第 3 章 スピンホール効果トンネル分光法による Pt のスピンホール角評価
3.1. 序論
3章ではスピンホール効果トンネル分光法(SHT)[1]を用いたPtのスピンホール角とそ の温度依存性に関して述べる。まずは従来広く行われているスピンホール角評価手法を述 べそれらと比較して本SHT法の利点を述べる。またそれらの手法と比較するためにはスピ ンホール角のメカニズムに関しても考慮する必要があるのでそれらについても言及する。
3.1.1. 背景
スピンホール角を評価するための手法は様々存在するが、代表的な手法をいくつか述べ る。具体的には非局所配置法、スピントルク強磁性共鳴法である。
・非局所配置法
非局所配置法は、強磁性体で生じたスピン偏極電流を細線を用いて輸送し、測定したい非 磁性金属に注入して逆スピンホール効果により生じた電位差を検出する手法である。
図3.1. 非局所スピンバルブのデバイス概略図
非局所配置法のデバイス構造の概略を図3.1.に示す。面内磁場を印加することにより強磁 性体内のスピンを偏極させ、強磁性体と接している細線間に電流を流すことにより、強磁性 体のスピン偏極電流を細線に注入する。細線に注入されたスピン偏極電流は、スピンホール 角を評価したい非磁性金属に注入され、そこで逆スピンホール効果により電位差が生じ、そ れを検出する。強磁性体には、Pyが広く用いられているまた、非磁性金属細線にはスピン 起動相互作用の弱い=スピン緩和長の長いAgやCuが広く用いられている。
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図3.2. 非局所スピンバルブの測定結果[10]
図3.2.に示しているのは、代表的なスピンバルブデバイスとその測定例である。
(a)、(c)は、スピンバルブデバイスのSEM像である。両端にPyの強磁性電極がありその
間にPtの細線が位置しておりCuの細線が横断している。(b)は(a)の回路及び磁場方向で測 定した結果である。実線が磁場を増加させた場合で点線が磁場を減少させた場合の結果で ある。また、赤がPt細線無しの場合で青が細線ありの場合である。この場合は赤が参照用 で青の増減変化がPtのスピン吸収シグナルである。(d)は(c)の測定回路及び磁場方向で測定 した逆スピンホールシグナルの結果である。磁場を強くするほどスピン分極電流が多く流 れ、逆スピンホール効果のシグナルが強くなっている描像が表れている。得られた逆スピン ホールシグナル強度は(d)に示されている通りである。
図3.2.(a)に示す様にスピン偏極電流が片方の Py 電極から注入された時、Py/Cu 界面に
スピン蓄積が形成される。このスピン蓄積はCu細線の両端方向に向かって拡散し、別のPy 電極側で純スピン流が電位差として検出される。この電位差を注入した印加電流を用いて 規格化し非局所抵抗値RNLとして定義した。この値は、磁場の掃引により2つのPy電極の 磁場方向が平行・反平行に遷移した際に符号が変化する。非局所抵抗値 RNLが正から負の 値に遷移した時の変化幅をΔRNLと定義する。∆𝑅NLrefについてはPt細線なしで測定し、そこ にPt細線を挿入すると、一部のスピン流がCu細線を通り、Ptに注入される。その時の非 局所抵抗値RNL変化幅を∆𝑅NLabsと定義する。値は当然Ptに注入された分小さい値を示して
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いる。Pt のスピン緩和長はこれらの値から1次元の界面透過型ドリフト拡散モデルを用い て評価することが可能になる。
図(c)で行われた逆スピンホール測定により得られた、シグナル強度2∆𝑅𝐼𝑆𝐻𝐸を用いてスピ ンホール伝導率を評価することが可能となっている。
・問題点
スピンバルブデバイスを用いたスピンホール伝導率の評価手法の概略は既に示した通り であるが、デバイス構造上の問題点がいくつか存在する。一つは細線を用いてスピン偏極電 流を輸送している点である。Cuという非常にスピン緩和長の長い材料を用いているがある 一定のスピン緩和は避けられず、完全にスピン偏極電流を輸送できていない可能性がある。
また、Cuは銅線にも用いられている通り、非常に電気抵抗率が小さいが、PtとCuの界面 で一部バックフローが生じPtに注入されたスピン流の一部がCuの戻り、逆スピンホール シグナルに影響を与える可能性がある。この問題については実際に理論計算によるアプロ ーチが行われておりバックフローに関する指摘がある。
図3.2. 非局所スピンバルブデバイスにおける[26]
・スピントルク強磁性共鳴法(ST-FMR)
ST-FMR 法の詳細については2章で既に述べているので省略するが、これを含む多くの
スピンホール角評価デバイスにおいて金属/強磁性体界面を有するデバイス構造となってお り、磁気的な近接効果がスピンホール角評価に影響を与える可能性がある。また、磁気的近 接効果が温度に依存して変化するという報告もされており温度依存性に影響をもたらす可 能性もある。
3.1.2. SHT の原理
トンネル分光は広く電子構造の研究に用いられている方法の一つである。従来のトンネ ル分光測定は、電子の状態密度やバンドギャップの様な材料定数を抜き出すために、縦方向 のトンネル電流を測定する。[2]
この手法において、横方向の電流あるいはスピン分極したトンネリングキャリアにより 生成される電圧を測定することにより、スピン軌道相互作用(spin-orbit interaction: SOI)、 特にスピンホール効果(spin Hall effect, SHE)に関連した輸送特性を調べることができる。
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さらに加えて、ホットエレクトロンに起因するSHEシグナルを、有限バイアス電圧を印加 することにより測定できる。ここで、ホットエレクトロンは、電離衝突により生じる、電界 により加速された、運動エネルギーが高い状態になった電子を指す。
図3.3 サンプルの素子構造の概念図
スピン分極した電流を非磁性金属(normal metal: NM)に注入するために、図3.3.に示す様 な、非磁性金属/酸化物/強磁性体(ferromagnetic material: FM)のスタック構造の素子を用 いた。リード1-3の間に電流を印加し、2-4間に生じる電圧を測定する。逆スピンホール効 果(inverse SHE: I-SHE) のために、スピン角運動量
、注入されたスピン電流密度j
s、生成したチャージ電流密度
j
cは以下の関係を満たす。[3]~
c s
j s j
それゆえ、面内
x
方向に向いたスピンが非磁性体にz軸方向に沿って注入された時に、横方 向の電圧がy方向に生じることが予想される。図3.3.直流バイアスを印加しない時に、図 2.1 に示す素子構造において ISHE 電圧は以下の式の
図3.4 SH metal中での横方向電圧生成の概念図[1]
36 様に表せる。[4,5,6]
sf
2,4 SH s
sf
tanh 2
b t
V j a
w t
(3.1)
ここで、
は、SH metalの抵抗率、
SHはスピンホール角であり、スピン流密度に対して 直行する電流値の比で定義される。そしてj
s Pj
inはスピン電流密度を表し、Pはスピン 分極を、j
inは注入されたチャージ電流密度を表している。a b w t, , , はそれぞれ図 3.3.における寸法を示している。Shunting factorsである、 b w
と、
sf
sf
tanh 2 t t
の項は、逆 スピンホール効果は、トンネルバリアの直下でのみ生じ、
sfの膜厚を越すと消失し、一方 でチャージ電流の流れは厚さt
で幅w
のチャネル断面全体を流れている、ということを考慮 している。ここで、 in
1,3j I
ab
とすると、横方向抵抗において、以下の関係が導かれる。2,4 SH sf
1,3 sf
tanh 2
dV P t
dI e t
(3.2)
3.1.3 ドリフトスピン流と拡散スピン流
(3.2)式において、横方向の逆スピンホール抵抗に関する式の導出に、[4,11]の結果を用 いた。この2つの論文は、拡散スピン流のみ考慮されている、なぜなら、非局所スピンバル ブを用いており、正味のチャージ電流は存在しない領域を対象としているためだ。これは 我々のサンプル配置とトンネルバリア下の非磁性体に電場が存在しているという点で異な っており、その電場はドリフト電流を発生させる。それ故電場(ドリフト項)による寄与と、
密度勾配(拡散項)による寄与の両方を考慮する必要がある。以下にほとんどの金属系にお いて拡散によるスピン流が支配的で、ドリフトスピン流は無視できる。それ故本文中 1 式 は保持される。
一般的なドリフトー拡散問題から始めてスピン流を以下の様に示した。
s d
j ev n eD n
z
ここで、
et
d *
v e E
m
は、電子の有効質量m*におけるドリフト速度でありDは拡散係数、
nnnは非平衡時のスピン密度を表す。[7]第一項はドリフトスピン流であり第2項は拡散スピン流に対応している。3次元系におい
37 て拡散係数Dは 1 et F
D3
v の形をとる。[8]前項で示した通り、
atは弾性平均自由工程を、v
Fはフェルミ速度を示している。[4]によ ると、ドリフト項の欠如しており、非平衡スピン電流密度は
sf sf
0 exp exp
n z z
n z A B
A B
(3.3)
ここで、
n z
における第二項は逆流電流が存在するために有限の膜厚に起因する項であ る。 ここで、膜厚がスピン拡散長より極めて大きいと仮定すると、つまりz
の時、境 界 条 件 は
n z 0
隣B 0
を 要 求 す る 。 よ っ て 、 n z
は 簡 略 化 で き 、
sf
0 exp z
n z n
と表せる。ここで、自己無どう着アプローチを用いて、すなわ ちまず拡散モデルにおいて得られた解は、ドリフトと拡散の両方が存在する場合にも適用 でき、そして2 つの項を比較することにより拡散項が支配的であることを示した。
n z
を
j
sに置き換えることにより、我々は s d et Fsf
1 1
j ev
n 3e
v
n
それ故ドリフトスピン流 を拡散スピン流の比は次のように表せる。drif
s d sf
diff
s F et
j 3 d
j v
周知の通り、ほとんどの非磁性金 属において現実的な電場においては、フェルミ速度はドリフト速度より最低でも6~7桁 大きな値をとる。一方で、
sfと
atの比は大きくても約1000で程度(TaやPtサンプルに おいてこの比は大よそ1程度)である。それ故jsdrif jsdiff が示された。非磁性金属中のスピン流は拡散の寄与に起因するために、スピンホールシグナルは非磁 性金属中の電場分布に対して影響されないと結論付けることが出来る。これは、スピンホー ルシグナルは図3.2の電極3の位置に対して独立していることと同義である。そして電極3 が、電極2、4と同一平面上にあるかどうかは関係ない、なぜなら、チャージ電流はトンネ ル接合下で部分的に横に流れる、あるいは膜平面に対して完全に垂直にチャージ電流が流 れるようにトンネル接合の直下に位置しているためだ。
3.1.4. 測定法
図3.5.に横抵抗の測定手法を示す。