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小学校の体育授業で運動を教えるための能力 ―教員養成課程での実践的指導力の育成について

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小学校の体育授業で運動を教えるための能力

―教員養成課程での実践的指導力の育成について―

岸 一弘

1 はじめに 筆者は過去の9年間、一般女子大学の教養教育における体育(スポーツ教育)の授業研 究を行ってきた。そこでの授業のねらいは、理論と実技の有機的な結合を図り、生涯にわ たって健康づくりや体力づくりが出来る方法論・考え方の基本を教授するとともに、自ら 進んで運動・スポーツに親しむことが出来る技能や態度の育成などではないかと考えてい た。その具体的な実践研究のテーマとしては、ライフステージに応じたウエルネスの理論 構築と各種スポーツ教材の運動強度を明らかにすることであった。また研究成果について は、大学の体育授業の実践的研究(髙山,1998;髙山,1999b;髙山,2001;岸・山本,2004; 岸,2005)等で報告した。 その後、本学の小学校教員養成課程(地域児童教育専攻)に転勤して3年目を迎えてい る。現在は専攻長としての職務と授業では体育科教育及びスポーツに関わる科目(以下、 体育関連科目)を担当している。 本研究の目的は、小学校教員養成課程における体育関連科目の在り方を探求するととも に、小学校教科体育(体育科)の授業において、運動を教えるうえで必要な能力について 検討するものである。本稿では主に器械運動を取り上げ、実践的指導力としての「運動観 察力」の学習トレーニングについて考えていく。 2 小学校体育科の授業について (1)運動を教えることは安易ではない 小学校に通う息子と娘との日常的な会話の中で、その用語は誤りだから正確につかうよ う促すことが時々ある。例えば、「今日はプールがあるから、体温を測っていかないと・・・。」 というのがあった。これは「今日は水泳の授業があるから、体温を測っていかないと・・・・。」 が正しいのである。また「今日は体育の授業でなわとびをするから、なわとびを持って行 く。」という場合があった。これは「今日は体育の授業で(短)なわとび(運動)をするか ら、とびなわ(あるいは短なわ)を持って行く。」が正しい。これらのことについては、本 学の体育関連科目の講義の中でも指摘しているが、児童は担任の指示した言葉や話を疑い もなく覚えて(理解して)しまう事例といえる。

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近代体育の父と称揚されているヤーン(Jahn,F.L.)は、器械運動を創始したうえに運動 表記の問題圏とも表面から取り組んだ。例えば、鉄棒や平行棒などの膨大にのぼる習練形 態としての<技>を明確に表記するため、技それ自体の名称のみならず、その多岐にわた る細分化された<変形技>に全て対応できるような規定詞などを新たに創出した。これら は、現代の運動表記論の基礎を築き体系化したことで偉大な功績である(金子,2002)。前 述した事例とは次元が異なるが、小学校教員が用いる語句のうち、「運動」や「日常動作」 の表記に関する用語は、教員養成の段階で取り上げておかなければならない留意事項と考 えられる。 小学校教諭免許状を取得するためのカリキュラムは、教育職員免許法に照らして各大学 で編成されている。そのカリキュラムに基づき、学生は小学校全教科とその他の授業(活 動を含む)を担当できるように学修することになっている。しかしながら、たとえ正教員 に採用され研鑚し続けても、全教科の授業が難なく自信を持って実践できるまでには長期 間を要するか、あるいはそのレベルまで及ばないのが現状ではないかと考えられる。それ らに鑑み体育科の授業が得意、あるいは自信を持って実践している現職教員はどれ程いる だろうか。筆者は中学校保健体育科教員を志し、私立の体育系大学に入学した。運よく現 役で群馬県の公立学校教員採用試験に合格し、大学卒業と同時に小学校に配属された。3 年間の勤務で最も教える難しさを感じたのは、体育科の授業であったといっても過言では ない。 今、教員の実践的指導力が問われている(中央教育審議会,2006)。実践的指導力は、元 来、大学の教員養成課程において教養・教科・専門科目や教職科目等の学修を通じて修得 させることになっている。とはいえ、十分に育成できずに卒業させているのが現状であろ う。そのため、卒業生は教員になってから日々の実践活動の中で、あるいは各種の研修等 を通じて力量を磨き、より高次な能力(実践的指導力)になっていくものと思われる。 授業に限って実践的指導力をみると、学級経営、授業設計、授業展開の面から考えられ る。まず、学習指導要領及びクラスの実態に見合った教材決定、授業のねらいの決定や授 業の設計がある。次いで具体的な授業の設計としての学習指導案の作成がある。これらを もとに授業が展開され、その授業の良し悪しで実践的指導力は判断(評価)されることに なるだろう。 体育科には、他教科にない独自性がある。それは、動ける「身体」の獲得をめざして目 標とする運動を「できる」ようにする学習内容である(三木,2005)。幼い頃から外遊びや 運動遊びの乏しい現代の子どもたちには、処方箋のようなマニュアル化された指導では、 成功したときの真の「達成感」や「身体」を動かすことの本当の楽しさが味わえるとは思 えない。特に、「身体」を回転させるなどの非日常的な運動を目標とする器械運動の学習に おいては、子どもが試行錯誤しながらでも、具体的な「身体」の動かし方を覚えることが 必要である。 (2)器械体操から器械運動への移行

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成田(1976)は、鉄棒や跳び箱やその他の器械を用いての運動欲求の充足や、技術の獲 得を特色とする運動は、総じて「器械運動」と呼び、器械による身体各部の形成やからだ づくりを第1義とする運動は、一般的に「器械体操」とするのが良いのではないかという のが、歴史の教えるところであると述べている。 ところで、わが国の教科体育の領域で器械運動がスポーツとして浮上してきたのは、昭 和43 年版の学習指導要領からであった。器械運動は、ドイツ体操をもとに発展したとみる のが一般的である。ドイツ体操は、バセドウ(Basedow,J.B.)によって始められヤーン (Jahn,F.L.)やシュピース(Spieβ,A.)などによって確立されたといわれている。この体 操は、ツルネン(Turnen)とギムナスティク(Gymnastik)からなり、ツルネンは器械体 操またはスポーツ的な体操を指し、ギムナスティクは徒手体操のことである(髙山,1985)。 金子(1987b)は、「わが国では器械体操という名称のもとに、器械を利用した体力向上 の体操と、器械上で運動の巧みさを争うスポーツとしての器械運動がいっしょにまとめら れていた時代が長かったので、いろいろな混乱が生まれてきた」が、その理由は、「スポー ツとしての器械運動が十分に認識されていないところにこそ、原因が潜んでいる」と指摘 している。 (3)器械運動の指導の難しさ 体育科では、器械運動に関する指導が特に難しい領域にあげられるだろう。器械運動の 特徴としては、器械・器具(マット・跳び箱・鉄棒・平均台等)を用いて身体を操作する ことであったり、「できる」「できない」がはっきりすることや非日常的な逆位感覚をあげ ることができる。つまり、これらに属するほとんどの運動の主要局面は、地面に足をつけ ない状態で行われるという難しさ(非日常性)がある。それゆえ、水島(2004)が指摘してい るように、教員(指導者)には学習者の現在の運動能力を見抜く眼が求められるものと考 えられる。 小学校の跳び箱運動では切り返し系と回転系の技(わざ)が学習内容に取り上げられる。 跳び箱運動の局面構造は助走、予備踏み切り、踏み切り、第1空中局面、着手、第2空中 局面、着地の7局面に区分できる。跳び箱の段数や踏み切り板(ロイター板)の位置に直 目した教育実践は多いけれども、跳び箱運動で最も重要なポイントである<着手から突き 放す技術>(髙山,1985)に着目した実践例はほとんど見られない。 3 運動学習について (1)子どもの運動経験の乏しさと体力低下 幼児期から児童期にかけては、多様な運動経験が必要だといわれている(Gallahue,1999)。 それは、運動経験が個々人の神経系発達にも影響を及ぼすからだと考えられる(髙山,1999a)。 ところが、毎年発表される「体力・運動能力調査報告書」(文部科学省,2006)等では久し く子どもたちの体力・運動能力の低下が指摘されている。これらの原因は、小学校に入学

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する以前の段階や入学後の学校生活全般を通して、ダイナミックな運動(運動遊びを含む) の経験が極めて乏しくなっていることが影響ではないかと思われる。 器械運動に属するマット運動の「倒立」は、足を地面から離して両手を突き、逆位姿勢 になる運動である。また低鉄棒運動における「逆上がり」は、両手で鉄棒を支持した姿勢 から足を地面から離して後方に回転しながら、逆位を経過して、再び支持姿勢になる運動 である。これらの運動に共通な<逆位感覚>は、幼い頃からの自由な運動遊びを多様に経 験することで養える能力と考えられる。 逆位感覚は、体力の分類(池上,1982)では行動を調節する能力(調整力)にあたるもの で、近年の子ども達はこれらも十分に発達していないことが推測される。調整力には他に 平衡性、敏捷性、柔軟性がある。例えば、自転車が乗れるように何度も練習していく過程 (トレーニング)は、平衡性(バランス能力)が鍛えられる絶好の機会である。 (2)運動の構造と技術指導 運動の学習に関わって、「運動技術」と「運動技能」という用語の定義を示しておきたい。 しかしながら、今のところ2つの用語の解釈には一義的なものがない。そのため、ここで は運動技術を「ある運動を最も合理的に実施するために発見、改良された身体の動かし方 <こつ>」とするが、それは「多くの人に適用できることが必要である」(佐藤,1996)。こ れに対して、「運動技術を練習することによって身につけた能力」が運動技能で、それは「低 い未熟なレベルから、熟練した非常に高いレベルまで個人差がある」といわれている(杉 原,2003)。 小学校の教員は、「目標とする運動がどのような動きの構造を持っており、児童がどのよ うに動きを覚えていくのか、さらに児童がその動き方を覚えることに関わって、どのよう な学習をすればよいか」など考えなければならない(三木,1996)。そのゆえ、「逆上がり」 や「かかえこみ跳び」など、これから児童に教えようとする運動を示す場合には、どのよ うな「身体」の動かし方をしたらよいのかという、「運動技術」の内容を知っておくことが 指導の大前提になる。この知識は、教員自身がその運動を(示範)できるという実技能力 と必ずしも一致しなくてもかまわない。しかしながら、教員がどうやったら(その運動を 行うことや教えることについて)よいのかを知っていなければ困ってしまう。 身体の動かし方を覚える学習では、「わかるような気がする」段階を経て、偶然にもやろ うとして動きができて、「できそうな気がする」段階、さらに次の段階へと進んでいくこと になる。つまり、この学習にとって最も大切な「できる」ようにするためには、自分の身 体の動かし方の<コツ>がわかる学習、すなわち、子どもの側に立った「運動感覚能力」 を育てる「動きの学習」を問題にしなければならない(三木,2005)。 一方で、ある運動ができない児童に対する技術指導のポイントとしては、「今行っている 運動の1つ前の段階を調べてみることが必要になる。」また、「目標とする運動の学習に必 要なレディネス、中でも感覚的な動きのレディネスを整えるためには、関連ある運動経験 を積ませることも必要である。」このような感覚運動的に類似した予備的運動が、アナロゴ

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ンと呼ばれているものである(佐藤,1996)。 (3)運動学習のしかた 三木(2005)は「運動を覚えるということは、その子どもの運動感覚能力と覚えようと する運動が子どもにとってどんな意味をもつ運動なのかの関係で、運動学習のしかたが決 まる。運動学習は、子どもの現在の状態と動きの形成位相から見て、以下のような3つに 分けることができる。」と述べている。 ①できない運動を覚える学習(動きの発生・習得に関わっての学習) ②できる運動をよりよいものにする学習(動きの習熟・修正にかかわっての学習) ③他人と協力したり、いろいろな状況のなかで使えるようにする学習(動きの自動化・ 適応の学習) また、「動きのかたちが形成されるレベルに対して5つの動きの形成位相があるため、児 童の形成位相の違いによって学習課題を持たせたり、指導方法や練習方法などに工夫が必 要だ」としている。 (4)運動経験から学ぶ指導力について 小学校教員が運動を教える場合には、「運動技術」の内容を知っておくことが指導の大前 提だと先述した。また、教員自身が目標とする運動を(示範)できるという実技能力とは 必ずしも一致しなくてもかまわないが、教員がどうやったらその運動を行えたり、教えら れるのかを知っていなければ困るとも述べた。このことは、まず教員に実技能力がなくて もクラスに目標とする運動を上手にできる児童がいれば、見本(模範)を示してもらえる こと。もう1つは、真新しい運動(技)の時などには、ビデオや連続図を用いて説明する ことが考えられる。ただし、いずれの場合でも、「運動技術」を取り出して、児童の感覚的 な動きの<こつ>として分かるように伝え、それが身につくまでの手順を示す必要がある。 この手順の際に問題となるのは、「教師が目標とする運動の経験があって、当たり前のよ うにできるような場合、動きの<こつ>を思い込みでかなりいい加減なポイントとして説 明することである。」つまり、「これまで自分が普通にやっていたことが、いちばん大切な 技術的内容を含んでいても、それが意識にのぼっていなければ意味をなさないことにな る。」そうならないためにも、教員は再確認のため、できない子どもの気持ちになって鉄棒 運動を試みたり、跳び箱を跳んでみるべきである(長澤,1996)。 小学校体育科の授業で教える運動内容については、学習指導要領や同解説体育編に例示 された種目または技を拠り所として、自校の児童の実態に応じた教材作成(づくり)が求 められる。とくに体育科には教科書がないので、参考になるのは副読本や専門書類、それ に教員自身が過去に経験してきた体育授業や学生時代の運動部活動(同好会・サークルを 含む)でのトレーニングプログラム等になるだろう。 医師や理容師などの専門職に就いている人たちには、最新の知識や(正確な)技術が求 められる。そうしないと、患者や客が来なくなってしまうだろう。特に、高度な専門職で ある外科医は、最新の機器を操作する技術習得のためのトレーニングとそれを難なくこな

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すためのトレーニング(動物やコンピュータを使った模擬手術訓練装置によるものなど) が必要であろう。名医といわれる方は多くの手術を経験したり、常に<カン>や<コツ> が鈍らないようにトレーニングを怠っていないことが推測される。だだし、新聞の記事 (2007)によれば、2003 年から献体を使ったトレーニングを行っている機関として札幌医 科大学があるが、このことが法律上、認められるかどうかは曖昧だという。死に直結する 医業とは異なるが、教員が授業するうえで、最新の知識や運動技術に関わる実技能力を習 得しておく必要があるという点では同様だろう。この点では、教員免許の更新制には賛成 である。 4 運動観察力の学習トレーニングについて (1)「運動観察力」とは 平成2年の教育職員免許法施行規則から「保健体育」に関する専門教育科目として『運 動学』が新たに追加された。『運動学』は、人間の運動行為を現象学的人間学の立場から研 究する運動理論であり、ボイテンディク(Buytendijk,f.J.)によって集大成された(金 子,1988)。『運動学』の研究対象については、マイネル(Meinel,K.)が7つあげている。 その中に「運動観察の訓練」(Meinel,1982)がある。 運動観察(Bewegungsbeobachtung)は「医師が患者を診断して、判断し、適切な治療を すること」(佐野,1990)と同様に、スポーツ運動の現場において、「生徒や選手の運動経過 を目で見て、その欠点を見抜き、修正改善を試みることであり、指導者にとって不可欠な 活動である」(金子,1987a)。マイネル(1982)は、「教員養成や教員の現職教育において運 動観察力(Blick für die Bewegung)の訓練と練習が必要である」とも述べている。

ま た 、『 運 動 学 』 で は 「 運 動 観 察 」 を 自 己 観 察 ( Selbstbeobachtung ) と 他 者 観 察 (Fremdbeobachtung)に分類している。運動を行っている人が自分の運動を内から観察す るものが「自己観察」、外から観察するものが「他者観察」である。教員は、児童・生徒の 学習活動を援助(支援)することが任務であるが、教員の「見抜き」としての観察は、運 動の修正指導にとって極めて重要であり、好ましい技能の獲得を保証するものである。 これまでの「運動観察」に関する研究報告をみると、実験的授業場面における検討(吉 原,1981)、中学校の体育授業における走り幅跳びの実践(烏山・三浦,1984)、体育専攻学 生を対象としたマット運動の実践(小林・鈴木,1985)、中学生を対象とした実践(清水 ら,1993;三浦・橋本,2001;吉田,2004)、保育専門学校生を対象としたなわとび運動の実 践(髙山,1995)、一般大学生を対象とした実験調査から運動観察力の形成を試みたもの(佐 藤,2001)及びその他(松下・阿江,1986;岡端,1991)などがある。しかしながらこれらの 研究は、小学校の体育授業を教えるうえで必要な実践的な指導力としての「運動観察力」 の学習トレーニングを目的としたものとはいえない。 そこで本学の体育関連科目において、次項のような学習トレーニングを構想し、小学校 の教員として必要な実践的指導力の育成計画を立案した。

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(2)鉄棒運動による「運動観察力」を高めるための学習トレーニング構想 まずは、筆者がこれまで実践研究してきたプログラムと先行研究(文献を含む)を再検 討していく。その後、修正プログラムに基づいて第1次研究授業及び課外プログラムを行 う予定である。授業では運動観察シート(学習ノート)に「自己観察」の結果を毎回記入 させたい。また、課外プログラムでは運動観察シートに「自己観察」及び「他者観察」の 結果を記入させたい。いずれの観察結果についても、筆者(本研究者)が1週間以内にコ メントを書き、学生にフィードバックしていく。 さらに、ビデオカメラに撮影した鉄棒運動の技、例えば「逆上がり」などの運動経過を パソコンの画面上で観察するとともに、他者の運動経過についても観察することになるだ ろう。いずれの場合でも、最も重要なことは、その運動経過の中に本質的な運動徴表が「見 抜け」るかということである。おそらく、初期の段階では「技」の出来・不出来にのみ観 察ポイントが見られると思われる。 「他者観察」については、体操競技の経験がある指導者(教員)に「逆上がり」の模範 演技を行って頂き、技術的な解説や観察ポイントについても同時に触れていきたい。「運動 観察力」と「運動共感能力」などは、本研究者から受講学生(対象者)へのフィードバッ クを繰り返すこと(訓練)によって、どの方向から何を見ようとするのか等が分かるよう になっていくものと考えられる。その根底には、「印象分析」が正しく行える状態にあるこ とが必要である。この「印象分析」は、マイネル(1982)が指摘するように「他者観察」 の不可欠な前提となる分析法である。 他方、「自己観察」は対象者の重要な学習内容であるが、「他者観察」よりも難しいもの がある。なぜならば、それは「学習者が自己のいまの運動を内から反省し、身体各部を知 覚できたか、四肢の動作は思いどおりに操作されたかといった部分的なことはもとより、 さらにその全体の連関構造を内から把握することが求められる」といわれているからであ る(佐野,1990)。 いずれにしても、豊富な運動を経験することや自他の運動を観察するような「運動観察 力」の学習トレーニングは、小学校教員養成課程の学生が教員になり、体育科の授業で運 動指導を行う際の実践的指導力につながっていくものと考えられる。 文献 中央教育審議会(2006)今後の教員養成・免許制度の在り方について(答申). デビット・L・ガラヒュー:杉原隆監訳(1999)幼少年期の体育 発達的視点からのアプ ローチ.大修館書店:東京. 長谷川聖治(2007)手術のトレーニング.読売新聞朝刊 2007 年 9 月 7 日 13 版:12.読売新聞東 京本社. 池上晴夫(1982)運動処方 理論と実際.朝倉書店:東京,pp.8-15.

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金子明友(1987a)運動観察のモルフォロギー.筑波大学体育科学系紀要,10:113-124. 金子明友(1987b)教師のための器械運動指導法シリーズ とび箱平均台運動.大修館書店: 東京,pp.3-32. 金子明友(1988)体育学習のスポーツ運動学的視座 体育・保健科教育論.島崎仁・松岡弘編. 東信堂:東京,pp.55-67. 金子明友(2002)わざの伝承.明和出版:東京,pp.20-23. 烏山治一・三浦幹夫(1984)「運動観察」への方向づけのために.滋賀大学教育学部紀要 人 文・社会・教育科学,34:149-174. 岸一弘・山本正彦(2004)大学のバドミントン授業時におけるダブルスペアの身体活動量.大 妻女子大学家政系研究紀要-,40:75-82. 岸一弘(2005)心拍数と酸素摂取量からみたバドミントン授業の運動強度.大妻女子大学家 政系研究紀要-,41:69-75. 小 林 明 子 ・ 鈴 木 睦 子 ( 1985 ) マ ッ ト 運 動 の 観 察 に 関 す る 研 究 . 茨 城 大 学 教 育 学 部 紀 要,34:57-73. 松下雅雄・阿江通良(1986)運動観察に関する研究―技能水準の相違の観察力について―.体 育の科学,36(5):393-397. 三木四郎(1996)運動学習の意味について考える 教師のための運動学.金子明友監修 吉 田茂・三木四郎編著.大修館書店:東京,pp.25-31. 三木四郎(2005)新しい体育授業の運動学 子どもができる喜びを味わう運動学習に向けて. 明和出版:東京,pp.2-137. 三浦忠夫・橋本典子(2001)運動の自己観察の制度に関する検討(第2報)―運動習熟に伴 う運動観察力の変化―.茨城大学教育学部紀要(教育科学),50:315-332. 文部科学省(2006)平成 17 年度体力・運動能力調査結果について. 成 田 十 次 郎 (1976) 器 械 体 操 と 器 械 運 動 ― 近 代 体 育 の 二 つ の 流 れ ― . 学 校 体 育,29(11):17-21. 岡端隆(1991)運動学習における指導者の示範について.スポーツ運動学研究,4:45-53. 佐野淳(1990)運動の観察と分析.金子明友・朝岡正雄編著 運動学講義.大修館書店:東 京,pp.156-163. 佐藤徹(1996)指導ポイントをどうとらえるか.金子明友監修 吉田茂・三木四郎編 教師の ための運動学 運動指導の実践理論.大修館書店:東京,pp.134-140. 佐藤徹(2001)運動観察のトレーニング.スポーツ運動学研究,14:15-25. 清水紀人・高谷朝美・佐藤光毅(1993)運動観察を中心とした授業展開のモデル化の実践的 試み―側方倒立回転を課題として―.弘前大学教育学部教科教育研究紀要,17:105-116. 杉原隆(2003)運動指導の心理学 運動学習とモチベーションからの接近.大修館書店:東 京,pp.20-22. 髙山一弘(1985)児童の跳び箱運動に関するモルフォロギー的研究―開脚とび―.上越教育

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大学大学院修士課程修士論文. 髙山一弘(1995)保育専門学校生の体育授業における「運動観察力」の変化:なわとびの 授業での個人ノートの記述を中心に.体育科教育学研究,12(1):57-63. 髙山一弘(1998)大学の体育授業の実践的研究:バドミントンの授業時における運動量に ついて.体育科教育学研究,15(1):23-30. 髙山一弘(1999a)幼児教育者に必要な運動観察力.宇土正彦監修 畠山倫子編著 幼児の健 康と運動遊び.保育出版社:大阪,pp.26-28. 髙山一弘(1999b)大学の体育授業の実践的研究(2):ウォーキングの授業での活動量とアン ケート調査について.体育科教育学研究,16(1):33-43. 髙山一弘(2001)大学の体育授業の実践的研究(3) バドミントンのダブルスゲームにおけ るペアの身体活動量の比較を中心として.体育科教育学研究,18(1):25-36. クルト・マイネル:金子明友訳(1982)スポーツ運動学.大修館書店:東京,pp.136-143. 水島宏一(2004)器械運動の指導に関する研究.東京学芸大学紀要第5部門 芸術・健康・ス ポーツ科学,56:103-119. 吉田浩(2004)中学生の運動観察能力について.スポーツ運動学研究,17:125-131. 吉 原 博 之 (1981) 運 動 観 察 に 関 す る 教 育 学 的 研 究 . 広 島 大 学 教 育 学 部 紀 要 第 二 部,30:179-187.

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Abstract

Ability to Teach Movement in Elementary School Physical Education

Class: Training Practical Leadership in a Teacher Training Course

Kazuhiro Kishi

The purpose of this study is to explore how the subjects related to physical

education class (hereafter PE) in elementary school physical education teacher training

courses should be like. This study also discusses the skills necessary to teach

movement in elementary school PE. Of all the possible movement that can be dealt

with in the PE, I would like to focus mainly on apparatus movement, and aims to

suggest a framework of a training program in "movement observation " required for

practical leadership.

One of the characteristics of the PE subject lies in learning and practicing the

movement. However, it is not easy for us to teach the method of how to make the

learners able to perform the movement. Above all, the guidance of the apparatus

movement which aims to achieve non-daily type of movement is very difficult.

Therefore, an elementary school teacher, who will be engaged in teaching movement,

strongly needs to be trained to raise their ability of " movement observation" from a

teacher training stage.

参照

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