理想的な動作を行うために,実行機能の低下を軽 減するような栄養介入方法を明らかにする必要がある.研究課題1 より,食事を摂取した 後に行う運動時に,さらなる糖質介入を行うことは,血糖値の変化とは関連せずに力調節 能力の低下を抑制することが示された.力調節能力と同様に脳や中枢神経系など中枢性要 因の寄与を大きく受ける実行機能に対しても,糖質は効果を有する可能性がある.糖質が 血中へのグルコース供給を介さずに疲労低減効果を有するかを検証する手法として,糖質 飲料によるマウスリンス (飲料を摂取せず口腔を濯いで吐き出す動作) がある.そこで, 研究課題3 では,研究課題 2 で作成したプロトコルを用い,持続的な中高強度運動時に糖 質飲料によるマウスリンスを実施することが実行機能の低下を低減するか否かを検証し た.
3.研究の意義
以上の研究課題の検証により,運動時の中枢性の疲労 (力調節能力や実行機能の低下) 低減を目的とした糖質介入の有効性を提示出来ると考える.全身持久力や筋力の向上や維 持という観点に加え,中枢性疲労の低減もふまえた多角的観点から糖質介入のガイドライ ンを策定する上で,本研究は有益なエビデンスを提供できる可能性がある.7
第2章 運動時の糖質飲料摂取が力調節能力に与える効果(研究課
題
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1.緒言
スポーツ活動時に目的に適った理想的な動作を行うためには身体各部の動きを調整する 中枢神経系の運動制御能力が非常に重要な役割を果たすため,運動時の運動制御能力の低 下を軽減することは競技力向上や障害の予防に貢献することが期待される.運動制御能力 の一つに,目標に対して最小誤差で精確に動作を行う力調節能力がある (大築, 1988; 矢部 et al., 2003) .力調節能力は一定時間最大下の随意筋収縮を行う際の発揮張力の標準偏差(SD) や変動係数 (CV) により評価され (Enoka et al., 1999; Enoka et al., 2003; Kouzaki & Shinohara, 2010; Maluf & Enoka, 2005; Salonikidis et al., 2009; Tracy et al., 2004; Tracy & Enoka, 2006) .スポーツ活動におけるスキルと関連することが示されている重要な能力である (Salonikidis et al., 2009) .習慣的にトレーニングを実施している競技年数が 6 年以上の現役 競技者と習慣的に運動を行っていない学生に対し,手関節屈曲動作にて最大随意収縮力 (Maximal voluntary contraction force:MVC) の 5~75%の各目標値に力を維持する課題中の発 揮張力のSD 及び CV を評価した結果,現役競技者は学生に比べ高い力調節安定性を有する ことが報告されている (Salonikidis et al., 2009) .発揮張力の変動は運動単位の動員や発火頻 度,同期性 (Moritz et al., 2005; Taylor et al., 2003) や視覚 (Tracy et al., 2007) による影響を受 け,持続的あるいは反復的な運動により増加する (Lavender & Nosaka, 2006; Missenard et al., 2009; Skurvydas et al., 2010).特に,運動により引き起こされる低強度 (MVC の 7%及び 13%) 力調節課題中の発揮張力のCV 及び SD の増加は,末梢性の骨格筋収縮能の低下よりも中枢 神経系の機能低下を反映することが示されている (Missenard et al., 2009) .
運動時の中枢神経系の機能低下を軽減する戦略の一つとして,糖質飲料を用いた介入が 効果を有することがいくつかの報告により明らかにされている (Gant et al., 2010; Nybo, 2003) .Nybo (2003) は,随意収縮力に末梢神経電気刺激により誘発した張力を重畳させる twitch interpolation 法により評価した随意収縮時の運動単位の動員度 (Voluntary Activation) を指標として,自転車運動中の糖質飲料摂取は中枢神経系を含む筋収縮機構の機能低下を
8 軽減することを明らかにした.また,繰り返しの肘伸展筋力発揮時に糖質飲料の摂取によ り皮質脊髄路の興奮性が増加することが報告されている (Gant et al., 2010) .運動単位動員 度の低下抑制や皮質脊髄路の興奮性の増加は力調節安定性の低下抑制に寄与する可能性が 考えられることから,運動時の糖質飲料の補給は力調節安定性の低下を軽減する効果を有 することが期待できる. 実際のスポーツ活動時への応用を見据えた場合には,糖質の疲労低減効果をある程度十 分な食事を摂取した後の運動時において検証することが重要である (Colombani et al., 2013) .運動前に食事を摂取することは,糖質摂取が有する運動パフォーマンス向上効果 を減ずる可能性が示されており (Beelen et al., 2009; Fares & Kayser, 2011; Martin & Benton, 1999) ,内因性の糖質が存在する状態で運動時にさらなる糖質介入を行った場合の運動パ フォーマンス向上効果に関するエビデンスの蓄積が必要とされている (Meltzer & Hopkins, 2011) .
以上のことより,研究課題1 の目的は,食事摂取後の運動時における糖質飲料の摂取が 力調節能力の低下を抑制するか否かを検証することとする.
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2.方法
2-1.対象者 被験者は,健常な成人男性8 名 (年齢 23 ± 1 歳,身長 168.8 ± 2.1 cm,体重 65.5 ± 1.9 kg, 体脂肪率 15.0 ± 0.9 %,最高酸素摂取量 50.3 ± 2.0 ml/kg/min,平均 ± 標準誤差) とした.日 常生活において習慣的にトレーニングを行っている被験者は含まれていなかった.被験者 に対して,本実験に関わる全ての測定を開始する前に,著者が本研究の目的,方法,予測さ れるリスク,個人情報の保護,成果の公表,任意の参加と途中離脱が可能であること,調査 に協力しないことで不利益が生じないことなどについて口頭及び文書で被験者に説明した. なお,本研究では対照にプラセボ飲料を使用しないため,測定前にはどの飲料によるどのよ うな成果が期待されるのかを伏せて研究の内容を説明した.参加同意書への署名によるイ ンフォームドコンセントを実施した.なお本研究の実施にあたっては,世界医師会「ヘルシ ンキ宣言」を遵守し,「立命館大学 人を対象とする医学系研究倫理審査委員会」の承認を 得た (承認番号 BKC-IRB-2012-003) . 2-2.実験デザイン 被験者は,30 分間 (15 分×2 セット) の自転車運動を行い,その間に糖質飲料 (CHO) あ るいは水 (W) のいずれかを摂取した.CHO 条件あるいは W 条件の 2 試技を実施する間隔 は,7 日以上とした.また,2 試技の順番はランダムにクロスオーバーで行った.力調節能 力の測定は,等尺性足底屈曲課題を用いて,30 分間の自転車運動を開始する前 (Pre) 及び 自転車運動終了後 (Post) の計 2 回行った.本実験日までに,足底屈曲の MVC 発揮の練習 を行った. 2-3.最大酸素摂取量測定 本実験で行う運動の負荷強度を決定するため,本実験開始の 2 日前までに自転車運動時 の最高酸素摂取量 (V・O2peak) の測定を行った.酸素摂取量の測定には自転車エルゴメータ (828E,Monark 社製) 及びエアロモニタ (AE-310s,ミナト医科学社製) を用いた.また,V・ O2peak の測定はステップ負荷式の連続的な自転車運動により,breath by breath 法を用いて10 1 分毎に 30W ずつ増加させる運動テストを行った(Kimura et al., 2008).回転数は 60 回転/分 とした.以下の条件のうち一つを満たした時点で測定終了とし,V・O2peak を記録した (Ando et al., 2005) . 条件1.運動強度は漸増しているにも関わらず酸素摂取量が定常状態になった場合 (レべリングオフが確認された場合) 条件2.回転数が維持できなくなった (55 回転/分以下に低下した) 場合 条件3.被験者が随意的に疲労困憊し,運動を中止した場合 2-4.実験プロトコル 実験前日は,夕食 (食事内容に関しては「飲料及び食事」に記述) を 19:30 に提供し, 20:00 までに摂取するよう指示した.また,その後は絶食とし,飲料は水のみの摂取とし た.被験者は,実験当日絶食状態にて8:00 に実験室に来室した.まず,体重及び体脂肪率 を測定し,足底屈曲の MVC 発揮の練習を 3 回行った.練習終了後 8:10 に朝食を摂取し た.その後,筋電図・心電図の電極を貼付した. 実験プロトコルの概要をFigure 3 に示す.運動プロトコルを開始する前に,ウォーミング アップとしてV・O2peak の 40%強度での自転車運動を 5 分間実施した.ウォーミングアップ
終了後,実験装置に移動しPre の神経筋機能テスト (Motor test) を行った.その後,再び自 転車エルゴメータに移動し,V・O2peak 70%強度での自転車運動を開始した.自転車運動は朝 食摂取の2 時間後に開始した.自転車運動は 15 分実施 (1st Quarter) 後,3 分間のインター バルを挟みさらに15 分間行い,計 30 分間実施した.運動終了後,実験装置に移動し,Post の神経筋機能テストを実施した.神経筋機能テストに要した時間は約15 分であった.血液 採取 (血糖値,血中乳酸濃度測定) 及び主観的運動強度 (RPE) の評価は,運動開始前,運動 開始10 分後 (1st Quarter の 10 分経過時) ,及び 28 分後 (2nd Quarter の 10 分経過時) に行 った.Visual analogue scale (VAS) による疲労,口渇,空腹の主観的評価は,運動開始前,運 動開始15 分後 (1st Quarter 終了後 3 分間のインターバル時),及び運動終了時に実施した. 実験中の実験室内の環境は,気温20.0-23.0℃,湿度 20-30%に調整した.
11 Figure 3.実験プロトコルの概要
2-5.飲料及び食事
CHO 飲料は,市販の糖質 (異性化糖,ショ糖,マルトデキストリン) を含む粉末 (Gatorade, サントリー社製) を用いて作成した.糖質濃度は先行研究を参考にし,6%とした (Welsh et
al., 2002) .CHO 飲料あるいは水の摂取は,運動開始前,運動開始 15 分後 (1st Quarter 後の
3 分間のインターバル時) ,及び運動終了時に実施した.運動開始前及び運動終了時には, 5ml/kg 体重に相当する量を,運動開始 15 分後 (1st Quarter 後の 3 分間のインターバル時) に は,3ml/kg 体重に相当する量の飲料を摂取させた. 本実験において提供した夕食及び朝食は,米飯を主食とし,主菜,副菜,汁物で構成した. エネルギー量は日本人の食事摂取基準 (2010 年版) を基に被験者毎に設定した.具体的に は,対象者の体重及び基礎代謝基準値を変数として基礎代謝量を算出し,さらに身体活動レ ベルを乗じて,推定エネルギー必要量を算出した.また,たんぱく質,脂質,炭水化物量も 日本人の食事摂取基準 (2010 年版) を基準に調整した.提供した夕食の平均エネルギー量は 1020kcal であり,たんぱく質量は 33.7g,脂質量は 26.1g,炭水化物量は 155.0g であった. また,夕食のPFC 比は 13.2:23.0:63.7 であった.また,朝食の平均エネルギー量は 732kcal であり,たんぱく質量は28.1g,脂質量は 19.1g,炭水化物量は 105.9g であった.また,朝 食のPFC 比は 15.4:23.5:61.2 であった.なお,提供した食事の献立作成及び調理は管理栄
12 養士が担当した. 2-6.測定項目 身長,体重,体脂肪率を測定した.身長の測定には身長計 (WB-510,タニタ社製) を用い, 体重及び体脂肪率は体重・体脂肪計 (BC-621, タニタ社製) によって測定した. 神経筋機能テストによって,MVC と力調節能力を評価した.血液指標として,血糖値及 び血中乳酸濃度を評価した.主観的評価項目として,主観的運動強度及び「疲労」,「口渇」, 「空腹」を調査した.各項目の測定方法は以下に詳細に示す. 2-7.神経筋機能テスト 力調節能力を評価するために,神経筋機能テスト (MVC 発揮及び力調節課題) を実施し た.足底屈曲動作に関する以下の測定は,先行研究 (Kawakami et al., 2000; Kimura et al., 2003; Kouzaki & Shinohara, 2010) に従った.被験者は,自作の足底屈曲力測定装置に座り (Figure 4) ,背部は背もたれ部分に付け,上半身と利き足側の大腿部を非伸縮性のテープを用いて 装置に固定し,股関節角度を90°に設定した.利き足側の足底は足関節が 90°になるよう に木製のフットプレートに付け,足関節は 2 カ所において非伸縮性のテープでフットプレ ートに固定した.また,フットプレートにはロードセル (LUR-A-2kNSA1,共和電業社製) を 固定し,足関節屈曲力を測定した. Figure 4.実験装置
13 (1) 最大随意収縮力 足底屈曲動作にて等尺性のMVC 発揮を最大努力で 5 秒間行うよう指示し,発揮筋力を記 録した.MVC の発揮は,3 秒で漸増的に収縮力を上げ,その後 MVC を 2 秒保持するよう に指示した.Pre,Post ともに各 3 回ずつ測定を実施した.試行間の休憩は 2 分とした.ま た,測定したMVC のうち最大 2 試行の間が 5%以上離れた場合は,さらなる試行を追加的 に行った (Kouzaki & Shinohara, 2010) .MVC 発揮中の視覚的フィードバックは,オシロス コープ (TDS 2004B,テクトロニクス社製) を用いて行った.オシロスコープ上にリアルタ イムで発揮張力を水平線で表示し,発揮張力の増減は水平線の上下への移動でフィードバ ックした.1cm 当たりの張力を 280.7Nに固定した.オシロスコープは,フットプレート上 部の目の高さに設置し,画面から被験者の目までの距離を1m とした.また,被験者の視力 は矯正視力とし,計2 日の本実験における Pre 及び Post の測定 (計 4 回) を全て同じ条件で 行った. (2) 力調節課題 測定 (1) の試行終了後,2 分間の休憩を挟み,低強度での力調節課題を行った.発揮張力 の目標値は,MVC の 5%とした.被験者には発揮張力を目標値に合わせ 30 秒間維持するよ う指示し,計測終了の合図は検者が口頭で行った.試行間休憩を30 秒とし,計 3 回の試行 を実施した.目標値の視覚的フィードバックは (1) の測定と同様にオシロスコープ (TDS 2004B,テクトロニクス社製) を用いて行い,オシロスコープ上にリアルタイムで目標値と 発揮張力の張力を水平線で表示し,発揮張力の増減は水平線の上下への移動でフィードバ ックした.1cm 当たりの張力は,最大張力の大きさに基づき 34.53Nあるいは 13.81N に固定 した.1cm 当たりの張力は,同一被験者において両条件間で同じ条件とした.また,被験者 の視力は矯正視力とし,全ての測定を同じ条件で行った. (3) 表面筋電図及び心電図 表面筋電図は,下腿三頭筋 (内側腓腹筋,外側腓腹筋,ヒラメ筋) 及び前脛骨筋に装着し, 神経筋機能テスト中及び自転車運動中にモニタリングを行った.電極間距離が20mm,電極
14 の直径が 10mm である双極性の銀‐塩化銀電極を用いた.電極装着前に,装着部の皮膚を アルコールで消毒した上で,体毛を剃った.基準電極は利き足側の尺骨頭上に装着した.信 号は20-450Hz の帯域通過フィルタにかけ,増幅した (×1000) (SX230,Biometrics Ltd:PH-2501/4,Biometrics 社製) . また,心電図に関しては,神経・筋機能テスト実施中及び自転車運動中に,CM5 誘導で 測定し,1.5-100Hz の帯域通過フィルタ及びハムフィルタにかけ,任意の倍率で増幅 (MEG-5200,日本光電社製) したものを常時モニタリングした. (4) データの記録 足底屈曲力は,ロードセル (LUR-A-2kNSA1,共和電業社製) をフットプレートに接続し て測定した.全ての信号は,16 ビットのアナログ‐デジタル変換器により 1kHz でサンプリ ングし (PawerLab/16SP,AD Instruments 社製) ,ハードディスクに保存した. (5) データ解析 MVC 発揮は 3 試行の平均値を算出した.力調節課題は,30 秒間のデータを採用した.発 揮張力信号は,デジタルフィルタ (高域遮断フィルタ) を 30Hz で行い,高周波のノイズ成 分を除いた.その後,発揮張力のゆらぎ成分を取り出すために,直流成分を除去した.30 秒 間の力調節課題中の発揮筋力の平均値,SD,CV を算出し,それぞれ 3 試行の平均値を算出 した.発揮張力のSD 及び CV を力調節能力の評価指標として用いた. 2-8.血液成分分析 血糖値と血中乳酸濃度を評価した.指先から採取した血液を用い,血中グルコース濃度分 析器 (FreeStyle FreedomLite,ニプロ社製) 及び自動血中乳酸分析器 (Lactate Pro2 LT-1730, アークレイ社製) を用いて測定した.
2-9.主観的評価項目
被験者は主観的運動強度 (Ratings of perceived exertion:RPE) を口頭で回答した.また, Visual analogue scale (VAS) により「疲労」,「口渇」,及び「空腹」の 3 種類について自記式
15 のアンケート調査を実施した. 2-10.統計処理 評価項目はMVC,力調節課題の発揮張力の SD 及び CV,血糖値及び血中乳酸濃度,RPE, VAS による「疲労」,「口渇」,及び「空腹」とした.飲料摂取条件 (CHO 条件,W 条件) 及 び時間 (運動前後:Pre,Post) を要因とした反復測定の二元配置分散分析によって,各評価 項目に対する要因の交互作用及び主効果を検討した.球面性の仮定が成立しない場合は, Greenhouse-Geisser の自由度の修正を行った.有意な交互作用が認められた場合は,単純主 効果の有無を検討し,単純主効果が認められた水準においてBonferroni のポストホック検定 にて有意な差がある箇所を同定した.有意な主効果が認められた場合には,Bonferroni のポ ストホック検定にて,有意な差がある箇所を同定した (Vincent, 2005) .いずれの場合も, 有意水準は両側検定で危険率5%未満とした.データは市販の統計ソフト (SPSS Version 19.0; SPSS 社製) を用いて分析した.
16
3.結果
3-1.神経筋機能テスト (1) 最大随意収縮力 MVC の結果を Figure 5A に示した.時間の主効果 (F[1, 7] = 3.848, P = 0.091, ߟଶ = 0.355) が 存在する傾向が示された.飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 0.505, P = 0.500, ߟଶ = 0.067) 及び 交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[1, 7] = 0.701, P = 0.430, ߟଶ = 0.091) に有意性は認められな かった. (2) 力調節能力 力調節能力に関する指標として,30 秒間の 5%MVC 力調節課題における発揮張力変動の 典型例を Figure 5B に示した.発揮張力の SD に対して有意な時間の主効果が認められた (F[1, 7] = 10.658, P = 0.014, ߟଶ = 0.604) (Figure 5C).W 条件において,運動前に比べ運動後に 有意にSD が増加することが示された (運動前 1.1 ± 0.3 N vs. 運動後 1.5 ± 0.4 N, P = 0.040) . CHO 条件においては,運動前後で有意な変化は認められなかった (運動前 1.1 ± 0.2 N vs. 運 動後 0.9 ± 0.1 N, P = 0.250) .交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[1, 7] = 4.456, P = 0.073, ߟଶ = 0.389) が存在する傾向が認められたが,飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 1.762, P = 0.226, ߟଶ = 0.201) に有意性は認められなかった. 30 秒間の 5%MVC 力調節課題における発揮張力の CV に関しては,有意な時間の主効果 が認められた (F[1, 7] = 10.707, P = 0.014, ߟଶ = 0.605) (Figure 5D).W 条件において,運動前に 比べ運動後にCV が増加する傾向が示された (運動前 1.6 ± 0.3 % vs. 運動後 2.1 ± 0.5 %, P = 0.050) .CHO 条件においては,運動前後で有意な変化は認められなかった (運動前 1.6 ± 0.3 % vs. 運動後 1.4 ± 0.1 %, P = 0.434) .飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 1.995, P = 0.201, ߟଶ = 0.222) 及び交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[1, 7] = 3.516, P = 0.103, ߟଶ = 0.334) に有意性 は認められなかった. 発揮張力の平均値に関しては,飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 3.443, P = 0.106, ߟଶ = 0.330) ,時間の主効果 (F[1, 7] = 3.096, P = 0.122, ߟଶ = 0.307),及び交互作用 (飲料摂取条件 ×時間,F[1, 7] = 0.342, P = 0.577, ߟଶ = 0.047) いずれに関しても有意性は認められなかった. W 条件においては,運動前 70.3 ± 8.2 N,運動後 70.0 ± 8.2 N であり,CHO 条件において17
は,運動前66.7 ± 6.8 N,運動後 66.2 ± 6.6 N であった (平均値 ± 標準誤差).
Figure 5.(A) CHO 条件,W 条件における最大随意収縮力 (MVC) の運動前後での変化.(B) 30 秒間の力調節課題における発揮張力変動の典型例.破線は発揮張力の目標値(5%MVC). (C) CHO 条件,W 条件における力調節課題中の発揮張力の標準偏差 (SD) 及び (D) 変動係 数 (CV) の運動前後での変化.平均値±標準誤差.*P < 0.05 simple effect (単純主効果)
18 3-2.血液項目 血糖値の結果をFigure 6A に示した.有意な時間の主効果が認められた (F[2, 14] = 44.869, P < 0.001, ߟଶ = 0.865) .W 条件において,運動開始前に比べ運動開始 10 分後及び運動後に血 糖値が有意に低下することが示された (P < 0.01).CHO 条件においても,運動開始前に比べ 運動開始10 分後及び運動後に血糖値が有意に低下することが示された (P < 0.01) .さらに, 交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[2, 14] = 2.915, P = 0.087, ߟଶ = 0.294) が存在する傾向が認 められた.飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 0.374, P = 0.560, ߟଶ = 0.051) に有意性は認められ なかった. 血中乳酸濃度の結果を Figure 6B に示した.有意な時間の主効果が認められた (F[2, 14] = 44.492, P < 0.001, ߟଶ = 0.864) .W 条件において,運動開始前に比べ運動開始 10 分後及び 運動後に血中乳酸濃度が有意に増加することが示された (P < 0.01).CHO 条件においても, 運動開始前に比べ運動開始10 分後及び運動後に血中乳酸濃度が有意に増加することが示さ れた (P < 0.01) .交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[2, 14] = 0.737, P = 0.496, ߟଶ = 0.095) 及 び飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 0.176, P = 0.687, ߟଶ = 0.025) に有意性は認められなかっ た.
Figure 6.CHO 条件,W 条件における (A) 血糖値及び (B) 血中乳酸濃度の運動前後での変 化.平均値±標準誤差.*P < 0.05 vs Pre exercise (運動前)
19
3-3.主観的評価項目
(1) 主観的運動強度
主観的運動強度 (RPE) の結果を Figure 7A に示した.RPE において,有意な時間の主効 果が認められた (F[2, 14] = 217.321, P < 0.001, ߟଶ = 0.969) .W 条件において,運動開始前に 比べ運動開始10 分後及び運動後に RPE が有意に増加することが示された (P < 0.01).CHO 条件においても,運動開始前に比べ運動開始10 分後及び運動後に RPE が有意に増加するこ とが示された (P < 0.01) .交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[2, 14] = 0.519, P = 0.606, ߟଶ = 0.069) 及び飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 0.197, P = 0.670, ߟଶ = 0.027) に有意性は認めら れなかった.
(2) Visual Analogue Scale
VAS にて評価した主観的な「疲労」の結果を Figure 7B に示した.有意な時間の主効果が 認められた (F[2, 14] =96.583, P < 0.001, ߟଶ = 0.932) .W 条件において,運動開始前に比べ運 動開始 15 分後及び運動後に主観的疲労感が有意に増加することが示された (P < 0.001). CHO 条件においても,運動開始前に比べ運動開始 15 分後及び運動後に主観的疲労感が有意 に増加することが示された (P < 0.001) .交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[2, 14] = 0.576, P = 0.575, ߟଶ = 0.076) 及び飲料摂取条件の主効果 (F [1, 7] = 0.005, P = 0.943, ߟଶ = 0.001) に有 意性は認められなかった. 主観的な「口渇」に関して,W 条件においては,運動前 8 ± 6 mm,運動開始 15 分後 37 ± 9 mm,運動後 52 ± 11 mm であり,CHO 条件においては,運動前 6 ± 4 mm,運動開始 15 分後35 ± 8 mm,運動後 52 ± 7 mm であった (平均値 ± 標準誤差).有意な時間の主効果が 認められた (F[2, 14] =33.874, P < 0.001, ߟଶ = 0.829) .W 条件において,運動開始前に比べ運 動開始15 分後及び運動後に主観的口渇感が有意に増加することが示された (P < 0.01).CHO 条件においても,運動開始前に比べ運動開始15 分後及び運動後に主観的口渇感が有意に増 加することが示された (P < 0.001) .交互作用 (飲料摂取条件×時間,F[2, 14] = 0.057, P = 0.944, ߟଶ = 0.008) 及び飲料摂取条件の主効果 (F [1, 7] = 0.073, P = 0.795, ߟଶ = 0.010) に有意性は認 められなかった. 主観的な「空腹」に関して,W 条件においては,運動前 6 ± 3 mm,運動開始 15 分後 10
20 ± 6 mm,運動後 11 ± 7 mm であり,CHO 条件においては,運動前 6 ± 3 mm,運動開始 15 分後8 ± 4 mm,運動後 14 ± 8 mm であった (平均値 ± 標準誤差).交互作用 (飲料摂取条件 ×時間,F[2, 14] = 0.932, P = 0.374, ߟଶ = 0.117) ,飲料摂取条件の主効果 (F[1, 7] = 0.013, P = 0.913, ߟଶ = 0.002) 及び時間の主効果 (F[2, 14] = 2.155, P = 0.183, ߟଶ = 0.235) に有意性は認め られなかった.
Figure 7.CHO 条件,W 条件における (A) RPE 及び (B) 主観的疲労感の運動前後での変化. 平均値±標準誤差.*P < 0.05 vs Pre exercise (運動前)
21
4.考察
研究課題 1 の目的は,食事摂取後の運動時に糖質飲料を摂取することが力調節能力の低 下を抑制するか否かを明らかにすることであった.中高強度の自転車運動を30 分間実施し, その運動前,運動中,及び運動後に糖質を含む飲料を摂取するCHO 条件あるいは水を摂取 する W 条件をランダムにクロスオーバーで実施した.5%MVC 力調節時の発揮張力の SD 及びCV を用いて運動の前後で力調節能力を評価した.本研究で得られた主な結果は,糖質 飲料の摂取により運動後の力調節能力の低下が血糖値の飲料摂取条件間での差を伴わずに 抑制されたことである. 5%MVC 力調節課題における発揮張力の SD 及び CV において有意な主効果が認められ た.発揮張力のSD に関して,W 条件においては運動前に比べ運動後で有意に低下した (P = 0.040) が,CHO 条件においては運動による変化は認められなかった (P > 0.1) .発揮張力 のCV に関しても,W 条件においては運動前に比べ運動後で低下する傾向がみられた (P = 0.050) が,CHO 条件においては運動による変化は認められなかった (P > 0.1) .力調節課題 中の発揮張力のSD 及び CV は力調節能力 (筋制御の神経機能) を評価するために用いられ, スポーツ活動時に必要なスキルと関連する指標である (Salonikidis et al., 2009) .本研究で用 いたような低強度の力を維持する力調節課題中の発揮張力変動は,末梢性の骨格筋収縮機 構よりも中枢神経系の寄与を受け (Missenard et al., 2009) ,60%MVC の等尺性筋力を繰り返 し発揮する課題後に発揮張力の CV が増加することが明らかにされている (Salomoni & Graven-Nielsen, 2012) .本研究においても,発揮張力の SD は W 条件で運動後に有意に増加 しており,CV に関しても統計的有意性の検出にはわずかに至らなかったが運動後に W 条 件で増加する傾向が見られ,30 分間の自転車運動により足関節底屈動作の力調節能力が低 下することが示された.一方,CHO 条件では運動後に力調節能力の有意な低下は認められ なかった.これらの結果より,糖質飲料の摂取は運動による力調節能力の低下を抑制するこ とが示された. 糖質飲料摂取の力調節能力低下に対する低減効果は,血糖値の変化とは無関係に生じた 可能性がある.本研究で測定した血糖値は,摂取した飲料の違いによって異なる変化は示さ ず,両飲料摂取条件において運動時間の経過に伴い有意に低下した.本研究では朝食摂取後 という内因性の糖質が存在している状態で運動を開始しており,さらに30 分という短時間22 の運動であるため,運動中の血糖値に対する糖質飲料摂取の影響が顕著に検出されなかっ た可能性がある.別の実験でも朝食を摂取した3 時間後に 60 分の走運動を実施した場合に おいて,開始30 分時点では血糖値は飲料摂取条件間で異なる変化を示さず,両条件におい て運動前に比べ低下することが観察されている (学位申請者未発表データ) .本研究では血 中インスリン濃度など血糖値の制御に関わるホルモン濃度を測定していないため明確では ないが,糖質飲料の摂取が運動中の血糖値に及ぼす影響には運動前の食事摂取が関係して いると推察される.このように,本研究では糖質飲料の摂取は血糖値に影響を与えなかった が,力調節能力の低下は抑制された.力調節安定性に影響を与える要因は運動単位の動員や 発火頻度,同期性,視覚情報などであるが,それらの制御に関わり随意運動を統制するのが 線条体を含む大脳基底核,大脳皮質などの上位中枢である.Chambers et al. (2009) は糖質溶 液によるマウスリンス時には体内でエネルギーとして利用されない人工甘味料溶液曝露時 には見られない線条体の賦活が見られたと報告している.また,繰り返しの肘伸展筋力発揮 時における糖質飲料の摂取直後には,血糖値の増加を伴わずに,人工甘味料溶液摂取時に比 べ皮質脊髄路の興奮性が増加することが報告されている (Gant et al., 2010) .これらの研究 から糖質の口内曝露及び摂取は線条体が関与する報酬系を介して運動制御能力に影響を与 えることが示唆されており (Rollo & Williams, 2011) ,これらの上位中枢が制御する力調節 安定性も影響を受ける可能性が考えられる.以上のことより,糖質が口腔内に曝露されたこ とによる中枢性への刺激が,血糖値の変化とは無関係に力調節能力の低下が抑制された結 果に関連している可能性がある. 本研究で行った30 分の自転車運動では,MVC は有意な低下を示さなかった.MVC は随 意的な筋収縮による最大発揮張力であり,MVC の低下は疲労を引き起こす中枢性の要因 (中枢神経系による筋活動制御機能の低下) と末梢性の要因 (効果器である筋組織の機能低 下) の両者を反映する.従って,本研究で実施した 30 分間の中高強度自転車運動において は,MVC の低下に大きく寄与する骨格筋内の機能変化は顕著に生じなかった可能性がある. 本研究の限界として,糖質飲料の対照にプラセボ飲料を用いていないことが挙げられる. 被験者が糖質飲料を認知することは運動時のモチベーションに影響する可能性が考えられ る.しかし,RPE や VAS により評価した主観的疲労感において,飲料摂取条件間で有意な 差は認められなかった.従って,本研究においては,糖質飲料を認知したことによるモチベ
23 ーションの向上など心理面の要因が MVC や力調節能力など生理学的指標の結果に及ぼす 影響は大きくはなかったと推察される.しかしながら,本研究ではモチベーションの評価が できていないなど直接的証拠を得ておらず,この点に関してはさらなる検討が必要である. 研究課題1 の結果をまとめると, W 条件では運動後に力調節能力が低下したが,CHO 条 件では抑制された.また,疲労の中枢性要因と末梢性要因の両方を反映するMVC は両飲料 条件において運動前後で変化しなかった.このことから,本研究課題では末梢性の疲労より も中枢性の疲労が運動により生じ,その中枢性疲労に対して糖質摂取が効果を及ぼした可 能性が示された.さらに,運動による力調節能力の低下は,血糖値の飲料摂取条件間での差 を伴わずに,糖質飲料の摂取により抑制された.このことから,糖質は血液を介する経路と は別の経路によって力調節能力に効果を与えたことが推察される.その経路の一つとして, 糖質が口腔内の受容体により検知され脳部位の活性を高めた可能性が考えられる.これま でに,糖質飲料によるマウスリンスが脳報酬系の活性を高め,全身持久力や筋力に関わる能 力を向上させる効果を有するという複数の報告が見られる (Carter et al., 2004; Chambers et
al., 2009; Fraga et al., 2015; Jeffers et al., 2015; Lane et al., 2013; Phillips et al., 2014; Pottier et al.,
2010; Rollo & Williams, 2010; Rollo & Williams, 2011; Rollo et al., 2008; Rollo et al., 2011) .中 枢性疲労と糖質飲料マウスリンスとの関連については,糖質飲料の口内曝露により繰り返 しの肘伸展筋力発揮時における皮質脊髄路の興奮性が増加することが報告されている (Gant et al., 2010) .一方で,糖質飲料マウスリンスは中高強度の全身運動後に,MVC や M 波最大振幅の低下を抑制するが,筋力発揮時における皮質脊髄路の興奮性やVA に対しては 効果を示さないという報告がある (Jeffers et al., 2015) .このことから,糖質飲料の血液を介 さない経路での疲労低減効果は,運動野より下位の寄与に比べて,外部刺激の入力から認知 及び戦略の成型などの処理過程を担う上位の部位に対する寄与が大きい可能性が考えられ る.従って,糖質飲料によるマウスリンスという手法を用い,中枢性要因の中でも特に外部 刺激の合成から戦略を成型するまでの過程を反映する指標に対して,糖質が血液を介さず に低減効果を示すかについてさらなる検討を実施する必要がある.
24
5.結論
食事摂取後の運動時に糖質飲料を摂取することは,運動によって引き起こされる力調節 能力の低下を抑制した.摂食後に実施した運動中の血糖値は飲料摂取条件間で差が認めら れなかったことから,糖質飲料の摂取は血糖値を介する経路とは無関係に力調節能力の保 持に寄与している可能性が考えられる.このことは,糖質飲料の摂取ではなく口内への曝露 が力調節能力に影響を及ぼす可能性を示している.25
第3章 運動誘発性疲労を検出するための実行機能評価法の妥当性
検討(研究課題
2)
1.緒言
実行機能は外部刺激の合成から戦略を成型するまでの認知的課程であり,スポーツ活動 時においては,時々刻々と変化する環境に対して,目的指向型の戦略を変更及び更新し,動 作を制御するという重要な役割を担っている (Barkley, 2012; Diamond, 2013; Luria, 1973; Miyake et al., 2000; Vestberg et al., 2012) .単回の運動は覚醒度や種々の脳内神経伝達物質 (カ テコールアミンやエンドルフィン) のような制御因子に変化を引き起こし,実行機能に影響 を与えると考えられる (Arnsten, 2011; Meeusen & De Meirleir, 1995) .激しい運動を実施する と,覚醒度の低下やカテコールアミンが多量に分泌され,実行機能の低下が引き起こされる 可能性がある (Arnsten, 2009; Dietrich & Audiffren, 2011; Grego et al., 2004; Lupien et al., 2007; McMorris, 2016; McMorris et al., 2016) .運動により引き起こされる実行機能の変化は,スポ ーツ活動時のように中強度から高強度の運動を行う動的環境における動作の制御に影響を 与えると考えられる.従って,持続的な中高強度運動が実行機能に与える影響を検討する必 要がある.運動と認知,実行機能の関連を修飾する変数として,(1) 運動の強度及び時間,(2) 認知 機能評価に用いる課題の種類,(3) 認知機能テストを実施するタイミング,(4) 被験者の体 力が挙げられる (Chang et al., 2012; Collardeau et al., 2001; Etnier et al., 1997; Lambourne & Tomporowski, 2010) .一過性運動と認知機能の関係を検討したメタ解析 (Chang et al., 2012) では,認知機能テストを実施するタイミング(運動中,運動直後,運動後の回復期)別に, 運動強度や時間,認知機能評価に用いる課題の種類によって認知機能がどのような影響を 受けるかを検討している.その結果,どの測定タイミングにおいても,運動強度が低強度 (最大心拍数の 50‐63%) や中強度 (最大心拍数の 64‐76%) の運動を実施した場合や,認 知機能テストの中でも実行機能を評価する課題を採用した場合に認知機能に変化が見られ る場合が多いことが示されている (Chang et al., 2012).具体的には,短時間から中程度の時 間 (≤30 分) (McMorris et al., 2016) で行う中強度 (最大酸素摂取量の 40‐60%) (Rollo &
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Williams, 2011) の運動は Flanker 課題や Stroop 課題によって評価した実行機能を亢進すると いう一致した見解が得られている (Ando et al., 2011; Davranche et al., 2009; Ferris et al., 2007; McMorris & Hale, 2012; Yanagisawa et al., 2010) .しかしながら,中高強度 (最大心拍数の 77‐ 93%) や高強度 (>最大心拍数の 93%) ,最大強度 (最大心拍数の 100%) の運動時に認知機 能がどのように変化するかを検証している報告は前述の強度に比べると少なく (Chang et
al., 2012; McMorris et al., 2016) ,特に実行機能が低下するという知見も限られている
(Dietrich & Sparling, 2004; Tsukamoto et al., 2016) .中高強度や高強度の運動時,例えば 60 分 以上,70%最大酸素摂取量強度以上の運動は,全身持久力や筋力を低下させることは報告さ れているが (Baker et al., 2015; Coyle & Coggan, 1984; Hargreaves, 2015; Rollo & Williams, 2011) , その原因は末梢性疲労のみなのか,あるいは中枢性疲労の一つである実行機能の低下も生 じているのかは明言されていない.どのような疲労が生じているのかを明らかにすること で,競技パフォーマンスの低下を抑制する栄養介入などの戦略の開発につながることが期 待される.運動時間が60 分を超え,強度が最大酸素摂取量の 70%強度より高い運動が実行 機能にどのような影響を与えるかについては一編の報告がある.Hogervorst et al. (1996) は 習慣的にトレーニングを行っているトライアスロン選手を対象として,最大仕事量の 75% 強度で60 分の自転車運動後に,Stroop テストの干渉課題を回答する時間が短縮され,実行 機能が亢進することを報告している.前述のように,被験者の体力,特に最大酸素摂取量を 指標とする全身持久力は運動と認知機能の関連に影響を与える要因である (Chang et al., 2012; Labelle et al., 2014) .従って,60 分程度の競技時間である種目の競技者やリクリエー ションとして競技に参加する者においても,同様の運動時間や強度において実行機能の亢 進が認められるかは不明である.持続的な中高強度運動が実行機能に与える影響を検討し た報告は不足しており (McMorris et al., 2016) ,そのような運動が実行機能を亢進するのか, 低下させるのかを明らかにするためのエビデンスの蓄積が必要である. 運動による認知,実行機能の低下を検証する場合には,特に「速度と正確性のトレードオ フ」と「学習効果」の影響を除外するよう実験を設定することが重要である.実行機能の主 要な評価方法であるFlanker テスト や Stroop テストなどの速度に加えて正確性を評価する 認知機能テストを実施する場合,得られる結果は Fitts' Law (Fitts, 1954) に示されるように 「速度と正確性のトレードオフ」の影響を受ける (McMorris et al., 2011) .「速度と正確性の
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トレードオフ」とは,課題に対する正確性と反応の速度の関係において,速さを優先すると 反応時間は速いが誤答が多くなり,正確性を優先すると誤答は少ないが反応時間が延長す るという法則である (Fitts, 1966) .これまでに中高強度運動が認知機能にどのように影響す るかを検証した先行研究 (Grego et al., 2005; Serwah & Marino, 2006; Tomporowski et al., 2007) では,課題の正答率が厳格に制御されていないことが指摘されている.これらの先行研究で も指摘されているように,例えば,運動を実施した前後でエラー数が増加し,代償的に反応 時間が短縮した場合には,反応時間の短縮が認知機能の向上を反映していると結論付ける ことは出来ない.速度と正確性のトレードオフが成績に及ぼす影響を除くために反応時間 か正確性のいずれかを制御しなければならない.認知課題の正確性は反応時間に比べて,練 習により容易に制御することが出来る.反応時間の変化は課題の正答率が制御された条件 下でより的確に実行機能の変化を反映することが期待される (Davranche et al., 2009) .実際 に,疲労を引き起こすような運動がテニスのスキルに及ぼす影響を検討した先行研究では, 速度と正確性のトレードオフが生じたことによって疲労の影響を同定することが困難であ ったと報告されている (Rota et al., 2014) .もう一つの実験設定として重要な点である「学 習効果」に関しては,認知機能を運動の前後や運動中など複数の時点で評価する場合に,認 知機能テストに対する「学習効果」により運動前に比べ運動後で成績が向上する可能性が指 摘されている (Hogervorst et al., 1996) .従って,被験者内比較で運動による認知機能の変化 を検証する場合には,実験日より前に十分な練習を行い,認知機能テストに対する学習効果 を最小化しなければならない (Edwards et al., 1996) .以上のことから,正確性を制御し,速 度のみを評価対象とすることで速度と正確性のトレードオフを除き,本実験までに学習効 果が消失していることを確認した上で,中高強度運動が実行機能に対する影響を明らかに する必要がある. 持続的な中高強度運動時にはノルエピネフリン (NE) や副腎皮質刺激ホルモン (ACTH) が放出される (Arnsten, 1998; Arnsten, 2009; Arnsten, 2011; McMorris & Hale, 2012) .NE 及び ACTH の過剰分泌は実行機能の低下を引き起こし,実行機能を評価する課題の成績を選択 的に悪化させる (Lupien et al., 2007; McMorris et al., 2016) .実行機能を評価する課題の一つ として Stroop テストの不一致課題があり,課題回答に要する時間が延長することが実行機 能の低下を反映する (MacLeod, 1991) .これより,持続的な中高強度運動後に正答率を制御
28 した Stroop テスト不一致条件の反応時間が延長することは実行機能の低下を示していると 言える.これらをふまえ,運動により生じる実行機能低下を検出する評価法の妥当性を検討 することにより,運動時の実行機能維持を目的とした栄養介入の開発に貢献できる可能性 がある. 以上のことより,研究課題2 の目的は,持続的な中高強度運動により生じる疲労を検出す るための実行機能評価法の妥当性を検討することとする.本研究課題では,正確性を制御し た認知機能テストを適用し実行機能を評価することにより,持続的な中高強度運動後に認 知機能テストの反応時間が延長する,つまり実行機能が低下すると仮説を立てた.
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2.方法
2-1.対象者 21~28 歳の健康な成人 9 名 (男性 5 名,女性 4 名) を対象とした.本研究に参加した被験 者に精神的及び身体的な疾患を有する者は含まれなかった.被験者特性をTable 1 に示す. 対象者に対して,本実験に関わる全ての測定を開始する前に,著者が本研究の目的,方法, 得られる成果と予測されるリスク,個人情報の保護,成果の公表,任意の参加と途中離脱が 可能であること,調査に協力しないことで不利益が生じないことなどについて口頭及び文 書で対象者に説明した.その後,参加同意書への署名によるインフォームドコンセントを実 施した.なお本研究の実施にあたっては,世界医師会「ヘルシンキ宣言」を遵守し,「立命 館大学 人を対象とする医学系研究倫理審査委員会」の承認を得た (BKC-IRB-2014-034) . 本研究のサンプルサイズは,最も重要な評価項目である Stroop テスト不一致試行の反応 時間に着目し,予備実験を行って得られた反応時間の変動に基づいて決定した.反応時間の 平均値及び変動係数を用いて算出した結果,信頼区間90%で有意水準を 0.05 とした場合に, 7 名の被験者が反応時間の変化の検出に必要であった. Table 1.被験者特性 平均値 ± 標準偏差.HR: Heart rate 2-2.最大酸素摂取量測定 本実験で行う運動の負荷強度を決定するため,本実験開始の 5 日前までに走運動時の最 Age (years) 24.1 ± 1.8 23.3 ± 1.0 25.0 ± 2.2 Height (cm) 170.6 ± 5.0 171.5 ± 3.5 169.8 ± 6.7 Body mass (kg) 64.1 ± 4.2 65.7 ± 3.8 62.5 ± 4.5 Maximal HR (bpm) 183 ± 17 177 ± 21 190 ± 11 VO2max (ml kg-1 min-1) 42.4 ± 8.3 48.4 ± 6.6 36.3 ± 4.3All (n=8) Male (n=4) Female (n=4)