書 評 94
responsibility—as well as his relationship to nature and responses to state violence and industrial capitalism—remain inspiring. My only quibble with the book is that although many contributors grapple with Thoreau’s (and Emerson’s) concern with language, there is less consideration of the style and form of their writings. However, this is a minor criticism. This collection of excellent essays is an outstanding contribution to existing scholarship on Thoreau and Emerson, which confirms their enduring importance not only to the United States but also to the disturbing present moment in Japan.
山口和彦・中谷崇編著『揺れ動く〈保守〉―現代アメリカ文学と社会』
春風社2018
年333
pp. 本書は、2016
年12
月に開催された日本アメリカ文学会東京支部のシンポジウム「現 代アメリカ小説における「保守」の諸相」を元にして編まれた論集である。同年11
月 にドナルド・トランプがアメリカ大統領選を制したが、「トランプ現象に見られる混 迷と分裂の時代に、文学はどう対峙するのか。トニ・モリスンからドン・デリーロまで、 現代アメリカ文学に描かれた「保守」なるものの諸相について多角的に考察する」とい うのが本書の目的であり、それは見事に達成されている。『揺れ動く〈保守〉』という タイトルは、「はしがき」と「あとがき」で編者が繰り返し述べているように、現代に おける保守の定義の難しさや保守の多面性をテーマにして本論集が書かれたことを意 味するものである。 各論文を順番に紹介していくと、まず、最初の深瀬有希子氏の「姉妹の選択―モ リスンの『ホーム』にみる「保守」としてのセルフ・ヘルプ」は、トニ・モリスンの『ホー ム』において生殖技術の実験の被験者となって心身ともに傷つく黒人女性シーを、シー の文学上の「妹」といえるアリス・ウォーカーの短編小説「堕胎」の主人公イマニと比 較検証しつつ、モリスンの同作品が、黒人に対するリベラルな白人の罪悪感に依存せ ずに己の責任を果たそうとする黒人の自助精神の現実的な実践の必要性を説くラディ カルな「保守」の有様を示していると指摘する。次の山口和彦氏の「ニューディールと 「保守」の倫理―コーマック・マッカーシーの『果樹園の守り手』における市民的反 抗の精神」は、まず、マッカーシーの『果樹園の守り手』の背景となる、ニューディー ル政策の時代にいたるまでの「進歩主義や近代主義に対する「保守」的抵抗」の歴史を 丁寧に検証する。そして、市民的反抗を体現する「果樹園の守り手」アーサー・オウィ ンビーの意思を継承するというより、そこから新たなものを創造しようとする主人公 ジョン・ウェスリーの姿勢に、アメリカの市民的反抗の系譜に連なる「保守」的な倫理95 観が投影されていることを実に鮮やかに読み解いている。 続く山本洋平氏の「失われた学費―ウィラ・キャザー「オールド・ミセス・ハリス」 と左派批評」は、キャザーの「オールド・ミセス・ハリス」が、保守的な共同体観を示 しながらも保守という枠組みに収まらない主題を有しており、また、同作品が、抽象 的な観念や理性を重視する左派批評と異なり日常生活で交わされる言葉や感情に価値 を置くという点においてキャザーの文学的保守主義が刻印された優れた作品であるこ とを、女性の大学進学の学費問題に焦点を当てつつ明らかにする。 秀雄氏の「老兵 死す―ヘミングウェイの『河を渡って木立の中へ』と冷戦」は、アーネスト・ヘミン グウェイの後期作品『河を渡って木立の中へ』の主人公リチャード・キャントウェル大 佐が冷戦時代の新帝国アメリカを象徴しながらも冷戦という新しい戦争にはなじめな いという保守性も帯びているということを詳しく論じているが、論者自身述べている ようにキャントウェル大佐の保守主義と同時代のアメリカ文学をめぐる諸言説の関係、 および大佐の南部性について問題提起で終わっているのは少し残念である。 安原義博氏の「ジョン・オカダ『ノー・ノー・ボーイ』論―アメリカ社会の主流と マイノリティの境界」は、アメリカ民主主義社会の主流からも日本の伝統的価値観か らも離れてしまった日系アメリカ人二世である『ノー・ノー・ボーイ』の主人公イチロー がアメリカ社会の主流とマイノリティの境界に身を置いて双方に対して批判的なスタ ンスを持ちうることに、真のアメリカ民主主義の可能性を見出す論考である。遠藤朋 之氏の「ブルース・スプリングスティーンの複眼的視線―デューイ、スタインベック、 ガスリー、そしてスプリングスティーンへ」は、まず、哲学者ジョン・デューイが示 すアメリカ建国理念の自由・平等・民主主義が反転し、経済が政治を従属させて保守 主義へと変わる経緯を丹念にたどる。そして、その保守主義に虐げられた貧民や労働 者を描くことで同主義をネガティヴに浮き彫りにするシンガーソングライターのスプ リングスティーンの作品を、ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』やフォーク歌手 ウディ・ガスリーの代表作「我が祖国」と接続しようとする。しかしながら、「接続する」 と言っても、そもそもスプリングスティーンがガスリーから大きな影響を受けている ことは有名な話であるし、また、「スプリングスティーンの歌詞が、多様性の中で一 つになって生きるというスタインベックの意図と軌を一にしている」という指摘以外 にもスプリングスティーンとスタインベックの関係についてもっと多く論じてほしかっ たと思う(同関係を扱う節は
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ページ半しかない)。ただし、全体としては興味深い論 文といえる。 次の佐々木真理氏の「カーソン・マッカラーズと少女の夢―『結婚式のメンバー』 における保守とリベラル」は、クイア理論やディスアビリティ理論による近年の研究 成果を踏まえたうえで、マッカラーズの『結婚式のメンバー』の主人公フランキーが異 性愛規範を問い直しつつも強化してしまうのと同様、身体的なディスアビリティを持 つ登場人物たちがリベラルに規範的身体を攪乱するものの、物語自体がそのような攪 山口和彦・中谷崇編著『揺れ動く〈保守〉―現代アメリカ文学と社会』書 評 96 乱を巧妙に無効にすることで保守的な規範への順応を肯定していることを明らかにす る優れた論考である。中谷崇氏の「冷戦終結とジョン・アップダイク的中産階級の変 質―
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後のネオコンとネオリベラリズムの時代への応答」は、アップダイク晩年 の作品『テロリスト』が、彼の保守性としばしば結びつけられてきたアメリカ中産階 級が冷戦終結で歯止めを失った資本主義のネオリベラリズム化によって縮小して両極 化した9
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後の時代に対応しつつ、長編第一作『プアハウス・フェア』以来の「世界 の崩壊に抗する」というテーマを保持していることを巧みに論証している。 渡邉真理子氏の「戯れるアトムとイヴ―ボビー・アン・メイソンの南部原発小説『ア トミック・ロマンス』」は、メイソンの『アトミック・ロマンス』が、単に原子力発電所 に依存する田舎の人々の保守性を描いたのではなく、そこに南部的な家族や共同体の 遺産に対する誇りという過去への志向を織り込み、南北戦争以前の時代が永続してい るような時間的停滞の感覚を冷戦ノスタルジアに置き換えていることを、平石貴樹の 「虹のカマクーラ」や岩井俊二の『番犬は庭を守る』と比較しつつ明快に読み解いている。 本論集のトリを務める渡邉克昭氏の「 囁 き続ける水滴―ドン・デリーロの『ゼロK』 における「生命の保守」」は、「生命の保守」というバイオポリティカルな新しい視座か らデリーロの最新小説『ゼロK』を分析し、同作品において人体冷凍保存術に魅了さ れる大富豪、その息子、息子の義母の関係に着目したうえで、どのような形で保守が21
世紀に命脈を保ちうるかを、ジル・ドゥルーズを援用しつつ探る大変刺激的な論 文である。 以上みてきたように、本書は力作ぞろいの論集であり、主要な現代アメリカ文学を 扱い、保守にかかわる主要なアメリカの社会的テーマ、すなわち政治はもちろん、人種、 階級、ジェンダーの問題を網羅しているが、強いて一言いうならば、今日に至るまで 宗教―特にキリスト教―を抜きにしてアメリカを語ることはできないので、なお かつ、アメリカの保守はキリスト教を中心とする伝統的価値観を重視するので、保守 と宗教の関係を扱う論考があってもよかったのではないかと思う。ただし、本書には、 評者のそのようなないものねだりを補って余りあるほどの長所がいくつもある。まず、 編者が「はしがき」でそれぞれの論文の要約を紹介するだけでなく、大変律儀なことに、 別の編者も「あとがき」で各論文を丁寧に論じて全体のまとめをしており、読者の理 解がより深まる構成になっている。また、なにより、保守という概念の捉えにくさに ひるむことなく、正面からアメリカ文学と保守の関係に切り込んだ編者や執筆者の気 概を称えたい。自由平等を謳って誕生したアメリカ合衆国は今や史上空前の格差社会 となり、それを背景に選出された共和党のトランプ大統領は人種差別や性差別の発言 を公然と繰り返しており、もはや保守という概念を避けて今日の分裂したアメリカを 論じることはできないからである。むろん、保守はアメリカだけの問題ではなく、今 日の日本においても重大な問題である。例えば、現在政権を担う自由民主党は保守を 標榜しているが、世界的に見ても極めて不平等な日米地位協定の問題―沖縄の米軍97 基地や首都上空の横田空域の問題―を軽視するなどアメリカに過度に追従する同党 の姿勢は、果たして保守と呼べるのか。本書は、身近でありながら一筋縄ではいかな い保守という大きな問題と向き合う機会を我々に与えてくれる。写真も豊富で読みや すく、アメリカ文学の研究者のみならず万人に開かれた良書といえる。 広島大学 ―大 地 真 介