CuPt合金系のスピンホール角に及ぼすスピンホール
効果のメカニズムと規則度の影響に関する研究
著者
中川原 圭太
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第19278号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00130542
1
令和元年度博士論文
CuPt 合金系のスピンホール角に及ぼすス
ピンホール効果のメカニズムと規則度の影
響に関する研究
東北大学工学部材料科学総合学科
量子材料物性学分野
新田研究室 中川原 圭太
2
内容
第1 章 序論 ... 5 1.1. 研究背景 ... 5 1.2. 本研究の目的 ... 5 1.3. 構成 ... 7 1.4. 参考文献 ... 7 第2 章 基礎理論・実験手法 ... 8 2.1. スピントロニクスの基礎物理 ... 82.1.1. スピン軌道相互作用(Spin-orbit interaction, SOI) ... 8
2.1.2. Rashba スピン軌道相互作用 ... 9 2.1.3. スピン流... 10 2.2. スピントロニクスがもたらす物理現象 ... 11 2.2.1. スピンホール効果 ... 11 2.2.2. スピンホール効果の起源 ... 13 2.3. 成膜、サンプル作製方法 ... 17 2.3.1. スパッタリング法 ... 17 2.3.2. リソグラフィ ... 17 2.3.3. エッチング ... 18 2.3.4. 反射高速電子回折法(RHEED) ... 18 2.3.4. X 線回折法 ... 21 2.4.1. 強磁性共鳴法(ST-FMR) ... 22 2.5. スピンホール効果トンネル分光法(SHT)デバイス ... 24 3.5.1. SHT のデバイス作製 ... 24 2.6. ST-FMR のデバイス作製 ... 27 2.6. 参考文献 ... 30 第3 章 スピンホール効果トンネル分光法によるPt のスピンホール角評価 ... 32 3.1. 序論 ... 32 3.1.1. 背景 ... 32 3.1.2. SHT の原理 ... 34 3.1.3 ドリフトスピン流と拡散スピン流 ... 36 3.1.4. 測定法 ... 37 3.2. 観測されたシグナルに対してその他の潜在的な効果の排除 ... 38 3.2.1. 熱的効果 ... 38 3.2.2 CoFeB による磁気輸送効果 ... 40 3.2.3. トンネル異方性磁気抵抗 TAMR ... 42
3 3.3. スピンホールアングルの決定 ... 43 3.4. Pt のスピンホール角評価 ... 44 3.4.1. 測定 ... 44 3.4.2. スピンホール効果トンネル分光法の測定結果 ... 45 3.4.3. Pt の弱反局在測定 ... 48 3.4.4. Pt のスピンホール角の算出 ... 52 3.5. SHT で求めたスピンホール角の検証 ... 53 3.5.1. Pt におけるスピンホール効果のメカニズムの概略 ... 54 3.3.2 スピンホール角の温度依存性の比較 ... 54 3.5.2. スピンホール効果のメカニズムの解析 ... 55 3.6. 3 章の結論 ... 57 3.7. 参考文献 ... 57 第4 章 スピントルク強磁性共鳴法による CuPt 系のスピンホール効果のメカニズムの 調査 60 4.1. 序論 ... 60 4.2. スピントルク強磁性共鳴法による強磁性層 Co を用いた白金のスピンホールトル ク効率周波数依存性 ... 61 4.3. Py を用いたスピントルク強磁性磁気共鳴測定 ... 63 4.3.1. Py を用いた Pt のスピントルク強磁性磁気共鳴測定 ... 64 4.3.2. Py を用いた CuPt のスピントルク強磁性磁気共鳴測定 ... 68 4.4. 結論 ... 73 4.5. 参考文献 ... 74 第5 章 CuPt 系における規則度に依存したスピンホール角の評価 ... 75 5.1 序論 ... 75 5.1.1 エピタキシャル成長について... 75 5.1.2 本研究の成膜条件 ... 77 5.1.2. 透過電子顕微鏡による評価(TEM) ... 79 5.1.3. 原子間力顕微鏡(AFM)による評価... 80
5.1.5 XRD(X-ray diffraction)による長距離規則度(Long range order)評価 ... 82
5.2.1. ST-FMR を用いたスピンホール角の評価 ... 86 5.2.2. A1CuPt のスピンホール角の Ar ガス圧依存性 ... 87 5.2.3. A1 CuPt 薄膜の電気伝導特性と AFM 観察・X 線解析 ... 88 5.2.4. L11CuPt のスピンホール角の Ar ガス圧依存性 ... 90 5.2.5. A1 CuPt 薄膜の電気伝導特性と AFM 観察... 91 5.3 結論 ... 93 5.4 参考文献 ... 94
4
第6 章 総括 ... 95 謝辞 ... 96
5
第1章 序論
1.1.研究背景
近年「スピントロニクス」なる学問がエレクトロニクス分野で注目を集めている。これは 電子が持つ電荷に加え、「スピン」の自由度を積極的に利用しようとする学問である。 このスピントロニクスという学問では、従来のエレクトロニクスでは考えられてこなか っ た 新 た な 動 作 原 理 に 基 づ い た デ バ イ ス で あ る ス ピ ン ト ラ ン ジ ス タ[1] や MRAM (Magnetic Random Access Memory)、レーストラックメモリ[2]のような次世代の情報デバ イスが数々提案されてきた。これらはデバイス微細化によるムーアの法則が限界に近づい ている今、従来のデバイスに取って代わっていくことが期待されるものでありこれからの 高度な情報化社会の基盤を担う学問であると言える。 1.2.本研究の目的
本研究の目的を概説する。 スピン軌道相互作用に起因したスピンホール効果を用いた MRAM である SOT-MRAM (Spin Orbit Torque Magnetic Random Access Memory)の開発は近年熾烈を極めており、 先に提案されたSTT-MRAM(Spin Transfer Torque Magnetic Random Access Memory) に比べより低消費電力、高速の書き込みが可能なメモリが実現できると期待されている[3]。 しかし、SOT-MRAM 実現のためには磁気トンネル接合素子の磁化反転に用いるスピン流 を効率良く生成する必要がある。スピン流は後述する逆スピンホール効果により生成可能 である。そこで印加電流に対するスピン流の生成効率を示すスピンホール角により定量的 に評価されている。よってこのスピンホール角を増大させることが SOT-MRAM の実現に 直結する。スピンホール効果については、外因性スピンホール効果[4][5][6]、内因性スピン ホール効果[7][8]の寄与を、スピンホール角を電気抵抗率に対してスケーリングすることに より定量的に評価できることが判明している[10]。一方でスピンホール角の評価手法に関し ていくつか潜在的な問題が存在する。また、純粋なスピン軌道材料は既に広く研究されてお りさらなる新規材料探索が必要である。そこで本研究では、広く研究されているPt を対象 としたスピンホール角評価と、CuPt 合金に着目してスピンホール角を増大させるための指 針を模索することを目的とする。 本研究を行う上での意義について各章立てに対応させて3 つ述べる。 1 つはまず、スピンホール角を実験的に評価する手法・デバイスは多く提案されているが、 ほとんどにデバイス構造において金属/強磁性体界面或いは金属/金属界面を有する。ところ が、そういった界面において、パラレルコンダクションや磁気的な近接効果によりスピンホ ール角の評価に影響を及ぼしている潜在的な可能性がある。2014 年にスピンホール効果ト6 ンネル分光法[11]という手法が実験的に提唱され、Pt や Ta、W 等種々の金属において適用 可能であることが判明した。このデバイス構造においては酸化物トンネルバリアを用いる 事により、上記の界面における効果を排除できることができる。一方でスピン緩和長を評価 できない等の困難からスピンホール角やその温度依存性を正しく評価できていない状況に ある。そこで量子干渉効果の弱反局在と組み合わせることにより広く研究されている白金 について検証を行い、従来の手法と比較することによりスピンホール角評価における潜在 的な問題点を解消することを試みる。 2つ目としてCuPt 合金系に注目する背景を示す。既に Pt や Ta、W 等を中心としてス ピンホール角やスピンホール効果のメカニズムについて広く研究が行われてきた。その結 果としてスピンホールのメカニズム等に関して多くの事が明らかになっている一方でスピ ンホール角の値としてあまり大きな増大が見られていない現状にある。そこから、合金系へ と研究対象がシフトしていった。2 章で詳しく述べるが、これまでスピン軌道相互作用が大 きいと考えられる重い金属の系でスピンホール効果は一般に強くなることからPt,Ta,W な どの重金属ではスピンホール効果は盛んに調べられてきたがCu や Ag などは一般的にスピ ン軌道相互作用が小さく、大きなスピンホール効果を発現するのに寄与しないと考えられ てきた。しかし、近年A. Fert[9]らにより指摘されたように、重金属である Bi とスピン軌 道相互作用の強くない Ag との界面由来で大きな電流-スピン流変換が得られたことが報告 された。これはスピン軌道相互作用が大きくない金属を用いて大きな電流-スピン流変換効 率が得られたことになり、レアメタルであるPt、Bi などの使用量低減が見込まれることに つながる発見である。また本質的には界面で生じる効果であるが、合金化する事により、ス ピン起動相互作用が強いとされているBi 単体以上に増大させることに成功しておりその点 においても非常に大きなインパクトがあるといえる。また、Cu の導電率が Pt よりもおよ そ 6 倍以上高いことから、CuPt の合金化によりある程度高い導電率を担保できる点であ る。デバイスへの応用上、導電率が高いことは省エネルギーデバイスに必須な条件の一つで ある。さらにある程度の大きさのスピン軌道相互作用を持つ材料が得られるため、ある程度 高い電気伝導率を持つ材料のスピンホール効果を観測することが出来る点である。 そこでCuPt が Pt 単体に代わる新たなスピントロニクスデバイス材料創造につながるこ とを期待する。 3 つめは、CuPt 合金系におけるスピンホール効果のメカニズムと結晶の規則度に関して 示す。Pt や Ta 等スピン起動相互作用が強いとされる単体の金属においては内因性や外因 性のスピンホール効果効果のメカニズムについて詳細に調査されてきた一方で合金系に注 目した研究はあまり行われていない。また、結晶性についても同様にPt や Ta 等の単体金 属については広く研究されている一方で合金系については詳細にわかっているとは言い難 い。そこで長距離規則度の観点からスピンホール角との関係性を調査するのは非常に需要 である。 以上三つの点を明らかにすることができると期待されること、また巨大スピンホール角
7 を持つ材料を探求することにより超消費電力デバイスを実現できることから、本研究は物 理的、工業応用の両面において大いに意義あるものであると確信する。 1.3.
構成
本章ではスピントロニクス、また本研究の背景並びに意義について説明した。 ここでは本論文の内容構成について述べる。 第2 章では本研究で用いる基礎的な物理現象・実験方法を説明した。 第3 章では白金を用いたスピンホール効果トンネル分光法による Pt のスピンホール角評 価について記した。 第4 章では多結晶 CuPt について、組成や抵抗率の異なる薄膜を作製し、強磁性磁気共鳴 法による測定を行いスピンホール角を評価した。更に純粋なスピン軌道材料で行われて いるのと同様の解析手法と用いてスピンホール効果のメカニズムに関して検証を行った。 第5 章では、A1 及び L11 構造を有する CuPt 薄膜を作製し結晶性を評価しスピンホール 角を評価した。また、長距離規則度とスピンホール角の関係に関して検証を行った。 第6 章には総括として研究結果をまとめ、またこれからの展望を示した。 1.4.参考文献
[1] S. Datta and B. Das, Appl. Phys. Lett. 56 665 (1990) [2] S. Parkin, et al., Sci, 320, 190 (2008)
[3] F. Oboril et al., IEEE Trans. Comput.-Aided Des. Integr. Circuits Syst 34, 3 (2015) [4] H-A. Engel, B. I. Halperin and E. I. Rashba, Phys. Rev. Lett., 100, 096401 (2008) [5] L. Berger, phys. Rev. B , 2, 4559 (1970)
[6] R. Karplus and J. M. Luttinger, Phys. Rev., 95, 1154 (1955)
[7] S. Murakami, N. Nagaosa and S.-C.Zhang, Science, 301, 1348 (2003) [8] J. Sinova, et al., Phys. Rev. Lett., 92, 126603 (2004)
[9] R. Sanchez, et al., Nat. Commun. 4, 2944 (2013) [10] E. Segasta, et al., Phys. Rev. B , 94, 060412 (2016)
8
第2章 基礎理論・実験手法
2.1.
スピントロニクスの基礎物理
2.1.1. スピン軌道相互作用(Spin-orbit interaction, SOI)
電子(電荷-e;e>0)が電荷Zeの原子核から距離rのところを速度vで回っているとする(図 2.1.(a))。電子が静止した座標系では、電子の周りを原子核が速度-v で回っているように見 える(図 2.1.(b))。原子核の運動の作る環状電流が電子の位置に作る磁場は、ビオ・サバール の法則より B =𝜇0 4𝜋𝑍𝑒 𝒓 × 𝒗 𝑟3 = 𝜇0 4𝜋 𝑍𝑒 𝑚 ℏ𝒍 𝑟3 (2.1) ここで、𝜇0は誘電率、ℏ𝒍=m𝒓×𝒗 は角運動量である。一方、電子スピン s は磁気モーメン ト 𝜇𝑆 = −2𝜇𝐵s (2.2) (𝜇𝐵=𝑒 ℏ/(2𝑚) はボーア磁子、g因子は2 とする) を持つので、磁場中のエネルギーとして 𝜇𝐵∙ B = 𝜇0 4𝜋 𝑍𝑒 𝑚 ℏ𝒍 𝑟3(ℏ𝒍 ∙ 𝒔) (2.3) を得る。この古典論の結果はディラックの相対論的量子力学の結果とは 2 倍だけ異なり、 正確なスピン軌道相互作用は次式で与えられる。 𝐻𝑆𝑂 = 𝜇0 4𝜋 𝑍𝑒2 𝑚 ℏ 𝑟3(ℏ𝒍 ∙ 𝒔) (2.4) この式は電子の感じる電場 𝑬 = 1 4𝜋𝜀0 𝑍𝑒𝒓 𝑟3 = 𝜇0 4𝜋 𝑍𝑒 𝑚 ℏ𝒍 𝑟3 (2.5) またはポテンシャルU(力 F= -eE =-𝛻 𝑈)を用いると 𝐻𝑆𝑂= −𝑒ℏ 2𝑚2𝑐2𝒔 ∙ (𝒑 × 𝑬) = ℏ 4𝑚2𝑐2𝝈 ∙ (𝒑 × ∇𝑈) (2.6) のように変形される。ここでc =1/√𝜇0𝜀0 は光速、𝜎 はパウリ行列:s= (1/2) 𝜎 であり、上 式は真空中でのスピン軌道相互作用の一般的な表式で、ディラック方程式から導かれる。 原子の場合に限らず、電場中において電子のスピンは有効磁場を感じ、スピン軌道相互作 用が働く。しかしスピン軌道相互作用は相対論的効果であり、原子番号Zが大きい原子の
9
場合を除くと非常に小さい[1]それから、働く電場の形によって電子が感じるスピン軌道相 互作用は異なる。代表的なものとして、構造反転対称性が破れた系(Structure Inversion Asymmetry) から生じるRashbaスピン軌道相互作用と結晶反転対称性が破れた系
(Crystallographic Inversion Asymmetry)からならDresselhaus スピン軌道相互作用が挙げられ る。メタルスピントロニクスで特に重要なRashbaスピン軌道相互作用について以下で説明 する。[2] (a)電子が原子核の周りを回っている描像 (b) 原子核が電子の周りを回っている描像 図2.1. スピン軌道相互作用の概略図
2.1.2. Rashba スピン軌道相互作用
先ほどのスピン軌道相互作用の説明で、原子番号Zが小さい原子の場合を除くと小さい と述べた。しかし、内部効果によって電子は電場(あるいはポテンシャル勾配)を受ける可 能性が十分考えられる。例えば、半導体のヘテロ構造における伝導帯の不連続性と関連し たときは内部電場が生じる。また外部電場を与えることもスピン軌道相互作用を強調する 一つの因子となる。この主張は1960年E. I. Rashbaによって提案され[3]、構造反転対称性が 破れている系(つまりポテンシャル勾配が存在する系)で生じるスピン軌道相互作用を Rashba スピン軌道相互作用と呼んでいる。 あるベクトル 𝐴⃗, 𝐵,⃗⃗⃗⃗ 𝐶⃗の間では 𝑬 = (𝐀 × 𝐁) ∙ 𝐂 = −𝐀 ∙ (𝐂 × 𝐁) (2.7) の関係が成り立つ。したがって式(1.7)においても 𝐻𝑆𝑂= ℏ 4𝑚2𝑐2𝝈 ∙ (𝒑 × 𝛻𝑈) = −ℏ 4𝑚2𝑐2𝛻𝑈 ∙ (𝝈 × 𝒑) (2.8) と書き換えることが出来る。𝒑は波数k との関係で表すこともできるので Rashba スピン 軌道相互作用の各成分は𝝈×kと𝛻 𝑈によって決まる。例えば𝛻 𝑈がz方向に電場が働いてい10 てxy平面内に電子が運動しているとすると 𝐻𝑆𝑂= 𝛼(𝑘𝑦𝜎𝑥− 𝑘𝑥𝜎𝑦) (2.9) ここで α = −ℏ 4𝑚2𝑐2 (2.10) となる。 式(2.8)のように Rashba スピン軌道相互作用は外部電場によってスピン軌道相互作用を制 御できることを表している。このことはスピントランジスタなど、スピントロニクスデバイ スへの応用において大変重要な意味を持っている。
2.1.3. スピン流
スピンホール効果でも重要になるスピン流について概説する。金属中自由電子の運動を 考える。自由電子は高速で物質中をランダムに運動している。ここで電場を与えると、電場 に平行な速度成分を持つ電子と反平行な速度成分を持つ電子の量にわずかな差が生じる。 この電子の速度分布のアンバランスによって、電子の集団は電場方向に流れ、我々は電流と 呼ぶ。このとき、磁性を持ってない通常の金属においては、スピンの向きが揃っていないた めスピンの流れは全部打ち消される(図 2.2.(a))。 次に、ある向きに進む電子とそれと逆向きに進む電子を考える(図 2.2.(b))。この場合は、 両方向に進む電子の数は同じであるので、電荷の流れは0 である。一方、スピンの流れは残 っている。このように、スピンの分布と速度分布の関係にアンバランスを導入することで、 電流のゼロのままでスピンの流れだけ作ることができる。これを伝導電子スピン流 (conduction electron spin current)とよぶ。スピンの z 成分が良い量子数の場合、スピン流の z 成分は𝐽𝑆 = 𝐽↑− 𝐽↓ (2.11)
のように、のように、z 方向に平行なスピンをもつ電子流𝑗↑とz 方向に反平行なスピンをも
つ𝑗↓の差で表現できる。類似した表現で電流を表すと
𝐽𝐶= 𝐽↑+ 𝐽↓ (2.12)
と表せる。電流が0 でスピン流のみが流れている状態を純スピン流(pure spin current)状態 とよぶ。[4] [5]
11 図2.2. (a)電流(電荷の流れ) (b)スピン流(角運動量の流れ)の模式図
2.2.
スピントロニクスがもたらす物理現象
2.2.1. スピンホール効果
2004 年に Y.Kato らによってその存在が実験的に確かめられたスピンホール効果[6]は、 スピン軌道相互作用が大きい材料に電流を流すと、印加電流と電子スピンといずれにも垂 直な方向に外部磁場を必要とせずにスピン流を高効率で生成できる手法としてスピントロ ニクス分野で近年注目を集めている。本研究においてはスピンホール効果が非常に重要な 物理現象であるので、これの説明を詳しくする。 強磁性体でみられる異常ホール効果は、伝導電子と金属中の不純物や局在スピンとのス ピン軌道相互作用により引き起こされる現象である。この相互作用により、伝導電子の散乱 のされ方にスピンの非対称性が現れる。すなわち、上向きスピンの電子がある方向に偏って 散乱されると、下向きスピンの電子は反対方向に偏って散乱される。このような散乱はMott 散乱と呼ばれる。このようなスピン軌道相互作用による異常ホール効果がナノ構造素子を 用いることにより、非磁性の半導体や金属において観測されるようになった。(スピンホー ル効果)。例えば、図 2.3.のようにスピン注入により非磁性金属中にスピン流が生じると、 同じ量で反対方向に流れている上向きスピンと下向きスピンは同じ方向に曲げられるので、 横方向に電流が生じて電子は試料の両脇に電荷が蓄積することになる。この電荷によって12 横方向(y 方向)に電場を誘起してホール効果を引き起こす。逆に、非磁性金属に電流を流す と同じ量で同じ方向に流れている上向きスピン電子と下向きスピン電子は互いに反対方向 に曲げられて、横方向に電流の伴わないスピン流(純粋スピン流)が生成され、試料の両脇に スピンが蓄積する。このように、スピンホール効果は、電流からスピン流へ、スピン流から 電流への相互変換を引き起こす(逆スピンホール効果)[7] [8] [9] [10]。 図2.3. 非局所スピンホール素子 F の磁化は膜面に垂直に向いている。スピン注入により横方向(y 方向)にホール電圧を 生じる[11] [12] [13] [14]。 また、磁性体を用いないでスピンを生成することも可能となる。最近、強磁性金属と非磁性 金属からなる非局所スピンホール素子、CoFe/Al[15] Py/Cu/Pt[16] [17] Fe/Au[18]において スピンホール効果が実験的に観測された。 ここでは、スピン流が誘起するスピンホール効果について議論し、例として非局所スピン ホール素子を挙げる。図2.3.に示した非局所スピンホール素子の長所は、ホール効果を測定 する位置には電荷の電流が流れないので、スピンホール効果のみを測定できる点にある。非 磁性不純物によるスピン軌道散乱の効果を取り入れたボルツマンの輸送方程式を解くこと により、N 中を流れる電流は 𝒋 = 𝜎𝑁𝑬 + 𝛼𝑆𝐻[𝒛 × 𝒋𝒔] (2.13) ここに、右辺第一項は電場 E を伴う通常のオーミック電流、第2項は𝒛方向にスピン偏極
13 したスピン流𝒋𝒔によって誘起されるホール電流、𝛼𝑆𝐻= 𝜎𝑆𝐻/𝜎𝑁はホール角である。(2.11)式 の電流成分が0 になる条件からホール電圧 𝑉𝑆𝐻= 𝛼𝑆𝐻𝜌𝑁𝑤𝑁𝑗𝑆 が求まり、スピン流に比例することがわかる。ここに非局所スピンホール抵抗𝑅𝑆𝐻= 𝑉𝑆𝐻/𝐼 は 𝑅𝑆𝐻= 1 2𝑃𝑒𝑓𝑓𝛼𝑆𝐻 𝜌𝑁 𝑑𝑁 𝑒−𝐿/𝜆𝑁 (2.14) で与えられる。 このように磁性体を用いた複合ナノ構造におけるスピン注入、蓄積効果を用いて磁化反転 などの技術の応用されていくところとなる[19]。 2.2.2. スピンホール効果の起源 前節ではスピンホール効果の定性的な説明を非局所スピンホール素子の構造を交えなが ら紹介した。本節では本研究の 1 つの重要な動機である内因性スピンホール効果と外因性 スピンホール効果のクロスオーバーの観測という観点から、内因性ホール効果と外因性ホ ール効果の物理的な起源について説明する。 ・内因性スピンホール効果 まず、内因性スピンホール効果は、後述する外因性スピンホール効果のような不純物散乱 によって生じるスピンホール効果ではない。内因性スピンホール効果は不純物散乱によら ずとも固体中のバンド構造に起因してスピンホール効果が起こることで、2003 年に村上ら [20] [21]と Sinova らによって独立に提唱された。この内因性スピンホール効果は外因性と 違い不純物散乱によらなく、系によっては非常に大きく室温でも生き残ると期待されるこ となどから注目されるようになった。以下ではスピンホール効果を直観的に分かりやすく とらえる方法である波数空間のベリー位相を用いた計算について概要を解説する。[19] スピンホール効果を直観的に分かりやすくとらえる方法の一つが、波数空間でのベリー 位相[22]を用いた波束の半古典的運動方程式[23] [24]を用いる方法である。通常半古典的運 動方程式は、実空間𝑥⃗,波数空間𝑘⃗⃗の両方である程度局在した波束を考え、その運動を記述す るものである。外部電場𝐸⃗⃗,外部磁場𝐵⃗⃗の下での運動方程式は 𝑥⃗̇ =1 ℏ 𝜕𝐸(𝑘⃗⃗) 𝜕𝑘⃗⃗ ℏ𝑘⃗⃗̇ = −𝑒(𝐸⃗⃗ + 𝑥⃗̇ × 𝐵⃗⃗) (2.15) (2.16) と表せ、これを用いて輸送を議論するのがボルツマン型の輸送理論である。ここでバンドを 複数持つような系を考えると、n 番目のバンドの波動関数から作られた波束の運動方程式に は付加的な項が加わり、
14 𝑥⃗̇ =1 ℏ 𝜕𝐸(𝑘⃗⃗) 𝜕𝑘⃗⃗ − 𝑘⃗⃗ ̇ × 𝐵⃗⃗𝑛(𝑘⃗⃗) (2.17) ℏ𝑘⃗⃗̇ = −𝑒(𝐸⃗⃗ + 𝑥⃗̇ × 𝐵⃗⃗) (2.18) となることが明らかになってきた。[25] [26]ここで新たに加わった項𝑘⃗⃗̇ × 𝐵⃗⃗𝑛(𝑘⃗⃗)は異常速度 と呼ばれる。ここに現れる量𝐵⃗⃗𝑛(𝑘⃗⃗)は Bloch 波動関数から𝐴⃗𝑛(𝑘⃗⃗) = 𝑖〈𝑛𝑘⃗⃗|∇ 𝑘 ⃗⃗|𝑛𝑘⃗⃗〉 , 𝐵⃗⃗𝑛(𝑘⃗⃗) = ∇𝑘⃗⃗× 𝐴⃗𝑛(𝑘⃗⃗)で定義され、これらの量はそれぞれベリー接続、ベリー曲率と呼ばれる。これは Bloch 波動関数の持つ幾何学的な構造を表す値である。この定義からわかるように、この量 は波動関数が波数𝑘⃗⃗の関数としてどのくらい早く変 化するかを表しているが、バンドが一 つしかない場合恒等的にゼロになる。もし複数のバンドがあると、今注目している n 番目 のバンドに他のバンドが近接したエネルギーを持つ点、すなわちバンド交差付近で大きく なる。 磁場が 0 の場合を考えると、この半古典的な運動方程式の異常速度の項𝑘⃗⃗̇× 𝐵⃗⃗𝑛(𝑘⃗⃗)にお いて𝑘⃗⃗̇ = −𝑒𝐸⃗⃗であるため、この項は電場に垂直な速度、すなわちホール効果を与える。スピ ン軌道相互作用を持つ系ではこの速度は一般的にスピン方向に依存し、時間反転対称性の ために逆向きスピンに対して逆向きの異常速度を与える。これはまさに純粋スピン流であ り、内因性スピンホール効果を表している。このベリー曲率𝐵⃗⃗𝑛(𝑘⃗⃗)は n 番目のバンドがほか のバンド(m 番目のバンド)と近接した波数(バンド交差)で大きく増大するが、この点がフェ ルミエネルギーから離れたところにあるとこの 2 つのバンドから来るスピンホール効果へ の寄与がほぼキャンセルされる。この点がフェルミエネルギーに近いときのみこれがキャ ンセルされず、大きなスピンホール効果を与える。図 2.2.2 に様々な場合のバンド交差を示 した。例えば(a)は典型的な場合であり、エネルギーが近接する点付近で 2 つのバンドの波 動関数の混成が大きくなるために、エネルギー分散が実際には縮退せず互いに反発するよ うな形になる。これ以外にも、(b)(c)のような場合もバンド交差に含まれる。またある場合 には(d)のようにバンド同士の縮退が残る場合もあり、ベリー曲率𝐵⃗⃗𝑛(𝑘⃗⃗)はこの縮退点に近づ くにつれて発散する[19]。
15 図2.4. さまざまなバンド交差の模式図 ・外因性スピンホール効果 外因性スピンホール効果を大別すると、サイドジャンプ[27][28]とスキュー散乱[27] [29] の 2 通りの寄与がある。不純物ポテンシャルの電子散乱問題としてとらえた時に、サイド ジャンプとは散乱の波数が変わらずに軌道のみが平行移動するような散乱過程であり、ス キュー散乱とは散乱前後で電子の運動方向(波数)が変わらないような散乱過程である。代表 的なファインマン図形はそれぞれ図2.5.(b)(サイドジャンプ)と図 2.5.(c)(スキュー散乱)であ る(内因性は図 2.5.(a))。この 2 つは通常共存しているが不純物への依存性が異なり、スピン ホール抵抗率𝜌𝑥𝑦𝑠 と通常の抵抗率𝜌𝑥𝑥との間には、サイドジャンプでは𝜌𝑥𝑦𝑠 ∝ (𝜌𝑥𝑥)2,スキュー 散乱では𝜌𝑥𝑦𝑠 ∝ 𝜌𝑥𝑥という依存性がある。内因性スピンホール効果は𝜌𝑥𝑦𝑠 ∝ (𝜌𝑥𝑥)2という依存 性であり、サイドジャンプと同様であるので、こうしたスケーリングでは一体となって扱わ
16 れているので、注意が必要である。 種々の半導体や金属で行われたスピンホール効果の実験について、外因性と内因性のど ちらが主要な役割を果たしているか議論が行われている。直観的には、スピン軌道相互作用 によるバンド分裂が不純物によるエネルギースケール(自己エネルギー)よりも大きいよう な比較的清浄な系では内因性が優勢になると考えらえれるが、それは一部誤りである。実際 には不純物の少ない非常に正常な資料においては再び外因性が支配的になることが知られ ている。こうした場合にはスキュー散乱が支配的になっており、𝜌𝑥𝑦𝑠 ∝ 𝜌𝑥𝑥であって、ホール 角𝜌𝑥𝑦𝑠 /𝜌𝑥𝑥はほぼ一定となる。種々の実験ではこのホール角は10-3ないしは10-4程度である が、金においては10-1と巨大になるという実験結果[18]もあり、この理論的な解釈はまだ課 題として残されている[19]。 図2.5. スピンホール伝導率の久保公式による計算に対応したファインマン図形 (a) 内因性、(b)サイドジャンプ、 (c)スキュー散乱。 点線は不純物散乱を表す。
17
2.3. 成膜、サンプル作製方法
2.3.1. スパッタリング法
われわれが薄膜作成に用いようとするのは中世原子や分子の放出(スパッタ)である。加速 されたイオンは固体に衝突するとき、表面近傍で電界放射された電子により中和され中性 となるが、運動量をそのまま保って固体に突入する。固体内部(表面近傍)では構成する原子 や分子と衝突しながら徐々にエネルギーを失い停止する。固体はこの粒子の突入により結 晶が損傷を受けるとともに結晶格子を構成する原子が相互に衝突を繰り返し、ついには鏡 面の原子や分子が外部に叩き出される。これをスパッタと呼ぶ[30]。 本研究では高周波マグネトロスパッタリング法を用いた。これは、ターゲット下部に永久 磁石を配置し、磁界によって電子のらせん運動を束縛し高密度プラズマを発生させてスパ ッタ法を行うことにより、従来より高速な成膜速度を実現するものである。[31] 本研究ではCo-スパッタにより同時に Pt および Cu をスパッタし、それぞれターゲット に別の電圧を加える同組成比のCuPt を作製できた。2.3.2. リソグラフィ
本研究ではフォトリソグラフィ、EB リソグラフィの 2 種類の手法を用いた。 ・フォトリソグラフィ サンプル上にスピンコーターなどを用い、レジストを均一に塗った後、フォトマスク(マス ク)と呼ばれる、目的幾何学模様が Cr などの金属薄膜で刻まれたガラスプレートを密着さ せ、その上から波長300nm 程度の紫外線を照射してレジストを感光させる方法である。マ スクに試料を完全に密着させる密着法では解像度~1μm を得られるが、基板表面のわずかな 傷も許されない場合はマスクと試料を 10~50μm 離して行う近接法が用いられ、解像度は 2~5μm になる。本研究ではポジティブレジストを使用した。 ・EB リソグラフィ 電子顕微鏡で原子を見ることができる。この時の解像力は、原子の大きさ程度である。原子 の大きさは、0.2nm 程度であるから, 0.2 nm くらいの解像度が期待される。これが電子ビ ームを、解像力の高いリソグラフ ィーに用いようとする発端であろう。制御も抜群で、つ いでに電子顕微鏡としてパターンを見ることもできる。さらに電子ビームが当ったところ が感光するのだからマスクは不要である。しかし, 0.2 nm を 1 万倍すると、2um である。 2um の線で野球場をスイープするのでは,いかに高速で制御抜群といっても時間がかかって18 しかたがない。この点が電子ビーム露光の改善を要する点であり、用途を限定している。本 研究では、ST-FMR 用サンプルの描画について利用した。
2.3.3. エッチング
基板上にフォトリソグラフィでレジスト部に超微細パターンを描いたら、次は目的の形 にサンプルを加工するエッチング作業に移る。本研究では等方的なウェットエッチングで はなく(異方性がないので微細加工に向かない)、ドライエッチングの一種である Ar ミリン グ法を用いた。これの原理はほぼスパッタ法とほぼ同じであるが、レジストで覆われていな い余分なパターン以外の部分を削るという意味でその使用目的が異なる。エッチングの大 まかな流れとしては、 ミリング→アセトンなどの有機溶剤でレジストをリフトオフするという形で作業が進んで いく。[3]2.3.4. 反射高速電子回折法(RHEED)
電子回折法の原理より自明であるが、表面からの電子戦による回折図形は二次元格子に よる逆格子ロッドとエワルド球の交点によって表すことが出来る。すなわち入射波の波数 ベクトルの原点を中心としたエワルド球の中心からその交点に向かう波数ベクトルの延長 上にあるスクリーン上に回折斑点が観測されるからである。これはすべての回折において 共通である。低速電子回折(LEED)と反射高速電子回折(RHEED)の違いはスクリーン の置かれている位置の違いによるものであり、基本的な考え方は同じである。 高速電子の定義はかなり曖昧であるが、一般に10keV 以上のエネルギーの電子を高速電 子と呼ぶ。低速電子の場合、結晶中における非弾性散乱の平均自由行程は数 nm であるた め、電子を結晶表面に垂直に入射させても、回折電子によって十分に表面の情報を得ること が出来る。これに対し、高速電子の結晶中の平均自由行程は数十nm 以上になる。このため 垂直入射ではバルクの情報が優勢になり、表面の情報がバルクに隠れて見えなくなる。これ を防ぐためRHEED では電子線を試料すれすれの低角で入射し、弾性散乱侵入深さを表面 から数nm の領域にすることで、表面構造に関する情報を効率的に得られる。試料表面を延 長した線とスクリーンの交点をシャドウエッジとよび、RHEED 図形はこの下に現れない。19 図2.6. RHEED における電子線、試料表面とスクリーン配置の模式図 また、RHEED をはじめとする電子線回折の手法を理解するのに必要なエワルド球につい て説明する。原子に存在する原子と原点からr だけ離れた位置に存在する原子が、互いに平 行な(hkl) 面上に存在し、しかも入射波と散乱波が(hkl) 面に対して鏡面の関係になるよう な場合を考える。この場合の入射波(波数ベクトル k)と散乱波(波数ベクトル k’)及び(hkl) 面 の関係を図で表すと図2.7.(b) となる。 図2.7. (hkl) 面における入射波(波数ベクトル k)と散乱波(波数ベクトル k’) すなわち、K(= k’-k) は(hkl) 面の逆格子ベクトル𝑔*ℎ𝑘𝑙(=ℎ𝒂∗+𝑘𝒃∗+𝑙𝒄∗)に平行になる。従っ
20 て、 𝑲 = 𝜂𝑔ℎ𝑘𝑙∗ (3.1) となる。ここで𝜂は定数である。 入射波ψsoと反射波ψsrの干渉を考えてみると ψso+ ψsr= 1 + exp(−2πiK ∙ r) = 1 + exp {−2πi η(hx + ky + lz)} (3.2) となる。式(3.2)が最大になるための十分条件は 𝜂(ℎ𝑥 + 𝑘𝑦 + 𝑙𝑧) = 𝑐𝑜𝑛𝑠𝑡. (3.3) であり、𝜂 = 1とおくと、 𝑲 = 𝑔ℎ𝑘𝑙∗ = ℎ𝒂 ∗ +𝑘𝒃 ∗ +𝑙𝒄 ∗) (3.4) となるので、この条件に沿って、逆格子の原点からk=|k|=1/λ の点を中心として球を描く とエワルド球が完成され、エワルド球上に乗っている逆格子点が式(3.2)において振幅が最 大になる点である。[32] 結晶電子顕微鏡学、坂公恭、内田老鶴圃(1997). RHEED では、入射された電子線は前の説明のようにエワルド球上で重ねあうため、結晶 性による回折パターンが得られる。(図 2.8.,2.9.))単結晶の場合は結晶表面の格子面方位が揃 っているためスポットが半円状に並んでいるパダーンが観測される。規則格子内で逆位相 境界が存在するときはストリークパターンが得られる。しかし、表面が多結晶状態の場合は 非常に暗いリング状が見られ、アモルファス状態の場合はぼやけたリング状が得られる。 [33][34][35] 図2.8. 真上、横から見た RHEED の模式図
21 図2.9 逆格子ロッドとエワルド球の交点、 スクリーン、電子線の関係を示した立体図
2.3.4. X 線回折法
X 線回折(XRD; X –ray diffraction) は結晶の構造を決める有力な方法である。X 線回折に はCu, Co, Mo などの K 系列の X 線が良く用いられる。Kα1 ,Kα2 の2 本の線は、波長が非 常に近接しているので普通 1 本とみなし、これを単に Kα と呼ぶ。Kα1と Kα2の強度比は 2:1 であるから、Kα の波長はこれらの加重平均で与えられる。 𝜆𝐾𝛼= 1 3(2𝜆𝐾𝛼1+ 𝜆𝐾𝛼2) (3.5) 本研究ではCuKα を用いており、その波長は𝜆Kα=1.543 Å (𝜆Kα1 =1.544 Å,𝜆Kα2=1.541 Å) と なる[35]。 この X 線を結晶にあてると、結晶中の各原子から回折現象が起こる。原子が結晶中に規則 正しい配列をしていれば、角度𝜃 で入射した波長 λ の波は、各原子から反射され結晶から 出てくる。隣り合う面からの光路差が波長 λ の整数倍の時、反射波が強めあう。この条件 は面間隔を d とおくと 2𝑑sin𝜃 = 𝑛𝜆 (3.6) の関係であることがすぐ導かれる。これをブラッグの条件と呼び、この時の反射をブラッグ 反射という。X 線を特定しておくと λ は一定であるので𝜃を変えながら測定をすると、この 条件を満たす反射波が観測され、d を求められる。 またこの時の X 線強度は様々な因子に影響され、その因子としてローレンツ因子(Lorentz factor)、吸収因子(Absorption factor)、面の多重度(Multiplicity factor)、結晶構造因子(Structure factor)などが挙げられる。単結晶の場合回折 X 線の強度は動力学理論(Dynamical theory)によ22 ると結晶構造因子ないしそれの2 乗に比例するという。その式は結晶の完全性、寸法、結晶 の表面と回折格子面の角度などによって異なる[38]
2.4.1. 強磁性共鳴法(ST-FMR)
典型的な強磁性体は鉄などの金属やパーマロイなどの合金である.しかし、強磁性共鳴法で 現在までにとりあげられてきたのは絶縁物であるフェライトやガーネットの類が多い。そ れはフェライトの類は,金属強 磁性体に比べて多様で興味深いからであり,また金属 強磁 性体のような高い電気伝導度による測定の困難が ないので、強磁性体における共鳴現象を より本質的に 取り扱えるからである。 a. 測定対象としての強磁性体 強磁性共鳴法の測定対象は常磁性共鳴法のそれとよく似ている.ただ常磁性共鳴法では試 料である常磁性体に磁界を加えたときに磁界に比例して現れる小さな磁気モーメントの運 動を観測する。それに対して強磁性共鳴法の対象は,強磁性体の大きな交換相互作用で揃っ ている(磁界を加えなくても現れている)大 きな巨視的磁気モーメントのそれを観測する。 したがって、電子スピンのジャイロ 磁気比 gc/2mc を γ とすれば、強磁性体の巨視的磁気 モーメント M(電子スピンの磁気モーメントの集計)の運動は,磁界 H で d𝐌 dt = −𝛾𝑴 × 𝑯 (3.7) と表せる。 ここで対象は強磁性体であるから, 磁界 H として は常磁性体の場合の磁界に, 強磁性体 の特徴の一つで ある反磁界効果を,あるいはその異方性エネルギーの 効果を含めた実効 的反磁界効果を加えればよい。ふつう異方性エネルギーとしては一軸性のそれと立方対称 性のそれが取り扱われ、それぞれ Ea= K1sin2𝜃 + K2sin4𝜃 Ea= 𝐾1(𝛼12𝛼22+𝛼22𝛼32+𝛼32𝛼12) + K2(𝛼12+ 𝛼23+ 𝛼32) (3.18) と表せる。 磁化 M が(100)面内を運動するとき,反磁界係数に異方性の効果を組み込んだ実効的反磁 界係数を用いれば、 Nx= 𝑁𝑥+ ( 2𝐾1 𝜇𝑀2 ) × 𝑐𝑜𝑠4𝜃 (3.8)23 𝑁𝑦= 𝑁𝑦+ ( 𝐾1 2𝜇0𝑀2 ) × (3 + 𝑐𝑜𝑠4𝜃) + ( 𝐾2 2𝜇0𝑀2 ) 𝑠𝑖𝑛2𝜃 𝑁𝑧= 𝑁𝑧 2𝐾1 𝜇𝑀2 と表せる。 また、(100)面内の時は、 Nx= 𝑁𝑥+ ( 𝐾1 𝜇0𝑀2 ) × (2 − sin2𝜃 − 3 sin2𝜃) + ⋯ 𝑁𝑦= 𝑁𝑦+ ( 2𝐾1 𝜇0𝑀2 ) × (1 + 2 sin2𝜃) − ( 𝐾2 2𝜇0𝑀2
) sin2𝜃 cos2𝜃 × (2 + 3 sin2𝜃)
𝑁𝑧= 𝑁𝑍 となる。これらを用いれば、磁気異方性は反磁界係数の形に組み込むことができる。 𝐻𝑧= 𝐻0− 𝑁𝑍𝑀𝑧 𝜇0 𝐻𝑥= − 𝑁𝑥𝑀𝑥 𝜇0 𝐻𝑦= − 𝑁𝑦𝑀𝑦 𝜇0 と書けるので、磁気モーメントのxyz 成分の時間変化は 𝑑𝑀𝑥 𝑑𝑡 = −𝛾𝑀𝑦( 𝐻0− 𝑁𝑧𝑀𝑧 𝜇0 ) + 𝛾𝑀𝑧( 𝑁𝑦𝑀𝑦 𝜇0 ) 𝑑𝑀𝑦 𝑑𝑡 = −𝛾𝑀𝑧( 𝑁𝑥𝑀𝑥 𝜇0 ) + 𝛾𝑀𝑥( 𝐻0− 𝑁𝑧𝑀𝑧 𝜇0 ) 𝑑𝑀𝑧 𝑑𝑡 = −𝛾𝑀𝑥( 𝑁𝑦𝑀𝑦 𝜇0 ) + 𝛾𝑀𝑦( 𝑁𝑥𝑀𝑥 𝜇0 ) と表せる。この連立方程式は、 𝜔 𝛾 = [{𝐻0+ (𝑁𝑥− 𝑁𝑧)𝑀 𝜇0 } × {𝐻0+ (𝑁𝑦− 𝑁𝑧)𝑀 𝜇0 }] 1 2 (3.9) のとき共鳴解をもつ。この式を強磁性共鳴のKittel の式と呼ぶ。[39]
24
2.5.
スピンホール効果トンネル分光法(SHT)デバイス
3.5.1. SHT のデバイス作製
2章で述べたスパッタリング法や電子線露光装置、Ar イオンミリング等を用いてデバイ ス作製を行った。ここでは重要な点に絞って示す。 図2.9. スタック構造 フルスタック構造をスパッタリング法を用いて成膜した。条件が全て室温であるが、 CoFeB の成膜については RF ではなく DC スパッタリングお用いた点を強調しておく。 図2.10.に示す様に RF スパッタリングでは CoFeB の組成が大きくずれてしまうのを防ぐ ためである。 図2.10. CoFeB の RF と DC スパッタリングの組成比比較25 次に微細加工の概略に関して示す。
1.EB マーク作製 (EBL, milling, SP) 2. ピラー作製 (EBL, milling, SP)
3. 下部電極切り出し (EBL, milling, SP)
4. コンタクトホール形成(EBL, milling)
EPD:MgO for milling time t1 determination
w/o EPD
Milling time t1
w/o EPD
26 5. 上部電極形成(EBL, milling, SP) 加えて終端検出装置の測定結果を示す。 フルスタック構造のMgO を削りきる時間を t1 として扱う。 図2.11. ミリング中に EPD(終端検出装置)を用いた組成分析結果 以下に作製したデバイスのtop view 顕微鏡写真を示す。
27 図2.12. 作製したデバイス
の顕微鏡写真
2.6.
ST-FMR のデバイス作製
本研究で用いたセットアップを図2.13.に示す。 図2.13. 作製したデバイスの顕微鏡写真
サンプル構造はsubstrate/Pt(0.5)/CuPt(6)/Py(t)/AlO(2)とした。()中単位は全て nm である。 最表面層の酸化物層はサンプルの酸化防止のために積層した。構造上、GSG 端子に RF を 流すことで強磁性共鳴による抵抗変化を観察できるようになっている。以下に本研究のサ ンプル作成に用いた条件を詳細に記す。 (1) スパッタでの成膜 ① L11CuPt 作製の最適条件につい て まず、Pt の原子サイズと Cu の 原子サイズが違うことから、単純 なスパッタのレート比が等しい CuPt を積層したサンプル A と Cu の原子サイズ、Pt の原子サイ ズを考慮してFCC モデルでパッ キングされていった場合に組成 比 が 1:1 になるレートを用い CuPt を積層したサンプル B(各 サンプル A,B はそれぞれレート 以外の条件は等しく成膜した)に 対し、異なる条件の複数のサンプ ルに対しXRD 測定を行った。結 果、いずれも単純なレート比が等28 しい条件で積層したサンプル A のほうがより強い超格子由来の 回折ピークが得られた。よって、 本研究で用いたスパッタ法では、 単純にレート比を等しくした方 がよりクオリティの高い CuPt が得られることが期待できる。具 体的な成膜条件としては、 Ar 流量 15 SCCM スパッタ圧 0.4 Pa RF1 Pt 63W RF2 Cu55W (Co-スパッタ) T-S 位置 150 基板温度 RT-600℃ 成長レート 123 秒で 8nm ② Co の成膜条件 Ar 流量 10 SCCM スパッタ圧 0.2Pa RF1 Co 60W T-S 位置 100 基板温度 RT 成長レート 10.6 秒で 0.6nm ③ AlO の成膜条件 Ar 流量 10 SCCM スパッタ圧 0.22Pa RF1 AlO 50W T-S 位置 100 基板温度 RT 成長レート 300 秒で 4nm ④ Py の成膜条件 Ar 流量 15 SCCM スパッタ圧 0.8Pa RF1 Py180W T-S 位置 100 基板温度 RT 成長レート 3600 秒で 16.9nm ⑤ スパッタ時の注意事項 ・低い出力だとターゲットから プラズマが発生しないことがあ るので、そのような場合ターゲッ トの原子をたたき出すため高い 出力でプラズマを安定させ、そこ から目的の出力に下げる操作が 有効である。 (2) ホールバーの作製 ホールバーのマスクを用いる。
①基板洗浄(Organic cleaning ; Ethanol,N2 dry)
29 ③ベーク(hot plate 115 ℃, 90 sec)
④露光(8.7sec)
⑤現像(45 sec developer & water cleaning, N2 dry) ⑥Ar milling (Process Recipe:Bottom(3), 1min)
⑦Lift off (Acetone, at 60℃ for 10min, in ultrasonic 2-3sec & washing with alcohol andN2
dry)
(3) 電極パッドの作製
電極のマスクを用いる。
①基板洗浄(Organic cleaning ; Ethanol,N2 dry)
②レジスト塗布(2 drops for 1cm×1cm substrate, spin coater 4000 rpm, 60sec) ③ベーク(hot plate 115 ℃, 90 sec)
④露光(25sec)
⑤現像(60 sec developer & water cleaning, N2 dry) ⑥Ti,Au蒸着(Ti30nm,Au70nm)
⑦Lift off (Acetone, at 60℃ for 10min, in ultrasonic 2-3sec & washing with alcohol andN2
dry)
(4) ST-FMR 用のサンプル作製
ST-FMR 用、GSG の EB データを使う。 ①レジスト塗布、ベーキング ②グローバルマークEB 描画→現像 ③ Ti/Au 蒸着 ④リフトオフ→レジスト塗布、ベーキング ⑤細線 EB 描画→現像 ⑥ミリング→リフトオフ ⑦レジスト塗布、ベーキング ⑧電極 EB 描画→現像 ⑨ Ti/Au 蒸着後、リフトオフ ・レジストはMAN、90℃で 90s のベーキングを行う。 ・Ti/Au は 5/100nm 程度積層。30 ・リフトオフ時、超音波洗浄では20min 以上洗浄しないとなかなか金がとれない。 ・現像には酢酸ペンチルを用いる。現像時間は、グローバルマーク120s、ホールバー 45s、電極 120s とした。その後水で洗い、窒素ブローをして水気を飛ばす。 ・リフトオフにはNN ジメチルエチルを用いる。アセトンではリフトオフが経験上上 手くいかない。その後、エタノールで洗浄、窒素ブロー
2.6. 参考文献
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[10] S.Takahashi and S. Maekawa, Phys.Rev.Lett., 88, 116601, (2002)
[11] 高橋三郎、前川禎通、スピンエレクトロニクスの基礎と最前線、猪俣浩一郎監修、シー エムシー出版、東京、pp,2 (2004)
[12] S.Takahashi, H. Iwamura, and S.Maekawa, Chapter 8 in Concept in Spin Electronics, edited by S. Maekawa (Oxford Univ Press 2006)
[13] S.Takahashi and S.Maekawa, Physica C, 309, 437-438 (2006)
[14] S.Takahashi and S.Maekawa, Sci. Technol. Adv. Mater., 9, 014105(2008) [15] S.O.Valenzuela and M.Tinkham, Nature, 442, 176(2006)
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[19] スピントロニクスの基礎と材料、応用技術の最前線、監修 高梨弘毅、シーエムシー 出版(2009)
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31
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[25] E. I. Blount, Solid State Physics p.305. (ed. F. Seitz and D. Turnbull, Academic Press, New York, 1962)
[26] G. Sundaram and Q. Niu, Phys. Rev. B, 59, 14195 (1999)
[27]H-A. Engel, B. I. Halperin and E. I. Rashba, Phys. Rev. Lett., 100, 096401 (2008) [28] L. Berger, phys. Rev. B , 2, 4559 (1970)
[29] R. Karplus and J. M. Luttinger, Phys. Rev., 95, 1154 (1955) [30]薄膜作成の基礎 第 4 版、麻蒔立男、日刊工業新聞社(2005) [31]スピントロニクス-基礎編- 、井上順一郎、共立出版(2010) [32]超微細加工の基礎、電子デバイスプロセスの技術、第 2 版、麻蒔立男、日刊工業新聞社 (2004) [33] 結晶電子顕微鏡学、坂公恭、内田老鶴圃(1997) [34]https://www.wmi.badw.de/methods/leed_rheed.htm [35] Jürgen Klein, PhD Thesis, University of Cologne (2001) [36] Jeongchun Ryu, Master thesis, Tohoku university(2014) [37] J.Kim, et al., Nat. Mater.,12, 240–245, (2013)
[38]固体物理学、岡崎誠、衰華房(2010)。 [39]磁気工学ハンドブック、 川西健次、 朝倉書店
32
第3章 スピンホール効果トンネル分光法による
Pt のスピ
ンホール角評価
3.1. 序論
3 章ではスピンホール効果トンネル分光法(SHT)[1]を用いた Pt のスピンホール角とそ の温度依存性に関して述べる。まずは従来広く行われているスピンホール角評価手法を述 べそれらと比較して本SHT 法の利点を述べる。またそれらの手法と比較するためにはスピ ンホール角のメカニズムに関しても考慮する必要があるのでそれらについても言及する。3.1.1. 背景
スピンホール角を評価するための手法は様々存在するが、代表的な手法をいくつか述べ る。具体的には非局所配置法、スピントルク強磁性共鳴法である。 ・非局所配置法 非局所配置法は、強磁性体で生じたスピン偏極電流を細線を用いて輸送し、測定したい非 磁性金属に注入して逆スピンホール効果により生じた電位差を検出する手法である。 図3.1. 非局所スピンバルブのデバイス概略図 非局所配置法のデバイス構造の概略を図3.1.に示す。面内磁場を印加することにより強磁 性体内のスピンを偏極させ、強磁性体と接している細線間に電流を流すことにより、強磁性 体のスピン偏極電流を細線に注入する。細線に注入されたスピン偏極電流は、スピンホール 角を評価したい非磁性金属に注入され、そこで逆スピンホール効果により電位差が生じ、そ れを検出する。強磁性体には、Py が広く用いられているまた、非磁性金属細線にはスピン 起動相互作用の弱い=スピン緩和長の長いAg や Cu が広く用いられている。33 図3.2. 非局所スピンバルブの測定結果[10] 図3.2.に示しているのは、代表的なスピンバルブデバイスとその測定例である。 (a)、(c)は、スピンバルブデバイスの SEM 像である。両端に Py の強磁性電極がありその 間にPt の細線が位置しており Cu の細線が横断している。(b)は(a)の回路及び磁場方向で測 定した結果である。実線が磁場を増加させた場合で点線が磁場を減少させた場合の結果で ある。また、赤がPt 細線無しの場合で青が細線ありの場合である。この場合は赤が参照用 で青の増減変化がPt のスピン吸収シグナルである。(d)は(c)の測定回路及び磁場方向で測定 した逆スピンホールシグナルの結果である。磁場を強くするほどスピン分極電流が多く流 れ、逆スピンホール効果のシグナルが強くなっている描像が表れている。得られた逆スピン ホールシグナル強度は(d)に示されている通りである。 図3.2.(a)に示す様にスピン偏極電流が片方の Py 電極から注入された時、Py/Cu 界面に スピン蓄積が形成される。このスピン蓄積はCu 細線の両端方向に向かって拡散し、別の Py 電極側で純スピン流が電位差として検出される。この電位差を注入した印加電流を用いて 規格化し非局所抵抗値RNLとして定義した。この値は、磁場の掃引により2つのPy 電極の 磁場方向が平行・反平行に遷移した際に符号が変化する。非局所抵抗値 RNLが正から負の 値に遷移した時の変化幅をΔRNLと定義する。∆𝑅NLrefについてはPt 細線なしで測定し、そこ にPt 細線を挿入すると、一部のスピン流が Cu 細線を通り、Pt に注入される。その時の非 局所抵抗値RNL変化幅を∆𝑅NLabsと定義する。値は当然Pt に注入された分小さい値を示して
34 いる。Pt のスピン緩和長はこれらの値から1次元の界面透過型ドリフト拡散モデルを用い て評価することが可能になる。 図(c)で行われた逆スピンホール測定により得られた、シグナル強度2∆𝑅𝐼𝑆𝐻𝐸を用いてスピ ンホール伝導率を評価することが可能となっている。 ・問題点 スピンバルブデバイスを用いたスピンホール伝導率の評価手法の概略は既に示した通り であるが、デバイス構造上の問題点がいくつか存在する。一つは細線を用いてスピン偏極電 流を輸送している点である。Cu という非常にスピン緩和長の長い材料を用いているがある 一定のスピン緩和は避けられず、完全にスピン偏極電流を輸送できていない可能性がある。 また、Cu は銅線にも用いられている通り、非常に電気抵抗率が小さいが、Pt と Cu の界面 で一部バックフローが生じPt に注入されたスピン流の一部が Cu の戻り、逆スピンホール シグナルに影響を与える可能性がある。この問題については実際に理論計算によるアプロ ーチが行われておりバックフローに関する指摘がある。 図3.2. 非局所スピンバルブデバイスにおける[26] ・スピントルク強磁性共鳴法(ST-FMR) ST-FMR 法の詳細については2章で既に述べているので省略するが、これを含む多くの スピンホール角評価デバイスにおいて金属/強磁性体界面を有するデバイス構造となってお り、磁気的な近接効果がスピンホール角評価に影響を与える可能性がある。また、磁気的近 接効果が温度に依存して変化するという報告もされており温度依存性に影響をもたらす可 能性もある。
3.1.2. SHT の原理
トンネル分光は広く電子構造の研究に用いられている方法の一つである。従来のトンネ ル分光測定は、電子の状態密度やバンドギャップの様な材料定数を抜き出すために、縦方向 のトンネル電流を測定する。[2] この手法において、横方向の電流あるいはスピン分極したトンネリングキャリアにより 生成される電圧を測定することにより、スピン軌道相互作用(spin-orbit interaction: SOI)、 特にスピンホール効果(spin Hall effect, SHE)に関連した輸送特性を調べることができる。35 さらに加えて、ホットエレクトロンに起因するSHE シグナルを、有限バイアス電圧を印加 することにより測定できる。ここで、ホットエレクトロンは、電離衝突により生じる、電界 により加速された、運動エネルギーが高い状態になった電子を指す。 図3.3 サンプルの素子構造の概念図 スピン分極した電流を非磁性金属(normal metal: NM)に注入するために、図 3.3.に示す様 な、非磁性金属/酸化物/強磁性体(ferromagnetic material: FM)のスタック構造の素子を用 いた。リード1-3 の間に電流を印加し、2-4 間に生じる電圧を測定する。逆スピンホール効 果(inverse SHE: I-SHE) のために、スピン角運動量
、注入されたスピン電流密度j
s、生 成したチャージ電流密度j
cは以下の関係を満たす。[3]~
c sj
s j
それゆえ、面内x
方向に向いたスピンが非磁性体にz
軸方向に沿って注入された時に、横方 向の電圧がy
方向に生じることが予想される。図3.3. 直流バイアスを印加しない時に、図 2.1 に示す素子構造において ISHE 電圧は以下の式の 図3.4 SH metal 中での横方向電圧生成の概念図[1]36 様に表せる。[4,5,6] sf 2,4 SH s sf
tanh
2
b
t
V
j a
w
t
(3.1) ここで、
は、SH metal の抵抗率、
SHはスピンホール角であり、スピン流密度に対して 直行する電流値の比で定義される。そしてj
s
Pj
inはスピン電流密度を表し、P
はスピン 分極を、j
inは注入されたチャージ電流密度を表している。a b w t
, , ,
はそれぞれ図 3.3.にお ける寸法を示している。Shunting factors である、b
w
と、 sf sftanh
2
t
t
の項は、逆 スピンホール効果は、トンネルバリアの直下でのみ生じ、
sfの膜厚を越すと消失し、一方 でチャージ電流の流れは厚さt
で幅w
のチャネル断面全体を流れている、ということを考慮 している。 ここで、
1,3 inI
j
ab
とすると、横方向抵抗において、以下の関係が導かれる。 2,4 SH sf 1,3 sftanh
2
dV
P
t
dI
e
t
(3.2)3.1.3 ドリフトスピン流と拡散スピン流
(3.2)式において、横方向の逆スピンホール抵抗に関する式の導出に、[4,11]の結果を用 いた。この2 つの論文は、拡散スピン流のみ考慮されている、なぜなら、非局所スピンバル ブを用いており、正味のチャージ電流は存在しない領域を対象としているためだ。これは 我々のサンプル配置とトンネルバリア下の非磁性体に電場が存在しているという点で異な っており、その電場はドリフト電流を発生させる。それ故電場(ドリフト項)による寄与と、 密度勾配(拡散項)による寄与の両方を考慮する必要がある。以下にほとんどの金属系にお いて拡散によるスピン流が支配的で、ドリフトスピン流は無視できる。それ故本文中 1 式 は保持される。 一般的なドリフトー拡散問題から始めてスピン流を以下の様に示した。 s dj
ev
n eD
n
z
ここで、 et d *e
v
E
m
は、電子の有効質量 *m
におけるドリフト速度 でありD
は拡散係数、
n
n
n
は非平衡時のスピン密度を表す。[7] 第一項はドリフトスピン流であり第2 項は拡散スピン流に対応している。3 次元系におい37 て拡散係数
D
は1
et F3
D
v
の形をとる。[8] 前項で示した通り、
atは弾性平均自由工程を、v
Fはフェルミ速度を示している。[4]によ ると、ドリフト項の欠如しており、非平衡スピン電流密度は
sf sf0
exp
exp
n
z
z
n z
A
B
A
B
(3.3) ここで、
n z
における第二項は逆流電流が存在するために有限の膜厚に起因する項であ る。 ここで、膜厚がスピン拡散長より極めて大きいと仮定すると、つまりz
の時、 境 界 条 件 は
n z
0
隣B
0
を 要 求 す る 。 よ っ て 、
n z
は 簡 略 化 で き 、
sf0 exp
z
n z
n
と表せる。ここで、自己無どう着アプローチを用いて、すなわ ちまず拡散モデルにおいて得られた解は、ドリフトと拡散の両方が存在する場合にも適用 でき、そして2 つの項を比較することにより拡散項が支配的であることを示した。
n z
をj
sに置き換えることにより、我々は s d et F sf1
1
3
j
ev
n
e
v
n
それ故ドリフトスピン流 を拡散スピン流の比は次のように表せる。 drif s d sf diff s F et3
j
d
j
v
周知の通り、ほとんどの非磁性金 属において現実的な電場においては、フェルミ速度はドリフト速度より最低でも6~7桁 大きな値をとる。一方で、
sfと
atの比は大きくても約1000 で程度(Ta や Pt サンプルに おいてこの比は大よそ1 程度)である。それ故 drif diff s sj
j
が示された。 非磁性金属中のスピン流は拡散の寄与に起因するために、スピンホールシグナルは非磁 性金属中の電場分布に対して影響されないと結論付けることが出来る。これは、スピンホー ルシグナルは図3.2 の電極 3 の位置に対して独立していることと同義である。そして電極 3 が、電極2、4と同一平面上にあるかどうかは関係ない、なぜなら、チャージ電流はトンネ ル接合下で部分的に横に流れる、あるいは膜平面に対して完全に垂直にチャージ電流が流 れるようにトンネル接合の直下に位置しているためだ。3.1.4. 測定法
図3.5.に横抵抗の測定手法を示す。38 図3.5. 測定回路図[1] 微細加工のアラインメント精度の不完全さのために、逆スピンホール効果シグナルの頂 点において、寄生電圧が存在しており、抵抗ブリッジにより補完している。その幾何学的な 描像のために、磁場に対して一定値の寄生抵抗が存在している。そして、スピンホール抵抗 は全てのデバイスにおいてそれらの符号や度合いに関係なく観測された。
3.2. 観測されたシグナルに対してその他の潜在的な効果の排除
ここで、CoFeB 強磁性層の磁気輸送効果を含むスピンホール効果以外にシグナルに寄与し 得る効果の排除について考察を行う。3.2.1. 熱的効果
測定されたシグナルにおける、スピンゼーベック効果[13]等の熱的に起因する可能性があ る効果の排除のために、 AC 印加電流の強度を約 5 倍までに変化させ、電流値と横方向電圧の間に線形関係が確認さ れた。結果を図3.6.に示す。39 図3.6 逆スピンホール電圧の交流電流依存性と線形近似[1] これはスピンホール効果と一致し、一方で、生成されたシグナルが電流値の自乗の関数で変 化することが期待される熱的な効果と矛盾する。加えて、交流電流を用いているためにもし シグナルが電流値の自乗に依存して変化したとしても、シグナルの周波数がドライビング 電流の 2 倍になる。セカンドハーモニック測定を行った実験の分解能においてはシグナル が観測されなかった。 スピンホール効果の起源はダイレクトとインバーススピンホール効果の両方の配置で同 程度の強度のシグナルを得られた事実によっても支持される。2 つの配置において、チャー ジ電流の流れは全く違う経路をとる。インバーススピンホール効果の配置においては高抵 抗のトンネルバリアを横断する一方で、ダイレクトスピンホール効果の場合は非磁性体層 の下部電極にのみ電流経路が存在する。それ故、もし熱的な効果の寄与があれば、2 つの測 定で熱勾配の大きな変化があり、シグナルは大きく異なるはずであるが、実験結果はそれを 否定するものである。 電流印加時においてトンネル接合における温度上昇のラフな見積りを行った。最大の昇 温効果は、直流バイアス印加時に発生する。図 1 にと最大約 0.1mA 程度の電流を印加し、 電流密度を換算すると、デバイス面積が4×4μm2であるとすると 2 c