第37巻6号.1999.11 581
=有 賀記念学会賞受賞者講演=
医療システム構築 による肝癌検診体系の確立に関する研究
宮城県立がんセ ンター 内科 小 野 寺 博 義 Iは じめ に 超 音 波 集 検 が 開 始 さ れ て か ら約20年 が 経 つ が, 検 診 方 法 は未 だ に 統 一 され て い る とは 言 い難 く, そ の評 価 も様 々 で あ る。 今 回 は,宮 城 県 対 が ん協 会 で 実 施 した超 音 波 地 域 集 検 の 結 果 を肝 細 胞 癌 を 中心 に 報 告 し,そ の 結 果 に も とつ い て 宮 城 県立 が ん セ ン タ ー で行 っ て き た肝 細 胞 癌 の ス ク リー ニ ン グ と1.5次 予 防 につ い て 報 告 す る。 II超 音 波 地 域 集 検(1981年 ∼1995年) 宮 城 県 対 が ん協 会 で は1981年 か ら肝 胆 膵 癌 の早 期 発 見 ・早 期 治 療 に よ る死 亡 率 の 減 少 を 目的 と し て 肝 胆 膵 超 音 波 地 域 集 検 を開 始 した 。 対 象 地 域 と し てHBs抗 原 陽性 率,肝 癌 標 準 化 死 亡 比 の 高 い地 域 を選 定 し た。 対 象 は40歳 か ら69歳 ま で の 男 女 と し,肝 疾 患 の危 険 因 子 を保 有 す る者 を優 先 し た。 1995年 まで の総 受 検 者 は16,515人 で あ っ た 。 方 法 は超 音 波 検 査 実 施 前 に採 血(総 ビ リル ビ ン,ALT, AST,ALP,ZTT,HBs抗 原,AFP)し て お き, 結 果 判 明 後 に超 音 波 検 査 を 実施 した 。VTRに よ る ダ ブル チ ェ ッ ク を実 施 し,一 日当 た りの検 査 人 数 は90∼120人 で あ った 。 発 見 さ れ た 癌 は,肝 細 胞 癌23例(発 見 率0.139 %),胆 嚢 癌6例(0.036),腎 細 胞 癌5例(0.030), 胆 管 細 胞 癌,肝 嚢 胞 腺 癌,膵 臓 癌,膵 内 分 泌 腫 瘍 が各1例(0.006)で あ った 。 検 診 を 実施 す る上 で 重 要 な こ と は当 該 癌 の死 亡 率,罹 患 率 が 高 い こ と で あ るが,上 記 の 結 果 か ら検 診 に な じむ 癌 は肝 細 胞 癌 の み と い え る。 しか も,初 回受 検 者 が 半 数 以 上 で あ る た め有 病 率 の意 味 合 い も強 く,且 つ肝 疾 患 の 危 険 因 子保 有 者 を優 先 して対 象 と し て い る こ とか ら実 際 の 罹 患 率 は発 見 頻 度 よ りか な り低 くな る と考 え られ る。 1988年3月 時 点 で の集 検 費 用 に つ い て の保 険 点 数 に基 づ い た計 算 で は,肝 細 胞 癌 一 例 発 見 に 要 す る費 用 は6,086千 円,small liver cancer一 例 を発 見 す る の に は54,711千 円 必 要 で あ っ た 。 胃癌 一例 発 見 に は2,660千 円,早 期 胃癌 一 例 発 見 に は4,213 千 円1),大 腸 癌 一例 発 見 に は1,612千 円,sm癌 まで の大 腸 癌 一 例 発 見 に は2,471千 円2)であ る こ と と比 較 す る と,肝 細 胞 癌 の場 合 に は費 用 が 高 く問題 あ り と考 え られ た。 た だ し,肝 機 能 異 常 者 の経 過 観 察 中 に発 見 さ れ たsmall liver cancer一 例 を発 見 す るの に は7,289千 円 で あ り,ハ イ リス ク群 を設 定 す る こ とで集 検 費 用 の 低 下 を期 待 で き る と考 え ら れ た 。 超 音 波 所 見 上 典 型 的 な血 管 腫 を除 き,肝 細 胞 癌 を否 定 で き ず に拾 い 上 げ た症 例 を偽 陽 性 と考 え る と,肝 細 胞 癌 拾 い上 げで の超 音 波 検 査 の感 度 は88.9 %,特 異 度99.4%,陽 性 反 応 適 中 度99.9%で あ っ た 。 超 音 波 検 査 は安 全 で 集 団 的 に 実 施 可 能 で,か つ 診 断 精 度 が 良 好 で あ り検 診 に は 適 し た検 査 法 と い え る。 超 音 波 地 域 集 検 で 拾 い 上 げ た肝 機 能 異 常 者 と宮 城 県 立 が ん セ ン ター 肝 臓 外 来 通 院 中 の 慢 性 肝 疾 患 患 者 に お け る実 際 の罹 患 数(O値)を 求 め,宮 城 県 新 生 物 レ ジス ト リー の 数 値 表 に よ る罹 患 率 か ら 期 待 さ れ る罹 患 数(E値)と の比(O/E比)を 求 め た 。 結 果 は,超 音 波 地 域 集 検 群 男 性21.4,同 女 性22.2,宮 城 県立 が ん セ ンタ ー肝 臓 外 来 男 性72.9, 同 女 性196.7で,慢 性 肝 疾 患 患 者 で の肝 細 胞 癌 罹 患 数 が 有 意 に多 い こ とが 確 認 さ れ た。 これ は ハ イ リ ス ク群 を設 定 す る こ とで 効 率 的 に ス ク リー ニ ン グ が 行 え る こ とを示 し て い る。 日消集検誌582 医療 シス テム構 築 に よる肝 癌検 診体 系 の確 立 に関す る研 究 第37巻6号.1999.11 図1超 音 波 地 域 集 検 発 見 癌 の 予 後(Kaplan-Meier法,1999年2月 調 査) 観 察 期 間(日) 予 後 につ い て は 図1に 示 した が,腎 細 胞 癌 と胆 嚢 癌 の10年 生 存 率 は それ ぞ れ80.0%,50.0%で あ っ た が,こ れ らの癌 は頻 度 の 面 か ら集 検 にな じ む とは言 い 難 い癌 で あ る。 頻 度 の 面 か ら唯 一 集 検 に な じむ と考 え られ る肝 細 胞 癌 は9年 生 存 率 が6.3% に す ぎず,検 診 の 目的 で あ る死 亡 率 の 減 少 を達 成 で き る と は言 い難 い状 況 で あ っ た 。 以 上 の 結 果 よ り,一 次 検 診 で全 員 に対 して 血 液 検 査 と超 音 波 検 査 を併 用 す る超 音 波 集 検 は,検 診 の 定 義 ・条 件 と比 較 検 討 す る と充 分 な効 果 が 期 待 で きる と は言 い 難 く,効 果 が 得 られ る よ うな 検 診 方 法 を再 検 討 す べ きで あ る との結 論 に至 っ た 。 III肝 炎 多 発 地 域 に お け る肝 疾 患 予 防 対 策 事 業 (1990年 ∼1992年) 前 述 の よ う な超 音 波 地 域 集 検 の 結 果 か ら,宮 城 県 立 が ん セ ン タ ー肝 臓 外 来 で は ハ イ リス ク群 が 設 定 で き る肝 細 胞 癌 に 的 を絞 り,ス ク リー ニ ン グ を 含 む医 療 体 系 の 構 築 を試 み た 。 健 診 で肝 機 能 異 常 者 が 多 い 宮城 県A町 で,総 合 健 診 後 の事 後 管 理 や 医 療 が確 実 に 実 施 で き る シ ス テ ム構 築 を 目的 と して 肝 疾 患 予 防対 策 事 業 を行 っ た 。宮 城 県岩 沼 保 健 所,宮 城 県A町,A町 医 師 会, 宮 城 県立 が ん セ ン タ ー肝 臓 外 来 が 共 同 で 行 った 。 対 象 は 老 人 保 健 法 基 本 健 康 診 査(受 診 者 総 数6,422 人)でALT,ASTの 少 な くと も一 方 が511U/1以 上 で あ った610人 の な か で 二 次健 診 を希 望 した298 人 で あ る。二 次 健 診 で はALT,AST,HBs抗 原, HBs抗 体,HBc抗 体,HCV抗 体 を調 べ,超 音 波 検 査 を 実 施 し,さ ら に肝 疾 患 に つ い て の講 演 と栄 養 指 導 も実施 した 。 発 見 され た肝 細 胞 癌 は1例(発 見 率0.4%)の み で あ った が,肝 炎 多 発 地 区 の肝 機 能 異 常 者 でのHCV抗 体 陽 性 率 は極 めて高 い もので あ っ た(表1)。 対 照 と して宮 城 県対 が ん協 会 成 人 病 健 診 を受検 し肝 機 能 正 常 で あ っ たA町 住 民 を用 い た 。 A町 で の 結 果 とII項 で 述 べ た超 音 波 地 域 集 検 の 結 果 か ら,肝 細 胞 癌 の ス ク リー ニ ン グ シ ス テム と し て以 下 の よ う な方 法 が よ い と考 えた 。 人 間 ドッ ク,老 健 法 の 基 本 健 康 診 査 な どの 「健 診 」 で 肝 炎 ウ ィ ル ス を検 査 す る か,あ る い は肝 機 能 異 常 者 に 対 して 二 次健 診 で 肝 炎 ウ ィル ス を検 査 して 陽 性 者 を拾 い上 げ て肝 細 胞 癌 の ハ イ リス ク群 とす る。 ハ イ リス ク群 は地 元 医 院 を主 治 医 と して 紹 介 し,そ の 地 区 の 基幹 病 院 と連 携 して治 療 や 事 後 指 導 を行 い,肝 細 胞 癌 の 早 期 発 見 や イ ン タ ー フ ェ ロ ン に よ る1.5次 予 防 に努 め る とい う もの で あ る。 実 際 に, 宮 城 県立 が ん セ ン タ ー肝 臓 外 来 で は 日常 の 診 療 ・ 日消集検誌
第37巻6号.1999.11医 療 シス テム構築 によ る肝 癌検 診体 系 の確立 に関す る研 究 583 表1肝 炎多発地 区の肝機能異常者 における肝炎ウイルス陽性率 表2イ ンター フ ェロン投 与 後3年 以上経 過観察 され たC型 慢 性肝 炎 症 例 の肝 細胞 癌発癌 率 指 導 は地 元 医 療 機 関 に依 頼 し,宮 城 県 立 が ん セ ン タ ー で は超 音 波 検 査 を含 め た3か 月 毎 の 経 過 観 察 を基 本 と して い る。 IVス パ ー ハ イ リス ク群 に お け る肝 細 胞 癌 拾 い 上 げ と イ ン タ ー フ ェ ロン に よ る発 癌 抑 制 宮城 県 立 が ん セ ン タ ー肝 臓 外 来 で は超 音 波検 査 を ウ ィル ス性 慢 性 肝 炎 患者 で は105.2±35.2日(平 均 値 ±標 準 偏 差),同 じ く肝 硬 変 患 者 で は94.7± 37.8日(い ず れ も1997年7月 ∼1998年12月 の集 計) の 間 隔 で 実 施 して い る。 肝 臓 外 来 で 発 見 され た 肝 細 胞 癌 症 例 の60.0%は 腫 瘍 径3.0cm(診 断確 定 時 の計 測)以 下 の 単 結 節 例 で あ り,定 期 的 超 音 波 検 査 を実 施 して い な い他 の外 来 発 見 例 で の13.8%と の 間 に有 意 差 が あ っ た。 腫 瘍 発 見 時 の 計 測 で 検 討 す る と3∼4か 月毎 に超 音 波 検 査 を受 け て い た 肝 細 胞 癌 症 例 の87.7%が 腫 瘍 径3.0cm以 下 で 発 見 さ れ て い た。 肝 臓 外 来 で 発 見 さ れ た肝 細 胞 癌 症 例 の10年 生 存 率 は24.2%で,定 期 的超 音 波 検 査 を実 施 して い な い他 の 外 来 発 見 例 で の6.4%と の 間 に有 意 差 が あ っ た 。腫 瘍 径3.0cm以 下 の 単 結 節 症 例 で の10年 生 存 率 は40.8%と 良 好 で あ り,同 じ大 き さ の無 治 療 群 で は2年 生 存 率 が50.0%で3年 以 上 生 存 例 が ない の に比 べ て有 意 差 が あ っ た 。Lead time biasの 影 響 の み な らず早 期 発 見 ・早 期 治 療 に よ り予 後 の 改 善 が 可 能 で あ る こ とが 示 唆 され た 。 宮城 県立 が ん セ ン ター で は肝 が ん の1.5次 予 防 を 目指 してC型 慢 性 肝 炎 患 者 に対 して 積 極 的 に イ ン タ ー フ ェロ ン治 療 を 実施 し,現 在 ま で に約380名 に 日消集検誌
584 医療 シス テム構築 によ る肝 癌検 診 体系 の確 立 に関 す る研究 第37巻6号.1999.11 投 与 し,約40%の 症 例 でC型 肝 炎 ウ ィル ス の 消 失 を認 め て い る。 イ ンタ ー フ ェ ロ ン治 療 終 了後3年 以 上 経 過 したC型 慢 性 肝 炎 症 例 で の肝 細 胞 癌 発 癌 率 を表2に 示 した 。現 時 点 で は著 効 症 例 か ら発 癌 は な く,発 癌 抑 制 効 果 が 期 待 され る。 V お わ りに 健 診 や ドッ ク で 異常 をチ ェ ッ ク され て宮 城 県 立 が ん セ ンタ ー 内科 外 来 を受 診 した 症 例 に つ い て 調 査 した と こ ろ,健 診 や ド ック でHBs抗 原 を調 べ て い た の は46.5%で あ っ た が,HCV抗 体 を調 べ て い る の は14.1%に す ぎな か っ た 。 肝 機 能 異 常 者 に対 して二 次 健 診 で肝 炎 ウ ィル ス を調 べ る方 法 が あ る。 しか し,受 診 者 の 中 に は血 圧 や コ レ ス テ ロ ー ル 値 に は 高 い 関 心 を示 す もの の 肝 機 能 に は あ ま り注 意 を払 わ な い 人 が 多 い こ とや,医 療 側 で もチ ェ ッ ク さ れ た肝 機 能 異 常 者 全 例 で 肝 炎 ウ ィル ス を調 べ る 体 制 が整 っ て い な い こ とな どか ら,一 次 健 診 で 積 極 的 に肝 炎 ウ ィル ス を調 べ て(初 め て健 診 を受 け る時 に生 涯 に一 度 で よい)ハ イ リス ク群 を拾 い 上 げ る体 制 を整 え る こ とが 急 務 と考 え られ る。 謝 辞 超 音 波 地 域 集 検 は宮 城 県 対 が ん 協 会 が 実 施 し た もの で あ り宮 城 県対 が ん 協 会 肝 胆 膵 疾 患 診 断 委 員 の 諸 先 生 方 お よび職 員 の 皆 様 に,ま た肝 炎 多 発 地 域 に お け る肝 疾 患 予 防対 策 事 業 につ い て は宮 城 県 岩 沼 保 健 所,A町 医 師 会,宮 城 県A町 町 役 場 の 皆 様 に深 く感 謝 い た し ます 。 宮城 県 立 が ん セ ン タ ー 肝 臓 外 来 で の研 究 は同 内 科 の鵜 飼 克 明博 士 と共 同 で 行 っ た もの で あ り,同 氏 と宮 城 県 立 が ん セ ン タ ー 職 員 の 皆 様 に 深 謝 い た し ます 。 そ して ,終 始 ご 指 導 い た だ い た 久道 茂 先 生,菅 原 伸 之 先 生,深 尾 彰 先 生 お よ び竹 原靖 明 先 生 に 心 よ り御 礼 申 し上 げ ます 。 文 献 1) 菅 原 伸 之, 久道 茂: が ん の 一 次 予 防 と二 次 予 防-胃 が ん 検 診 の 費 用 便 益 分 析-, 癌 の 臨 床: 1987, 別 集: 205-217. 2) 菅 原 伸 之, 佐 藤 弘 房, 樋 渡 信 夫, 他: 大 腸 が ん 集 団 検 診 の費 用 効 果 分 析, 消 化 器 集 団 検 診: 1989, 82: 65-70. 日消集検誌